ブルーアーカイブ外伝:導き手のアルキウム   作:どんべい同好会

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素人作品です。

できるだけ温かい目で見てください!


エデン条約調印式 編 第一話

 皆が寝静まる深夜。今宵は満月が浮かび、普段であれば、何気なく空を見上げて物思いにふけるような夜だった。

 しかし、その張り詰めた静寂を、不釣り合いな銃声と人々の悲鳴が無慈悲に切り裂く。

 

「クソッ! 何なんだよアイツら!」

 

民間軍人会社(PMC)の前哨基地は、突如として襲撃を受けていた。周囲には硝煙の匂いが立ち込め、四人の襲撃者による銃撃は非情なまでに正確で、一切の容赦がない。

 

「おい、どこ狙って撃ってんだ!」

 

「当たんねぇんだよ!」

 

「どこから撃たれ——」

 

民間軍人会社(PMC)の兵士たちは応戦するが、なす術もなく次々に[[rb:無力化 > 殺害]]されていく。先程まで必死に抵抗していた者が、血飛沫を上げながら目の前で崩れ落ちる。防護壁には生温かい血が飛び散っている。

 

「おい! クソッタレ!」

 

 兵士は、ただ一人残された絶望感に駆られ、呻き声と共に銃を乱射する。しかし、暗がりから放たれた閃光を目視した刹那、彼の生命活動が瞬時に停止した。

 

 銃撃が止み、暫しの静寂の後、ゆっくりと襲撃者たちが歩み寄ってくる。帽子を深く被った少女が、手信号で仲間に指示を出し、物陰を物色した者が、駆け寄ってきて報告する。

 

「……クリア」

 

「こっちも大丈夫でした……」

 

「よし。トラックの積荷を調べろ」

 

「リーダー。弾薬と銃がある……」

 

「こっちには食料が積まれています……。へへっ、これで飢えずに済みますね」

「……」

 

 仮面の少女が、隣にいる少女へ指や手を動かし、無言で何かを伝える。

 

「『援軍が来るかもしれないから、早く行こう』だそうです……」

 

「そうだな。トラックに乗れ、撤収するぞ」

 

「了解……」

 

 襲撃者たちが次々とトラックへ乗り込んでいく。リーダーの少女も後を追おうとしたが、その足首が何者かによって強く掴まれた。

 

「クソガキが……」

 

 息の絶える寸前の兵士が、最後の足掻きとばかりに彼女の脚を掴み、力無く睨みつける。

 しかし、そんな非力な抵抗は虚しく、一発の銃声によって終わりを迎えた。

 

「…………すべては虚しいものだ」

 

 少女は、冷たくなった亡骸を一瞥し、魂の抜けたような寂しげな声でそうそう呟く。その双眸には、一切の感情の揺らぎも映っていなかった。

 

 *

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1. はじめに(報告目的)

 本報告書は、20××年4月に連邦生徒会会長代理 七神リンの権限により緊急就任した連邦捜査部S.C.H.A.L.E(シャーレ)(以降、シャーレと明記)顧問、仲導優人の就任直後からの活動概要を報告するとともに、活動内容に見られる複数の重大な懸念事項を提示し、継続的な調査の必要性を提言するものである。

 

2. 活動経過(20××年4月~5月上旬)

 仲導優人の就任後の主要な活動履歴は以下の通りである。

 

20××年4月——日

身元不明の人物、仲導優人が突如としてキヴォトスに出現。連邦生徒会会長代理 七神リンの権限により、シャーレの顧問として緊急就任が決定する。 同日、脱走した七囚人の一人である狐坂ワカモと接敵。現場に居合わせた生徒と共同でこれを撤退させた。

 

(特記事項)

聴取(羽川ハスミ、守月スズミ)によると、彼の指示は極めて状況判断能力が高く、戦術的な指揮に長けていたという。これは、一般の教員には見られない専門的な軍事知識、あるいは豊富な実戦経験を示唆する。また、銃弾を躱し、体術で不良生徒を制圧していたとの報告もあり、身体能力についても特筆すべきものがある。

 

20××年同月——日

ボランティアに参加。地域住民との良好な関係構築を図るための行動と推測される。

 

20××年同月——日

狐坂ワカモと再接敵。仲導優人の介入により無力化に成功し、身柄はヴァルキューレ警察学校に引き渡された。

 

20××年同月——日

七神リン会長代理、およびヴァルキューレ警察学校連邦矯正局・局長 監原ミスズ、同公安局・局長 尾形カンナの了承の下、重大な脱走生徒である狐坂ワカモをシャーレの部員として特例的に加入させる。

 

(特記事項)

当局の強硬な反対意見を抑え込み、加入を認めさせた交渉内容の詳細が一切不明である。これは重大な情報統制事案であり、仲導優人の交渉術および権力への影響力に関する懸念を増大させる。

 

20××年同月——日

アビドス高等学校へ訪問し、物資の譲渡を実施。

 

20××年同月——日

我が校へと来訪し、カイザーコーポレーションのアビドス駐屯基地襲撃作戦の援助を要請。

備考:襲撃作戦の目的は、拉致されたアビドス高等学校の生徒 小鳥遊ホシノの救出であることが確認されている。

その後、ゲヘナ学園風紀委員会・委員長 空崎ヒナへ要請し、協力の取り付けに成功。

 

20××年同月——日

上記作戦を決行し、両学園の援助を得てこれを成功させる。結果として、カイザーコーポレーションをアビドス領内の一部から撤退させた。

 

20××年同月——日

作戦後、カイザーコーポレーションの組織的な犯罪行為(裏金問題、ブラックマーケットへの不正資金取引、不良生徒の拉致・使役)が表面化する。

これが世論の激しい反感を買い、カイザー関連施設への連続襲撃事件が発生。一連の事件の結果、同社はアビドス領内からの全面撤退を余儀なくされた。

 

(特記事項)

この一連の連続襲撃事件は、シャーレが裏で情報提供や関与を行っていた可能性が極めて高いと判断され、現在、調査中である。

 

20××年5月——日

ミレニアムサイエンススクールへ訪問。

 

備考:以降の活動記録については意図的に情報流出が防止されており、現時点では詳細が確認できていない。活動内容の特定が急務である。

 

20××年5月——日

百鬼夜行連合学園へ訪問。

 〜(中略)〜

 

3. 現状の評価と懸念事項

 仲導優人は就任直後からキヴォトス内の諸問題、特にアビドス高等学校の事案に積極的に介入し、短期間でカイザーコーポレーションの撤退という大きな成果を収めている。しかし、その活動の背後には複数の重大な不明点と、極めて高リスクな要因が確認されている。

 

最重要警戒事項(早急な調査を要する事項)

連続襲撃事件への関与の疑い カイザーコーポレーションの撤退に繋がった一連の連続襲撃事件において、シャーレが裏で糸を引いている(情報提供等で関与している)可能性が極めて高い。その関与の有無および程度は連邦生徒会全体の信頼性に直結するため、早急な事実解明が必要である。

 

その他の懸念事項

出自と経歴の不明確性:仲導優人の身元は依然として不明であり、作戦行動の背景にある専門的な戦闘経験の出処も一切特定されていない。

 

狐坂ワカモの加入経緯:重大な脱走生徒である狐坂ワカモを部員として迎え入れたプロセスが不透明である。交渉の経緯によっては、今後の治安維持に悪影響を及ぼすリスクがある。

 

ミレニアムにおける活動詳細:5月以降のミレニアムサイエンススクール内での活動記録が外部へ流出しておらず、意図的な情報統制がなされている可能性が高い。

 

4. 提言

 仲導優人の活動は社会的秩序の維持において一定の成果をもたらしているものの、看過できないリスクと不明確な要素が多数存在している。

 

つきましては、上記「最重要警戒事項」を最優先とし、「その他の懸念事項」についても並行して調査を継続するよう、所管部署へ指示することを提言する。特に、仲導優人の行動パターンおよび交友関係についての情報収集の強化を求める。

 

以上

=========================

 

「以上が、連邦捜査部S.C.H.A.L.E(シャーレ)の活動記録の調査報告書となります」

 

 部屋に静かに響いた声を最後に、側近の生徒が一礼して後ろへと下がる。

 

 同時刻、トリニティ総合学園の本校、その最奥にある重厚な扉の向こうの一室で、とある密会が行われていた。手渡されたばかりの報告書に目を通しながら、それぞれに淹れられた紅茶を嗜む。彼女たちの胸元には、【ティーパーティー】の生徒会長であることを示す証のバッジが静かに光を放っていた。

 

「なるほど。……どう思われますか、ミカさん」

 

「うーん……。なんか分かんない事だらけだね。ミレニアムでの活動が明かされてないのは、あの会長の仕業かな?」

 

「えぇ。ビッグシスター(ミレニアムの会長)が関与しているのは確実でしょう」

 

「まあ、あそこの連中がしそうなことだよね」

 

「そうですね……。ですが、それよりも先生のことです。どうやら噂で聞くよりも油断できない相手のようです」

 

 ナギサは手元のティーカップを持ち上げ、ゆっくりと口に含む。ひと呼吸置いて、思考を整理するように話し始めた。

 

「注意すべきは、不明瞭な点が多い事と、何より頭が回る事でしょうか。カイザーの情報が世間に露見したのは、明らかに意図的です。どこで情報を集めたかは知りませんが、裏で糸を引いて情報戦までこなすとなると、なかなか厄介な存在です。場合によっては、私たちが彼を探っていることにすら気付いているかもしれません」

 

「でも、こっちも上手く立ち回ればあの件(・・・)も円滑に進みそうじゃない?」

 

 看過できないリスクを冷静に分析するナギサの横顔を見つめながら、ミカは悪戯っぽく微笑む。

 

「それも見越して、ミカさんは今回、先生に声を掛けようと提案したのではありませんか?(静かに見つめ返す)」

 

「だってあんな面倒くさい事、さっさと終わらせたいじゃん。だから、優秀そうな人が関わってくれたらいいなって」

「それでどう、ナギちゃん? 先生に頼んでみない?」

 

(確かに、少々面倒な問題が他にもありますし、あの件を片付けてもらうのは、楽ではありますね)

 

 ナギサは顎に手を当て、思考に耽る。

 外部の人間を巻き込むことは、情報漏洩などのリスクを伴うため、できれば部外者にこの件を任せるのは避けたいところだった。しかし、身内の人間すら完全に信用することはできない。自分たちだけで解決するには手駒が不足しており、少しでも信頼できる協力者が必要な状況だった。

 

 そんな中、生徒の頼みであれば多少の無理難題も解決してくれるという、都合のいい人物を思い浮かべる。いっそのこと彼に任せることができれば、自分たちの負担を軽減でき、仮にうまくいかなくとも切り捨てればこちらの被害を最小限に減らすことができる。そのメリットは、彼女にとって十分に検討に値するものだった。

 

「仲導先生が、我が校にどのような影響を及ぼすのか……見ものですね」

 

 静かにカップをソーサーへ置いたナギサが、意味ありげな薄笑いを浮かべてそう呟く。

 

「じゃあ、私の提案を受け入れてくれたってこと?」

 

「えぇ、私の方から先生に連絡を入れましょう」

 

「ありがとう、ナギちゃん。はぁ……なんだか眠たくなってきちゃったから私そろそろ帰るね」

 

 側から見れば満面の笑みを浮かべているように思えるが、長年隣にいたナギサからすれば、それはどこかぎこちない作り笑いに見えた。今も眠たそうに欠伸(あくび)を噛み殺す彼女の顔には、化粧で必死に隠しているであろう目の下のクマが、うっすらと窺えた。

 

(やはり、あの事件以来、眠れていないのですね……)

 

「では、開きにいたしましょう。おやすみなさい、ミカさん」

 

「じゃあね、ナギちゃん。おやすみ〜」

 

「……せめて、あなただけでも守ります。ミカさん」

 

 欠伸(あくび)をしながら部屋を後にするミカの背中を見送りながら、ナギサは自らに言い聞かせるように、静かにそう呟いて決意を固めた。

 

「ナギサ様は何やら企んでいるようです」

 

 ミカが自室へ向かおうと渡り廊下を歩いていると、背後から側近の生徒が近づき、ひそひそと耳打ちした。

 

「考えすぎじゃない、イオちゃん?」

 

「警戒するに越したことはありません」

 

「そんな余計なことばかり考えてると、ストレスでナギちゃんみたいに肌が荒れちゃうよ?」

 

(どの口が言えたことですか……!)

 

 イオは、思わず手のひらに爪が食い込むほど強く拳を握りしめた。彼女が自分たちに心配をかけまいと、すべてを一人で抱え込んで隠そうとするその態度に、イオは苛立ちと、やり場のないもどかしさを感じていた。

 

「……あなたが能天気すぎるだけです」

 

「ひどい! 長にそんな態度を取るなんて!」

 

「…………あなただけでも守ってみせます。ミカ様」

 

 それは誰にも聞こえない、あまりにも小さな呟きだった。だが、それでよかった。これは他ならぬ、イオだけが立てた誓いなのだから。

 

 *

 

 

「あー、飽きた」

 

 執務室のデスクで、天井を見上げながら間の抜けた声を漏らした。パソコンで作業していた手を止め、現実逃避するように仕事から目を逸らす。

 そんな書類仕事に嫌気がさしている男、仲導(なかみち)優人(ゆうと)は突然の出来事をきっかけに【先生】として働くことになった。これまで様々な生徒の問題を解決してきたが、目の前のモニターと睨めっこするだけの退屈な作業は性に合わないらしい。彼は今、堂々と業務をサボタージュしていた。

 

「そんなことをぼやく暇があるなら、仕事をしてください」

 

 そんな彼の態度を見透かすように、デスクの正面から冷徹な声が飛んでくる。【七神(なながみ)リン】は連邦生徒会長代理として新たな業務の依頼書を抱えて視察に訪れていた。

 

「分かってますよ……」

 

「それならよいのですが……。では、この件は先生にお任せいたします」

 

「了解。仕事、頑張れよ」

 

「先生もですよ。それでは失礼いたします」

 

 リンは手に持っていた分厚い資料をドンッと音をたてデスクへ置くと、軽く会釈をして執務室を後にする。扉が閉まり、再び静寂が戻った部屋で、優人は膝をつき考え事に勤しんだ。

 

「これは後で、あいつに手伝ってもらうか……」

 

 ここに来てから、早いもので数ヶ月が過ぎ、少しずつ新しい環境にも慣れきている。デスクの上にそびえ立つ書類の山を眺めながら、彼はしみじみとその変化を噛み締めていた。

 

「それにしても、最初に来た時は驚いたなぁ。なぜか見知らぬオフィスの椅子に座らされていたかと思えば、ここ【学園都市キヴォトス】で『先生をやれ』だもんな」

 

 椅子をくるりと回転させ、ガラス張りの外に広がる巨大な都市を見下ろしながら、懐かしむように呟いた。

 

「……お前の願いに応えてやらなきゃな」

 

 誰かに語りかけるように、あるいは自分に言い聞かせるように呟き、彼は空を仰いだ。

 

「さぁお仕事しますか。アロナ、今日の予定は?」

 

 気を取り直してデスクの方に向き直り、【シッテムの箱】と呼ばれるタブレット端末を起動する。画面が淡い光を放ち、メインOSであるA.R.O.N.A(アロナ)がひょっこりと姿を現した。

 

「はい、先生! 今日の予定ですが……まずはゲーム開発部から、新作ゲームのテストプレイに付き合ってほしいそうです。それと、アビドスの対策委員会からは、また不良生徒たちが問題を起こしているので対処に協力してほしいと連絡が来ています」

 

「了解。じゃあ、【S.C.H.A.L.E(シャーレ)】出動しますか!」

 

 優人が顧問として所属している【連邦捜査部_S.C.H.A.L.E(シャーレ)】。連邦生徒会長が失踪する前に発足されたこの機関は、単なるものではなく一種の超法規的機関である。キヴォトスに存在するすべての学園の生徒を制約なく迎え入れ、各学園の自治区内であっても特別な許可なしに活動できる。

 あらゆる校則や境界線も、【S.C.H.A.L.E(シャーレ)】の前では無意味に等しい。それほどまでの絶大な権力と自由を保障されている反面、それは同時に、非常に重い責任を背負うことを意味していた。

 

 先生として、あらゆる生徒の要望に応じ、時には悩みに耳を傾け、時には銃弾飛び交う戦場の指揮を執る。

 誰もがまるで神にすがるように、この異世界の来訪者に救いを求めるのだ。

 目の前の少女たちを正しく導いてやれる大人が、自分しかいないのだとすれば——彼は喜んで、そのすべてに力を尽す。

 

 子供たちの日常と平和を守ること。

それこそが、かつて全てを失ったこの【大人】に課せられた、唯一の使命であり、償いなのだから。

 

 *

 

 

 太陽は空高く、灼熱の光を放ち、大地を照らしている。空は果てしなく青く、暑さがじわじわと体に纏わりつく季節。 だが今日はまるで季節が逆戻りしたかのように、心地よい春のような風が吹いていた。その穏やかな日差しの下、木々の葉擦れの音だけが響くベンチで、一人の男が腰を下ろし、瞼の裏に光を感じながら微睡むように目を細めていた。

 

「ああ~風が涼しい」

 

 優人はクレープを片手に至福の時を過ごしていた。普段は生徒たちのために奔走し、問題解決に追われる日々だが、今日はその喧騒から解き放たれている。生徒たちから【頼れる存在】として一目置かれ、時には【超人】のように扱われることもあるが、結局はただ人間。休まなければ、過労死してしまう。そんなわけで、今日は久しぶりの休暇を満喫中である。

 

「ぶらぶらと散歩して、スイーツを食べて。これぞ休日って感じだな」

 

 穏やかな気温は、散策に最適だった。心は弾み、足取りも軽くなる。ふと、木々の隙間から漏れる眩い光に目を向けると、ビルの巨大な液晶パネルに映し出された企業のロゴが目に留まった。その瞬間、彼の表情から光が消え、影が差す。

 

「そういえば、最近カイザーの宣伝見なくなったな……」

 

 【カイザーコーポレーション】。アビドスの皆を莫大な借金地獄に突き落とした、悪名高い企業。金と権力を武器にし、弱者を容赦なく搾取する。彼の最も嫌いな大人の姿だった。不快な記憶が頭をよぎり、彼は無意識に顔をしかめる。

 

「ま、静かにしてる分にはいいけどな」

 

 これ以上、不愉快な思考に囚われるのは無益だと感じ、思考を振り払うようにベンチから立ち上がった。

 

「ん?」

 

 その時、一人の少女が彼の視界に入り込んだ。 黒い帽子を深くかぶり、濃藍色の髪を風になびかせた少女が民間軍人会社(PMC)の兵士に囲まれている。

 

「お前、例の奴に似ているな」

 

「……何の話だ?」

 

「最近、俺らの前哨基地が襲われる事件が多発している。襲撃者の特徴は——そう、お前みたいに長髪に黒い帽子をかぶっている女だそうだ」

 

「人違いだろ」

 

「人違いねぇ……。そんな血生臭い匂いをさせて、いかにも怪しいな」

 

「ちょっと俺たちと一緒に来てもらおうか、お嬢さん?」

 

(……ここで騒ぎを起こすのはマズいが、やるか)

 

「どうした?」

 

 突如背後から声をかけられたことに、兵士たちは驚いたように体をビクリと反らし、警戒の眼差しを向けた。

 

(気配がしなかった……)

 

「……何のようだ?」

 

「いや、そこの女の子が困ってる様子だったからつい」

 

「お前には関係ない。痛い目に遭いたくなかったら失せろ」

 

 兵士の一人が、鬱陶しそうに優人の頭へと銃口を突きつける。

 

「おぉ、怖い怖い。なぁ、なるべく穏便に済ませたいんだが」

 

「聞こえなかったか? 失せろ」

 

「はぁ……」

 

 優人がわざとらしくため息を吐いた——その瞬間だった。

 彼は突きつけられた銃身を払うように掴み、そのまま懐へ飛び込んで右腕で肘打ちを叩き込む。流れるような動作で相手の腕を捻り上げると、鮮やかな背負い投げで大柄な兵士を地面へと叩きつけた。

 

「コイツ!」

 

 もう一人の兵士が慌てて銃を構え直すが、それよりも早く優人は抜き打ちでピストルを抜き、その足を撃ち抜く。兵士がよろめいて頭を下げた瞬間、すかさず顔面目掛けて回し蹴りをお見舞いし、吹き飛ばした。

 

(見事なCQCだ……)

 

「行くぞ!」

 

「ちょっ、おい!」

 

 呻き声を上げる兵士たちを尻目に、優人は呆然とする少女の腕を引っ張り、人目のつかない路地へと駆け込んだ。

 

 

 

「よし、ここまでくれば大丈夫だ」

 

 路地から少しだけ顔を覗かせ、追手が来ていないことを確認し、優人は安堵の息を漏らす。

 

「いや〜面倒ごとになるとこだったな」

 

「なんだ、お前は……?」

 

 彼女の声は低く、硬い。突然の接触に対する露骨な不信感が滲んでいた。

 

「すまん、困っているみたいだったから」

 

「……助けてくれたことは感謝する。だが、私は大丈夫だ。じゃあな」

 

「ちょい待ち」

 

「今度はなんだ?」

 

 少女は鋭い視線で優人を睨みつける。

 

「どこへ行くんだ? 良かったら送って行こう」

 

「必要ない……」

 

「ほ〜ん、でも、ああいう連中がそこら中に根を張って、お前を探してるぞ。また絡まれたらめんどくさいだろ?」

 

「……」

 

「それに多分、俺の方が土地勘もあるし、人目のつかない道を知ってる。厄介ごとを避けられる超安全ルートで行けるぞ。どうだ?」

 

 少女は悩んでいた。この男を信頼していいのだろうか。ろくな大人を見たことがない彼女は、何か裏があるのではないかと訝しんでいた。だが同時に、この男なら信用してもいいと思える一筋の期待を、この男に感じていたのも事実だった。

 なぜそう感じるのか、自分でも分からなかった。

 

 少女は目を伏せ、しばらく沈黙していたが、やがて再び顔を上げ、口を開いた。

 

「その、ブラックマーケットに行きたいんだが……」

 

 優人はかすかに微笑み、「なら、こっちだな」と指差すと、少女に迷うことなく背を向け、迷いなく歩き始めた。突然の行動に、少女は困惑する。

 

「何をしている?」

 

「何って? 道案内だよ。一緒に行ったほうが分かりやすいだろ?」

 

「いや、方向さえ教えてくれれば——」

 

「それだと俺の意味ないじゃん? 人の好意は、素直に受け取っとけ」

 

 軽やかな口調で、彼は再び歩を進める。躊躇いながらも、少女はその背中を追うことにした。

=========================

 

 しばらくの間、優人の背中を追い、街路を進む。賑やかな人々の声は遠ざかり、薄暗い細道へと足を踏み入れた。

 

「このルートいいだろう? 人目が全くつかない秘密のやつだ。誰にも言うなよ?」

 

「あぁ……」

 

「それにしても、みんなブラックマーケット好きだね〜。まぁ確かに珍しいもんばっかだから、気になるのは分かるけどな」

 

「……怪しいと思わないのか?」

 

「何が?」

 

 優人は振り返ることなく、質問を質問で返す。

 

「ブラックマーケットに行くような奴だぞ……」

 

 ブラックマーケット。そこは不法な取引が横行する市場であり、犯罪者や悪徳企業、そして不良生徒が行き着く先だ。治安は極度に悪く、その広大な領域ゆえに、どの学園も迂闊には手を出せずにいる。一般に流通しない限定品を目当てとする珍しい客もいるが、大抵は、表立っては買えない【裏の商品を求める客が多数を占めていた。

 

「必ずしも全員が全員、悪いヤツじゃないだろ。まあ、できれば悪さはしないでほしいね。俺の仕事増えちゃうから」

 

(少しは警戒するべきだろう……)

 

 彼の淡々とした返答に、少女は呆れたような表情を浮かべた。

 

「それに、治安の悪化や失業者の増加で、ブラックマーケットでしか日銭を稼げない人たちもいる。……俺たち大人の努力不足によってな」

 

「……」

 

「はい、ここから先がブラックマーケットだ。一応言っておくが、危険な所だから、気をつけろよ」

 

 優人は立ち止まり、くるりと少女の方を向いた。目の前の商店街は、アーケードに覆われ、薄暗い闇を放っていた。彼は、今まさにその光と影の境界線に立っていた。

 

「ああ」

 

 優人は「じゃあな」と軽く告げると、来た道へと引き返していく。

 

「その……感謝する」

 

 照れくさそうに紡がれた礼の言葉に、彼は手を振るという仕草だけで応じ、その場を去った。

 

 少女は周囲に視線を走らせ、「追手はいないか」と小さく呟いた。

 

(あの男、私に近づいた時、一才気配を感じなかった。何者なんだ……)

 

「それに会ったばかりの怪しい奴に、ここまで親切にするとは……」

 

 少女が知る大人たちは、自分の利益のためだけに動き、平気で他人を傷つける冷たい存在だった。それ故、初めて出会ったこの種の大人に、彼女の心は違和感という名の波紋を広げていた。

 何の打算もなく手を差し伸べた彼の行動を、彼女の常識は理解できなかった。

 

「すべては虚しいものだ……」

 

 しかし、理解できないものをいくら考えても無駄であるため、早く頭から消し去りたいと、元凶である彼の後ろ姿を、そしてその記憶を、深くかぶった帽子のつばで、思考と視界から遮断した。

 

「早く合流地点に向かおう……」

 

 感情の揺らぎを断ち切り、彼女はブラックマーケットの深い影へと、音も無く、その姿を飲み込ませた。闇は彼女と親和するかのように、静かにその小さな背中を包み込んだ。

 

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