デビル・イン・ザ・フランドール   作:かるご

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純白の来訪者

ラマルク・クラブ。

今日もこの場で七賢人による会議が開かれていた。

広大な会議室を満たすのは息苦しいほどの静寂。

円卓を囲む七つの席には、白い装束に身を包んだ賢人たちが、それぞれ微動だにせず腰を下ろしている。

彼らの顔は仮面によって覆い隠され、その奥にどのような感情が宿っているのかを窺い知ることはできない。

円卓の中央には、複数のホログラムが光を放ちながら浮かんでいた。

刻一刻と変動する数値。

各プランテーションの位置を示す立体地図。

そして、背面に浮かぶモニターには、世界各地で繰り広げられている叫竜との戦闘映像が映し出されていた。

荒れ果てた大地を進撃するフランクスの部隊。

地中から次々と姿を現す叫竜たち。

爆炎と土煙の中で交錯する光が無機質な会議室を断続的に照らしている。

その光景を前にしても、賢人たちの態度に動揺は見られなかった。

やがて、重苦しい沈黙を破るように、一人の賢人が口を開いた。

 

 

「ここ最近、叫竜の動きが活発になり各地で現れるはずのない大型個体が発生しているという報告が来ている」

 

 

その言葉に応じ、中央のホログラムが切り替わる。

各地に点在する赤い光点。

それらのいくつかは、通常の出現予測区域から大きく外れた場所に表示されていた。

 

 

「今のところ9's(ナインズ)が対処にあたっている。」

 

 

副主席が静かに告げた。

モニターには、白を基調とした機体が叫竜を迎撃する映像が映し出される。

しかし、その戦果を確認しても、副主席の口調が和らぐことはなかった。

 

 

「だが彼らにはやるべきことが残されている」

 

 

その言葉を境に、会議室の空気がわずかに変わった。

各地の叫竜への対処。

それだけが、ナインズに課せられた任務ではない。

円卓の最奥に座す首席が、ゆっくりと顔を上げた。

 

 

「さて、ストレリチアの処遇...どうしたものか」

 

 

中央のホログラムに、新たな映像が投影される。

先日、プランテーション13で行われた戦闘の記録だった。

圧倒的な数の叫竜を相手に、槍を振るい、戦場を駆け抜けるその姿。

そして、機体の駆動記録に紐づけられた二人のパラサイトの情報。

コード002とコード016。

 

 

「先の戦闘、興味深いデータではありました」

 

 

小柄な賢人が抑揚のない声で所感を述べる。

しかし、その言葉を遮るように、別の賢人が口を開いた。

 

 

「だが所詮は汚れた血の特殊検体。これ以上、あの娘と関われせることに意味はない」

 

 

そこには、対象を一人の人間として扱おうとする気配すらなかった。

ただ利用価値のあるものか。

あるいは、切り捨てるべきものか。

彼らにとって重要なのは、それだけであるかのようだった。

 

 

「いかにも、これ以上博士の気まぐれに付き合うのは得策ではない」

 

 

女性の賢人が厳格な声で同意する。

フランクス博士。

ストレリチアと、その特異なパイロットに深く関わる人物。

その名が出ても、円卓の頂点に座す首席は沈黙を保っていた。

賢人たちの視線が、自然と一か所へ集まっていく。

やがて副主席が首席へ向き直った。

 

 

「......いかがいたしましょう」

 

 

問いかけに、すぐさま返答はなかった。

首席はしばらく、その映像を見つめていた。

その仮面の奥で何を考えているのか。

誰にも分からない。

やがて、静かな声が響いた。

 

 

「......9'α(ナインアルファ)、9'Λ(ナインラムダ)を呼び出せ」

 

 

円卓に座す賢人たちは、誰一人として異を唱えなかった。

中央のホログラムが切り替わり、二つのコードが淡く浮かび上がる。

9'α、9'Λ。

世界各地で戦い続ける特殊部隊、ナインズ。

その中から、二人が新たな任務のために選ばれた。

やがて会議室は再び静寂に包まれ、巨大モニターには、何事もなかったかのように各地の戦闘映像が流れ続けていた。

 

 

 

─────

 

 

 

けたたましい警報音が、プランテーション13の館内に鳴り響いた。

続いて、天井に設置されたスピーカーから、感情のない女性の声が流れ始める。

 

『本都市はこれより、第26都市とのキッシングを行います。繰り返す──』

 

その知らせを聞いたコドモたちは、次々とミストルティンの大きな窓辺へ集まっていった。

窓の向こうには、普段とはまったく異なる光景が広がっている。

巨大な移動要塞都市。

第13プランテーションと、接近してきた第26プランテーション。

二つの都市の間では、無数の作業機械が動き回っていた。

重厚な金属音が遠くから響き、都市の外壁に設けられた巨大な接続口から、太いパイプがゆっくりと伸びていく。

まるで二つの都市が、互いへ手を差し伸べているかのようだった。

コドモたちは窓ガラスへ顔を近づけ、その様子を興味深そうに眺めていた。

ヒロもその中にいた。

巨大なパイプが少しずつ距離を縮めていく様子を見つめながら、彼は別のことを考えていた。

 

 

(『キスとは特別なこと』初めて会ったゼロツーが、そう教えてくれた。オトナはキスをするのだろうか......?だとしたら、プランテーション同士がこうして出会うことをキスに例えたのは...一体、誰だったんだろう......)

 

 

その言葉を初めて意識したのは、ゼロツーと出会った時だった。

彼女は、何のためらいもなくヒロとの距離を縮め、知らなかった世界を次々と見せてくれた。

その一つが、キスという行為だった。

特別なこと。

ゼロツーは確かにそう言っていた。

では、今まさに目の前で行われようとしているキッシングも、同じ意味を持っているのだろうか。

ヒロは窓の向こうへ視線を戻した。

無数の金属部品が噛み合い、二つの巨大な都市が一つにつながろうとしている。

その光景には、どこか奇妙な神秘性があった。

 

 

「なあ、キッシングって要するに何なんだ?」

 

 

突然、ゾロメが声を上げた。

彼は窓枠へ身を乗り出し、伸びていくパイプを指さしている。

 

 

「あ、それ私も気になってた」

 

 

すぐさまクロが隣へ寄ってきた。

興味津々といった様子で、ゾロメと同じ方向を見上げる。

二人の反応に、ミクが呆れたように肩をすくめた。

 

 

「あんたら、何も知らないで見てたの?」

 

「うるっせえ、バーカ!」

 

 

ゾロメが即座に言い返す。

ミクは鼻を鳴らし、得意げに腕を組んだ。

その態度が気に入らなかったのか、ゾロメはじろりと彼女を睨む。

 

 

「そういうお前はどうなんだよ!」

 

「ぅえ?」

 

 

思いがけず質問を返され、ミクの表情が固まった。

一瞬、視線が宙を泳ぐ。

 

 

「ふ、2つのプランテーション同士がくっつくことでしょ?」

 

 

自信ありげに言い切る。

だが、その隣から穏やかな声が聞こえた。

 

 

「それだけじゃないわ」

 

 

ココロだった。

彼女は窓の向こうへ目を向けながら優しく微笑む。

すると、イクノが説明を引き継いだ。

 

 

「プランテーション同士でマグマ燃料の受け渡しをするの、あのパイプからね」

 

 

イクノが示した先では、巨大な接続装置が慎重に位置を調整していた。

 

 

「燃料がないと、オトナも僕たちも生きていけないですから。フランクスやフランドールだって動かせません」

 

 

ミツルが淡々と補足する。

その説明を聞いたゾロメは、ぱっと顔を明るくした。

 

 

「じゃあこれで一安心じゃん!」

 

 

しかし、ゴローはすぐに頷かなかった。

窓の向こうを見つめたまま、少し表情を引き締める。

 

 

「でもないんだ。この規模の燃料の受け渡しは、大量の叫竜を呼び寄せることになるんだ」

 

「マジで!?」

 

 

ゾロメの声が裏返った。

先ほどまでの威勢の良さは、どこかへ消えてしまっている。

 

 

「大量...か...」

 

 

フトシが不安げに呟いた。

 

 

「ええ〜」

 

 

ツグミも思わず肩を落とす。

前回の戦闘で、大型叫竜の恐ろしさは身をもって知ったばかりだった。

アイリスの砲撃が通用しなかった瞬間。

敵の攻撃を受け、身動きが取れなくなった時の感覚。

あの光景を思い出すだけで、気が重くなる。

クロも窓の外を見つめ、わずかに表情を引き締めていた。

燃料交換が終われば、都市は再び動き出せる。

しかし、そのために新たな戦いが避けられないのだとしたら。

誰もが、先日の激戦を思い返していた。

その時だった。

 

 

「大丈夫だよ」

 

 

落ち着いた声が、沈みかけた空気を静かに押しとどめた。

ヒロだった。

全員の視線が彼へ集まる。

ヒロは仲間たちを見渡し、穏やかに笑った。

 

 

「みんなで力を合わせれば、今はストレリチアだって力になれる」

 

 

その言葉には、以前のヒロにはなかった確かな前向きさがあった。

かつて、フランクスに乗れなくなった彼は、仲間たちの戦いを見守ることしかできなかった。

しかし、今は違う。

自分にも戦える力がある。

ゼロツーとなら、仲間たちを守れるかもしれない。

そう信じられるようになっていた。

 

 

「......ヒロ...」

 

 

ゴローが、小さくその名を呼んだ。

嬉しくないわけではなかった。

むしろ、ヒロが再び前を向いていることは、誰よりも喜ばしい。

けれど、その言葉を素直に受け止めるには、胸の奥に引っかかるものがあった。

ゼロツーとの搭乗。

パートナー殺しの噂。

そして、ヒロ自身の身体。

昨夜の会話を思い出し、ゴローはわずかに眉を寄せた。

イチゴもまた、複雑な表情を浮かべていた。

ヒロの顔を見つめた後、そっと視線を外す。

窓の向こうでは、二つの都市をつなぐパイプが、ゆっくりと接続口へ近づいていた。

 

 

「そうだね、ヒロの言うとおりだ」

 

 

そう答える声は落ち着いていた。

しかし、その言葉とは裏腹に、イチゴの胸には不安が残っていた。

ヒロが再びフランクスに乗れるようになったことは嬉しい。

だが、そのために命を危険にさらしているのだとしたら。

果たして、それを喜んでいいのだろうか。

ナオミは、そんな二人の様子を静かに見つめていた。

ヒロは笑っている。

以前よりもずっと明るくなったように見える。

けれど、その笑顔が少し気になった。

何かを振り払おうとするような、必要以上に前向きな言葉。

そして、それを聞いたイチゴとゴローの、どこか影のある表情。

ナオミの胸に小さな違和感が残った。

ヒロは本当に大丈夫なのだろうか。

あの戦闘の後から、何となく無理をしているように見える。

だが、今ここで問い詰めることはできなかった。

ナオミは口を閉ざし、もう一度ヒロの横顔を見つめた。

一方、クロはツグミの隣へ歩み寄っていた。

 

 

「ねえ、ツグミはこのこと知ってた?」

 

「え?ああ......半分知ってたよ」

 

 

ツグミは頭をかいた。

キッシングについて、燃料の受け渡しが行われることは知っていた。

しかし、これほど大規模な作業を目にするのは初めてだった。

何より、大量の叫竜を呼び寄せる危険まで、十分に理解していたわけではない。

クロはそんなツグミの顔を覗き込む。

ツグミは少し気まずそうに視線を逸らした。

窓の向こうでは、巨大なパイプが最後の距離を埋めようとしていた。

やがて、重々しい振動が都市全体へ伝わる。

低い金属音。

接続装置が固定される音が、遠くから響いた。

二つのプランテーションが、ついに一つにつながった。

 

 

 

─────

 

 

 

キッシングに伴う微かな振動が収まると、コドモたちは次第に窓辺から離れていった。

ゾロメとミクは相変わらず言い合いを続け、フトシはココロに何やら楽しそうに話しかけている。

クロも、しばらく窓の外を眺めていたが、やがてツグミに声をかけられて歩き出した。

誰もが、いつもの日常へ戻ろうとしていた。

しかし、その輪から少し離れた場所に、三人の姿があった。

イチゴとゴロー。

そして、ナオミがいた。

寄宿舎の玄関前。

行き交う仲間たちの姿が見えなくなるのを待ってから、三人はようやく口を開いた。

 

 

「ヒロは?」

 

 

イチゴが尋ねる。

 

 

「早めに休みたいから、先に風呂入るってさ」

 

 

ゴローが答えた。

その言葉に、イチゴの表情が曇る。

 

 

「やっぱり、調子が悪いのかな……」

 

 

ヒロはみんなの前ではいつも通りに振る舞っていた。

むしろ、以前よりも前向きに見えたほどだった。

それでも、イチゴには気になることがあった。

ほんのわずかな疲れの色。

時折、何かを堪えるように見える表情。

長い付き合いだからこそ、見過ごせない違和感だった。

 

 

「ゼロツーと二回も乗ったんだ。本人は大丈夫だって言ってたけど……」

 

 

ゴローも、落ち着かない様子で呟く。

昨夜、ヒロに直接確かめた。

体調は何ともないと本人は笑って答えていた。

だが、あの時の笑顔を思い返すほど、胸の奥に疑問が残る。

 

 

「私も、少し気になっているの」

 

 

それまで黙っていたナオミが口を開いた。

イチゴとゴローが、彼女へ視線を向ける。

ナオミは少し考えてから、慎重に言葉を続けた。

 

 

「この前の戦闘のあと、少し無理をしているように見えた気がして……あんなに無茶な乗り方を続けて、本当に平気かしら」

 

 

二人は、すぐには答えなかった。

ナオミもまた、ヒロの変化を感じ取っていたのだ。

彼女にとってもヒロは幼い頃からの大切な仲間だった。

フランクスに乗れなくなり、苦しんでいた姿を知っている。

だからこそ、再び戦えるようになったことを喜びたい。

しかし、そのために彼が何かを犠牲にしているのだとしたら。

ナオミは、無意識に胸元で手を握った。

イチゴは俯き、ゴローも難しい顔をしている。

三人とも、ヒロを心配する気持ちは同じだった。

けれど、どうすればいいのか分からない。

本人は大丈夫だと言い張っている。

それを無理に問い詰めれば、せっかく前を向き始めたヒロを傷つけてしまうかもしれない。

そんな迷いが、三人の間に沈黙を落とした。

その時だった。

硬い靴音が、周囲に響いた。

聞き慣れない足音。

三人は同時に顔を上げた。

 

 

「へえ、ここが13都市か。やっぱりどこま代わり映えはしないね」

 

 

軽やかな声だった。

どこか楽しげで、しかし、相手を見下ろすような響きを含んでいる。

玄関の向こうから、一人の少年が姿を現した。

鮮やかな金髪。

整った顔立ち。

そして、身に纏っているのは、純白の制服だった。

その装いは、13部隊のコドモたちが着用しているものとは明らかに異なっていた。

少年はまるで自分の家にでも帰ってきたかのような雰囲気で声をかける

 

 

「なっ……誰だ!?」

 

 

ゴローが咄嗟に声を上げた。

だが、次の瞬間。

三人の視線は、少年の背後へと吸い寄せられた。

そこに、もう一人いた。

金髪の少年よりも、明らかに大柄な男。

広い肩幅。

厚みのある胸板。

鍛え上げられた四肢。

その体格は、目の前の少年とは対照的だった。

彼もまた純白の制服を身に纏っていたが、華奢で中性的な印象を与える少年とは違い、まるで歴戦の兵士のような威圧感を放っていた。

背筋を伸ばし、両腕を自然に下ろしている。

無駄な動きは一切ない。

ただそこに立っているだけで、周囲の空気が引き締まるようだった。

ナオミは思わず息を呑んだ。

何者なのだろう。

少なくとも、普通のパラサイトではない。

そう直感させるだけの存在感があった。

三人の警戒をよそに、金髪の少年はにこやかに微笑んだ。

 

 

「驚かせて悪かったね。僕は9'α(ナイン・アルファ)。APE直属親衛部隊『9's(ナインズ)』のリーダーさ。で、後ろにいるのが9'Λ(ナイン・ラムダ)。パパたちの命で、君たちの様子を見に来たんだ。よろしく」

 

 

 

アルファは胸に手を当て、芝居がかった仕草で軽く頭を下げた。

一方、背後に控えるラムダは無言のまま、深く一礼する。

その動きは正確で、礼節を重んじる軍人のようだった。

しかし、表情はほとんど変わらない。

イチゴは警戒したまま、二人を見比べた。

APE直属親衛部隊ナインズ。

聞き慣れない名前だった。

それでも、彼らが自分たちとは異なる立場にいることは、すぐに理解できた。

アルファはそんな三人の反応を楽しむように、ゆっくりと視線を巡らせた。

そして、口元を吊り上げる。

 

 

「ところで──うちのじゃじゃ馬、9'ι(ナイン・イオタ)はここにいるよね?」

 

「9'α(ナイン・アルファ)……それに、9'Λ(ナイン・ラムダ)……?」

 

 

ゴローが低く呟く。

聞き慣れないコードを、確かめるように繰り返した。

 

 

「聞いたことのないコードだ。それに、さっきの言葉……」

 

 

イチゴの脳裏に、一人の少女の姿が浮かんだ。

 

 

「APE直属、親衛部隊……『9's(ナインズ)』……あなたたち、ゼロツーが前にいたっていう」

 

「おや」

 

 

アルファが目を丸くした。

それから、面白いものでも見つけたかのように笑う。

 

 

「ゼロツー、だって? へえ、そんな風に呼ばれているんだ。せっかくパパたちからι(イオタ)のコードをもらったのに、使いたがらないんだ。」

 

 

その声には、親しみよりも嘲るような響きがあった。

自分たちが『ゼロツー』と呼んでいる少女を、アルファはまるで別のものとして扱っている。

 

 

「......ゼロツーに会いに来たのか?」

 

「まさか。あの子の顔なら嫌というほど見てきたからね。僕たちが来たのは、ここのリーダーと少しお話がしたくてね」

 

 

アルファは軽く手を振った。

そして、三人の顔を順番に眺める。

その視線には、相手を知ろうとする誠実さよりも、品定めするような冷たさがあった。

イチゴは一歩前へ出た。

 

 

「リーダーなら、アタシだけど」

 

 

背筋を伸ばし、アルファをまっすぐに見据える。

相手が何者であろうと、自分は13部隊のリーダーだ。

その責任を、軽く扱われるわけにはいかなかった。

しかし、アルファは一瞬きょとんとした後、堪えきれないように笑い出した。

 

 

「ハハッ、君が? ずいぶんと小さくて可愛いリーダーだね。僕から見れば、そっちの彼の方がよっぽどリーダーらしく見えるけど?」

 

「なっ……!」「なんですって……!?」

 

 

イチゴとナオミの声が重なった。

イチゴの頬が屈辱と怒りで赤く染まる。

ナオミも思わず前へ出かけた。

イチゴがどれほど真剣に部隊をまとめようとしているのか。

ナオミはそれをよく知っている。

先日の戦闘で思うように指揮を執れなかったことを、イチゴ自身が悔やんでいることも分かっていた。

それでも彼女は仲間たちのために前を向こうとしている。

その努力を初対面の相手に笑われる筋合いなどない。

ナオミはアルファを睨みつけ、反論しようと口を開いた、その時だった。

 

 

「──α(アルファ)。不躾な発言は慎め」

 

 

低い声が響いた。

三人は驚いて視線を向ける。

声の主は、アルファの背後に控えていたラムダだった。

それまで一言も発さず、直立していた男。

その彼が、初めて口を開いたのだ。

ラムダはアルファへ顔を向け、厳しい眼差しを注いでいた。

 

 

「彼女は第13部隊の統括を任されたピスティルだ。この部隊では二人しかいない二桁台。外見のみで侮るな、足をすくわれるぞ」

 

 

言葉は簡潔だった。

しかし、そこには明確な叱責が込められていた。

イチゴは思わず目を見開く。

ナオミも、驚きを隠せなかった。

まさか、同じナインズの一員がアルファを注意するとは思っていなかったのだ。

ラムダは、イチゴへ媚びるような態度を見せたわけではない。

彼女を慰めようとしたわけでもない。

ただ、部隊の指揮を任された者を、外見だけで軽んじることは不適切だと判断した。

それだけだった。

しかし、その一言は、イチゴとナオミの胸に残った。

少なくとも、この男はアルファとは違う。

二人は、そう感じていた。

 

 

「おっと、これは失礼」

 

 

アルファは肩をすくめ、両手を軽く上げた。

 

 

「Λ(ラムダ)は相変わらずカタブツだなぁ。悪気はなかったんだ、許しておくれよ、可愛いリーダー」

 

 

その口調には、反省の色がほとんど感じられなかった。

むしろ、ラムダに注意されたことすら楽しんでいるようだった。

イチゴは唇を引き結んだ。

ナオミも、不快感を隠しきれない。

ゴローは二人の間に立つように、わずかに位置を変えた。

その様子を眺めていたアルファが、不意に笑みを消した。

先ほどまでの軽薄な雰囲気が、嘘のように薄れていく。

黄緑色の瞳が、イチゴをまっすぐに捉えた。

 

 

「……話を戻そうか。君のために一つ忠告しておくよ、ι(イオタ)の危険性についてさ」

 

 

イチゴの身体が、わずかに強張った。

ゼロツー。

その名を聞くだけで、ヒロの顔が浮かんでしまう。

昼間、窓辺で仲間たちへ笑いかけていた姿。

ストレリチアに乗れるようになったことを心から喜んでいた姿。

そして、どこか無理をしているようにも見えた横顔。

イチゴは拳を握った。

アルファは、そんな彼女の反応を見逃さなかった。

ゆっくりと、言葉を続ける。

 

 

「君たちも『パートナー殺し』の噂くらいは聞いているだろう? 僕が知る限りでも、これまでに100人以上のステイメンが、あの子の生命を吸い取る呪によって、使い捨てられていった」

 

「ひ、100人……!?」

 

 

イチゴが息を呑んだ。

その数字は、彼女たちの想像を遥かに超えていた。

一人や二人でも、十人でもない。

百人以上。

それほど多くのステイメンが、ゼロツーと搭乗したことで命を落としてきたというのか。

ゴローの表情も険しくなった。

ヒロは、すでに二度ゼロツーと搭乗している。

そして、次の戦闘が訪れれば。

その時、何が起きるのか。

考えたくもなかった。

ナオミは言葉を失っていた。

ヒロの身体に感じていた違和感。

本人は大丈夫だと言っていた。

しかし、もしアルファの話が本当なら。

あの笑顔の裏で、ヒロはすでに何かに苦しめられているのではないか。

そんな考えが、頭から離れなくなった。

三人の表情を眺めながら、アルファはゆっくりと口元を歪めた。

そこには、先ほどまでの親しげな笑みはなかった。

 

 

「そうさ。アレは、並の部隊で手に負えるような代物じゃない。人間の皮を被っただけの──バケモノなんだよ」

 

 

吐き捨てるような言葉が響いた。

イチゴは息を立ち尽くしていた。

ゴローは眉を寄せ、ナオミは唇を強く結ぶ。

アルファの言葉をそのまま信じていいのか。

彼が何を目的として、そんな話をしているのか。

それすら分からない。

ただ一つ、確かなことがあった。

ヒロが危険な状況に置かれているかもしれないということ。

そして、目の前に立つナインズの二人が、ただの訪問者ではないということだった。

アルファは三人の沈黙を楽しむように、薄く笑った。

その隣で、ラムダは何も言わずに立っていた。

冷徹な眼差しは、アルファの横顔へと向けられている。

しかし、その表情から何を考えているのかを読み取ることはできない。

純白の制服を纏った、二人の来訪者。

その訪問が、13部隊に何をもたらすのか。

まだ、誰にも分からなかった。

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