久しぶりの更新になります。お待たせしました。
夏休み突入でパパッと書いてしまったので、文が少し荒いとか、脈絡がないかもしれないです(元々
「警察、やりませんか?」
彼女は藪から棒にそう言った。
この似合わないコートを羽織った少女は、一体誰で、何を目的としているのだろうか。まずはそれを理解しなければいけないらしい。
というのも、少年兵なんていうのを経験している身としては、これくらいの歳――小学生くらいか――の人間は注意の対象だ。特に、このような妙な発言をする人間にはコンディション・イエローだ。
「……ン、ああ……えっと、お嬢ちゃん。お名前は? どこから来たんだい?」
「お嬢ちゃんではありません。私は『銭型幸菜』。ICPOの警部です」
「へぇ、そういう設定の遊びなんだな。けどごめんな、俺、今は忙しくてさ。また今度遊ぼうな」
ICPOに、こんなガキがいるわけがないだろう。俺は勝手にそう決めつけた。
「冗談ではありませんよ。私は――」
銭型幸菜は、ほんの少し口角を吊り上げて言う。
「銭型幸一の娘ですから」
「…………!」
衝撃的だった。
銭型幸一、といえば、警察関係者は元より裏社会に通じる人間なら誰もが知っている名前だ。
かつて、リュパン三世がまだ現役だった頃、終生彼を追い続けたICPO伝説の警部。一説では、リュパンを逮捕した回数は二桁に上り、また三代目リュパンファミリーの誰よりも腕が立つ人物であったとか。
情に厚く、熱血漢であったが同時にリュパンを追い詰める狡猾さも併せ持った、まさしく伝説上の存在。
「ははは、お嬢ちゃん、どこでとっつぁんの名前を? それに、とっつぁんには娘がいるが、もう二十歳超えてるぜ?」
「私は次女です。長女には会ったことがありませんが」
「馬鹿言うんじゃないよ。とっつぁんとは何回か話したことがあるが、次女の存在なんざ聞いたことないね」
リュパン達が俺の前から消えた後も、とっつぁんとは偶然が重なって会うことが多かった。同じアメリカ東海岸で、生活圏が重なっていたこともあるが。
「……血縁関係を証明できるものは。そもそも、とっつぁんは奥さんも日本人だ。白人のお前が娘であるわけがな――いや、失言だった」
肌の色関連の話はなるべく避けるようにしていたんだが、大分日本のノリに慣れてしまったかな。
「色の違う親子はいけませんか?」
「んなこたぁ、ねーよ。ただ、それでお前をとっつぁんの娘、ましてやICPOの警部だって認めるのは無理があるんじゃないか」
「警察手帳です」
彼女は徐に取り出した警察手帳を俺に見せた。警視庁所属らしい。本当に本物の警察手帳だ。
「|架橋生≪アクロス≫?」
「似たようなものです」
しかし、なぁ……
という風に、俺は五エ門に目線を向ける。
すると、彼女はこっちに話題を振るなとばかりに目を逸らした。
ああ、こいつ警察とか苦手なんだな……
「……オケオケ、とりあえず、だ。お前が警察なのは認めるよ。ICPOに出向することもあるだろよ。とっつぁんのことは……まだ結論付けるには早い」
「ですから――」
「待て待て! ぶっちゃけた話さ、俺が一番聞きたいのはさっきのことだよ。警察をやるって、一体どういうことなんだい」
「簡単な話です。銭型が追う者は、いつだって一つでしょう」
リュパン。
それしか頭に浮かぶものはない。
「それで……、それと俺と、どういう関係があるっていうんだ」
「あなたは、少し前からリュパン四世――峰理子の方が通りがいいでしょうか? ――と仲違いをしていると仄聞しますが」
「ああ、その通りだ」
自分で言ってて嫌になるけどな。
「私がリュパンを逮捕するにあたって、あなたの戦闘能力やリュパンに関する情報には、とても興味があります」
「だからって、俺がお前に協力するメリット、ある? 俺にはないように思えるね」
「リュパン逮捕に直接関与しろとは言っていません。今回のことは、双方にメリットがありますよ」
「へえ、言ってごらんよ」
「リュパンを逮捕することは、実はあなたのような取り巻きがいない状態なら非常に簡単なことです。彼女自身の能力は決して高くない」
はは、言われてやんの。
確かに、リュパンの能力自体は先代もそうだったがそこまで高くはない。頭は少しキレるが、それ以外に突出した能力がないのだ。
しかし、彼にはリーダーシップがあった。仲間を使うのが上手かったのだ。生まれついての指揮官タイプ。普通に働いてはまず出世できない。
だからこそ、彼は裏の界隈で伝説的な存在になったのだろうな。
「調査によれば、あなたは以前からブラドを倒す算段を立てていたそうですね。それも、仲間を集めて」
「それが、どうしたよ」
何だか話が見えてきたぞ。
「事実の話をしますが、リュパンはブラドの保護下です。監視下と言ってもいい。それは私達がリュパンを逮捕するにあたっても非常に厄介なことです。ブラドは政治に強いですから」
「だろうな」
ブラドの下で悪事に加担していればわかるが、あいつは毛むくじゃらの風貌に反して頭はキレるしコネもあるし、何より裏社会への影響力がある。
地味に高給だったな……
考え始めたら、あいつが理想の上司みたいになっちまった。少なくとも、理子よりはいいのかもな――
って、何考えてるんだ、俺は。
「だから、リュパンを逮捕するためにまずは私と一緒にブラドを逮捕しましょう。ブラド逮捕以降は警察の任を解いてあげます。これは至極合理的な提案ですよ」
「……五エ門、助言」
「好きにしろ。拙者、同心は好かん。中央アジアでどれだけ追い回されたことか……」
「自業自得だろ」
「そういえば、以前出向した時に辻斬りの噂を聞いたような……、指名手配の名前は――」
すると、五エ門は一言も発さずに、流れるような動きで屋上から飛び降りて、去っていった。落下距離にして20メートル。多分、超能力だと思うが……
「あいつ本格的に人間やめてるな」
「それで、どうでしょうか? あなたがブラドに味方するというのなら、私もブラドと交渉させていただきますが」
「俺がブラドに? はは、それだけはないな。――条件を纏めよう。お前が齎すのは?」
「ブラドを逮捕するための力を貸します。また、それ以外の場合でも、ICPOからは峰理子とあなたの安全を保証します」
「俺が提供するのは?」
「……本件に関して、日本政府はこれから起こりうる全てのことに超法規的措置を約束しています。ブラドを殺害、懐柔する能力を少なからずあなたは有しているから、それを貸して頂きたい」
「それ、本気?」
「あなたにその程度の力もないとは、思いたくないですが」
「回りくどいな! 俺とお前なら、ブラドを倒せるのかって聞いてんだよ」
彼女は俺の目をじっと見つめて、意思を確認する。
「あなたがそう望むなら」
俺は、そう望むか? 何度、立ち位置を変えれば気が済む。結局、何がしたいんだ。
……今のままじゃ、全部宙ぶらりんな気がする。
次元なら、答えてくれるだろうか。……考えるだけ無駄だな。我武者羅にでも、進むしかない。
俺は、少し乱暴に右手を突き出してみる。
彼女は、それを優しく握り返して、弱々しく上下に数回振った。
「よろしく」
「期待していますよ」
そう言って、コートを翻した彼女は、思い出したように振り返って。
「あ、そうそう。明日から少しの間、私の用事に付き合っていただくので、そのつもりで」
…………現金な奴だ。
†
M240のけたたましい発砲音が響いていた。
俺達が小銃や軽機関銃で、敵ゲリラの補給基地となっている小さな町の一区画を制圧するのには、半刻もかからなくて……
「ジョン・ジェイコブ・ジングルハイマー・シュミット……」
ボーイスカウトが歌うような歌詞を口遊みながら、敵兵の死体を一つ一つナイフで串刺しにしていく。
「それは俺の名前~」
俺の近くにいた仲間も、俺の歌詞に続いて歌い始めた。
「外に出ると~、皆が叫ぶ」
俺が残り一つの血まみれになっている俯せの死体を確認しようとすると、
「ああああッ!!」
その死体が動き出して、俺にククリナイフを突き出してきた。
俺がそれを伏せて躱すと、パンパンッ、と9mm弾が敵の心臓部と頭部に命中した。仲間の拳銃弾だった。
俺はその仲間にサムズアップすると、返り血を拭う。
「ほら! ジョン・ジェイコブ・ジングルハイマー・シュミット。ラララララララ……」
歌は殲滅した区画に響く。
†
夢だ。
また、夢を見た。
内容はあまり覚えていないが……、歌が響いていた。
「ジョン・ジェイコブ――」
「Jingleheimer Schmidt?」
「
突如として流暢に歌詞を続けた声に、俺はベッドに乗ったまま横を振り向く。
「おはようございます」
「あ、ああ、グーテンモーゲン……」
ベッドの横には、相変わらず暑そうな恰好をした、お嬢ちゃんが立っていた。
「不法侵入じゃないのか」
「差押許可証が見たいのなら発行しますが?」
「可愛くない小学生だ」
「私は高校生です」
「知ってるよ」
俺はそれだけ返すと、クローゼットから黒ジャケットの私服一式を取り出して、着替え始めた。
着替え始めようとしたんだが……
「……」
「…………」
「……いや、出て行けよ」
「……?」
彼女は首を傾げて、何を言っているのかわからないといった態度を憚らない。
「今から着替えるんだが……」
それでも彼女は我関せずといった表情で、こちらを見ていた。
仕方ないので、俺はそのまま着替え始める。
小学生みたいなやつに着替えを見られているという、何ともよくわからない状況だ。俺も男だ、気にしすぎるというのはどうかとも思うがね。
ジャケットの襟を整えて、歯を磨いてから帽子を被る。……まずいな。親しくない人間が、自分のテリトリーにいるというのは、彼女の風体も相まって、意外に緊張してしまう。普段なら歯を磨いてから服を着替えるのに、俺の行動パターンを知っている理子などに見られれば、笑われてしまうな。
「さ、行こうか。飯は食ったかい? まだなら、どこかの店に行くが」
「では、そのように。九時には警視庁に着きたいので、それまでに済ませられるところがいいです」
玄関で靴を履いて出ようと思ったら、こいつ土足で部屋に上がってやがった。今度来るときはちゃんとするように、注意しないとな。
階段を下りながら、どうやって行こうかと考えていると、やはり車かな。と思ったが、どうかな。
「R34を持ってるんだ。アメリカじゃあまだ輸入できないだろ? かなり速いぜ」
「それは……、私のアウディより速いのですか?」
「さて、どうかな。ただ、デカくて丈夫だ」
「悪人は往々にして大きな車に乗りたがります。統計ですが」
「俺が悪人だって?」
「少なくとも見た目は」
厳しいな。次元スタイルは一昔前のギャングみたいだから、仕方ないけど。
まあ、服装のセンスがないというのは、今に言われだしたことじゃないから、気にしないほうがいいだろう。
「警察が悪党に飯に連れて行ってもらうのか。とんだコメディだ」
「では、紳士的にエスコートなさい」
「アイマム」
†
学園島から車で数分、ファミレスのような中華料理屋で朝食にありつく。
道中、煙草を吸おうとしたら補導されそうになってしまった。武偵が補導されるってどういう状態なんだ……
適当な席に向かい合って座ると、俺は豚の皮を揚げたものが入った粥と、食後にコーヒーを一杯注文した。お嬢も同じものを注文したらしい。
中国――まあ、俺は広東省にしか行ったことないんだが――では朝食に粥を食べるのが普通らしい。
オートミール然り、朝に消化のいいものを食べるのはいいことだな。
「お嬢ちゃん、装備は?」
「……その前に、その、お嬢ちゃんというのをやめてください」
「とっつぁんだって、とっつぁんだろ」
「やめてください」
キツく言われてしまった。
「じゃあ、どう呼んでほしいんだよ。代替案を提示すべきだな?」
「ファーストネームで結構です」
なるほど、どうせこれから一蓮托生だからな。お互いのことをよく知るべきだろう。
「じゃあ、幸菜嬢ちゃんだな」
「射殺されないうちに訂正しなさい」
そう言って、懐から古ぼけたガバメントを取り出した。アリアのようにカスタムしたものではなさそうだが、よく手入れしてあるのが見た目でもわかる。
照準は、俺の眉間だ。
「ちょっ、お、お巡りさんこいつで――――ああ、こいつがお巡りさんだったな。ガッデム! 世も末だぜ」
「ハリー……!!」
「お、オケオケ、待ってよ。な、落ち着けって。クールにいこう。一端のレディなら、無暗に銃を向けるもんじゃないな?」
お嬢はそれを聞くと、
「卑劣漢|奴≪め≫……」
と呟いてから、テーブルに乗り出して、俺の襟を掴むと、上着の内ポケットから煙草を取り出した。
てっきり、今の腹癒せに没収する気かと思いきや、その中の一本を取り出して、
「ん」
とだけ唸って、咥えてからこちらに差し出してきた。
子供が大人の真似をしているようで、何だか微笑ましく思えた。
「未成年だろ?」
「特権です」
「なら、俺も特権階級だ」
そう言ってから、俺も別の一本を取り出し、咥えて火をつける。
ジト目で見つめてくる彼女に我慢ならずに、彼女の口許にも火を添えてやった。
「ほらよ、お嬢、ちゃ――ッ!!」
ジッポーを消したと同時に根性焼きされた。
「次からは、シガーキスで点けてください。それくらいもできない男では、私のパートナーは務まりませんよ」
「してほしいなら言えよ。天邪鬼だな」
「察しろというのです」
「ハッ……、ああ、オーケー、善処するよ」
一瞬可愛げもある奴だと思ってしまったが、そうでもない。いや、どうなのか。結論を出すには、俺達の関係は浅すぎるな。少し話を変えようか。
「そういえば、今、どこに住んでるんだい」
「赤坂見附駅の目の前のホテルです。ICPOは対超能力者には財布の紐が緩みがちですから、大分贅沢をさせてもらっています」
「はは、なるほどな。汚職をしない警官は、優秀だ」
「以前はマンハッタンに住んでいましたけど……」
「転勤ってやつか?」
「ええ……、今のところ、ここでの暮らしは気に入っています。日本人は面白味はありませんが、勤勉で誠実な人が多いので」
「お前だって、日本人だろうに」
すると、彼女は着ているスーツの下、カッターシャツの首元を、ネクタイを緩めて露出させた。ついでに、自身の髪も強調するように摘まんでみせた。
「これが日本人に見えますか」
肌は白人特有の透き通るような白。
髪も同じくらいに白い。
顔の表面では、浅瀬の海を映したような瞳だけが唯一、色を呈しているようにも思えた。
「俺が人種に拘る人間ではないことは、伝えたつもりだ」
「わかっています。だから、こんな話をしているのです」
「ン……」
それもそうだが、しかしな……
「いや、すまなかった。忘れてほしい」
「いえ……」
すると、どこからともなく、電子的な音が聞こえてきた。携帯電話の着信音だろう。
俺は全ての知り合いの番号に、それぞれ違う音楽を割り振っているので、確実に俺への着信ではない。
お嬢が懐から携帯電話を取り出したので、誰のものかという疑問は解決したのだが、彼女は一向に電話に出る気配がない。
「出ないのかい?」
「…………」
頑として出ようとしない。
しばらくして、電話が切れた。どうやら留守電を残しているらしく、お嬢は一応それを聞いてみるようだ。
『――警部、私です。今、警視庁の特別対策本部に詰めています。少し到着が遅れているようですが、迎えが必要なら申し付けてください。五分以内に連絡がない場合は探知を――』
凛としたような声だった。五エ門に近いかもしれないが、もう少し理知的な女性を連想させた。
そこまで聞いてから、彼女は渋谷あたりの女子高生もかくやというスピードで電話帳を開いて、恐らくは先ほどの声の主に電話をかけ始めた。
目測――いや、耳測でワンコール鳴り終わるか否かというくらいで、相手は電話に出たようだ。
「もしもし…………、ええ、そう。今は、朝食を……」
口調が俺の時とは少し違うように見える。目下の人間と話しているんだろうか。
もう二、三くらい話してから、彼女は電話を切って、俺に向き直った。
「少し、予定が繰り上がってしまったようです。今から本庁まで連れていってください」
「わかった」
俺はそれだけ言うと、お嬢の分の代金も払って、車に火を入れた。
†
警視庁公安部。
嫌な感じだ。公安っていう名前自体、そもそも気に食わない。
現在、警視庁の清潔感ある廊下をお嬢より二歩ほど下がって着いて行っている。
服はいつもと同じダークグレーだが、こういう場にいると様になってるな。これで、センスがないとかは言わせないぜ。
「にやけないでください」
「……」
こちらを見ずにそう言い切った。あいつは後ろに目でもついているのだろう。
しかし、俺を引き連れているように歩かせているのは、明らかに示威行為だろう。
外部から来た人間が嘗められないようにするためには、実力や権力を見せつけたりとか、そういうのが効果的だ。海外に行く機会が多いICPOならではの所作だな。
俺達の目指す部屋は、公安部の密集している区画の一角にある。
部屋の扉の前には大きく『太陽事件特別対策本部』と書かれている。太陽……?
「入ればわかるでしょう」
お嬢は臆することなくその扉を開ける。
「失礼します」
中は大学のような、雛壇状の会議室だった。
すると、扉の横にいた少し背の高い女性――と言っても女性にしてはという意味で、俺よりも一回りは小さい――がこちらに目を向けてから、近づいてきた。
すらっとした印象で、キャリアウーマンって感じかな。パンツスーツがよく似合っている。
「警部。お疲れ様です」
彼女はまるで、俺などは見えていないように、お嬢に話しかけた。
「まだ何もやってはいない。社交辞令はやめなさい」
「はい。それで、
「私に受領しに来いと」
「そういうことになります」
「剛毅なことだ」
などと二人で話を進めてくれているが、せめて俺への紹介があってもいいんじゃないかな。
「なぁ、おじ――警部。そいつは誰かな」
「ああ、彼女は……」
銭形警部はバツが悪そうに目を背けた。
「超能力犯罪対策室長である銭形幸菜の補佐官、アンジェリア・ミュラーです」
ツンケンした態度で形式的に彼女はそう名乗った。
「武偵の次元英介だ。よろしく」
俺が握手を求めると、彼女はそれを軽く掌で払い、さらにそれを見たお嬢が溜息を吐いた。
「アンジェリア……!」
怒気を含んだような声音でお嬢は彼女を一喝するが、彼女はほんの少し怖気づいたようにしただけで、また俺を睨んでくる。おかしいね、俺、何かしたかね。
「申し訳ない、英介。彼女はその……、性格に難が――」
「違います!」
今度は声を荒げて、アンジェリアの方が怒り出したような雰囲気だ。
「警部、彼の待遇について説明を」
「待ちなさい。それよりも、任務の受領が先だ。行きますよ、英介」
「へいへい、じゃ、また後でな。ミュラー補佐官」
アンジェリアの文句を背中に受けつつ、俺達は部屋の一番奥に位置する公安零課の課長席へと歩を進めた。状況を見るに、現在、公安零課自体が特別対策本部を兼ねているらしい。俺達は太陽事件が一体何なのかさえ知らないが、それも教えてくれるのだろう。
パーテーションで区切られたデスクの一つで、零課の課長はパソコンに向かってブツブツと呟いていた。傍から見れば少しと言わずかなり不気味だ。見た目が普通の会社員風なのもそれを助長している。
お嬢はパーテーションのガラスの部分を三度ノックして、人当たりの良さそうな笑みをその課長に向けた。
「どうぞ」とだけその人は言う。
「失礼します。本日からこちらでお世話になります、ICPOの銭形です」
「ああ……、銭形、警部。随分お若いようですが」
「今年で15になりますが、年上に負けたことはありません。実力は結果で示されるでしょう」
「剛毅だね……、期待しています。では、ブリーフィングを始めましょうか」
課長はそう言うと、お嬢に一冊のファイルを渡して端的に述べた。
「太陽事件についてですね……、そのファイルの人物を殺してください。潜伏先は都内の中心部。方法は問いませんが一般人に被害を出さないように、以上。何か質問は」
クソ適当じゃないか。しかも結構面倒。
お嬢はファイルを捲りながら、必要経費や日本警察の協力体制、その他諸々、立ちながら寝てしまいそうになるようなつまらない質問までしていった。
「……わかりました。銭形幸菜警部、確かに受領いたしました」
「はい、よろしく……」
素っ気なく言うと、課長はそのままデスクワークに戻っていった。
この間、俺のことはガン無視である。素直に寂しい。
というか、対策室が置かれるほど重大そうな事件の割に、動員される人数も俺達二人だけで、一体何がどうなっているのか……
「英介、隣の部屋が空いているそうなので、再度ブリーフィングを行います」
もう俺はお嬢の付き人として振る舞うことにした。
……自分で言っておいて何だが、お嬢の付き人とか、ヤクザみたいな響きだなぁ。
部屋を出る途中でアンジェリアも引き連れて、俺達は隣の物置のようなところで、お嬢からブリーフィングを受ける。
「今回の事件――通称、太陽事件――ですが、容疑者は元・公安零課所属の『ソル・グラーベ』。国籍不詳。36歳。容疑は……、殺人、窃盗、銃刀法違反、エトセトラ。現在までに警察官を含む23人を殺害……」
ソルだから太陽ね。それにしても、重犯罪者じゃないか……、それも、公安上がりのエリートだ。
「しかし、そんなに殺すっていうのは、尋常な動機ではないな。それとも、精神異常者の類なら話は別だが、公安がどのくらいストレスの溜まる仕事かは知らないな」
「彼は半年前、恋人を殺されているようです。容疑者は……15から14歳の少年6人ほどですね」
「少年……? ああ、そういえばそんなニュースもあったな」
「恐らく、ここがこの事件のネックです。――あ、コーヒーでも淹れてくれる? アンジェリア」
「わかりました。……自販機で買ってきます」
この部屋は本当に倉庫としてしか使われていないようで、コーヒーメーカーの一つもない。オフィスとして使うには劣悪だな。
部屋を出ていく彼女を尻目に、お嬢は続けた。
「少年――まあ、そうですね、アルファベットで言うなれば、少年A、B、C……としましょう。主犯格は少年AとB。この二人の親は政治家だったり、富豪だったりするわけですが、AとBはそれを笠に着て、口に出すのも憚られるようなことをしていたと、そういうことらしいです」
「ははあ、見えたぞ。その横暴の標的になったのが、ソルの恋人だったわけだ」
「そのA~Eの内、A以外の少年らは全員が殺害されました」
「ソルによってか」
「聞くまでもないことです。現在、少年Aは警察の保護下にあります」
「だろうな」
ここまできて保護の一つもなければ、日本の警察は完全に文民警官とか揶揄されるような無能ということになってしまうだろう。面目も何もあったものではない。
「というか、少年Aってのはどうなんだい。名前を教えてくれたほうがいいだろう」
「それは……、あなたは民間の人間ですから」
「俺は武偵だ」
「民間の、武偵ですので」
「そんなのはありか?」
「規則ですから」
そう言いつつ、お嬢はファイルをこちらに差し出してきた。
「無断で警察の記録を閲覧することはいけませんよ。私は、少し眠いので、目を閉じていますが。いいですか、見てはいけませんよ」
「ああ、わかってるって」
俺はそれを受け取ると、いくつかの重要そうな書類に目を通した。
ソル・グラーベには恋人の他に相棒がいるらしい。名前は、セレーネ。
|ソルとセレーネ≪太陽と月≫か。気取っているが、写真からしても板についている。
セレーネは長い金髪の持ち主。女神という表現が似合いそうな白人だ。方やソルは赤毛が眩しい好青年といった風貌。体は流石にそこそこ鍛えているようで、逆三角形の胴体がいかにも強そうに見えた。
ソルは拳銃や短機関銃などが主兵装らしい。セレーネは狙撃銃が得意と書いてある。
殺害方法に関しては……、酷いな。
典型的な拷問の形態をとるものから、単純に撲殺したものまで様々だが、ほとんどの死体は確実に見つかるであろう場所に置き去りにされているようだ。
一番新しいのは……、ヤクザの息子か。
爪と歯を全て取り上げられて、達磨にされた挙句、川にポリ袋に包まれていたところを、異臭を感じた近隣住民が発見したのが、数日前のことだ。
次に狙われるであろう少年A――名前を河田聖耶というらしい――の所在も判明した。
「ン、もう起きたか」
「ええ、おはようございます」
大方の情報を得てから、狸寝入り中のお嬢に声をかけた。
「そういえば、あいつ――アンジェリアだったかには、情報を渡さなくていいのかい」
「彼女は、本当は今回の捜査には関与しないはずだったのですが……」
「ああ、わかるぜ。あいつはお前のことが好きなんだ」
「それは知っています。私も好きですよ」
…………
何で、俺の周りには女の同性愛者が多いんだろう。
理子、ライカ、島麒麟――というか一年生に多数。理子とライカはバイだが、島麒麟などは真正だ。
「私は、どちらも好きですよ」
「聞きたくなかったよ。――ウン!? ちょっと待った、お前の見た目が好みっていうのはつまり……」
アンジェリアはロリコンだった……?
マジかよ。どんだけ歪んだ性癖してんだよ。理子を超えたんじゃないか?
「……私は、高校生ですよ。彼女は社会人ですが」
お嬢がハイライトを落とした瞳で見つめてくる。やめてくれ。本当に怖い。
「おいおい、本当に? それってつまり、未成年者のお前を、ある程度社会的な信用のあるあいつが――」
お巡りさんあいつです。と言おうと思ったら、やはりあいつもお巡りさんだった。ICPOは変態集団なのか……
「貴様! 何の話をしている……!」
当の本人が使い走りを終えて帰ってきたようだ。
「お前が変態だって話だよ」
「ハァ!? ふざけるなよ。私は純粋に警部のことを――」
「アンジェリア、コーヒー」
お嬢が一括すると、アンジェリアは一瞬で態度を変えて「失礼しました。どうぞ」なんて言ってやがる。そのままブラックのコーヒーを差し出すと、自分の微糖を持って、お嬢の後ろの椅子に座った。
「え、俺のは?」
「自分で買えばいいだろう」
「差別だ」
「区別の間違いだ」
「警部、躾がなっていないようだが?」
大人の格好をした子供が無理をしてブラックを飲んでいるようにしか見えないお嬢を、冗談風味に叱責してみた。
「部下が失礼を。私が口をつけたものでよければ、いかがですか?」
アンジェリアはその様子を見て、口を開けてわなわなとしている。どうやら、声を出そうとしているようだが……、いや、待てよ。耳鳴りのようなものが聞こえる気がする……。凄いな人間の可聴域ギリギリの声を出せるとは。
「あざといな。まあ、いただこうか」
お嬢が渡したそれを、俺は半分まで飲む。
「ほら、アンジェリア、他人に親切にしなければ、自分にもそのように返ってくるでしょう」
「それとこれとは話が別です!」
涙目の彼女を適当に宥めてから、お嬢は俺達に指示を出そうとする。
「ソル・グラーベの居場所は、大体ですが見当はついています」
「どこですか?」
「………………秋葉原です」
この部屋に集まった全員が、面倒臭いという感情の元、一つになった瞬間であった。
†
秋葉原。
日本有数の電気街と、この特有のオタク文化なるものが育まれている街だ。
歩行者天国は人でごった返し、この季節、ただでさえ蒸し暑いというのに、余計にそのように感じる。
また、武偵封じの町とも呼ばれている。人が多く、そもそも怪しい人間の比率が高い。犯罪捜査には不向きだが、裏を返せば、犯罪者にとっては絶好の隠れ蓑になるということだ。
しかし、それはそれ。流石、公安は優秀なもので、既にソルの居場所を突き止めて、ファイルに記載してあったらしい。俺は見落としたけどな。
俺達は怪しまれないように、私服で向かうことになっている。
俺には、少し早い気もするアロハシャツと短パンが支給された。アロハは結構ぶかぶかで、銃を隠すのには丁度いい。下着のランニングシャツの上に羽織れば完璧だ。
嫌に暑いので、自販機でコーラを買って、警視庁の駐車場で待っていると、お嬢がやってきた。
「お待たせ! 『お兄ちゃん』!」
「…………」
「あははっ! 口からコーラ垂れてるー」
「………………」
「どうしたの、早く行こ?」
「…………どちら様ですか」
唖然。
俺が待っていた人物は、変声期を一瞬で遡ってきたかの如く甲高い声を発し、まるで太陽のような笑顔で、清楚な白いワンピースに帽子を翻しながらこちらに走ってきた。
驚愕に口を開きっ放しにしていた俺が、ようやく絞り出した言葉が、それだった。
「お兄ちゃんの妹の幸菜でしょ、忘れちゃったの!?」
「ああ……、そういう設定な。しかし、何故、そんなキャラに」
今から行うのは犯人探し。警察だとボロを出さないためにも、こういうのはアリだと思う。
「……アンジェリアから、日本の一般的な妹の性格というのをレクチャーされました」
一転して声音が戻ってしまったお嬢に、軽く恐怖心を抱く。
「待て、ちょっと待て――ああ、あともう少し素の目を緩めてくれ。何か怖い」
人間は、自分の見たことがないものや、受け入れがたいものには恐怖心さえ抱いてしまう生き物だ。
理子はそれとしても、俺は特殊な装置を使わずにここまでキャラクタを作り替えられる人間は初めて見た。正直、受け入れ難い。
「……パパの方がよかったでしょうか」
「それだけはやめてくれ……!」
「ではお兄ちゃんしかありませんね。あなたのような人が私を連れ回していては、職質確定です」
そうだな……。恋人は、無理。友達は、俺が大きすぎるな。ちょっと無理。従妹なんてどうだろう? どの道お兄ちゃんか……
「自覚はあるのかよ」
「……行きますよ」
霞が関からは電車を乗り継いだ方が自然だ。
俺達は有楽町線と山手線で秋葉原駅まで行き、雑然とした駅構内で設置されている地図を眺めながら、場所の確認をする。ソルの居場所は、所謂、メイド喫茶という場所で、使用人の格好をしたメイドと呼ばれる人種が接待してくれる飲食店――うん、風俗店だ――入ったら一応、公安の承認書とか確認しておこう。
「アンジェリアは?」
「ええと、彼女は……」
お嬢は地図を指でなぞりながら、何かを確認している。その姿はさながら、休日に遊びに出かけている少女が、初めて来たところで道を確認しているようだった。
「ここですね」
指さされたのは、秋葉原の外れにある場所だった。
「そこには何が?」
「自称・科学者の研究施設があります。優れたネットワークエンジニアもいましたので、雇い入れて指揮所にしてあります」
ああ……、最近は情報戦――電子戦とも言えそうだ――の時代だからな。要はハッカーというわけか。
「私達の目的地はここ。時計は持ってきてますか?」
「ルミノックス・ダイブクロノグラフ。二十気圧防水で信頼性抜群」
ネイビーシールズもいいが、今のお気に入りだ。
「……やはり小学生がシャネルの腕時計というのは、少し過ぎていますか? これしか持っていなかったもので」
「そうだな……、例えるなら、母親の化粧台から勝手に持ち出して背伸びしているとか、そういうようにしか見えないから、大丈夫だと思うぜ。お嬢ちゃん」
「そう、ですか……」
……? どうしたんだろうか。俺の言ったことに何か思うところがあったのだろうか。煽ったつもりだったのだが。
「ゴホン、では、時計を合わせて。行きますよ」
お嬢は俺の手を引いて歩き出した。身長差があるせいで、少し体勢が辛そうだ。
それにしても、小さい手だ。アリアもそうだが、こんなので銃を持つというのな……
何だか、イラクを思い出すな。小さいながらに銃を持って走り回っていたあの頃を。
といっても、強烈過ぎて、ほとんど覚えていないんだが。
「私、次元幸菜は、高校一年生。一つ上の兄と二人暮らしをしている武偵高の生徒なの。一人称は私、好きなものは可愛いもの。嫌いなものはしつこい人」
暗に子供扱いするなと言わなかったか?
「お父さんとお母さんは海外へ出張中だから、武偵高の寮で暮らしてるけど、最近夜遊びしてるからホテルに部屋を取ってるの」
「へぇ……」
適当に相槌を打ちながら、歩いている通りを見る。アニメ系の垂れ幕や広告が多く並んでいる様は、まるで別世界だ。
パソコンとか、新調したいな……
「なあ、ちょっと家電見ていいかな」
「え~!? お兄ちゃんは私と一緒にメイド喫茶行くんでしょ!」
本当に、この役作りはなんだ。
「あいつは?」
「お姉ちゃん?」
姉だったよ。ということは、年齢的に俺の姉かよ。
「ああ、いや、思い出したよ。ごめんな」
「ん、わかった」
それから少し歩くと、小さなビルの二階に、それらしき看板が見えた。
「んと、あれみたい」
「メイドさんを見るのは初めて?」
「うん」
「じゃあ、ちょっとびっくりするかもな。気をつけておくといい」
気をつけておくといい。まあ、何のことはない。臨戦態勢の合図のようなものだ。
事前に決めていなくても、場慣れしている人間ならこの程度で伝わるから楽でいいな。
狭い階段を上って、入口のドアの前で、目を見合わせてから、ドアを開けた。
『ご主人様、お嬢様、お帰りなさいませー!!』
姦しい声でそう聞こえてきた。鈴の音もこれだけ多くてはただの雑音だ。
「わあ! 凄いね! お兄ちゃん」
「これは、中々……」
インパクトがある、というかな。
中に入った瞬間、俺達を出迎えたのは、やはりというべきか、メイドの群れ。
異教の地だな、ここは。
「お席へご案内いたしますね」
メイドの一人が、俺達を二人がけの席へ誘導し、メニュー表を差して「ご注文はお決まりでしょうか?」と言う。
このメイド……、確か、ソルのパートナーの――
しかし、名札には、深月と書かれている。源氏名だろうか。
「綺麗な名前ですね。髪もとっても綺麗」
「ありがとうございます」
セレーネと思しき女は、俺達にはにかんだ笑いを見せる。確かに、綺麗だな。
それはそれとして、俺は一度体験してみたかった、オムライスに文字を書いてもらえるサービスをやってみることにした。
「へー、そういうのがあるんだ。じゃあ、私もそれ!」
「かしこまりました。事前に描くものをお教え頂いてもよろしいでしょうか?」
ここで、俺は踏み込んでみた。
「じゃあ、俺のには『ソル』と書いてくれるかな」
「んー、じゃあ、私のには『セレーネ』って書いてもらおうかな」
いいな、こういうの。俺のやりたいことがわかってる。こういうパートナーは好きだな。
「…………ご主人様、お嬢様、本日VIPルームが空いておりますが?」
ああ、これは――
「お願いします」
ビンゴだ。神妙な顔つきで案内された個室は、他のそれとは違い華美な装飾が施されたものだった。
大きな長机を挟んで、ソファが二つ置かれている。高そうな調度品に囲まれた部屋だ。本当にメイド喫茶か?
そして、奥の方のソファに寝転がって、PSPをしている、男が一人。
「ソル、お客さんよ」
「んー、ああ、はいはい」
赤毛が印象的なそいつは、気怠そうにゲームをポケットにしまってこちらに向き直ると、手を腰の高さに据えてこちらを迎えるようにして広げた。
「ようこそ、諸君」
新緑の瞳が、こちらを品定めするように見つめる。
「俺が、ソルだ」
ネタが思いつかない……