森の中の空気は、寄宿舎の重たいそれとは違って清々しい。私はいつものように、木々の間を歩いていた。朝露の匂いと鳥の声。この静かな時間だけは、自分がフランクスのパイロットであることを忘れさせてくれる。
(……そろそろ戻ろうかな)
寄宿舎へ向かう小道の角を曲がったときだった。
建物の外、玄関前の広場に二人の影が見えた。イチゴとヒロだ。ヒロはどこか遠く――おそらくはゼロツーとストレリチアがいる場所――を思い描くような表情で何かを言い残し、背を向けて歩き去っていくのが見えた。
イチゴはその背中を見つめたまま、追うこともできず立ち尽くしている。彼女は気づいているのだ。ヒロが諦めたのは自分との同期ではなく、自分と「共に」戦うという道そのものであり、彼の心の中にある希望は、最初から自分以外の場所にあるということに。
(……何かあったのかな)
私は立ち止まった。思考が一瞬よぎるが、私の足は自然とイチゴの方へと向かっていた。
私が数歩近づくと、気配を察したイチゴがゆっくりとこちらを振り返った。その瞳には、ヒロへの想いと、彼が望む未来への理解が混じり合っている。
「……あ、クロ」
私の名を知る彼女の呼ぶ声は、驚くほどか細かった。
私は彼女の数歩前で足を止め、隣に並んで立った。
「きれいな空だね。ねえイチゴ、さっきヒロと何話してたの?」
「......前にあった模擬戦のことだよ。」
イチゴは少し視線を落とし、寂しげに微笑んだ。
「ヒロはもう一度ストレリチアに乗ろうとしてるんだ。ゼロツーあの子と3回乗ったら死ぬってこと。ただの噂だと思ってるし、もしかしたらヒロなら乗れると思う。でも、なんだか....もやもやするんだ」
「……イチゴは、ヒロのことよく考えてるんだね」
私の言葉に、イチゴは少しだけ肩の力を抜いて、私の方を向いた。
「……クロは、訓練以外の時間はいつも何をしてるの? 部屋にもいないし、森の奥で何してるのか気になってて」
「散歩だよ。あとは、ぼーっとしてるだけ。考え事を整理するのにいい場所なんだ」
「……ふふ、変わってるね。でも、なんだか少し羨ましいかも」
彼女はそう言うと、吹っ切れたように肩をすくめた。
「……ヒロのことは、もう少し自分で考えてみる。リーダーとして、一人の友達として、彼にとって何が一番いいのかをね」
彼女はそう言い残してもその場を離れず、しばらく私と隣り合って朝の空気を吸い込んでいた。その横顔は、先ほどよりもずっと穏やかで、真っ直ぐに前を見据えている。
私はその隣に立ちながら、静かに息を吸い込んだ。彼女の言葉に含まれていた、ヒロを見守るという決意を、ひしひしと感じていたからだ。
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寄宿舎の広々としたラウンジでは、柔らかな明かりの下、いつものメンバーがソファーに陣取っていた。
「疲れた……最近の訓練は気合い入ってるな...」
ゴローが背もたれに深く寄りかかりながら、溜息交じりに呟く。ゾロメは足を組んで座り、わざとらしく大きく欠伸をした。
「ま、訓練を繰り返すうちに、連携もマシになってきたけどな。……そういえば、クロは?」
「また森に行ってるんじゃない?」とフトシが答える。「あいつ、訓練が終わるとすぐに一人でどっかに行っちゃうよね。ここにいるときは大体ソファーで寝てるか、本を読んでるか……結構マイペースじゃない?」
ミクがポテトチップスを放り投げながら口を尖らせた。「本当にね。昨日の訓練だって、あんなに動いてた割には、終わった瞬間にこれだもん。結局、パイロットの選出がどうなるかくらいしか、私たちが口出しできることじゃないし」
「まあ、クロが正式メンバーになりそうなのは確かじゃないか?パラキャパシティも安定してたし、これで選ばれないのがおかしい程だ。」
ゴローがそう言うと、ツグミも頷く。「ああ。クロが残れるなら、俺たちにとっても部隊の安定につながる。……まあ、クロはあんまり連携訓練には参加してこないけど」
その言葉に、静かに本を読んでいたイクノが顔を上げた。
「……クロはクロなりに、自分のペースで機体と向き合っているのでしょう。私たちのようにペアで動くのとは、少し感覚が違うのかもしれないわね」
ナオミが優しく微笑む。「そうかしら。……でも、ヒロのことも忘れちゃダメよ」
その言葉に、ラウンジが一瞬だけ静まり返った。
「そうだな」ゴローが少しだけ視線を落とす。「ヒロは今日も、一人で訓練しに行ってたよ。……ヒロも、自分なりに必死なんだ」
ゾロメは鼻で笑い、強がるように腕を組んだ。
「ヒロがどうこうなんて関係ねぇよ!俺たちはもう、ヒロがいなくても十分にやっていけるんだ!」
そのとき、入り口の扉が重い音を立てて開き、二つの影が寄宿舎へと入ってきた。
「あ、クロとイチゴだ」
フトシの声に、ラウンジの全員の視線が扉の方へ向く。ゴローが二人に話しかけようと口を開いた、その瞬間だった。
メンバー全員の腰に装着された端末が一斉に電子音を鳴らした。
『――全パラサイトへ。直ちにパイロットスーツを着用し、速やかにブリーフィングルームへ集合せよ。繰り返す。直ちに集合せよ』
無機質なハチからの命令。画面には『初の実戦配備』の文字。
その瞬間、ラウンジの空気は一変した。訓練とは違う、未知の領域への扉が開かれたのだ。