手、繋ぐ。人類滅亡間際、救いの二文字は手の中に 作:睦月稲荷
【第八次赫醒戦】は終わってなどいなかった。
人を生かす清潔な入院室は、一瞬で死を撒き散らす納棺室へと変貌する。
「ケラウス!!!?」
「【喚くな。テメェも同じところに送ってやるから、黙ってろ】」
「――――」
王を
ケラウス王の身体に刺さった【ハスタ】の手から質量のある【邪気】が拡張され、上半身を吹き飛ばすと同時にナタリエ女王の顔を喰いちぎった。
「【けはっ! そんなつもりはなかったんだが、夫婦揃って死に様まで同じになるたぁな。これが人類の言う絆ってか!】」
げらげらげらと、悪意以外の感情を知らないかの如く凄惨に嗤う【ハスタ】。
主をみすみす死なせ、のうのうと生き残っている己への憎悪の感情を力に変え、〈合力〉を漲らせた護衛の男が短剣を【ハスタ】に向ける。
睨みつける行為が滑稽に思えるほど、吐き気を催す生理的嫌悪。震えそうになる手を必死に押し殺していた。
「……貴様、ハスタ・オッフェンデレではないな!! 今すぐ正体を表すか、その体を明け渡せ【
「【おいおい、裏切った可能性は考えねぇのかよ。テメェらの中に、他人の身体を乗っ取る【隷獣】なんていたか?】」
「抜かせ……! 記録はないが、それでもオッフェンデレ家の者が【隷獣】であるものか! ましてや、先の少年の喜びの感情は本物だった! 同族殺しを平然と行う貴様らにそのような感情なんて理解できないだろう!」
「【あらら。【オレ】もオレも、随分とまぁ信じられていること。人類の絆ってすばらしーってか? 気色悪いったらありゃしねぇ。ちょっとくらいは裏切りの可能性を考えろよな】」
「人類を見縊るなよ【隷獣】風情が!」
ハスタを乗っ取った【隷獣】は、本人の記憶や性格を吸い出しているのだろう。まるで本人のような口調で、人類を嘲っている。
今もまた、護衛役に凄まれてもヘラヘラと笑っていた。
「【けはっ! 見縊りもするさ。オレに気付かずノコノコここまで入れさせた奴らをどうして対等に出来る。人間風情が調子に乗るな】」
「くっ……!!」
「【まぁテメェらはよくやった方だと思うぜ。コイツの身体に穴が空いてたところに入り込んだのは良いが、〈
「……だったら、なぜ貴様は消えていない。ハスタ・オッフェンデレに施された治癒は最高位のモノだ。どれだけ高濃度の【邪気】に汚染されようと――」
「【オイオイオイ、それをテメェらが言うのか? ちょっと考えたら分かることだろうが】」
嗤いながら、【ハスタ】は一瞬で護衛の男の間合いに入り込み胴体に肘をめり込ませる。その肘からまた【邪気】の針を出し、その体内に【邪気】を注入した。
護衛の全身からひび割れるように血管が浮き出て、ドス黒い血を吐き出す。頭の頂点から爪先まで走る激痛。〈合力〉の発動中ゆえに、強化された身体が意識を失わせず、苦しみに喘ぐばかりだった。
「ガリアッ!!」
「【こいつの記憶のおかげで、よぉぉぉく知ってるよオレは。テメェらの使う〈合力〉には種類がある。あぁ確かに【隷獣】にとっての天敵だ】」
「ガリア、ガリア……!」
パートナーらしき女性が必死になって介抱するのを嘲笑いながら、【ハスタ】は言う。
「【けど、お前らが決めたんだろ。〈合力:浄火〉は【邪気】の除去と治癒の力であって、
「こ、の……!!」
その言葉を証明させるかのように、女性がかろうじて残っている〈合力〉を使って寄生型の【隷獣】を屠ろうと拳に薄緑の光を宿らせる。
憎悪に満ち、絶対に殺すという意志を叩きつけられ、それでも【ハスタ】は嗤っていた。
「【けはははっ! 良いねぇその苦しみの顔、最高だ! 父上もお喜びになっているだろうな!!】」
「あ――」
一蹴。
【邪気】を纏った足刀が、復讐者の命を斬り飛ばす。
血飛沫が雨のように降り注ぎ、【ハスタ】を濡らす。
「貴様……、よくも私の親を……!!」
「【ホントは充分回復してから、ヤるつもりだったんだがな。王サマがここに来たのがオレにとっての幸運であり、お前たちにとっての不運だ】」
——いや、間抜けなだけか。
と、怒りのまま槍を持って襲い掛かるセヴァドスを歯牙にもかけず、【ハスタ】は軽く手を振るだけで、キッカのいる扉のところへと吹き飛ばす。
「セヴァ様!」
「こ……の……。ハスタを……返せ……!」
「【おいおい、あんまり調子に乗るなよNo.2。こいつの記憶のおかげで、見逃されてるって分からねぇほど間抜けじゃねぇだろ】」
キッカに抱き起こされる形で〈合力〉を発動させるものの、【ハスタ】を睨むだけで終わる。
実力自体は【ハスタ】由来なのか、大きく離れてはいない。あの護衛たちも、正面からの戦いなら苦戦はしても倒せていただろう。
けれど、そんな仮定に意味がない。まともではないこの状況をひっくり返す考えがセヴァドスには思い付かないでいた。
そんな忸怩たる思いを楽しむかのように【ハスタ】は、セヴァドスの頭をポンポンと軽く叩く。
「【まぁ、安心しろ。元々治療の際に〈浄火〉を流し込まれて弱体化してたところに、テメェらへのコレだ。〈熾火〉を使わなくても、【邪気】を使い果たしたオレはもうすぐ消える。見られないのは残念だが、ここまでがオレの任務だ。せいぜい苦しみながら死んで行け人類。——さぁ、滅亡の幕開けだ】」
ハスタから【隷獣】が抜け落ち、壊れた人形のように床に音を立てて転がる。
同時に、空から大量の【隷獣】がなだれ込んだ。
外では沢山の悲鳴と悲痛の声が響き渡っていた。
*
——時は、王の心臓が握り潰されたころに遡る。
息を軽く吹きかけられて消える蝋燭の火の様に、何かを思う時間すら与えられず、理不尽に呆気もなく〈斎火の天蓋〉が消滅する。
それが死の訪れだった。
ズンッと、突如押し潰されそうな圧力が二人の身に襲いかかる。否、この現象は等しく全員に起こっていた。
全身に走る悪寒に震えながらエトナが周りを見渡すと、誰もが血反吐を吐き地面に蹲っている。
【邪気】が体内に侵入した証だ。
「アッシュ……!! これって……!」
「あぁ……最悪だ……!! なにが起きたかは知らないけど、王様たちが死んだ……!! マズい、本当にマズい……! このままじゃ、〈アルカ〉が落ちる!!」
不幸中の幸いだったのは、エトナたちはずっと触れ合っていたことだろう。いつでも〈合力〉を発動させられる状況にいたことで、【邪気】の侵入を防いでいた。
だからと言って、状況が好転することはない。
〈斎火の天蓋〉が消滅した以上、【邪気】は無限に〈アルカ〉を漂い【隷獣】が降り注ぐのだ。
こうしている間にも、【邪気】で死ぬか【隷獣】で死ぬかの二択が人を襲っていた。
「ぎゃああああ!」
「やめてやめてやめてやめて!!」
「おかーーーさーーーん!!」
問題なのは、大人ではなく〈合力〉がまだ使えない子供の方。
都市中で広がる子供の悲鳴。それが刹那に沈黙へと変わる理不尽の押し付け。被害は留まることを知らない。
それを聞くことしか出来ないことに唇を噛み締めながら、アッシュはエトナと手を繋いだまま屋上から〈浄火院〉の中に入っていく。
「エトナ! こっち!!」
「ど、どこに行くの……!?」
「セヴァドス様のところだ!! 確か、ハスタのお見舞いに来てたはず! セヴァドス様とキッカがいれば〈天蓋〉は作れる!!」
「そうか……! 王族の……!!」
〈斎火の天蓋〉は王族の固有能力。両陛下がいなくとも『次』に任せられるようになっているのだが、未だにその気配がないということは、発動させられない状況にあるか――あるいはもう……だろう。
それを推察したからこそ、アッシュは近くにいる〈英雄候補〉の可能性に賭けるのだ。
そうしてハスタの部屋の前にたどり着くと、凄惨な現場の中で震えているセヴァドスを発見。
急いでアッシュは駆けつける。
「いた、セヴァドス様! それとキッカ!! 状況の説明はいい……! 君がどういう気持ちなのかも理解はする……! けど今は二人で〈斎火の天蓋〉を発動させてくれ!!」
「お願い二人とも! 二人以外、この都市を救えないの……!」
必死な形相になりながら、二人は力無く項垂れているセヴァドスに訴えかける。
だが――
「私には、無理だ——」