プランテーションの遥か上空、雲海をも見下ろす絶対的な虚空に浮かぶ、APE中央本部会議の間、通称『ラマルク・クラブ』
外界の喧騒から完全に遮断されたその聖域――通称『七賢人の間』は、無機質な光に満たされていた。
そこに座るのは、白い仮面を身に纏った絶対者たち。コドモたちが『パパ』と呼ぶ、七人の賢人たちである。彼らの前に浮かび上がるのは、プランテーション13から送られてきた最新の戦闘ログ、そしてストレリチアの同調率だった。
「……例の13都市からだ。」
仮面の奥から、高音の混じる無機質な声が響く。
「興味深いデータだ。やはり、第13部隊の環境は、我々に新たな変革をもたらしつつある。」
別の仮面が静かに頷き、ホログラムのデータを指先で払う。
「だが、問題はストレリチアの処遇だ。あの個体をいつまでも、あの小規模な第13都市に留めておくべきだろうか」
「うむ。現在、叫竜の活性化が顕著だ。これまでに観測されなかった大型個体の出現も相次いでいる。防衛線を維持するためにも、ストレリチアは早急に前線へ戻すべきではないか?」
懸念を示す声に対し、円卓の中央に座る最長老の仮面が、ゆっくりと首を振った。
「前線の叫竜なら、
「しかし、彼らにはやるべきことがある。これ以上、博士の気まぐれに付き合うのは得策ではない」
「......いかがいたしましょう
静寂が議場を支配する。
「......
─────
『キッシング』──2つの都市を接続して行われる大規模マグマ燃料交換。
第13プランテーションのミストルティンを囲む、巨大なガラス窓。その向こうでは、燃料交換の準備が行われていた。
「はえー、あれが第26プランテーションか。こことほとんど変わらないね」
ガラス窓にべったりと顔を近づけ、退屈そうに欠伸を噛み殺しているのはクロだ。
そのすぐ後ろで、腕を組んだツグミが呆れたようにため息を吐く。
「クロ、あまり窓に張り付くな。強い振動が来たら、頭をぶつけるぞ」
「いーじゃん、ツグミ。作業はゆっくりするらしいから、しばらく見るくらい減るもんじゃないでしょ〜?」
「そういう問題じゃない」
口酸っぱく注意するツグミに、クロは「はいはい」と返事を返しながら、キッシングの様子をのんびり眺めている。ゆったりとした空気がここに流れていた。
─────
場所は変わり、寄宿舎の玄関前。
「ヒロは?」
「早めに休みたいから、先に風呂入るってさ」
イチゴが心配そうに眉をひそめる。その隣にはナオミもいた。
「やっぱり、調子が悪いのかな……」
イチゴの呟きに、ゴローも表情を曇らせる。
「ゼロツーと二回も乗ったんだ。本人は大丈夫だって言ってたけど……」
「私も、少し気になっているの」
ナオミが二人の会話に加わる。彼女もゴローやイチゴと同じように、ヒロの様子がいつもと違うことを心配していた。
「この前の戦闘のあと、少し無理をしているように見えた気がして……あんなに無茶な乗り方を続けて、本当に平気かしら」
ヒロを想うナオミたちの、とりとめのない懸念が交わされていた、その時だった。
カツン、と。
聞き慣れない足音が響いた。
「へえ、ここが13都市か。やっぱりどこも代わり映えはしないね」
不敵で、どこか全てを見透かしたような、優雅で高い声。
驚いてイチゴたちが入り口へ目を向けると、そこには眩いばかりの純白の制服を身に纏った、金髪の少年が立っていた。
「なっ……誰だ!?」
ゴローが咄嗟に声を張る。
だが、彼らの視線は、少年のすぐ後ろに控える「もう一つの影」に釘付けになった。
少年の背後からゆっくりと姿を現したのは、華奢で中性的な者が多い彼らの中で、明らかに異質な存在感を放つ、頑強で大柄な体躯を誇る男。彼は軍人のように隙のない佇まいで直立し、寡黙にその場を威圧している。
動揺する一同を前に、金髪の少年は親しみやすげな笑みを浮かべて胸に手を当てた。
「驚かせて悪かったね。僕は
アルファはそう言って滑らかに自己紹介を済ませると、その場にいるイチゴ、ゴロー、そしてナオミを値踏みするように見渡した。
その横で、大柄なゼータは一切口を開かず、ただ規律正しく無言のまま深く一礼する。その一挙手一投足に、三人は息を呑む。
アルファの唇が、さらに愉悦を帯びて歪む。
「ところで──うちのじゃじゃ馬、
「
ゴローがその名をなぞるように、低く呟いた。
「聞いたことのないコードだ。それに、さっきの言葉……」
「APE直属、親衛部隊……『
「おや」
アルファは意外そうに目を丸くし、それから可笑しそうにクスリと笑った。
「ゼロツー、だって? へえ、そんな風に呼ばれているんだ。せっかくパパたちから
アルファの軽薄とも言える態度に、ゴローは警戒の度合いを強めながら問いかける。
「......ゼロツーに会いに来たのか?」
「まさか。あの子の顔なら嫌というほど見てきたからね。僕たちが来たのは、ここのリーダーと少しお話がしたくてね」
アルファの視線が、リビングの面々を舐めるように動く。
その言葉を受け、イチゴが一歩前に出た。自らの小さな胸に手を当て、毅然とした態度で告げる。
「私が、ここのリーダーよ。」
イチゴを見つめたアルファは、一瞬の沈黙の後、吹き出すように笑った。
「ハハッ、君が? ずいぶんと小さくて可愛いリーダーだね。僕から見れば、そっちの彼の方がよっぽどリーダーらしく見えるけど?」
「なっ……!」
「なんですって……!?」
アルファの無礼な物言いに、イチゴの顔が屈辱で紅潮し、隣にいたナオミもまた、怒りを露わにして身を乗り出そうとした。部隊をまとめようと懸命に努力しているイチゴを愚弄されたことが、ナオミには許せなかった。
だが、二人が反論の言葉を紡ぐよりも早く、重厚な低音が響いた。
「──
声の主は、それまで微動だにせず控えていたナインラムダだった。
大柄な体躯から放たれる地響きのような声が、アルファの言葉を明確に咎める。ラムダは冷徹な瞳をアルファへと向け、淡々と告げた。
「彼女は第13部隊の統括を任されたピスティルだ。これまでの戦闘ログを見ても、部隊を率いた確かな実績がある。外見のみで侮るな、足をすくわれるぞ」
秩序を最優先するゼータにとって、公式の役職や実績を軽んじるアルファの冗談は、看過できないもの。図らずもそのフォローによって、イチゴとナオミは毒気を抜かれたように目を見開く。
「おっと、これは失礼」
アルファは肩をすくめ、軽く両手を挙げてみせた。
「
口先だけで全く反省していない様子で謝罪を済ませると、アルファは急にその表情から笑みを消した。昏い光を宿した瞳が、イチゴたちをまっずぐに見据える。
「……話を戻そうか。君のために一つ忠告しておくよ、
その名が出た瞬間、場の空気が一段と張り詰める。
「君たちも『パートナー殺し』の噂くらいは聞いているだろう? 僕が知る限りでも、これまでに100人以上のステイメンが、あの子の生命を吸い取る呪によって、使い捨てられていった」
「ひ、100人……!?」
動揺する彼女たちを見下ろしながら、アルファは冷酷な事実を告げるように言葉を紡ぐ。
「そうさ。アレは、並の部隊で手に負えるような代物じゃない。人間の皮を被っただけの──バケモノなんだよ」