暗転した意識の底──
気がつくと、クロはしんと静まり返った無機質な廊下の中に佇んでいた。
さっきまでコクピットの中にいたはずなのに、どうしてガーデンの廊下にいるの?
困惑しながら白く霞む廊下を見渡すと、その遥か先、静寂の中に佇む幼い二人のコドモの姿が視界に入った。
コドモ?なんでここに。
吸い寄せられるように、二人の元へ一歩を踏み出そうとしたまさにその瞬間。
背後から、誰かを呼ぶような誰かの声が遠く響いた。何を言っているのかは聞き取れない。けれど、どこか切なく懐かしい声。
ハッと振り返ると、白く光る廊下の奥から、こちらへ向かって必死に走ってくる幼いコドモの影が見えた。
誰……?
近づいてくるそのコドモの顔が、はっきりと見えそうになった──まさにその直前。
意識は現実の爆音と激震の中へと引き戻された。
──ドォンッ! ガンッ!
防護壁を叩きつける音が、沈黙していたグラジオラスのコクピットまで届く。
「……ん……っ……」
激しい頭痛とともに、クロがゆっくりと目を覚ました。
ぼんやりとした視界の中、周囲を見渡す。そして目に入ったのは、叫竜の巨腕によって無残に壁へ打ち付けられ続けているストレリチアの姿だった。
(……ストレリチア……! ヒロ……ゼロツー……!)
守れなかった。自分が意識を失ったばかりに、仲間を、ヒロたちを危険に晒してしまった。
胸の奥から、ドロリとした激しい悔しさと、叫竜に対する果てしない怒りが沸き上がってくる。
グラジオラスが、再びその瞳に青い光を宿して立ち上がった。
高所のパイプの上でそれを見下ろしていたナインアルファが、感心したように口元を緩める。
「へえ、あの子意外と根性あるね。ラムダもそう思わないか?」
隣のナインラムダは何も答えない。アルファは肩をすくめ、小さくため息をついた。
「君はもう少し人と会話した方が良いと思うな〜」
アルファの軽口を無視しながらも、ラムダの視線はグラジオラスへ釘付けになっていた。
立ち上がったグラジオラスのツインアイ──その光の奥から、一瞬、稲妻状の残光が不気味に迸ったのだ。
(……今の光は……)
ラムダの胸に、拭いきれない驚きとある可能性が走り抜ける。
復活を遂げたクロは、グラジオラスのスラスターを限界まで過熱させ、遥か上空へと躍り出た。そして、叫竜の巨躯目掛けて急降下を開始する。
「ストレリチアから────離れろオオオオオッ!!!!」
魂を削り取るようなクロの絶叫。
グラジオラスは疾風と化し、叫竜の上半身を、鋭い刃で表面の装甲を激しく切り刻みながら通り抜けた。
空中で機体をひねり、旋回する。一撃では表面の装甲を削る程度で、大した効果がないことを確認したクロは、一切の躊躇なく再び反転した。
「あああああぁぁぁぁッ!!」
何度も、何度も。
旋回と突撃を繰り返し、切り傷を刻み込みながら、クロは執念の猛攻を浴びせ続けた
─────
視界を埋め尽くす白い雪。冷たく静かな林の中で、俺は佇んでいた。目の前には、どこか懐かしい一本の木──ヤドリギが静かにそびえ立っている。
ここはどこなのだろう。思考を巡らせようとしたが、直感が静かに告げていた。俺は死んだのだと。
やれることはやったよな。
自分の手を見つめ、どこかやり切ったような思いが胸を掠める。
その時、ふと視線の先に誰かが立っていることに気づく。ヤドリギをじっと見つめるゼロツーだった。
ゼロツー……
見送りに来てくれたのか?君のおかげで、俺は自分の居場所を取り戻すことができた。少しの間だったけど。
彼女へ向けてそっと手を伸ばす。しかし、途中でピタリと止まった。
視線の先にあったのは、寂しそうなゼロツーの横顔だった。
待ってくれ。なんで……そんな、寂しそうな顔をするんだ──
引き裂かれるような衝撃とともに、唐突に意識が現実へと引き戻される。
視界に飛び込んできたのは、激しく揺れるコクピット、そして──満身創痍になりながら戦い続けるゼロツーの姿だった。
ガツンッ、と重い衝撃が機体を揺らし、ゼロツーの口から凄惨なうめき声が漏れる。青白い顔で血を吐きながらも、彼女は血走った瞳で敵を睨みつけ、叫び声を上げていた。
「コイツゥ……化物の分際でエッ!!!」
まさか……倒せていなかったというのか……!?
血を吐き、傷つきながら暴走するゼロツーの姿に、胸が激しく締め付けられる。
やめろ、ゼロツー……! このままじゃ、君まで死んでしまう……! なんで……なんでそこまでして戦うんだ……!!!
少し離れた防護壁の上。
スタンピード化し、叫竜へ戦おうとするストレリチアを見下ろし、ナインアルファが嘲笑うように小さく口元を緩めた。
「ホラね。やっぱり君は一人がお似合いなんだよ、イオタ……」
隣に佇むナインラムダが冷ややかに口を開く。
「……これ以上の暴走は危険だ。回収に移る」
「いや、もう少し見ていたいな」
アルファはそう言ってラムダの提案を制し、興味深そうに戦況へ視線を戻した。
叫竜の猛攻に晒されながらも、一人で牙を剥き続けるストレリチア。その中で血を吐きながら叫ぶゼロツーを見つめ、ヒロの胸に怒涛のような感情が押し寄せる。
ゼロツー、君はずっとこうして戦ってきたのか……!?
パートナーを失うたび、一人取り残され、孤独に苛まれて……。一人じゃ飛ぶこともできないのは……君も同じだったんじゃないか……!
脳裏に、あの日、湖のほとりで出会った彼女の言葉が鮮やかによみがえる。
『ボクはいつも一人だよ。この……ツノのせいでね』
俺は一体何をやっているんだ...! 目の前で、ゼロツーがこんなにも傷つき、ボロボロになっているというのに...ッ!
溢れ出るのは、もう後悔でも恐怖でもない。胸を焦がすような熱い思い──君を助けたいという強い意志。
もう一度、君とストレリチアに乗るんだ。俺の翼は……君のためにあるのだから……!!
ドクン────ッ!!!
胸の奥で、心臓が大きく拍動した。
ヒロの体を蝕み、死の淵へと追い詰めていた胸の青い腫瘍が一瞬にして、跡形もなく消滅していく。
「ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ッ!!!!」
ゼロツーが限界を迎えた体で激しく息を吐き出し、両手を広げて悲痛な絶叫を上げたその時。
背後から、温かく強い腕が優しく彼女の身体を抱きしめた。
暴走の渦中で絶叫していたゼロツーが、ハッと呼吸を呑む。全身の力が抜け、苛烈だった気迫がふっと静かな落ち着きを取り戻していく。
「ダー……リン……?」
震えるゼロツーの声に、ヒロは力強く、しっかりと応えた。
「俺は君のパートナーだ。……君を、一人にはしないッ!!」
─────
どれだけ刃を振るっても、叫竜の攻撃は止まらない。焦りがクロの胸を焦がす。
さっきから何度も攻撃してるのに、なんで止まらないの。こうなったら──!
グラジオラスのスラスターを噴射し、一気に叫竜の正面へ回り込んだ。防護壁を叩き付け続ける巨大なハンマーと真正面から対峙する。
意を決したクロは全速力で加速。叫竜の頭上高くへと跳躍し、空中で華麗に宙返りを決める。叫竜のハンマーが次の打撃に備えて後方へスライドしたその瞬間、グラジオラスを更に加速させた。
「はあああぁぁぁッ!!」
乗せられるすべての威力を込めた強烈な蹴りが、真っ向から叫竜のハンマーに突き刺さる。
──ドゴォォォンッ!!!
凄まじい衝撃波が跳ね返り、そのあまりのノックバックに巨体すらも防護壁からわずかに後退した。止まったのを確信したクロは叫竜から離れ、息を整えながら叫竜を睨む。
「これなら……どうだ……ッ!」
呟いたその直後、背後から世界を覆い尽くすほどの強烈な光が溢れ出した。
「なに……!?」
眩しさに目を細めながら振り返ったクロの視界に、その姿が飛び込んでくる。
まばゆい光を放ちながら、獣の様な形態から本来の人型へ姿を変え、スタンピードモードから脱したストレリチアが立っていた。
「ヒロ……! 生きてたんだね……!!」
クロの顔にパッと笑みが咲き誇る。嬉しさを隠しきれずにその名を叫んだ瞬間──
ガツンッ!!
油断した正面から凄まじい衝撃がクロを襲った。立て直した叫竜のハンマーが押し寄せ、グラジオラスは防護壁との間にストレリチアごと挟み込まれてしまう。
「くッ……ううう……!」
逃げ出そうと足に力を込め、全力で巨腕を押し返そうとするクロ。だが、圧倒的な大質量の前にびくともしない。
(重いいいいぃぃ……!)
装甲が軋む音が響く中、突如としてグラジオラスにかかっていた圧力が嘘のように軽くなった。
「あれ……?」
横目をやると、いつの間にか肉薄していたストレリチアが、その槍を叫竜に深々と突き立てていた。そのまま力任せに槍をひねり上げる。
バリバリバリッ──ギシャァァンッ!
強烈な捻転力によって叫竜の変形したハンマー部分の表面装甲がバリバリと剥がれ、内部が剥き出しになっていく。
力比べで完全に勝ったストレリチアは、そのまま叫竜の巨体を丸ごとひっくり返し、力強く地面へと突き飛ばした!
──ズザザザザァァァンッ!!
倒れ伏した叫竜の背後に、堂々と立つストレリチア。
その姿を目にした13部隊の面々は、信じられないものを見たかのように呆然と立ち尽くした。
「ヒロ……あいつ、生きてやがった……!!」
ゴローの口から、驚きと溢れ出す嬉しさが混ざり合った叫び漏れる。
「ヒロ……?」
「ヒロ……なの……?」
イチゴとナオミはただ呆然と呟くだけだった。ヒロの死を覚悟していた胸に訪れたあまりにも劇的な展開に、脳の理解が追いつかない。
司令室もまた、混乱に包まれていた。
『コード016のバイタル、急上昇……正常値に戻っています!!』
「どういうことなの……!? 」
ナナが叫び、ハチは表情こそ崩さないものの驚愕していた。
「これは一体……」
「ほおー……」
激震が走る二人の間に、いつの間にかフランクス博士が静かに入り込み、興味深そうにモニターの数値を凝視していた。
そして防護壁の上──
無表情を貫いていたナインアルファも、予想外の事態にわずかに目を見開く。隣のナインラムダも無言のまま、静かに、だが内心の動揺を隠せずにストレリチアを見つめていた。
全員が固まり、時が止まったかのような戦場。
だが、倒れた叫竜が再び体を変形させようと不気味な駆動音を立て始めた。
その異音に、ミツルがいち早く我に返る。
「マズイですよ!!」
「また変形しちゃう!!」
ミクの叫びを受け、ゾロメが吠えた。
「ヤロー、そうはさせるかよッ!!」
「止めよう、フトシくん!」
「うんっ!!」
クロロフィッツ、アルジェンティア、ジェニスタ、アイリスの4機が一斉に倒れた叫竜へと躍り出た。
未だ呆然として動けないデルフィニウムとダリアに向かって、イクノの叱咤が飛ぶ。
『イチゴッ!! ナオミッ!! しっかり!!』
「ッ……! 今行く!!」
ナオミがハッと我に返り、操縦桿を握り直す。
「行くぞ、イチゴッ!!」
「……うんっ!!」
ゴローの声に力強く頷いたイチゴもまた、覚悟を決めて先陣を切った仲間たちの後を追った。
今のうちにツグミはクロへ通信を繋ぐ。
『クロ! アイツの隙間に滑り込んで、あいつの変形を直接止める! 行くぞッ!!』
「うんっ、わかった!!」
クロは弾けたような笑顔で答え、倒れた叫竜へ向けてスラスターを全開にした。
「今がチャンスだッ!!」
ツグミが叫び、フトシが続く。
「今度はこっちの番だ!!」
「俺たちがやるぞッ!!」
ゾロメの叫びとともに、ゴローが全機へ指令を発した。
「もう一度、ストレリチアに繋げるんだッ!!」
13部隊の全フランクスが、変形を始めようとする叫竜の関節や装甲の隙間へとなだれ込み、自らの機体を楔として打ち込んだ。全身の力で装甲を押さえつけ、叫竜の変形ギミックを力ずくでロックする!
変形を完全に封じ込め、押さえつける中、イチゴがストレリチアへ向けて全霊の声を張り上げた。
「ヒローーーッ!! ゼロツーーーーッ!!」
13部隊が作り出した完璧な隙。その中央に露出した叫竜のコアを、ストレリチアの瞳が鋭く見据える。
「飛ぶよッ!!」
「ああッ!!」
ヒロの力強い応答と同時に、ストレリチアが大地を蹴り、バーニアを吹かす。
突進するストレリチアのコクピットで、二人の魂が完全に一つに重なり合う。
「ボクたちの翼で!!」
「俺たちの翼で!!!!」
「「うおおおおおおおおああああああああ!!!!」」
二人の叫びとともに、槍先へと溢れんばかりのマグマ燃料が注入された。極限を超えて加速する槍が、一直線にコアへ突き立てられる!
ドスゥゥゥゥゥンッ!!!!
貫かれたコアが砕け散ると同時に、その凄まじい穿孔の衝撃で叫竜の巨体がふわりと宙へ浮き上がった。
次の瞬間──槍先から解放された莫大なマグマ燃料が、左右へと吹き荒れた。まるで巨大な光の翼が広げられたかのように。
「な……ッ」
それを見たナインアルファが、一瞬だけ屈辱に歪んだ表情を浮かべる。その隣で、ナインラムダの口元が対照的に、ごく僅かに緩んでいた。
26部隊の面々はただ言葉を失い、090は空を見上げたまま呆然としていた。
「翼……」
直後、解放された眩い燃料が一気に叫竜の体内へと収束していき。
──チュドォォォォォンッ!!!!!
爆発音ととも破裂し、雨のように青い液体は周囲に降り注いだ。