デビル・イン・ザ・フランドール   作:かるご

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いつもの朝、変わった朝

中断を余儀なくされた入隊の儀は、翌日、ごく小規模な形で再開されていた。

昨日とは違い、会場に七賢人の姿はない。

列席するオトナたちも、数えるほどしかいなかった。

広い空間に響くのは、淡々と進められる儀式の声と、機械の駆動音だけ。

どこか形式的で、静かな空気が漂っていた。

そんな中、クロは一人、ぼんやりと前を見つめていた。

 

 

「…………」

 

 

昨日、グラジオラスへ乗り込んだ時のこと。

あの瞬間を思い返そうとすると、頭の奥に薄い霧がかかったような感覚があった。

覚えていることはある。

操縦席に座ったこと。

警報が鳴ったこと。

みんなが危険な目に遭っているかもしれないと思ったこと。

そして、頭の中を引き裂かれるような、あの激痛。

 

 

「……ん」

 

 

クロは小さく眉を寄せた。

思い出すだけで、こめかみの奥がじんわりと重くなる。

その先の記憶は、ひどく曖昧だった。

グラジオラスを動かした。

叫竜を殴り飛ばした。

そう聞かされてはいる。

けれど、本当に自分があの巨大な機体を操縦したのだという実感は、まだ薄かった。

 

 

(……私、本当に動かしたんだよねぇ)

 

 

自分の手のひらへ視線を落とす。

昨日、ナオミとツグミは、何度も褒めてくれた。

もちろん、無茶な接続をしたことについてはしっかり叱られた。

 

『無理な接続をしたのはダメだけど、一回であそこまで操縦できるなんてすごいよ!』

 

それでも、そう言ってくれた二人の顔を思い出すと自然と頬が緩んでしまう。

 

 

(……えへへ)

 

 

クロは小さく笑った。

しかし、すぐに首を傾げる。

 

 

(……でも、どんな感じだったっけ?)

 

 

機体を動かした時の感覚だけは、何となく残っている。

自分の腕が大きくなったような。

自分の足が、鋼鉄に変わったような。

そんな、不思議な感覚。

けれど、それを言葉にしようとすると、どうにもうまくいかなかった。

そんなふうに考え込んでいると、隣から肘で軽く腕を小突かれた。

 

 

「……ん?」

 

 

顔を向けると、ツグミが小さく笑っていた。

彼は前方を顎で示す。

 

 

「見ろよ。顔が映ったぞ」

 

「……え?」

 

 

クロは、言われるままに視線を上げた。

そこには、巨大なフランクスが立っていた。

青と白を基調とした機体。

イチゴとゴローが搭乗するデルフィニウムだった。

先ほどまで無表情だったその顔に、光が走る。

頭部の装甲が淡く輝き、やがて人間の少女を思わせる顔が投影された。

 

 

「……わぁ」

 

 

クロは思わず目を丸くした。

デルフィニウムの瞳が、ゆっくりと動く。

そして、地上に並ぶコドモたちへ視線を向けた。

 

 

(……イチゴとゴロー、ちゃんと動かせたんだ)

 

 

胸の奥が、ぱっと明るくなる。

二人が無事に接続できたことが嬉しかった。

だから、クロは何も考えずに手を上げようとした。

 

──ガシッ。

 

その右手が、途中で掴まれた。

 

 

「?」

 

 

驚いて隣を見る。

そこには、ナオミがいた。

 

 

「……」

 

 

ナオミはクロの手をしっかり握ったまま、静かに首を横に振っていた。

その目は、少しだけ呆れている。

クロは数秒ほど瞬きをした。

そして、ようやく気づく。

 

 

(……あ、そっか)

 

 

今は式典の最中だった。

手を振って騒ぐような場面ではない。

クロは小さく口をすぼめる。

そして、上げかけた手をそっと下ろした。

ナオミが、ようやく手を離す。

ツグミはその様子を横目で見ながら、笑いを堪えるように肩を震わせていた。

クロは少しだけ頬を膨らませたものの、すぐに視線を前へ戻した。

目の前に立つデルフィニウム。

人間とは比べものにならないほど大きな体。

 

 

(……おっきいなぁ……)

 

 

そんな素朴な感想が、頭に浮かぶ。

昨日、自分も同じような大きさの機体を動かしたのだと思うと、何だか不思議だった。

クロは儀式を見守った。

 

 

 

─────

 

 

 

翌朝。

ミストルティンの寝室に、柔らかな陽光が差し込んでいた。

薄いカーテンを通り抜けた光が、床に淡い模様を描いている。

 

 

「……んぅ」

 

 

ベッドの中で、クロが小さく身じろぎした。

まぶたをゆっくり開ける。

しばらく天井を見つめていたが、やがて大きく息を吸った。

 

 

「んん〜っ……!」

 

 

両腕をぐーっと伸ばす。

眠っている間に固まっていた体が、少しずつほぐれていく。

クロはふう、と息を吐いた。

そして、寝ぼけ眼のまま周囲を見回す。

 

 

「……あれ?」

 

 

イチゴとナオミのベッド。

ほかの仲間たちの寝床。

どれも、すでに空になっていた。

 

 

(もう起きたんだねぇ……)

 

 

クロはのんびりと考えた。

窓の外は、すっかり明るくなっている。

どうやら、少し寝坊してしまったらしい。

 

 

「……よいしょ」

 

 

ベッドから降りる。

まだ残っている眠気を振り払うように軽く頭を振ると、制服へ着替え始めた。

身支度を終える頃には、ようやく頭もはっきりしてきた。

 

 

(……今日の朝ごはん、何かなぁ)

 

 

そんなことを考えながら、クロは部屋を出た。

廊下を歩き、階段を下りる。

ぱたぱたと軽い足音が、静かな寄宿舎に響いた。

やがてエントランスホールへ降りると、ちょうど見慣れた顔ぶれが集まっていた。

 

 

「クロ、おはよう」

 

 

イチゴが声をかけた。

 

 

「おはよう、みんな」

 

 

クロはにっこり笑って返事をする。

そのまま、みんなと一緒に食堂へ向かった。

 

 

◇

 

 

食堂には、すでに朝食の香りが広がっていた。

食器の触れ合う音。

椅子を引く音。

仲間たちの何気ない会話。

いつもと変わらない朝の風景だった。

クロは少し嬉しそうに辺りを見回した。

 

 

(今日は何かな〜)

 

 

しかし、その視線が、ふとある一点で止まる。

 

 

「……?」

 

 

見慣れない少女がいた。

鮮やかなピンク色の長い髪。

周囲の制服とは明らかに異なる、赤い衣服。

そして何より──

頭から伸びた、二本の赤いツノ。

 

 

 

(……ツノ?)

 

 

クロはぱちぱちと瞬きをした。

見間違いかと思い、もう一度見る。

やはり、ツノだった。

少女は周囲の視線など気にした様子もなく、席に座って食事をしている。

その姿が気になり、クロは隣を歩いていたイチゴの袖を軽く引いた。

 

 

「ねえ、イチゴ。あの子誰?」

 

 

指さされた先を見たイチゴの表情が、わずかに硬くなる。

 

 

「……昨日、私達を助けてくれた子だよ」

 

「……へぇ?」

 

 

クロは首を傾げた。

昨日。

助けてくれた子。

そう言われても、クロの記憶にはあまり残っていない。

戦闘の途中で意識を失ってしまったのだから、無理もなかった。

そんなクロの様子を見て、ゴローが言葉を添える。

 

 

「クロは知らなかったかな。最近噂になってるピスティルなんだけど……」

 

「噂……?」

 

 

クロはますます不思議そうな顔をした。

ゴローは少し困ったように笑う。

 

 

「まあ、詳しい話は後にして今は朝食にしよう」

 

「……うん!」

 

 

朝食という言葉に、クロは素直に頷いた。

気になることはあったけれど、まずはご飯だ。

そうして自分の席へ向かい、用意された料理へ手を伸ばした。

一方、少し離れた席では──

 

 

「なんでアイツまだいんのよ……!」

 

 

ミクが、顔をしかめていた。

その視線の先には、先ほどの少女がいる。

ゼロツー。

彼女は、料理の上へ大量の蜂蜜を注いでいた。

とろりとした黄金色の蜜が、皿の上へ次々と広がっていく。

一度や二度ではない。

まるで、それが当たり前であるかのように、惜しげもなく注ぎ続けていた。

 

 

「変わった人だね。甘いものが大好きなのかな」

 

 

ココロが、不思議そうに呟く。

その声には、純粋な好奇心があった。

しかし、ミクはすぐに反応した。

 

 

「人じゃないでしょ!ほーら......!」

 

 

そう言って、人差し指を自分の頭に立ててみせる。

ツノの真似だった。

ココロは少し困ったように笑う。

一方、イクノはゼロツーを静かに観察していた。

 

 

「……叫竜の血を引いているって本当なのかな。それに、0番台コードなんて存在しないはずだけど」

 

 

その声には、疑問が滲んでいた。

ゼロツー。

コード002。

普通のコドモたちとは明らかに異なる存在。

彼女については、噂ばかりが先行していた。

 

 

「噂とだいぶ違うね」

 

 

フトシも首を傾げる。

昨日まで聞いていた恐ろしい話と、目の前で蜂蜜を大量にかけている少女の姿が、どうにも結びつかないらしい。

 

 

「せっかくの美人が台無しだな」

 

 

ゴローが苦笑交じりに呟いた。

そんな会話の中、ヒロだけは静かにゼロツーを見つめていた。

彼の頭に浮かんでいたのは、昨日の出来事だった。

あの時。

ゼロツーは、確かに怪我をしていた。

血を流していた姿を、ヒロは覚えている。

しかし、今の彼女には、その傷が見当たらない。

 

 

(あんなに怪我していたのに……もう治ってる)

 

 

ヒロは不思議そうに目を細めた。

その時だった。

 

 

「やあやあやあ! 君の腕前は見せてもらったよ。よかったら、この俺様がいっしょに乗ってあげようじゃんか! あの泣き虫野郎なんかより、うまくやれる自信があるぜ〜? 今度いっしょに──」

 

 

ゾロメが、得意げにゼロツーの席へ近づいていった。

胸を張り、片手を腰に当てる。

どうやら、彼女に自分を売り込むつもりらしい。

その様子を見たミクは、呆れたように眉をひそめた。

しかし、ゼロツーはゾロメの話をほとんど聞いていなかった。

彼女は自分の指先についた蜂蜜を見つめる。

そして、ゾロメの制服の胸元へ蜂蜜のついた手を押し当てた。

そのまま、何事もなかったかのように拭う。

 

 

「ひあああああ!!?な、なにすんだよぉ!? あ”あ〜俺様の一張羅がぁ……!!」

 

 

ゾロメの悲鳴が、食堂中に響き渡った。

彼は慌てて制服の胸元を確認する。

そこには、べったりと蜂蜜がついていた。

どうにか汚れを落とそうと拭うゾロメ。

その少し離れた場所で、ツグミは黙々と朝食を食べていた。

 

 

(あいつ何やってんだ……)

 

 

呆れた視線を一度だけ向ける。

しかし、わざわざ口を挟む気にはならなかった。

ゾロメなら、こういうこともある。

そう思っているのかもしれない。

一方、ゼロツーは騒ぎなど気にせず立ち上がった。

そして、まっすぐヒロのもとへ歩いていく。

 

 

「……?」

 

 

ヒロが顔を上げると、ゼロツーは当然のように彼の隣へ腰掛けた。

 

 

「えっ……」

 

 

突然のことに、ヒロは目を丸くする。

そんな彼を気にする様子もなく、ゼロツーは蜂蜜の容器を手に取った。

 

 

「これ、甘くて美味しいよ。一緒に食べよ」

 

 

とろり。

黄金色の蜜が、ヒロのプレートへ注がれていく。

 

 

「……あ、ああ……」

 

 

ヒロは困惑しながらも、彼女を見つめた。

聞きたいことがあった。

昨日から、ずっと気になっていたこと。

自分は本当に、フランクスに乗れたのか。

あの感覚は、夢ではなかったのか。

ヒロは意を決して口を開いた。

 

 

「ゼロツー……教えてほしんだ。あの時、俺が本当にフランクスに乗れていたのかどうか」

 

 

その問いに、ゼロツーはゆっくりと顔を向けた。

指先についた蜂蜜を、ちゅっと舐め取る。

そして、楽しそうに笑った。

 

 

「ちゃんと乗れてた。……素敵だったよ、ダーリン」

 

 

──キィンッ。

 

鋭い音が、近くの席から響いた。

イチゴの手元で、ナイフが皿を強く引っ掻いた。

 

 

「…………」

 

 

隣では、ナオミも食事の手を止めている。

二人の視線が、自然とヒロとゼロツーへ向けられていた。

 

 

「「ダ、ダーリン……?」」

 

 

周囲から、驚きの声が上がった。

 

 

「って何のこと?」

 

「私もわかんない……」

 

 

ミクとココロが顔を見合わせる。

『ダーリン』

聞き慣れない言葉だった。

しかも、ゼロツーはそれをヒロに向けて使っている。

一体どういう意味なのか。

 

 

「おい! 俺様を無視すんじゃねぇ!」

 

 

ゾロメが叫んだ。

しかし、その声に耳を傾ける者はほとんどいなかった。

そんな騒ぎの中、クロもようやく顔を上げた。

 

 

「……?」

 

 

ダーリン。

聞いたことのない言葉だった。

クロは少し考えた後、隣のイクノへ顔を向けた。

 

 

「ねえイクノ、ダーリンって何かわかる?」

 

「……わからないわ」

 

 

イクノは小さく首を横に振った。

 

 

「……そっかぁ」

 

 

クロは不思議そうに首を傾げる。

 

 

(……ダーリンって、何なんだろう?)

 

 

何かの名前だろうか。

それとも、特別な呼び方なのだろうか。

考えてみても、答えは出なかった。

その時だった。

食堂の扉が静かに開いた。

 

 

「はーい、そこまでよ」

 

 

通る声が、室内に響く。

全員が振り向いた。

そこに立っていたのは、ナナだった。

 

 

「ナナさん!」

 

 

ココロが嬉しそうに声を上げる。

ナナは穏やかに微笑むと、食堂を見渡した。

そして、コドモたちの視線が集まったことを確認してから、ゆっくりと口を開く。

 

 

「ガーデンから引き続き、あなた達のお世話係をさせてもらいます。APE本部より、第13都市部隊に配属されたナナです。改めてよろしくね」

 

「やったー!」

 

 

ミクとココロが、嬉しそうに声を上げた。

ゴローも表情をほころばせる。

 

 

「やったな!」

 

 

慣れ親しんだナナが、これからも自分たちの世話をしてくれる。

それは、コドモたちにとって安心できる知らせだった。

そんな中、イチゴが真剣な表情で口を開いた。

 

 

「ナナ姉……彼女はここに残るんですか?」

 

 

その視線の先には、ゼロツーがいた。

ナナは静かに答える。

 

 

「ゼロツーについては本部からの指示待ちなの。基本、あなた達とは別行動よ」

 

「……!」

 

 

ヒロが顔を上げた。

別行動。

その言葉に、胸の奥がざわつく。

昨日、自分は確かにストレリチアへ乗った。

もう一度、あの感覚を確かめたい。

そう思っていたのに。

ゼロツーは、そんなヒロの様子を横目で見ていた。

 

 

「さっ、あなたはこっちよ」

 

 

ナナが促す。

ゼロツーは、つまらなさそうに息を吐いた。

 

 

「なーんだ。こっちの方が居心地良さそうだったのに」

 

 

そう言って、ゆっくりと立ち上がる。

そして、食堂の出口へ向かって歩き始めた。

ヒロは思わず立ち上がった。

椅子が床を擦る音が響く。

 

 

「ちょ、ちょっと待って!あの、ゼロツー!……俺を、もう一度君のフランクスに乗せてほしいんだ! 確かめたいことが......!」

 

 

その声には、切実な思いがこもっていた。

自分は本当に乗れたのか。

もう一度、あの機体を動かせるのか。

その答えを、どうしても知りたかった。

しかし、ナナは静かに制した。

 

 

「それはあなたが決めることじゃないの。あなたにも追ってパパ達からの指示があるから、それまで大人しくしていてね」

 

「パパから!? なんでこいつに……!」

 

 

聞いていたゾロメが不満を露わにした。

自分たちと同じように入隊式へ参加していなかったヒロ。

フランクスに乗れなかったはずのヒロ。

そんな彼に、パパたちから直接指示があるという。

ゾロメには、それが気に入らなかった。

一方、イチゴは静かに皿へ視線を落とした。

胸の中には、複雑な感情が渦巻いている。

ヒロがフランクスに乗れたことは、嬉しい。

けれど、その相手は自分ではない。

しかも、ゼロツーはヒロを「ダーリン」と呼んでいる。

その言葉の意味すらわからないのに、なぜか胸が落ち着かなかった。

そんな空気の中──

 

 

「……ふふっ」

 

 

ゼロツーが、小さく笑った。

そして、ゆっくりとヒロへ歩み寄る。

その瞳には、楽しげな光が宿っていた。

 

 

「心配ないよ、もう決めてるから」

 

「……え?」

 

 

ヒロが顔を上げる。

ゼロツーは彼の耳元へ顔を寄せた。

そして、周囲には聞こえないほどの小さな声で囁く。

 

 

「ダーリンは、僕のもの……ってね」

 

「……っ」

 

 

ヒロは息を呑んだ。

ゼロツーは満足そうに笑う。

そして、何事もなかったかのように踵を返した。

ナナの後を追い、食堂を出ていく。

その背中を、ヒロはただ見つめていた。

 

 

「何だったの、アイツ……?」

 

 

ミクが不満げに呟く。

しかし、誰もすぐには答えられなかった。

 

 

「ごちそうさま」

 

 

クロが、両手を合わせた。

彼女の皿は、すでに綺麗に空になっている。

周囲の騒ぎを気にしていなかったわけではない。

けれど、朝食を食べ終えたのだから、次は外へ行こう。

クロの中では、そんな単純な結論が出ていた。

 

 

「私、外に行ってくるね」

 

 

そう言って立ち上がり、軽い足取りで食堂を出ていった。

ナオミが、その背中を見送る。

 

 

(クロは相変わらずだな〜)

 

 

心の中で、少しだけ苦笑する。

昨日の出来事もあったのだから、もう少し大人しくしていてほしい。

そう思う反面、いつもの調子に戻っていることが、どこか嬉しくもあった。

ナオミは小さく息を吐き、再び朝食へ手を伸ばした。

 

 

◇

 

 

寄宿舎を出たナナは、ゼロツーを連れてエレベーターへ乗り込んでいた。

扉が閉まり、箱が静かに下降を始める。

窓の外では、プランテーションの内部構造がゆっくりと流れていった。

ナナは隣に立つゼロツーへ視線を向けた。

 

 

「勝手な行動をとられると困るわ」

 

 

その声には、管理者としての厳しさがあった。

しかし、ゼロツーはまるで気にしていなかった。

手すりに背を預け、退屈そうに足を揺らしている。

 

 

「ダーリンと食事してただけだよ」

 

 

悪びれた様子もなく、楽しそうに答える。

ナナは小さく眉をひそめた。

 

 

「パラサイトたちとの接触は控えて。あの子たちに、あなたは刺激が強すぎるわ」

 

 

ゼロツーは、返事をしなかった。

ただ、窓の外へ視線を向ける。

そこには都市の無機質な街並みが広がっていた。

ゼロツーは、その景色をじっと見つめる。

そして、小さく呟いた。

 

 

「……この中は息が詰まるなぁ」

 

 

その声は、静かなエレベーターの中へ溶けていった。

 

 

 

─────

 

 

 

APE本部。

ラマルク・クラブ。

そこは、外界から切り離されたかのような静寂に包まれていた。

巨大な空間の中央には、複数のホログラムが浮かんでいる。

刻々と変化するグラフ。

都市の稼働状況。

燃料の備蓄率。

そして、叫竜の出現記録。

それらを囲むように、仮面をつけた七人のオトナたちが座していた。

七賢人。

人類を導く、最高意思決定機関。

その前で、機械的なアナウンスが響く。

 

 

『第13都市にてモホロビチッチ級、一体の出現を確認。ストレリチアがこれを撃破しました』

 

 

続けて、別の報告が流れる。

 

 

『燃料の備蓄率が56%まで低下、近隣に停泊中。第26都市とのキッシングを求めています』

 

 

首席は、静かに頷いた。

 

 

「許可する」

 

『了解。キッシング開始は、175時間後に予定』

 

 

再び、室内に静寂が訪れた。

ホログラムの淡い光が、仮面の表面を照らしている。

やがて、七賢人の一人が口を開いた。

 

 

「ストレリチアを第13都市に留まらせたと報告が入っているが……またあの娘の気まぐれか。博士の甘やかしにも程があるぞ」

 

 

その声には、わずかな皮肉が含まれていた。

別の賢人が、静かに応じる。

 

 

「だが今回のケース。肉体的に大きな損傷がない、稀な例のように見える」

 

 

その言葉に、小柄な賢人が続けた。

 

 

「コード016……例のコドモですな」

 

「あり得ん!」

 

 

大柄な賢人が、強い声を上げた。

 

 

「原因の確かになっていない、特殊検体との交わりは血を汚す!即刻、回収するべきだ」

 

 

室内の空気が、わずかに張り詰める。

しかし、首席は動じなかった。

静かに手を上げ、議論を制する。

 

 

「……しかし、先の戦闘で見せたあの輝き。探ってみる価値はある。様子を見よう」

 

 

その言葉を最後に、異論は出なかった。

七賢人たちは、再びホログラムへ視線を向ける。

第13都市。

ストレリチア。

コード016。

それらの情報が、淡い光となって室内に浮かんでいた。

 

 

 

─────

 

 

 

その頃、コドモたちが実機訓練に向けて準備を進めていた。

男子更衣室。

ロッカーが並ぶ室内では、少年たちがそれぞれのスーツへ着替えている。

ゴローは手元の装備を整えながら、隣のヒロへ視線を向けた。

 

 

「あの叫竜……お前もよく戦えたよな。どんな感じだったんだ?」

 

「……その時のことは、あんまり覚えてないんだ」

 

 

ヒロは、自分の手のひらを見つめた。

昨日のことを思い返そうとする。

けれど、記憶は断片的だった。

ストレリチア。

ゼロツー。

そして、あの時感じた奇妙な感覚。

 

 

「でも……感覚だけは、ちゃんと覚えてる」

 

 

その言葉に、ゴローは少しだけ表情を和らげた。

 

 

「そうか。何にせよ、お前が残ってくれて俺は嬉しいよ。ヒロって本番に強いタイプなんだな。先越されちまったな」

 

 

そう言って、軽く肘でヒロの背中を突く。

 

 

「……ゴロー」

 

 

ヒロは少し照れくさそうに笑った。

自分が残ることを、喜んでくれる仲間がいる。

そのことが、素直に嬉しかった。

 

 

「オラ、邪魔だよ!」

 

 

──バシンッ!

 

突然、背中を強く叩かれた。

ヒロは思わずよろめく。

振り返ると、そこには不機嫌そうなゾロメが立っていた。

 

 

「俺は、お前が俺たちより先に乗ったなんて絶対に認めてねえからな! この泣き虫野郎が、へッ!」

 

 

そう言い捨てると、ゾロメは大股で歩き去っていった。

 

 

◇

 

 

「も〜!なんでこんなに小さいのっ!」

 

 

一方、女子更衣室ではミクの不満げな声が響いた。

彼女は、パラサイトスーツの下に着る専用インナーを身につけようと、悪戦苦闘していた。

伸縮性のある素材とはいえ、体にぴったりと密着する作りになっている。

慣れない感触に、ミクは何度も顔をしかめていた。

その隣では、ココロが着替えを終え、胸元にそっと手を当てている。

 

 

「コネクトする時の感覚、早く慣れるといいな〜。やっぱり訓練機とは全然違うよね」

 

「……こんな感じ?」

 

 

ミクが、悪戯っぽく笑った。

そして、忍び足でココロへ近づく。

 

 

「わあっ!?」

 

 

ココロが小さな悲鳴を上げた。

ミクの指先が、彼女の脇腹をつついたのだ。

さらに、腰のあたりへも手を伸ばす。

 

 

「ぶよぶよになった全身を、内側からぐちゃぐちゃにかき混ぜられるようなあの感じィ……ほらほら来るよ〜?来ちゃうよ〜?」

 

「も〜、くすぐったいよ〜っ」

 

 

ココロが笑いながら身をよじる。

ミクは楽しそうに手を動かしていた。

 

 

「……やめてよ。思い出しちゃうから」

 

 

壁際で着替えを終えていたイクノが、少し眉をひそめた。

その声には、わずかな不快感が滲んでいる。

そんなやり取りを見ていたクロが、不思議そうに首を傾げた。

 

 

「フランクスとコネクトする時って、そんなに凄いの?」

 

 

イクノはクロへ視線を向けた。

 

 

「……否定はしない。普段使わない感覚を引き引き出されるのは事実だから。……そういえば、クロがフランドールとコネクトした時はどんな感覚だったの?」

 

「……んー?」

 

 

クロは少し考え込んだ。

昨日のことを思い出そうとする。

グラジオラス。

操縦席。

接続した瞬間の、あの感覚。

 

 

「うーん……実はあんまり覚えてないんだけど……すっごく痛かったかなあ」

 

 

その返事に、ナオミがすぐに反応した。

 

 

「それはちゃんとした手順を踏まずに無茶なコネクトをしたからでしょ」

 

「あ、そういえばそうだった……」

 

 

クロは苦笑した。

その様子を見て、ナオミは小さくため息をつく。

 

 

「……もう」

 

 

本当に、危険なことをしたという自覚があるのだろうか。

そう思わずにはいられなかった。

そんな二人を見ながら、イクノが今度はナオミへ視線を向ける。

 

 

「ナオミはどんな感じなの?」

 

「……私?」

 

 

ナオミは少し顎に手を当てた。

自分がフランドールへ接続した時のことを思い出す。

機体と神経がつながる感覚。

自分の意思が、そのまま鋼鉄の体へ伝わっていく感覚。

 

 

「機械と自分の身体が繋がるような……なんだか不思議な感覚かな。ミクが言ってたような不快な感じとは全然違うよ」

 

「そうなのね」

 

 

イクノは静かに頷いた。

 

 

「へえー、パイロットによって違うんだ」

 

 

クロが感心したように声を上げる。

その横で、ミクは肩をすくめた。

 

 

「なんか怖~い」

 

 

そんな会話が続く中、台座の上に立っていたイチゴが口を開いた。

レーザー照射によって、パラサイトスーツが少しずつ装着されていく。

 

 

「パイロットはそんな感じなんだね。……こっちも少しキツかったけど、でも、なんだろう……私は不思議と安心感みたいなものを感じたな。誰かと一緒にいるような」

 

 

その言葉に、ココロが目を輝かせた。

 

 

「すごいなあ。私もイチゴちゃんくらい数値が高ければな……きっとゴローくんとの相性も抜群なんだね」

 

「……」

 

 

イチゴは、一瞬だけ言葉を詰まらせた。

頭の中に、ヒロの顔が浮かんだのだ。

昨日。

彼は、ゼロツーと共にストレリチアへ乗った。

その事実が、まだ胸の奥に引っかかっていた。

 

 

(……何考えてるの、私)

 

 

イチゴは小さく息を吐いた。

そして、意識を切り替えるように顔を上げる。

その様子に気づかないまま、ミクが意地悪そうに笑った。

 

 

「二桁組のエリート同士、仲がよろしいことで」

 

「どういたしまして」

 

 

イチゴは素っ気なく返した。

そして、台座の扉を閉めようとする。

 

 

「でもさ、エリートって言ったらあのヒロよ!」

 

「……っ」

 

 

イチゴの手が止まった。

ミクは気づかず、楽しそうに話を続ける。

 

 

「女連れで戻ってきたと思ったら、早速『ダーリン♡』なんて呼ばれちゃってさ♪ あの二人、案外うまくやっていけちゃったり──」

 

 

──バンッ!!

 

突然、大きな音が響いた。

 

 

「っ!?」

 

 

ミクがびくりと肩を震わせる。

ココロも、イクノも、クロも、一斉に振り向いた。

そこには、台座の扉を強く閉めたイチゴがいた。

 

 

「…………」

 

 

イチゴは何も言わなかった。

ただ、硬い表情のまま、その場を離れていく。

足音が、更衣室の床に響く。

やがて、その姿が見えなくなった。

 

 

「……な、なによ…………」

 

 

ミクが、少し気まずそうに呟く。

先ほどまでの勢いは、すっかりなくなっていた。

クロは不思議そうに首を傾げた。

 

 

「イチゴ、どうしたんだろう?」

 

 

その問いに、すぐ答える者はいなかった。

ナオミは、イチゴが去っていった方を静かに見つめていた。

 

 

(……イチゴ)

 

 

彼女が、どれほどヒロを心配していたか。

どれほど彼のことを気にかけていたか。

ナオミは知っている。

だからこそ、今のイチゴの気持ちが、少しだけわかる気がした。

けれど、それをここで口にするつもりはなかった。

ナオミは静かに視線を戻す。

そして、残りの準備を進め始めた。

 

 

 

─────

 

 

 

やがて。

プランテーションの巨大なハッチが、重厚な駆動音とともに開き始めた。

厚い装甲扉が開き、その向こうに広大な荒野が姿を現す。

眩しい光が、格納庫の内部へ差し込んだ。

その光の中に、七つの巨大な影が並んでいた。

四機のフランクス。

そして、三機のフランドール。

デルフィニウム。

アルジェンティア。

ジェニスタ。

クロロフィッツ。

ダリア。

アイリス。

そして、グラジオラス。

それぞれ異なる姿を持つ七機が、静かに出撃の時を待っていた。

司令室では、ハチが巨大なモニター群の前に立っていた。

各機の状態。

接続状況。

パラキャパシティ。

様々な数値が、ホログラム上に表示されている。

ハチは通信を開いた。

 

 

「作戦面での指揮は私が担当する。ただし現場での指揮はリーダー機であるデルフィニウムに任せる。もしデルフィニウムが指揮不能に陥った際は、副リーダー機としてダリアに委ねる」

 

『『了解』』

 

 

イチゴとナオミの声が、通信を通して響いた。

二人とも、落ち着いた返事だった。

 

 

「なんであいつがリーダーなのよ……」

 

 

しかしその一方で、アルジェンティアのコックピット内ではミクが不満そうに口を尖らせていた。

自分だって、十分にやれる。

そう思っているのだろう。

ゾロメもまた、どこか面白くなさそうな顔をしていた。

そんな二人の様子を知ってか知らずか、ハチは淡々と説明を続ける。

 

 

「では、これより訓練を開始する。これが実機を使った初めての訓練となるが、慌てず落ち着いて臨むように。パラサイトはパートナーとの挙動に集中し身を委ねること。パイロットも力を抜き、機体との接続に集中せよ……それではコネクト開始」

 

 

その合図とともに、各機のコネクトが一斉に始まった。

 

 

「来たっ……!」

 

 

ジェニスタのコックピットで、ココロが小さく声を漏らした。

全身の奥底を、何かが駆け抜けていく。

自分の体の境界が、少しずつ曖昧になっていくような感覚。

訓練機でも経験したはずだった。

けれど、実機のそれは、まるで違っていた。

ココロは、思わず息を詰める。

 

 

「ああっ!んぅ......ッ!」

 

 

一方、アルジェンティアではミクが奇妙な声を上げた。

 

 

「へッ!? 変な声出すなっ……!」

 

 

ゾロメが驚いて声を上げる。

 

 

「そんなこと言ったって~……!」

 

 

ミクは必死に言い返した。

自分だって、好きでこんな声を出しているわけではない。

体の奥をかき混ぜられるような、何とも言えない感覚。

それが、全身を駆け巡っていた。

クロロフィッツでも、イクノが荒い息を吐いていた。

 

 

「……はぁ……っ」

 

 

接続の負荷に耐えながら、必死に意識を集中させる。

機体とのつながり。

パートナーとのつながり。

その二つを、同時に受け入れなければならない。

司令室では、ハチが各機の数値を確認していた。

デルフィニウムのメーターは、高い数値を安定して維持している。

一方、アルジェンティアは激しく上下していた。

ジェニスタとクロロフィッツも、ポジティブパルスは高いものの、ネガティブパルスが低い位置で停滞している。

ハチは冷静に告げた。

 

 

「お互いのわずかな心のズレが、パラキャパシティを大きく変化させる。パートナーを信頼し、受け入れることが不可欠だ」

 

 

その声が、各機のコックピットへ届く。

 

 

「パイロットも力を抜き、機体との接続に専念せよ」

 

 

ダリアのコックピットでは、ナオミがゆっくりと呼吸を整えていた。

 

 

「っう……ふぅ……」

 

 

機体と自分の体が、少しずつつながっていく。

その感覚を確かめながら、余計な力を抜く。

 

 

「わかってるけど……慣れないんだよなぁ」

 

 

アイリスに乗るツグミも小さくぼやいていた。

操縦桿を握る手に、つい力が入ってしまう。

それを意識して緩めながら、接続に集中していく。

そして、グラジオラス。

クロは、操縦席に座ったまま、じっと前を見つめていた。

 

 

(……来る……)

 

 

昨日のことを思い出す。

あの激痛。

頭の中が真っ白になった感覚。

意識が遠のいていく恐怖。

思い出しただけで、体が少し強張った。

クロは操縦桿を握りしめ、ぎゅっと目を閉じた。

 

 

(……大丈夫、大丈夫……)

 

 

今日は、ちゃんと手順を踏んでいる。

ヘッドギアも装着している。

だから、昨日のようなことにはならないはずだ。

そう自分に言い聞かせる。

そして接続が始まった。

 

 

「…………」

 

 

クロは、じっと待った。

一秒。

二秒。

三秒。

 

 

「……?」

 

 

目を開ける。

痛くない。

頭が割れるような感覚もない。

 

 

(……あれ?)

 

 

むしろ、何かが自分の体へ静かに溶け込んでくる。

腕、脚、背中。

それらの感覚が、ゆっくりと広がっていく。

不快ではなかったし、怖くもなかった。

ただ、自然だった。

まるで、もともとそこにあったものを思い出しているかのように。

操縦桿へ視線を落とす。

自分の手は、いつもと変わらない。

けれど、今はその先に、巨大な鋼鉄の体があることを感じられた。

 

 

(……すごいなぁ)

 

 

クロは、少しだけ笑った。

そして、ふと仲間たちのことを思い出す。

 

 

(みんな、大丈夫かな……)

 

 

ほかの機体では、接続に苦労している者もいるはずだ。

クロは、全員の準備が整うのを静かに待った。

 

 

◇

 

 

「平気か?」

 

 

デルフィニウムのコックピットで、ゴローが声をかけた。

 

 

「大丈夫、そのまま続けて」

 

 

イチゴが、しっかりと答える。

その瞬間。

デルフィニウムの頭部を覆うフード状の装甲が、淡く輝いた。

ホログラムのツノが浮かび上がり、機体の顔が投影される。

デルフィニウムが、ゆっくりと一歩を踏み出す。

 

──ドンッ。

 

巨大な足が地面を踏みしめた。

続いて、ほかのフランクスとフランドールも動き始める。

プランテーションから少し離れた荒野。

そこには、遮るもののない広大な大地が広がっていた。

乾いた風が吹き抜け、地面には細かな砂塵が舞っている。

七機は横一列に並び、訓練開始の指示を待っていた。

 

 

「俺、下手じゃなかった……?」

 

 

ジェニスタのコックピットで、フトシが不安そうに尋ねた。

ココロは、モニター越しに優しく微笑んだ。

 

 

「ううん、すごく良い感じだよ」

 

「本当!? 俺たち、相性バッチリだね!」

 

 

フトシの表情が、一気に明るくなる。

ココロも嬉しそうに笑った。

そんな二人の様子を見て、ゾロメが黙っているはずもなかった。

 

 

「おーおー、この程度でいちゃついてんじゃねえよ! 一番早かったのは俺なんだからな! 特にそこの二桁組!」

 

 

アルジェンティアが、勢いよくデルフィニウムを指さす。

同時に、デルフィニウムのモニターへゾロメの顔が大きく映し出された。

 

 

「よく覚えとけよ!」

 

 

自信満々の宣言だった。

ゴローは苦笑する。

 

 

「元気だなぁ……」

 

 

しかし、その言葉にイクノが反応した。

クロロフィッツから通信が入る。

 

 

「味方で争っても意味がないでしょ」

 

「へッ! 負け惜しみだな!」

 

 

ゾロメは得意げに笑った。

そして、アルジェンティアを軽く跳躍させる。

 

──ドンッ!

 

着地。

続けて、もう一度跳ぶ。

さらに、地面へ手をついてアクロバティックな姿勢を取った。

 

 

「……へへっ!」

 

 

どうやら、自分の操縦技術を見せつけたいらしい。

 

 

「ちょっ、ちょっと!! 乱暴にしないでよ!!」

 

 

ミクが悲鳴を上げた。

 

 

「大丈夫だって!」

 

 

ゾロメは気にせず動かし続ける。

だが、二人の動きは噛み合っていなかった。

アルジェンティアの重心が、大きく傾く。

次の瞬間。

 

 

「うわあああ!? 」「きゃあああ!?」

 

 

二人の悲鳴が重なった。

アルジェンティアが、豪快に倒れかける瞬間。

 

──ガシッ!

 

その腕を、デルフィニウムが掴み取った。

機体が、間一髪で支えられる。

 

 

「大丈夫?」

 

 

イチゴが通信を開いた。

 

 

「……ありがとう」

 

 

ミクが、不服そうに答える。

そのモニターへ、イチゴの顔が映し出された。

 

 

「操縦系のイニシアティブは男子が取っているんだから、フランクスと繋がっている女子のペースも考えて」

 

 

そう言って、通信が切れる。

ゾロメは不満そうに顔をしかめた。

 

 

「んだよ、偉そうに……」

 

 

しかし、先ほどの失敗を思い出したのか、それ以上は無茶な動きをしなかった。

 

 

◇

 

 

一方、クロはナオミに通信をつないでいた。

 

 

「ナオミ、大丈夫?」

 

 

モニターに、ナオミの顔が映る。

彼女は少し荒い息を整えていた。

 

 

「……大丈夫だよ」

 

 

そう答えながら、ナオミはふと気になったことを思い出す。

昨日、クロは無茶な接続をしていた。

今日は、正しい手順でコネクトしているはずだ。

その感覚は、どうだったのだろう。

 

 

「クロ……コネクトした感じはどう?」

 

 

クロは少し考えた。

 

 

「変な感覚はあったけど……特に何もなかったよ?」

 

「……え?」

 

 

ナオミが目を丸くする。

 

 

「ほ……本当に、何もなかったの……?」

 

「うん、な~んも」

 

 

クロは、いつもの調子で答えた。

その声には、無理をしている様子もない。

 

 

「……そっ、か」

 

 

ナオミは、少し戸惑った。

自分が初めてフランドールへ接続した時には、もっと強い違和感があった。

慣れるまでには、それなりに時間もかかった。

けれど、クロはまるで何でもないことのように話している。

 

 

(……そんなに自然に……?)

 

 

ナオミは、少しだけ考え込んだ。

ツグミにも聞いてみようか。

そんな考えが頭をよぎる。

しかし、その時──

 

 

『各機、デルフィニウムを中心にフォーメーションを組み、前進せよ』

 

 

ハチの声が、通信を通して響いた。

 

 

『『了解!』』

 

 

全員が、一斉に返事をする。

七機の巨体が、ゆっくりと動き始めた。

先頭には、デルフィニウム。

その周囲に、ほかのフランクスとフランドールが隊列を組んでいく。

砂塵が舞い上がる。

七機の機体が、同じ方向へ進んでいく。

まだ、動きはぎこちなかった。

歩幅が揃わない者もいる。

少し遅れる機体もある。

それでも、彼らは少しずつ歩調を合わせていった。

デルフィニウムが速度を調整する。

ダリアが周囲の状況を確認する。

ほかの機体も、それに合わせて動く。

初めての実機訓練。

それは、決して完璧なものではなかった。

けれど、彼らにとっては大きな一歩だった。

 

 

 

─────

 

 

 

夕暮れ。

荒野の向こうに、太陽がゆっくりと沈み始めていた。

黄金色の光が、大地を染めていく。

遠くでは、七機の機体が隊列を組み、前進訓練を続けていた。

その姿を、プランテーションの通路から一機の訓練機が見下ろしていた。

 

──シュウッ。

 

コックピットのハッチが、後方へスライドする。

その中から、ヒロが顔を覗かせた。

夕風が、彼の髪を揺らす。

ヒロは、遠くの荒野を見つめた。

そこには、仲間たちがいた。

みんなが、それぞれの機体に乗っている。

自分だけが、そこにいない。

 

 

「…………」

 

 

ヒロは、静かに拳を握った。

胸の奥に、昨日の感覚が蘇る。

ストレリチア。

ゼロツー。

そして、あの時感じた、今までにない一体感。

 

 

(……あの時、俺は乗れたんだ)

 

 

確かに、乗れた。

それは、夢ではなかった。

自分はもう、飛べない鳥ではない。

そう思えた瞬間が、確かにあった。

ヒロは、遠くで動く機体たちを見つめる。

夕陽を浴びながら進むその姿は、どこか眩しく見えた。

 

 

(もう一度ゼロツーと……あのストレリチアに乗ることができたなら......俺は──)

 

 

言葉にならない思いが、胸の中で膨らんでいく。

ヒロは、操縦桿を強く握りしめた。

コックピットのハッチを閉じる。

外の光が遮られる。

静かな機械音が、内部に響く。

ヒロは正面を見つめた。

自分は、まだ終わっていない。

まだ、確かめたいことがある。

その思いを振り払うように、操縦桿を動かす。

訓練機が駆け出した。

夕陽の下。

遠くを進む七機の巨人と、たった一機の訓練機。

その間には、まだ埋められない距離があった。

けれど、ヒロは走り続けた。

もう一度、あの空へ手を伸ばすために。

そして、自分が本当に飛べるのかを、確かめるために。

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