ラマルク・クラブの円卓では、今日も七賢人による会議が行われていた。
部屋の中央にはホログラムで立体メーターが揺らめき、その背後にある巨大モニターには、各地で繰り広げられている激しい戦闘の映像がリアルタイムで映し出されている。
重苦しい沈黙を破り、賢人の一人が口を開いた。
「ここ最近、叫竜の動きが活発になり各地で現れるはずのない大型個体が発生しているという報告が来ている」
「今のところ
副主席が言葉を継ぎ、軽く息をついてから静かに言葉を重ねた。
「だが彼らにはやるべきことが残されている」
言葉の意図を察した首席が、静かに核心へ切り込む。
「さて、ストレリチアの処遇...どうしたものか」
「先の戦闘、興味深いデータではありました」
小柄な賢人が淡々と所感を述べると、間髪入れずに別の賢人が冷淡に遮った。
「だが所詮は汚れた血の特殊検体。これ以上、あの娘と関われせることに意味はない」
「いかにも、これ以上博士の気まぐれに付き合うのは得策ではない」
女性の賢人が厳格な声を響かせ、同調する。会議室にふたたび不穏な空気が満ちる中、副主席が首席へと問いかけた。
「......いかがいたしましょう」
円卓の頂点に座す首席は、しばらく思案したのち、重々しく命じた。
「......
─────
館内にけたたましい警報音が高らかに鳴り響き、無機質なアナウンスが室内に通達された。
『本都市はこれより、第26都市とのキッシングを行います。繰り返す──』
アナウンスを聞いたコドモ達はミストルティンの大きな窓辺に自然と集まり、都市と都市を繋ぐように伸びていく巨大な大型パイプの連結作業を息をのんで見つめていた。
その光景を眺めながら、ヒロは一人、胸の奥で思索にふける。
(『キスとは特別なこと』初めて会ったゼロツーが教えてくれた。オトナはキスをするのだろうか......?だとしたら、プランテーション同士がこうして出会うことをキスに例えたのは...一体、誰だったんだろう......)
ふと、パイプを凝視していたゾロメが声を上げた。
「なあ、キッシングって要するに何なんだ?」
「あ、それ私も気になってた」
クロがすささっと隣に寄って同意すると、ミクが呆れたように肩をすくめた。
「あんたら、何も知らないで見てたの?」
「うるっせえ、バーカ!」
悔しそうに顔を歪めて言い返すゾロメに対し、ミクはフンと胸を張って勝ち誇ったような笑みを浮かべる。だが、ゾロメも黙ってはいない。
「そういうお前はどうなんだよ!」
「ぅえ?」
予想外の矛先にミクは一瞬戸惑いの声を漏らしたが、すぐに咳払いをして胸を張った。
「ふ、2つのプランテーション同士がくっつくことでしょ?」
「それだけじゃないわ」
ココロが優しく微笑みながら、諭すように口を開いた。続けてイクノが補足する。
「プランテーション同士でマグマ燃料の受け渡しをするの、あのパイプからね」
「燃料がないと、オトナも僕たちも生きていけないですから。フランクスやフランドールだって動かせません」
ミツルの淡々とした説明を聞き、ゾロメはパッと表情を明るくした。
「じゃあこれで一安心じゃん!」
「でもないんだ。この規模の燃料の受け渡しは、大量の叫竜を呼び寄せることになるんだ」
ゴローが真剣な面持ちで釘を刺すと、ゾロメは一転して目を丸くする。
「マジで!?」
「大量...か...」
「ええ〜」
フトシが不安そうに呟き、ツグミもうんざりしたように肩を落とした。
不穏な空気が広がりかけたその時、ヒロが静かな、しかし力強い声をかけた。
「大丈夫だよ」
一瞬で全員の視線がヒロへと集中する。ヒロはみんなを見渡し、頼もしい笑みを浮かべた。
「みんなで力を合わせれば、今はストレリチアだって力になれる」
「......ヒロ...」
ゴローはどこか驚いたような表情を浮かべ、言葉を失う。
イチゴはヒロからすっと視線を外し、窓の外で繋がっていくパイプを見つめながら言葉を合わせた。
「そうだね、ヒロの言うとおりだ」
輪の中で、ナオミは一言も口を発しなかった。ただ、ヒロの過剰な前向きさと、それを見つめるイチゴとゴローのどこか影のある表情に、胸の奥でかすかな違和感を抱いていた。
一方、クロはツグミの隣へ歩み寄ると、ひそひそと尋ねた。
「ねえ、ツグミはこのこと知ってた?」
「え?ああ......半分知ってたよ」
突っ込まれたツグミは、少し罰の悪そうな顔をしながら頭をかいた。
─────
キッシング作業に伴う特有の微振動が収まり、連結の完了を感じ取ったコドモ達は、それぞれ寄宿舎へ戻ったり、中庭で遊んだりと、次第にバラバラに散っていった。
だが、賑やかに散集していく一同から離れ、イチゴ、ナオミ、ゴローの三人は寄宿舎の玄関前に集まっていた。
他のみんなの目を気にするようにどこか硬い表情を浮かべたまま、三人は言葉を交わし始めていた。
「ヒロは?」
「早めに休みたいから、先に風呂入るってさ」
イチゴが心配そうに眉をひそめる。その隣にはナオミもいた。
「やっぱり、調子が悪いのかな……」
イチゴの呟きに、ゴローも表情を曇らせる。
「ゼロツーと二回も乗ったんだ。本人は大丈夫だって言ってたけど……」
「私も、少し気になっているの」
ナオミが二人の会話に加わる。彼女もゴローやイチゴと同じように、ヒロの様子がいつもと違うことを心配していた。
「この前の戦闘のあと、少し無理をしているように見えた気がして……あんなに無茶な乗り方を続けて、本当に平気かしら」
ヒロを想うナオミたちの、とりとめのない懸念が交わされていた、その時だった。
カツン、と。
聞き慣れない足音が響いた。
「へえ、ここが13都市か。やっぱりどこも代わり映えはしないね」
不敵で、どこか全てを見透かしたような、優雅で高い声。
驚いてイチゴたちが入り口へ目を向けると、そこには眩いばかりの純白の制服を身に纏った、金髪の少年が立っていた。
「なっ……誰だ!?」
ゴローが咄嗟に声を張る。
だが、彼らの視線は、少年のすぐ後ろに控える「もう一つの影」に釘付けになった。
少年の背後からゆっくりと姿を現したのは、華奢で中性的な者が多い彼らの中で、明らかに異質な存在感を放つ、頑強で大柄な体躯を誇る男。彼は軍人のように隙のない佇まいで直立し、寡黙にその場を威圧している。
動揺する一同を前に、金髪の少年は親しみやすげな笑みを浮かべて胸に手を当てた。
「驚かせて悪かったね。僕は
アルファはそう言って滑らかに自己紹介を済ませると、その場にいるイチゴ、ゴロー、そしてナオミを値踏みするように見渡した。
その横で、大柄なゼータは一切口を開かず、ただ規律正しく無言のまま深く一礼する。その一挙手一投足に、三人は息を呑む。
アルファの唇が、さらに愉悦を帯びて歪む。
「ところで──うちのじゃじゃ馬、
「
ゴローがその名をなぞるように、低く呟いた。
「聞いたことのないコードだ。それに、さっきの言葉……」
「APE直属、親衛部隊……『
「おや」
アルファは意外そうに目を丸くし、それから可笑しそうにクスリと笑った。
「ゼロツー、だって? へえ、そんな風に呼ばれているんだ。せっかくパパたちから
アルファの軽薄とも言える態度に、ゴローは警戒の度合いを強めながら問いかける。
「......ゼロツーに会いに来たのか?」
「まさか。あの子の顔なら嫌というほど見てきたからね。僕たちが来たのは、ここのリーダーと少しお話がしたくてね」
アルファの視線が、リビングの面々を舐めるように動く。
その言葉を受け、イチゴが一歩前に出た。自らの小さな胸に手を当て、毅然とした態度で告げる。
「私が、ここのリーダーよ。」
イチゴを見つめたアルファは、一瞬の沈黙の後、吹き出すように笑った。
「ハハッ、君が? ずいぶんと小さくて可愛いリーダーだね。僕から見れば、そっちの彼の方がよっぽどリーダーらしく見えるけど?」
「なっ……!」「なんですって……!?」
アルファの無礼な物言いに、イチゴの顔が屈辱で紅潮し、隣にいたナオミもまた、怒りを露わにして身を乗り出そうとした。部隊をまとめようと懸命に努力しているイチゴを愚弄されたことが、ナオミには許せなかった。
だが、二人が反論の言葉を紡ぐよりも早く、重厚な低音が響いた。
「──
声の主は、それまで微動だにせず控えていたナインラムダだった。
大柄な体躯から放たれる地響きのような声が、アルファの言葉を明確に咎める。ラムダは冷徹な瞳をアルファへと向け、淡々と告げた。
「彼女は第13部隊の統括を任されたピスティルだ。この部隊では二人しかいない二桁台。外見のみで侮るな、足をすくわれるぞ」
秩序を最優先するゼータにとって、公式の役職や実績を軽んじるアルファの冗談は、看過できないもの。図らずもそのフォローによって、イチゴとナオミは毒気を抜かれたように目を見開く。
「おっと、これは失礼」
アルファは肩をすくめ、軽く両手を挙げてみせた。
「
口先だけで全く反省していない様子で謝罪を済ませると、アルファは急にその表情から笑みを消した。昏い光を宿した瞳が、イチゴたちをまっずぐに見据える。
「……話を戻そうか。君のために一つ忠告しておくよ、
その名が出た瞬間、場の空気が一段と張り詰める。
「君たちも『パートナー殺し』の噂くらいは聞いているだろう? 僕が知る限りでも、これまでに100人以上のステイメンが、あの子の生命を吸い取る呪によって、使い捨てられていった」
「ひ、100人……!?」
動揺する彼女たちを見下ろしながら、アルファは冷酷な事実を告げるように言葉を紡ぐ。
「そうさ。アレは、並の部隊で手に負えるような代物じゃない。人間の皮を被っただけの──バケモノなんだよ」
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