それにしても、相変わらず小説って難しい。そこがいいんですけどね。
アリアがロンドンへ帰る日。
俺は、彼女の荷物整理やら、運搬やらを手伝わされていた。
おかげで、今日の授業は全部フケてしまった。全く、アリア大明神様様だぜ。
現在、空港のロビーでコーヒーを飲んでいる。
アリアも、道中で購入した、ももまんなる食べ物に夢中でがっついていた。
「アリア、そういえば、ケータイのそれ、どうしたんだ?」
「はむ、ん、これ? これは、キンジと――何でもないわ、忘れなさい」
「あいつのにも、同じのが付いてたよ。俺はてっきり、パートナーの証的な何かだと思ってたが、契約解消してからも付けてるってことは、違うようだな」
「……英介」
「何だ」
「あんたも、食べなさい」
そう言って、俺にももまんを一つ、差し出してきた。
俺は、甘いものは好きじゃないんだが――
「いただくよ」
それは何だか、塩っぱい味がしそうで、でもやはり食べてみると甘くて、理子と別れたあの日のような、何とも微妙な味に思えた。
ああ、居た堪れないなぁ。
「それにしても、短いパートナーだったな。たった二日間だけなんて、最短じゃないか?」
「……あたし、今までずっと独りでやってきたから。まあ、そうね」
アリアは、コーヒーを一口飲むと、縋るような目つきで、俺に語りかけてきた。
「ねえ、あたしと組まない?」
「パートナーとして、ということか」
「それ以外無いでしょ。あんたは、服以外センスもいいし、強襲科でSランクだって取れるし――」
「待った、アリア。賞賛は好きに言え。だがな、こうならないための金銭契約だ。言ったろ、後腐れがないようにって」
「……そう、ね。ああ、もう! あんたって本当に淡白。絶対女の子に嫌われるタイプだわ!」
「そうかい? 意外とモテるんだぜ」
「嘘つき」
「嘘じゃないさ。さ、もうすぐ六時半だ。機内で待機していようか」
「そうね」
「思い残すことは無いか」
「……あるにはあるけど、二人共にフられちゃった」
「誰にだよ」
「あんたねぇ、ちょっと、意地悪過ぎるんじゃない?」
「ははは、悪い。ただ、もう一人にフられたかどうかは、まだわからないぜ」
「…………嘘つきなんだから」
俺とアリアは、英国行きANA600便に、乗り込む。
理子にしてみれば、これがアリアとキンジを同時に襲撃する最後のチャンスだ。
奴は、来る。必ず。それも、キンジを連れてくる。
理由は、そうだな、元・ICPO警部の言葉を借りるなら、リュパンとはそういう奴だから、だ。
†
ANA600便は、所謂、セレブ向けの旅客機で、全席個室完備の、空飛ぶホテルとかそういう代物だ。
全席スィートルーム、片道ウン十万だってよ。
ビジネスクラスで十分な気がするがね、お貴族様のことは畑違いだ。よくわからない。
外は少し、雲行きが怪しくなってきているようだ。
そうしている内に、機内アナウンスが流れ、機体がゆっくりと動き出す。
ああ、これは快適だな。揺れをほとんど感じない。
「……結局、来なかったわ」
「誰が」
「…………」
アリアは、それっきり、口を閉ざした。
本当は、来て欲しいんだろう、キンジに。
もしかしたら、理子が誘導し損ねて、キンジは来なかったのかもしれない。
俺は、彼女に余計な希望を抱かせたかもしれない。
俺が、急にバツが悪くなって、帽子を深被りしたその時――
「アリア!!」
「き、キンジ!?」
そら、王子様のご到着だ。
はは、俺の予想は、外れていなかっただろう、アリア。
俺が目配せすると、アリアは少し嬉しそうにした後、すぐにそっぽを向いてしまった。
「英介、昨日は、その――」
「まあ座れよ。そろそろ離陸だし、ほら、ここには色々いいモンがあるからな。全部このアリア嬢の奢りだぜ?」
俺はそう言って、先程までラベルを見ていたスコッチを掲げる。
「英介! 他人の部屋に勝手に人を上げるんじゃないわよ!」
すると、キンジがシートベルト付きの座席に座りながら、
「今日のお前が言うなは、ここか?」
と文句を言う。
「ああ、ここだ。来ないんじゃないかと思ったよ」
「……? 英介、お前、どこまで知ってるんだ」
「すぐわかるさ」
「二人だけで何話進めてんのよ! それにキンジ、あんた、何でここに――」
「太陽は何故昇る? 月は何故夜空に輝く?」
「
「ぷっ」
俺が洒落て言った言葉に、キンジも吹き出し、アリアの怒りゲージはそろそろ満タンだ。
「――アリア、お前とは、こう約束したな。強襲科に戻ってから、最初に起きた事件を、一つだけ手伝うって。まだ、武偵殺し事件は、解決していない。これは、武偵憲章に則った行動だ。異論は言わせないぞ」
「……もういいわ、好きになさい。ロンドンに着いたら、真っ先に送り返してやるんだから」
アリアは、とうとう膨れっ面で、完全に口をきかなくなった。
そして、ANA600便は、東京湾上空へ。
途中、アリアが雷にビビっていたのは、かなり面白かった。
「……アリア、キンジ、俺はお前らにいくつか、言わなければいけないことがある」
「何よ、どうせあたし達、今日までの付き合いでしょ」
別れ際の恋人みたいなこと言うんだな。
「別に、俺はいいぞ。お前が何を隠してようが、そんなこと気にしない」
「まあ、正確にはな、言わなければいけないというよりも、さっきも言ったが、すぐにわかる話なんだ。それは多分、もうすぐ――」
『本日は――』
機内アナウンスが聞こえてきた。
有り体な内容だろうと、普通なら聞き逃すが、いや、これは、どうかな……
『Attension Please.この、飛行機は、ジャック、され、やがり、ました』
これは、先の数件でも理子が用いた、音声合成システムの声だ。
サンプルを聞いた時よりも、作りが雑になっている気がする。
「そら、来たぞ」
「アリア!」
「わかってる!」
俺達は、全員で操縦室へと向かう。
『乗員、乗客、は、おとなしく、ひきこもって、いやがり、ください』
おい、理子、日本語になってないぞ。
かなり急場で作ったらしいな。パソコンの前でウトウトしている姿が、目に浮かぶよ。
すると、操縦室から、キャビンアテンダントの一人が、機長と副機長らしき人間を引きずり出しているところだった。
特徴の無い顔してるな。
「動くな!」
キンジが銃を向け、静止を呼びかける。
キンジよ、俺はいつも思うが、動くなと言われて逮捕直前まで動かない犯人を、俺は見たことがないんだ。
そのキャビンアテンダントは、口角を吊り上げると、こちらに向かって、円筒状のものを投げてきた。
「スモーク!!」
俺は一瞬でそれの判断を付け、味方に注意を喚起する。
理子が本気でトチ狂っていたなら、これは毒ガスだ。
あいつには、それを製造するだけの技術がある。
しかし、俺は、理子を信用して、煙の中をさっきのキャビンアテンダントに向かって歩を進めた。
……よし、俺は、死んでない。気分も悪くない。
しかし、煙が晴れた時、キャビンアテンダントの姿は、どこにもなかった。
それを確認すると、俺はキンジとアリアを一旦室内に入れ、体勢を立て直そうとする。
その時――
「うお!」
機体が、大きく揺れた。
おかげで、俺は自分が室内に入るときに尻餅をついてしまった。ああ、ケツが痛い。
「英介! 大丈夫か!」
「ああ、大丈夫だ。ケツがクソ痛いけどな」
今、ケツだけに、とか死ぬほど寒いネタを思いついてしまった。
……封印しよう。俺は何も考えてない。そうだな、よし。
「あのふざけた喋り方、やっぱり武偵殺しか……!」
「あんた達、もしかして、このことを知ってたの……? 武偵殺しが、ここに来るって」
すると、キンジがまず、それに答える。
「確証はなかった。けど、武偵殺しは最初、バイクジャック、カージャックに始まった。そして、恐らくシージャックもしている」
「シージャック?」
浦賀沖海難事件のことだ。
公には、キンジの兄貴が、亡くなったとされている事件。
「ああ、そうだ。アリアは知らなかったみたいだが、それは、武偵殺しの手口の一つとして電波の有無で判断していたからだ。なら、どうして、電波を使う必要がなかった」
「自分がそこにいたからさ」
俺が、アリアに変わって答えてやる。
彼女は、推理はからっきしだからな。
キンジはこくりと頷いてから、言葉を続ける。
「ここまで、武偵殺しが実行した事件はバイク、車、船の三つだと仮定する。そして、さらに、俺達が遭遇した、自転車、バス、飛行機を加えよう。すると、何が見えるか。……そう、シージャックの次から、事件が小規模化し、そして、順を追うようにまた規模が拡大し始めた」
「そして、公に知られてはいないが、シージャックでは、武偵殺しと、ある武偵が、直接戦闘をした可能性がある」
俺は、キンジの言葉に補足する。
キンジは、少し驚いたような顔をして、俺を一瞥してから、話を続ける。
「ここまで聞けば誰にでもわかる。犯人は、かなえさんに罪を着せ、アリア、お前に挑戦状を叩きつけたんだ。武偵殺しが再開した丁度三件目で、お前と対決するためにな。さっきまで仮定だったけどな、確証を得たよ」
アリアがさも悔しそうに顔を歪める。
一番長くこの件に携わってきたのに、それに気づけなかったのだ。自身の無能を、呪っているだろうよ。
すると、ベルト着用サインの音が、変則的に鳴り始めた。
いや、これは――
「和文モールス……?」
キンジが呟く。
確かに、これは和文モールスだ。
あいつ、手をかけるところがどうもズレてるんだよな。
「おいで、おいで、い、うー、は、てんごく、だよ、おいで、おいで、わたしは、いっかい、の、ばー、に、いるよ。か……」
い、うー……イ・ウーのことか。
「気づけないならそこまで、ってか」
「上等じゃない、風穴百個追加決定よ」
「アリアがポイントだ。キンジ後ろ頼むぞ」
「あんた達は来なくていい!! これは、あたしの問題――」
ガガーン! ……雷だ。
「じゃあ、独りでどうぞ」
「べ、別に着いてきてもいいわよ」
これだから、お子様は。
†
一階のバー。
華美な装飾で飾られた、本当にホテルみたいな内装だ。
諸々の規模は違うが、半年前くらいに理子と一緒に乗った、シベリア特急のバーが思い出された。
「くふ、くふふふっ、今回もまた、見事にひっかかってくれやがりましたねぇ」
バーの椅子に座っていた、キャビンアテンダントが、こちらを向いて言う。
その服は、企業の制服とは違い、目一杯のフリルやリボンが付いた、武偵高の改造制服。
「ここまでだな、武偵殺し、いや――」
俺は、胸中で自分は知っているくせにと自分に言いながら、それでも、最初は武偵殺しと言った。
さあ、俺は、宣言はしてあるぜ。
次会ったら、眉間に風穴って、なあ――
「理子――!!」
理子は、くふふと笑いながら、キャビンアテンダントの特集メイクを破り捨て、素顔を晒した。
「スケさん、こんなところまで追ってくるんだー、しつこい男は嫌われちゃうぞぉ?」
「お前こそ、こんなところまで追ってきやがって、しつこい女は嫌いなんだよ」
俺と理子の会話に、アリアとキンジは、何がどうなっているのかという顔をしている。
「二人共、よく見ろ。これが、武偵殺しだ」
「ボンソワール、お二方。空の旅はいかがですか? りこりん、頑張って準備したから、喜んでもらえると嬉しいなぁ、くふふ」
「理子……! 本当に、あんたが……!?」
「戦いの才能は、遺伝子しやすいんだよ。武偵高にも、その手のギフテッドはたくさんいた。でも、お前は別格だよ。『オルメス』」
「……! あんた、一体――」
理子は、その場で優雅に一回転してから、気取ってスカートの両端を摘む。
「教えて欲しい? ね、本当に、本当に教えて欲ーしーいー?」
「理子、あんたねぇ……!!」
「Please……」
俺が、アリアの代わりに応えた。
教えてやれよ、これから、自分が倒そうっていう相手だろう。
本当に、気取ったところなんか俺にそっくりだよ。お前は。
……今にして思えば、同族嫌悪も混じっていたのかもな。
「――理子・峰・リュパン四世。それが、理子の本当の名前」
「リュパン――!!」
アリアが、目を見開く。
流石に、アリアはよく知っているようだが、キンジなんか、教科書で見たことのある程度だろう。
大怪盗・アルセーヌ・リュパン。
かつて世界中の宝をありとあらゆる手を尽くして盗みきったともされる、伝説の人物。
現代となっては、最早小説の人物のように語られることもある。
「でも、リュパンのことを知っている人間は、誰もあたしのことを、理子とは呼んでくれなかった。おかしいんだよ、呼び方がさぁ」
「呼び方……?」
「ああ、そうだよ。四世、四世、四世四世四世四世四世! どいつもこいつも、理子をそう呼ぶんだ。ひっどい話さ……」
「それが、何だって言うのよ。四世の、何が悪いって言うの」
自身もホームズ家の四代目であるアリアは、少しムキになってくってかかる。
そして、理子は、この話題が、一番――
嫌いだ。
「――悪いに決まってんだろ! あたしは数字か!? DNAか!? ふざけんなよ! 塩基配列で管理されてたまるか!! あたしは、理子――峰理子なんだよ!!」
キンジには、何のことか、さっぱりだろう。
アリアは少し思い当たる節がるのか、真剣な面持ちで聞いていた。
「あたしは、曾お爺様を超える。そのために、イ・ウーに入って、力を得た。今度こそ、あたしは自分の力で、峰理子になるんだッ!!」
流石に、俺も支離滅裂に聞こえてきた。
あいつの言っていることは、傍から見ると本当に要領を得ない。
「ま、待て、理子。どういうことなんだよ、お前が、本当に武偵殺しなのか……? そもそも、イ・ウーって何なんだよ!?」
「武偵殺し、ハッ、あんなのはな、宣戦布告に過ぎない。本当の目的は、オルメス四世――神崎・H・アリア、お前だ」
理子の目が、鋭くなる。
「百年前、理子の曾祖父さんと、アリアの曾祖父さんは対決をし、引き分けた」
突然喋りだした俺に、キンジとアリアの懐疑的な視線が向けられる。
「そう、だから、あたしはオルメス四世を倒せば、曾お爺様を超えたと証明できる」
「オルメスの一族には、優秀なパートナーが必要とされている。初代オルメスも、その例に漏れなかった。だから――」
「だから、条件を合わせてやった。あたしが、キンジとアリアをくっつけたんだ。感謝しろよ? アリアがそのままあたしと戦っても、勝てるわけないんだからな」
「な、なんですって……!?」
「お前が、俺と、アリアを……?」
「キンジのチャリに爆弾を仕掛けてさぁ、わっかりやすい電波出してやったの」
「アリア、お前は、表立って動きすぎた。それが、理子に付け入る隙を与えてしまった」
「ふっふーん、あと、キーくん、武偵は何があっても、時計を人に渡しちゃ、駄目だよ? バスに遅刻して、思わずアリアと協力しちゃったでしょ? まあ、余計なことした裏切り者が、いるみたいだけどぉ……」
理子が、俺を見つめて言う。
「英介……、お前も、一体何なんだ。理子のパートナーなんだろ、共犯者なのか……!」
俺は、キンジの問に、少しの間をおいて、答える。
「共犯者だった、が一番正しい言い回しだ。少なくとも、犯罪幇助はやってる」
「英介さぁ、ビビり過ぎなんだよ、アリアを殺すところだったとか、元から殺す気だからこんなことやってんのにさあ。大体、無関係の人間に被害を出すなんて、いつものことだろ?」
「ふざけたこと吐かしやがる。俺は、お前が焦ってるのが気に食わなかった、ただ、それだけだよ。実際見てみろ、お前が焦ったせいで、どれだけお前自身の計画が狂った? バスジャックでアリアとキンジがくっつかなかったのだって、偶然じゃない。お前のミスだ」
「うるさいッ!! 英介は、英介は――」
「仲間、か? 少なくとも、俺にその自覚はない。今のお前なんざなあ、俺にとっちゃ、他人以下の存在なんだよ」
「ッ……!」
少し、彼女の口から、悲鳴が聞こえた気がした。
「英介、つまり、あんたは今『こっち側』ってことで、いいのね」
「それ以前に、俺の雇い主は誰だ」
「……信じていいのね」
「金に誓って」
俺達のやりとりを、理子は恨めしそうに睨んでから、少し、落ち着きを取り戻し、いつもの飄々とした理子に戻る。
「そうだ、キンジ。いいこと教えたげる。キンジのお兄さんはねえ――今、理子の恋人なの」
「いい加減にしろッ!!」
俺にしてみれば強引に話を変えようとしているのは見え見えなのだが、キンジはそうはいかない。
理子の恋人かは置いといても、実際、遠山金一は生きている。
だが、今はそれを言わないほうがいいだろう。
「落ち着け、キンジ、安い挑発だ。あいつはああやって、人の意識を操る。乗せられるなよ」
「落ち着いていられるかよ!!」
キンジは、衝動的にベレッタM92FSを引き抜いて、理子に構えるが――
「おっとっと!」
「ッ!?」
キンジが構えた途端、機体が揺れた。
まだ嵐の中だからな。揺れも一入だ。
キンジのベレッタは、ゴトッ、ゴトッと鈍い音を立てて、壊れて転がっていく。
その隙に、理子が自慢のワルサーP99を構えようとするが――
「待ちな」
俺の方が、速い。
「理子、早撃ち勝負をしたいなら、相手になるぜ」
理子がワルサーを構えて照準を付けるまでに、一秒弱はかかる。
それに対して、俺は腰から引き抜いて撃つまでが0.7秒。土台、あいつが勝てるわけがない。
そもそも、今までだって戦闘が俺、作戦立案が理子といった具合に、お互いの仕事を分けてきたくらいなんだからな。
「俺は、先週ちゃんと警告したからな。次に顔を見せたら……」
理子の額に、照準を合わせる。
「英介、わかってるでしょうけど――」
「武偵法なんてもんは忘れた」
「じゃあ覚えなさい。武偵法九条で、武偵は殺人を禁止されているわ。それに、武偵殺しは証言台まで引っ張っていかなきゃいけないの。殺したら、今度はあたしがあんたを殺すからね」
「……オケオケ、わかったよ。理子は生かして逮捕、だな」
「アリアにキンジに英介。強襲科最高ランクの三人に囲まれちゃ、あたしも本気を出すしかない。――くふ、くふふっ、アリア、理子とアリアは、実はとっても似てるんだよ?」
「似てる? あたしと、あんたが?」
「家系、キュートな姿、そして、二つ名」
「
キンジが、アリアの二つ名を呼ぶ。
そう、アリアは、二挺のガバメントと、二振りの日本刀をつかうことで、双剣双銃のアリアと呼ばれている。
だが、理子も。
「あたしも、同じ二つ名を持ってる。『双剣双銃の理子』。でも、アリアの双剣双銃は、本物じゃない。教えてあげる、理子の、双剣双銃を――!!」
すると、理子の髪が、そう、まさにギリシャ神話のメドゥーサのように、広がって――
「させるかよッ!!」
俺は、理子の腹めがけて、容赦無く.357マグナム弾を発射した。
理子の奴は、所謂『
髪を自在に操って、双剣と双銃を同時に使いこなす。だから、双剣双銃の理子。
そんな能力使わせてたまるか。
超能力を使用するには、精神を集中させることが必要なので、俺はできるだけ理子の注意を逸らすために、彼女の周囲に数発程散播く。
「……!」
理子はそれを空中で錐揉みするような体制ですり抜けながら、アリアの方向へ飛ぶ。
俺はあくまで、眼中にないってわけか。
そして、理子は俺の真横を、通常ではありえない跳躍力で床とほぼ水平に跳んでいく。
俺は、それに合わせるように――
「シッ!」
つま先で蹴り上げた。
今度こそ、奴の土手っ腹に入れた。間違いない。
いくつかの骨が砕ける感覚。
……悪いな理子。
「かはっ……!」
それでも、理子は踏ん張って、アリアの下へと駆け、とうとう、アリアとのストライキング・レンジに入った。
あいつ、あんなに移動速度が高かったか。
それ以前に、格段に根性のある奴になってる。
そして、理子の二挺のワルサーから、大量の9mm弾が発射される。
アリアも避けて反撃してはいるが、如何せん、弾数が少ない。
アリアのガバメントがアメリカ基準の大きな.45ACPなのに対し、理子のワルサーはヨーロッパ基準の小さな9mm。
当然、小さいほうがマガジンに多く入るわけで、アリアのガバメントは二挺合わせて最大で十六発。対して、理子のワルサーは、二挺合わせて三十二発。
武偵同士の対決では、お互いに防弾装備での戦いが予想されるため、まず、貫通力は度外視されるが、それにしたって、一撃必殺になりえない以上、数は多いに越したことはない。
理子が二十発撃つ間に、アリアは十六発全てを撃ちきってしまった。
「Reloading!!」
アリアが思わず母国語で叫ぶ。
俺は、アリアの隙をカバーするため、理子に向かって牽制射撃を行おうとするが――
「アリア、離れろ!」
アリアと理子の距離が近すぎて、撃てない。
射撃に集中していない分、回避率は上がっているが、弾倉交換の隙が伺えない様子だ。
キンジも、あまりに距離が近すぎて、ナイフを握ってはいるものの、手が出せないようだ。
「ああ、もう!」
アリアはとうとう、自身の背中に隠してある日本刀に手を伸ばした。
しかし、それは、理子にとっては、大きすぎる隙――
「アリア――アウト……!」
理子の髪が、先程のように蠢いて、彼女もまた背中に隠していた、二つの大振りの軍用ナイフを取り出した。
あれは、前にインド人の中年から軍の横流し品だからって買い取った、ククリナイフだ。
先端に向かうにつれて重量がかかっていくもので、攻撃の際の重心移動によく使える。
まずい。
そう思って、咄嗟に駆け出し、あのふわふわツーサイドアップの片方を掴むが、もう片方は、間に合わない――
ザシュッ、という、何とも気味の悪い音がしてから、
「うあっ!」
という、アリアの悲鳴。
咄嗟に、理子を引き寄せて、片腕で体を拘束し、ナイフを突き立てる。
「アリアッ!!」
キンジの声。
見れば、アリアは顳かみか側頭にかけて、斬られていた。
飛び散る鮮血、これは、大きな血管がやられている。
「キンジ! 後退してアリアの応急処置!」
「あ、ああッ!!」
キンジは、俺が理子を抑えている間に、アリアを抱えて、奥の方へ走っていった。
この部屋には。俺と、理子と、静寂だけが残る。
「は、はは、何のことはないんだ。百八年の月日は、こうも差を作ってしまった。どう、英介、見たでしょ。アリアとはもう決着付いちゃうよ? ねえ、やっぱり、理子の側に付く気になった?」
「そいつぁな、愚問ってやつだ」
「今だって、こんなに抱きしめてるくせに」
「……理子」
「んー、何?」
「俺達には、少し、時間が必要なんだよ」
「……何それ、ドラマの台詞? このギクシャクした関係も、時間が解決してくれるっているの。そんなの、嘘っぱちの関係じゃん」
「俺は――――俺は、ブラドを殺すよ。そのために、時間がいるんだ」
ブラド。
それが、理子がこんなことをする理由。諸悪の根源ともいえる存在。
「っ――!!」
理子の口から、また、息が詰まったような声が漏れた。
「英介、やめて。理子、何でもするから、それだけは、絶対に――」
「俺は決めたんだ。わかってくれ」
「ねえ、もう少しだから。もう少しすれば、アリアとキンジを倒して、ね……?」
「残念だが、理子、俺はそもそも、ブラドが約束を守る奴だとは思っていない」
「そんなの、やってみなきゃ……」
「そうだ、やってみなきゃわからない。ただ、俺は、あいつが信用できない。それだけだ」
「死んじゃうよ」
「ああ、そうかもな」
「……お前が死んだら、あたしまた、一人ぼっちだ。そんなの、やだよ」
「…………」
何も、言えない。
俺は、何も言えないし、言わない。
この場合の沈黙は、否定の意味だ。
「……そう、そうなんだ、最高のパートナーだって、信じてたのに」
「悪いな」
「謝るなよ。あたし、馬鹿みたいじゃん。わかった、本当に、絶交なんだ。なら――」
理子が、髪を操って、俺にナイフを振りかざしてきた。
「ぐっ!」
俺は、咄嗟に飛び退いたが、ナイフは裂傷をつけるためではなく、柄で俺の即頭部を叩いた。
そして、その衝撃は、脳脊髄液を的確に揺らしてくる。
ああ、これは。
失神、する、な――――
†
目が覚めたのは、機体に大きな衝撃が走った、その時だった。
どういうことだ、ANA600便は、異常なほど急降下をしている。
腕の動きが、鈍い。感覚がおかしい。
そう思ったら、腕が変な方向に曲がっていた。
理子の野郎、俺の右腕をへし折っていきやがった。しかも、当の本人はいない。
「チッ……、理子め。ん……? うん!?」
辺りを見渡すが、無い。無い。どこにも、無いぞ!!
俺の――――コンバットマグナムが!!
ああ! なんてこった!! 嘘だろ、おい! 嘘だと言ってくれ神様!
「ホーリー、シット…………」
理子の奴が、持っていったのか……?
仕方なしに俺は、折れた右腕を抑えながら、急いで操縦室に向かった。
しかし、操縦室はICキーがなければ開かない仕組みになっているらしく、開かない。
俺が、扉をバンバンと叩いていると、中からキンジが顔を出した。
「英介、無事だったんだね」
「キンジそれ、お前……」
キンジの野郎、アリアに何かしたらしい、ヒステリア・モードが発動してやがる。
ヒステリア・モードとは、簡単に言えば、キンジがエロいことに遭遇すると、神経物質が過剰分泌されて、身体能力等が亢進される能力のことだ。
こいつ、ロリコンだったのか……
「英介!!」
中から、アリアの叫び声が聞こえる。
あいつ、操縦してるのか。この飛行機を。
「理子は逃げたわ。あんた、元・統合作戦指令部だったわね」
正しくは、少し違うがな。
「ジェット機訓練の経験は?」
「……シミュレーションだけなら、ある。だが、俺の腕を見ろ。これじゃ、操縦桿は握れない。今まで、お前がやってたんだろ。サポートするから、お前が飛ばせ。アリア。俺は、武偵高に連絡する」
「英介、それなら、もう武藤に繋がってる。ほら、インカムだ」
俺は、キンジからインカムを受け取って、それをつける。
なるほど、武藤なら、どんな乗り物にも造詣がある。
「武藤、現状報告」
『英介! いたのか。――現在、その機体は燃料漏れを起こしている。止めることもできない。もって十五分だ。それまでに、どこかに着陸させる必要がある』
「軍用機なら扱えるが、民間機は勝手が違う。武藤か、いや、羽田コントロールからでもいい、誰かが、着陸方法を俺達に伝えて、それをアリアに実践させる必要がある」
『……そうだな、なら、付近の航空機と連絡して、この機のキャリアがある人から聞き出すってのは、どうだ』
「なら、付近の全ての機体との通信を開け。キンジ、聖徳太子ゲームだ。できるだろ」
「ああ、任せてくれ」
キンジのヒステリア・モードなら、どれだけの声だって聞き分けられる。
さて、時間がない、どうなるか――
†
キンジのやつは、完全にこの機のことを把握したらしい。
今は、計器に目を這わせて、状況把握に努めている。
『三人とも、現在、横須賀上空だ。このままいけば、羽田までギリギリってところだな』
「羽田コントロール、こちら、ANA600便。着陸する、滑走路を開けろ」
少しのノイズが入った後、野太い声が、羽田コントロールから、聞こえてきた。
『ANA600便、こちら、は防衛省・航空管理局。羽田への着陸は許可されていない。引き返せ。羽田空港は現在、自衛隊で封鎖している』
「武藤、通信科に裏を取らせろ」
『お、おう!』
『な、何を言っている。誰だ。これは、防衛大臣命令だぞ』
「俺か、俺は――」
何だろう、俺は。
東京武偵高強襲科二年の次元英介。
リュパンの右腕、次元英介。
……どれも違う気がする。
ここで、一番効果がある肩書きは――
多分、イ・ウーの次元英介だ。
ただ、それは、使うべきではない。ここでは、言葉を濁すのが、正解のように思える。
「……んなことは、どうでもいい。あと、あんたらのお友達が、横につけてきているんだが、邪魔だ退かしてくれ」
アリアとキンジが、窓の外を見る。
さっきから、煩いハエのように自衛隊のF-15Jイーグルが飛んでいる。
……これは民間機だ。ミサイルアラートなんて当然付いていない。
自衛隊に限ってそういうこともないだろうが、攻撃されでもしたら、撃墜は不可避だ。
『それは、誘導機だ。誘導に従い、千葉方面へ向かえ。安全なところまで誘導――』
俺は、動くほうの手で羽田との無線を切る。
「ちょっと!」
アリアが文句を言う。
いや、これでいいんだ。これ以上、余計なことを言われたくはない。
「アリア、市街地を飛び続けろ。さっきから、不穏当だったんだ。そもそも、ただでさえ足の遅い自衛隊が、防衛大臣の許可が出るまでにも時間はかかるだろう。もしいるとしたら、SATかもっとヤバい部隊だ」
「つまり、自衛隊は本当はいない、と?」
「そうだ。恐らく、千葉方面――海上へ出た途端に、撃墜されるだろう。都心への被害は、最小限に抑えたいだろうしな」
「ちょっと、政府への信用が無さ過ぎない?」
「権力者との競り合いは、やったことのある人間にしかわからない。後手後手に回るほど、不利になるものさ。経験無いか?」
「……確かに、そうかもね」
アリアはロンドン武偵局の所属だ。
あそこはかなり封建的だから、苦労も多かっただろう。
俺も、軍隊ではそういう経験があった。
まあ、そこまで面倒な話じゃない。サラリーマンがパワハラ上司を起訴するようなものだ。
「しかし、羽田に行っても、どうなるか……」
キンジが呟く。
そうだ、羽田には――疑わしいものだが――自衛隊が詰めかけているという話じゃないか。
『でも、羽田以外つってもよお、こいつが着陸するまでには、大体2.5kmはいるぜ。風向きを考えても、2050m前後ってところだ。そんな条件を満たせる場所が、東京にあるかよ』
羽田以外で、残り十分ほどで着陸できる場所――
「英介」
「何だよ」
「もしかして、同じことを考えているかい」
「……よぉし、じゃあ、せーので言おうじゃねぇか」
「いいよ、せーの――」
「「空き地島だ」」
声が揃う。
やっぱり、あそこしかないのかよ。
「対角線上を使おう」
「若干足りなさそうだがな」
「え? な、何の話してるのよ、あたしにもわかるように、説明しなさいよ!」
「いいかい、アリア。現在、この機が飛べる範囲に、着陸できる場所は無い」
「じゃあ、どうするのよ」
「武偵高のメガフロートは知っているだろう。2×0.5kmの人口埠頭だ。それが、もう一つあるのは、知っているかな?」
「……あ!」
「通称・空き地島だ。武偵高と同じ規格で作られている。あそこなら、対角線上を使えば、まあ、2061mは取れる。計算上はな」
数学に関してはあまり自信はないが、直角三角形の斜辺はそれ以外の辺の二乗の合計値を平方根に包めば、求まるはずだ。
何だか、自信が無くなってきたぞ……
「まあ、この計画、はっきり言って無理だ。だが、一番可能性が高い方に賭ける主義でな。どうだ、アリア、俺とキンジにベットする気はあるか」
「……あたしには、他の方法は思いつかないわ。海上に不時着させる技術は無いしね」
「よし、決まりだ」
『ちょっと待てよ、お前ら、あの空き地島には、誘導灯どころか電灯すら無いのに、どうやって着陸コースを確保するつもりなんだよ。しかも雨でびしょ濡れなんだぜ!?』
「行ってから考える!」
『ふざけんな! 轢いてやる! ~~!』
武藤は、何だか叫びながら、電話を切った。
†
俺達は、羽田空港を目前にして、東京武偵高の方へ目をやった。
ああ、やはりだ。思った通り、空き地島には、灯の一つもない。
回っている風車でさえも、全く見えない状態なのだ。
着陸すべき角度も、現在の高度でさえもわかり辛いというのに、どうやって着陸したものか。
「あと、五分もないわよ。どうするの」
「……」
もし、理子がキンジとアリアに変わって、ここにいたなら、一緒に死のうと、それくらい言ってやれるかもしれないが――
すると、空き地島のある方で、ぴか、ぴか、と明かりが点き始めた。
それが、空き地島の長い辺の両端に、誘導灯のように並んだ。
『キンジ! 英介!』
「よお、武藤。出迎えとは気が利いてるじゃねぇか」
『うっせえ! お前らが死ぬと、理――な、泣く人がいるんだよォ!!』
残念、理子と俺はもう決別してるんだ。
『車輌科で一番でっかいボートと、装備科のライト全部、無許可で持ち出してきちまったんだぞ!! 報酬と経費と反省文、全部お前らの負担だからな!!』
「あとで請求書送っとけ! ありがとよ、クソ野郎!」
『特別手当も付けるからなぁ! 生きて帰れよ、クソ野郎!』
武藤との通信は終わり、武偵高の面々が通信に割り込んできて、俺達に激励を贈るのがわかる。
俺達は、その誘導灯目掛けて、アリアは操縦桿を傾ける。
俺は、その横で、副操縦席に座って、それを見守る。
ああ、そうだ、乗客に、対ショック姿勢を呼びかけないと。
俺は、インカムを機内スピーカーに繋いで、アナウンスを始める。
「アテンションプリーズ、当機はこれより、東京湾メガフロートに着陸します。座席に座り、ベルトを締め、頭を腕で抱えるようにして、その場でお待ちください」
……こんなもんか。
よく見ると、アリアの手が震えている。
それを見たヒステリア・モードのキンジは、ヒステリア・モード特有の、発動状態でキザになるというものを発揮して、
「大丈夫、アリアならできる。俺がついてるよ」
と、手を重ねながら優しい声で囁くのだ。
俺、邪魔みたいね。そうね。
そう心中で愚痴りながら、俺は座席に捕まる。
「突入するわ! 対ショック姿勢!!」
「とっくに対ショック!!」
機体は、低い高度をどんどん落としていき――
ズシャァァァア――!!
轟音とともに、ANA600便は、車輪を滑らせて、空き地島に突入した。
激しい振動の中で、俺の目には、吹き飛ばされているキンジが見えた。
「止まれ、止まれとまれとまれとまれぇ――!!」
アリアがっ逆噴射をかけるが、途中まで滑ったところで、俺は確信した。
ああ、これは、海に落ちるな。
俺は、咄嗟の判断で、席から飛び出し、地上走行用のステアリングホイールを操作して、機体をカーブさせる。
その時、同じ考えに至ったであろう、キンジと手が合わさった。
オエ、男と手を重ねるなんざ、今後一切御免被るね。
そして、風力発電用の風車に、ガスン!
さらに、ギギギ、と音を立てながら、機体は風車を軸に、回転し――
既のところで――――止まった。
「……キンジ、死んでないか」
「あ、ああ、大丈夫だ」
「そうか、そりゃ、残念だ」
いつの間にか、キンジのヒステリア・モードは解けていたらしい。
頭を下にして、壁にもたれかかっていた。
「凄いアトラクションだ。もう二度と乗りたくない」
「ああ、そうだな――」
俺は、キンジを助け起こして、気絶しているアリアの様子を見る。
「同感だ」
そういえば、最近作者の住む広島では共産党がよくチラシを配ってます。
物は受け取る主義なので一応通学中に見るのですが、中々政治の勉強になりますね。
まあ、そういうのに書いてあるのより少しでも難しいと、工業人の作者は完全に門外漢で何のこっちゃという感じなんですが。
あ、そうだ(唐突)。新しくオリジナルで書こうと思ってるんですよ。勿論アリアと並行して。投稿するかどうかは未定ですけど、もし投稿したら告知するので、よかったらみてください。
うん……? これって、活動報告に書くべきなんじゃ……