禍々しく描かれた血文字に一瞬気圧されるも、その場に俺と辺古山以外に誰もいないことに気づいた。
死体発見アナウンスが流れた以上、少なくとも3人が死体を目撃しているはずだ。
しかし、俺たち以外にその場に人が居ないという事実は現場から逃げ去った者がいるという事実をさらに指し示している。普通なら仲間の死体を前にしてこうも冷静になれる訳などないのだが、奇しくも前周回の経験が自分を冷静にさせている。
その後、アナウンスによって九頭龍以外の全員が集まり学級裁判に備えて捜査が開始された。
どうやら狛枝もモノミによって解放されたようだった。
俺も捜査に取り掛かろうとした時、辺古山が声を掛けてきた。
「日向。私はぼっちゃんのコテージに行ってみようと思う。捜査はお前たちに任せる。」
「ああ、分かった。九頭龍の方は頼んだ。」
「任せておけ。お前からはまだゆっくり聞きたいこともあるのだ。そのためにもなんとしても学級裁判を乗り越えなくては。」
そう言うと辺古山はビーチハウスを去って行った。なんだかんだ九頭龍のことが心配なんだろう。俺は今回も一人で捜査に取り掛かることにした。
『死亡したのは超高校級の写真家小泉真昼。死体の発見場所はビーチハウスで死亡時刻は14:00頃。頭頂部に切り傷が一つ見られる。』
モノクマファイルを見て気づいたことが一つある。小泉は14:00に一体何をしていたんだろうか。辺古山の呼び出しより1時間も早い筈だが...。
次に俺は死体とその付近を調べて見ることにした。小泉は床に倒れているが、モノクマファイルに記載されている通りパッと見た感じ、傷は頭部以外に見られなかった。
そして、やはり一際目を引くのはチミドロフィーバーの血文字だろう。
これは恐らく以前に聞いたことがあるジェノサイダー翔とかいう殺人鬼が現場に残すというシロモノだ。もちろん辺古山がキラキラちゃんを名乗った様に模倣の可能性もある。
でも、もし前周回、ジェノサイダー翔の本性を隠したまま死んでしまったやつが居たとしたら。まだ仲間の隠された秘密がコロシアイの中で誰にも知られぬまま闇に葬られていたとしたら。それなら、俺たちの中にその殺人鬼が紛れ込んでいる可能性だってある。
まあ、なんにせよ被害者の血で文字を書くなんて猟奇的すぎてひたすらゾッとするばかりだ。
しかし今そんなことを考えていてもキリがない為、ふと視線をずらして小泉の死体を真正面から見ると、クローゼット側の床が濡れていた。しかも不自然なことに床の濡れている部分は死体から一本道をつくるように伸びていて辿っていくと、それはいろんなドリンクが冷やされている冷蔵庫に続いていた。
そして濡れているのは床のみならず冷蔵庫の、それもクローゼット側の上面や側面付近が綺麗に濡れていたのだ。
ビーチハウスで濡れている物があった。もしやと思い、俺はゴミ箱の中を覗くと案の定、山の様に空のミネラルウォーターのボトルが捨てられていた。
クローゼットの中にも何か事件の手がかりがないかと探ってみると、確かに見覚えがあるが意外でもあったものが置いてあった。それは前周回のこと、3回目の事件で偽装工作に使われた暗幕であった。多分、スーパーにあったものだろう。しかし、その暗幕を手に取ってみると気になる部分が見つかった。穴が空いていたのだ。しかしその穴は決して大きいものではなく握り拳より少し小さいぐらいであった。
そしてもう一つ、何か赤い粉末が暗幕に付着していたのだ。正体の分からない危険な粉末を舐めるようなことをして、身をもって確かめる勇気は俺にはない為、俺はそのままクローゼットを出ると今度は真正面にその赤い粉末を目撃した。
その赤い粉末はビーチハウスのビーチ側の入り口付近の床にも落ちていた。しかもその量はどう見ても暗幕に付着していた量より多い。
「あ、日向くんもその赤い粉末が気になった?」
よく聞き覚えのあるほんわかしたその声は七海だった。
「ああ、この赤い粉末がクローゼットの中にあった暗幕にも付いてたんだけど何なのかが分からないんだ。」
「それは七味だよ。さっき舐めてみたから間違いないよ。」
「七味!?なんでそんなものがここにあるんだ?」
予想外の答え過ぎて素っ頓狂な声が出たと自分でも思う。それもそのはず、さらに謎は深まったのだから。
「うーんとね。例えば小泉さんか犯人がここで七味を使ったとかかな?」
七味を使った?ここで何か食べたというのか?それとも何か別の用途で七味を?でも調味料以外の使い道なんてあるのか?
疑問が俺の思考回路を延々と回り続ける。とりあえず七味があるところといえば食事をするところ、つまり食堂だ。
おそらく食堂から持ち出したものだろうから、何か犯人を特定する手がかりが残っていればいいんだが。
あと、ホテルの方に戻るのならついでに辺古山と九頭龍の様子を見にコテージにも行ってみるか。
俺は一度ビーチハウスを後にし、ホテルやコテージの方へと戻った。
コテージの近くに着くと辺古山がこちらに向かって歩いて来た。
「日向、捜査の方は順調か?」
「まあ、幾つか発見はあったよ。九頭龍の様子はどうだった?」
「コテージに来た時には返事がないだけで中にはいたようなのだが、今はどこかに出かけて留守らしい。どうやら私がぼっちゃんの為に飲み物を取りに行った隙にコテージから出たようだ。」
「九頭龍が辺古山の呼びかけにも答えないなんてな。」
「私はもう一度ぼっちゃんを探して見る。」
「ああ、頼むよ。」
そして俺は辺古山と別れ当初の予定通り食堂へと向かった。
早速、七味をチェックしてみたのだが不思議なことに何も異常は無かった。
調味料の入った入れ物の数もいつもと同じだな。持ち出された形跡もない。でも、他に調味料のある場所なんて...。
いや、あるじゃないか。前回の殺人の舞台にして狛枝が拘束されていた場所、旧館だ。そこの厨房から犯人は持ち出したんじゃないだろうか。逆に食堂に持ち出された形跡が無かった以上、むしろそこしか有り得ない。
「ほわわ!?日向くんこんなところに一人でどうしたんでちゅか?」
「どうしたも何も捜査だよ。ここが事件に関わってるかもしれないから来たんだ。」
旧館に入るとどこからともなく急に飛び出して来たのはモノミだった。モノミに捜査の一環だと言うことを伝えると納得してくれたようだった。
厨房はそこが調理をする場所かと思えないほどにガランとしていた。もちろん調理場がごちゃごちゃしているのも危険なのだが今回はそういう意味ではない。前回の事件で俺と十神が凶器になり得る物を根こそぎ回収した為、そこには包丁やナイフの様な危険物は存在していなかったからだ。
「確かに危険でちゅけど、皆さんの健全な生活の為に健康な料理は必要不可欠でちゅから後で包丁類はあちしが補充しておきまちゅね。」
「てことは、ここはあのパーティー以来誰も利用してないのか?」
「はい!そのはずでちゅ。あの事件からこのコテージに入ったのは反省中の狛枝くんと一度狛枝くんに朝食を持ってきた小泉さん、それと日向くんだけでちゅ。狛枝くんの見張りをお願いされて、ずっとここにいまちたから間違いないでちゅ。」
「左右田と弍大は旧館に入らなかったのか?」
「二人も旧館に入ったでちゅけど、厨房には入らなかったでちゅよ。それもあちしが見てまちたから。」
「かなり俺たちのことを見てるんだな。」
「当然でちゅ!皆さんの先生として皆さんを見守らなければいけまちぇんから!そのためには寝るのも惜しくないでちゅ!」
NPCって寝るのか...。そんなことを聞き流しつつ、俺は調味料の数を数えるとどうやら七味が本来この厨房にある数より一つ少ないようだ。
間違いない。犯人はここから七味を持ち出したんだ。
未だに凶器も分からないし、七味を使った用途も分からないけどこれは一つ収穫だ。
俺はモノミと別れると最後に再びビーチハウスに戻ることにした。
罪木の検死の結果も気になるしな。
「小泉さんの頭部の傷ですけど深い切り傷になっていますね。モノクマファイルに書いてある通りこれが致命傷で間違いないですぅ。でも刃物で切り裂かれたというより突かれた様な傷なんですよお。でも、そんな凶器周りにも見当たらなくてぇ。」
「ありがとう。それが分かっただけでも充分助かるよ。」
「あ、ありがとうございます!小泉さんは私みたいなのにも優しくしてくれましたから、ど、どうにかお役に立ちたい一心で。」
「罪木がそこまで小泉に感謝してることを知ったら天国の小泉も喜んでるよ。後は任せてくれ。」
「ふゆぅ、日向さんも優しいですぅ。」
確かに罪木の検死は助かるけど、凶器の謎もその通りなんだよな。今まで本物の凶器にしろ偽装工作によるものにしろ何か凶器らしき物が必ず現場には存在した。しかし今回の様なケースは初めてだ。犯人が何らかの方法で凶器を処分したということなのか?
その時、俺の考えを吹き飛ばす怒声がビーチハウスに響きわたった。
「九頭龍!あんたが小泉おねぇを殺したんでしょ!」
「ふざけてんじゃねーぞ!何で俺があいつを殺さなくちゃなんねーんだ!」
「人を殺す様な奴の考えてることなんか分かる訳ないじゃん!こっちには証拠もあるんだからね!」
「そんなもんてめえがデッチあげただけだろ!言いがかりもいい加減にしやがれ!」
「まあまあ二人とも。今は捜査に集中しようよ。そうしないと学級裁判でみんなお陀仏だよ。」
ビーチハウス入り口付近で西園寺と九頭龍が言い争っている。仲裁をしているのは狛枝だった。俺も思わず仲裁に入る。
「どうしたんだ、お前ら。」
「犯人を見つけたんだよ!こいつが小泉おねぇを殺したんだ!もう学級裁判も捜査も必要ないよ!さっさと処刑しちゃおうよ!」
「何だとてめえ!それ以上言うとマジで承知しねーぞ!」
「どうせあんたも十神おにぃみたいに自己中心的な理由で殺したんでしょ。殺人犯の動機なんてどいつもこいつも思考は同じ、みんなゴミクズなんだから。
私には分かってるんだから!分かってるんだからね!」
どうも西園寺の様子がおかしい様に見えた。罵り合いをしてるんだから冷静さを欠いているのは当たり前なんだが、何か普通じゃない。
その時小泉が言っていたことを思い出した。西園寺は前回の十神による殺人、そして皆にとっては残酷にしか映らない動機の暴露によって人一倍怯えていると。
西園寺が今見せている攻撃性は言わば虚勢。九頭龍を攻撃したいと言うより、怯えるあまり自分の身を守ろうとしている。
そしてどこか自分にそうだと言い聞かせているようにも聞こえるのは、恐らく小泉がもういないという事実を九頭龍が犯人だということで無理矢理自分を納得させようとしているのだろう。
精神的に不安定な状態になっている自分を支えてくれて心の底から信頼していた小泉を失った今、西園寺の目には何が見えているのだろうか。
「西園寺、九頭龍二人とも止めろ。小泉が亡くなったというのに、その前でその様な争い、醜い事この上ないぞ。」
ビーチハウスに辺古山が戻ってきたらしい。そして辺古山の一喝によって西園寺と九頭龍も大人しくなった。
「そうだよ。それに私たちが学級裁判で死んじゃったら小泉さんを弔ってあげる人がいなくなっちゃうよ。だからさ、今は協力して捜査しよう、ね?」
七海も穏やかに語りかけるように二人を諭す。
すると西園寺は重要な事実を語り始めた。
「私ね、14:30分頃に手紙で小泉おねぇとここで待ち合わせの約束をしてたんだ。実際に着いたのは14:20分頃だったけど。それでね道路側の扉から入ったんだ、そうしたら小泉おねぇが血を流して倒れて..て...。ぐすん..。
パニックになって一目散に逃げだして、どうしていいか...分からなく...なって。
うええええーーーーーーーん!なんで!なんで!小泉おねぇが死ななくちゃいけないのぉ!どうして!どうしてなの!」
西園寺.....。
西園寺の心からの叫びを聞くと、こちらも胸を締め付けられるようだった。ドロドロとジュクジュクと胸の中に不快なものが存在するかのような。
「学級裁判、それは一瞬の煌めき。生と死をかけてぶつかり合う輝きの舞台。時は再びやって来る...。
ということでみなさん!モノクマロックの前に集まって下さいね!うぷぷぷ。」
悲しむ暇も怒る暇も与えてはくれない。時間は止まらず流れ続けて、再び学級裁判の始まりは告げられたのだった。