運命の日当日、俺は少しの緊張を持ちつつ自分のコテージを出て、旧館へと向かった。
確かに、俺は花村の説得に成功した。今日の朝の花村の様子を見ていても以前に見られた作り物の笑顔は、見られなかった。客観的に見ても前回よりかなり状況は良くなってるはずではあるのに、やはりどうしても緊張だけはぬぐいきれない。実際にこの目で何事もなくパーティーが終わることを見届けるまで。
俺が旧館に入るとそこには十神が威圧感たっぷりに立っていた。いや、本人に俺を威圧するつもりはないのだろうが、あの体格を見ると圧を感じてしまうのは悪いことなのだろうか..。
そんなことを思いながらも十神のボディチェックを受けていた。もちろん、殺人の凶器になりそうなものを俺がもっているはずもなく予定通りそのまま大広間に向かおうとすると、十神から声がかかった。
「おい、日向。お前....いや、何でもない。」
「何だ?そこまで言われると逆に気になるんだけど?」
「お前が気にするようなことではない。とにかくさっさと大広間に行っていろ。もう、何人か既に集まっている。ここに居座られてもボディチェックの邪魔になるだけだ。」
「あ、ああ、分かったよ。」
全くわけが分からなかったが、これ以上追求するわけにもいかず俺は言われた通りに大広間へと向かった。
大広間に着くと、終里が既に餌を前にした動物のように花村の料理に釘付けになっていた。十神の言った通り、他のメンバーも何人か既に来ているようだった。
俺は全員が集まるまでに、一通りこの大広間の中を見回っておくことにした。前周回のアドバンテージを最大限に生かす為にできるだけ状況は変えないようにするため、とりあえず狛枝の仕掛けたであろうトリックを確認しておくことにした。とにかく、何もしないのは落ち着かないんだ。
まず、卓上ランプの電源コード。今回もしっかり、一方はコンセントにプラグが刺さっており、またもう一方は部屋奥にあるテーブルへと伸びていた。
次に、エアコンのタイマー。これも前回同様、午後11時30分に設定されている。ブレーカーを落として、停電を引き起こすためだ。
そして、電源コードがテーブルの下に伸びている以上、そこにはナイフが取り付けられているのだろう。
本当なら、エアコンのタイマーを切り、ナイフも回収したいところだが、モノクマの目もあって気づかれる以上そうはいかない。普通なら監視カメラの死角になるところにでも隠れてタイマーを切ったりすればいいんだろうけど、監視者の立場を乗っ取ったモノクマはこの世界においては神の様な存在だ。実際、前周回ではとても監視カメラでは確認できないようなことまで完璧に把握していた。
それに、そもそもピンポイントで狛枝の仕掛けを崩していけば不自然すぎて流石に怪しまれる恐れがあるし、そうでないにしてもモノクマから見たらせっかくの殺人が起きるチャンスなんだ。基本的にあいつは俺達に干渉してこないが、俺がコロシアイ二周目だというイレギュラーを知ったらどう動くがわからない。何らかの妨害を仕掛けて来る可能性だってある。
そんなとてつもないリスクを負うぐらいだったら、あえて狛枝を泳がせて十神に止めて貰ったほうが確実性があると俺は踏んだ。今回は花村が殺人計画を立てていないから、テーブルの下に潜った十神が殺されることもないしな。
そして、そんな確認をしていると全員が集まった。
案の定、話の流れで俺と十神は厨房に凶器になりそうなものの回収に向かった。
「では、念入りに調べるぞ。一切、妥協するなよ。」
そう言うと十神は包丁やフォークなんかを次々とジュラルミンケースに放り込み始めた。俺は、例のシュラスコに使う鉄串の個数を数えたが、どうやら今回は欠けたものはないようだ。その証拠に、持ち手が骨つき肉の骨のようになっている鉄串が混じっている。
しかし、十神と二人きりのこの状況。ボディチェックの時の不自然な十神の発言について気になっていた俺は、この機に尋ねてみることにした。
「なあ、十神。もう一回聞くけど、何か俺に言いかけたよな。あれってなんなんだ?途中まで話されると余計に気になって。」
「どうやら、お前は中々に諦めが悪いらしいな。いいだろう、話してやる。」
コロシアイを一周乗り切って諦めなんかとうに捨ててる。そう思いながら、日向は十神の言葉に耳を傾けた。
が、それは日向にとって冷や水をいきなりかけられたようなものだった。
「日向、お前何か隠し事をしていないか?」
正直、とてもビビっている。冷や汗をかいているとともに、背筋が寒くなった。今、誰かに俺が2周目だってことをバレるわけにはいかない。それは、黒幕に気づかれるのと同じだということを意味する。
まさか、こんなに直球に聞かれるとは流石に思わなかった。いや、自分から聞いておきながら、当然、起こり得たこの状況に俺が気を回せていなかっただけだ。
「いや、何も隠してることなんてないけど..。それに、俺がお前らに隠し事をする理由なんてないだろ。」
「....」
十神は何も答えない。俺は、平静を装ったつもりで普段の表情のまま言葉を発したつもりだが実際に自分の表情が本音を隠せているかは分からない。核心をつかれたことによる緊張か、あるいは仲間を騙すことによる罪悪感によって表情に不自然なところが生まれているのではないかと不安で仕方なかった。
このときばかりは、嘘を平気でつけるような超高校級の才能の持ち主であったならどんなにいいだろうかと思った。
「隠し事をする理由がないか。いや、可能性ならあるぞ。お前が内通者、つまり黒幕側の人間であるという可能性だ。もし、そうなのであればそのこと自体が隠し事になり得る。」
「内通者って、そんなわけないだろ!」
まさかの展開だった。予想外で突拍子もなく、しかし恐ろしい疑惑だった。まさか、俺が内通者疑惑をかけられるなんて..。しかし、皆の前でこのことを言わないのは十神なりの優しさなんだろうか。それとも、皆が混乱に陥って殺人が起きるリスクを高めるのを防ぐためか。
「確かに、まだ可能性にすぎない。もしかすると、お前に無駄な疑いをかけて、不快な気持ちにさせているかもしれない。だが、分かってくれ。誰も犠牲者を出さないと言った以上、これは俺の義務であり、少しでも俺たちを脅かす可能性があるならば考慮せざるを得ない。」
「ああ、分かってるよ。十神が俺たちのことを本気で助けようとしてくれてることぐらい。」
「すまない、日向。」
内通者疑惑をかけられることは確かに嫌だけど、十神の言うことも理解できるし、自分が隠し事をしているのは事実だから疑われても仕方ないとは思う。それに、なにより十神ならいつか本当のことを分かってくれるとも感じていた。十神と接した時間は、決して長くはないがどうやら俺は既に十神のことを信頼しているようだった。
「ちなみに、なんで俺を内通者と思ったか聞いてもいいか?」
「勘だ。」
十神にしては要領を得ない抽象的で曖昧な返しだった。
「俺は以前、どうしても人を疑わなければ生きていけない立場に立っていたことがあった。俺にとっては地獄のような日々だ。どうやら、気づかぬうちにその時の癖が出てきているようだ。」
一周目では知らなかったその言葉の意味を今回は知っている。詐欺師として己が辿ってきた人生のことに間違いなかった。
ここで、俺と十神が言葉を発した瞬間以外、静寂が続いていた厨房に叫び声が響きわたった。
「あれあれ、何が起こってるの?調理器具がほとんどなくなってるんだけど!」
花村が大広間に料理を届け、厨房に戻ってきたのだった。
「危険物は全て俺が没収している。食うだけなら箸で充分だろう。」
「ま、まあ確かに料理はもう既にでき上がってるから大丈夫だろうけど...。日向くんもなんとか言ってよ!」
そんなことをいいつつ花村は俺に抱きついてきたから、体から必死に引き剥がした。
「あれー、日向くんにはBLの素養がないの?ちょっと幻滅だなー。」
「こっちはもっと幻滅だよ!」
「おい、イチャついてる暇があったら大広間に戻るぞ。」
十神の意図せぬ助け舟にありがたく俺は乗っかり、花村から逃げるように厨房を後にした。
大広間に戻ると、辺古山が事務室で凶器になりそうなものが入ったケースを管理することが決まったり、小泉が皆の写真を撮ってくれたりと前周回と変わらない光景が続いた。
そして...
ピピッ
ガン
旧館は闇に包まれた。
「部屋が真っ暗っすー!これじゃお先真っ暗っすー!」
まず、上がったのは澪田の声だった。それに続くように次々と暗闇の中で声だけが聞こえる。
「これじゃ飯が食いづれーじゃねえか!」
「痛っ!わーん、足踏まないでよー。」
「みんなちょっと落ち着いて。こういうときは冷静にならないと。」
「おい、お前何をしている!」 ガチャ、ウィーン・・・
その音は突如、十神のものと思われる声とほぼ同時に、警戒すべく卓上ランプあたりに体を向けていた俺の背後、つまり入り口の方から聞こえた。相変わらず暗闇に包まれていたが、反射的にその音の方に振り返るとそこには花村が火のついたカセットコンロを持って部屋の中に入ってきていた。
「花村!?」
俺は思わず声が出た。こんな出来事、前周回にはなかったはずだ。
「ふん、随分と気が利くじゃないか、この世の美味をもたらす者よ。どうやら、暗黒を払う一筋の光をその手に持っているようだな。」
「わーい、花村おにぃが明かりを持ってきてくれたよ。どこかの派手な作業服を着た役立たずとは大違いだねー。」
口々に田中や西園寺もカセットコンロという光を持ってきた花村に声をかけるが、花村は一切こちらを向かない。いや、こちらの声も届いていない様子でカセットコンロを持ったまま、ただ前方を見据えている。
まるで何かに集中しているような。
そのとき、田中や西園寺が声をかけ終わるのと同時くらいに花村が突然カセットコンロを前方に思い切り投げた。
ガタッ
放られたカセットコンロは、ただ宙を舞い、そのまま床に落ちる。カセットコンロはなおも煌々と床周辺のごく一部を明るく照らすが、先ほどまで、コンロを持っていた花村の姿は闇に包まれ見えなくなった。
ドスドスドス
「ウッ。」
何が起こっているか分からず、一瞬、思考が停止していた俺はハッと我に帰った。
そして、俺は、偶然にも花村のほぼ直線上にいたから、花村の手から放られた近くにあるコンロを拾って明かりを確保しようと動いた。その時だった。
視界に入ってきた猛烈な光に目が眩んでいた。前が見えない。10秒ほどたった後、俺の視界は景色を取り戻し始めた。
取り戻し始め、例の花村がいた方に顔を向けた。
顔を・・・向け・・
顔を・・
ピンポンパンポーン
「死体が発見されました。一定の捜査時間の後、学級裁判を開きます。」
俺たちが目撃したのは、大量の血に塗れた三人だった。
一人は、血の海にその背中を委ねて倒れている花村輝々。
二人目は、白いスーツを真っ赤に染めて死体を前にして座り込んでいる十神白夜。
そして、三人目は、十神と同様、白いシャツを真っ赤に染め、死体の前で座り込んでいた狛枝凪斗だった。