青い雨が止んだ。
つい先ほどまで激しい戦闘音が響き渡っていた荒野に静寂が訪れていた。
夜明け前の冷たい風が砕け散った叫竜の残骸を撫でていく。
地面には幾筋もの亀裂が走り、巨大な爪痕のような傷が無数に刻まれていた。あちこちに飛び散った青い液体が、戦場の凄惨さを物語っている。
しかし、そんな荒れ果てた大地にも、夜明けは平等に訪れようとしていた。
厚く垂れ込めていた暗雲が、ゆっくりと左右へ分かれていく。
その隙間から、柔らかな朝陽が差し込んだ。
黄金色の光が荒野を照らし、青く濡れた地面を淡く輝かせる。
まるで、長い夜がようやく終わったことを告げるかのように。
その光の中を、ストレリチアがゆっくりと降下していた。
純白の装甲には、激戦の傷跡が無数に刻まれている。
それでも、その姿はどこか神々しく見えた。
背部のバーニアから淡い光を放ちながら、ストレリチアは荒野へゆっくりと舞い降りていく。
その様子を、第13部隊の面々はただ見つめていた。
誰も、すぐには言葉を発することができなかった。
あまりにも多くのことが起きすぎた。
26部隊との共闘。
次々と押し寄せる叫竜の群れ。
巨大な敵。
そして、ストレリチアの沈黙。
ヒロが死んでしまったのではないかと本気で思った。
それでも、最後には全員で力を合わせた。
そして今、目の前には確かな勝利がある。
その事実を理解するには、少しばかり時間が必要だった。
「……やった……」
最初に声を漏らしたのはフトシだった。
その声は小さく、どこか信じられないものを見るように震えていた。
「やりやがった!! ヒロのヤロー!!」
弾けるような歓声が、静まり返った戦場に響き渡った。
ゾロメは操縦桿から手を離し、両腕を大きく突き上げ子供のように飛び跳ねた。
その姿を見て、フトシもようやく実感が湧いたのか、顔いっぱいに笑みを浮かべる。
ミクも安堵の息を吐き、ゾロメの騒がしさに呆れたような顔をしながら、嬉しそうに笑っていた。
ミツルは静かに目を閉じた。
張り詰めていた緊張が解け、全身から力が抜けていく。
隣のイクノも、小さく息を吐いた。
戦闘中、クロが倒れたときの恐怖は、まだ胸の奥に残っている。
それでも、今は違う。
クロは無事だった。
ヒロも生きている。
そして、全員が帰ってこられた。
それだけで、胸がいっぱいだった。
ゴローはゆっくりと拳を握りしめた。
胸の奥から、熱いものが込み上げてくる。
何度も覚悟した。
ヒロを失うかもしれないと。
それでも、あいつは帰ってきた。
ゴローの口元に自然と笑みが浮かんだ。
少し離れた場所では、イチゴとナオミがストレリチアを見つめていた。
二人とも、まだどこか夢を見ているような表情だった。
ほんの少し前まで、ヒロが死んでしまったと思っていたのだから。
今、目の前でストレリチアが無事に着地しようとしている。
それが、たまらなく嬉しかった。
「……マジかよ……!」
ツグミが呆然と呟いた。
その顔には、驚きと感嘆が入り混じっていた。
自分たちが必死に押さえつけていた巨大な叫竜。
あれほどの巨体を、最後には一撃で貫いてしまった。
思い返すだけで、鳥肌が立つようだった。
「やったね、ヒロ!!」
その隣で、クロが嬉しそうに声を上げた。
先ほどまで怒りに満ちていた表情は、もうどこにもない。
いつものように、どこか無邪気な笑顔を浮かべている。
頭にはまだ鈍い痛みが残っていたが、そんなことはどうでもよかった。
みんなで勝った。
クロにとっては、それが何より嬉しかった。
そのとき、各機の通信機からハチの声が響いた。
『大型級の撃破を確認。作戦は……成功だ』
一瞬の静寂。
そして、歓声が爆発した。
13部隊のコドモたちが、一斉に喜びの声を上げる。
機体から降りて、互いに手を取り合い、肩を叩き、無事を確かめ合う。
誰もが疲れ切っていた。
身体は重く、機体も傷だらけだった。
それでも、その表情には確かな達成感が浮かんでいた。
少し離れた場所にいた26部隊も、ようやく緊張から解放されたようだった。
互いの無事を確かめ、安堵の笑みを交わす。
経験豊富な彼らにとっても、今回の戦闘は決して容易なものではなかった。
むしろ、あと一歩判断を誤れば、全滅していてもおかしくなかった。
だからこそ、勝利の喜びは大きかった。
◇
その光景を、メインパイプから二人の少年が見下ろしていた。
ナインアルファとナインラムダ。
アルファはゆっくりと降下するストレリチアへ視線を向け、口元に薄い笑みを浮かべた。
「見事だよ、ナインイオタ。そして、コード016」
通信回線が開かれる。
「......ナインアルファ」
ゼロツーの声には、露骨な警戒が滲んでいた。
しかし、アルファは気にする様子もなく続ける。
「絶対に死んだと思ったんだけどなあ。全く驚きだよ」
軽い口調だった。
だが、その言葉の端々には、予想を裏切られたことへの不満が感じられた。
ゼロツーは小さく鼻を鳴らす。
「……で? ダーリンは生き残ったけど、どうすんの?」
アルファは肩をすくめた。
「どうもしないよ。パパの命令は絶対だからね。面白いものも見れたし、僕たちは帰るよ」
それだけ言うと、通信はあっさりと切断された。
ゼロツーはしばらく通信画面を見つめていたが、やがて興味を失ったように視線を外した。
もう、アルファのことなど考えたくなかった。
今はただ、隣にいる少年の存在を確かめていたかった。
◇
ストレリチアのコックピット。
戦闘が終わり、ようやく静けさが戻っていた。
ゼロツーはゆっくりとコネクトを解除した。
身体の奥に残る疲労が、一気に押し寄せてくる。
腕も、脚も、ひどく重かった。
無理もない。
ヒロが意識を失っている間、彼女は一人で戦い続けていたのだから。
身体を傾けると、隣にいるヒロの姿が目に入った。
ヒロもまた、疲れ切った顔をしていた。
しかし、その瞳には以前とは違う、確かな光が宿っていた。
「ゼロツー」
「ん?」
名前を呼ばれ、ゼロツーが顔を向ける。
ヒロは少しだけ間を置いた。
胸の奥にある気持ちを、言葉にするために。
「俺がフランクスに乗る理由、もう一つ見つかった」
ゼロツーが不思議そうに首を傾げる。
「なーに?」
ヒロは、真っ直ぐに彼女を見つめた。
「君の翼でありたい。……次でどうなるかは、わからないけど」
その言葉に、ゼロツーの表情が柔らかくなった。
これまで、ヒロは自分の居場所を取り戻すために戦っていた。
もう一度フランクスに乗りたい。
誰かの役に立ちたい。
そんな願いを抱いていた。
けれど、今は違う。
ゼロツーと一緒に飛びたい。
彼女を一人にしたくない。
その想いがヒロにとって新しい戦う理由になっていた。
ゼロツーはしばらくヒロを見つめ、優しく微笑んだ。
「ダーリンなら、次もその次も、大丈夫だよ」
それは、確かな未来を知っている者の言葉ではなかった。
それでもゼロツーは信じたかった。
ヒロとなら、きっと。
自分と一緒に飛び続けてくれると。
ヒロも静かに笑みを返した。
そして、疲れた身体を寄せてくるゼロツーを優しく支えながら、ハッチの開放操作を行った。
外から、眩しい朝陽が差し込んできた。
◇
すでに機体から降りていた第13部隊の面々は、ストレリチアの周囲に集まっていた。
誰もが、ハッチが開くのを待っていた。
やがて、装甲がゆっくりと動き始める。
朝陽が内部へ差し込み、その光の中に二人の人影が現れた。
ヒロとゼロツー。
二人とも疲れ切っていたが、確かにそこに立っていた。
その瞬間。
「ヒロッ!!」
誰かが叫んだ。
それを合図にしたように、仲間たちが一斉に駆け出す。
真っ先に飛び込んだのは、ゾロメだった。
勢いよくヒロの肩を抱き寄せ、乱暴に揺さぶる。
ヒロは驚いたように目を見開いたが、すぐに笑顔になった。
フトシも駆け寄り、ゴローがその後ろから歩み寄る。
ゴローは何かを言いかけた。
けれど、言葉が出てこなかった。
代わりに、ヒロの肩へそっと手を置く。
その手に込められた力だけで、十分だった。
ヒロも、静かに頷いた。
その光景を見ていたイチゴの瞳に涙が浮かんだ。
もう、我慢できなかった。
怖かった。
ヒロが死んでしまうと思った。
もう二度と、声を聞けないのではないかと思った。
けれど、今は目の前にいる。
イチゴは走り出した。
そして、ヒロの胸へ飛び込んだ。
突然のことに、ヒロは一瞬驚いた。
しかし、胸元から聞こえてくる小さなすすり泣きに気づくと、表情を和らげた。
イチゴの肩が震えている。
何も言わなくても、彼女がどれほど心配してくれていたのか分かった。
ヒロは優しく微笑み、そのまま彼女を受け止めた。
少し離れた場所では、ナオミがその光景を見つめていた。
彼女も、ヒロの姿を見た瞬間に駆け出しかけていた。
けれど、イチゴがヒロへ飛び込む姿を見て、足を止めた。
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
ヒロが生きている。
それだけでよかった。
今は、あの二人をそっと見守ることにした。
頬を伝う涙を拭うことも忘れ、ナオミは静かに笑っていた。
その隣へ、クロが歩み寄ってくる。
「行かなくていいの?」
不思議そうな声だった。
クロはナオミがヒロのことをどれほど心配していたのか知っている。
だからこそ、少し意外だった。
ナオミはクロへ顔を向けた。
涙に濡れた瞳のまま、柔らかく微笑む。
「いい、これでいいの」
クロは少しだけ首を傾げた。
けれど、ナオミが本当に嬉しそうだったので、それ以上は何も聞かなかった。
二人の視線の先では、仲間たちに囲まれたヒロが笑っていた。
朝陽が、その光景を優しく照らしている。
長い夜の終わりに訪れた、穏やかな時間だった。
◇
13部隊が喜びを分かち合っていると、背後から声がかかった。
振り返ると、第26部隊のパラサイトたちが歩いてきていた。
誰もが疲労を隠せない様子だった。
しかし、その表情には、戦いを生き抜いた者だけが浮かべられる安堵があった。
先頭を歩いていた090が、イチゴの前で足を止める。
イチゴも姿勢を正し、彼と向き合う。
090はやがて表情を引き締めた。
そして、13部隊全員へ向けて深く頭を下げた。
「作戦中、君たちを足手まといのように扱ってすまなかった。……謝らせてくれ」
思いがけない言葉に、周囲が静まり返った。
ゾロメも、フトシも、驚いたように目を見開く。
26部隊は経験豊富な先輩たちだった。
戦闘開始直後、第13部隊が思うように連携できなかったのも事実だ。
だからこそ、090から謝罪されるとは思っていなかった。
イチゴは、少しだけ目を丸くした。
しかし、すぐに真っ直ぐ090を見つめ返す。
「ううん、気にしないで。私たちがまだ経験不足で、連携も満足に取れていなかったのは事実だから。……でも、私たちはこれから、もっとチームとして成長していく」
その声には、迷いがなかった。
自分たちはまだ未熟だ。
今回の戦いでも、何度も失敗した。
仲間に助けられなければ、危険な場面もあった。
けれど、だからといって立ち止まるつもりはない。
これからもっと強くなる。
もっと仲間と息を合わせられるようになる。
その決意が、イチゴの言葉には込められていた。
090は一瞬、驚いたように彼女を見つめた。
そして、ゆっくりと口元を緩める。
戦闘開始前に見た少女とはどこか違って見えた。
未熟さは、確かにある。
しかし、それを自覚し、乗り越えようとする意志もある。
その強さを090は認めていた。
やがて、両部隊の間にあった緊張が解けていった。
26部隊のパラサイトが、13部隊の仲間へ歩み寄る。
戦闘中に助けられたことへの感謝。
危険な場面で支えてもらったことへの礼。
互いの健闘を称える言葉。
それらが、あちこちで交わされ始めた。
最初は少しぎこちなかった交流も、次第に自然な笑顔へ変わっていく。
肩を叩き合い、手を握り、共に生き残ったことを喜び合う。
ほんの数時間前まで、互いの実力を測り合っていた二つの部隊。
けれど今は違う。
同じ戦場を生き抜いた仲間だった。
◇
その賑やかな輪から、少し離れた場所。
ゼロツーは一人、静かに立っていた。
朝陽に照らされながら、仲間たちと笑い合うヒロを見つめる。
その姿は、どこか眩しかった。
ヒロの周囲には、たくさんの仲間がいる。
誰もが彼の無事を喜んでいる。
それは、ゼロツーにとっても嬉しいことのはずだった。
けれど、胸の奥には、別の感情が残っていた。
ゼロツーはゆっくりと視線を外す。
その先には、傷ついたストレリチアが立っていた。
ゼロツーは、じっとその機体を見つめる。
ヒロと一緒に飛べた。
今回も、二人で戦えた。
それは確かに嬉しかった。
けれど。
彼女には、まだ叶えなければならない願いがあった。
「……もっと、叫竜を倒さなきゃいけないんだ」
ぽつりと言葉が零れる。
その声は誰にも届かなかった。
仲間たちの笑い声に紛れ、朝の風に運ばれて消えていく。
ゼロツーはしばらくストレリチアを見つめていた。
その横顔には、先ほどヒロへ向けた柔らかな笑みとは異なる、静かな決意が浮かんでいた。
◇
プランテーションの司令室にも、ようやく落ち着きが戻っていた。
作戦の成功。
第13部隊と第26部隊の生存確認。
次々と報告が上がる中、オペレーターたちは張り詰めていた肩の力を抜いていた。
長時間にわたる戦闘監視は、彼らにとっても大きな負担だった。
ナナは小さく息を吐き、椅子の背もたれへ身体を預ける。
ハチもまた、モニターに表示された戦闘結果を確認しながら、静かに安堵していた。
その一方で、フランクス博士だけは違っていた。
博士は一人、ストレリチアの映像を見つめている。
その目には、強い興味が宿っていた。
死の淵に追い込まれながら、再び立ち上がったコード016。
ゼロツーと共に飛び、巨大な叫竜を撃破した少年。
博士は、口元に僅かな笑みを浮かべた。
「あやつならゼロツーの願い、叶えられるかもしれん」
その言葉は、小さな独り言だった。
ナナとハチが反応するより早く、メインコンソールに通信の着信が表示される。
発信元はナインズ、通信画面に映し出されたのはナインラムダだった。
博士は少し意外そうに眉を上げる。
「どうした、ラムダ。お前から通信を入れてくるとは珍しいな」
ラムダは博士へ一度だけ視線を向けた。
しかし、すぐにハチの姿を確認すると、淡々と口を開いた。
「ハチ司令、青いフランドールのパイロットは誰だ?」
唐突な質問だった。
ハチはモニターへ一歩近づく。
「コード960だ。彼女に何か用でもあるのか?」
「大型級に向かう直前、あの機体のツインアイから、稲妻状の残光を確認した。……情報ではまだ4回しかコネクトしていないとあるが、本当なのか?」
ラムダの声は、いつもと変わらず冷静だった。
しかし、その問いには、僅かな緊迫感が滲んでいた。
ハチは手元の記録を確認する。
コード960。
グラジオラスのパイロット。
これまでのコネクト回数は、確かに4回。
「ああ、事実だ」
その答えを聞いたラムダはしばらく黙り込んだ。
画面越しでも、何かを考えていることが伝わってくる。
ナナは不思議そうに二人のやり取りを見守っていた。
稲妻状の残光。
その言葉が意味するものを、彼女も考えていた。
やがて、ラムダが口を開く。
「……早急に、そのパイロットに伝えておいた方がいいな」
その声は、先ほどより僅かに低かった。
ハチは静かに頷く。
「その件については、既に予定している」
「そうか、頼んだ」
短い返答。
それだけ告げると、ラムダは通信を切断した。
画面が暗転する。
ナナは、しばらくそのモニターを見つめていた。
「ナインズの子があんな心配するなんて、珍しいわね」
「そうだな」
ハチが頷く。
ナインズのコドモたちは、通常のパラサイトとは異なる立場にある。
彼らが第13部隊の一人について、わざわざ直接問い合わせてくることは珍しかった。
ましてや、ラムダは普段から口数の少ない少年だ。
その彼が、自分から通信を入れてきた。
それだけでも、今回の出来事が彼にとって無視できないものだったことが分かる。
すると、立ち去ろうとしていたフランクス博士が口を開いた。
「ラムダは寡黙なパイロットだが、ナインズの中だと珍しく仲間思いで心配性な奴でな。……そのせいか、アルファたちとは上手く馴染めていないようだがな」
博士は振り返らなかった。
ただ、どこか含みのある笑い声を漏らし、そのまま廊下の奥へ歩いていく。
ナナは博士の背中を見送った。
仲間思いで心配性。
その言葉が妙に胸に残った。
ナインズの中で、ラムダはどのような立場にいるのだろう。
アルファたちと上手く馴染めていないという言葉も、少し気になった。
彼らもまた、まだコドモなのだ。
ナナは消えた通信画面へ静かに目を向けた。
その表情には、僅かな憂いが浮かんでいた。
そんな彼女の様子を見て、ハチが口を開く。
「彼には強い芯がある。多少のことなら気にしないだろう」
落ち着いた声だった。
ナナはハチを見つめ、やがて小さく頷いた。
司令室には、再び静けさが戻っていく。
モニターには作戦終了を示す表示が並んでいた。
しかし、その裏側では、まだ誰も知らない変化が静かに動き始めていた。
◇
ラマルク・クラブ。
人類の未来を左右する決定を下す七賢人たちが集うその場所では、中央に設置された巨大なホログラムモニターに、キッシング防衛戦の映像が映し出されていた。
モニターには、戦場を駆けるフランクスやフランドール、そして叫竜との激しい戦闘の様子が記録されている。
七賢人たちは誰一人として口を挟むことなく、戦闘の一部始終を見届けていた。
やがて映像が終わると、モニターの光が弱まり、室内に静寂が戻る。
その沈黙を破ったのは、映像を見ていた賢人の一人だった。
「まさか落第寸前のコドモにこれ程の力があったとは」
その声には驚きと感心が入り混じっていた。
続いて、大柄な賢人が腕を組みながら口を開く。
「全く、最初から円滑にやってくれれば良かったものを」
不満げにそう言った彼だったが、少し間を置くと、思い直したように呟いた。
「...だが、あの都市の状況では仕方ないか」
別の賢人が、その言葉を受けるように続ける。
「ようやく002の婿探しも落ち着いたんだ、喜ばしいことじゃないか」
その言葉に、女性の賢人が静かに口を開いた。
「だが、今後も監視が必要な事に変わりは無い」
彼女の言葉に異を唱える者はいなかった。
第十三都市。そこに所属するパラサイトとパイロットたち。そして、元ナインズであるコード002と、彼女のパートナーとなったコード016。
今回の戦闘によって、彼らの能力は十分に示された。しかし、それは同時に、七賢人たちにとって新たな監視対象が生まれたことも意味していた。
やがて、七賢人の首席が重々しく口を開いた。
「第13都市を『最重要特別監視都市』として認定する。コード016には002を彼の地まで無事に運ぶ使命を課す」
賢人たちの視線が首席へと集まる。
その決定を受け、副主席が静かに呟いた。
「......いよいよですな」
首席は短く頷く。
「うむ」
そして、彼は再び口を開いた。
「長きに渡る叫竜との戦いを終わらせるのだ。我らの悲願....忌まわしき叫竜の姫の城、グランクレバスの制圧...!!」
その声には、長い年月をかけて積み重ねてきた悲願を、ついに成し遂げようとする者の強い意志が込められていた。
静まり返ったラマルク・クラブに響き渡る。
彼らの視線の先にあるのは、遠く離れた第十三都市ではない。
人類と叫竜の長きに渡る戦い、その終着点。
七賢人たちが悲願とするグランクレバス制圧へと向かう、次なる計画だった。
─────
深い闇の底。
外界の光が一切届かない、巨大な洞窟。
その最奥には、古びた玉座が据えられていた。
周囲には冷たい静寂が漂い、時折、洞窟の奥から微かな水音が響いてくる。
そこに、一人の人影があった。
玉座へ深く腰掛け、静かに足を組んでいる。
その姿は闇に包まれ、表情を窺うことはできない。
しかし、彼女は確かに感じ取っていた。
遠く離れた場所で起きた戦い、その結末を。
多くの命が消えた。
幾重にも重なっていた同胞たちの気配が、次々と途絶えていく。
それは、遠い場所で起きた出来事だった。
けれど、彼女にとっては決して他人事ではなかった。
──感じるぞ……またも多くの同胞の血が流された……
静かな思念が、闇の中へ広がる。
胸の奥で、何かが激しく燃え上がっていた。
怒り、憎しみ。
そして、深い悲しみ。
同胞たちが失われたことへの痛みが、胸を締めつける。
しかし、その悲しみは涙となって零れることはなかった。
代わりに、冷たく鋭い憎悪へと姿を変えていく。
──ニンゲンどもめ……
人影が僅かに身じろぎした。
その周囲の空気が重く沈み込む。
まるで、洞窟そのものが彼女の感情に呼応しているかのようだった。