デビル・イン・ザ・フランドール   作:かるご

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初陣

ブリーフィングルームには、いつになく張り詰めた空気が漂っていた。

専用のスーツに身を包んだ第13部隊のコドモたちが段差に腰掛けている。

普段なら、誰かが軽口を叩き、それに別の誰かが言い返す。そんな賑やかな声が飛び交う場所だった。

しかし、今は違った。

誰もが正面に立つ二人のオトナ──ハチとナナへ、真剣な眼差しを向けていた。

その沈黙を破ったのは、ハチだった。

 

 

「本部から作戦指示があった」

 

 

淡々とした声が室内に響く。

ただそれだけで、何人かの肩がぴくりと動いた。

作戦指示、それが意味するかをここにいる全員が理解していた。

 

 

「ええっ、もう実戦ですか?」

 

 

フトシが思わず声を上げる。

普段の彼なら、初めての任務に多少なりとも興奮していたかもしれない。

だが、今の表情に浮かんでいるのは期待よりも不安だった。

つい最近、彼らは巨大な叫竜と遭遇したばかりなのだ。

あの時の、地面を震わせる咆哮。

目の前に迫った死の気配。

訓練とは違う、本物の敵の恐ろしさを、彼らはほんのわずかとはいえ知っていた。

そんなコドモたちの様子を見て、ナナが柔らかく微笑む。

 

 

「そう緊張しないで。最初からこの前みたいな奴と戦うわけじゃないから」

 

 

その言葉に、室内の空気がわずかに緩んだ。

ミクは胸元に手を当て、長い息を吐く。

 

 

「よかったぁ……」

 

 

隣に座るココロも、ほっとしたように小さく頷いた。

だが、ナナの表情はすぐに真剣なものへ戻った。

 

 

「本来ならもっと訓練の時間を設けたいのだけど、そういうわけにもいかないの」

 

 

彼女が手元の端末を操作する。

次の瞬間、ハチとナナの間に光が立ち上がった。

無数の線が空中で組み合わさり、複雑な立体構造を形作っていく。

それは、巨大な地下採掘施設のホログラムだった。

幾層にも重なる通路。

地下深くへ伸びる縦穴。

コドモたちの視線が、一斉にその光景へ集まる。

 

 

「目標はコンラッド級と呼ばれる叫竜だ。サイズはフランクスより一回り小さい」

 

 

ハチが説明すると、ホログラムの一部が拡大された。

そこに映し出されたのは、丸みを帯びた奇妙な姿の叫竜だった。

以前遭遇した巨大な個体とは、明らかに形状が異なる。

小さい。

少なくとも、画面上ではそう見えた。

だが、その姿を見つめるヒロは、素直に安心することができなかった。

相手がどれほど小さくても、叫竜であることに変わりはない。

そして何より、自分にはまだ、それと戦う力がないのだ。

 

 

「叫竜はマグマエネルギーの反応に引き寄せられて出現する。現在、近郊レベル8にある採掘現場最深部の二箇所に出没し、被害を出している。自動防壁システムだけでは防ぎきれない状況だ」

 

 

説明に合わせ、ホログラム上の二か所が赤く点滅した。

地下深くに位置する、離れた二つの区画。

そのどちらにも、叫竜の反応が確認されている。

 

 

「だから今回は、二つのチームに分かれて対処することにしたわ」

 

 

ナナが指先を動かす。

すると、機体を示す七つのアイコンが現れ、それぞれ二つの集団へと分かれた。

 

 

「デルフィニウム、アルジェンティア、ジェニスタ、クロロフィッツのAチーム。そしてダリア、アイリス、グラジオラスのBチームで当たってもらうわ」

 

 

イチゴが静かに頷く。

ナオミもまた、表示された編成を確認しながら背筋を伸ばした。

四機のフランクスからなるAチーム。

そして、三機のフランドールで構成されたBチーム。

それぞれの機体特性を考慮した編成だった。

だが、その説明を聞きながら、ヒロは胸の奥に小さな違和感を覚えていた。

七機。

そこには、あの機体の名前がなかった。

その疑問を見透かしたかのように、ナナが言葉を続ける。

 

 

「それと今回、ストレリチアの出撃はないわ」

 

「えっ」

 

 

思わず声が漏れた。

ヒロの身体がわずかに前へ傾く。

どうして。

そんな問いが喉元までせり上がった。

けれど、言葉にはならなかった。

イチゴが一瞬だけ彼へ視線を向ける。

その表情には、何かを案じるような色が浮かんでいた。

しかし、ナナは説明を止めなかった。

 

 

「この先、第13都市はあなたたちだけで守っていかなければいけない。今回の叫竜を駆除できないようじゃ、この先やってはいけないわ。心して作戦に当たるように」

 

 

その言葉には、優しさだけでは済まされない厳しさがあった。

彼らは、守られるだけの存在ではない。

これからは自分たちが、この都市を守らなければならないのだ。

 

 

「現場の指揮は、Aチームはイチゴとゴロー。Bチームはナオミに任せます」

 

 

名前を呼ばれた三人が、一斉に姿勢を正す。

 

 

「「「はい!」」」

 

 

力強い返答が室内に響いた。

 

 

「以上だ。各自、搭乗準備を」

 

 

ハチの号令を合図に、コドモたちが立ち上がる。

互いに声をかけ合う声。

緊張を紛らわせるような笑い声。

それらが少しずつ大きくなっていく。

だが、その中で一人だけ、動けずにいる少年がいた。

ヒロだった。

彼は膝の上で拳を握りしめ、俯いていた。

仲間たちは戦場へ向かう。

みんなが、自分の役割を果たすために動き始めている。

なのに、自分だけが。

──また、見ているだけなのか。

悔しさが、胸の奥で鈍い痛みに変わっていった。

 

 

◇

 

 

出撃準備が進む格納庫。

巨大な機体が整然と並ぶ空間には、整備用機械の作動音と、スタッフたちの足音が絶え間なく響いていた。

その一角。

デルフィニウムの搭乗口前で、イチゴとゴローが向き合っていた。

二人とも、すでに搭乗準備を整えている。

けれど、イチゴの表情には、どこか硬さが残っていた。

ゴローはその様子をしばらく見つめ、それからいつもの穏やかな笑みを浮かべた。

 

 

「模擬戦のこと、まだ気にしてるのか? これから実戦だ、気持ち切り替えていこうぜ」

 

「……わかってるよ」

 

 

短い返答。

イチゴは視線を落とす。

忘れられるはずがなかった。

ヒロと繋がれた、あの瞬間。

確かに動き出したデルフィニウム。

そして、何もかもが崩れていった、その後のこと。

自分なら、ヒロの力を引き出せると思っていた。

いや、そう信じたかった。

けれど結果は違った。

最後には感情を抑えきれず、無茶な操縦までしてしまった。

リーダーとしても、パートナーとしても、あんな姿を見せるべきではなかった。

そんな思いが、まだ胸に残っている。

 

 

「あのさ」

 

 

イチゴが顔を上げた。

 

 

「ん?」

 

 

ゴローが首を傾げる。

イチゴは口を開き、何かを伝えようとした。

だが言葉は出てこなかった。

自分がヒロと何をしたのか。

どうしてあんなことをしたのか。

そしてあの時、何を感じたのか。

それをゴローに話すことが、本当に正しいのか分からなかった。

一瞬の沈黙。

やがてイチゴは、ぎゅっと目を閉じて首を振った。

今は違う。

これから実戦なのだ。

余計なことを考えている場合ではない。

深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。

そして、改めてゴローを見つめた。

 

 

「リーダー、頑張るよ。……操縦、よろしくね」

 

 

差し出された、小さな拳。

ゴローはその拳を見て、ふっと表情を緩めた。

 

 

「おう、頑張ろうぜ」

 

 

自分の拳を、軽く打ち合わせる。

こつん、と小さな音が鳴った。

それだけで、イチゴの肩からわずかに力が抜けた。

ゴローは何も問い詰めなかった。

ただ、いつもどおり隣にいてくれる。

そのことが、今のイチゴにはありがたかった。

二人は顔を見合わせ、小さく頷く。

そして、デルフィニウムへと乗り込んでいった。

 

 

◇

 

 

アルジェンティアのコックピットでは、まったく異なる空気が流れていた。

 

 

「いよいよ初陣だぜッ!」

 

 

ゾロメが拳を握りしめ、目を輝かせる。

先ほどまでのブリーフィングで感じていた緊張など、すっかり吹き飛んでしまったらしい。

これから自分が叫竜を倒す。

その姿を仲間たちに見せつけてやる。

そんな考えで頭がいっぱいだった。

 

 

「ちょっと! また一人で突っ走ったりしないでよね!」

 

 

ミクが鋭く釘を刺す。

模擬戦の時のことを、彼女はまだ忘れていなかった。

ゾロメが調子に乗ったせいで、最後には二人揃って機体を動かせなくなってしまったのだ。

だが、当の本人はまったく懲りていない。

 

 

「任せとけって! ガッハッハッハ!!」

 

 

豪快な笑い声がコックピットに響く。

ミクはじっとりとした目で睨んだ。

 

 

「……ほんとに分かってんのかよ」

 

 

小さく吐き捨てる。

返事はなかった。

ゾロメは相変わらず、初陣への期待に胸を膨らませていた。

 

 

◇

 

 

フランドール隊の三機も、出撃準備を整えていた。

グラジオラス。

アイリス。

ダリア。

それぞれのコックピットでは、すでに接続が完了している。

操縦席に身体を預けた三人の前には、仲間たちの顔を映した通信ウィンドウが浮かんでいた。

 

 

「いよいよ初陣か……」

 

 

ナオミが小さく呟く。

その声には、普段よりもわずかな硬さがあった。

これから向かうのは、本物の戦場だ。

判断を間違えれば、自分だけでなく仲間まで危険にさらしてしまう。

Bチームの指揮を任された責任が、静かに肩へとのしかかっていた。

だが、そんな彼女とは対照的に、クロは明るい笑みを浮かべていた。

 

 

「腕が鳴るね!」

 

「よっしゃあ!! 俺の実力、見せてやるぜェ!!」

 

 

ツグミも負けじと拳を突き上げる。

いつもどおりの、威勢のいい声。

けれど。

ナオミは、その拳がほんのわずかに震えているのを見逃さなかった。

 

 

「……ツグミも緊張してるの?」

 

「い、いいや! これは武者震いだ!!」

 

 

ツグミが慌てて言い返す。

鼻息を荒くし、胸を張ってみせるその姿に、クロが楽しそうに笑った。

ナオミも思わず口元を緩める。

強がっている。

それは分かっていた。

けれど、無理に指摘する必要もないだろう。

怖くないはずがない。

自分だって怖いのだから。

それでも、こうしていつもどおりに振る舞おうとする二人が、とても頼もしく思えた。

ナオミは操縦桿を握り直した。

大丈夫、一人ではない。

この二人となら、きっと戦える。

そう自分に言い聞かせながら、彼女は出撃の時を待った。

 

 

◇

 

 

しかし。

同じ頃、クロロフィッツのコックピットでは、異変が起きていた。

 

 

「ハァ……ハァ……」

 

 

荒い呼吸が、狭い空間に響く。

イクノの額には大粒の汗が浮かんでいた。

呼吸を整えようとしても、うまくいかない。

身体の奥から力が抜けていくような感覚。

意識を集中させようとするほど、かえって接続が遠ざかっていく。

正面に座るミツルは、そんな彼女の状態を冷ややかに見つめていた。

操縦桿を握る手に、苛立ちが滲む。

 

 

『どうした、クロロフィッツ』

 

 

ハチから通信が入る。

ミツルは隠そうともせず、吐き捨てるように答えた。

 

 

「イクノがダメみたいです」

 

「も、もう少しだから……っ! ちょっと待って……!」

 

 

イクノが必死に声を絞り出す。

まだ諦めたくなかった。

自分のせいで、チームの出撃を遅らせたくない。

何より、パートナーから見放されるようなことだけは避けたかった。

だが、ミツルは彼女の言葉を待たなかった。

 

 

「もう無理ですよ」

 

 

冷たい一言。

イクノの表情が、わずかに歪んだ。

その頃、司令室では警告表示が次々と点灯していた。

 

 

『クロロフィッツ、パラキャパシティ基準値未満。さらに低下中』

 

 

オペレーターの報告を聞き、ハチは表示された数値へ目を向ける。

回復の兆しはない。

このまま無理に起動を続ければ、さらに負荷が増す可能性があった。

 

 

「……ダメか」

 

 

短く呟き、端末を操作する。

まもなく、出撃を待つAチームへ通信が繋がった。

 

 

『クロロフィッツは残る。Aチームは他3機で任務に当たってくれ』

 

『......ッ、了解です』

 

 

イチゴの返答には、苦渋が滲んでいた。

四機で行うはずだった作戦。

それが、出撃前から三機に減ってしまった。

けれど、命令は命令だ。

残された三機で、任務を遂行するしかない。

その通信をブリーフィングルームで聞いていたヒロは、思わず顔を上げた。

三機で、大丈夫なのか。

不安が胸をよぎる。

隣にいたナナも、険しい表情でモニターを見つめていた。

 

 

「少し厳しいわね……」

 

 

小さな呟きが、静かな室内に落ちた。

 

 

 

─────

 

 

 

採掘現場。

荒涼とした大地の中央に、巨大な縦穴が口を開けていた。

まるで地面そのものを、途方もない力でくり抜いたかのような光景だった。

穴の周囲には無数の鋼鉄製の構造物が組み上げられ、太い配管が地中深くへと伸びている。

そこへ到着した六機の機体は、しばらくその場で立ち止まっていた。

初めて目にする巨大施設を前に、コドモたちは思わず息を呑んだ。

 

 

「おっきい穴……」

 

 

ココロが呟く。

 

 

「どこまで続いてるんだろう」

 

 

ミクも、穴の底へと視線を向けた。

だが、そこに見えるのは幾重にも重なった鉄骨と、底知れない暗闇だけだった。

 

 

「すっげえな、パイプのおばけだぜ」

 

 

ゾロメが感心したように声を上げる。

巨大な配管は、フランクスの胴体ほどもありそうな太さだった。

それらが幾本も絡み合い、地底へと続いている。

 

 

「こんなものでマグマ燃料を吸い上げていたのか……」

 

 

ゴローも思わず呟いた。

彼らが暮らすプランテーション。

そこで使われる膨大なエネルギー。

その源が、こうした施設によって地中から汲み上げられている。

知識としては知っていても、実際に目にするのは初めてだった。

やがて六機は、巨大な昇降用プラットフォームへと足を踏み入れた。

重厚な固定装置が作動し、鋼鉄の床が低く唸り始める。

腹の底へ響くような駆動音。

プラットフォームが、ゆっくりと下降を始めた。

周囲の壁面が上へ流れていく。

地上の光は次第に遠ざかり、代わりに人工照明の青白い光が機体を照らした。

 

 

『レベル8まで降りてもらう。すでに頭に入っていると思うが、叫竜を完全に仕留めるには、奴らの心臓とも言えるコアを、マグマエネルギーを用いた攻撃で直接破壊するしかない。必ずコアを粉砕してとどめを刺せ。……わかったな』

 

 

ハチの声が、各機の通信回線に響く。

 

 

『『『『了解!』』』』

 

 

返答が重なった。

コアを破壊する。

それが、叫竜を倒すための絶対条件。

どれほど外殻を傷つけても、コアが残っていれば完全には倒せない。

その知識を、コドモたちは改めて胸に刻んだ。

やがてプラットフォームが停止する。

重い扉が開き、地下深くの冷たい空気が流れ込んできた。

そこから先は、二手に分かれる。

Aチームは左の通路へ。

Bチームは右の通路へ。

六機はそれぞれの進路へと足を踏み出した。

 

 

◇

 

 

Bチームが進む通路は、思っていた以上に入り組んでいた。

剥き出しの岩肌。

壁面を這う配管。

頭上には、等間隔に設置された照明が薄暗い光を落としている。

巨大な機体が歩くたび、足音が地下空間に反響した。

 

 

「採掘現場とか初めて来たけど、こうなってたんだね〜」

 

 

クロが興味深そうに周囲を見回す。

 

 

「確かにな。普段はミストルティンにしかいないから、こういうの見るのは新鮮だな」

 

 

ツグミも同意した。

地上とはまったく異なる景色。

どこまでも続く人工の地下空間。

未知の場所を探検しているような感覚に、二人の好奇心が刺激されていた。

 

 

「なんかテンション上がるね!」

 

 

クロの声が弾む。

だが、すぐさま前方から鋭い声が飛んできた。

 

 

「二人とも! 今は作戦中よ。いつ叫竜が出てくるかわからないんだから、油断しないで」

 

 

ナオミだった。

ダリアを先頭に進ませながら、彼女は周囲の反応を絶えず確認していた。

初めての実戦。

敵がどこから現れるか分からない状況で、気を緩めるわけにはいかない。

 

 

「「はい……」」

 

 

クロとツグミが揃って肩を落とす。

その返事を聞き、ナオミは小さく息を吐いた。

まったく、この二人は。

そう思いながらも、口元にはほんのわずかな苦笑が浮かんでいた。

やがて三機は、狭い通路を抜けた。

そこには、巨大な地下空間が広がっていた。

天井は高く、岩肌がむき出しになっている。

足元には細かな岩片が散らばり、奥には別の通路へ続く開口部が見えた。

ナオミはその構造を確認しながら、機体を前進させる。

そして、さらに奥へ続く通路の先に、敵の反応を捉えた。

 

 

「叫竜の反応はこの先にあるわ。気を引き締めて行くよ」

 

 

その声に、二人の表情が変わった。

先ほどまでの好奇心は、もうない。

クロが操縦桿を握り直す。

ツグミも、アイリスの武装状態を確認した。

 

 

「「了解!」」」

 

 

三機は慎重に、暗闇の奥へと進んでいった。

 

 

 

─────

 

 

 

一方、出撃できなかったイクノとミツルはブリーフィングルームに残っていた。

二人の前にはナナが立っている。

 

 

「どうしたの? 体調でも悪かった?」

 

 

優しく尋ねられ、イクノは俯いた。

 

 

「いえ……そういうわけでは」

 

 

自分でも、うまく説明できなかった。

体調が悪いわけではない。

訓練を怠ったわけでもない。

それなのに、どうしてもコネクトが安定しない。

頑張れば頑張るほど、相手が遠ざかっていくような気がした。

ナナはそんな彼女を責めなかった。

 

 

「いいわ。イクノは以前から、少し数値が不安定なところがあったものね。一応、明日詳しく検査をしましょう」

 

 

その言葉に、イクノは小さく頷いた。

だが、隣に立つミツルの表情は晴れなかった。

彼は少し間を置き、探るように口を開く。

 

 

「あの……僕たちのパートナー適性に、何か問題でもあるんじゃないでしょうか」

 

 

ナナの目が、わずかに見開かれた。

イクノはそれを聞いて少し俯く。

その問いが何を意味しているのか、理解できないほど鈍感ではなかった。

ミツルは、自分との組み合わせに疑問を抱いている。

ナナは二人の様子を見比べてから、穏やかに答えた。

 

 

「初めのうちは割とよくあることよ。これくらいでパートナー解消したりはしないから、安心して」

 

「……そうですか」

 

 

ミツルは短く答え、目線を外した。

安心したようには、まるで見えなかった。

その様子を、ヒロは黙って見つめていた。

すると、ブリーフィングルームのメインモニターからイチゴの声が響く。

 

 

『叫竜を目視しました。各機展開、配置完了。作戦開始します』

 

 

画面が切り替わる。

映し出されたのは、巨大なマグマ燃料タンクが並ぶ地下施設。

その一つに、奇妙な影が張りついていた。

丸みを帯びた黒い身体、不気味に蠢く外殻。

叫竜だ。

続いて、別の通信が入る。

 

 

『こちらも叫竜を目視しました』

 

 

ナオミの声。

Bチームもまた、目標地点へ到達していた。

 

 

◇

 

 

Bチームの前方。

暗い通路の先には、巨大な燃料タンクが設置されていた。

その表面に、丸い叫竜が張りついている。

外殻の一部が脈打つように動き、まるで生き物が何かを貪っているかのようだった。

三機は通路の陰に身を潜め、敵の様子を窺っていた。

 

 

「なんか……意外とちっちゃいね」

 

 

クロが呟く。

 

 

「クロ、油断しないで」

 

 

ナオミがすぐに注意する。

敵の大きさだけで危険度を判断することはできない。

それに、ここは地下の採掘施設だ。

周囲には、マグマ燃料を貯蔵した設備がある。

戦い方を間違えれば、叫竜を倒すどころか、施設そのものを破壊してしまうかもしれない。

そんな中、ツグミが勢いよく身を乗り出した。

 

 

「よーし、あの程度の大きさなら俺の集中砲火で消し炭にしてやる!」

 

 

アイリスの武装を展開しようとした、その時。

 

 

『マグマ燃料が多く入ったタンクに攻撃すると誘爆の危険がある。特に重火器の使用には十分気をつけるように』

 

 

ハチの声が割り込んだ。

ツグミの動きが止まる。

 

 

「うっ……は、はい、わかりました……」

 

 

先ほどまでの勢いが嘘のようにしぼんでしまった。

アイリスの最大の強みは、その圧倒的な火力だ。

だが、ここではその力を無闇に使えない。

ツグミは悔しそうに唇を尖らせた。

すると、クロがぱっと顔を上げる。

 

 

「じゃあ私がビューンって飛んでって、コアを壊してくるよ!」

 

「待って!」

 

 

ナオミが即座に制止した。

 

 

「なんで?」

 

 

クロが不思議そうに首を傾げる。

 

 

「この狭い通路じゃ、グラジオラスの機動力を活かしきれない。それに……叫竜が一体だけとは限らないわ」

 

 

ナオミはモニターの奥へ目を凝らした。

薄暗く、狭い通路。

不用意に飛び込めば、退路を失う可能性もある。

 

 

「あ、確かに」

 

 

クロが納得したように頷く。

ツグミが尋ねる。

 

 

「じゃあ、ナオミがやるのか?」

 

 

ナオミは静かに頷いた。

 

 

「うん。あの叫竜までの距離はそこまでないし、動きも止まってるから狙撃できる」

 

 

ダリアが一歩前へ出た。

右腕に保持したライフル──アルヴェリオンを持ち上げ、銃口を向ける。

照準用の表示がモニターに浮かび上がった。

距離、角度、周辺設備との位置関係。

そして、叫竜の体内にあるコアの反応。

無数の情報が、次々と処理されていく。

ナオミは呼吸を整えた。

焦る必要はない。

相手はまだこちらに気づいていない。

それなら、一撃で仕留めればいい。

ゆっくりと息を吐き、操縦桿のトリガーを引いた。

銃口に光が収束する。

一瞬の静寂の後。

鋭い閃光が、暗い通路を切り裂いた。

螺旋を描く光弾が一直線に飛翔し、叫竜の外殻を貫く。

その奥にあるコアへ、正確に突き刺さった。

衝撃に身体を震わせた叫竜が、タンクから剥がれ落ちる。

鈍い音を立てて床へ転がり、そのまま動かなくなった。

 

 

「やったあ!」

 

「ナイス、ナオミ!」

 

 

通信越しに、二人の歓声が響く。

ナオミはようやく肩の力を抜いた。

 

 

「ふう、よしっ!」

 

 

初めての実戦。

初めて、自分の判断で叫竜を倒した。

胸の奥に、小さな達成感が広がっていった。

 

 

◇

 

 

その頃、Aチームも目標を発見していた。

巨大なタンクへ張りついた叫竜を前に、ミクが拍子抜けしたように声を上げる。

 

 

「なんだ、案外小さいじゃない」

 

 

ココロも、ほっと息を吐いた。

 

 

「よかったぁ」

 

 

だが、イチゴは気を緩めなかった。

敵の大きさなど関係ない。

確実にコアを破壊し、任務を完了させる。

それが最優先だ。

 

 

「油断しちゃダメ、作戦通り行くよ!」

 

 

デルフィニウムが先頭を駆け抜ける。

その後ろを、ジェニスタとアルジェンティアが追う。

三機の動きは、訓練で繰り返してきた連携そのものだった。

まずはデルフィニウムが接近し、手にした双剣の一方を突き出し、叫竜の外殻へ深々と突き刺した。

そのまま力任せに引き剥がす。

タンクから離れた叫竜が、空中へ放り出された。

その腹部から、四本の鉤爪状の脚が展開する。

着地しようとしている。

だが、そこへジェニスタが滑り込んだ。

 

 

「ええええい!!」

 

 

ココロの叫びとともに、大砲の先端に備えられた銃剣が突き出される。

鋭い刃が叫竜を貫いた。

そのまま、巨体を頭上へ持ち上げる。

一瞬、敵の動きが止まった。

その隙を逃さず、上空からアルジェンティアが舞い降りる。

 

 

「もらったあ!!」

 

 

両腕の鉤爪が振り下ろされた。

凄まじい衝撃。

叫竜の身体が地面へ叩きつけられ、土煙が舞い上がる。

アルジェンティアは軽やかに後方へ跳び退いた。

 

 

「すげーぞゾロメ!」

 

 

フトシが歓声を上げる。

 

 

◇

 

 

ブリーフィングルームで映像を見守っていたヒロも、思わず拳を握りしめた。

 

 

「やった!」

 

 

見事な連携だった。

訓練の成果が、確かに現れている。

仲間たちが力を合わせ、叫竜を倒した。

その事実が、ヒロには自分のことのように嬉しかった。

だが。

 

 

「……まだやってないよ。3機もいて何やってんだか」

 

 

冷ややかな声が、室内に落ちた。

振り返ると、入口付近の壁にもたれ掛かり、棒付き飴を舐めている少女がいた。

 

 

「ゼロツー……」

 

 

ヒロが呟く。

けれど、彼女は気にした様子もなく、口の中で飴を転がしていた。

その瞳には、歓喜も驚きもない。

ただ、どこか退屈そうな色だけが浮かんでいた。

 

 

◇

 

 

「へっへー、見たか! 俺様の実力ゥ!!」

 

 

現場ではゾロメが得意げに声を張り上げていた。

アルジェンティアまで、誇らしげなポーズを決めている。

 

 

「ちょっと、恥ずかしいからやめて!」

 

 

ミクが顔を赤くする。

それに連動するように、アルジェンティアの頬にも赤みが浮かんだ。

だが、イチゴだけは違った。

まだ、終わっていない。

叫竜のコアは破壊されていない。

 

 

「油断しないで! すぐにコアを潰して!」

 

「わ、分かってるって!」

 

 

ゾロメが面倒そうに返す。

そして、倒れた叫竜へ向き直った。

 

 

「叫竜って言っても、大したことなかったぜ」

 

 

軽く笑いながら、鉤爪を構える。

その瞬間だった。

 

 

「……え!?」

 

 

ミクの声が裏返る。

倒れていた叫竜が跳び起きた。

丸い身体が弾丸のように飛び出し、アルジェンティアの顔面へと襲いかかる。

回避する暇などなかった。

驚きのあまり、アルジェンティアの巨体が仰向けに倒れ込む。

四本の鉤爪が装甲へ食い込む。

鋭い爪が、顔面の装甲を容赦なく削っていく。

耳障りな金属音。

飛び散る火花。

 

 

「きゃはあああ”あ”ッ!!!!」

 

 

ミクの絶叫が突き抜けた。

フランクスの損傷が、コネクトを通じて彼女へ伝わっていた。

まるで、自分自身の顔を引き裂かれているかのような激痛。

ミクの身体が大きく跳ね上がった直後、身体から力が抜け前に倒れた。

次の瞬間、コネクトが途切れた。

アルジェンティアのフェイスから光が消える。

コックピット内の照明が落ち、非常用の薄暗い明かりだけが残った。

 

 

「おいミク! ミクッ!!」

 

 

ゾロメは叫ぶ、だが返事はなかった。

思わず息を呑む。

さっきまで、自分と一緒に叫竜を倒したと喜んでいた相手が。

つい先ほどまで、いつものように文句を言っていたミクが。

今は、まったく動かない。

 

 

「こいつーッ!」

 

 

フトシが叫ぶ。

ジェニスタの大砲が火を噴く。

放たれた砲撃が、アルジェンティアに取りついた叫竜を吹き飛ばした。

その衝撃で、叫竜のコアが露出する。

デルフィニウムが一気に踏み込み、双剣が剥き出しのコアへ突き刺さった。

鋭い破砕音。

叫竜の身体が激しく痙攣し、ようやく動きを止めた。

 

 

「おいミク! 大丈夫か!? ミクッ!!」

 

 

ゾロメが叫び続ける。

 

 

「ミク、大丈夫!?」

 

 

イチゴもすぐに通信を開いた。

何度呼びかけても、返事はない。

沈黙。

それが何よりも恐ろしかった。

すると、天井の暗がりから何かが落ちた。

先ほど倒した叫竜と、同じ姿をした個体だった。

 

 

「もう一匹いたのかよ!!」

 

 

ゴローが叫ぶ。

 

 

「いや……ちょっと待って……」

 

 

フトシの声が震える。

ジェニスタがゆっくりと顔を上げた。

その視線の先。

天井を覆う暗闇の中で、無数の影が蠢いていた。

一体や二体どころではない。

次々と、黒い塊が落下してくる。

 

 

「な、何匹いるの……!?」

 

 

ココロが息を呑む。

モニターに映るのは、床を埋め尽くさんばかりの叫竜の群れ。

先ほどの一体とは、比べものにならない数だった。

イチゴの背筋を冷たいものが走る。

アルジェンティアは動けない。

残る二機だけで、この数を相手にするのは危険すぎる。

 

 

「一旦ここを離れよう!」

 

「う、うん……!」

 

 

ジェニスタが慌てて後退する。

デルフィニウムは動かなくなったアルジェンティアを抱え直し、退路へ向けて身体を翻した。

背後では、無数の叫竜が床を這い始めていた。

 

 

◇

 

 

ほぼ同じ頃。

Bチームの前にも、異変が起きていた。

最初の一体を倒した直後。

天井の奥から、奇妙な物音が聞こえ始めたのだ。

暗闇から、丸い叫竜が落下してくる。

一体や二体ではない。

通路の奥が、瞬く間に黒い影で埋まっていく。

 

 

「おいおい……何匹いるんだ、あいつら……?」

 

 

ツグミが引きつった声を漏らす。

先ほどまでの威勢は、少しだけ影を潜めていた。

一方、クロはモニターに顔を近づけ、指を折り始めた。

 

 

「ちっちゃいのが一匹、二匹……う〜ん、とにかく沢山だね!」

 

 

そのあまりにも大雑把な数え方に、ツグミは思わず呆れた表情を浮かべた。

だが、ナオミは目の前の敵ではなく、通路全体の構造へと向けられていた。

狭い。

この場所では、三機が横並びになって戦うことも難しい。

アイリスの重火器を無闇に使えば、味方を巻き込む危険がある。

グラジオラスも、持ち前の機動力を十分に発揮できない。

そして、何より。

──数が多すぎる。

正面から迎え撃つのは、危険だった。

 

 

(あの数を正面から迎え撃つのはあまりに危険……。しかもこの通路は狭すぎて動きづらいし、お互いの射線が被るから誤射の危険もある)

 

 

ナオミは必死に考えた。

どうすればいい。

どうすれば三人とも戦える。

その時だった。

脳裏に、先ほど通過した場所が浮かび上がる。

岩肌がむき出しになった、広大な地下空間。

複数の機体が同時に射撃できるだけの間隔。

そして、敵が通ってくる入口は限られている。

 

 

(……あの広い空間なら! これならいける……!)

 

 

ナオミの瞳に、決意の光が宿った。

 

 

「ねえナオミ、あの数どうするの?」

 

 

クロの声が通信越しに届く。

ナオミは顔を上げた。

もう、迷っている時間はない。

 

 

「クロ、ツグミ、よく聞いて。作戦を思いついたわ!」

 

「お、思いついたのか!?」

 

「なになに? 教えて!」

 

 

二人の視線がナオミへ集まる。

 

 

「まず、私とツグミはここに来る途中にあったあの広間まで引き返して、そこで迎え撃つわ」

 

 

ツグミが頷く。

確かに、あそこならアイリスの火力を存分に活かせる。

だが、クロにはまだ疑問が残っていた。

 

 

「私はどうすればいい?」

 

 

ナオミは即座に答えた。

 

 

「クロには叫竜を射撃で引きつけて、私たちが待つ広間までおびき寄せてほしいの」

 

「おびき寄せるだけなら、俺かナオミでもいいんじゃないか?」

 

 

ツグミが尋ねる。

しかし、ナオミは首を横に振った。

 

 

「それも考えたけれど、あの叫竜がどれ位速く動けるか分からないわ。それに狭い通路で追ってくる敵とつかず離れずの距離を維持しながら確実に離脱できるのは、この中で一番機動力の高いグラジオラスだけよ」

 

 

その説明に、ツグミは納得した。

 

 

「たしかに……」

 

 

グラジオラスの機動力は、模擬戦でも十分に証明されている。

そしてクロなら、狭い通路でも機体を巧みに操れるはずだ。

だが、それは同時に、彼女一人を敵の群れの前へ残すことを意味していた。

ナオミはクロの顔を見た。

いつもの明るい笑顔。

その奥に、どれほどの緊張があるのかは分からない。

それでも、今は信じるしかなかった。

 

 

「それじゃあ二人とも、準備ができ次第作戦を開始するよ。ツグミは私についてきて。クロは私の合図が来るまで、ここで待機していてね」

 

「わかった!」

 

「了解だ!」

 

 

ダリアとアイリスが身を翻す。

二機の足音が、通路の奥へ遠ざかっていった。

残されたグラジオラスは、壁の陰へと機体を寄せた。

クロは操縦桿を握り直す。

右手の剣──グラディエルを構えると、刀身の一部が滑らかにスライドした。

内部機構が展開し、射撃形態へと変わっていく。

武装の変形完了を示す表示が、モニターに灯った。

クロは敵の様子を窺う。

叫竜はまだ落ちてきていた。

天井の穴から次々と、床を埋め尽くす程に。

その数は、すでに十数体を優に超えていた。

 

 

(……流石に多すぎじゃない?)

 

 

額に、薄い汗が浮かぶ。

クロはそれを手の甲で拭った。

普段なら、怖いなどと口にすることはあまりない。

けれど、今は違う。

あの群れが、一斉に自分へ向かってきたら。

そう考えるだけで、胸が少しだけ速く脈打つ。

その時、通信が入った。

 

 

『こっちは配置についたよ。始めるタイミングはクロに任せるわ』

 

 

ナオミの声。

続いて、ツグミの威勢のいい声が響く。

 

 

『いつでもオッケーだ!!』

 

 

クロは小さく笑った。

二人が待っている。

それなら、大丈夫。

 

 

「了解。じゃあ……行くよ!」

 

 

グラジオラスが、壁の陰から剣を突き出した。

照準を合わせる。

狙うのは、群れの先頭にいる一体。

そいつに向けてトリガーを引く。

銃口から鋭い光弾が放たれた。

暗い通路を一直線に駆け抜け、叫竜へ直撃する。

すると、無数の叫竜が一斉に動きを止めた。

そして、まるで示し合わせたかのように、こちらへ向きを変える。

ぞわり、とクロの背筋が粟立った。

次の瞬間、群れが動いた。

床を削りながら。

互いの身体を押しのけながら。

津波のような勢いでグラジオラスへ殺到してくる。

 

 

「うわっ、すごい勢い!」

 

 

クロはすぐさま操縦桿を引いた。

背部スラスターが点火する。

噴射光が通路を照らし、機体が後方へ滑り出した。

後退しながら、付かず離れずの距離を保つ。

クロはモニターを見つめ、微細な操作を繰り返した。

背後から迫る無数の足音が、通路全体を震わせている。

そして、視界が一気に開けた。

先ほど通過した、あの広間だった。

正面には、すでに射撃態勢を整えたダリアとアイリスが待っている。

 

 

「叫竜が来たよ!」

 

『よし来たあ!!クロ!! 俺の射線から離れろッ!!』

 

 

ツグミの叫びが響く。

クロは直ぐにグラジオラスのブースター出力を一気に引き上げ、高く跳躍する。

その真下を叫竜の群れが雪崩れ込んでくる。

グラジオラスは大きく弧を描き、アイリスの後方へ着地した。

その瞬間、射線が開く。

ナオミは敵の先頭が広間へ入ったことを確認し、鋭く叫ぶ。

 

 

「ツグミ!!」

 

『おっしゃあ!! くらいやがれええええ!!!』

 

 

アイリスの両腕に構えられたダブルガトリングガン──ヴァルグレイブが、一斉に回転を始めた。

さらに、機体内部に搭載されたガトリング砲──レギオンが展開する。

次の瞬間、凄まじい轟音が地下空間を満たした。

無数の光弾が怒濤の勢いで撃ち出される。

空気が震え、地面が揺れる。

光の奔流が広間へ雪崩れ込んだ叫竜たちを次々と撃ち抜いていく。

外殻が砕け、コアが穿たれる。

倒れた個体の上へ、さらに後続の叫竜が押し寄せる。

だが、ツグミは撃つ手を緩めなかった。

その隣で、ダリアも火力を解放する。

ナオミは敵の位置を見極めながら、それぞれの武装を使い分けていた。

ただ撃つのではない。

アイリスの弾幕を抜けてくる個体。

側面へ回り込もうとする個体。

コアが露出した個体。

それらを優先して狙い、確実に仕留めていく。

二機の射撃が重なり、広間はまるで光の嵐に包まれたかのようだった。

爆炎が上がり、破片が飛び散る。

叫竜の群れが、次々と崩れていく。

だが、まだ終わらない。

倒れた仲間の身体を乗り越え、後続の叫竜が押し寄せてくる。

数が多すぎる。

倒しても倒しても、暗い通路の奥から新たな影が現れる。

このままでは、いずれ押し切られる。

 

 

「ツグミ!! ミサイルも使って!!」

 

『分かったぜ!!』

 

 

アイリスの肩部、脚部、背部。

各所に装着されたミサイルポッド──グランバーストが、一斉に開いた。

無数の小型ミサイルが姿を現す。

照準が、敵の密集する地点へ重なった。

 

 

『吹き飛べぇッ!!』

 

 

発射。

幾筋もの光跡が、広間を駆け抜ける。

小型ミサイルはそれぞれ異なる軌道を描きながら、叫竜の群れへ殺到した。

轟音が響き、次々と爆炎が上がった。

衝撃波が広間を揺らし、岩肌から細かな破片が降り注ぐ。

押し寄せていた叫竜たちの動きが、ようやく止まった。

濃い煙が、視界を覆う。

ツグミは荒く息を吐いた。

これなら。

そう思いかけた、その時。

煙の向こうで、何かが動いた。

一体。

また一体。

黒い影が、再び姿を現す。

ナオミの表情が引き締まった。

 

 

「まだまだ来る……! 撃ち続けて!」

 

「私も手伝う!」

 

 

クロが声を上げた。

グラジオラスが射撃形態のグラディエルを構える。

細く鋭い光弾が、ダリアとアイリスの弾幕へ加わった。

三機の射撃が、再び地下空間を照らし出す。

轟音、閃光、爆炎。

そして、途切れることのない叫竜の群れ。

Bチームの初実戦は、いつ終わるとも知れない消耗戦へと変わり始めていた。

 

 

 

─────

 

 

 

ブリーフィングルーム。

巨大なメインモニターには、二つの戦場の映像が並んで表示されていた。

Aチームは、アルジェンティアの停止によって戦力を失い、後退している。

Bチームは、ナオミの判断で有利な地形へ敵を誘い込んだものの、なおも大量の叫竜と交戦中だった。

ナナは険しい表情で画面を見つめていた。

 

 

「マズイわ……マグマエネルギーの放出で、多数の叫竜を引き寄せてしまってる……!」

 

 

想定していた敵の数を、はるかに超えている。

しかも、叫竜の出現はまだ止まっていない。

ヒロは画面を見つめた。

デルフィニウムが、動けないアルジェンティアを抱えて後退している。

ジェニスタが、その退路を守っている。

もう一方では、ダリアとアイリスが激しい射撃を続けていた。

グラジオラスもその後方から援護している。

みんな、必死に戦っている。

自分の命を懸けて。

その姿を見ているだけで、胸が締めつけられた。

何かしたい、何かできることはないのか。

けれど、今の自分には何もない。

 

 

「ほら見なよぉ。最初っからボクを出しておけばよかったのに」

 

 

その時、気の抜けた声が響いた。

ゼロツーだった。

彼女は段差に腰掛け、腕と脚を組んだまま、悠然とモニターを眺めている。

まるで、目の前で起きていることが他人事であるかのように。

ナナが振り返った。

 

 

「あなた……!」

 

 

その声には、怒りが滲んでいた。

けれど、ゼロツーはまったく怯まなかった。

むしろ、口元の笑みを深める。

 

 

「いいの? あの子たち、みーんな殺られちゃうよ?」

 

 

その言葉に、ヒロの身体が強張った。

殺られる。

その可能性が、急に現実味を帯びて迫ってきた。

ミクは、まだ意識を取り戻していない。

イチゴたちは、敵に追われている。

ナオミたちは、終わりの見えない戦いを続けている。

もし、このまま誰かが戻ってこなかったら。

そう考えた瞬間、ヒロは耐えきれなくなった。

 

 

「……っ! 俺とゼロツーで、救援に行かせてください!」

 

 

ナナへ向かって叫ぶ。

その声には、必死さがあった。

自分が正式なパラサイトではないことなど、分かっている。

それでも、あの時は乗れた。

ストレリチアを動かすことができた。

ならば、もう一度。

今度こそ、自分の意思で。

仲間たちを助けるために。

だが、その願いは即座に退けられた。

 

 

『それは無理だ。正式なステイメンでない者に、搭乗許可は出せない』

 

 

ハチの声だった。

冷静で、揺るぎない口調。

そこには、例外を認める余地などなかった。

ヒロは息を呑んだ。

今、この瞬間にも仲間たちが危険にさらされている。

 

 

「そんなこと言ってる場合じゃないんじゃないの~? またここの部隊、全滅しちゃうよ?」

 

 

それなのに、ゼロツーが楽しそうに口を挟んだ。

そして、段差から立ち上がり、軽く床を蹴ったかと思うとその身体がふわりと宙へ浮いた。

次の瞬間には、ナナの目の前へ着地していた。

腰に手を当て、顔を覗き込む。

鋭い瞳が、じっとナナを見据えた。

先ほどまでの気の抜けた笑みが、少しずつ消えていく。

 

 

「……さっさとボクを、ダーリンと乗せろよ」

 

 

声が低くなった。

まるで、室内の温度が一瞬で下がったかのようだった。

ヒロは思わずゼロツーを見つめた。

いつもの気まぐれな少女とは違う。

その瞳の奥には、容易には触れられない何かが潜んでいるように見えた。

ナナも、わずかに表情を強張らせる。

けれど、視線は逸らさなかった。

 

 

「……出撃は認められない」

 

 

静かな拒絶。

それでも、はっきりとした言葉だった。

室内に、重い沈黙が落ちる。

モニターの向こうでは、今も戦闘が続いている。

叫竜の群れ。

飛び交う光弾。

仲間たちの荒い呼吸。

そのすべてが、遠い場所の出来事のように感じられた。

ヒロは唇を噛み締めた。

どうすればいい。

どうすれば、あそこへ行ける。

どうすれば、みんなを助けられる。

答えが見つからない。

その時だった。

 

 

「……ヒロが駄目なら、僕が乗るしかないんじゃないですか?」

 

 

静かな声が、沈黙を破った。

ヒロが振り返る。

そこに立っていたのは、ミツルだった。

その表情は落ち着いていた。

けれど、瞳の奥には、隠しきれない熱が宿っている。

かつて誰もが憧れた少年。

その少年ができなくなったことを、自分が成し遂げる。

そんな思いが、彼の胸の中で燃えていた。

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