手、繋ぐ。人類滅亡間際、救いの二文字は手の中に   作:睦月稲荷

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第三十七譜 始まり? それとも終わり?

「――――!!」

「〜〜〜〜っ!?」

「――ん……? なんか急に賑わいの声が出てきたね? また別の遺体が運ばれてきたって感じじゃなさそうだ」

「誰か、有名人でもお見舞いに来たのかし……ら――」

 

 『明日』を見据えて誓い合った矢先、下からいくつも聞こえてきた驚愕の声。今度は見ても問題なさそうだと、釣られて下を見た瞬間に二人の眼が『その人達』を捉えるだけの機能と化した。

 思考すら固まり、これでもかと目を見開いている。

 

「――ケラウス王……! それに、ナタリエ女王もこのような場所に来られては御身が穢れまする……! 早く王城へお戻りを……!」

「なにを言う。この〈アルカ〉を守り、人の命を守りし戦士達の魂が眠る場所が穢らわしいものか」

「ケラウスの言う通り。ただ引きこもっていた、わたくし達とは違い彼・彼女たちは勇敢に戦い抜いたのです。それを侮辱することは、たとえわたくし達の身を案じるものだとしても許しませんよ」

「ッ……!! も、申し訳ございません……!!」

 

 従者らしき人を置いて、誰よりも前で死者が眠る道を歩き、人々に高貴な姿を見せる年配の二人。その二人こそが、人類生存の要である現在の王だ。

 ケラウス・メーテリウス王とナタリエ・メーテリウス女王。両陛下は七十を超える年配者だが、それを感じさせない佇まいをしている。

 老練な顔立ちで白銀の髪に白い髭を携えたケラウス王は、その極彩色の瞳を人々に優しく向けている。それは、心を落ち着かせるような深緑の瞳を持つナタリエ女王も同じ。

 橙色の髪色も相まって、ぽかぽかと温もりを感じさせる彼女を見る人々の心は自然と暖かくなっていた。

 

 二人とも清廉潔白が形となった様な真っ白を基調とするゆったりとした服を身に纏いながらも、そこの汚れは一切気にしていない。

 自ら膝を地面に付け、汚れるのも厭わず死に伏せる人々や悲しみに暮れていた人に寄り添っている。

 そんな二人が、ふとエトナ達の視線に気付いたのか、チラリと屋上を見た。

 

「ッ!!」

「やばっ!!」

 

 王を上から見る。

 自分たちがどれだけ不敬なことをしているかを二人の視線で思い出し、エトナたちは動くようになった体で勢いよく頭を下げる。

 咎める様な雰囲気が感じてこないことに、エトナたちはホッとして、恐る恐るゆっくりと屋上の柵から下がった。

 

「驚いた……。まさか両陛下が直々に巡幸されるなんて……」

「雰囲気、凄かったね……。流石は賢王として評されているだけあるっていうか……。うん、『格』が違うね」

 

 目に焼き付いて離れない両陛下の姿。【ラグナマキア】以前の時代の言葉にあった『神々しい』とはまさにこのことだと、二人は理解する。

 メーテリウス家が善神〈メテウス〉の寵愛を最も受け、最初に〈合力〉を見出した一族というのも納得だった。

 

「それより、大丈夫なの? お姿を見られたのは嬉しかったけど、あんな堂々と出歩いてたら……」

「むしろ、そこは大丈夫だから、ここに来てるんだと思うよ。観測所も『外』を全方位監視するようにしてるみたいだし。そんな観測所の力を周りに信じさせる意味でも、両陛下は率先して出歩いているんだと思う」

「王のお墨付きなら――か。確かに、それ以上に安心できる材料はないかもね」

 

 【第八次】の発覚を察知し、被害が広がる前に対処できたのも観測所のおかげ。そして今は、より気を張って彼らは〈外〉を注視している。

 そして、ハスタの推察は正しい。そんな彼らの頑張りを世に知らしめる為の静かな宣伝として、両陛下は今街中を歩いていたのだ。

 

「それに、ここには王家の剣であるオッフェンデレ家――ハスタが入院してるんだ。慰問と一緒に論功行賞でも与えにきたんじゃない?」

「……確かにあり得るかも。じゃあ、もしかしてハスタたち〈執火官〉に一番乗りだったり?」

「可能性は高いよね。〈任命式〉は両陛下直々に行われるけど、今はそれどころじゃないからね。ここでやったっておかしくない」

「うーーー、悔しい。私たちも頑張ったのにー」

「大丈夫、大丈夫。僕たちの活躍もちゃんと見てくれてるはずだよ。次はある――」

 

 【ハルピー】を倒した功績があるからこそ、先に行かれることに悔しさを覚えてしまうエトナの髪を柔らかくアッシュは撫でる。

 されるがまま、手のひらから伝わる愛しい熱にエトナから険しさが消えていった。

 ――護衛を連れた両陛下が立ち去った後、この場一帯にはもう悲壮感は漂っていない。

 存在だけで人に『明日』を見せた二人の輝きを、アッシュは忘れないように胸の奥にしっかりとしまい込むのだった。

 

✳︎

 

 〈浄火院〉に入る前にケラウス王が再び屋上を見上げる。そこにはもう誰もいないが、彼の脳裏には赤い眼が映し出されていた。

 

「ケラウス? どうかされましたか?」

「いや、大したことではない。ただ()()()、〈道導〉が持って帰ってきたものを思い出しただけだ」

「ああ、懐かしい。わたくしも覚えていますよ。あの二人が子供を連れてくるなんて思いもしませんでしたから。あの時は遂に、と思ったのですがね」

「〈道導〉は開拓狂であるからな。子供のことなんぞ考えておらんよ。まぁ、だからこそ驚きが一入(ひとしお)であったわけだが」

 

 ふっと柔らかな笑みを浮かべ、両陛下は屋上にいた少年少女を思い出し、未来に思いを馳せる。

 

「〈道導〉が見出した、あの時の子供が随分と成長したものだ。願わくばこの人類の希望とならんことを――」

 

✳︎

 

「――無事に目覚めてなによりだハスタ」

「わざわざ御足労感謝します」

 

 通常の入院室とは違い、少し豪華な個室部屋。そこに、包帯だらけのハスタを見舞いにセヴァドスが来ていた。

 槍をベッド脇に立てかけ、セヴァドスはハスタの具合を見つめる。険のないその表情からは安堵だけが見て取れ、ハスタも思わず普段の棘を収めていた。

 

「ふふっ、其方のその様な恭しい態度は身体がこそばゆくなってくるな」

「これでも、礼節は弁えているので」

「いつも通りで構わん。それにこの際だ、一々私に敬語は不要だ。『格下』を敬うのは其方の性格上面倒であろう?」

「王家の方からのご命令であれば、遠慮なく。――つーか、格下ってなんだ。そんな卑下する様なタマだったか?」

「私はそういう人間だよ。特に〈グロウズ〉でありながら【四ツ眼(クワトル)】と対峙して生き延び、あまつさえ撃破する様な人物を私は『下』とは思わん」

「撃破、ねぇ……」

 

 苦虫を噛んだように、顔を歪ませるハスタにセヴァドスは苦笑する。

 

「詳細は聞いている。エトナたちの助力があったのだろう? 自分達だけで撃破できなかったのは悔しいだろうが、そう顔を顰めるでない。まぁ、まさかあの二人が【ハルピー】撃破に尽力出来るほど力を付けていたとは思わなかったが――」

「……詳細、聞いてねぇじゃねぇか。逆だ逆。アイツらの助力があったんじゃねぇ。オレ達の方が助力だ。【ハルピー】を撃破できたのはアイツらの功績が大きい」

 

 大きく息を吐き、仕方なく……本当に仕方なくといった表情で吐き出された言葉にセヴァドスが目を丸くする。

 

「よもや、其方からエトナたちを認める様な発言が出るとは……」

「命を助けられといて、そんなガキみてぇなみっともねぇマネはしねぇよ。これ以上、無様を晒してたまるか」

「無様、か……」

 

 ふんっと鼻を鳴らして、窓の外を見るハスタ。

 それゆえに気付かなかった。今、セヴァドスがハスタ以上に悔しい表情をしていることに

 するとその時、部屋の外で待機していたキッカの声が聞こえてくる。

 

「あん?」

「キッカ、どうかした――」

「――失礼する」

 

 キッカによって扉が開かれ、堂々と入ってきたケラウス王とナタリエ女王の姿に二人は飛び跳ねるように驚く。

 いや、実際飛び跳ねてしまっていた。セヴァドスは椅子から降りて跪き、ハスタも痛む体を無視してベッドから降りようとする。

 

「よい。そのままで構わん、オッフェンデレ家の麒麟児よ。此度は其方を労いに来たのだ。この場は其方が主役である」

「そういうわけですから。ほら、体はまだ痛むのでしょう? ゆっくりベッドに体を預けなさい」

「は、はい……! ご、ご厚意……感謝いたします……!!」

 

 遥か目上の人物。そうでなくとも仕える相手にそう言われて素直に頷けるハスタではないが、痛む体は本当だ。気持ちは平伏しつつ、少しだけベッドに身を委ねた。

 そんな嬉しさと緊張が混ざったハスタを見つめる両陛下を、セヴァドスはじっと見つめていた。

 そう、セヴァドスに一瞥もしない両親を。顔を俯かせ、誰にも気付かれないように悔しい表情を一瞬だけ浮かべる。

 ()()()()()()と納得させ、この場の主役であるハスタから一歩引いた。

 

「そ、それでお言葉ですがケラウス王、それにナタリエ女王……。なぜ私のようなもののところに……」

「そんなに驚くこともあるまい。【四ツ眼(クワトル)】を撃破し、王家の剣たるオッフェンデレ家の者が覚醒したというのだ。王として見に行きたくなるのは当然であろう」

「よくやりましたね、ハスタ・オッフェンデレ。そしてここにはいないミィシャ・パシュも。貴方もお疲れでしょうから、ここは単刀直入に申します」

「ハスタ・オッフェンデレ、ミィシャ・パシュ。【四ツ眼(クワトル)】撃破並びに〈固有能力〉の発現に伴い、其方らを〈執火官〉の〈伝火級(フェッレ)〉に任命する」

 

 ハスタとセヴァドスから驚愕の声が漏れる。

 だが、思案する時間すら惜しく、ハスタは制止の言葉も痛む身体も全て無視して、ベッドから降りたハスタは両陛下の前に跪いた。

 

「身に余る光栄……!! オッフェンデレ家の家訓、ならびに私個人としてもこの〈剣〉この命を陛下に捧げる所存です……!」

 

 飛び級という誉れ、賞賛されたことの名誉、王家の剣としての誇りが心の中で膨れ上がっている。無理やりにでも身体を押さえつけ(平伏)しなければ、飛び跳ねて喜んでしまうのが分かっていた。

 ただ、そんな無邪気な雰囲気は両陛下、周りの護衛たちすらもお見通し。まるで孫を見るような慈愛の笑みでハスタを受け入れる。

 

 だから、遅れたのだ――

 

「【――ずっと、この時を待っていた】」

 

 ()()となったハスタの右手に禍々しい紫色の【邪気】が集中。

 剣と化したその手が、ケラウス王の心臓を貫いた――。

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