南国の陽気な太陽が照らす気持ちのいい朝。海は陽光を反射しながらキラキラと光り、ゴミ一つない真っさらな砂浜が広がっている。うーん、こんな日はさぞいい一日が遅れるだろう。俺は、気分よく食堂へと向かっていた。
と、思えたらどれだけ良かっただろうか。
今の俺は、頭は痛み、寝不足で一刻も早くベッドに転がりたい一心だった。
九頭龍に殴られた後、どうやら俺は気絶してしまったらしい。体感時間ではそんなに時間は経っていなかったが、実際は目を覚ました場所は草むらの中、空から降り注ぐ光は既に朝になっていたことを示していた。あいつが結局、ゲームをプレイしたのかは分からない。
しかし、まさか、殴られるとは。まあ、自分もデリケートな部分にズカズカと踏み込んだから、九頭龍を責められないが。
正直、九頭龍がゲームをプレイするのを止めることができたと確信できたら、この痛みや寝不足もいくらか気にはならないのだろうが、今のところ俺に残るのは、唯の疲労感。
さっさと朝食を食って、今日は一日寝よう。そうでないとコロシアイが起きる前に自分が倒れてしまうなどと考えながら俺は食堂に入った。
いつもならば食堂に近づいた時点で、みんなの騒ぐ声が聞こえたりするのだが今日は全く聞こえず、中にいるのは小泉だけだった。
「あ、おはよう日向。あんた今日はいつもより遅かったね。もうみんな先に食べちゃったよ。」
いつもより? 半分、頭が働いていない状態で時計の方を見るとその針は既にいつもの朝食の時間をとっくに過ぎていることを示していた。
気絶していたから朝のモノクマアナウンスにも気づかなかったってことか。
俺も小泉に朝の挨拶を返した。
「悪い、時間に遅れて。」
「まあ、いいけどさ。それよりさ日向、ちょっと頼みたいことがあるんだけど。」
「なんだ?」
「狛枝のところに朝食を持って行って欲しいんだよね。ほら、流石に餓死なんかされたら大変だしさ。」
そうだ。前周回にも体験したこの頼み事、もとい面倒事を押し付けられるのをすっかり忘れていた。
「あ、ああ、分かったよ。」
「ほんと?ありがとう!私にもちょっと用事があってね。ずっと狛枝の我儘に付き合ってられなかったんだ。」
その言葉で俺ははっと我に帰った。小泉の言う用事とは十中八九、トワイライトシンドローム殺人事件で間違いない。ここで小泉を行かせてしまったら、再び前周回の悪夢は繰り返される。
また、破滅の扉が開くのだ。
「小泉?ちなみに、用事って何なんだ?こんな朝っぱらから。」
小泉は一瞬、言葉に詰まったが、直ぐに俺の顔を見ていつもの勝気な態度で冗談めかして言った。
「もう!女の子には男子には言えないような悩みとかあるんだけど。」
「何か、ごめん。」
小泉に強く言われると、どうにも言い返せないんだよな。なんか委員長に叱られてる感じがする。
「うん、じゃそういうことだから。あ!あとさ...」
小泉はその場を立ち去ろうと歩き始めたと思ったら、数歩歩いてまたこちらに向き直る。その顔は、今までとは打って変わって真剣なものだった。
「日寄子ちゃんのことだけどさ、許してあげてほしいの。みんなに酷いことを言ったのは、もちろん悪い事だからまたみんなに謝らないといけないと思う。日寄子ちゃん自身もそう言ってたの。
けどさ、彼女もなんか怖くなっちゃったみたいでさ。ほら、あったでしょ、学級裁判。あそこで十神が私たちに酷い殺人の動機を語っちゃったじゃん。そのせいで少しだけ人を信じることが怖くなっちゃったみたいなんだよね。
そんなこと日寄子ちゃんは、みんなの前では言わないけど人一倍、今のこの状況が堪えてるから...。」
「もちろんだ。約束するよ。俺は西園寺も、この逆境を乗り越えられると信じてる。」
「ありがとう。あんた、ちょっと見直したよ。今までは頼りないやつだと思ってたけど、コロシアイを強要させられてるのにそんなに堂々と友達のことを信じられるなんて芯が通ってるじゃん。ま、あたしにとっても日寄子ちゃんは大事な友達だから、全力で支えていくつもりだけどね。」
そう言って、小泉は食堂を出て行った。小泉を引き止めることは出来なかったけど、西園寺の胸の内を知ることができたのは純粋に良かったと思う。
ただ、一つ複雑な気持ちだったのは十神が一心に憎まれ役を引き受けたことが西園寺に疑心暗鬼の種を撒くきっかけになったことだ。
当然、俺しかあいつの本心を知るやつはいない。むしろ西園寺の反応こそが至極当然のものなのかもしれない。しかし、理屈では分かっていても、俺の心の中に何か、もやの様なものがかかっていた。
とにかく今は狛枝の所に行かなければ。面倒だが、あいつと話しておきたいことも実を言うとあったため俺は眠い目をこすりながら旧館へと向かった。
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旧館の大広間。前周回では十神が、今周回では花村が命を落としたその場所で狛枝は、横たわっていた。
「おはよう、日向クン。さっきは朝ご飯を持ってきてくれたのが小泉さんだったから、食べさせてもらうのもどうかと思ったけど日向くんで助かったよ。」
「悪いけど、俺は食べる手伝いはしないぞ。」
「そんなぁー。両手両足に手錠がついてるんだよ。」
狛枝は大袈裟にがっかりした様子だったが、狛枝にご飯を食べさせてあげるなんて悪い冗談だ。
「じゃあ話を変えるけどさ。トワイライトシンドローム殺人事件だっけ?小泉さんに教えてもらったよ。
でも、新しい動機なんて気にする必要はないよね。所詮、超高校級の才能を持つみんなの踏み台になるだけのものなんだからさ。」
「気にしない訳にはいかないだろ。だって、それで前みたいに殺人が起きたらどうするんだ?」
「うーん、それはそれでどんな絶望をも振り払う絶対的な希望が生まれるチャンスが巡ってくるだけだよ。
それに、こんなとこで立ち止まってたら僕らの為に犠牲になった十神クンに合わせる顔がないよ。」
「どういうことだ?」
相変わらず意味の分からないことを言っている。もっとも狛枝の中では一本筋の通った明快な論理に違いないのだろうが。
そんなことより、狛枝の口から出た十神の名に俺は思わず反応していた。こいつもなんだかんだ、十神の意志に何か思うところがあるのか?そもそも十神の意図を汲み取っていたのは間違いない。あのときの十神の嘘に話を合わせていたからだ。
「それはそうじゃないか。十神クンは僕が殺人者にならないように犯行を犯し、みんなが死なないようあの場で自白をしたんだ。だってまだあの場では十神クンの犯行を証明できるような決定的な証拠は上がっていなかったもんね。
だから、僕たちは十神クンの期待に応えなくちゃ。」
俺は意外に思えた。俺たちは幾度となく狛枝の狂気に触れ、振り回されながらも最後の最後までこいつの本質を理解できたとは言えなかったからだ。まだ俺たちの知らない狛枝の一面を知って、驚いた。少しはこいつにも十神の意志を引き継ぐなんて考えがあったのかと。
「そういうわけで、僕はこれからも犯人を手助けしてあげるつもりだよ。そうやってみんなの才能を輝かせることが十神クンに対する恩返しになるわけだからね。まあ、もっとも僕なんかの命一つじゃこれぐらいのことしかできないからさ。」
「ふざけるなよ、狛枝。僕なんかの命一つだと?十神はそんな思いでお前を助けたんじゃない!あいつが命をかけて守ったものを、守られたお前自身が否定するなんて!」
狛枝が十神の意志を曲解して解釈していることはこの際どうでもいい。元からこいつはそういうやつだった。今更、裏切られたなんだと言うつもりはない。だけど、いつもの狛枝特有の自らを卑下した物言いがどうしても俺を刺激した。
十神の行動を軽く見られたような気がしたからだ。
「あれ?随分と日向クンが怒るんだね?そんなに十神クンと仲が良かったかな?
それに動機の件といい、前回の事件といい君は人一倍、殺人を警戒しているようだね?」
殺人に忌避感を覚えるのはまともな人間ならばあたり前のことだ。しかし、ここで狛枝が言っているのは俺がそれとは別に何かを抱えていることを言っているのだろう。
つまり前周回を経た俺の殺人を起こさせないという執念染みたもののことを言っているのだろう。
「ま、僕の勘違いかもしれないからこれ以上はなんとも言えないんだけどさ。
だけど、殺人を止めたいなら小泉さんに気をつけた方がいいと思うよ。なんてったって、僕がちょっと例のゲームのプレイを勧めてみたからね。」
「お前が!?」
小泉の言っていた用事はやはり動機のゲームのプレイのことだったのか。しかし、狛枝の誘導も小泉がゲームをプレイするきっかけの一つになったとするならやはり食えない男だ。
しかし、今から向かったところで間に合わないだろう。それに昨日からずっと気を張り詰めたり、殴られたり、気絶したりで俺の体力が限界を迎えそうだった。
一度、俺は体を休めるため自分のコテージに戻りベッドに横たわった。
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今、俺は辺古山とコテージで向かい合っている。辺古山はいつも以上に眼光鋭く警戒するような顔つき。一方の俺も真剣な眼差しで一歩も引かず辺古山を見つめる。
なぜそんなことをしているのかというと、まず狛枝と話した後、コテージに戻ったのはいいがそのまま翌日の朝まで眠っていたらしい。目覚めたときは焦ったが、今、思えば今回の件に限らずずっと一人で気を張り詰めて疲労が溜まっていたのだろう。
昨日、あれから行動できなかったのは痛手だが、今更後悔しても時間が戻ることはない。そんなことを考える暇があるのなら俺は今日巻き起こる悲劇の方を考えるべきだと思った。
結論から言うと、辺古山が現場へ向かおうとしているところを引き止めて意地でも説得する。そして、その足で九頭龍と小泉の争いを止めることだった。
辺古山の説得が長引けば長引くほど犯行時間に近づくため、時間との勝負でもある。
最初は辺古山が小泉と西園寺に偽の手紙を出すところを目撃したと辺古山を問い詰めようかとも考えたが、そもそも俺は手紙を出す時間を知らないためこの案は使えなかった。もし辺古山が、俺が気絶していたり、狛枝と話していたときに手紙を出していたら、俺の言葉に矛盾が生まれるからだ。第一、手紙を出すところを目撃するために、張り込みをしてまた俺の体に無理を強いたら今度こそ殺人を止められなくて、元も子もない状況になってしまう。
そういうわけで俺は辺古山に声をかけ、コテージの中で話をしようということになった。
小泉の時のようにはぐらかされることを万が一にも防ぐために俺はとある話題を辺古山に振った。それは九頭龍が辺古山と密談しているのを偶然見かけて、辺古山が九頭龍組から派遣されたヒットマンだということを知ったということ。もちろん俺には証拠のかけらもない。その事実を知っているのは前周回を経験しているからで、密談を見かけたなど嘘八百だ。
しかし、辺古山はそれを冗談と一蹴することはできないと踏んでいた。なにせ、この秘密を知られては後の生活にも影響が出かねない。コロシアイを強いられている状況下で、それが後々、致命的な影響を与え命に関わる結果をもたらすかもしれない。
ましてや、俺の言ったことは全てが紛れもない真実だ。それは当の辺古山本人が一番良く分かっている。
「どうやら言い訳をしても無駄のようだ。そこまで知られていてはな。
お前の言う通り私はぼっちゃんに仕える九頭龍組直属のヒットマンだ。」
「やっぱりそうか」
ここはさらに相手から情報を引き出すべく話に乗っておく。
「それでお前はどうするつもりだ。危険因子として私の正体を皆にバラすのか?」
「そんなことはしない。ただお前の様子を見ていて一つ思ったことがあるんだ。お前があいつに仕えることを九頭龍自身は望んでいるのか?」
「当たり前だ。私はぼっちゃんの意思の元にあり、ぼっちゃんの思うままに手足として動くだけだ。そこに私個人としての感情などない。
唯々、一道具としての使命を全うするだけだ。一体、ぼっちゃんに何の不利益があるというんだ?」
「利益の問題じゃない!道具として生きろと九頭龍がそう言ったのか?」
「そんなわけないだろう!言う訳がない!あの方はそんなこと...」
「そうだよな、あいつがそんなこと言う訳がない。にも関わらずお前は九頭龍の為だと言って道具として生きている。
そんなの九頭龍の意思を尊重するどころか、お前自身の願望を一方的に押し付ける形になっていないか?
「そんなことお前に何が分かる!」
辺古山はいつもの冷静なあいつと違って感情的にぶつかってくる。しかし、俺も怯まない。
「確かに俺にお前たちの絆を完璧に理解することなんてできない。もちろん否定をする気もない。だけど、道具じゃない、感情のある人間として生きるからこそより互いに分かり合えることだってできる筈だ。
それに今のお前の言葉、全く同じことを九頭龍にも言われたよ。」
「...っ!ぼっちゃんが?」
「ああ。お前たちはよく似てるよ。だからこそ本当の意味で互いを理解して信頼することだってできると思うんだ。
それに歪んだ関係はだんだんと着実に大きくなって、気づいた時には修正もできない。後悔しても取り返しのつかない事態になるかもしれない。」
「....」
「だからお願いだ。今の在り方のせいでお前自身と九頭龍を縛らないで欲しい。もう殺し合いなんて沢山なんだ。もう誰も死んで欲しくないんだ!」
「お、おい....日向?」
「頼むよ...。」
どうやら俺の方が話しているうちに感情的になっていたらしい。黒幕の目とかそんなことは頭の中にはなかった。ただもう目の前の命を友達を失いたくないその一心だった。
俺は頭を下げていた。
「分かったから。顔を上げてくれ。」
「確かに、私は自分にとっての幸福とぼっちゃんにとっての幸福を混同していたようだ。お前の叫びで目が覚めたよ、ありがとう。」
「いいんだ。お前と九頭龍がもう二度と引き裂かれないためなら。」
「うん?随分と意味深な言い方だな。」
「あ、それはだな...」
辺古山はいきなり問い詰めて来た俺に対して、自分の感情や気持ちを吐露してくれた。辺古山になら秘密を言っても良さそう、そんな風に思えた。
そして、俺が意を決して前周回のことを言おうとしたとき、辺古山の方から言葉を遮って来た。
「そんなことを言っている場合ではなかった。日向、お前は私に見えていなかったものを気づかせてくれた。その恩がある上で頼むのは厚かましいことは承知の上だが、私の方からも頼みがある!」
「どうやらぼっちゃんが動機のゲームをプレイして、小泉をビーチハウスに呼び出しているようなのだ。
それを知った私は、万が一の事態に備えて小泉と西園寺にそれぞれを別の時間にビーチハウスに呼び出す偽の手紙を送った。」
「万が一の事態っていうのはやっぱり...」
「ああ、殺人だ。この際はっきり言うがぼっちゃんが殺人を犯そうとしたら、代わりに私が小泉を殺すつもりでいた。西園寺はそのような事態になった時のため、罪をなすりつけるつもりで呼んだ。
しかし、今はもう殺人を犯すつもりなどないし、ぼっちゃんにもさせるつもりもない。お前が言ってくれた様にぼっちゃんと本当の意味で分かり合う為には、私もぼっちゃんも生き延びてこそなのだからな。信じてくれるか?」
「もちろんだ。お前ほどのやつがそこまで言ってくれた以上俺から言うことは何もないよ。俺たちと一緒にお前も九頭龍も生き延びよう。」
「ああ、こちらこそよろしく頼む。」
「それで頼みなんだが、私と一緒にこれからビーチハウスに行ってぼっちゃんを止めて欲しいのだ。私が小泉を呼び出したのは15時。このことはぼっちゃんにも伝えてあるから、ぼっちゃんも小泉もおそらくその時間より前にビーチハウスに行くはずだ。
二人とも私たちの中では、真面目な方だからな。」
「分かった。すぐに向かおう。」
俺は時計を見ると、その針は既に14時40分を指していた。第二の島まで行かなければならないが急げば、殺害時刻の15時までには間に合う。
そして、俺と辺古山がコテージを出たとき、絶望の報せは鳴り響く。
「死体が発見されました。一定の捜査時間の後、学級裁判を開きます!」
は?まだ、殺害時刻にしては時間が早すぎる。時間的余裕はあるはずだ。俺も辺古山も他の思考を削ぎ落としたかの様に一心不乱にビーチハウスへと走る。
辺古山は俺の前を走り、俺はその後を追う。ビーチハウスにいち早くたどり着いた辺古山はすぐさま道路側の扉を開け放った。
「ぼっちゃん!」
俺も辺古山に続きビーチハウスの中に駆け込む。
もう殺し合いなんて沢山。もう誰にも死んで欲しくない。そんな思いは無情にも切り裂かれ、甘くない現実を突きつけられる。
俺たちが視界を足元に下ろすと、そこには既にこと切れた床に横たわる小泉真昼と、真っ赤な血で大きく書かれたチミドロフィーバーの文字があった。