九頭龍は西園寺を庇う様に罪木の前に立ち塞がった。そのため罪木のメスによる切りつけを思いっきり左目に受けたのだった。
「ギリギリセーフってとこか。罪木の後を追ってきてみたら案の定やべー事を企んでやがったか。うっ、でも流石に左目が痛えな。」
「当たり前でしょ、馬鹿!どんだけ血が流れてると思ってんのさ!とにかく逃げないと..。」
「逃げると言われて黙って見逃す筈ないじゃないですかあ。そもそも負傷した九頭龍さんを連れて逃げきれる訳ないでしょお。」
九頭龍の左目からはドクドクと血が流れ出る。恐らくもう使い物にならないであろうことは九頭龍自身が一番よく分かっていた。
「西園寺さん待ってて下さいね。今九頭龍さんを片づけますから。」
西園寺は完全に足がすくんで動けない。そして傷ついてなおしゃがんで西園寺を庇う九頭龍に再びメスによる一撃が加えられようとしていた。
キィィィン
しかし鳴ったのはメスが肉を切り裂く音ではなくメスが弾き飛ばされる音。竹刀がメスを弾き飛ばした音だった。
「想像以上の修羅場になっているようだな。」
九頭龍と西園寺を間一髪で守ったのは辺古山であった。彼女によって弾き飛ばされたメスは高く宙を舞い、そのまま床へと金属音を出して落ちた。
「チッ...!」
「助かったペコ!ちょっとヘマやらかしちまった。」
「当然です。道具としてではなく一人の辺古山ペコとして向き合おうともぼっちゃんは大切な存在です。」
「ヘッ、全く頼りになるヤツだな、テメーは。」
「ぼっちゃん??」
西園寺は九頭龍と辺古山の真の関係を知らないため混乱するのは当然のことだった。
「おい、大丈夫か!九頭龍、西園寺!」
「日向か!」
遅れてマスカットタワーに突入した俺はマスカットタワー入り口の反対側にいる西園寺たちとそれと向かい合う罪木が視界に入った。
俺がマスカットタワーの中央あたりまで詰め寄ったところで、罪木は辺古山と俺の二人に挟まれる形になった。
「皆、どこまで私の事を邪魔すれば気が済むんですかぁ!いい加減にして下さいよぉ!」
「いい加減にするのは貴様の方だ、罪木よ。ぼっちゃんと私たちの仲間を傷つけるというのであれば覚悟はできているのだろうな。」
メスという刃物を持っているとはいえ77期生メンバーの中でも特にか弱い罪木がここから巻き返せる道理はなかった。背面には男の俺。そして目の前には俺を上回る戦闘能力をもつ辺古山。流石に弐大には劣るとは言っても並の人間が太刀打ちできる相手ではない。
そして辺古山の気迫に押されつつあるのか罪木も後ろへ少しずつ下がり、俺の方へ近づいてくる。むしろ前へ戦いを挑んでもまず詰むであろう局面だからこうするしかないのだ。
それに合わせて辺古山も前へ進み罪木と一定の距離感を保ちつつ俺へアイコンタクトを送る。最終的に罪木を捕らえようというものであることは状況から察するに明白だった。
朝食会の時には反対する者もいたが状況は変化し、実際に危害を加えられた人が出た今、一時的にでも拘束はしておくべきだろう。
一歩、また一歩と後ろへ下がる罪木へと俺は遂にダッシュした。
いや、実際にはしようとしたというのが正しい。俺は一瞬体が浮くような感覚を覚えてその動きを止めた。辺古山と罪木も同じだ。
それはいきなりのことだった。床が上昇し始めたのは。
罪木も動揺していることからこいつにとっても想定外の出来事であることに変わりないのだろう。
床が上昇を始めたということはつまりストロベリータワーへの入室ボタンを誰かが押したと言う事だ。しかしさっきの2度の爆発音が上層であるストロベリーハウスから聞こえてきたのを察するに何か事件が起こり誰かが逃げようとしているのか?
そんなことを考えている間にも床は上昇を続け突然停止した。そして開いた扉から現れたのは左右田和一の姿だった。しかし何かから逃げてきた訳ではないのは一目瞭然だった。
いつも身につけていたニット帽は被っておらず、ピンクに染めた長髪はボサボサ、目はギラついており目元にはクマができている。前回の学級裁判の時には確かに普段よりも様子がおかしかったがここまでではなかった。
そして何より目を引いたのはその手に持っているドライバーだ。明らかに工具としての用途で持っていないのは想像に難くない。
「日向..。」
「左右田...。」
言葉を交わすのはソニアの学級裁判の時以来だがどうやら詳しく話す暇もその気もないようだ。
左右田はドライバーの先を俺に向けまっすぐに突進してくる。明らかに俺を殺そうとしている!
理由は見当もつかないがこのまま黙ってやられる訳にはいかない。
俺は左右田を自分の目の前、ドライバーが俺の腹に刺さる直前まで引き寄せてから左にさっとかわし、逆に左右田にのしかかる形で地に伏せる。
通常、刃物を持った相手に丸腰で挑むのは無謀ではあるのだが直線的で読みやすい行動であり、また基本的にコテージにこもっていたからか体力が衰えている左右田を押さえこむのは意外に簡単だった。
「くっ、離せよ!日向!」
「落ちつけ、どうしたんだ左右田!」
「どうもこうもあるか!ソニアさんを処刑台に送ったのはお前らだろうが!その罪を忘れてのうのうと生きてられると思うな!」
「確かに俺たちに罪があるのかと言われればないとは言えないのかもしれない。それでも俺たちはその業や想いを背負いながら前に進まなくちゃならないんだ!」
「うるせぇ!そうやって一度は俺たちに希望を与えても結局簡単にソニアさんを切り捨てたじゃねえか!それなのに同じように小泉を殺した辺古山とつるんでるのはどういう了見だ!」
「小泉を殺した辺古山って...まさか、お前!」
「ああそうさ、ソニアさんがお前に告発された時に全て思い出したよ。俺たちが一度は希望を持ってコロシアイを終わらせたことも、このコロシアイが2周目だってこともな。」
そんなこと考えもしていなかった。最初にこの2周目が始まったときビーチで前回の生き残りは全員何も覚えてないようだった。だから前回の記憶を持っているのは俺だけだとそう結論づけた。
でもここにきて記憶が回帰する可能性があることが判明するなんて。
「お前、終里が死んだときどう思った?悲しかったか?怒ったか?澪田が憎かったか?どうせいつもみたいに殺人が起こった。だから推理して学級裁判で謎を解き明かして生き残ったメンツでまた明日に希望を持って生きていこうとか思ってたんだろ。
辺古山の件もソニアさんの件も終里の件もお前の言う希望ってのは結局お前にとって都合のいい希望でしかねえってことだろ?だから俺はお前を殺して裏切りを受けたソニアさんの仇を討つ。希望を振りかざして最後には絶望に叩き落とすお前を許さねえ。」
「...」
もちろんそんなつもりはない。誰かが死んでも構わないなんてましてや誰かの死を嘆かなかったことなんて一度たりともない。決して無責任に希望を与えていた訳じゃない。だからこそ俺は今まで必死に殺人を止めようとしてきた。それは胸を張って誓えるし俺自身がよく知っている。
...でもどこかで殺人や学級裁判、そしてオシオキに慣れてきていたのかもしれない。知らず知らずの内に計9回の学級裁判を経る内にどこかそういった側面はあったのだろう。それは俺からしてみれば一つ一つの事件で絶望するよりできるだけ心に少ないダメージで前に進もうとするのは当然のことだ。でもさっき左右田が言った通りそれは俺にとって都合のいい希望だったのかもしれない。周りの人から見たらそれが希望になるとは限らないんだ。
現に左右田から見たら俺は前周回で希望を持って共に前に進もうと言ったソニアをクロ指名してそして今は辺古山と共に希望を持って前に進もうとしている。小泉を殺害したという点では何も変わらないのに。左右田が不信感を覚えるのも当然か。
「安心しろ。これでもお前とは長い付き合いだ。お前を殺した後、俺も一緒に地獄に堕ちてやるからよ。それが俺の復讐と贖罪だ!」
「...」
「日向その場から離れろ!」
突然叫んだ辺古山の声に俺はドキっとはしたが脳でその意味が理解できないまま反射的に左右田から離れ左に避けた。
そこには先程俺がいた空間にメスを突いた罪木がいた。
「あらぁ、間一髪ってところでしたねぇ。うーん、足元にいる左右田さんでも殺っちゃいましょうか。」
そうだ、ここにはこいつもいたんだ。一人は辺古山が抑えられるとしてもう一人は俺が対処しないといけないか。
しかしそこに思わぬ救援が現れ、俺は安堵した。
「これは何事だ!?」
田中がストロベリータワーに入ってきたのだ。
「どけぇぇぇぇぇ!」
その瞬間、左右田がドライバーを振り回しながらストロベリータワーの入り口に向かって走り出した。そしてその後をメスを持った罪木も追う。
そのまま二人は田中の脇をすり抜けてタワーから出て行った。
「俺様はやつらを追う!お前たちはファイナルデッドルームの弐大と合流しろ!」
「ファイナルデッドルーム!?」
「行けば分かる!」
そうして田中もまた走り去っていった。
その後の俺たちはと言うとすぐにファイナルデッドルームから出てきた弐大と合流することができた。話を聞くとどうやら自爆によってファイナルデッドルームの入り口を爆破したモノミが希望ヶ峰学園77期生名簿とコロシアイ学園生活の資料を巡ってモノクマと闘っていたらしい。間一髪のところで弐大が助けたらしいけど。モノミの目的は七海が裏切り者だと発覚するかもしれない懸念材料と俺たちが超高校級の絶望だと判明する資料を回収することだったんだろう。
そして田中はというと左右田が自らの個室に閉じこもったことを確認したらしい。まあこれで一応は罪木が誰かを襲うことも無さそうだ。
そんな俺たちは今、七海を加えストロベリーハウスのラウンジに全員で集まっている。もちろん左右田と罪木を除いてだけどその目的は全員にコロシアイ修学旅行の全ての秘密とこれが2周目のコロシアイ修学旅行であることを告げるためだった。なぜこのタイミングなのかというと俺と左右田の問答を西園寺に聞かれた以上、これ以上隠し通すのは無理だと判断したからだ。
いや無理矢理にでもはぐらかそうと思えばはぐらかせるんだけど、それは無用な疑心暗鬼を引き起こすことに繋がって、真相を話すこと以上にデメリットが生じる可能性があるからだ。
そうして俺はその場にいる全員に全ての真実を告げたのだった。
「これがこのコロシアイの全てだ。すぐには信じることができないことだろうし物的証拠も何もないけどそれでも信じてくれたら助かる。」
「未来機関の監視者の私も日向くんの言っていることは真実だと断言できるよ。なぜ2周目のコロシアイが引き起こされているのかは私にも分からないけどこれがプログラムのゲーム世界であるからこそ必ず攻略法はあると思う。」
「確かに自ら裏切り者だと名乗っている以上、七海が未来機関の一員なんじゃろうし、それこそ嘘を言っているとは思えんのう。」
「それはそうだろう。自らが裏切り者だと言う利点などこの様な状況でなければないのだからな。」
「でもでもそれってさ、未来機関って私たちの敵じゃなくって味方ってことだよね?まあモノクマの言っている事よりはモノミや七海おねぇの言ってる事の方が信用できるけど。」
「ああそうだ。だから俺も今までペコや日向と一緒に殺人を止めようとしてたって訳だ。」
「お前さんたちが前回の事件でピンポイントに見張りをしていたのはそういうことじゃったか。そう考えると逆に到底突拍子もない嘘だとは信じられん。」
「そこでここからが本題だ。先程の話からも分かる様に当然協力者が多くなるほど私たちが殺人を犯す確率は低くなる。だが、万が一殺人がおきそうになって、それを止めるとなると当然危険も伴うし、秘密を知っているだけならまだしも本格的にコロシアイを終わらせる為に動くとなると江ノ島盾子の怒りを買う恐れも当然ある。
もちろん無理強いをするつもりはないが今までの話を聞いてなお私たちと共に闘ってくれるだろうか?そのときは私たちも歓迎しよう。」
「そんなもん決まっておる。」
一瞬の間もおかず弐大が辺古山の問いに返答する。
「もちろんお前さんたちと共に闘うぞおおおおおおおおおお!」
ストロベリーハウス内に弐大特有の大音声が響きわたる。普段ならうるさい、デリカシーがないと言われがちだがこういった場面ではこれほど頼もしいものはない。
「フッ、愚問だな。俺様と破壊神暗黒四天王が歩む道は常に修羅の道と運命づけられている。苦難上等!生命の理を破壊し、自然の輪廻を捻じ曲げようと企む邪神がいるならば俺様は必ず裁きの鉄槌を下そうぞ!」
相変わらず何を言っているのか分かりにくいけどそれでも田中が俺たちと同じ強い思いで協力を申し出てくれているのはよく分かる。
そこで俺はこの際、左右田に言われたことをそのまま聞いてみることにした。
「あのさみんな、俺はいつも本気で殺人を止めようと思ってる。それは間違いない。でも俺が持っている希望でみんなを傷つけていないのかなって。俺の言う希望は独りよがりの希望なのか?教えて欲しいんだ。」
俺は正直自分でも答えが分からなくなっていた。考えれば考えるほど悶々とした泥沼に嵌まっていくような感じがする。だから俺はみんなに答えを促すようにした。これを逃げと捉えることもできるだろうけど俺はただ答えが知りたかった。自分は左右田の様に誰かを苦しめていたのか。誰かを傷つけていたのか。どんなに厳しい意見でも答えが欲しかったんだ。
「墳!思い上がるのも大概にするんじゃ、日向よ。ワシはあくまでワシの意志でお前さんたちと共に闘うと決めた。そこにお前さんの都合など関係ないしお前さんが気にする必要など全くない。」
「全くだ。この氷の覇王、田中眼蛇夢は俺様の行動の責任を貴様に求めるほど落ちぶれてはいないつもりだ。貴様はただ俺様を崇め称えていればよいのだ。」
「田中よ...。」
「な、何だ弐大よ、いきなり見つめて。」
「お前さんいいやつじゃのお!ただわけのわからんことを言って傲慢なことを言うやつだとばかり思っていたのじゃが、ワシに間違いを気づかせてくれた時といい一本筋の通った気持ちのいい男じゃわい!ガッハッハ!」
「な、何だ、いきなり俺様を褒めても何も与えぬぞ。さ、さては俺様を油断させ何かしらの術中に嵌めようとしているのだな!そうだろう!そうなのだろう!」
「そんなことせんわい。お前さんこそさてはそのわけ分からん物言いのせいで友達がいなかったのではないのか?」
「余計なお世話だ!」
「まあまあ、田中くんが弐大くんに何か良いことを言ったくだりは気になるけど、私も未来機関だからとか関係なく日向くんだから、君の言うことだから信用できたし協力しようと思えたんだよ。もう日向くんは自分に胸を張れる自分になれてるんだよ。」
「七海の言う通りだぞ、日向。お前の希望は私の間違いを正し、それはぼっちゃんを繋ぎ、七海を引き入れ、弐大と田中も賛同した。断じて独りよがりの希望などではない。お前という希望があるから私たちは今ここにいるのだからな。」
「テメーは何かと一人で抱え込もうとするよな。まあ俺も人の事は言えねえけどよ。1周目からずっとてめーは仲間が殺され殺し処刑される瞬間を見てきた。何より一番つれーのは学級裁判で真実を追求し同じ釜の飯を食ったクロを追い詰めるテメーだろ?
俺は情けねえことに学級裁判じゃ満足に役に立てねえからテメーに頼りっきりだ。だからこそ吐き出したくなったときには俺を頼れよ!これでも組の跡取りなんだからな。」
左目に眼帯をした俺のよく知る姿の九頭龍が俺に微笑む。
「みんな..。」
俺は予想外の言葉の数々に目頭が熱くなった。本当に俺は仲間に恵まれている。みんなとなら闘えるそう思えるほどに。
「ごめん...。ちょっと考えさせて。」
西園寺は申し訳なさそうにそう言った。しかし無理もない。つい先程、罪木に襲撃されたんだ。さらにその上、危険な目に合うリスクのあるコロシアイを止める為の協力なんて即答できるものではない。むしろ検討してくれるだけでも嬉しいことだ。
「ああ、分かった。」
俺はそう返し、西園寺はこくりと頷いた。
俺たちはそれから昼間はできるだけ個室の中で過ごし二人一組、夜は外出を控えることによってこの場面を乗り越えることにした。左右田と罪木は個室に引きこもっているものの昼の襲撃が実際に起こった以上油断は禁物だ。
それに食料のないこの状況ではあまり動かずに体力を温存しておくのも必要なことだったからだ。
前回のドッキリハウス事件のクロである田中を説得することは結論から言うと無理だった。正確に言えばできる限りこの状況で耐え続け、飢餓による死者がでる直前になるまで行動は起こさない。相手の同意なしの一方的な殺人は犯さないというところまで譲歩させることはできた。
俺たちへの協力を申し出てもなお田中の死生観は決して揺らぐことのない強固なものだった。言っている内容自体は一理あるだけになかなか反論しにくい。それに説得で揺らぐようならばそもそも前周回で殺人など犯していないだろうとは思う。だから誰かが命に関わるような飢餓状態になるそれが実質的なタイムリミットだ。何としても打開策を見つけなければならない。
しかしそのタイムリミットを待たずして事件は巻き起こる。それは罪木による襲撃事件から2日後の夜のこと。俺は2日前にも聞いた一度の爆発音で目が覚めた。
時間は分からないが恐らく深夜、前周回も深夜に弐大が転落したときの轟音で目が覚めたのを思い出し俺は急いで部屋を出る。
「日向、行くぞ!何かあったのかもしれねえ!」
同じように部屋から出てきた九頭龍と共にファイナルデッドルームのあるスペースに降りると夜がふける前とは異なる異様な光景が広がっていた。
まずファイナルデッドルームの入り口がモノミによって壊されていたのは知っているがオクタゴンへと続く扉まで破壊されてオクタゴン内部も見える状態になっている。
そしてそれ以上に驚かされるべきはマスカットハウスとストロベリーハウスを繋ぐ連絡エレベーター。それがあった場所にはもはやエレベーターなどなく巨大な空間がぽっかりと口を開いている。眼前にはドッキリハウスの外壁まで破壊されており外の風景が広がっている。下を向けば深い深い真っ暗闇の奈落だ。
「死体が発見されました!一定の捜査時間の後、学級裁判を開きます!また特例により現時点をもって死体発見とみなします!」
まったくもって意味が分からなかった。俺たちは死体など発見していないのだから。