後悔は雪のように降り積もるけれど   作:○△□☆

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#7

 根源とはなにか。

 根源に至ったものはどうなるのか。

 根源接続者とはどのような存在なのか。

 

 最後の一つに対して当事者であるわたしが答えましょう。

 あなたたち凡人にもわかりやすく伝えるにはどんな表現にすればいいかしら。

 

 ええ、そうだわ。

 

 「この世界を正しく11次元であると認識できる存在」

 

 こんなところかしらね。

 

 くどいようだけれど、何らかの物理学の机上の理論としてでっち上げられたものと理解されるのではなく、正しく11次元全てを認識・知覚できるということ。

 

 だから、稀に世界に発生するわたしのような根源接続者は絶望するんだと思う。

 

 だって、そうでしょう?

 

 誰が好きこのんで、棒人間みたいな、円と棒だけで構成された個体やその群れに囲まれて発狂せずにいられるのかしら。

 

 棒人間には父だとか妹だとか学校の先生、同級生とか、記号が振られている。

 やさしく言ってあげるのなら役割が与えられているのね。

 そして学校や家は、出来の悪い書き割りみたい。

 

 根源接続者たちは、体という記号に押し込められて、やがては子供、姉という記号を付加されて、その記号の通りに生きることを強制される。

 

 ……こんなに退屈な話ないじゃない?

 

「そんなに記号を見下してるのなら、記号を破壊すれば済むことじゃないか?おもしろいことを言うのね。その通りよ。自分に与えられた体という記号を破壊して、そもそも自分なんていう概念の存在し得ない根源へと帰る。稀に生まれる根源接続者がどうして消滅を図るのかなんて言わずと知れたこと」

 

「じゃあなぜ、わたしは14歳という年齢になるまで、人という退屈な澱みの中に、甘んじて身を浸らせていたのか?」

 

 ああ、セイバー!

 だって思わないじゃない?!14歳のときに参加するという聖杯戦争。その召喚に応じたサーヴァント、アーサー!

 

 それは物語の白馬の王子様。

 

 赤子のわたしは今に絶望して未来を覗き見たとき、運命の出会いというものは劇的に訪れるのだと、その瞬間に未来視を停止させた。

 

 だからわたしは14年という月日の間、その日を待ち続けた。聖杯戦争で巡り合うという彼の勇者が、わたしのこの退屈を本当に終わらせてくれるのか?

 

 興味であり、期待だった。

 そしてそれ本物だった。

 

 渇望という言葉の意味を知った。こんなにも、あなたの願いに尽くしたいと思ってしまうなんて。あなたに触れてほしいと願ってしまった。

 あなたのためならありとあらゆる記号を無に帰して見せると、心があなたに笑いかけている。

 

 けれど、

 

「お姉ちゃん!」

 

 遠くからお姉ちゃんという記号をわたしに押し付ける声が聞こえた。

 

 いや、だからこそ。

 

「邪魔なものは消さないといけないの。わかってくれるわよね?」

 

 

 

 

 目を閉じて、ごめんなさい、お父さんお姉ちゃんと呟く。

 あなたたちの待っているところにわたしも戻るのだと考えればこれほど頼もしいことはない。

 なのに、違う!って、わたしの奥底で張り裂けそうなものがあった。

 

「諦めちゃダメ!絶望的な状況だからこそ、やれるだけのことはやったってくらい、やり切りなさいよ!!」

 

 槍が胸と胸の間を貫こうと押し付けられた。そして槍が体に沈み込む。

 体の中に抉り込んできた冷たいものを感じた。その割に痛覚が機能してくれないのは極限状態のためだろうか。

 

 どんなに心が希望を謳っても、生きてみせろと気を吐いても、死は一瞬だった。

 

 仰向けになったまま、槍を構える男の頭上のあたりで白鳩が忙しなくガーデンを飛び回っているのを眺めていた。

 

「これが死に際の光景かぁ」

 

 生きるのをあきらめてしまうなら、存外悪くないな光景だった。ひどく情けない人生の幕切れに平和が舞い踊っている。

 皮肉だなあとは思うけど、あの鳩たちに幸せが訪れるといいなと願わずにはいられなかった。

 

 瞼から力が抜け、すとんと瞳を覆い隠すようにシャットアウトした。

 

 世界が真っ暗になった。そして走馬灯が、今から過去へと流れ始める。

 

 逆回転する柱時計に、いつもより不気味な時刻を告げる音。

 退屈な学校の日々。高校、中学、小学校。

 どこか褪せた日々だったけれど、それなりに記憶は残っていたらしい。

 

 そして、お父さんとお姉ちゃんがいなくなったあの聖杯戦争の日、わたしは。

 

 誰かの悲鳴。

 有機的な形状は肉塊へと移り変わり、そこには一面の赤だけが塗りたくられた目を覆いたくなる景色。

 わたしを責め立てる声。

『この凡人めこの凡人め。お前ごときがわたしを』

 そしてわたしを抱える、月の美しさをそのまま世界に映し出したような蒼銀の鎧を纏った誰か。

 

 こんな記憶あっただろうか?

 スルスルと引き摺り出される記憶には現実感が伴っておらず、知らない誰かの記憶を見せつけられているようで戸惑う。

 ただ、わたしは。

 

「あんなものを許すわけにはいかない!わたしはあんなものの同類になんか、ならない!!」

 

 自分にも手に負えない怒りが、わたしの奥底に蠢き始めた。それは奥底から手を伸ばし……。

 

 そして記憶が現実に侵食し始めた。もちろん錯覚だ。

 わたしがガーデンに根を張った。そんな錯覚を覚えた。

 

 刹那、瞼越しに世界を光が包んだことが理解できた。薄く目を開けると、体の胸の辺り、つまりランサーが貫かんとするその箇所から幾重にも魔術回路のような青白い幾何学模様が生成され、それは地面を侵食し、やがて、円を描こうとしているようだった。

 

 錯覚は正しく現実的だった。

 

「わたし、なにこれ……」「おいおい、どうなってんだこりゃあ」

「まさか」

 

 困惑はわたしだけの特権ではなかった。槍を構えるランサー、ガーデンの入り口付近でこちらを今や静観するキャスター、それぞれが弱く声を上げた。

 貫かれていたはずの胸の中心には、血の跡は残っているものの裂けた制服から覗く皮膚には既にキズはなかった。

 

 わたしを中心とした発光は徐々に膨らみ続け臨界を超えた瞬間に、ガーデン全体を塗り潰すような輝きの本流となって、衝撃波を呼び起こした。

 

 ランサーはその衝撃に耐えきれず、ガーデンの奥へと吹っ飛んでいった。

 キャスターは入り口の壁に手をついて、腰を低く落とし、少し後退り。衝撃に僅かに耐えかねていた。

 

「おいおい、何だ!」

 

 向こう側から吠えるような声が響いた。

 既にガーデンは静けさを取り戻していた。

 

 仰向けに倒れていたわたしは、上体のみを起こして、目の前に立つ誰かを窺った。

 

 爆風の後に起こった砂埃が落ち着いたとき、ようやく姿を確認できた。

 

 それは蒼銀の騎士であった。

 

 月は目の前の騎士を祝福するかのように、まるで舞台装置としてガーデンを照らしていた。

 花が咲き誇る。さっきまではなかった花々だ。まるで生命力がわたしを、ガーデンを、ともに染め抜いたと言わんばかりの清純な青の花々。季節外れの花の舞。

 

「あなたは、だれ?」

「サーヴァント・セイバー。君を守る騎士だ」

 

 美しい。顔立ちを見たときに思ったことはそれだった。しかし、どこか見覚えがあるのは何故だろうか

 

「あの」

「と、その前に」

 

 セイバーは吹っ飛ばされたランサーへと振り返る。

 

「ランサー。まずは退いてもらうぞ」

「へっ。そこの嬢ちゃんがサーヴァントを召喚したとしてもやることは変わらねえ。セイバーよ、その命貴様のマスターとともに貰い受けるぞ」

 

 セイバーはちらりと入り口付近にも目を向ける。キャスターが錫杖を構えて、わたしを狙い澄ましている。

 

 セイバーが後退り、わたしに背中を預けるような形になる。

 

「いきなりの正念場か。キャスター、君はいったい何が狙いだ!」

「何が狙いだって、わたしの言うことも聞いてくれないし、サーヴァントも召喚しちゃうのなら、もう手の打ちようがないもの。あとは、マスターちゃんに何も残さないように立ち回らないとね。いまが絶好の機会だもの」

 

 そう言ってキャスターは、セイバーとランサーの両者にちらりと目を配った後に、再びわたしを正視した。

 

「ランサー、わかってるでしょうねえ?」

「キャスターごときの口車に乗ってやるのは癪だがしょうがねえ。オレがセイバーで、アンタが嬢ちゃんだ」

「ちっ。立ち回りが難しいな。マスター、いきなりで申し訳ないが、なにか援護できるものはあるか?今は手が多ければ多いほどいい」

 

 耳打ちする程度の声の大きさで確認をされるも、わたしには指輪しかない。

 

『アナタがこの先その指輪を使うというなら、わたし、アナタを殺すわ』

 

 いや、そんなの今敵対してるキャスターが言ったことだ。気にするべきことでもない。

 

「指輪が。黒魔術で、羽根を射出させます。……猟犬の命を奪う程度には。今なら残り4発はできると思います」

「十分だ。ランサーを撤退させるまで耐えてくれるだけでいい。見たところあの槍は急拵えだ。やりようは幾らでもある。だから」

「はい、わたしは、キャスターの攻撃から身を守るだけでいい」

「よし、相手の初動だけには気をつけて」

「はい、わかりました」

 

 セイバーとランサーの剣戟が開始される。片や目に見えない剣?を使っているセイバー。急拵えらしい槍を使うランサー。

 

「さて、マスターちゃん?わたしたちも始めましょうか」

 

 気づけばマスターちゃんに呼び方が変わっているのはどのような心境の変化だろうか。

 魔術師としては向こうがはるか格上。どう立ち回ればいい?

 

「あなたは耐久するだけでいいのでしょう?ねえ、マスターちゃん。あなたのその指輪とネックレスを渡してくれるだけですぐに撤退してあげるわ。指も、まあ、あとで義指でもつくってあげるわ。日常生活に支障は出ないはず。どうかしら」

「そんなこと、すると思う?指輪がないとあなたが騙そうとしてた場合の対抗手段がなくなるし、ネックレスはわたしの先生がくれた大事なもの。渡すわけないわ」

「ふふ。んーそうよねえ。困ったわあ。あちらを立てればこちらが立たず。指輪を使ってほしくない。それをあなたに求めてもかえってあなたが指輪を使おうとしてしまう。かといって放置しておくのもいけない。既に活性は始まっているもの、時間の問題だわ。さて、ね」

「……?」

「まずはあなたを捕らえてから始めましょうか」

 

 魔術の射出はあまりにも滑らかだった。

 わたしの構えが、詠唱が、準備を終える前に既に魔術はわたしを包み込み、それはラテックス製の拘束具へ早変わりして、わたしの両足と両腕の動きを封じ込めた。両腕は背中側でぐるぐると固定されている。

 それならばと指輪に魔力を込めて、詠唱を開始しようとしたところで、既にわたしに眼前まで迫ってきていたキャスターの指がわたしの口へと突っ込まれ、発語を妨げた。

 

「ダメでしょ?指輪なんて使っちゃダメって言ったじゃないの」

 

 ようやく口に突っ込まれた指が抜かれて、呼吸を何度も繰り返した。

 

 

 

「おいセイバー。もうお前のマスターはキャスターに捕まっちまったぜ」

「マスター!」

「おおっと、お前の相手はこのオレだぜ。油断しててもいいのかな」

「くっ。早急に片をつける!」

「そう上手くいくかねえ」

 

 

 

「あれほどの優れた騎士とはいえ、人質をつくれば動きが鈍るものよ。残念だったわね、マスターちゃん。さて、痛くはしないようにしたげるから、指をもらうわね」

「うるさい!ババァ!アンタのことなんて……うっ」

 

 今度は顎を掴まれてぐいっと上に引き上げられた。

 

「なかなかショッキングなことを言ってくれるじゃないのよ。……まぁ、いいわ。こんなことに青筋立てても仕方ないもの。逆らえないようにしてあげるのが一番いいわ。あなたみたいな子を調教するっていうのも楽しそうね」

「下衆ね。やっぱり魔術師なんて……。わたしはあなたたちみたいにはなりたくない!」

「だったらその指輪もいらないでしょ?」

 

 馬乗りになられ、指を掴まれる。

 

「ねえ、マスターちゃん?わたしのものになりなさい。幸せにしてあげる。ね?」

「それは家畜扱いされた上での幸せでしょう?」

「でも明らかにまともな指輪じゃなさそうなのはアナタも確認したはずよね?」

 

 確かに、外そうとしてできなかったのだ。

 けれど今のところ体に不調はないし、指を切られることの方がイヤに決まっている。

 

「既に完全に呪いは解けない状態よ。それでもなお、致命傷直前で止められるのが今なの。アナタに言ってもわからないでしょうけどね」

「アナタのことを信じられるはずがないでしょ」

「ええ、既にそれで間に合わせることができる段階ではなくなってしまったから。ふふ、アナタのサーヴァント押されてるわ。余程こちらが気になるのでしょうね。そうしたら、ランサーとキャスターに囲まれることになるわね」

 

 動悸がする。どうすればいいのか、最良の選択肢がわからない。

 キャスターがわたしの指をぴんと張らせて、付け根に冷たい錫杖の先を押し付けられている。

 背後に魔力の高まりを感じた。

 

 頭がくらくらする。現実が褪せていく。

 急速に高まる離人感。

 瞳孔が開いている。

 

「マスター!」

 

 遠くから声が聞こえた。

 折角召喚しておいて、すぐさま死ぬというのもどうなんだかという話。

 

 結局わたしはどうすればよかったの?

 

 わたしは光に包まれるように、意識を消失させたのだった。

 

 

 

 

「ふふ」

「?……おかしくなっちゃったのかしら」

「いえ、ね。キャスターともあろうものが気づかないなんて、ね?」

「なんのこと?」

「指輪が外れないんじゃない。外さなかっただけ」

「……なにを言ってるの?あの指輪には実際にそういう呪いが」

「いいえ。違うわ。すでに無意識の5%は掌握しているのだから、わずかとはいえ有効に使えば外させないように操作することは可能。指輪の裏側に針がついていて、体にわたしの魔力の活性因子を流しているのは本当よ。でも、別に取れないほどではない。ほら、見て?」

 

 既に拘束具はほどけて、指輪は沙条綾香の手の中に存在していた。さっきまで指輪のついていた皮膚には薄らと血が滲んでいた。

 

「あなた、だれ?」

 

 容姿は沙条綾香そのものであった。だが、中身がまるで異なる。

 キャスターは、ソレが半覚醒の内に沙条綾香の体をとって権限する瞬間を目にしたはずだが、そう問わずにはいられなかった。

 

「お墓で会ったじゃない。わかってるのに聞いたでしょう?あなたが沙条綾香を精神的に追い詰めた結果、わたしが出てこれた。だから、キャスター。ありがとう。アナタのおかげよ」

 

 キャスターも最初は綾香をここまで追い詰めるつもりはなかった。

 ただ、セイバー召喚が成され、もはや信頼関係を築いた上で指輪を外してもらうということが不可能になったいま、指を切断してでも、目の前の存在をこの世に解き放つことを防がなければならないと焦った結果がこれだ。

 

 思い届かず、かえって怪物を呼び覚ますことになった。

 

 もはやなりふり構っていられる状態ではないことを判断したキャスターは、迷いなく目の前の少女の命そのものを奪い去りに行った。

 それはもちろん、

 

「不発……!」

「でも、まあ、多少お世話になったみたいだし。今日は見逃してあげるわ、ねえ、先生?」

 

 そうだ、ネックレス。あれで首ごと破壊すれば!とキャスターが高速詠唱、沙条綾香の首を囲むネックレスの魔力の高まりもやはり、

 

「無駄よ。あんなに綾香は喜んでいたのにね、先生。これ、返すわね」

 

 目の前の少女は既にキャスターから興味を失い、遠くでランサーと剣戟を交わすセイバーの姿をうっとりと眺めた。

 

 おそらくはキャスターと沙条綾香側で何らかの動きがあり、形勢が逆転したことをその直感で感じ取ったセイバーは少しずつランサーを押し始め、ついに槍を破壊してみせた。

 ランサーは奥歯を噛み締め、一瞬沙条綾香とキャスターの方向を向くと舌打ちをし、退却していった。

 

「セイバー。わたしの、わたしだけの王子様……!」

 

 昂悦に歪んだ口元は刻一刻と情勢が変わる戦地において異常に映った。

 

 ランサーの退場を厳しい眼差しで見送ったセイバーは、次にキャスターを目で捉えた。なんらかの宝具の機能か術式かで刀身を隠しているのであろう得物を鋭い目つきとともに構え直した。

 重心を落とし、おそらくは次の瞬間キャスターの眼前にも迫り、トドメを刺すだろう。

 

 今が退却の瀬戸際か。

 苦虫を噛み潰した表情で、後ろ方向にステップしながら、退却のための魔術を高速で詠唱する。

 

 魔術をかける対象はキャスター自身であることをセイバーに見せつけるために、魔術陣を敢えて可視しやすい形で展開する。

 

(少なくとも召喚されたばかりのセイバーはマスターとの連携が取れない。だから目の前の女が世界にとって毒となり得る力を持っていることもわかっていないはず。敵が退却するのであれば追おうとはしない!)

 

 しかし、当の世界の毒は正しくキャスターの意図を読みつつ、そんなことには構わない。

 

「今からセイバーとの逢瀬を楽しむわ。さようなら、先生?」

 

 相手方の索敵用魔術によって移動先を探知されないように、一度街外れにつくった隠れ拠点を中継してから自身のマスターの待つ場所へ戻る予定だった。

 退却に使う魔術はもちろん瞬間移動。いくら高速詠唱とはいえ、多少の詠唱時間がかかるのは道理。だが、

 

 キャスターは、気づけば保健室に移動していた。キャスターが移動先に指定した座標は「街外れ」だ。

 つまり

 

「どこまでも舐め腐った女だこと」

 

 キャスターは一人きりの保健室で、そう呟いたのだった。

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