手、繋ぐ。人類滅亡間際、救いの二文字は手の中に   作:睦月稲荷

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第1掌 繋ぐ手は温かい
第一譜 嫌われし赤眼の少女


「――やば」

「まずい……! 全員、ここから離れて!!」

 

 青みがかった黒髪の男子と赤髪の少女の焦った声と共に、二人の繋がれた手から白い光が破裂音を鳴らして乱反射する。

 散らばる光は壁や床に亀裂を与え、最後に模造長剣を持つ金髪に向かっていった。

 

「ざっけんじゃねぇ!!」

 

 怒号を放ち、緋色の光を纏わせた長剣を白い光の塊に向かって振り下ろす。

 光と光が衝突し、修練場が真っ白に染まった――

 

 

 都市〈アルカ〉は、【テュフォネ】が封印されている【シギラム山】から最も遠い、クネウステラ大陸の奥地に位置する新暦最古の第一都市だ。

 かつて人類を滅亡させようと世界を壊した邪神【テュフォネ】と守った善神〈メテウス〉による神々の戦いの戦場跡。唯一残った大陸に人類が移り住んで436年5月5日。

 

 平穏はまだ訪れていない。

 人類が平穏を手に入れるには、【テュフォネ】の眷属たる【隷獣(ヤツガレ)】を倒し、協力し合って【テュフォネ】を消滅させなければならないのだが――

 

「この、隷獣女!! テメェ、さっきはよくもやってくれたな!」

「あぐっ……!!」

 

 学校――〈典火院《スクール》〉の廊下。硬い純白の壁に、十六歳くらいの赤毛の少女がガタイのいい青年によって勢いよく叩きつけられる。

 前髪を上げ、綺麗に整えられた短い金髪。何もかもをねじ伏せんとする強い意志を感じさせる紺青の三白眼は今、怒りだけを乗せて赤毛の少女を睨んでいた。

 

「……私は、なにもしてない」

「あぁ、テメェはそうだろうよ! どうせまた勝手に〈合力(ごうりき)〉が暴走しただけって言うんだろ!! けど、それとオレが怪我をしかけたのは別問題だ! テメェは未来の英雄たるオレに傷を負わせかけたんだぞ!!」

「……それについてはもう謝ったでしょ。これ以上はもういいじゃない。別に、傷もないんだから。……っていうか、あの程度で傷つくくらいなら【隷獣】と戦ったところですぐ死ぬだけでしょ。……英雄の資格なくなるよ、ハスタ」

「それをテメェが言うんじゃねぇよ隷獣女! そんなにオレを殺したいんだったら、その鬱陶しい前髪で眼なんて隠さないで、正直に【隷獣】を名乗れよな!!」

 

 ぐいっと長い前髪を引っ張られ、少女の真っ赤な瞳が色付きのメガネの隙間から顕になる。

 その瞬間、暴行現場を止めようか躊躇いながら見ていた生徒たちが一斉に少女に向かって嫌悪と憎悪が混じる視線を無遠慮にぶつけた。

 それに、赤毛の少女――エトナ・アンデルシアンは体を震わせる。

 

「いや、やめて……!」

 

 ――エトナ・アンデルシアンは都市中から嫌われている。

 理由は単純明快。人類の脅威たる【隷獣】と同じ真っ赤な眼を持っているから。

 

 あらゆる検査の結果エトナは人間だと証明されているが、都市には【隷獣】によって殺された人が大勢いる。

 そんな彼らにしてみれば、【隷獣】と同じ瞳を持つただの少女は良い怒りの捌け口になっていた。

 

 ひどく傷んだ唐紅色の髪を無理やり三つ編みのおさげで整え、土汚れが目立つ〈典火院〉の女性用制服が彼女の毎日を物語っている。

 だからと言ってエトナを攻撃していい理由にはならないが、正しさで収まるほど人類の悲しみも軽くない。

 

 故に、エトナは長い前髪と色付きのメガネで眼を隠しているのだ。それがあまり意味を成さないと知っていても、そうするしかないから。

 

「ねぇ、ハスタ。もうやめようよ。こんなのに関わってても、良いことなんてないよ。ばっちいし、早くその手離そ? 手、繋ぐならわたしとでしょ」

「いいや、これはケジメだミィシャ。オッフェンデレ家の人間として、人類の先頭に立たなきゃいけないオレは今、ここでこの女を分からせる義務があるんだよ。お前だって分かるだろ」

 

 ハスタと呼ばれた青年の袖を掴んで止めようとする小柄な少女。胡桃色のふんわりヘアに同じ色の垂れ下がった瞳。おっとりとした雰囲気があるが、そんな彼女でもエトナに対する印象は嫌悪しかない。

 それを理解しているからこそ、ハスタは己の行動を正当化する。

 

 収まらないハスタの憤りを一心に浴びたエトナ。ただ、そのいつもの理不尽をぶつけられたことで、怯えていたエトナの心が落ち着きを取り戻す。

 こんな状況は、エトナにとって日常茶飯事。だからって、やり返さない気持ちが生まれないわけじゃないのだ

 

「......殴りたけりゃ殴ればいいじゃない。……暴走させたことは謝ったし、チャラにはなってるはずよ。けど、二発目も殴ったら私も容赦しないから。……そうなったらどうなると思う? ……ねぇ、嫌われてる私と同格の人」

 

 決して屈しないと震えながらも口端を上げ、女性にのみ発現する〈魔力〉を滲ませる。

それを受けて、ハスタも男性のみに発現する〈気力〉を拳に宿らせた。

 

「誰が同格だテメェ! だったらお望み通り、その汚ぇ顔面をぐちゃぐちゃにして実力差ってモンを――」

 

 風を切り裂いて迫る拳。眼を逸らさないエトナ。

 小さな顔が弾ける未来は、高貴な雰囲気を放つ白銀髪の青年がハスタの前に割り込んだことで消滅した。 

 

「その辺で良いだろうハスタ。パートナーの言うことは聞くべきだ。そんな無意味なことをしてもオッフェンデレ家の名に傷がつくだけとは思わないのか?」

「あぁ! コイツが良いって言ったんだから邪魔するなよセヴァドス様よぉ! それでオレを脅してるつもりか! そんなに止めたきゃ王様に泣きついてみたらどうだ!?」

「ちょっハスタ……!? 流石にセヴァドス様にそんな物言いは……!」

 

 怒りに飲まれたハスタのあんまりな物言いにミィシャが今度こそ止めに入る。

 なにせたった今ハスタが喧嘩を売った相手は、人類を支える王族の一人。メーテリウス家の十三王子なのだ。

 ハスタの家――オッフェンデレ家は王家とも繋がりのある名家だが、王家に逆らうことなんて出来やしない。それこそ気分次第で小指一つで吹き飛ぶだろう。

 けれど、当の本人はハスタの怒号を受け流す。

 

「まさか。お忙しいお父様がこの程度のことで動くと思うのかい? これはもっと単純な話だ。――あまり私の視界を汚すなと言っているのだ」

 

 王家の象徴たる極彩色の瞳がハスタを睨みつけ、そこでようやく頭が冷えたハスタがエトナから手を離す。

 重力に従って膝から硬い床に崩れるエトナ。支える人は誰もいなかった。

 ここにエトナを気遣う意識は微塵もない。エトナにとって、この周りにいる人たち全員が実質敵だった。

 ――彼女を助けてくれる人は、ここにはいない。

 

「そもそも、彼女たちが〈合力〉を扱えないなんて今更だろう。授業の一幕であったちょっとしたことを一々怒ったところで疲れるだけだ。彼女がなんであれ、そこまで怒る必要はあるまい」

「邪魔になるってのは怒る理由になりませんかねェ。まともに〈合力〉を扱えない奴が〈外〉に出たところで、オレ達が危険になるだけでしょうが。なら、今のうちに外に出る気概すら無くそうとするのは当然の行いとは――思いませんかッ!」

 

 嗤うハスタがエトナの顔面()に向かって拳を振るう。

 

「あ――――」

 

 内容はともかく、話し合いの場と変化したとエトナを含めて誰もが思った意識の隙。そこをついた不意打ちが、顔面強打という結果になって現れる。

 はずだった。

 

「ッ……!?」

 

 勢いよく迫るハスタの拳は、横から掴まれた手によってエトナの眼前で急停止。

 ハスタが行為を止めた下手人を睨むと、その青みがかった黒髪の男を見て怒りが憎悪へと急速に変化する。

 男を睨むハスタの視線は、ともすればエトナ以上だった。

 けれど、そんな視線を男は意に介さない。

 陽気、天真爛漫、明朗快活。場違いとしか思えない、底抜けに明るい声がエトナの前で奏でられる。

 

「へいへーい! あんまり僕の大切なパートナーをいじめないでくれるかな!」

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