デビル・イン・ザ・フランドール   作:かるご

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戦う鳥たち

「ミツル……?」

 

 

イクノが戸惑いを含んだ声を漏らす。

つい先ほどまで、彼女はクロロフィッツを起動させられなかったことへの申し訳なさを抱え、ミツルの傍らで俯いていた。

自分のせいで出撃できなかった。

その負い目が消えないうちに、パートナーが別のピスティルとの搭乗を申し出たのだ。

彼の横顔を見上げる。

ミツルはイクノの呼びかけに応じようともせず、ナナの前へ歩み出た。

 

 

「あの大群です。今ストレリチアを出さなければ、皆やられてしまいます。そして、この場に動けるステイメンのパラサイトは僕しかいない……なら、僕がやるしかないでしょう?」

 

 

口調は整然としていた。

少なくとも、言葉だけを聞けば、仲間を救うために自ら危険を引き受けようとしているように思える。

けれど、ヒロには引っかかるものがあった。

ミツルの視線はナナに向けられている。それなのに、その言葉の端々からは、まるで自分へ何かを突きつけよとするような鋭さが感じられた。

ナナは彼の申し出を受けても、すぐには返答しなかった。

 

 

「ストレリチアは普通のフランクスとは違うわ。コネクトすら満足に慣れていないあなたでは──」

 

「大丈夫ですよ」

 

 

説明を最後まで聞くことなく、ミツルが遮る。

 

 

「そこのヒロにだって乗れたんです。それなら僕にだって、乗れないはずがない……!」

 

 

ヒロの胸に、小さな痛みが走った。

そこのヒロにだって。

まるで自分にできたことなら、誰にでもできると言われたようだった。

だが、反論する言葉は見つからない。

なにより、模擬戦でデルフィニウムを動かせなかったのは事実だ。

ナナは腕を組み、考え込むように目を伏せた。

室内に響くのは、モニターから漏れる戦闘音だけ。

やがて彼女は、傍らに立つ赤い髪の少女へ顔を向けた。

 

 

「……ゼロツー、ミツルと乗れる?」

 

 

ゼロツーは、いかにも面倒くさそうに肩を落とした。

 

 

「聞こえなかったのかなぁ。ボクはダーリンと乗りたいって言ったんだよ」

 

 

青緑色の瞳が、不満を隠すことなく細められる。

彼女にとって、誰が正式なパラサイトであるかなど、さほど重要ではないのだろう。

少なくとも、その態度からはそう感じられた。

 

 

「ダーリンもそう思うでしょ?」

 

 

ゼロツーがヒロを振り返る。

いつものように、からかうような響きを含んだ声。

しかしヒロは、その問いにすぐ答えられなかった。

 

 

(そう……だけど……ッ)

 

 

本当は、自分が乗りたい。

ゼロツーと一緒に、仲間を助けに行きたい。

そう願う気持ちは、少しも変わっていない。

それなのに、頭の中では別の声が絶えず囁いていた。

 

 

(ダメだと言われた後で、俺が何か言ったって状況が変わるのか? 仮に乗れたとして、あの時みたいに動かなかったら……? 俺がわがままを言って場を混乱させるより、ミツルに乗ってもらった方がいいんじゃないか……?)

 

 

仲間たちは今も戦っている。

一秒でも早く、誰かが助けに向かわなければならない。

そんな状況で、自分の希望を押し通していいのだろうか。

もし、ストレリチアを起動できなかったら。

もし、ゼロツーと繋がることすらできなかったら。

その間にも、イチゴやゴローたちが追い詰められていく。

ヒロは知らず知らずのうちに、俯いていた。

 

 

「ゼロツー、ミツルと──」

 

 

言いかけた、その時だった。

ふと顔を上げたヒロの視線が、ゼロツーと重なる。

彼女は、こちらを見つめていた。

いつもの余裕に満ちた笑顔ではない。

青緑色の瞳の奥に、ほんのかすかな不安が揺れていた。

それは、他の誰でもない自分の返事を待っている目だった。

 

 

(俺は……俺は何を言おうとしてたんだ……!)

 

 

胸の奥が、強く締めつけられた。

彼女は自分を選んでくれた。

誰にも必要とされなくなったと思っていた自分に、もう一度空を飛べるかもしれないという希望をくれた。

そのゼロツーに、自分は何を言おうとしていたのか。

失敗するのが怖いから。

傷つくのが嫌だから。

だから他の誰かに任せようとしたのか。

ヒロは一度、瞼を閉じた。

脳裏をよぎったのは、あの森で見つけた、傷ついた鳥の姿だった。

飛ぼうとしても飛べない。

それでも、空へ向かおうとしていた小さな命。

自分は、もう飛べない鳥にはならないと決めたはずだ。

ゆっくりと顔を上げる。

 

 

「俺が……ゼロツーと乗ります!!」

 

 

迷いを振り切った声が、部屋の隅々まで届いた。

 

 

「!?」

 

 

ミツルが振り向く。

信じられないものを見るように目を見開いた彼とは対照的に、ゼロツーは一瞬、言葉を失っていた。

その唇が、わずかに開く。

次いで、瞳の奥に嬉しそうな光が灯った。

ヒロはミツルへ向き直った。

 

 

「ミツル、俺は見たんだ。ゼロツーと乗った前のパートナーがどうなったか」

 

 

あの日の光景が蘇る。

ストレリチアの傍らに倒れていた、ひどく傷ついた少年。

動かない身体。

地面に広がる血。

あの時感じた恐怖は、今も忘れられない。

 

 

「全身ボロボロで……血だらけだった」

 

 

ミツルの喉が、小さく動いた。

額に浮かんだ汗が、こめかみを伝う。

それでも彼は、引き下がらなかった。

 

 

「僕が乗れば……そうなるとでも言うんですか!?」

 

「分からない……! でも、少なくとも俺が乗った時はそうならなかった! ストレリチアがスタンピードになることもなく、叫竜を倒したんだ!!」

 

 

ヒロは一歩、前へ出る。

 

 

「俺なら……やれるッ!!」

 

 

それは、自分に言い聞かせる言葉でもあった。

絶対に成功するという保証などない。

恐怖が消えたわけでもない。

それでも、今度こそ逃げずに向き合いたかった。

ミツルは何か言い返そうと唇を動かした。

だが、声にはならなかった。

ヒロはそのままナナへ身体を向ける。

 

 

「必ずみんなを助けます!! だから……行かせてください!!」

 

 

仲間の命を救いたい。

もう一度、みんなと同じ場所に立ちたい。

その願いだけが、今のヒロを支えていた。

すると、不意に肩へ柔らかな重みが加わった。

ゼロツーだった。

彼女は楽しげにヒロの肩へ腕を回し、ぴたりと身体を寄せる。

 

 

「……ホラ見なよ。ダーリンもやる気満々だ。大丈夫さ、一回乗ってよく分かってるから。ボクたち相性がいいんだ」

 

 

弾むような声音。

けれど、ミツルへ向けられた視線には、その温かさが一片も残っていなかった。

 

 

「外野は引っ込んでなよ」

 

 

たった一言。

それだけで、ミツルの顔から血の気が引いた。

 

 

「な……何を言ってるんですか、あなたたちは……ッ! 聞いたでしょう!? 正式なステイメンじゃないヒロに出撃は許されない!! 僕が行くしかないんですよ……!!」

 

 

口元には、無理に形を作った笑みが浮かんでいる。

自分こそが適任だと訴えている。

それなのに、誰もその主張に頷こうとしない。

ナナはミツルを見つめたあと、ヒロとゼロツーへ視線を移した。

モニターの向こうでは、ハチが黙って状況を見守っている。

決断を先延ばしにできる時間は、もう残されていなかった。

 

 

 

─────

 

 

 

地下採掘施設の奥深く。

岩肌が露出した広間には、焼け焦げた叫竜の残骸が散乱していた。

アイリスのヴァルグレイブから立ち昇る熱気が、薄暗い空間をゆらゆらと歪ませている。

床には無数の着弾痕が刻まれ、壁面のあちこちで小さな火花が散っていた。

その中央で、最後のコンラッド級が崩れ落ちる。

コアを砕かれた身体は、もはや動かない。

 

 

「……これで全部か?」

 

 

アイリスの操縦席で、ツグミが背もたれに身体を預けた。

喉がひりついていた。

先ほどまで夢中で叫び続けていたせいだろう。

額を伝う汗を腕で拭いながら、正面のモニターを見つめる。

ナオミもモニターを確認していた。

 

 

「反応は途絶えたわ。……そう思いたいけれど」

 

 

敵影を示す表示は消えている。

しかし、それだけで安全が保証されたわけではない。

ナオミは慎重に周囲を探った。

その時、通信回線にクロの声が入る。

 

 

「……ねえ、さっきからイチゴに通信をかけてるんだけど、全然返事が来ないの。これって、もしかしたらイチゴ達、すごくピンチなのかな……?」

 

「……ッ」

 

 

ナオミの指が止まった。

イチゴが通信を無視するとは考えにくい。

彼女はどんな時でも仲間への連絡を欠かさず、隊の状況を把握しようとする人物だ。

まして今は、初めての実戦。

連絡が途絶えているという事実は、嫌な想像を呼び起こした。

 

 

「……そうかもしれない。イチゴたちが返事を返す余裕が無いほどの危険に陥っているんだわ」

 

「なら早く助けに行こうぜ!」

 

 

ツグミは即座にアイリスを動かした。

しかし、機体が一歩踏み出したところで、ナオミの声が飛ぶ。

 

 

「待って! ツグミ!」

 

 

警告表示が、索敵画面の一角を赤く染めていた。

通路の奥。

つい先ほどまで反応のなかった場所から、異常なほど大きなエネルギー反応が接近している。

アイリスが足を止める。

グラジオラスも剣を構え直した。

やがて、暗闇の向こうで何かが動いた。

最初に見えたのは、丸みを帯びた巨大な輪郭だった。

それは先ほど倒した小型の叫竜とよく似ていた。

だが、通路から全身を現した瞬間、三人はその異様な大きさを思い知らされた。

小型個体を優に超える巨体。

分厚い外殻に覆われた身体。

そして正面には、四方向へ裂けた不気味な口があった。

口腔の奥で、硬質な組織が擦れ合うような音が鳴っている。

 

 

「おっきい……!」

 

 

クロの声が、驚きに上ずった。

 

 

「何よ……あいつ……ッ」

 

 

少なくとも、先ほどまでの敵と同じようには戦えない。

そう判断した直後、アイリスが前へ出た。

 

 

「大きさがなんだってんだ!! おらああああッ!!」

 

 

ツグミが引き金を引く。

両腕のガトリング砲が激しく回転し、光弾が一直線に撃ち込まれた。

広間に轟音が反響する。

弾丸は次々と敵の表面に命中し、火花を散らした。

しかし。

 

 

「……は?」

 

 

ツグミの顔から、勢いが消えた。

叫竜は止まらない。

外殻に細かな傷こそ刻まれているものの、致命傷には程遠かった。

その巨体が、ゆっくりと持ち上がる。

腹部から四つの突起がせり出した。

それらは生き物の筋肉のように伸び、先端を鋭く湾曲させていく。

鎌だ。

巨大な鎌に似た四本の脚が、床へ突き立てられた。

 

 

「ッ!? 離れて、ツグミ!!」

 

 

ナオミの警告とほぼ同時だった。

アイリスの正面へ、巨大な刃が振り下ろされる。

ツグミは反射的にシールドを構えた。

衝撃が腕部を伝い、コックピットの座席まで震わせる。

 

 

「くそッ、速え……っ!」

 

 

攻撃は途切れない。

盾の表面を鋭い刃が削り、火花が飛び散った。

ツグミは操縦桿を握る手に力を込める。

だが、反撃のために銃口を向ける余裕すらない。

重火力に特化したアイリスにとって、この距離での連撃はあまりに厄介だった。

 

 

「ツグミ!!」

 

 

クロが叫ぶ。

グラジオラスの背部スラスターが点火した。

 

 

「クロ、待って!!」

 

 

ナオミの制止より早く、グラジオラスが床を蹴る。

細身の機体は弧を描くように跳躍し、叫竜の頭上を越えた。

そのまま、四本の鎌が届きにくい側面へ回り込む。

剣が閃いた。

一撃。

続けて、逆方向からもう一撃。

金属を削るような鈍い音とともに、外殻へ交差した裂傷が刻まれた。

グラジオラスは着地と同時に脚部を滑らせ、機体を反転させる。

叫竜の攻撃が、一瞬だけ止まった。

その隙を逃さず、アイリスが後退する。

重い足音を響かせながらダリアの隣へ戻ったツグミは、苦々しく唇を噛んだ。

 

 

「……悪い、ナオミ。足引っ張った」

 

 

ナオミは敵から視線を外さなかった。

 

 

「……これが終わったら覚悟してね」

 

「うぐっ……」

 

 

ツグミの背筋に、戦闘とは別の寒気が走った。

普段から何度も叱られている。

しかし、今のナオミの声には、いつも以上に有無を言わせない響きがあった。

 

 

(やらかしたなぁ……)

 

 

反省は後だ。

ナオミはそう自分にも言い聞かせ、索敵画面を拡大する。

 

 

(形状はさっきの小型と酷似しているけれど、アイリスの射撃をあの距離で受けてほぼ無傷……叫竜の体が硬いか、それとも...)

 

 

敵の側面に、クロが刻んだ二本の傷が見えた。

周囲の外殻はすでに修復を始めている。

しかし、剣で切り裂かれた部分だけは、まだ完全に塞がっていない。

 

 

(……待って。あれはグラジオラスの斬撃跡。……なら、射撃よりも剣による直接攻撃が有効……?)

 

 

可能性はある。

少なくとも、試す価値は十分だった。

ナオミは三機の位置関係を確認した。

クロが前衛。

自分とツグミが後衛。

この組み合わせなら、敵の攻撃を分散させながら、弱点を探ることができる。

 

 

「二人とも、聞いて! クロは敵の攻撃を避けながら、剣でダメージを与え続けて! ツグミは私と一緒に間合いを取って射撃支援! グラジオラスの隙を作らせないように援護するわ!」

 

「わかったよ! よ〜し、今度は私が相手だ!」

 

 

クロの声には、先ほどまでの驚きが残っていなかった。

むしろ、強敵を前にして集中力が研ぎ澄まされているようだった。

 

 

「おう! 次は絶対にヘマしねえ!!」

 

 

ツグミも照準を合わせ直す。

ダリアとアイリスが左右に展開し、射線を確保した。

そしてグラジオラスが、再び敵の懐へ飛び込んでいった。

 

 

◇

 

 

アルジェンティアのコックピットは、薄暗い非常灯に照らされていた。

機体の機能は停止したまま。

ミクは、遠くから誰かに呼ばれているような感覚を覚えた。

頭が重い。

身体の節々に、鈍い痛みが残っている。

それでも、ゆっくりと瞼を持ち上げると、ぼやけていた視界が次第に輪郭を取り戻していった。

 

 

「ミ……ミクーーーッ!!」

 

 

耳元で、突然大声が響いた。

次の瞬間、ゾロメが勢いよく抱きついてくる。

 

 

「ひゃあああ!!?」

 

 

ミクは驚いて身体を跳ねさせた。

顔が近い。

しかも、ゾロメはいつものように偉そうな顔をしていなかった。

ひどく安心したような、今にも泣き出しそうな顔だった。

 

 

「ちょっとゾロメ!? なんなのよ、も〜っ!」

 

 

抗議しながらも、ミクの頬にはわずかに赤みが差していた。

だが、二人が落ち着く暇はなかった。

 

──ガァンッ!!

 

機体の外側から、激しい衝撃が伝わってくる。

コックピットが大きく揺れた。

ゾロメとミクは同時に首をすくめる。

外では、必死に防護シャッターを押さえるデルフィニウムとジェニスタの姿があった。

シャッターの向こうでは、無数の叫竜が押し寄せている。

金属板が内側から叩かれるたび、表面に新たな歪みが生まれていた。

 

 

「お前ら!! ミクが生き返ったぞお!!」

 

「死んでないっつーの!!」

 

 

ミクの声が回線に響く。

アルジェンティアが再起動を始め、機体フェイスへミクの表情が映し出される。

 

 

『良かった……!』

 

 

イチゴの声には、心底安堵した様子が滲んでいた。

 

 

『ミク、大丈夫?』

 

 

ココロも心配そうに尋ねる。

ミクは短く頷いた。

しかし、その返事を待たずに、シャッターが再び大きく膨らんだ。

ジェニスタの足元が滑る。

デルフィニウムも踏ん張るが、押し寄せる圧力は増すばかりだった。

 

 

「平気!!」

 

 

アルジェンティアが駆け出した。

両腕をシャッターへ押し当て、二機と並んで支える。

三機分の力が加わり、金属板の動きがわずかに止まった。

しかし、隙間からは叫竜の鋭い爪が覗いている。

 

 

「でも、このままじゃ……!」

 

 

フトシの声が震えた。

その時、通信にハチの声が割り込む。

 

 

『ストレリチアが救援に出た。耐えられるか?』

 

「やった! それまで持ちこたえれば……!!」

 

『うん!!』

 

 

フトシとココロの声が明るくなる。

助けが来る。

それもあのストレリチアが。

しかし、イチゴだけは違っていた。

その名前を聞いた瞬間、彼女の胸に浮かんだのは、安堵ではなかった。

誰が乗っているのか。

その答えを、彼女は知っている気がした。

 

 

「誰……? 誰が乗ってるんですか!!?」

 

 

思考より先に、声が飛び出していた。

ゴローが驚いて振り返る。

 

 

「おいイチゴ! 集中し──ぐッ!?」

 

 

突然、デルフィニウムの動きが鈍くなった。

操縦桿にかかる負荷が急激に増す。

ゴローは両腕へ力を込めたが、機体は思うように応じない。

 

 

「急に、重たく……ッ! イチゴ!!」

 

 

イチゴには、ゴローの声が遠く聞こえていた。

脳裏に浮かぶのは、模擬戦の光景。

動かなくなったデルフィニウム。

自分を見つめるヒロ。

そして、あの時交わした口づけ。

胸の奥にしまい込んでいた感情が、戦場の恐怖と混ざり合って溢れ出す。

ヒロがゼロツーと乗る。

それが仲間を救うためだと分かっていても、心は簡単には追いつかなかった。

デルフィニウムの膝が折れる。

支えを失った機体が、床へ沈み込んだ。

 

 

「ちょっと!?」

 

 

ミクが叫ぶ。

次の瞬間、シャッターに巨大な衝撃が加わった。

分厚い金属板が大きく歪み、アルジェンティアが弾き飛ばされる。

 

 

「きゃあッ!? 急に何なのよ!!」

 

 

尻もちをついたアルジェンティアの前で、シャッターの一部が破断した。

隙間から、叫竜たちが身体を押し込もうとしている。

もう長くは持たない。

ゴローは歯を食いしばり、デルフィニウムを立ち上がらせた。

 

 

「ここはもう駄目だ! 中央に向かって走るぞ!!」

 

 

イチゴは返事をしなかった。

けれど、ゴローの操作に応じて機体は動き始めた。

ジェニスタが先頭に立ち、アルジェンティアが後方を警戒する。

三機は崩れかけた防護シャッターを背に、中央の広場を目指して走り出した。

背後では、ついに金属板が破壊される音が響いた。

叫竜の群れが、追ってきていた。

 

 

 

─────

 

 

 

プランテーションの一区画。

巨大なハッチが、低い駆動音とともに開いていく。

その奥に立っていたのは、白と赤を基調とするフランクス。

ストレリチアだった。

機体の各部に灯る光が、起動準備の完了を告げている。

コックピットの中で、ヒロは操縦桿を前にしていた。

先ほどまでの決意は、消えていない。

しかし、いざ搭乗してみると、胸の奥に残っていた不安が再び顔を出した。

ゼロツーが振り返る。

 

 

「……どうしたの?」

 

 

ヒロはすぐには答えられなかった。

視線を落とし、指先を動かしてみる。

目の前にある操縦桿は、確かに自分のものだ。

それなのに、模擬戦で感じた無力感が頭をよぎる。

 

 

「……動かせるかな、俺に……」

 

 

あの時、イチゴと乗ったデルフィニウムは動かなかった。

どれだけ願っても、どれだけ必死に操作しても、機体は応えてくれなかった。

また同じことになったら。

そんな不安が、ヒロの胸を締めつける。

しかし、ゼロツーは笑った。

 

 

「大丈夫さ。ボクとダーリンなら、できる……!」

 

 

青緑色の瞳が、まっすぐヒロを見つめる。

そこには疑いがなかった。

ゼロツーは、自分たちならできると信じている。

その確信が、ヒロの心を少しずつ軽くしていった。

ヒロは操縦桿を握り直す。

 

 

「……ああ、行こう!」

 

 

コネクトが始まった。

二人の意識が接続され、機体の各部へ信号が流れ込んでいく。

ストレリチアの機体フェイスに、ゼロツーの顔が浮かび上がった。

瞳が開く。

次いで、腰部のバーニアが激しく噴射した。

機体が浮き上がり、開かれたハッチの向こうへ飛び出した。

ストレリチアは一気に高度を上げる。

青空の下、その白い機影は採掘現場へ向けて加速していった。

 

 

◇

 

 

ブリーフィングルームのモニターには、飛翔するストレリチアの姿が映っていた。

ミツルは、それを黙って見つめていた。

自分ではなく、ヒロが選ばれた。

その事実が、胸の奥に重く沈んでいる。

やがて彼は、ナナへ向き直った。

 

 

「……なんでヒロに出撃を許可したんですか」

 

 

ナナは画面から目を離さなかった。

 

 

「戦略的判断よ。ヒロが言った通り、あなたがゼロツーと乗って無事でいられる保証は無いわ。ストレリチアはそれほどまでにリスクの伴う機体なの」

 

 

ミツルの眉が動く。

 

 

「それに、ヒロは無意識だったとはいえ一度ストレリチアで叫竜を撃退した事実がある。彼の言葉通り、肉体的ダメージも負わずにね」

 

「ですが…… その後の模擬戦では、彼はまともにデルフィニウムを動かすことすらできなかったんですよ?」

 

 

反論は、ほとんど間を置かずに飛び出した。

ナナの説明は理解できる。

理解できるからこそ、納得したくなかった。

ヒロは失敗した。

それも、皆の前で。

なのにどうして再び機会を与えられるのか。

ナナはストレリチアの機影を見つめたまま答えた。

 

 

「そうね……だからこそ、これでハッキリするわ。ヒロのパラサイトとしての真価が」

 

「……ッ」

 

 

ミツルは唇を噛んだ。

それ以上、言葉が出てこない。

 

 

(どうして……どうしてあんな奴が、期待されるんだ……!!)

 

 

胸の内側で、抑え込んできた感情が激しく暴れていた。

かつて憧れた存在。

自分が追いつきたいと願った相手。

そのヒロが、今は再び皆の期待を集めている。

ミツルは拳を握り込んだ。

傍らのイクノは、その横顔を見つめていた。

何か声をかけるべきなのかもしれない。

けれど、今のミツルに何を言えば届くのか、分からなかった。

結局、イクノは何も言えずにモニターを見つめた。

 

 

◇

 

 

地下採掘施設では、Aチームの三機が中央広場へ向かって走り続けていた。

背後から迫る足音は、少しも遠ざからない。

むしろ、数を増しているようにさえ聞こえた。

ジェニスタが先頭を走る。

デルフィニウムとアルジェンティアが、その後を追う。

やがて通路の先が開け、巨大な昇降設備のある中央空間が見えてきた。

 

 

「ストレリチアが来るまでなんとか──」

 

 

ゴローが言いかけた、その時。

先頭のジェニスタが急停止した。

後続の二機も慌てて減速する。

装甲同士が軽くぶつかり、鈍い音が響いた。

何が起きたのか。

ゴローが正面を見た瞬間、言葉を失った。

広場には、無数の叫竜がいた。

床を埋め尽くす小型の群れ。

至るところで丸い身体が蠢いている。

 

 

「こ...この数は無理だよ......」

 

 

フトシの声が震えた。

逃げ道を探して視線を巡らせたアルジェンティアが、別の通路の奥に何かを見つける。

暗闇の中から、巨大な影が近づいてきていた。

周囲の小型個体とは比べものにならない大きさ。

四方へ裂けた口を持つ、異様な叫竜だった。

 

 

「ちょっと、リーダー......どうすんのよ......!」

 

 

ミクがイチゴへ呼びかける。

しかし、返事はなかった。

イチゴは目の前の光景を見つめたまま、動けなくなっていた。

 

 

(……アタシがあそこで余計なこと考えなかったら、こんな事態にはなってなかったかもしれない……ストレリチアも間に合って……アタシは、リーダー失格だ...)

 

 

自分が動揺したせいで、デルフィニウムが止まった。

シャッターを支えきれなくなり、仲間たちは追い詰められた。

もし、あの時の自分が冷静でいられたなら。

後悔が次々と押し寄せ、目の前の状況を考える余裕を奪っていく。

大型叫竜が迫り、巨大な口が開く。

デルフィニウムを呑み込もうとするように、身体を前へ傾ける。

逃げなければ。

そう思っても、イチゴの意識は機体へ十分に伝わらなかった。

その瞬間、轟音が響いた。

大型叫竜の身体が、上から押し潰されるように歪む。

巨大な影が、その頭上へ降り立っていた。

白と赤の装甲。

長い槍。

そして、特徴的な機体フェイス。

 

 

「「「ストレリチア!!」」」

 

 

三機の声が重なった。

叫竜の巨体が崩れ、その衝撃で周囲の機体も床へ倒れ込む。

イチゴは信じられない思いでストレリチアを見上げた。

 

 

「ヒ...ヒロなの......!?」

 

 

機体から声が響く。

 

 

「みんな!!無事か!?」

 

 

聞き慣れた声だった。

幼い頃から、何度も耳にしてきた声。

イチゴの胸に、熱いものが込み上げた。

 

 

「ヒロ!!」

 

 

安堵と喜びが、涙になりそうだった。

だが、ストレリチアは立ち止まらない。

腰部スラスターを噴射し、デルフィニウムのすぐ傍を駆け抜ける。

すれ違う瞬間、機体フェイスに浮かんだゼロツーの表情が、イチゴの視界を横切った。

どこか勝ち誇ったような笑み。

それを見たイチゴの胸に、複雑な感情がよぎる。

しかし、考える間もなくストレリチアは敵へ突進していた。

槍が閃く。

小型叫竜の身体を貫き、その奥のコアを粉砕する。

続けざまに機体を旋回させ、別の個体へ刃を突き立てた。

一撃ごとに、叫竜が動きを止めていく。

まるで、これまで苦戦していた敵が別の生き物になったかのようだった。

 

 

「す...すげー」

 

 

ゾロメが呆然と呟く。

自分たちが必死に戦っても倒しきれなかった相手を、ストレリチアは次々と撃破している。

その光景に見入っていると、ハチから通信が入った。

 

 

「その場はストレリチアに任せ、Aチームも地上で待機せよ」

 

 

ゴローは頷きかけた。

だが、すぐに別の仲間たちのことを思い出す。

 

 

「待ってください、ナオミたちはどうしたんですか!」

 

「安心して、Bチームにも同じ命令を出したところよ」

 

 

ナナの返答を聞き、ゴローはようやく肩の力を抜いた。

ナオミたちも無事なのだ。

少なくとも、撤退命令を受けられる状況にはある。

ゴローはイチゴへ声をかけ、機体を昇降設備へ向かわせた。

三機はストレリチアに戦場を託し、地上へ戻るための架台へと進んでいった。

 

 

 

─────

 

 

 

少し時間を遡り、Aチームがアルジェンティアを運びながら撤退していた頃。

別の地下区画では、Bチームの三機が大型叫竜との戦闘を続けていた。

広間の床には、深い爪痕がいくつも残されている。

グラジオラスが敵の周囲を駆け、ダリアとアイリスが援護射撃を重ねる。

ナオミの指示によって連携は安定していた。

しかし、大きな問題が残っていた。

コアの位置が分からない。

クロは機体を急加速させ、叫竜の側面へ斬り込んだ。

斬撃により外殻に傷が刻まれる。

だが手応えが無く、装甲を切り裂いたものに過ぎなかった。

コアへ届いた感触はない。

叫竜が鎌を振り上げる。

クロは即座に機体を後退させ、攻撃範囲から離脱した。

 

 

「もー!コアはどこなの!!」

 

 

苛立ちを隠さない声が回線に響いた。

ナオミも同じ疑問を抱いていた。

 

 

(さっきからライフルで撃っても浅い穴しかできてない。試しに開いた口の中を撃ってみたけど、効果は殆どなかった)

 

 

敵の外殻は厚い。

通常の射撃では、十分な深さまで貫通できない。

しかし、クロの剣は確かに装甲を切り裂いている。

ナオミはライフルの照準を調整し、再び引き金を引いた。

光弾が敵へ向かう。

その一発が、偶然にもグラジオラスの残した傷へ命中した。

外殻が大きく抉れる。

先ほどまでとは明らかに違う。

傷の内部へ、深い穴が穿たれていた。

ナオミの目が、その一点に釘づけになる。

クロの剣で外殻を切り開き、そこへ射撃を集中させれば。

もしかすると、コアまで届く。

 

 

「二人とも、作戦を変えるわ!クロは叫竜に攻撃し続けて!ツグミはクロが作った切り傷に射撃して!」

 

 

二人の反応は早かった。

 

 

「それで、ナオミはどうするんだ?」

 

「私が開いた傷に打ち込んで、コアを破壊する!」

 

「なるほど、そういうことか!」

 

 

ツグミが納得する。

クロも剣を構え直した。

 

 

「よ〜し、行くよッ!!」

 

 

グラジオラスが駆け出す。

背部ブースターが光を噴き、機体を一気に加速させた。

叫竜が鎌を振るう。

クロはその軌道を見切り、寸前で身体をひねった。

刃が機体のすぐ脇を通り過ぎる。

その隙に懐へ潜り込み、剣を振り抜いた。

外殻が裂ける。

さらにもう一撃。

傷口が広がったところへ、アイリスの攻撃が集中した。

ガトリング砲の光弾が、同じ箇所へ絶え間なく叩き込まれる。

続いて、ミサイルポッドのハッチが開いた。

複数の小型ミサイルが飛び出し、傷の周辺へ着弾する。

爆発が起き、衝撃が叫竜の巨体を揺らした。

外殻にはいくつもの裂傷が残されていた。

その中に他よりも深く抉れた箇所がある。

ナオミは照準を合わせた。

しかし、すぐに違和感を覚える。

深さが足りない。

ここから射撃しただけでは、コアへ届くか分からない。

もっと近づく必要がある。

だが、近づけば鎌の攻撃を受ける危険が増す。

ナオミは一瞬、迷った。

自分が失敗すれば、残されたクロとツグミだけでこの敵を倒さなければならない。

二人を危険にさらしたくない。

けれど、このまま戦い続ければ、消耗するばかりだ。

そしてAチームの状況も分からない。

ナオミは操縦桿を握り直した。

今、決断しなければならない。

ダリアの背部リフター──エアロヴェイルが展開する。

推進器が一斉に点火し、機体が浮き上がった。

次の瞬間、ダリアは叫竜へ向かって加速した。

 

 

「突っ込むのか!?」

 

 

ツグミの驚いた声が飛ぶが、ナオミは答えない。

視線は敵の傷口へ固定されている。

距離が縮まり、叫竜の鎌が動く。

しかし、ダリアは進路を変えない。

ライフルの銃身を前方へ突き出し、その先端を傷の中心へ向けた。

衝突。

鈍い衝撃が機体全体を揺さぶった。

ライフルが外殻の奥へ食い込む。

ナオミは操縦桿を押し込み、さらに機体を前進させようとした。

だが、もう進まない。

これが限界だった。

エアロヴェイルのマグマビーム砲──レイヴァリスが、傷口へ向けられる。

ナオミは照準を確認した。

ここで外せば、次の機会があるとは限らない。

 

 

「当たれええええええ!!!」

 

 

アルヴェリオンとレイヴァリスが、同時に火を噴いた。

眩い閃光が叫竜の身体を貫いていく。

外殻の内部を焼き、奥深くへと突き進む光。

やがて反対側の装甲を突き破り、光線が広間の壁面へ到達した。

轟音が止む。

ナオミは荒い呼吸を繰り返していた。

叫竜の巨体が、ゆっくりと傾き始めた。

外したのか。

ナオミは慌ててライフルを引き抜き、ダリアを後退させた。

開いた風穴の奥を確認する。

そこには、砕けたコアの残骸があった。

半分ほどが失われ、残った部分にも深い亀裂が走っている。

叫竜の身体から力が抜けた。

巨体が床へ倒れ込み、重い振動が広間を伝わっていく。

 

 

「や、やったのか?」

 

 

ツグミの声には、まだ疑いが残っていた。

ナオミはモニターを確認した。

敵の反応は消えている。

 

 

「倒せたよ。コアが半分かけていたからね」

 

「や、やったあああああ!!」

 

「ぃよっしゃあああああ!!」

 

 

クロとツグミの歓声が重なった。

ナオミもようやく笑みを浮かべた。

全身から力が抜けそうになる。

しかし、まだ任務は終わっていない。

ハチからの通信回線が開いた。

 

 

『残りはストレリチアに任せ、Bチームは地上で待機せよ』

 

「了解」

 

 

ナオミは即座に応じた。

 

 

「地上へ戻るよ。クロ、ツグミ」

 

 

三機は戦闘態勢を解き、来た道へ向き直った。

その途中、クロが小さく声を漏らす。

 

 

「イチゴたち、大丈夫かな」

 

 

先ほどまで返事のなかった通信。

そのことが、まだ気になっているのだろう。

ツグミは明るく答えた。

 

 

「大丈夫だろ。向こうにはストレリチアが来たんだ、なんとかなるだろ」

 

「たしかに〜」

 

 

クロの返事は、いつもの調子だった。

ナオミはそのやり取りを聞きながら、少しだけ考え込む。

ストレリチアが出撃した。

ということは、誰かがゼロツーと搭乗している。

一体、誰なのだろう。

頭に浮かんだのは、幼い頃から知っている少年の顔だった。

ナオミはその考えを振り払うように、軽く首を振った。

今は地上へ戻ることが先だ。

ダリアを歩かせ、前を行くグラジオラスとアイリスの後に続いた。

 

 

◇

 

 

中央広場では、ストレリチアが戦い続けていた。

Aチームの三機が昇降設備へ向かった後も、叫竜の群れは絶えず押し寄せてくる。

しかし、その勢いはストレリチアの前で次々と断ち切られていた。

槍が振るわれ、コアが砕ける。

機体が跳躍し、別の敵へと向かう。

一連の動作にはほとんど淀みがなかった。

コックピットの中で、ヒロは身体の奥から湧き上がる感覚に圧倒されていた。

 

 

(動いてる...乗れてる...!俺、フランクスに!!)

 

 

夢ではない。

自分の操作に、機体が応えている。

腕を動かせば、ストレリチアの腕が動く。

進もうと思えば、機体は前へ進む。

あれほど遠く感じていた戦場に、今、自分は立っている。

ゼロツーもまた、ヒロとの繋がりを楽しんでいた。

 

 

(そうさ、これがダーリンの力!いいよ...やっぱりキミが、ボクのダーリン...!!もっとだ、もっとキミを味合わせて......)

 

 

彼女の口元に、満足げな笑みが浮かぶ。

二人の意識は、戦闘を重ねるほど深く結びついていくようだった。

敵の群れを一通り倒し終え、ヒロは呼吸を整えようとした。

しかし、通路の奥から再び足音が響く。

暗闇の中に、無数の小型叫竜が現れた。

 

 

「まだこんなにいるのか...!」

 

 

ヒロが呟く。

ゼロツーは、楽しげに振り返った。

 

 

「怖気付いちゃった、ダーリン?」

 

 

ヒロは笑った。

疲労はある、それでも今は戦えるという実感の方が強かった。

 

 

「大丈夫......やれる!!」

 

「ヘェ......いいね、さすがダーリン」

 

 

ゼロツーの声が弾む。

 

 

「じゃあボクも、ちょっと本気出してみようかな」

 

 

その言葉とともに、ストレリチアの雰囲気が変わった。

機体フェイスに浮かぶゼロツーの笑みが、どこか妖しく深まる。

次の瞬間、ヒロの胸が強く脈打った。

視界が一瞬揺れる。

自分の身体の感覚と、ストレリチアの動きが、これまで以上に鮮明に重なり始めた。

境界が薄れていく。

どこまでが自分で、どこからがゼロツーなのか。

その区別が曖昧になっていくような感覚。

普通なら恐ろしくなるはずだった。

 

 

「でも、嫌じゃないッ!!!」

 

 

ゼロツーの瞳が細められる。

 

 

「ボクも感じてるよ......ダーリンの匂い、味......ゾクゾクするよ」

 

 

彼女の声には、隠しきれない高揚が滲んでいた。

二人の意識が、さらに深く重なる。

 

 

「......行こう!!」

 

「ああ!!!」

 

 

ストレリチアが地面を蹴った。

白い機体が加速し、叫竜の群れへ突入する。

槍が次々と敵を貫き、コアを粉砕していく。

その動きは、先ほどまでよりもさらに鋭く、激しいものになっていた。

 

 

◇

 

 

ブリーフィングルームの大型モニターには、ストレリチアの戦闘映像が映し出されていた。

叫竜の群れが次々と撃破されていく。

その圧倒的な戦闘力を前に、室内の誰もが言葉を失っていた。

ミツルは画面を睨みつけていた。

奥歯を強く噛みしめる。

自分が乗るはずだった。

そう思うたび、胸の奥で嫉妬が燃え上がる。

イクノは口元へ手を当て、信じられないものを見るように呟いた。

 

 

「強い......これがヒロの力...?」

 

 

ナナは腕を組んだまま、戦闘データを確認していた。

 

 

(かつて神童と呼ばれた人の力が、ストレリチアによってここまで引き出されるなんて......でも)

 

 

ヒロの能力が発揮されている。

それは確かだった。

しかし同時に別の問題も見えていた。

それは、ヒロにかかっている負荷。

ハチが低い声で呟く。

 

 

「このままでは......」

 

 

ナナは短く頷いた。

 

 

「......ええ」(やりすぎよゼロツー。ヒロを壊すつもり?)

 

 

モニターの中では、ストレリチアがなおも敵を倒し続けていた。

その姿は、頼もしくもあり、恐ろしくもあった。

ナナは画面から目を離せなかった。

 

 

◇

 

 

ストレリチアの周囲には、倒された叫竜の残骸が散乱していた。

小型の群れは、ほぼ殲滅されている。

しかし、通路の奥から新たな影が現れた。

先ほどよりも大きな反応。

四本の鎌状の脚を持つ、大型叫竜だった。

 

 

「...まだいたんだ...デカイヤツ......」

 

 

ゼロツーが呟く。

ストレリチアを動かそうとした。

しかし、機体が反応しない。

一瞬の遅れ。

それだけで、戦況は変わった。

大型叫竜の鎌が振り下ろされる。

ストレリチアの装甲に激しい衝撃が走り、機体は床へ叩きつけられた。

コックピットが大きく揺れる。

ゼロツーが声をかけた。

 

 

「......どうしたの、ダーリン?反応鈍ったよね?」

 

 

ヒロは胸元を押さえていた。

心臓のあたりが、焼けるように痛む。

呼吸が乱れ、額に汗が滲む。

それでも、彼は操縦桿から手を離さなかった。

 

 

「......ごめんゼロツー、油断した......」

 

 

痛みを押し殺し、前を見る。

大型叫竜が迫っている。

ここで止まれば、仲間たちを救うために飛び立った意味がない。

ヒロは歯を食いしばった。

 

 

「でも......ここからだ!!」

 

 

ゼロツーが笑う。

 

 

「いいねダーリン、その調子...!!」

 

 

ストレリチアが立ち上がる。

槍を握り直し、迫る鎌を迎え撃つ。

鋭い一閃。

巨大な脚が切断され、叫竜の身体が大きく傾いた。

その隙を逃さず、ストレリチアは前進する。

槍の穂先が、敵の外殻へ突き刺さった。

腰部と背部のスラスターが、限界まで噴射する。

床を震わせるほどの推進力。

叫竜の巨体が、槍に押し上げられていく。

ヒロは操縦桿を握りしめた。

ゼロツーもまた、機体の動きへ意識を集中させる。

二人の声が重なった。

 

 

「「おおおおおおおおお!!!」」

 

 

ストレリチアが跳躍する。

巨大な叫竜を槍で貫いたまま、天井へ向かって一気に上昇した。

装甲が軋む。

叫竜の身体に亀裂が走る。

そして、槍の先端がコアへ到達した。

眩い閃光。

硬質な核が砕け散る。

ストレリチアは、叫竜の巨体を貫いたまま空高く舞い上がった。

その白い機影は、ひときわ鮮やかに輝いていた。

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