鬼畜陵辱エロゲの世界に転生したけど男女比がバグってるせいで竿役が俺しかいない   作:乳と地位が比例する世界

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8話 奴

「外は私が見ときますので。

 何かあったら呼んでいただけると」

「えぇ、感謝するわ、ルルカ」

「はいはい、これも坊ちゃまの第一メイドとしての勤めですので」

 

 彼が去った後の部屋。

 ドアの隙間から覗くメイドの顔は、さきほどまでの喚きっぷりからは想像できないほど真面目なものだった。

 

「それでは、お休みなさい。

 ――セレスお嬢様」

 

 ドアが閉じ、外の空気は遮断される。

 それを確認してから、私は、思いっきりベッドへと飛び込んだ。

 

「……アルス」

 

 頭に思い浮かぶのは、一人の顔。

 焚いたアロマから香る、心地良い甘い匂い。不思議と、彼の匂いに似ていた。

 

「なんで、アロマが好きって知ってるのよ。

 ……まったく、ふふ」

 

 朝、ぐちゃぐちゃに荒らされた部屋を見たとき、今日は最悪の日になると思っていた。 

 けど。

 

 ……どうやら、今の私は笑っているらしい。

 いや、正確にはニヤけていたというのが正しいのかもしれない。

 少なくとも彼には絶対に見せられない、そんな顔だ。

 

 布団を被る。

 匂いのせいか、頭がクラクラする。

 

 ——まるで、一緒に寝てるみたいだ。

 

 そんな、変なことを考えてしまうほどに。

 

『じゃあ、一緒に寝る?』

 

 彼の言葉が頭に浮かぶ。

 

 言葉だけじゃない。

 ニコッとした笑みも、男の人って分かってしまう背中の感触も、全部思い出してしまう。

 

 だめ、だめだ。

 ねれなくなる、ほんとに。

 

 ……本気で言ってたのだろうか、アルスは。

 私と、一緒に寝ていいって。

 

 分かんない。

 揶揄われてるだけなのかもしれない。

 

 だって、おかしいだろう。

 私みたいな、無愛想で、可愛げのない奴が、彼の目に止まるわけがない。

 そうに、違いないのに。

 

 

 ――アルス・オンリーロッド。

 

 今の宮廷で彼の名前を知らない人はいない。

 宮廷唯一の男性貴族。

 話によれば、あの女王様だって、彼の虜になっているらしい。

 

 それ故に、女たちによる下世話な噂も止まない。男というものはそれだけ、彼女らにとって特別な存在なのだ。

 

 ……ほんと、嫌な人たち。

 アルスは()()()()のじゃないのに。

 

 宮廷に来る前の彼の話は知っている。

 

 女の人が苦手で、家族にすら怯えてしまう。

 唯一懐いたのは幼い頃から自分を世話していたメイドだけ、そんな子だったらしい。

 

 ——えっちなのとか、苦手なのだ、彼は。

 

 人間というものは簡単には変われない。

 ここに来てからはそんな様子は見せてないけど……きっと、無理してるんだろう。

 

「……まったく、優しすぎるのよ、貴方は」

 

 布団をぎゅっと抱きしめる。

 朝から心に満ちていた不安は、いつのまにか、なくなっていた。

 

 ——アルスとの婚約。

 

 それを、煩わしく思っている人は多い。

 特に、私よりも立場が上の貴族たちは。

 

 当然といえば、当然だ。

 ただの中級貴族に過ぎない私が、誰よりもアルスと親しくしているんだから。

 

 廊下を歩くたび、奴らの視線は私へと向けられる。

 

 よっぽど、気に入らないのだろう。

 

 嫌がらせだって、何回もあった。

 無視、雑務の押し付け、陰口。

 ……そして、今日の、この部屋だ。

 

 けど、こういうのはまだ耐えられる。

 所詮、私に対するものだ。

 一晩もベッドに包まれば、忘れられるはずだ。

 

 でも、唯一。

 私を酷く嫌悪させたのは、

 彼女らによって風潮された一つの噂。

 

 ——ルーフォリア家は、オンリーロッド家を武力で脅して、無理やり婚約を取り付けた。

 

 そんな噂は、宮廷中に流れている。

 

 ……ほんと、汚い。

 だって、知っているのだ、奴らは。

 

「ママがいないからって、好き勝手に言って」

 

 あの婚約の決まった発端も、全て。

 

 

 

 これは、私がまだルーフォリアの当主になる前のこと。

 

 ——オンリーロッド家は大規模な魔獣による襲撃を受けた。

 

 襲撃を先導したのは、過激派の魔族たち。

 奴らの目的は、希少な貴族の男児であるアルスを捕え、人間たちへの人質にすること。

 

 そのために、数人の魔族たちが魔獣を従えて領土へ攻撃を仕掛けたのだ。

 

 通常、そんなことは起こるはずがない。

 魔族は人間領に入ってこないように、上級貴族によって厳重監視されている。

 誰かの手助けでもない限り、襲撃は不可能だ。

 

 ……しかし、奴らは一瞬のうちにオンリーロッド領に現れ、攻撃を開始した。

 

 襲撃は三日三晩続いた。

 その間、何人もの騎士がアルスを守ろうと命を失ったらしい。

 

 ——そんな中、一人のメイドが襲撃を主導した魔族を暗殺したことで、事態は大きく変わった。

 

 指揮系統を失った奴らは、魔獣を残して撤退することを決めたのだ。

 そうして、領地に残されたのは何百匹もの暴走した魔獣。

 

 ……疲弊していたオンリーロッドの兵力は、それを抑えきることはできなかった。

 

 屋敷には、巨大な狼が侵入し、オンリーロッド家は大量の魔獣により包囲された。

 

 その中には、アルスがいた。

 

 周辺に存在する人攫いや盗賊のことを考えたら、彼だけを逃すという選択も取れなかったのだ。

 

 それでも、屋敷の住人は決意した。

 アルスだけは、何としてでも生かしてみせると。

 そうして、騎士、メイド、母親までもが彼を守ろうと剣を握って、屋敷の外に出たとき。

 

 彼女らは見た。

 

『——こちら、ルーフォリアの当主だ!

 魔族による襲撃を受けたと聞き存じて、参上した!』

 

 とある貴婦人が、騎士団を引き連れ、魔獣を薙ぎ倒す姿を。

 

『魔獣は我々に任せてくれ!

 一匹残らず、切り捨てて見せよう!」

 

 ——それが、私のお母さん。

 リーレア・ルーフォリアだ。

 

 

 彼女は、たまたまオンリーロッド領近くで行われる騎士団の遠征に同行していた。

 目的は騎士団、そして自身の鍛錬のためだ。

 

『女というのは、誰かを守ろうと思ったらこのくらい強くなれるわ』

『……ママはやりすぎだと思うけど』

『そんなことないわよ。

 ふふっ、セレスも分かる日が来るといいわね』

 

 そんな会話をよくするほど、あの人は自身の鍛錬を欠かさなかった。

 当主兼騎士団長なんてあの人以外に聞いたことがない。

 

 ……ほんと、無茶なんだから。

 

 何はともあれ、彼女の協力によって、襲撃は収まった。

 暗殺を成功させたメイドが屋敷へ帰還したこともあいまって、魔獣は一瞬にして壊滅させられたのだ。

 

 こうして、襲撃事件は解決した。

 

 たった一つ、魔族をオンリーロッド領へと手招いた黒幕の正体を除いては。

 

 

 ——そして、このとき。

 

 オンリーロッド家の当主とリーレアの間では一つの約束が交わされた。

 

 ……それが、私とアルスの婚約だ。

 

 欲にまみれた上級貴族のところへ婿に出すくらいなら、恩もあるリーレアへ預けた方が良い。

 きっと、そう考えたのだろう。

 

 

 ……結局、私は何もしてない。

 彼の窮地にも、何もできていない。

 お母さんが戦ってるときも、私は自分の部屋で、ちっちゃなリボンを作って遊んでいた。

 

 だから、駄目なのだ。

 私は、彼に釣り合うような女ではない。

 

 ……なのに。

 

『セレス。

 ――俺は、君のことが好きだ』

 

 ずっと頭に残っている彼の言葉が甦る。

 好き。

 その言葉の意味を、私はよく知らない。

 

「——わかんないよ、私」

 

 言葉は返ってこない。

 当然だ、一人なんだから。

 私は、ずっと前から。

 

 でも、寂しさはなかったはずだ。

 少なくとも、彼に会うまでは。

 

 アルスによって、溶けていく。

 気を抜いたら、溢れ出しちゃうって、無理やり心を覆わせた冷たい氷が。

 

 寂しい。

 そんな感情、とっくに捨て去ったはずなのに。

 

 

 ——奴への復讐を決めたとき、捨て去ったはずなのに。

 

「……私も、女なのね」

 

 火照る身体に手を伸ばす。

 ベッドの中、少し甘い彼の匂いが、私の脳を激しく揺らした。

 

「……んっ、ある、す」

 

 声を抑える必要は、ない。

 ずっと空いたままの隣の部屋には、

 もう、誰もいないんだから。

 

 

 

 朝がきた。

 

 目を開く。

 同時、半分露出している大腿部を見た私は、慌てて布団を前に引いた。

 

 ……昨日は、随分と夜更かしをしてしまった。

 それも、ぜんぶ、あの匂いのせいだ。

 

 ——みられて、ないよね?

 

 あのときは、いっぱいいっぱいで考えてなかったけど、そういえば、メイド……あのルルカという子がドアの前にいるはずだ。

 

 私はこっそり、ドアの方へと視線を向けた。

 

 ……大丈夫、大丈夫なはずだ。

 ドアは閉まってるし、声も、そこまで出してないし、一時間も、してないし。

 

 ……そ、それより。

 今はしないといけないことがある。

 

 アルスが来る。

 なら、お化粧も、きちんとしないといけない。

 少なくとも、こんな寝起きのふわふわとしてる顔じゃ絶対駄目だ。

 

 私はそのまま洗面所へと走った。

 

 

「……これで大丈夫な、はず」

 

 身だしなみをなんとか整え終えた私は一息つく。あんまりお化粧は得意じゃないけど、やらないよりはマシだろう。

 

「ん、リボン、つけないと」

 

 長い後ろ髪を結ぼうと、リボンを手に取る。

 が、しかし。

 私は手に取ったそれを見て、改めて考え始める。

 

 ……どうだろう、アルスはこういうのは好きなのだろうか?

 

 少し、可愛すぎる気がする。

 鮮やかにに染まった赤色は、まるで私の心の中を写しているようで、恥ずかしい。

 

「こっちの方が、いいかな」

 

 青色のリボンを手に取った私は、じっと二つを見つめて、比べっこをする。

 

 ……やっぱ、こっちがいい。

 

 結局、選んだのはいつもの赤色だった。

 

 ——なんか、普通の女の子みたいなこと考えてるな。私。

 

 思わず、苦笑してしまう。

 まったく、いつからこんなやつになったんだ。

 

 ……アルスといるときだけだ。

 何もかも忘れられるのは。

 怒りも、悔しさも、寂しさも、復讐も。

 全部忘れて、一人の女の子としていられる。

 

 時計を見る。

 チクタクと鳴る針の音は、落ち着かない。

 

 ……いつもこうだ。

 彼が来る三十分も前からずっと、私は時計を見つめている。

 

 でも、不思議と退屈には思わない。

 

 私はそのまま手足をぶらつかせながら、彼の到着を待つことにした。

 

 

 約束の時間は、もう来る。

 いや、正確には既に来ている。

 時計を見るに、五分は間違いなく過ぎていた。

 

 なのに、アルスはまだ来てない。

 ……こんなこと、今までなかった。

 

 ――こない?

 

 そんな考えが嫌でも頭に浮かんでしまう。

 

 ……いや、いやだ。

 

 なんで? 私が嫌いになった? 

 もともと、興味なんてなかった?

 お母さんに恩があるから、仲良くしてただけ?

 

 

 ——好きっていうのも、嘘だった?

 

「……嫌」

 

 不安は増して、堪えようのない寂しさが襲いかかってくる。分かってる、アルスはそんな人じゃないって分かってる。

 

 でも、なのに。

 

 気づけば、私は部屋を飛び出していた。

 

 

「ふわぁ、ねむ……

 へ、ちょっ!? お嬢様!?

 なにしてるんですっ!?」

 

 静止しようと手を伸ばすルルカを張り切って、廊下へと走る。

 

 ただ、会いたい。

 このどうしようもない孤独を埋めてくれる相手は、一人しかいないから。

 

 人の目も気にせず、ひたすらに走り続けたそのとき。

 

 ——声が聞こえた。

 

「ちょっと、困るんですけど。

 やめてください」

 

「あら、いいじゃないの。

 ふふ、宮廷の掟は知っているかしら?

 上級貴族には逆らわない。それが鉄則よ」

 

 アルスの声と、もう一つ、女の人の声。

 ……誰かは、声だけじゃ分からない。

 

 けど。

 

 アルスが、誰かといる。

 そんな事実が、酷く脳を揺さぶった。

 

 私は駆ける。

 なんでもいい、とにかくアルスに会いたい。

 それで、誰と話しているのかを知りたい。

 ……私のところへ来ないで、何をしているのかを、知りたい。

 

 そうして、私は辿り着く。

 アルスの声の居場所、廊下の角に。

 

「……そうか、お前か。

 セレスの部屋を荒らした犯人は」

 

 そして、次の瞬間、私が目にしたのは。

 

「ぶちころすっ!!」

 

 ――目の前の貴族の胸ぐらを掴み、激しく怒りをぶつけるアルスの姿であった。

 

 

 ……わけがわからない。

 

「ひゃ、な、なによ!?

 お、男のくせに、私に」

「おいおい、今の時代に女尊男卑か??

 随分と前時代的だなぁ!?

 だからそんな原始人みてえな格好してんのかぁ!?」

 

 こんなアルス、初めて見た。

 顔を真っ赤にして、怒って、苛烈な言葉を目の前の女へ向かってぶつけている。

 

「ぐぅ、だ、だり…う…様、に……」

「あぁっ!!? 誰様だって!!?

 そんなことより今すぐ部屋まで行って土下座してこいっ!」

「ふ、ふざけるな、小童が」

 

 一見すると、目の前の貴族に対して、アルスは一方的に怒りをぶつけているように見える。

 

 でも、そんなわけがない。

 アルスは何の事情もなく、感情を爆発させるような人間では、絶対にない。

 

 ——じゃあなんのために、こんなことを。

 

 それは、次に放たれた言葉はよって、明らかになる。

 

「——人の惚れた女に手出すんじゃねえ」

 

 ……えっ?

 

 惚れた女、確かに、アルスはそう言った。

 

 ……ほれた、女?

 

 いや、ちがうにきまっている。

 私のためとか、そんなわけがないだろう。

 そうだ、あの言葉だって、本当か、分からない、し。

 

 でも、そんな考えも。

 

 一瞬のうちに消え去ることになった。

 

「二度とセレスには手を出すなよ。

 次は言葉だけでは済まさない、絶対に」

 

 ……私だ、ぜったい、私だ、これ。

 私のために、アルスが、こんなことを。

 あんなに、怒って。

 

「ぐぅ、う、わかった、わよ」

 

 アルスとこの貴族の間で、何があったのかは分からない。

 でも、一つ分かることがあるとすれば。

 

「……くそ、くそ、くそが」

 

 濁っている。

 この、貴族の目は酷いほどに。

 

 それに、この人。

 ……私に嫌がらせをしてきた奴らの、一人だ。

 

 その事実に気づいたときだった。

 

 目の前の女が、アルスの方へ手を向ける。

 

 途端、感じたのは魔力の揺らぎ。

 空気が一瞬にして、熱く、燃え上がろうとする。

 

「中級貴族の、ガキの分際で、わたしに、歯向かったな」

 

 アルスは気づいてない。

 少し焦った顔をしながら、自身の手の甲を見ているだけだ。

 

「ぐちゃぐちゃに、燃やしてやる、その、かお、を」

 

 その細い声を聞いた瞬間。

 

 

 身体は、勝手に動いた。

 

「――アイシクルレイン」

 

 手から発射した氷の槍は、一瞬にして、目の前の貴族の肩を切り裂く。

 

「が、は……ッ……」

 

 引き裂かれた筋肉は、血をばら撒き、

 だらん垂れ下がった腕の先から火の粉が落とされ、絨毯を焦がした。

 

「くそ、が」

 

 目の前の貴族は肩を襲う痛みに耐えきれず、床へと倒れた。

 ……もう、抵抗はできないだろう。

 

 私は、止めていた息を吐き出す。

 

「危な、かった」

 

 手を出すのが一秒でも遅れれば、アルスの顔は、焼けただれていたかもしれない。

 その事実に、肩を震わせる。

 

「へっ!?

 なに、なにおきたのいま!?」

 

 混乱するアルス。

 彼は事態に気づいていないらしく、酷く慌ててしまっているようだ。

 

「セレス!? なんでいるの!?」

 

 しかし、すぐに私の存在に気づく。

 氷魔術を使ったし、当然かもしれない。

 

 私はひとまず彼の声を聞き流して、女の方へと向かう。すると、私の姿を確認したからか、女は酷く狼狽しだした。

 

「……わ、わたしが、悪かったわ!!

 へ、へや、は、直させるから、ゆ、ゆるして」

 

 ……聞いてもないことをベラベラと。

 

 そうか、そうだったのか。

 部屋荒らしの犯人だと分かったから、アルスは、あんなことをしたんだ。

 

「……あれは貴方一人の犯行?

 それとも、複数人かしら」

「め、メイドは、何人か使ったわ。

 計画したのは、私よ」

「そう」

 

 嘘ではない。

 この焦燥っぷりもみるに、虚言を吐く度肝はないだろう。

 

 部屋を荒らしたのは、この際、どうでもいい。……もう済んだことだ。

 

 でも、私が何よりも許せないのは。

 アルスを、傷つけようとしたことだ。

 

 私はもう一度、手のひらに大きな氷柱を創り出す。そして、その切先を目の前の女の顔へと向けながら。

 

「——二度とアルスに近寄らないで。

 次同じことがあったら、貴方の顔を潰すわ」

 

 そう、突き刺すように言い放った。

 

 

 

 こうして、事態は解決した。

 

 想定してたわけではまったくないが、部屋を荒らした犯人というのも、見つけられた。

 

「セレスっ、大丈夫!?」

「……ええ、それより、アルスの方は」

「こっちは平気。

 掴まれたときにちょっと捻ったくらい」

「……後で診てあげるわ。

 治癒魔術も、使えないことはないから」

 

 けど、そんなことはいい。

 大事なのは、アルスに怪我がなかったことだ。

 

 ――今回は、守れた。

 アルスのこと。

 

「……結構煽っちゃったけど大丈夫かな?

 あの人、俺たちより偉い人っぽいけど」

「先に手を出したのはあの女よ。

 ……それに、あっちも大事にはしたくないはず」

 

 だけど、少し面倒なことにはなってしまったかもしれない。

 

 ……あの貴族、間違いない。

 ()と一緒にいるのを何度も見た記憶がある。

 

 警戒、しないと。

 また何かが起こる可能性は否定できない。

 

 そう思っていたとき。

 

 ——不意に、私の頭へ暖かい感触が現れる。

 

「ありがとね、セレス。

 助けてくれたんだ」

 

 ……あ、あたま、撫でられてる?

 

「……ちょ、ちょっと、子ども扱いしないで」

 

 こんなの、お母さんにしかしてもらったことがない。というか、どういうつもりなのだ。

 

「あ、ごめん。

 つい、可愛いくて」

「……そうなの」

 

 そう言って、アルスはニコッと笑ってみせる。

 ……瞬間、心臓がはち切れそうなほど、暴れるのを感じた。

 

「なら、いいわ」

 

 まったく、軟弱なものだ。

 お母さんが見たら、きっと笑われてしまう。

 

 

 ……もう、認めるしかないだろう。

 

 私は、どうしようもないほどに彼に焦がれてしまっている。好き、なんだろう。

 きっと、アルスのことが。

 

 

 ――でも、だけど、だからこそ。

 

 アルスだけは、絶対に、守らないといけない。

 ()の手からは、何があっても。

 

 ……私には、守れなかったものがあるんだから。

 

 

 

 

 オンリーロッド家襲撃事件の黒幕にして、宮廷ほとんどの上級貴族を従える権力者。

 

 ――ダリウス・フットロッド。

 

 奴に奪われたお母さんと同じ目には、絶対に遭わせない。

 

 

 私はそう強く、心に誓った。

 

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