戦場を濡らしていた青い雨が止み、暗雲の切れ間から緩やかに朝陽が差し込んでくる。世界を包み込む黄金色の光の中、超大型叫竜の巨躯が横たわる荒野へ、ストレリチアがゆっくりと舞い降りていく。
その光景を見上げる13部隊の面々は、あまりに壮絶な激闘の決着に対し、まだ実感が湧かない様子でただ呆然と立ち尽くしていた。
「……やった……」
静寂を破り、フトシがポツリと呟く。
「やりやがった!! ヒロのヤロー!!」
弾けたように歓声をあげるゾロメ。その声に応えるように、ミツルとイクノも固く結んでいた口元を緩め、深くかみしめるように安堵の息をついた。
「アイツ……」と胸を熱くするゴロー。イチゴとナオミもまた、「ヒロ……」と呟き、どこか誇らしげに小さく微笑む。
「すげえなぁ……マジかよ……」
ツグミの呟きには、驚きと感嘆が混ざり合っていた。
「やったね、ヒロ!!」
クロもまた、弾んだ声で無邪気に仲間と勝利を喜んだ。
その時、通信機からハチの厳格な声が響き渡る。
『大型級の撃破を確認。作戦は……成功だ』
その一言で作戦完了を知った13部隊のパラサイトたちは一斉に歓声をあげ、共闘した26部隊の面々も緊張から解放されたように安堵の笑顔を見せた。
一方、ゆっくりと降下するストレリチアを見上げ、ナインアルファは不敵に口元を歪める。
「見事だよ、
「......
「絶対に死んだと思ったんだけどなあ。全く驚きだよ」
通信がつながると、アルファが少し不満げな口調で話しかける。ゼロツーはどこか挑発的な色を孕んだ声で問いかけた。
「……で? ダーリンは生き残ったけど、どうすんの?」
「どうもしないよ。パパの命令は絶対だからね。面白いものも見れたし、僕たちは帰るよ」
アルファはそれ以上追及することなく、あっさりと通信を切った。
ゼロツーは静かにコネクトを解除すると、疲弊した身体を傾け、隣のヒロへと向き直る。
「ゼロツー」
「ん?」
静かに自分を呼ぶヒロに、ゼロツーは優しく反応する。
「俺がフランクスに乗る理由、もう一つ見つかった」
「なーに?」
「君の翼でありたい。……次でどうなるかは、わからないけど」
どこまでも真っ直ぐなヒロの瞳に、ゼロツーは柔らかな笑みを見せる。
「ダーリンなら、次もその次も、大丈夫だよ」
その言葉を受け止めたヒロは静かに微笑み、寄り添うゼロツーを優しく支えながらハッチを開いた。
すでにフランクスやフランドールから降りていた13部隊は、開いていくハッチを息を呑んで見守っていた。眩しい光の中に現れた二人を認めると、一瞬の驚きの後、全員が弾けるような笑顔で駆け寄っていく。
一番に到達したゾロメがヒロの肩を力強く抱き寄せ、互いに無事を喜び合う。その温かな光景に、イチゴとナオミの瞳からは堪えきれない涙が溢れ出していた。
イチゴはたまらず走り出すと、ヒロの胸へと飛び込み、そのまま深く身を寄せる。一瞬驚くヒロだったが、胸元で小さくすすり泣くイチゴの気配に気づき、優しく微笑んだ。
一方、同じように駆け出しかけたナオミだったが、すんでのところで足を止め、二人の姿を見つめながら愛おしそうに笑っていた。
「行かなくていいの?」
隣にいたクロが尋ねる。ナオミは溢れる涙を拭いもせず、笑顔のまま静かに首を横に振った。
「いい、これでいいの」
朝陽に照らされた荒野に、それぞれの想いが静かに溶けていった。
13部隊が喜びを分かち合っていると、「──君たち」と静かに声がかかる。
振り向いた先には、26部隊のパラサイトたちの姿があった。激闘による色濃い疲労を滲ませながらも、その表情には辛くも掴み取った勝利への安堵と、確かな喜びが浮かんでいる。
26部隊が静かに歩み寄り、090はイチゴの前で足を止め互いに作戦の成功を称え合った。
そして、090は表情を少し曇らせると、13部隊全体に向けて深く頭を下げた。
「作戦中、君たちを足手まといのように扱ってすまなかった。……謝らせてくれ」
不意の謝罪に、13部隊の面々は一瞬驚きに目を見張る。
しかし、イチゴはまっすぐに090を見つめ返すと、静かに首を振った。
「ううん、気にしないで。私たちがまだ経験不足で、連携も満足に取れていなかったのは事実だから。……でも、私たちはこれから、もっとチームとして成長していく」
力強いイチゴの言葉に、090は一瞬目を見張り、どこか感心したように柔らかく口元を緩めた。
それをきっかけにするように、両部隊の間にあった目に見えない壁がすっと溶けていく。互いに手を強く握り締め、過酷な戦いを生き抜いたことを称え合ったり、「あの時助けてくれてありがとう」と感謝を伝え合ったりと、あちこちで温かい交流の輪が広がっていった。
だが、そんな賑やかな仲間たちの輪から少し離れた場所で、ゼロツーはその光景を静かに見つめていた。
喜び合うヒロや13部隊たちの背中からゆっくりと視線を外し、朝陽を浴びて佇むストレリチアへと目を向ける。
「……もっと、叫竜を倒さなきゃいけないんだ」
ぽつりと漏らされたその言葉は、誰に届くこともなく、朝の澄んだ風の中に静かに消えていった。
─────
作戦の終了が告げられ、極度の緊張から解放された司令室には安堵の空気が広がっていた。オペレーターたちが大きく一息をつき、ナナとハチもまた軽く休息を取る。
そんな中、フランクス博士は一人モニターの映像をじっと見つめ、ボソリと呟いた。
「あやつならゼロツーの願い、叶えられるかもしれん」
その時、メインコンソールに通信の着信が灯る。
「どうした、ラムダ。お前から通信を入れてくるとは珍しいな」
フランクス博士が声をかけると、画面越しのラムダは淡々とした声でハチ司令へ問いかけた。
「ハチ司令、青いフランドールのパイロットは誰だ?」
ハチはモニターへ一歩近づき、感情を交えずに答える。
「コード960だ。彼女に何か用でもあるのか?」
「大型グーテンベルク級に立ち向かう直前、あの機体のツインアイから稲妻状の残光を確認した。……情報ではまだ2回しかコネクトしていないとあるが、本当なのか?」
「ああ、事実だ」
ハチの肯定を聞き、ラムダはしばし沈黙した。そして重い口を開く。
「……早急に、13部隊のパイロットに伝えておいた方がいい」
「その件については、既に予定している」
「そうか、頼んだ」
短くそれだけ告げると、通信は一方的に切断された。消えた画面を見つめながら、ナナが不思議そうに呟く。
「ナインズの子があんな心配するなんて、珍しいわね」
「そうだな」
ハチが頷くと、立ち去ろうとしていたフランクス博士が振り返りもせずに言葉を足した。
「ラムダは寡黙なパイロットだが、ナインズの中だと珍しく仲間思いで心配性な奴でな。……そのせいか、アルファたちとは上手く馴染めていないようだがな」
含みを持たせた笑いを残し、博士はそのまま廊下の奥へと歩み去っていく。
ナインズの中で浮いているかもしれないラムダの様子に、ナナは少し痛ましそうな視線を向けた。それを見たハチは揺るぎない声で言う。
「彼には強い芯がある。多少のことなら気にしないだろう」
それぞれの思惑を孕んだまま、司令室は再び静けさを取り戻していった。
─────
暗く静まり返った洞窟の最奥。外界の光すら届かないその闇の中、一人の人影が深く玉座に腰掛け、静かに足を組んでいた。
重苦しい静寂が漂う中、遠く離れた地で繰り広げられた激戦の結末を、肌を刺すような感触として確かに感じ取っていた。立ち上る気配の途絶、幾重にも重なって消えていく生命の灯火。またしても、多くの同胞たちが命を散らしたのだ。
感じるぞ……またも多くの同胞の血が流された……
彼女の心には、燃え盛る激しい怒り、地を這うような憎しみ、そして胸を切り裂くほどの深い悲しみが複雑に混ざり合っていた。
ニンゲンどもめ……
その独白は、深く静かな怨念となって仄暗く燃え上がっていた。