手、繋ぐ。人類滅亡間際、救いの二文字は手の中に   作:睦月稲荷

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第十三譜 愛しています

 アッシュは、言葉を嘘で汚すことはない。必ず本音で話している。だからこそ、『いつも通り』ということでそこに言葉の熱はあまりないし、あの『愛』は本物だ。

 けれど、この告白に込められた本音には火傷しそうなほどの『熱』がある。

 ――なぜそれが分かるのか。

 閉ざされたエトナの心の一端に、その熱が伝わったからだ。

 

「始まりは、子供の時かな。キミと〈典火院〉で初めて出会った時のことだ。嫌なことを思い出させてごめんだけど、その頃からキミは嫌われていた。それはもう、僕が引くレベルで――だ」

 

 〈典火院〉に入学したアッシュが最初に目撃したのは、一人ぼっちのエトナに攻撃的な視線をぶつける大人たち。そして、それが『許されている』と本気で勘違いした子供たちの無邪気な悪意だった。

 完全な孤立。目が合おうものなら、悍ましいと言わんばかりに言葉の礫を投げつけられる。中には本物の礫もあった。

 

「周りにいる人は誰も助けてくれない。見渡す限りが敵同然。頼れる人は誰もいない。――なのに、キミのその紅い瞳は炎のように猛々しく激っていた」

 

 一体どれだけの悪意を浴びせられただろうか。一体どれだけの憎悪を向けられたことだろうか。

 なのに、エトナは前を向き続けていた。七歳の女の子が――だ。

 

「だから僕は幼心ながらに思ったんだ『あぁ、なんて美しくて強い心』なんだろうって。『絶対に挫けない』っていうその強い眼差しが僕の心を射抜いたんだよ」

 

 それは、()()()()()()()()()()(アッシュ)に初めて芽生えた熱。

 物心つく前から孤児院で育ち、荒んだ心を持たぬようにと院長から愛情を注がれながら人としての心のあり方を教えられていた。それ自体は成功だ。幼いアッシュは、まるで乾いた砂が水を吸い取るが如く、教えを取り入れていた。

 

 しかし、彼は成長しすぎた。人の心を理解しようとしたことで、消そうとも消せない魂に刻まれた(記憶)が、自分の置かれた状況を全て理解してしまったのだ。

 そこからはもう、心が冷め切った毎日。操り人形の様に『教え』を口に出すだけだった。

 常に心に熱を持ち続ける、輝かしいエトナを見て涙を流すまでは――。

 

「あの瞬間から、僕はエトナのものだ。僕の全てをエトナにあげたいと思ったんだ。どれだけ歳を取っても、たとえこの体がこの世から消えたとしても魂に刻み込んだエトナの輝きとその想いは消えることはない」

「アッシュ……」

「で、それからはキミとの思い出の通りだ。誰も助けてくれないなら、僕が助ける。周りが敵なら僕が味方になる。頼れる人がいないなら、僕が頼れる人になる。そう自分勝手に思って、キミの隣にいてその手を取った」

 

 覆われたアッシュの手から伝わる心の温もり。エトナの本心を覆い隠していた強固な荊の扉(防壁)が、それによって道を開けていく。

 意地を張る()、諦めない()、野望を叶える()、挫けない()、怯える()、自己憎悪する()、そして誰も信用しない()

 他人を威嚇して寄せ付けないそれらが全て道を開けた時、奥にいたのは、目を閉ざし、耳を塞ぎ、小さく縮こまって震えていた幼いエトナだった。

 幼く震えるだけのエトナが、隣にやってきた温もりに気付いた。

 アッシュはエトナの瞳の色を隠す色つきのメガネをそっと外し、真正面から愛する彼女を見つめていく。

 

「その赤い瞳も、直向きに頑張る信念も、努力で掴んだ『能力』も、僕の心を射抜いたその気高い心も、僕はキミの全てを愛おしいと思っている」

「――――」

「キミがその瞳を嫌い、誰もが嫌いになっても、僕だけはその瞳を好きになろう。だって、それが『エトナ・アンデルシアン』なんだから。僕はありのままのキミの全てを愛してる」

「アッ……シュ……」

 

 優しい、優しい、微笑みと共に放たれた愛の告白。存在の肯定。

 気づけば、エトナも幼いエトナも静かに涙を流していた。

 

「私……生きてて、いいの……?」

「当たり前じゃないか。むしろ、ここまで生きていてくれてありがとうって言いたいくらいだよ。そして、僕にこの気持ちを教えてくれてありがとうってね。だから、これからもずっと、僕にキミを愛させてほしい」

 

 本心を覆い尽くす荊の扉はもうない。太陽のように眩しく温かいアッシュの想いが、エトナの心を照らしていく。

 

「それで、どう……かな? 我ながら、かなり重たいこと言ってる自覚はあるんだけど……」

 

 どこか気恥ずかしそうに笑うアッシュだが、エトナからは目を逸らさない。

 そんな青灰色の瞳が、エトナにこれまでのことを思い出させる。

 

「私……は……」

 

 アッシュの告白通り、最初は自分勝手な行動ではあったんだろう。だが、元より人は助け合うものと教えられ、それを実行していたアッシュに同調圧力は通じない。

 最初に手を取られた温もりは今でも覚えている。

 

 ――人の手は、こんなにも温かいんだと。思わず涙を流してしまうほどに。

 

 そこからはアッシュの言った通り。ずっと、エトナが苦しんでいればすぐにアッシュが駆けつけて寄り添ってくれた。

 〈英雄〉になって、『私』を嫌う人たちを見返すっていう無謀で無茶な夢にも付き合ってくれている。

 そんな夢を話せる時点で、エトナにとってアッシュは唯一心を許せる相手になっていたのだ。

 だから、エトナは涙を力強く拭い、想いに応える――

 

「アッシュは『挫けない心』って言ってくれたけど、それは少し違うかな……。多分、アッシュがいなかったら、私の心はもっと早くに壊れてたと思う。アッシュが言う重たいその『想い』があったからこそ、私の支えになった。私が今『ここ』に居られるのもそれのおかげ」

 

 ――居場所はすぐそこにあった。小さいかもしれないけど、とても深く、温もりがあって何もかもが休まる場所。

 この溢れる想いは、言葉に出さずにはいられない。

 

「こんなにも私に寄り添ってくれる人はアッシュだけ……。だったらアッシュの隣が私の居場所だ! 絶対に失くしたくない! 誰にも奪わせない……! そこに居続けることが、私の生きる道……!」

 

 昂る想いの丈をぶつけ、最後にいう言葉は一つ。

 真っ赤にした顔を見合わせ、手を繋いだままエトナは言う。

 

「私も、愛しています――」

 

 その瞬間、眩い白光が修練場を包み込む。

 発動前だというのに〈合力〉の力が、体内に残っていた【邪気】を浄化。麻痺が完全に取れ、二人の身体は全快となった。

 二人を遮るものは、もうなにもない。

 

「ふふっ」

「どうしたの?」

「ううん、今ならなんでもやれそうだなって。アッシュ、早速だけど手を離してもいい?」

「良いよ。寂しいけど、うん、大丈夫。心は繋がってるから」

「じゃあ、一・二の」

「三――」

 

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