夜の戦場に、重い刺突音が響き渡る。
押し寄せていた小型叫竜の最後の1体に対し、デルフィニウムがその双剣を深く突き立て、コアを確実に打ち砕いた。
「……ふう……」
搭乗席の中で、ゴローはわずかに肩を上下させ、軽く息を整えていた。激しい連戦でじんわりと汗が滲むものの、その瞳の意志は少しも衰えていない。
操縦レバーを握り直しながら、ゴローがモニターを注視して周囲を警戒する。
直後、通信モニターから警報音が鳴り響いた。
『──第三波、来ます!』
オペレーターの切迫した声に続き、ハチの指示が飛ぶ。
『小型叫竜の群れはこれが最後だ』
ハチの言葉を受け、微かに疲労を覗かせていたメンバーたちが再び気を引き締め直した。
「よし……! みんな、行くよ!」
押し寄せてくる無数の黒い影を睨みつけ、イチゴたちが武器を構え直した──その時だった。
上空から眩い閃光とともに、一機のフランクスが爆音を上げて戦場へ急降下してきた。
「──ッ!?」
槍が夜空を旋回し、大地を薙ぎ払う。迫っていた小型叫竜の大群が一瞬にしてまとめて粉砕していく。
「ストレリチア……!?」
突然の乱入に、13部隊の面々が目を見張る。だが、イチゴの表情は険しかった。ヒロにこれ以上命の危険を冒させないため、ストレリチアは温存させるはずだったのだ。
ダメ……! ヒロに無理させちゃダメ……!
デルフィニウムはストレリチアが向かった方角へ一気に走らせた。
「イチゴちゃん!?」
『すぐ戻る!』
制止するココロの声を背中で受け止めながら、イチゴはストレリチアへ向けて急行する。残された13部隊の面々も、気合いを入れ直して迫る第三波の残党を抑え込むべく展開した。
一方、圧倒的な力で叫竜を叩き潰していたストレリチアが、[ガコンッ]と一瞬だけその動作が不自然に硬直した。
「くっ……う……あぁッ……!」
コクピットの中で、ヒロは胸の青い腫瘍──激痛の走る心臓あたりを強く押しつけ、歯を食いしばって痛みに耐えていた。荒い息が漏れ、視界が歪む。
そんなヒロの苦悶を感じ取りながら、ゼロツーが冷たく、だが確かめるように声をかけた。
「……ダーリン、その程度?」
「……ぐッ…………ッ!」
ヒロは弱音を吐くことなく、激痛を強引に押し殺してまっすぐ前を見据えた。死の恐怖を振り払うような強い眼差し。それを見たゼロツーは、満足げに笑みを深めた。
「そうそう、その調子……!」
ストレリチアが再び躍動し、肉薄してきた叫竜を槍の一閃で撃破する。
そこへ、猛スピードで駆けつけたデルフィニウムが割り込んだ。
『ストレリチア、下がって!!』
イチゴの焦燥を含んだ声が通信に響く。ヒロは息を荒げながらも、強く首を振った。
「大丈夫……! まだ、やれる……!」
『いいから持ち場に戻って!!』
語気を強め、拒絶するように言い放つイチゴ。その頑なな態度に、ゼロツーは面白くなさそうに瞳を細めた。
「……偉そ」
ボソリと吐き捨てると、ゼロツーはストレリチアを反転させ、再び防護壁の上へと飛び去っていった。
─────
ワームタイプの体内から脱出した2機の量産型が、外で拘束を続けていた仲間たちと合流を果たす。内部からのコア破壊により、凄まじい地鳴りを立てて崩れ落ちるワームタイプ。
「無事か!」「ああ、コアの粉砕を確認した!」
傷ついた機体を庇い合いながら、26部隊は本来の防衛エリアへと足早に戻りはじめた。その途上、暗い夜空をストレリチアが切り裂き、元いた防護壁の上へと戻っていくのが見えた。
「あれは……ストレリチアか? 前線から飛んできたということは……また独断で行動したのか」
090は苦々しい表情を浮かべつつ、そのまま視線を前線の13部隊へと移す。押し寄せる小型叫竜の群れに対し、一歩も引かずに撃破を続ける彼らの姿。
「……元気だな。彼らだって戦い続けて消耗しているだろうに」
090が13部隊の粘り強さにわずかな感心を見せた──まさにその瞬間、地底から響くような重低音が周囲一帯を大きく揺らした。
巨体を揺らし、沈黙を守っていた「目標β」が緩やかに進軍を開始する。
『──目標βが移動を開始! 最終防衛ラインに迫っています! 26部隊、侵攻を阻止せよ!!』
通信モニターから飛び込むオペレーターの切迫した叫び。090は即座に思考を切り替え、鋭く返答した。
「了解!! 26部隊、目標βの抑え込みに入る!」
迫る巨躯を前に、隊員の一人が提案する。
『隊長、さっきのビーム化を使うか!?』
「ダメだ。あの巨体を切断するまでに、こちらの燃料が持たない! まずは電流で様子を見てからだ!」
『了解!』
26部隊のフランクスたちが、巨大な目標βの周囲を旋回するように手際よく展開。一斉にポーンハスタを繰り出し、その太い外装へ深々とブレードを突き立てた。すかさずワイヤーを幾重にも巻き付け、一気に電流を流す。
「出力全開ッ!!」
バチバチバチッ──!!
高出力の電流がワイヤーを通じて目標βの体内へと流し込む。
次の瞬間──
「「「───!!!!」」」
目標βの巨体から、空気を直接激震させるような超音波に似た異様な叫び声が撒き散らされた。甲高い怪音波が戦場全体に響き渡る。
「くっ……!?」
離れた場所で小型叫竜と交戦していた13部隊も、たまらず操縦桿から手を離して両耳を押さえた。
「なんだ……!? 」
ゴローが苦悶の表情を浮かべる。
「耳が……耳が痛い……っ!」
フトシが絶叫し、ミツルも音波に耐えながら分析する。
「これは……悲鳴……!? 26部隊の攻撃が効いているということですか……!?」
「うるせえええ!!」
ツグミが叫び声を上げるほどの凄まじい衝撃波。
だが、自らの攻撃が通用していることを確信した090は、怪音波に耐えながら力強く命じた。
「よし、効いてるぞ!! このまま──」
追撃を命じようとしたその時、目の前で信じがたい光景が広がった。
ミシミシ……ゴゴゴゴゴ……!
目標βの真四角な装甲が不気味に歪む。巨躯が形を変え、さらなる大質量へと膨張を始めたのだ。
司令室のモニターを見つめていたハチが、思わず立ち上がる。
『何が起こっている……!?』
『叫竜が……変形していきます!! これは……!!』
オペレーターの顔から血の気が引いていく。
『──
─────
煙塵の向こうに立ち立ち現れたのは、巨大な人型のシルエットだった。
変形を遂げた目標βの圧倒的な異形を前に、小型叫竜を全て倒し終えたばかりの13部隊に衝撃が走る。
「そんなのありかよ……!!」
ゴローが呻き、ミクは戦慄で声を震わせた。
「ひ、人型……でかすぎ……!」
「あんなの……どうやって倒すのよ……!」
イクノも愕然と見上げるしかなかった。
人型への変形により、一気に間合いを詰められた26部隊は、即座に距離を取ろうとスラスターを噴射する。だが、巨躯が揺らぐと同時に、叫竜の巨大な拳が振り下ろされた。
ドォッ!!!
暴風のような衝撃波が吹き荒れ、回避行動を取ったものの近距離で衝撃波を受けた26部隊のフランクスたちが吹き飛ばされていく。
「26部隊が……!?」
絶句する13部隊の中で、ただ一人、クロの瞳が鋭く光った。
助けなきゃ!
直感に突き動かされるように、グラジオラスが全速力で飛び出していく。
「クロッ!? ゾロメ、ミツル、ナオミ! クロに続いて!」
イチゴの叫びに合わせ、13部隊の機体が一斉に疾走を始めた。
「……くっ、みんな無事か!?」
土煙の中、090が激しい衝撃に耐えながら通信で呼びかけ、自機を起き上がらせようとした。だがその頭上を、叫竜の巨大な足裏が暗雲のように覆い尽くす。
「しまっ──」
踏み潰される──そう覚悟した瞬間、横から滑り込んできたアルジェンティアが間髪入れずに090のフランクスを引っ張り出した。
「俺たちがいるぞ!!」
ゾロメの力強い叫び。
090が息を呑み、周囲を見渡せば、駆けつけた13部隊のフランクスたちが、次々と倒れていた26部隊の仲間たちを抱え上げて救出していた。
「みんな……!」
安堵の吐息を漏らす090に、ゾロメが声をかける。
「まだ動けるか!?」
090は残量モニターを確認し、力なく首を振った。
「……燃料が残り少ない。……きっと、みんなそうだろう」
通信を聞いていたイチゴは即座に指示を飛ばした。
「救出した26部隊を、戦場から離れた安全な場所に降ろして!」
26部隊を無事に接地させ、再び叫竜へ向き直る13部隊。離れ際、アルジェンティアが振り返り、ゾロメが不敵に笑った。
「今の貸しだからな!」
「……すまない」
申し訳なさと感謝を込め、090は小さく呟いた。
防護壁へ歩み続ける叫竜。13部隊はその叫竜とつかず離れずの距離を維持しながら、必死に攻略法を模索する。
「あの巨体のコアに届くのは、ストレリチアの槍だけだ……!」
ゴローの指摘に、ゾロメが焦りを含んだ声を上げる。
「そもそも、アレのどこにコアがあるんだよ!?」
その時、機内の通信パネルに090からの回線が割り込んだ。
『奴のコアはここにある。……狙いが定まらないなら、脚部の関節を攻撃しろ。そうすれば倒れて、一時的に動かなくなる』
通信と同時に、13部隊の全モニターへ叫竜の内部構造と、コアの位置を示すターゲットマーカーが同期された。
「ありがとうございます……!」
『今は……これくらいしか、できないからな』
短く告げ、090は通信を切った。イチゴは一瞬も無駄にせず、指示を飛ばす。
「クロ、ゾロメ、ナオミはあいつの足を攻撃して! 私も手伝う!」
『俺たちはどうするんだ!?』
ツグミの声に、イチゴは前方の3機へ視線を向けた。
「フトシ、ツグミ、ミツルは、あいつが後ろに倒れるように正面から攻撃して! タイミングは私が指示する!」
『了解!!』
クロロフィッツ、ジェニスタ、アイリスの3機が急加速し、叫竜の正面へと回る。
残る4機は叫竜の巨足へと取り付いた。
「ふんぐぅーーー!!!」「耐えて!男でしょ!?」
「はやく行かなきゃ!」
爪を立てて登っているアルジェンティアと、スラスターを吹かして登るグラジオラス。一方、登るのに苦戦しているナオミに気づいたイチゴが手を伸ばす。
「引っ張る?」
「大丈夫! 私にはこれがある!」
ダリアの背中に懸架されていたリフターが分離し、足元へと素早く展開。ダリアがリフターへ搭乗すると、高出力の噴射音とともに一気に関節部へと上昇していった。
関節部に到達した4機は一斉に表面を切り裂き、店頭に巻き込まれないようすぐに離れる。
ミシミシ……ッ!
脚部を攻撃され、叫竜の巨躯が大きく傾く。
「今だよッ!!」
イチゴの絶叫に呼応し、正面で待機していた3機が大口径砲と光弾、ミサイルを一斉に掃射。正面からの凄まじい衝撃波を受け、巨大な叫竜は背後へと派手に倒れ込んだ。
ズドオォォォンッ!!!
「ヒロ、お願いッ!!」
イチゴの声が夜空を突いた瞬間、防護壁からストレリチアが遥か上空へと躍り出た。
倒れ伏す叫竜を見下ろし、槍を正眼に構えて一気に急降下を開始する。
「一撃で決める……!!! うおおおおああああッ!!!」
ヒロの咆哮とともに、加速の限界を超えたストレリチアがターゲットマーカーへ突撃した。
ドスゥゥゥゥンッ!!!
凄まじい威力が巨体を深く穿ち、あまりの衝撃に叫竜の胴体が軽く「く」の字に折り曲がる。
確実に深く刺さったことを確認したヒロは、本体から繋がるパイプを通じてマグマ燃料を槍先へと過充填させた。
「とどけえええええええッ!!!」
一気に注入されたエネルギーが叫竜の体内で爆発的に膨張し、巨躯の動きが完全に停止する。
「はぁ……はぁ……やった……」
荒い息を吐き出し、ヒロは安堵とともに意識を失うように力尽きた。ストレリチアはクイーンパイクを深々と突き刺した姿勢のまま、ピタリと動きを止める。
その様子を地上から13部隊が見つめていた。
クロは思う。
あの攻撃なら、きっと倒せてる
しかし、一つ違和感を感じた。
叫竜を倒せているなら、なんでターゲットマーカーが消えていないのか。
防護壁の上で静観していたナインアルファが、冷ややかに目を細めた。
「……残念。外したね」
次の瞬間──停止したはずの叫竜が、ギギギ……と不気味な駆動音を立てて再び動き出した。その巨大な拳が、動かないストレリチアを叩き潰そうと振り上げられる。
「──ッ!!!」
考えるより先に、クロは体が動いていた。
「クロッ!?」「クロちゃん!?」
突然のクロの行動にイチゴたちは制止の声を上げるが、全く耳に入らないようだ。グラジオラスはスラスターを限界まで過熱させ、全速力でストレリチアへと突進した。
振り下ろされる叫竜の巨大な拳──その直前、グラジオラスがストレリチアの機体を力任せに抱え込み、一瞬の差でその軌道から脱出した。
けど、着地の事考えて無かったッ!
過剰なスピードのまま緊急回避した代償は大きく、着地の体勢を整えられずに二機は地表を激しく転がり転倒した。
強い衝撃を受けて、クロは頭をぶつけて意識を失ってしまい、深く倒れ込んだ。
「ヒロッ!! クロッ!!」「クロォ!大丈夫か!?」
イチゴとツグミの悲鳴のような叫びが響く中、叫竜がゆったりと立ち上がった。
両腕を重ね合わせると、その上半身が巨大なハンマーの形へと再び変形を遂げていく。
「な……変形した……!?」
愕然とする13部隊。ストレリチアが沈黙した理由、そして最悪の可能性がイチゴとナオミの頭をよぎり、血の気が引いていく。
変形を終えた叫竜は、動かないストレリチアの元へと歩み寄ると、ハンマー状の上半身を後方へと大きくスライドさせた。
何が起ころうとしているのか悟ったイチゴとナオミは、喉がちぎれんばかりに叫んだ。
「逃げて……ッ!!! ヒロォーーーッ!!!!」
その叫びを掻き消すように、ハンマーの後部噴射口から凄まじい爆炎が噴き出した。
超加速されたアームパンチが、無防備なストレリチアへ向けて放たれる。
ドォォォォォンッ!!!!!
地響きとともに、戦場全体を揺るがす凄まじい爆発音が轟き渡る。
吹き荒れる猛烈な衝撃波。二機の姿は一瞬にして、夜の闇に立ち込める濃密な土煙の奥へと呑み込まれていった。
─────
凄まじい衝撃波と爆煙が収まった時、そこに広がっていたのはあまりにも無残な光景だった。
アームパンチを真正面から叩きつけられたストレリチアは、防護壁の分厚い装甲を深く押し潰し、壁に深くめり込んだまま動かなくなっていた。そして、直撃こそ免れたものの衝撃の余波を浴びたグラジオラスもまた、防護壁の近くまで吹き飛ばされ、沈黙している。
司令室では、警報音が狂ったように鳴り響いていた。
「戦況は!?」
ナナが悲痛な叫びを上げる。オペレーターは青ざめた顔でモニターの数値を注視し、叫ぶように報告を返した。
「コード002および016のリンク切断! コード016の生体反応、急速に低下していきます!」
「そんな……!」
「コード960は……気絶! 生存しています!」
「……クロは無事なのね……!」
ナナは胸を撫で下ろしたものの、直後、モニターに点滅するヒロのバイタルデータを見て言葉を失った。徐々に低下していく数値。命の灯火が消えかけている。
ハチは苦々しい表情で眉間にシワを寄せ、低く呟いた。
「このタイミングで時間切れだというのか……」
「大型級β、防護壁に接近! 止まりません!」
オペレーターの絶叫が虚しく響き渡る。
「ヒロ!! ゼロツー!! 応答しろッ!!」
ゴローが叫び続けるが、通信からはノイズしか返ってこない。
壁にめり込んだストレリチアは、突如として獣のような形態──スタンピードモードへと移行した。しかし叫竜は容赦なく、ハンマー状のアームを後方へ引きスライドさせると、ストレリチアごと防護壁を何度も何度も激しく打ち付け始めた。
ガンッ! ガンッ! と不気味な衝突音が戦場に重く響く。
「嘘でしょ……ストレリチアが……」
ミクが茫然と立ち尽くす。
「あの噂は本当だったのか……?」
ツグミの声が震え、ココロも怯えたように口元を押さえた。
「3回以上は……乗れないって……」
「それどころか、このままでは壁も突破されてしまいますよ!」
ミツルが叫び、フトシも焦燥感を剥き出しにする。
「なんとかして止めないと……!」
その時──デルフィニウムが、ガクリと膝から崩れ落ちた。
ヒロが死んだ──その事実が胸を刺し、ショックのあまりイチゴとゴローのコネクトが切断される。
「っ……!? イチゴ……!?」
唐突な接続不良に驚きつつ、ゴローはイチゴへと目を向けた。
イチゴは、自分の両手を見つめたまま、全身をガタガタと震わせていた。瞳からは溢れ出る涙が止まらない。
「ヒロが……死んじゃった……!」
「イチゴ!」
「言えなかった……っ! 行かないでって……言えなかった……っ!!」
頭の中に溢れ出してくるのは、フランクスに乗る直前、廊下でヒロと交わした会話だった。
『ごめん、さっきの話。オレのこと、何て言おうとしてたんだ?』
『……アタシはさ、ヒロのこと……兄弟みたいに思ってるからさ』
誤魔化さなければよかった。本当は、誰よりもヒロのそばにいたかった。死んでほしくなかった。行かないでと、その手をつかんで引き止めればよかった。
「アタシ……ヒロに……ッ! ヒロに……ああぁぁぁ……!!」
取り返しのつかない深い後悔と、胸が引きちぎれるような悲しみに苛まれ、イチゴは喉を潰すような声音で泣き崩れた。
自分だって泣き出したい。ヒロを失った痛みに押し潰されそうだ。だが──ゴローは溢れ出そうになる涙を歯を食いしばって力ずくで押し殺した。
ゴローは泣きじゃくるイチゴの前にひざまずくと、彼女の頬を掴み寄せる。強引に自分と視線を合わせさせた。
「泣いている場合じゃない!! 今はッ!! 自分たちの命を考えろッ!!!」
涙を堪え、必死に自分たちを繋ぎ止めようとするゴローの気迫。イチゴは涙に濡れた瞳で、呆然とゴローの顔を見つめ返した。
一方、クロロフィッツにも異変が起きていた。
クロがあの凄まじい衝撃に巻き込まれた光景を目の当たりにし、イクノは現実を受け入れられずに息を呑んだ。ドクドクと鼓動が早まり、激しい動悸と過呼吸が彼女を襲う。
(クロが……嘘でしょ……クロ……ッ!)
ショックのあまりミツルとのコネクトが途切れ、クロロフィッツが沈黙する。
「イクノさん、どうしたんですか!?」
ミツルが振り向くと、イクノは胸を押さえて荒い息を吐きながら呆然と固まっていた。クロを失ったかもしれないという恐怖が、彼女の思考を完全に停止させていた。
「落ち着いてください! コード960はまだ生きています!」
ミツルの強い叱咤。イクノは震える唇を開き、すがるようにミツルを見つめた。
「ほん……とう……なの……?」
「ええ、本当です! 命に別状はありません!」
きっぱりと言い切るミツルの言葉に、イクノは溢れ出そうだった息を吐き出し、左手を胸に当てて固く目を閉じた。胸を撫で下ろし、生きているという事実を全身で受け止める。
「……落ち着きましたか? なら、早く繋がってください」
「……ごめんなさい。すぐにやるわ」
イクノは涙を拭い、再びミツルとコネクトする。
その頃、オペレーションシートでハッと我に返ったツグミが、通信に向かって声を張り上げた。
「みんな!!ストレリチアを助けるにも、コアを破壊するにも、まずは叫竜の動きを止めるんだ!!」
『でも、どうすれば……!』
フトシが悲鳴混じりに尋ねる。
「もう一回、同じことをする!」
『仮に動きを止められたとして、コアへの攻撃はどうするんですか!?』
ミツルの至極当然の疑問に、ツグミは叫んだ。
「ダリアのライフルを使うんだ! それなら、きっとコアにも届くはず! そうだろう、ナオミ!?」
ツグミはダリアの操縦席へ回線をつないだ。しかし──返答はない。
「ナオミ……? どうしたんだ、ナオミ!?」
ダリアのコクピットの中で、ナオミは膝の上にポタポタと涙をこぼしていた。
(ヒロが……死んだ……? 嘘……嘘よ……)
いつも優しく微笑みかけてくれた。自分を認めてくれた大切な幼馴染。
「嫌よ……ヒロが死んじゃうなんて……いや……ッ……!」
ナオミは顔を抑え、嗚咽を漏らしながら激しく頭を振っていた。ヒロの存在が消えてしまうという現実を、彼女の心が拒絶していた。
ドォンッ! ガンッ!
防護壁を叩きつける音が、沈黙していたグラジオラスのコクピットまで届く。
「……ん……っ……」
激しい頭痛とともに、クロがゆっくりと目を覚ました。
ぼんやりとした視界の中、周囲を見渡す。そして目に入ったのは、叫竜の巨腕によって無残に壁へ打ち付けられ続けているストレリチアの姿だった。
(……ストレリチア……! ヒロ……ゼロツー……!)
守れなかった。自分が意識を失ったばかりに、仲間を、ヒロたちを危険に晒してしまった。
胸の奥から、ドロリとした激しい悔しさと、叫竜に対する果てしない怒りが沸き上がってくる。
グラジオラスが、再びその瞳に青い光を宿して立ち上がった。
高所のパイプの上でそれを見下ろしていたナインアルファが、感心したように口元を緩める。
「へえ、あの子意外と根性あるね。ラムダもそう思わないか?」
隣のナインラムダは何も答えない。アルファは肩をすくめ、小さくため息をついた。
「君はもう少し人と会話した方が良いと思うな〜」
アルファの軽口を無視しながらも、ラムダの視線はグラジオラスへ釘付けになっていた。
立ち上がったグラジオラスのツインアイ──その光の奥から、一瞬、稲妻状の残光が不気味に迸ったのだ。
(……今の光は……)
ラムダの胸に、拭いきれない驚きとある可能性が走り抜ける。
復活を遂げたクロは、グラジオラスのスラスターを限界まで過熱させ、遥か上空へと躍り出た。そして、叫竜の巨躯目掛けて急降下を開始する。
「ストレリチアから────離れろオオオオオッ!!!!」
魂を削り取るようなクロの絶叫。
グラジオラスは疾風と化し、叫竜の上半身を、鋭い刃で表面の装甲を激しく切り刻みながら通り抜けた。
空中で機体をひねり、旋回する。一撃では表面の装甲を削る程度で、大した効果がないことを確認したクロは、一切の躊躇なく再び反転した。
「あああああぁぁぁぁッ!!」
何度も、何度も。
旋回と突撃を繰り返し、切り傷を刻み込みながら、クロは執念の猛攻を浴びせ続けた。