手、繋ぐ。人類滅亡間際、救いの二文字は手の中に 作:睦月稲荷
阿鼻叫喚、死屍累々。【隷獣】の人類殲滅による土煙が、遺体の位置を仄めかす狼煙として何本も上がっている。
ほんの十数分前にあった平穏はもう見る影もない。
「エトナ、蹴散らすよ!!」
「了解!!」
一秒ごとに変わり果てる街を駆けながら、二人は倒れる幼い男女に襲い掛かる【マスティカ】を破壊しようと地を踏み締める。
鋭い牙が幼子を貫く前に、超加速した重みのあるエトナの前蹴りが【マスティカ】の外殻を粉砕。吹き飛ぶ【マスティカ】に、手を離したアッシュが追撃をかけた。
「ありが、とう……」
「……と、う」
「大丈夫。アナタ達もよく頑張って生き抜いたわね。さ、ここは危ないから向こうに行くのよ。あっちは安全だから、大人の誰かに連れて行ってもらいなさい」
目の色を見せないよう、前髪で隠しながらも安心させるべく笑みを浮かべてエトナは言う。
〈斎火の天蓋〉が展開されたとはいえ、それまでは【邪気】が蔓延していたのだ。〈合力〉の使えない子供たちが生きているのは奇跡に等しい。
単なる幸運だけじゃない、生き延びる意志がそうさせたのか。強いこの子たちを見て、エトナの士気も自然と上がっていく。
「そういうわけだから、周りにいる戦えない大人は子供たちや傷ついた人を〈浄火院〉の方へと連れて行って! あそこが〈天蓋〉の中心部だから、侵入した【邪気】も祓われるはずよ!」
破壊の音がそこら中で聞こえている中でも、しっかりと通るエトナの声。目を見なければ、誰も彼女に怯えることはない。
混乱が続くこの状況で、確かな指針が示されたことで人々は自然とそれに従っていった。
「子供たちの保護と、避難誘導ご苦労様、エトナ」
「うん。そっちも、【マスティカ】の破壊ありがとね。まぁ別に私がやっても良かったんだけど」
「いいよ。――今の状況じゃ、僕が行く方が合ってるし」
「アナタの?」
「必要以上に怖がらせたくないってこと。こういう時はやっぱり、かっこいいお姉さんが助けたりした方が強張った心も緩むってもんでしょ」
「あぁ、そういうこと。ふふっ、男は辛いわね」
「まったくだ」
軽口を言い合い微笑む顔を見せ合ったことで緊張をほぐしながら、二人は手を繋いで再び行動に移す。
状況そのものはほとんど好転していない。都市は壊滅状態で、復興出来るのかすら怪しい。
元より後処理で〈執火官〉が少なかったところに、これだ。そこら中で【隷獣】によって建物が破壊され、傷つく人は増え続けている。
それでも諦めるわけにはいかないと、エトナたちは街を壊す【レプリカント】や【マスティカ】を撃破していく。
「それにしても、どうしてこんなに【
「それはそれで面倒だけどね。ただ、その疑問については上を見ればすぐに分かるよ。――ほら、また来た」
また一体の【レプリカント】を破壊した後、アッシュが空を指差す。そこには弧を描きながら都市へと侵入してくる大量の地上型【隷獣】がいた。
「投げ込まれてる…?」
「みたいだね。【隷獣】の特性を考えれば普通こんなのあり得ないんだけど、そんな常識こそどっかに投げた方が良さそうだ。エトナ、気をつけて。
「……指揮官、的な存在ってこと?」
声色を固くしたエトナの問いに、アッシュは小さく頷く。
「〈執火官〉が出払って、みんなが油断していた時のこの襲撃だ。この悪辣さは単なる【隷獣】に出来るモノじゃない」
「最初から、計画されていたってこと……?」
「おそらく、ね。あらゆる【隷獣】が活性状態になるのが【噴火期】だ。知性が豊かな【隷獣】が出てきてもおかしくない。それこそ、ハスタの中に入っていたという〈寄生型〉もね」
「ッ……! ひどい話ね……」
今、ここまで〈アルカ〉が攻められているのは一度、【赫醒戦】を退けたと思わせられたことが大きい。
戦いにおける人は『勝ったと思った瞬間が一番油断する』。その人の特性を理解していないと出来ない
薄寒さを感じ、震えそうになるエトナ。そんなエトナを落ち着かせるべく、アッシュは握る手を強めて朗らかに微笑んだ。
「大丈夫だよ。セヴァドス様とキッカのおかげで状況は変わりつつある。仮に
「……そうね。一番怖い【
「そういうこと。それに、人は足りないけどそれを
そう言ったところで、二人の目の前に飛行型である【ヴェスパー】が猛スピードで襲い掛かる。〈斎火の天蓋〉による弱体化が影響していながらも、肉を簡単に穿つであろうその速度。
だが、二人を傷つける前に【ヴェスパー】は見えない壁にぶつかったように弾かれ、外殻が剥がれた。
その剥き出しになった肉体にエトナが冷静に〈合力〉を纏った拳を叩き付ける。
「セヴァドス様たちの〈天蓋〉にこんな効果があったなんてね」
「二人ならではの特性だろうね。これなら多少戦える人が少なくても、それ以上に戦いやすい」
他の場所でも、先の【ヴェスパー】の様に【隷獣】が弾かれ、生身を晒したところを攻撃している姿が見受けられる。
これは、セヴァドスとキッカによる〈斎火の天蓋〉の副次効果。〈合力:浄火〉の力だけでは【隷獣】は破壊できないと、【寄生型】の言葉を受け入れて組み込んだ彼らだけの
この混沌とした中で、王の責務を背負ったあの二人は必ず人類を救うべく、【隷獣】を破壊する〈合力:熾火〉の特性を付与したのだ。
二属性の力を十二分に操り、戦い続けてきたセヴァドスとキッカだからこそ可能な唯一無二の〈斎火の天蓋〉。
これによって、エトナたち戦う者は楽することが出来ていた。
更に、数の差を埋めるように男の声が二人の耳に届く――
「『傷付けさせぬ私の誓い』」
――続いて女の声が。
「『粉砕せしめる私の決意』」
――声を合わせて高々に告げる。
「「『ここは我らの独壇場。――〈
全身と双剣に雷を纏わせ、超々々高速戦闘術で蔓延る【隷獣】を蹂躙していくヨハンとマリエラ。
轟音と共に二人が駆け抜けた後、そこにはもう【隷獣】は一体たりとも残っていなかった。
「流石、ヨハン先生とマリエラ先生。もういないや」
「ヨハン先生も普段からもうちょっと凛々しくしてくれていたら良いのに。だから、〈英雄〉直前まで行ったのに舐められるのよ」
「まぁまぁ、そこはヨハン先生の美徳でしょ。それに、その代わりのマリエラ先生だし」
〈執火官〉の最高階位の一つ下。元〈
その名に相応しい、激しい攻撃力と移動速度により街の【隷獣】は確実に減っていっている。中には【
「私たちも負けていられないわね」
「うん。あの二人に続こう。きっとミツキたちも戦ってるだろうしね」
先生二人が張り切っているのだから、その弟子である
そんな全幅の信頼を置きながら、残る【隷獣】を駆除しに行こうとする。
その瞬間――
「「エトナ/アッシュ!!」」
急に重くなった体すら無視し、切迫した声をかけながら二人は同時に横っ飛び。受け身も何も考えていない、生きることだけに注視したその行動。
その刹那、上空から【邪気】特有の禍々しい色をした光線が二人のいたところを貫いた。
「きゃあああああ!!」
「エトナ、しっかり掴まって!!」
建物を、地面を破壊し、吹き荒ぶ余波が周りの悉くを粉砕。必死になって守っていたのが虚しく思えるほどの破壊が撒き散らされる。
砂塵が収まり、全容が顕わになる。二人が目にしたのは、光線によって穿たれた巨大な穴。そしてその中で倒れているボロボロのヨハンとマリエラだった。
「先生……?」
「嘘、でしょ……」
――勝ったと思った時ほど油断する。そう思っていたからこそ、二人が気を抜いた瞬間はない。
それでも、気を張っているだけではどうにもならない絶望という現実が二人の目の前に現れた。
重々しい音を轟かせ、地面を揺らしながら着地した【隷獣】。心が砕けんばかりの強烈な精神汚染を撒き散らしている。
全長六mの体躯に幻想的すら思わせる紫白銀の体色。そして八本の歩脚に、
更にその隣。手足も何もない縦長の繭の様な体長15cm程度の【隷獣】――【
「【お迎えに参りました。さぁ、今こそ我らを使い、共に父たるテュフォネ様のお役に立つのです】」