手、繋ぐ。人類滅亡間際、救いの二文字は手の中に 作:睦月稲荷
「ねぇ、本気でやるの?」
「もちろん本気も本気だよ。
「そんな屁理屈、許してくれるかな……?」
No.3への依頼、高々に愛を叫ぶ告白からの『今』。修練場の端にいるのに、二人はすっかりこの場の中心。注目の的だった。
そんな悪目立ちする欠陥品二人が今度は何をするつもりなのかと、誰もが手を止めて見ているけれど、そんな視線は二人は気にも止めていない。
眼中に映っているのは、互いの顔だけ。視線を合わせ続ける二人は、手を絡ませたまま二人だけの空間を作り上げていた。
「エトナも分かってるでしょ? 五分はスタートラインだ。僕たちの目標はあくまで今年最初の〈任命式〉。今は七秒も延ばせたけど、そこで終わりだ。現実的じゃない」
「それは……そうね。五分まで延ばせる感覚はあるけど、多分その頃には〈任命式〉は終わってると思う……」
「その感覚は僕も同じだ。保持時間を一瞬で劇的に延ばす方法はもうない。なら、屁理屈でもなんでも別の方法を試すしか道は開けないよ」
その言葉で、エトナも悩んでいた自分にケリをつける。
贔屓目に見ても、互いの戦闘技術は最高レベル。想いも伝え合い、全ての前提条件が整った今、出来ることは時間のかかる修行の積み重ねだけ。それ以外の道はなく、それが正道だ。
けど、人とは違うところからスタートしているエトナ達が同じ道を歩まなければいけない道理はない。
「分かったわ。アッシュを信じる。でも、どうするの? 繋いだまま戦うってこと?」
「そう。【隷獣】を倒した時のあの動き。最後に油断しちゃったとはいえ、あの戦い方自体は間違ってなかったはずだ。ピンポイントで手を離して、即座に繋ぎ直す。僕たちの、僕たちだけの戦闘術だ。それに――」
「時間も三秒から十秒に延びたから、猶予も生まれた」
「その通り。僕たちの〈合力〉の出力なら、十秒もあればすぐに繋ぎ直せるはずだ。もちろん油断しないことが前提だけどね」
〈合力〉を安定させられないとはいえ、二人の出力そのものは【
これまでは失敗ばかりに目を向けていたが、あの時の成功体験は二人に『出来る』と言わしめるだけの自信になっていた。
「とはいえ、手を離すのはあの時の『ここぞ』って時の一瞬だけだ。基本の移動も戦闘も、全部手を繋いだままやるよ」
「戦闘も手を繋いだまま……。そりゃまた……よく、誰もやったことない戦闘術を思い浮かぶわね」
「みんなと同じことをやっても意味がないことはもう身に染みたからね。僕たちのオリジナルを作った方が手っ取り早い。――それとも、出来ないと思う?」
「それこそ冗談。出来るに決まってるじゃない。なんてたって、私たちよ――」
――二人でなら。と、魂を懸けてアッシュを信頼したエトナに怖いものはない。かつてないほど湧き上がる自信が、己を奮い立たせていく。
それはアッシュも同じだ。絡ませた手から伝わるその信頼に顔がほころび、心がまた温かくなる。
そうして生まれた『衝動』をアッシュは行動で示した。
「じゃあ行くよ! レッスンワンだ!」
「うわっ!」
アッシュが左手をエトナの肩に添えると、右手と右足を大きく開いて『リード』する。その咄嗟の動きが
二人一組でやる社交ダンス。高貴な人たちなら全員が身につけている教養だが、自分達のことで精一杯だった二人にそんなものは当然身についていない。
ステップも型も分からず、何もかもが見様見真似。そんな状態じゃ、すぐに足を踏んだりごちゃついたりして笑われるのがオチ。
――そのはずだった。
「は、ははっ! アッシュ! ねぇ、私踊れてる! 踊れてるわ!」
「ふふっ。まだまだ行くよ! そーれっ!」
大胆に大きく踏み出し、優雅に回転。その姿は思わず誰もが見惚れてしまうほどに、麗しかった。
音楽もないのに、アッシュのリードだけで成立するダンス。楽しそうな笑みを浮かべる二人は、邪魔にならない程度に優雅に修練場を回っていく。淀みは一切ない。
――ヒントはイリーナとミツキの超高速組手。お互いのやりたいことを、二人とも理解していた。なら、
それを、言葉に出さずとも想いだけで理解した二人。今の二人は、『想いは言葉にする』という教えすら凌駕していた。
「(右、それから回って重心を転換。エトナの動きたい――いや、動きやすい方向…体の向きは……)」
〈合力〉の本質。手を繋ぐことは、心を繋ぐこととはよく言ったものだ。指先から伝わるエトナの心の動きから発生する筋肉の動き。そしてその先を捉えて、意志から行動に動かす、0.1秒先の未来予測。
アッシュのリードがどんどん鋭くなっていく。
だが――
「(アッシュにばっかりリードさせてどうするの私……! これまでも支えてばっかりだったんでしょ……! そんな自分でいつまでも満足しないの……! 隣にいたいなら、居場所であって欲しいなら――)」
私も! と今度はアッシュの心の
「(ッ!? エトナ!)」
それが分からないアッシュじゃない。驚くアッシュにエトナがニヤリと勝ち気な笑みを浮かべる。アッシュは力を抜き、エトナに自分を委ねた。
「(左に二回ステップ。小回りした後、次にアッシュが大きく動ける場所を――)」
「(あぁ……良いね。こんなにも自分が『軽い』と思ったことは初めてだよエトナ……。君はまた、僕に初めてをくれたんだね。ありがとう。でも、ずっとリードさせっぱなしってのは男が廃るよね)」
また動きが変わる。けれど、今度はアッシュが主体じゃない。
互いに心の動きを読み、やりたいと思ったことを即座にアクションに移す。
リードとフォローの境界線がなくなり、身も心も溶け合っていく。言葉通りの一心同体となり、今の二人は四本の腕と四本の脚を持った一つの美しい生命体だ。
タイムラグはない。澱みなく、美しい動きを繰り返す二人のダンスに、周りの人たちも
今だけは、アッシュとエトナが主役だった。
――楽しい、楽しい、楽しい!!
二人して、見たことのない自然な晴れやかな笑顔。胸の中では充足感と幸せが心地良く弾けて、お互いへの
それらをゼロ距離で感じ取り、溢れ出す愛を再びリードで返す。
手からだけじゃない。心も含めた『
「さぁ、エトナ! ここから一気に『次のパート』にいくよ!」
「えぇ! この動きのまま、【隷獣】を破壊するイメージで戦闘に――」
舞踏を武闘へと移すべく、自然な流れ動きを最適化。
――しようとした、その瞬間。
「うざったいんだよお前ら!!」
誹りと共に、どこからか投げつけられた木剣が、手を繋ぐ二人の間を切り離した。