暗いブリーフィングルーム。モニターの光が、重苦しい静寂の中で第13部隊と第26部隊のコドモたちの顔を無機質に照らし出していた。
正面に立つハチが、感情の排された声で淡々と告げる。
「1時間前、距離およそ3000の所に叫竜の反応を確認した。数はおよそ、200から250」
「に、250...!?」
途方もない数字に、フトシが思わず上ずった声を漏らした。隣のツグミも引きつった表情で息を呑む。
「なんつー数だよ...」
対照的に、第26部隊のパラサイトたちに目立った狼狽は見られなかったが、リーダーの090が険しい表情で呟いた。
「今回は多いな」
ハチは動じることなく説明を続ける。
「今後も更に増え続けると思われる。会敵予想時刻は、およそ33時間後。どれだけ急いでも叫竜の到達前にキッシングを終わらせることは不可能」
息を詰めるコドモたちに向け、ハチは冷徹に作戦の骨子を提示した。
「そこで防衛ラインを大型から100メートル離れた位置に設け、26部隊は前衛として展開し13部隊はバックアップとして後方に控えてもらう」
「ぅえ?バックアップ?」
不満げに声を上げたゾロメに、090が淡々と理由を告げる。
「かなりの乱戦になるだろうからね、連携の取りやすい仲間だけでやりたいんだ」
「んなっ!」
「つまりミクたち足手まといってこと?」
ミクが不機嫌そうに呟く。ハチは一度短く咳払いを挟むと、作戦の核心部分へと踏み込んだ。
「最優先事項は両プランテーションを繋ぐメインパイプの防衛である。そこでこの場所には、単機でも戦えるフランクスを配置することにした」
「そんなフランクスがいるんですか?」
090の問いに、ハチは彼とまっすぐ向き合い、言い切った。
「ここにはストレリチアを置く」
その名が出た瞬間、イチゴ、ゴロー、そしてミツルの顔が一斉に顰められた。さらに、第26部隊のパラサイトたちからも動揺のざわめきが起こる。中でも090の動揺は顕著だった。
その時、自動扉が静かに開いた。
「ごめなさい、遅れたわ」
ナナを先頭に、ヒロ、そしてゼロツーが室内へと入ってくる。その姿を捉えた瞬間、090の顔色が変わった。
「コード002......!」
近づいてくる三人に対し、ハチがナナへと視線を向ける。
「パパからの許可は?」
「ええ、でたわ。ゼロツーのパートナーとしてヒロにはストレリチアに乗ってもらいます」
ナナの言葉を受け、ハチはヒロへと向き直った。
「今はこれが最善だ、できるな」
「はい!」
覚悟を込めて力強く頷くヒロ。その隣で、ゼロツーは退屈そうに爪を見つめ、面倒くさそうな表情を隠そうともしない。
「待ってください!」
耐えかねたように090が声を張り上げ、ハチへと迫った。
「我々は、ストレリチアとは一緒に戦えません...!」
「作戦の変更はできない」
ハチの冷淡な拒絶にも、090は表情に激しい不安と怒りを滲ませて食い下がる。
「しかし!そこにいる女は、味方のことを顧みない!そんな奴に背中を預けられません!」
090はそのまま勢いよく振り向き、ゼロツーを指さした。
「コード002...お前には心当たりがあるはずだ......!」
「...何のこと?」
首をかしげるゼロツーに、090は怒りを爆発させ、喉を締め付けるような叫びをぶつけた。
「2年前の共同戦線だッ!!」
胸を激しく上下させながら、怨嗟の籠もった言葉が溢れ出す。
「あの時...お前のあまりに無茶な戦い方のせいで、僕らは戦場で孤立し...僕は...パートナーを失ったんだぞッ!!!」
あまりに凄惨な過去の暴露に、イチゴはハッとしたように息を呑み、己のスカートを強く握りしめた。隣に座るナオミもまた、顔を蒼白にして声を漏らす。
「え......?」
三人を受け入れたナナもまた、同情と悲哀の混ざった複雑な眼差しで、肩で息をする090を静かに見守っていた。
感情を剥き出しにして荒い息をつく090に対し、ゼロツーはどこまでも冷ややかに、関心なさそうに吐き捨てた。
「......ふ〜ん、覚えてないなあ」
そして、何でもないことのようにあっけらかんと言い放つ。
「弱いやつは死ぬ、それだけでしょ」
一瞬で、場の空気が凍りついた。
あまりにも酷情で、仲間をモノのように切り捨てるその言葉に、第26部隊も第13部隊も言葉を失い、呆然と固まる。イクノもまた、人の命をあまりに軽んじるゼロツーの態度が理解できず、胸の奥底で静かな怒りの炎を燃やした。
ふと隣へ視線を遣ったイクノは、息を呑んだ。
そこにいたクロは、怒るでも、恐れるでもなく、ただ感情の一切が抜け落ちたかのような無機質な眼差しで、ゼロツーをじっと見つめていたのだ。
普段の明るいクロからは想像もつかない異様な雰囲気に、強烈な胸騒ぎを覚えたイクノは、そっと彼の肩に手を触れた。
「クロ、どうしたの?」
「......あ...」
肩を叩かれたクロは小さく声を漏らし、ハッと我に返ったように瞬きをした。そして、戸惑うようにゆっくりと自分の胸元へ手を当てる。
ゼロツーの放った冷酷な言葉を聞いた瞬間、クロの心の中には、今まで一度も味わったことのない黒くドロドロとした不快な感情が渦巻いていた。それが何なのか、自分でも理解できないまま、心配そうに見つめてくるイクノへ消え入りそうな声で応えた。
「......ううん、大丈夫だよ」
一方、ゼロツーの暴言に怒りを高めた090が、今にもゼロツーへ掴みかからんばかりに一歩を踏み出す。
その直前、ヒロが素早く間に割り込み、090の視線を正面から受け止めた。
「ゼロツーのことは、俺がコントロールします。ストレリチアのステイメンは、俺ですから!」
ヒロの眼差しに宿る強い決意に、090は溢れ出そうだった感情をなんとか押し殺し、歯を食いしばった。
「....なら、気をつけろ。その女の戦い方は普通じゃない、しっかり抑えてくれ」
「...わかっています」
重苦しい空気の中、ハチが静かにまとめに入った。
「......作戦開始までに、各自休息を取り万全の状態で望めるように。ブリーフィングを終了する」
合図とともにメインモニターの光が消え、室内の照明が戻る。だが、コドモたちの心に落ちた暗い影が消えることはなかった。
─────
ブリーフィングを終えた第13部隊の面々は、ミストルティンの中を静かに歩き、寄宿舎へと続く帰路についていた。
頭の後ろで手を組みながら歩いていたゾロメが、吐き捨てるように不機嫌そうな声を上げる。
「なんだよ!俺達のこと足手まといにしやがって!」
「事実でしょう?僕たちはまだ未熟」
冷ややかに返すミツルに、イクノも小さく眉をひそめて言葉を重ねた。
「でも流石にカチンと来るよね」
その時、最後尾を歩いていたゴローがふと足を止めた。
「......俺は、向こうの意見に賛成だ」
その静かな一言に、先を歩いていた全員が足を止め、一斉にゴローへと視線を向けた。
「ストレリチアは、次の作戦に出さないほうが──」
ゴローが言いかけたその瞬間、ヒロが力強い声で割り込んだ。
「俺はやるよ!」
胸を張り、決意を込めた眼差しで周囲の仲間たちを見渡すヒロ。
「俺たちの力を見せてやろうよ!みんなだって、言われたまんまじゃ悔しいだろ?」
「お、おう......そうだぜゴロー!弱気になってんじゃねえよ!」
ヒロの言葉に乗り、ゾロメが威勢よく同意する。ゴローは溢れ出しそうな悔しさと胸の痛みを押し殺しながら、イチゴの方へと向き直った。
「......イチゴはどう思う?」
問いかけられたイチゴは、伏せていた視線をゆっくりと上げ、ポツリと答えた。
「......ストレリチアは必要だよ...」
イチゴの答えを聞いたゴローは、込み上げる葛藤を必死に押し殺し、ヒロの方を見つめた。ヒロもまた、まっすぐな視線でゴローを見つめ返している。そして、その少し後ろに立つゼロツーだけが、どこか興味なさげにこちらを眺めていた。
そのやり取りの間、ナオミはずっと俯いたまま歩を進めていた。たまたま近くを歩いていたツグミがその異変に気づき、気遣うように声をかける。
「ナオミ」
ナオミがゆっくりと視線を合わせる。
「...なに?」
「その...大丈夫か?顔色悪いぞ」
顔を覗き込んで心配するツグミに、ナオミは少し無理をして微笑んでみせた。
「......そう、かな?ブリーフィングで疲れちゃったかな...」
「なら、今日は早く寝なきゃな!」
満面の笑顔でハキハキと声をかけてくれるツグミに対し、ナオミは複雑な胸中を隠したまま、小さく答えることしかできなかった。
「......うん...そうだね」
一方、クロは先ほどから、自分の胸にそっと手を当てたまま、酷く困ったような表情を浮かべていた。ブリーフィングルームで耳にしたゼロツーの「弱いやつは死ぬ」という言葉が、今もなお胸の奥でトゲトゲしく暴れているのだ。
異変に気づいたイクノが、隣から穏やかな声で話しかける。
「クロ……大丈夫?」
視線を向けたクロは、少し眉を下げ、困り果てたように力なく笑ってみせた。
「うーん……なんかね、ここがずっとモヤモヤするの。こういう時、どうしたらいいか分かんなくて」
クロの素直で切実な吐露に、イクノはどう言葉を返すべきか迷い、しばらく口を噤んでしまう。
沈黙が流れる中、クロがぽつりと呟いた。
「う〜ん.......あ、そうだ」
「どうしたの?」
「イクノと一緒に寝れば治るかも!」
思いついたように言ったクロに、イクノは一瞬頬を赤く染め、あわてて声を抑えた。
「な......何言ってるの?そんなことしても、気持ちは治らないでしょ」
「まあそうだよね〜」
クロは元から分かっていたように呑気な声を漏らし、がっくりと肩を落とす。
そんなクロの姿に、イクノは「ヘンなこと言わないでよ...」と呟きながらも、内心では決して満更でもない感情を抱いていた。だが、この胸の高鳴りと特別な気持ちだけは絶対に知られないよう、そっと心の奥底へと包み隠すのだった。
◇
寄宿舎に戻り、食事と入浴を終えたコドモたちはそれぞれ自室へと戻り、思い思いの時間を過ごしていた。
やがて消灯時間を告げるチャイムが鳴り、電気が落ちる。皆、ベッドに横たわり静かに眠りについていった。
だが、クロはいくら目を瞑っても、何度寝返りを打っても、一向に眠りにつくことができずにいた。普段なら横になればすぐに眠れてしまうクロにとって、このような体験は初めてのことであり、どうすればいいのか暗闇の中で一人首をひねる。
考えた末、喉の渇きを覚えたクロは水を飲もうと思い立った。同じ部屋で眠るイクノとナオミを起こさないよう、慎重にベッドから体を起こす。
その時、下の段のベッドで眠っているはずのナオミが静かに身体を起こし、自室の扉をゆっくりと開けていく姿が視界に入った。
不思議に思ったクロは、そっと息を殺して声をかけた。
「ナオミ?」
静寂を破る突然の声に、ナオミは肩を跳ねさせて振り返る。暗闇の先にいるのがクロだと気づくと、ホッと胸を撫で下ろし、申し訳なさそうに眉を下げた。
「ごめんね、起こしちゃって」
その瞬間、夜空の雲がふっと切れ、窓から差し込んだ月明かりが部屋を蒼く照らし出した。
明るくなった光の中でナオミの顔を覗き込んだクロは、彼女の目元が酷く赤くなっていることに気づいた。
「ナオミ......泣いてるの?」
「え......?」
動揺したナオミは慌てて袖口で目元を拭うと、何事もなかったかのように必死で笑みを掠れさせた。
「ううん、なんでも無いの.........喉乾いちゃって、お水飲んでくるだけだから...」
そう言って誤魔化すように部屋から出ようとするナオミ。その背中にどことなく逃げるような素振りを察したクロは、咄嗟にベッドから跳ね起きると、素早くナオミの手首を掴んだ。
「......待って」
振り向いたナオミの瞳を、クロはまっすぐに見つめ返す。
「辛いことあったら、私に話していいよ?」
「...クロ......」
その優しさに胸を突かれたように、ナオミは言葉を詰まらせた。クロは繋いだナオミの腕を優しく引っ張り、静かに足を踏み出す。
「行こう、ここじゃみんな起きちゃう」
クロは音を立てずに扉を閉めると、ナオミの手を引いたまま、宛てもなく夜の廊下を歩いていった。
それから30分後。
女子部屋のベッドで、イチゴが静かに身体を起こした。
横にはなっていたものの、イチゴの眼には欠片も眠気が訪れていなかった。ブリーフィングルームで突きつけられたゼロツーの過酷な戦い方、以前から耳にしていた忌まわしい噂の数々、そして──そのパートナーとして命を燃やそうとしているヒロのこと。様々な思いが渦引き、頭の中を埋め尽くしていたのだ。
イチゴは規則正しい寝息を立てているミクとココロを起こさないよう、極力音を殺してベッドを抜け出した。
そして迷いのない足取りで、ゼロツーが一人眠る部屋へと向かって歩き出した。
◇
ナオミの腕を引いて夜の廊下を進んでいたクロだったが、当てもなく歩いていると、ナオミが不意に足を止めて静かに声をかけた。
「クロ、ここでいいよ......」
その言葉を聞いたクロは、掴んでいた手からすっと力を抜き、そっと手を離した。二人はそのまま冷たい廊下の壁に背をもたれさせて腰を下ろし、厚い雲に隠れかけている夜空の月を並んで眺めた。
「わざわざ...クロが起きなくても...」
ポツリと漏らしたナオミの呟きに、クロはナオミの方へ向き直り、どこかあっけらかんとした調子で答えた。
「全然いいよ」
そして、ナオミの顔を覗き込むように言葉を継ぐ。
「ナオミが不安そうな顔してるの......あまり見なかくて、気になったから」
ナオミは(そんな顔に出てたかな)と自分の表情を思い返しつつも、真っ直ぐに向けられたクロの温かい気遣いを心から感じていた。
「......そっか...ありがと......」
再び、静寂が二人の間に広がっていく。夜空の月が、完全に厚い雲の向こう側へと隠れていった。
暗がりの中で、ナオミがぽつり、ぽつりと語り始めるように口を開いた。
「......私さ...向こうの人が言ったこと聞いた時、頭が真っ白になったの......それで...どうしたら良いか、わからなくて。ヒロを止めようとも思ったけど...もう止めることも出来ないし、ヒロは自分から乗ろうとしてるし.......それを見たらね......もう、気づいた時には、遅かったんだって、思っちゃって......」
クロは何も口を挟まず、黙ってナオミの言葉に耳を傾けていた。語るにつれ、ナオミの声が徐々に震え出していくのが伝わってくる。けれどもナオミは、一度吐き出した思いを止めることができなかった。
「.......ヒロはあの子と乗るの、次で3回目だから.......もし、もし...ヒロが...次で、死んじゃったら.......私.......わたし.......」
そこまで口にした瞬間、ナオミの目から大粒の涙が溢れ出した。声の震えを隠す素振りすら見せられないまま、ナオミは嗚咽を漏らして泣きじゃくった。
その悲痛な姿を見つめていたクロは意を決し、静かに腕を伸ばしてナオミを優しく抱きしめた。
「......クロ......?」
ハッとして息を呑み、驚いた声を漏らすナオミ。だがクロは気に留めることなく、耳元で優しく言葉をかけた。
「...泣いてもいいよ.....怖かったね」
その言葉に溢れ出る涙を止められなくなったナオミは、溢れる嗚咽を押し殺すように、力いっぱいクロへとしがみついた。クロは背中を撫でながら、語りかける。
「大丈夫、ヒロは死なないよ...」
端から見れば根拠のない慰めだと笑われるかもしれない。だが、今のナオミにとって、それこそが何よりも心から求めていた救いの言葉だった。
それからしばらくして、落ち着きを取り戻したナオミはクロからゆっくりと身体を離した。少し頬を赤らめ、気恥ずかしそうに顔を逸らしながら呟く。
「....ごめん、こんなことに付き合ってくれて...」
「大丈夫だよ!」
クロが屈託のない笑顔を向けると、ナオミの唇にも自然と優しい笑みが戻っていた。
二人が立ち上がり、部屋へ戻ろうとしたその時、窓の外の景色が視界に入った。月明かりに照らされた夜の中庭で、イチゴがゼロツーの手を引くようにして、温室へと歩いていく姿が見えたのだ。ナオミは足を止め、窓越しにその背中を見つめる。
異変に気づいたクロも窓辺に寄り、ナオミの視線の先を追いかけた。
「イチゴ......?それにあの子.........どこに連れてくの....?」
不穏な予感にナオミが呟く。その瞬間、胸の中に急激なざわめきを感じ取ったクロは、鋭く決意を口にした。
「.......私、ちょっと行んでくる」
言うやいなや、クロは廊下を弾むように駆け出した。
「クロ……!?」
ナオミも慌ててその背中を追いかけ、夜の寄宿舎を走り出した。
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