夜の戦場に、鈍く重い刺突音が響き渡った。
デルフィニウムの双剣が、最後まで抵抗を続けていたコンラッド級の装甲を深々と貫く。
鋭い刃は内部に隠されたコアへ到達し、次の瞬間、硬質な破砕音とともにそれを粉々に打ち砕いた。
叫竜の身体から力が抜ける。
黒い巨体が崩れ落ち、荒れ果てた大地に土煙が舞い上がった。
「……ふう……」
デルフィニウムのコックピットで、ゴローが小さく息を吐いた。
額には汗が滲み、操縦桿を握る指先にも疲労が蓄積している。
それでも、彼の眼差しから警戒の色が消えることはなかった。
これまでに倒した叫竜の数は、もはや数え切れない。
だが、戦闘は終わっていない。
ゴローが周囲の状況を確認しようとした、そのときだった。
『──第三波、来ます!』
通信回線にオペレーターの切迫した声が響く。
続けてハチから指示が入った。
『小型叫竜の群れはこれが最後だ』
その言葉に、第13部隊の面々が一斉に気を引き締めた。
最後の一波。
それを凌げば、少なくとも小型叫竜の大群は片付く。
疲労に沈みかけていた意識を奮い立たせ、各機が武器を構え直す。
「よし……! みんな、行くよ!」
イチゴの号令が響いた。
デルフィニウムが双剣を構え、アルジェンティアが前傾姿勢を取る。
アイリスの両腕では、ヴァルグレイヴの砲身が回転を始めていた。
地平線の向こうから、再び黒い影が押し寄せてくる。
しかし、その群れが第13部隊へ到達するよりも早く。
夜空を、一条の白い閃光が切り裂いた。
「──ッ!?」
凄まじい爆音。
上空から急降下してきた純白の機体──ストレリチアが、叫竜の群れの中心へ飛び込んだ。
クイーンパイクが大きく旋回し、夜の荒野に眩い軌跡を描く。
次の瞬間、槍の一閃が数体の叫竜をまとめて薙ぎ払った。
衝撃波が周囲へ広がり、黒い装甲が砕け散る。
続けざまに槍を突き出すと、さらに複数の叫竜が貫かれ、爆散した。
あまりにも圧倒的な攻撃。
第13部隊が必死に維持していた防衛線を、ストレリチアは瞬く間に押し返していく。
「ストレリチア……!?」
イチゴが目を見開いた。
その表情に浮かんだのは安堵ではない。
どうして、どうして出てきたの。
ヒロは、ストレリチアは温存すると言ったはずなのに。
──ダメ……! ヒロに無理させちゃダメ……!
デルフィニウムが勢いよく地面を蹴ってスラスターを噴出する。
「イチゴちゃん!?」
『すぐ戻る!』
ココロの呼びかけに短く応じ、イチゴはストレリチアへ向かって行く。
ゴローも彼女を止めなかった。
自分もまた、ヒロの身体が危険な状態にあることを知っている。
二人を乗せたデルフィニウムが戦線を離れる一方、残された仲間たちは第三波の残党を迎え撃つべく陣形を整え直した。
◇
ストレリチアのコックピット。
そこではヒロが胸元を押さえ、苦痛に顔を歪めていた。
「くっ……う……あぁッ……!」
心臓の付近に生じた青い腫瘍。
そこから、焼けた刃を押し込まれるような激痛が全身へ広がっていく。
呼吸をするたびに胸が締めつけられ、視界の端が暗く霞む。
操縦席に座っているだけでも、意識が遠のきそうだった。
その異変は、機体の動きにも現れていた。
滑らかに動いていたストレリチアの関節が、不自然に硬直する。
それを、ゼロツーが気づかないはずはなかった。
「……ダーリン、その程度?」
ゼロツーがヒロに声をかける。
その声は冷たく、どこか試すような響きを帯びていた。
「……ぐッ…………ッ!」
答える余裕などなかった。
それでも、歯を食いしばり、前を見据える。
ここで止まるわけにはいかない。
仲間たちが戦っている。
自分だけが、何もできないままでいるわけにはいかない。
激痛に震える身体を、意志だけで無理やり支える。
その眼差しを見たゼロツーは、満足そうに口元を緩めた。
「そうそう、その調子……!」
ストレリチアが再び動き出す。
槍が振るわれ、接近してきた叫竜が一撃で砕かれた。
だが、その直後。
『ストレリチア、下がって!!』
イチゴの声が割り込んだ。
駆けつけたデルフィニウムがストレリチアに近づいた叫竜を撃破し、前へ回り込む。
「大丈夫……! まだ、やれる……!」
ヒロは荒い呼吸の合間に言葉を絞り出した。
しかし、イチゴは引かなかった。
『いいから持ち場に戻って!!』
その声には、指揮官としての命令以上に、切実な感情が滲んでいた。
もう戦わないで、お願いだから、これ以上無理をしないで。
だが、その本心を言葉にすることはしなかった。
ゼロツーが不機嫌そうに瞳を細める。
「……エラそ」
小さく吐き捨てると、ストレリチアは身を翻した。
純白の機体が大きく跳躍し、防護壁の上へと戻っていく。
イチゴはその姿を見送りながら、ようやく息を吐いた。
しかし、胸の奥に渦巻く不安は、少しも消えていなかった。
─────
その頃、第26部隊はワームタイプの撃破に成功していた。
巨大な叫竜の体内へ侵入した二機の量産型フランクスが、切り開かれた装甲の隙間から飛び出してくる。
その槍先には他より一回り大きなコアが刺さっていた。
長大な胴体が地面へ沈み込む。
凄まじい地鳴りとともに、ワームタイプは完全に動きを止めた。
「無事か!」「ああ、コアの粉砕を確認した!」
互いの無事を確認した隊員たちは、すぐさま本来の防衛領域へ向かう。
機体には少なからず損傷が見られ、マグマ燃料の残量も心許ない。
それでも、まだ戦場には仲間たちが残っている。
移動の途中、090は夜空を横切る機影に気づいた。
「あれは……ストレリチアか? 前線から飛んできたということは……また独断で行動したのか」
苦々しく眉を寄せる。
だが、すぐに視線を第13部隊へ戻した。
彼らは今も、小型叫竜の残党を相手に戦い続けている。
砲撃と近接攻撃を組み合わせ、互いの死角を補いながら、少しずつ敵の数を減らしていた。
「……元気だな。彼らだって戦い続けて消耗しているだろうに」
未熟だと思っていた部隊。
しかし、彼らは自分の予想以上に粘り強かった。
その成長を認めかけた、まさにその瞬間だった。
地底から響くような重低音が、荒野全体を震わせた。
090が顔を上げる。
遠方で沈黙していた巨大な影。
目標β。
真四角の異様な巨体が、ゆっくりと動き始めていた。
『──目標βが移動を開始! 最終防衛ラインに迫っています! 26部隊、侵攻を阻止せよ!!』
「了解!! 26部隊、目標βの抑え込みに入る!」
090は即座に指示を飛ばした。
巨大な質量体が進むたびに、大地が揺れる。
あの巨体が防護壁へ到達すれば、甚大な被害は避けられない。
『リーダー、奴の足を切断し、進行を停止するのはどうだ?』
「ダメだ。あの巨体を切断するのは時間がかかる。伸ばしたワイヤーをビーム化するにも、燃料が持たない! まずは電流で様子を見てからだ!」
『了解!』
量産型フランクスが一斉に散開する。
目標βの周囲を取り囲み、ポーンハスタを構えた。
次々と射出されるブレード。
巨大な外装へ刃が突き刺さり、そこから伸びるワイヤーが幾重にも巻き付いていく。
「出力全開ッ!!」
バチバチバチッ──!!
眩い放電が夜の闇を照らした。
高出力の電流がワイヤーを伝い、目標βの巨体へ流れ込んでいく。
次の瞬間。
「「「───!!!!」」」
異様な音が響き渡った。
それは、悲鳴とも咆哮ともつかない怪音だった。
空気そのものが震え、耳の奥を直接引き裂くような甲高い音波が戦場を覆い尽くす。
「くっ……!?」
遠方で戦っていた第13部隊にも、その衝撃は届いた。
「なんだ……!? 」
ゴローが顔を歪める。
「耳が……耳が痛い……っ!」
フトシが悲鳴を上げた。
コックピットの内部にまで響く怪音に、ココロも身を縮める。
「これは……悲鳴……!? 」
ミツルが苦しげに呟く。
「うるせえええ!!」
ツグミは思わず怒鳴り、アイリスの操縦桿から手を離して耳を押さえた。
一方、目標βを拘束している090は、苦痛に耐えながらも手応えを感じていた。
「よし、効いてるぞ!! このまま──」
しかし、その言葉は最後まで続かなかった。
目標βの装甲が、不気味な音を立てて歪み始めた。
真四角だった巨体の各部が隆起し、巨大な外装が次々と移動していく。
地面を這うように進んでいた質量体が、徐々に上方へ伸び始めた。
まるで、内部に隠されていた何かが目覚めるかのように。
司令室のモニターに、その異常な光景が映し出される。
『何が起こっている……!?』
ハチが思わず身を乗り出した。
『叫竜が……変形していきます!! これは……!!』
オペレーターの声が震える。
解析画面に、これまでとは桁違いの反応が表示された。
『──
─────
土煙の向こうに、巨大な人影が立ち上がった。
いや、それは人間の姿を模しているだけの、途方もない異形だった。
分厚い装甲に覆われた四肢。
巨大な胴体。
メインパイプを見下ろすほどの高さまで伸びた上半身。
目標βは、巨大な人型の叫竜へと変貌していた。
「そんなのありかよ……!!」
ゴローが呆然と呟く。
「ひ、人型……でかすぎ……!」
ミクの声が震えた。
「あんなの……どうやって倒すのよ……!」
イクノも、その圧倒的な姿を見上げることしかできなかった。
その頃、第26部隊は変形した叫竜の足元にいた。
突然の変形によって距離を詰められた彼らは、即座に後退を試みる。
しかし。
巨大な拳が振り下ろされた。
直撃こそ避けたものの、凄まじい衝撃波が量産型フランクスをまとめて吹き飛ばした。
機体が地面へ叩きつけられ、土煙が巻き上がる。
「26部隊が……!?」
第13部隊に動揺が広がった。
その中で。
クロだけは、すでに動き始めていた。
助けなきゃ!
考えるよりも先に、グラジオラスが地面を蹴る。
「クロッ!? ゾロメ、ミツル、ナオミ! クロに続いて!」
イチゴの指示に応じ、仲間たちも一斉に駆け出した。
一方、倒れた量産型フランクスの中で、090が必死に機体を起こそうとしていた。
「……くっ、みんな無事か!?」
通信から返事が届く。
しかし、その内容を確認する余裕はなかった。
巨大な影が頭上を覆ったのだ。
見上げる。
そこには、今まさに踏み下ろされようとしている叫竜の足があった。
「しまっ──」
逃げられない。
そう悟った瞬間。
横から飛び込んできたアルジェンティアが、090の機体を力任せに引きずり出した。
巨大な足が地面を踏み砕く。
「俺たちがいるぞ!!」
ゾロメの声が響いた。
周囲では、駆けつけた第13部隊の仲間たちが、倒れた量産型フランクスを次々と救出していた。
「みんな……!」
090の胸に安堵が広がる。
「まだ動けるか!?」
ゾロメの問いかけに、090は燃料残量を確認する。
メーターは一本しか残されていなかった。
「……燃料が残り少ない。……きっと、みんなそうだろう」
その言葉を聞いたイチゴが即座に指示を出す。
「救出した26部隊を、戦場から離れた安全な場所に降ろして!」
13部隊の機体が、傷ついた量産型フランクスを安全な場所へ運んでいく。
やがて救出を終えたアルジェンティアが、090へ振り返った。
「今の貸しだからな!」
ゾロメの不敵な声。
090は僅かに目を見開き、それから小さく俯いた。
「……すまない」
その言葉には感謝と悔しさが入り混じっていた。
守るはずだった後輩たちに、自分たちが救われた。
だが、今はその事実を受け入れるしかない。
『26部隊は後退。大型グーテンベルク級には13部隊で対処する』
ハチの命令が下った。
「対処するって言われても...」
「あんな大きいのをどうやって止めれば....」
イクノとココロの声に、不安が滲む。
巨大な叫竜は、なおも防護壁へ向かって歩き続けていた。
そのたびに大地が揺れ、プランテーションとの距離が縮まっていく。
「止めるだけでは意味がありません。倒さなければ、壁が突破されて終わりです」
ミツルが冷静に告げる。
「ストレリチアと連携すれば、なんとかなるって!」
「うん。それしか無いかな」
「そもそも、アイツのコアはどこにあるんだ?」
巨大な外装のどこを攻撃すればよいのか。
誰も答えを持っていなかった。
そのとき、通信回線に090の声が割り込んだ。
『奴のコアはここにある。……狙いが定まらないなら、脚部の関節を攻撃しろ。そうすれば倒れて、一時的に動かなくなる』
各機のモニターに、目標βの内部構造が表示された。
コアの位置を示すターゲットマーカー。
そして、脚部の関節部分に付けられた攻撃目標。
「ありがとうございます……!」
イチゴが応じる。
『今は……これくらいしかできないからな』
通信が切れた。
その言葉に込められた想いを受け止め、イチゴはモニターを見据える。
自分たちに託されたのだ。
今度こそ、この防衛線を守らなければならない。
「よしっ……俺たちでアイツを倒すんだ!」
ゾロメが拳を握りしめた。
『了解、任せてくれ……!』
ストレリチアからヒロの声が返ってきた。
しかし、その声には明らかな苦しさが滲んでいる。
イチゴの胸が締めつけられた。
「待って! ストレリチアはそこから動かないで!」
「はあ!?」
ゾロメが驚きの声を上げる。
「作戦があるのか、イチゴ?」
ツグミも問いかけた。
本当は、ヒロを戦わせたくない。
これ以上、あの身体に負担をかけさせたくない。
けれど、ストレリチアの力が必要なのも事実だった。
「……ストレリチアには、トドメだけを任せる」
「温存してる場合かよッ!」
ゾロメが食い下がる。
しかし、ゴローが口を開いた。
「落ち着け、ゾロメ。あのデカいやつのコアに届くのは、ストレリチアの槍だけだ」
「ゴロー……」
イチゴが呟く。
ゴローは、彼女の本心を理解していた。
ヒロを守りたい。
その想いを、戦術として成立させるために。
「だから俺たちで隙をつくって、ストレリチアへ繋ぐ。……そういうことだろ、イチゴ?」
「……っ、うん!」
イチゴが強く頷いた。
ゴローは通信を開き、仲間たちへ呼びかける。
「俺たちの意地、見せてやろうぜ!」
「お、おう! そういうことなら……!」
ゾロメも納得したように応じた。
続けて、ゴローがストレリチアへ呼びかける。
「ヒロ、聞いてたか。最後は任せるぞ!」
『わかったッ!!』
ヒロの返答を聞き、イチゴは大きく息を吸い込んだ。
「13部隊、作戦開始ッ!!!」
各機が一斉に散開する。
その直後、イチゴはゴローへ小さく語りかけた。
「……ありがとう、ゴロー」
「……今は集中しろ」
イチゴは微かに微笑み、すぐに戦場へ意識を戻す。
「クロ、ゾロメ、ナオミはあいつの足を攻撃して! 私も手伝う!」
『俺たちはどうするんだ!?』
ツグミの問いに、イチゴは即座に答えた。
「フトシ、ツグミ、ミツルは、あいつが後ろに倒れるように正面から攻撃して! タイミングは私が指示する!」
『了解!!』
クロロフィッツ、ジェニスタ、アイリスが正面へ向かう。
その間に、デルフィニウム、アルジェンティア、グラジオラス、ダリアの四機が巨大な脚部へ取り付いた。
「ふんぐぅーーー!!!」「耐えて!男でしょ!?」
アルジェンティアが爪を装甲へ食い込ませ、懸命に登っていく。
隣では、グラジオラスがスラスターを噴射し、一気に高度を上げていた。
「はやく行かなきゃ!」
クロの声に焦りが滲む。
一方、ダリアは巨大な脚部の表面に足場を見つけられず、上昇に手間取っていた。
それに気づいたイチゴが声をかける。
「引っ張る?」
「大丈夫! 私にはこれがある!」
ダリアの背部で、エアロヴェイルの固定機構が解除された。
分離したリフターが機体の足元へ回り込み、ダリアがその上へ乗る。
直後、高出力の噴射炎が吹き上がった。
エアロヴェイルが一気に上昇する。
ナオミは姿勢を安定させながら、ほかの三機と合流した。
巨大な関節部。
四機は互いの位置を確認すると、同時に攻撃を仕掛けた。
デルフィニウムとグラジオラスの双剣。
アルジェンティアの鋭爪。
そして、ダリアの攻撃。
幾重もの斬撃が、関節部の装甲を切り裂いていく。
巨体が大きく揺らいだ。
四機はすぐさま離脱する。
「今だよッ!!」
イチゴの叫びが響いた。
正面で待機していた三機が、一斉に武装を構える。
ジェニスタのルークスパロウ。
クロロフィッツの射撃。
そして、アイリスのグランバースト。
無数のミサイルが白い噴射炎を引きながら飛び出した。
砲撃が、光弾が、ミサイルが、叫竜の正面へ集中する。
巨大な身体が後方へ傾いた。
そして、地響きとともにグーテンベルク級が仰向けに倒れ込んだ。
大地が激しく震える。
「ヒロ、お願いッ!!」
イチゴの声が夜空を貫いた。
防護壁の上で待機していたストレリチアが、勢いよく跳躍する。
機体が遥か上空へ舞い上がり、倒れた叫竜を見下ろした。
コックピットの中で、ヒロは荒い呼吸を繰り返していた。
胸の痛みは、もはや耐え難いほどに強くなっている。
それでも、視線を逸らさない。
仲間たちが作ってくれた、たった一度の好機。
無駄にはできない。
「一撃で決める……!!! うおおおおああああッ!!!」
ストレリチアが急降下した。
クイーンパイクの切っ先が、ターゲットマーカーへ向けられる。
白い機体が夜空を切り裂き、凄まじい速度で落下していく。
槍が胴体へ突き刺さった。
衝撃によって叫竜の身体が大きく折れ曲がる。
クイーンパイクへマグマ燃料を送り込んだ。
限界を超えたエネルギーが、槍の内部を駆け抜ける。
「とどけえええええええッ!!!」
凄まじい閃光。
注ぎ込まれたエネルギーが叫竜の体内で膨張し、巨体を激しく震わせた。
やがて。
叫竜の動きが、完全に止まった。
「はぁ……はぁ……やった……」
ヒロが小さく呟く。
その直後、全身から力が抜けた。
視界が暗くなる。
遠くで何かが聞こえた気がしたが、もう理解することもできなかった。
ヒロの意識が途切れる。
ストレリチアもまた、槍を突き刺した姿勢のまま沈黙した。
地上では、第13部隊がその光景を見つめていた。
クロは、倒れた叫竜を見上げる。
あの攻撃なら、きっと倒せてる
そう思った。
しかし。
モニターに映るターゲットマーカー。
それが、まだ消えていなかった。
──どうして……?
胸の奥に、小さな違和感が生まれる。
その頃、防護壁の上ではナインアルファが冷ややかに見つめていた。
「……残念。外したね」
次の瞬間、倒れたはずの叫竜が動いた。
巨大な腕が持ち上がる。
その先にいるのは、完全に沈黙したストレリチア。
クロの身体が、考えるよりも先に動いた。
「──ッ!!!」
「クロッ!?」「クロちゃん!?」
仲間たちの声が聞こえる。
けれど、止まれない。
グラジオラスのスラスターが限界まで噴射される。
機体が一直線に飛び出した。
巨大な拳がくり出される。
その直前。
グラジオラスがストレリチアへ飛びついた。
両腕で機体を抱え込み、力任せに横へ押し出す。
間一髪。
巨大な拳が、二機のいた場所を空振る。
──危なかった!けど、着地の事考えて無かったッ!
回避に全力を使い果たしたグラジオラスは、姿勢を立て直せなかった。
二機の機体が激しく地面へ叩きつけられる。
装甲が大地を削り、何度も転がって、ようやく停止する。
コックピットの中で、クロの身体が激しく揺さぶられた。
鈍い衝撃が頭部を襲う。
視界が白く弾けた。
そして、何も見えなくなった。
「ヒロッ!! クロッ!!」「クロォ!大丈夫か!?」
イチゴとツグミの叫びが響く。
しかし、二機から返答はなかった。
その間にも、巨大な叫竜は再び立ち上がる。
すると、両腕を重ね合わせ上半身の装甲が大きく変形していく。
やがて、その姿は巨大なハンマーのような形状へ変わった。
「な……変形した……!?」
13部隊が愕然とする。
叫竜は、倒れたストレリチアへ向かって歩き始めた。
上半身のハンマーが後方へ引かれる。
その動きを見た瞬間、イチゴとナオミの顔から血の気が引いた。
「「逃げて……ッ!!! ヒロォーーーッ!!!!」」
しかし、叫びは届かない。
ハンマーの後部から、凄まじい爆炎が噴き出した。
超加速された巨大なアームが、ストレリチアへ向けて撃ち出される。
──ドォォォォォンッ!!!!!
世界が揺れた。
凄まじい衝撃波が荒野を駆け抜け、土煙が一気に吹き上がる。
ストレリチアと、すぐ近くに倒れていたグラジオラス。
二機の姿が、濃密な煙の中へ呑み込まれていった。
─────
やがて、土煙が薄れていく。
その向こうに現れた光景を見て、誰もが言葉を失った。
ストレリチアは、防護壁へ深々とめり込んでいた。
分厚い装甲が押し潰され、周囲には無数の亀裂が走っている。
ストレリチアはまったく動かない。
そして、直撃を免れたグラジオラスも、衝撃の余波によって防護壁の近くまで吹き飛ばされていた。
こちらも沈黙したままだった。
司令室では、警報音が鳴り響いていた。
「戦況は!?」
ナナが叫ぶ。
オペレーターは震える指で操作盤を叩き、モニターに表示された数値を確認した。
「コード002および016のリンク切断! コード016の生体反応、急速に低下していきます!」
「そんな……!」
ナナの顔が青ざめる。
「コード960は……気絶! 生存しています!」
「……クロは無事なのね……!」
一瞬だけ安堵が広がった。
しかし、すぐにヒロの生体反応へ視線が戻る。
数値は刻一刻と低下していた。
命の灯火が今にも消えようとしている。
ハチはモニターを見つめたまま、苦々しく呟いた。
「このタイミングで時間切れだというのか……!」
「大型級β、防護壁に接近! 止まりません!」
オペレーターの声が響く。
戦況は、最悪の方向へ傾き始めていた。
◇
「ヒロ!! ゼロツー!! 応答しろッ!!」
ゴローが必死に通信を呼びかける。
しかし、何も帰ってこない。
防護壁にめり込んだストレリチアが、不意に異様な動きを見せる。
機体の姿勢が変わり、四肢を地面へつく獣のような形態─えっとスタンピードモードへ移行した。
しかし、その姿になってもストレリチアは動けなかった。
巨大な叫竜が、再びハンマーを後方へスライドさせる。
鈍い衝突音。
ストレリチアごと防護壁が激しく揺れる。
何度も、何度も巨大なハンマーが叩きつけられる。
壁の亀裂が広がり、装甲片が崩れ落ちていく。
「嘘でしょ……ストレリチアが……」
ミクが呆然と呟いた。
「あの噂は本当だったのか……?」
ツグミの声が震える。
「3回以上は……乗れないって……」
ココロが怯えたように口元を押さえた。
「それどころか、このままでは壁も突破されてしまいますよ!」
ミツルが叫ぶ。
「なんとかして止めないと……!」
フトシの声にも焦燥が滲んでいた。
そのとき。
デルフィニウムが突然膝をつき、フェイスから光が消えた。
コックピットの中でイチゴの身体が震えていた。
ヒロが死んだ。
その考えが、頭から離れない。
否定したい。
けれど、機体が動かなくなったのを見てしまった。
後悔と悲しみが一気に押し寄せ、イチゴとゴローのコネクトが途切れる。
「っ……!? イチゴ……!?」
ゴローが振り返った。
イチゴは自分の両手を見つめていた。
小刻みに震える指。
頬を伝い落ちる涙。
呼吸は乱れ、唇が何度も開閉している。
「ヒロが……死んじゃった……!」
「イチゴ!」
「言えなかった……っ! 行かないでって……言えなかった……っ!!」
脳裏に、出撃前の光景が蘇る。
静かな廊下、目の前に立っていたヒロ。
そして、彼から向けられた問い。
『ごめん、さっきの話。オレのこと、何て言おうとしてたんだ?』
あのとき。
本当の気持ちを伝えていれば。
『……アタシはさ、ヒロのこと……兄弟みたいに思ってるからさ』
どうして、あんなことを言ってしまったのだろう。
ヒロのことが誰よりも大切で、誰よりもそばにいてほしくて。
ずっと、一緒にいたかったのに。
「アタシ……ヒロに……ッ! ヒロに……!!」
イチゴが泣き崩れた。
その姿を見つめるゴローも胸の奥を引き裂かれるような痛みに襲われていた。
ヒロは、大切な仲間だった。
幼い頃からともに過ごしてきた友人だった。
失いたくなかった。
自分だって、泣き叫びたかった。
けれど。
今、目の前にはイチゴがいる。
そして、まだ戦いは終わっていない。
ゴローは歯を食いしばり、溢れそうになる涙を必死に堪えた。
イチゴの前に膝をつく。
彼女の頬を両手で包み、強引に顔を上げさせた。
「泣いている場合じゃない!! 今はッ!! 自分たちの命を考えろッ!!!」
その声もまた、震えていた。
ゴローだって、平気なわけではない。
それでも、ここで二人とも立ち止まってしまえば、仲間たちまで危険に晒してしまう。
イチゴは涙に濡れた瞳で、ゴローを見つめた。
彼の表情にも、抑えきれない悲しみが浮かんでいる。
それでも、必死に自分を支えようとしてくれていた。
◇
同じ頃。
クロロフィッツのコックピットでも、異変が起きていた。
イクノは、動かなくなったグラジオラスを見つめていた。
つい先ほどまで、クロは自分たちと一緒に戦っていた。
いつものように、危険を恐れることなく。
仲間を守るために。
けれど、今は。
あの機体がまったく動かない。
(クロが……嘘でしょ……クロ……ッ!)
胸の奥が締めつけられた。
心臓が異様な速さで脈打ち始める。
呼吸をしようとしても、うまく空気が入ってこない。
手足が冷たくなり、視界が狭まっていく。
嫌だ、そんなの嫌。
クロがいなくなるなんて、考えたくもない。
しかし、脳裏には最悪の光景ばかりが浮かんでくる。
いつも眠たそうに笑っている顔。
何気なく話しかけてくる声。
同じ部屋で過ごした時間。
そのすべてが、もう二度と戻ってこないかもしれない。
恐怖がイクノの思考を埋め尽くし、コネクトが切断される。
クロロフィッツの動きが止まった。
「イクノさん、どうしたんですか!?」
ミツルが声を上げる。
イクノは胸元を押さえ、苦しそうに呼吸を繰り返していた。
目の焦点が定まらず、呼びかけにも反応できない。
ミツルはすぐに原因を察した。
彼女の視線が、グラジオラスへ向けられていたからだ。
「落ち着いてください、コード960はまだ生きています」
イクノの肩が、びくりと震えた。
ゆっくりとミツルの方を向く。
「ほん……とう……なの……?」
声が掠れていた。
今にも消えてしまいそうな、小さな声だった。
「ええ、本当です。命に別状はありません」
ミツルははっきりと言い切った。
その言葉を聞いた瞬間、イクノの瞳が大きく揺れた。
生きている。
クロがまだ生きている。
その事実が少しずつ胸の奥へ染み込んでいく。
イクノは左手を胸に当て、固く目を閉じた。
震える唇から、長い息が漏れる。
ようやく呼吸が落ち着き始めた。
「……落ち着きましたか? なら、早く繋がってください」
「……ごめんなさい。すぐにやるわ」
イクノは涙を拭った。
まだ胸の奥には恐怖が残っている。
それでも、クロが生きていると知った以上、自分も戦わなければならない。
再びミツルとのコネクトが成立する。
クロロフィッツが、ゆっくりと立ち上がった。
◇
一方、アイリスのコックピットでは、ツグミが必死に状況を整理していた。
ストレリチアは沈黙。
グラジオラスも行動不能。
26部隊は燃料不足で後退。
そして、巨大な叫竜は今も防護壁を攻撃し続けている。
誰かが動かなければならない。
ツグミは操縦桿を握り直し、通信を開いた。
「みんな!!ストレリチアを助けるにも、コアを破壊するにも、まずは叫竜の動きを止めるんだ!!」
『でも、どうすれば……!』
フトシが悲鳴混じりに問いかける。
「もう一回、同じことをする!」
先ほどの作戦。
脚部の関節を破壊し、正面からの砲撃で叫竜を転倒させる。
少なくとも、動きを止めることはできた。
『仮に動きを止められたとして、コアへの攻撃はどうするんですか?』
ミツルの問いは当然だった。
ストレリチアのクイーンパイクですら、コアを捉えられなかったのだ。
ほかの機体の武装では、届かない可能性が高い。
しかし、ツグミには一つだけ考えがあった。
「ダリアのライフルを使うんだ! それなら、きっとコアにも届くはず! そうだろう、ナオミ!?」
高い貫通力を持つ、ダリアの専用ライフル──アルヴェリオン。
もし、叫竜の姿勢を崩してコアへの射線を確保できれば。
まだ可能性は残っている。
ツグミはすぐさまダリアへ通信をつないだ。
しかし。
返事がなかった。
「ナオミ……? どうしたんだ、ナオミ!?」
通信モニターには、ダリアの操縦席が映し出されていた。
ナオミは、俯いたまま動かなかった。
膝の上へ、涙が一滴落ちる。
続けて、もう一滴。
(ヒロが……死んだ……? 嘘……嘘よ……)
信じられなかった。
いや、信じたくなかった。
ヒロはいつも優しかった。
自分がうまくフランクスに乗れなかったときも、責めることなく接してくれた。
一緒に笑ってくれた。
自分のことを仲間として認めてくれた。
幼い頃から知っている大切な友人。
そんなヒロが。
もう二度と、自分に笑いかけてくれないかもしれない。
その現実を、ナオミの心は受け入れられなかった。
「嫌よ……ヒロが死んじゃうなんて……いや……ッ……!」
両手で顔を覆う。
指の隙間から涙が溢れ、止まらなかった。
何度も首を振る。
否定するように。
目の前の現実を振り払おうとするように。
けれど、どれほど願っても、ストレリチアから返事はない。
遠くでは、巨大な叫竜が防護壁を打ち砕く音が響き続けていた。
仲間たちの呼びかけも、警報音も、ナオミの耳には遠く感じられた。
ただ、胸の奥に広がる喪失への恐怖だけが、彼女の心を埋め尽くしていた。
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