約束の時間である16時丁度、ゴローたちは駐機ドックへと足を運んでいた。そこへ、ちょうど同じタイミングで第26部隊のパラサイト数名が姿を現し、両部隊は無事に合流を果たした。
広大なドック内をしばらく並んで歩き、言葉を交わしながら移動していく。やがて、第26部隊のパラサイトの一人が、格納庫に並ぶ第13部隊のフランクスを見上げて不思議そうに口を開いた。
「君たちのフランクスはどれも形がバラバラなんだね」
「どういうことでしょう?」
ゴローが聞き返し、後ろからついてきていたイクノも疑問に思う。
「それが普通だと思ってたんですけど」
その疑問に答えたのは、第26部隊のリーダーを務めるコード090だった。
「まさか、うちはボディも武器もほぼ同じだよ。チームで戦うなら、その方がやりやすいから」
「へえ〜」
意外そうに声を漏らすフトシ。090は歩みを止めず、ゴローたちへ視線を向けた。
「君たちは最近できたチームだと聞いているが、キッシングは今回が初めてかい?」
「ええ」
ゴローが肯くと、090は頼もしい笑みを浮かべた。
「そうか、経験は僕たちの方が積んでいる。何か分からないことがあったら聞いてくれ」
そう言って立ち止まり、ゴローたちに向き直った瞬間だった。ゾロメが待ちきれない様子で激しく手を挙げ、前へ飛び出した。
「はいっ!はいはいはいはい、質問っ!!」
鼻息荒く090の近くまで歩み寄ると、目を輝かせて身を乗り出す。
「あの、そっちの部隊でオトナになれたコドモっているんですか?」
「......オトナになれた...」
思わぬ問いに、090はポツリと呟くと顎に手を当てて思考を巡らせた。だが、やがて静かに首を振る。
「......いや、僕の部隊でオトナになれたコドモはいないよ」
「え?...あ、噂とかでも聞いたことは?」
食い下がるゾロメだったが、090はすまなさそうに目を伏せた。
「すまない」
渇望していた答えが得られず、ゾロメは露骨に肩を落とした。
「んだよぉ...」
「ゾロメってそここだわってるよね」
呆れたように呟くフトシに、ゾロメは不満げに顔を背ける。
「フトシみたいに単純じゃねえよ」
二人が会話している間、090はふと視線を外し、巨大なフランクスを黙々と整備するオトナたちの姿を静かに見つめた。
「......だが、オトナか...いつかなってみたいな......」
ぽつりと漏れたその呟きには、彼ら特有の淡い憧憬が滲んでいた。090は再びゴローたちに向き直る。
「他に聞きたいことは?」
今度はクロが、少し気後れしたように控えめに手を挙げながら近づいた。
「あのぉ、そっちの部隊にはパイロットっていますか?」
「パイロット...?」
首をかしげた090だったが、すぐにその言葉の意味を理解したように頷いた。
「ああ、あれか......うちの部隊にはパイロットはいないよ、全員パラサイトだ」
「あ、そうなんだぁ......ちょっと残念」
期待が外れてしょんぼりと眉を下げるクロ。その肩を、ツグミがポンと軽く叩いた。
「まあ、そんな気にすんなよ。落第判定を受けたコドモがパイロットに選ばれるのは珍しいって聞いたことがある。今回はたまたまいなかっただけで、どっかのプランテーションにはいるだろ」
「あ、そっか......そうだよね、いつか他のパイロットに会えるといいな〜」
ツグミのフォローに笑顔を取り戻したクロ。だが、その一連のやり取りをじっと見つめていた090の口から、疑問の言葉が漏れた。
「......不思議だね」
「え?」
聞こえてきた呟きに、ゴローが090へ向き直る。
「あだ名のことさ。たしか、コード016だろ?それを初めたのは」
「ヒロのこと、知ってるんですか?」
「ああ、コドモ達の間では有名だからね」
090はそう答えると、再び独特な形状をした第13部隊の機体群へと視線を移した。
「変わってるね君たちは。機体はバラバラ、コードネームではなくあだ名で呼び合う。それには一体何の意味があるんだい?」
整然とした合理性の中で生きてきた26部隊リーダーからの真っ直ぐな問いかけ。
その根本的な疑問に対し、ゴローはすぐに言葉を見つけることができず、重い沈黙を守るしかなかった。
─────
ゴローたちが第26部隊のパラサイトとの交流に向かい、ミストルティンに残ったイチゴやミツルたちが思い思いの時間を過ごしている頃、ヒロは一人、自主訓練を終え、寄宿舎へと帰着していた。
汗の残る首元にタオルを掛け、洗面台の蛇口を捻る。冷たい水を何度も手にすくい、激しい胸の熱を冷ますように顔を洗った。
一通り洗い終え、荒い息を吐き出しながらふと顔を上げる。鏡に映し出された己の姿に、ヒロは思わず息をのんだ。
そこに映っていたのは、明らかに疲弊し、頬が軽くやつれた己の顔だった。
無意識に視線を彷徨わせると、鏡の上に設置された小さな照明の陰に目がいった。そこには一筋のクモの巣が張られており、一匹の蝶々が絡め取られていた。
蜘蛛が静かに、だが確実に蝶へと這い寄っていく。自らの辿る残酷な運命を悟ったのか、あるいは抗う気力を奪われたのか、蝶々は次第に羽ばたく抵抗を弱めていった。
蜘蛛の巣に捕らわれ、じわじわと終焉へと向かうその姿が、あまりにも今の自分の状況と重なって見えた。
ヒロは息を殺し、そっと自分の胸元へと手を伸ばす。衣服越しに触れた心臓のあたりには、今もなお疼くような激痛の余韻が冷たく居座っていた。
◇
第26部隊との交流を終えたゴローたちは、夕刻の寄宿舎へと帰ってきた。
「ただいまー!!」
重い扉を開けるやいなや、クロが元気いっぱいの声を響かせる。ちょうどエントランスホールの階段を上がろうとしていたココロが足を止め、優しく微笑みかけた。
「おかえり、クロちゃん」
「ねえココロ、ナオミがどこにいるかわかる?」
交流会での出来事を早くナオミに話したくてたまらない様子のクロに、ココロは頷いて指を示した。
「ナオミちゃんなら中庭に歩いていくのを見たわ」
「ありがとう!」
クロは礼を言うなり、跳ねるような足取りで中庭へと走っていった。
中庭に辿り着くと、ココロの言った通り、壁にそっと背をもたせかけて遠くの空を見つめているナオミの姿があった。
「ナオミ!」
「……ッ!」
不意に名前を呼ばれ、ナオミは肩を跳ねさせて振り返った。駆け寄ってくるクロの顔を認めると、ホッと胸を撫で下ろして息をつく。
「......そんな大きな声出さなくても、私はここにいるよ。それで、どうだった?」
「聞いて聞いて!」
ナオミの問いかけに目を輝かせたクロは、身振り手振りを交えながら第26部隊のパラサイトたちとどんな会話をしたのかを身を乗り出して語り始めた。機体の形が揃っていることや、あだ名のこと、パイロットの話まで、見たこと聞いたことを楽しそうに報告する。
一通り話し終えると、クロはふと疑問を口にした。
「そういえば、ナオミは今日何してたの?」
ナオミは書庫で図鑑を読み終えたあと、少し外の空気が吸いたくなってここに来たのだと静かに答えた。
その説明を聞きながらナオミの顔をじっと見つめていたクロは、ふと違和感を覚える。どこか翳りのあるナオミの表情を不思議そうに覗き込むクロに、ナオミが小さく首をかしげた。
「どうしたの?」
「ねえナオミ、疲れてる?」
「ッ……」
核心を突かれたナオミは一瞬ハッとしたように目を見開いたが、すぐに柔らかい笑みを取り繕ってみせた。
「図鑑読むのにちょっと疲れちゃって、そのせいかな」
「ふ〜ん......たしかに、あれ難しいことしか書いてなかったからね」
さっき書庫で見た難解な図鑑のページを思い浮かべ、素直に納得してみせるクロ。そして弾んだ声で提案した。
「疲れたなら、今日はご飯食べて、お風呂入って、ぐっすり寝よう!」
屈託のない笑顔でそう言い切るクロにつられ、ナオミの唇からも自然と笑みがこぼれた。
その時、二人のポケットの中で電子音が同時に鳴り響いた。端末を取り出して画面を確認すると、ブリーフィングの日時を知らせる通知が届いていた。
画面を見つめていたナオミは、静かに頷く。
「......クロの言う通り、今日はぐっすり寝よう。ブリーフィングもあるしね」
「そうだね!」
クロも元気に頷き返し、二人は並んで温かな光の漏れる寄宿舎の中へと戻っていった。
◇
寄宿舎に到着したゴローは、第26部隊との交流で交わした会話や彼らの機体を思い浮かべながら、自室へと続く廊下を歩いていた。
自室の扉を開けた瞬間、ゴローは息を呑み、目を見開いた。
床の上で、ヒロが心臓のあたりを強く抑え込み、苦しそうな呻き声を漏らしながら倒れ伏していたのだ。
「おいヒロ!どうしたんだ!!」
ゴローは慌てて駆け寄り、声を掛けながらヒロの身体を支え上げ、なんとか座る姿勢へと体勢を整えさせた。荒い息を吐き出すヒロは、今にも消え入りそうな掠れた弱々しい声で呟く。
「...なんでも...ない......」
「なんでも無いわけあるかよ!」
激しい取り乱しを抑えきれないゴローは叫んだ。
「怪我でもしているのか......!」
ヒロの制服のチャックを強引に引き下げて脱がすと、その胸元、心臓のあたりに不気味に広がる大きな青い腫瘍が露わになった。
それを見たゴローは思わず絶句し、喉が引きつったように言葉を失った。
ヒロは床に片手を突き、気まずそうにゴローから視線を外す。
「...いつからだ...ゼロツーと、乗ってからか......?」
ゴローの絞り出すような問いかけに、ヒロは固く口を閉ざしたまま答えない。その沈黙が何よりの肯定だった。ゴローは激しい葛藤の末、ポケットから通信端末を取り出し、すぐに医療班か上層部へ連絡を入れようとした。
「やめろ……ッ!」
ヒロが必死に腕を伸ばし、端末を握るゴローの手を掴んで操作を拒んだ。だが、その反動で身体の均衡を崩し、よろめいて再び倒れそうになる。
「...おい!!」
「やめてくれ...ゴロー......!」
ヒロは必死の眼差しでゴローを見つめ、胸の痛みに耐えながら悲痛な叫びを吐き出した。
「俺......今すごく生きがいを感じているんだ...次の作戦、ちゃんとやり遂げたい...今度はみんなと、一緒に戦いたいんだよ...!」
ヒロの悲痛な本音を突きつけられ、ゴローは後退るように少し距離を置いた。頭に手を当て、頭痛を抑えるように顔を歪める。
「......だから、俺に見逃せって...?」
「...ああ」
「誰にも言わないつもりか...?」
「...ああ」
「......イチゴにもか?」
「......ああ」
一切の揺らぎのない返答を重ねたヒロは、どこか遠くを見つめながら静かに誓いを立てるように言葉を紡いだ。
「...俺、決めたんだ...もう...逃げない。パートナーからも......自分からも...」
その決意が、どれほど自身の命を削る暴挙であるかを理解しているゴローは、ついに感情を堪えきれなくなった。
「お前──!」
怒りと悲痛が混ざり合った声を張り上げかけたその時、ヒロはすでにふらつく足取りで立ち上がっていた。そして、あまりにも切なく儚い笑顔をゴローへ向けた。
「......ごめん...ゴロー......」
呟くようにそう言い残すと、ヒロは制服を整え、振り返ることなく部屋を出ていってしまった。
一人静まり返った部屋に取り残されたゴローは、去っていった扉を見つめたまま、絞り出すような声で吐き捨てた。
「......お前は...お前は...!大馬鹿野郎だ......!」
オリジナル設定の説明欲しいですか?
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いる
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いらない