神学校の俗物、純真天使の寵愛(ドロドロ)を得る 〜神の審判が下り、天使へ悪意を持つ者が断罪される。人の悪意に失意の天使は唯一断罪を免れた俺のもとへ〜 作:ががんぼ
そこかしこに聖十字や神の意匠が息づく、信徒にとっての聖域にて。
――阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっている。
「なぜ、ですか……!? 俺はこれまでずっと敬虔に……ッ!」
「消えない!
「あ゛あ゛あ゛ぁぁ゛! お赦しを、お赦しおぉおお゛お゛!!」
聖十字教会附属、神都に唯一の神学校……その教室内はいまや。
――背信者の巣窟ってね。
「あーぁ。みんな口では散々言ってたのに、実際は僕よりも神を信じてないんだねぇ?」
なんて軽口叩いてはみたけど。
……そんなわけないんだけどなあ。今日まで僕はこれっぽっちも神の実在を信じてなかったし。
でも、こんなことが起きちゃ信じざるを得ないか。
まさに今日、ついさっきのことだ。いつものごとく、教室でつまらない講義を聞き流していると、不意に声が聞こえた。
『不遜なる我が子らへ、鉄槌を下す』と。
頭の中に響く、ふつうじゃない雰囲気の声。しかも、聞こえたのは僕だけじゃなく、近くにいる者たち全員にだった。
そして、続く言葉にみんな声を失った。
その声は言ったのだ。『我が名は黒神。我が教えに背き世を乱す叛徒に、消えぬ烙印を与える』と。
その結果がこれ。
「みんな、頬にでっかい印が……ねぇ」
真面目に信仰してた同級生たちが、嘆きながら自分のほっぺた引っ掻いてる。血が出るまで何度も何度も。
それでも一切剥がれたりしないのは、聖十字教会のシンボルに因んだ妙に冒涜的な刻印。
それが――
「――僕以外、全員? なんかの間違いでしょ……」
僕、この学校で一番不信心だって自覚はあるよ。
なのに同級生、さらには教師まで一人残らず烙印? さすがにおかしい。
そんな素直な感情が溢れた言葉は、すぐそばの同級生の耳に入って。
僕を見た彼が、ぎょっと目を剥く。
「お、まえ……!? レヴィ! ――なぜ、お前に烙印がない!?」
あ。バレた。
まあしょうがないか。頬なんて隠しようがないし、遅かれ早かれね。
でもマズいな。空気が……。
「……なんだと? あのレヴィが……?」
「そんなバカな。あいつは私たちの誰よりも……ッ神を、教会をバカにして……!」
「まあねぇ。信仰心なんて金にも地位にも繋がらないし、ほんとくだらない……とは思ってる!」
「ッなのに、神を信じぬお前がなぜ!?」
教室の全員が僕を見る。血走った目で、半狂乱の様子で、茫然自失と。
……はぁ、狂信者どもめ。僕をお前らの信仰ごっこに巻き込むなって。
こんな胸糞悪い宗教屋の巣窟にいるのも、手早く立場と金を手に入れるためだけだってのに。
なんて愚痴ったところでどうしようもない。少なくとも今この時ここにいる限り、もはや僕の安全は保証されない。
ちらっと窓の外へ目を向けるけど……。
「まあ、五階くらいなら死にはしない……かな?」
やばいかな。僕、魔術も使えないしなあ。
とはいえここに残っても、我を忘れた狂信者たちからリンチされるだけだろうし。
僕は覚悟を決めて、次第に迫ってくるみんなを避けて、少しずつ窓へ寄ってく。
余計な刺激を与えないよう、できるだけゆっくり後退りして。
そうして踵が窓側の壁にコツンと当たったところで、チラリと窓の外へ目を向けると。
「…………高っ。これ大丈夫か……?」
まあもう……やるしかないよね。だってほら――
「あ、ぁあ、あああ!」
「これは間違い、なにかの間違いだ……」
「私は神の声を聞き間違えていたか? もしやこの印がない者こそが背信者では……!?」
いや記憶改竄すんな。
でも、そんな呟きに同調の声が集まる。
「そうだ、そうだ……」
「あいつだけ? レヴィがなんて、そんなわけがない。あってはならない」
「……ずるい。あいつだけ……!」
もはやただの私怨じゃん。そんなんで人襲おうとするから烙印与えられるんじゃないの?
なんてことを思いながら、狭まる包囲網に高まる殺意を感じて。
僕を背信者と信じ込もうとする同級生が伸ばしてきた手に、魔力の光を見た僕は――
「……逃げるしか……ないねッ」
――窓にはまったガラスごと、体を外に投げ出した。
「あっ」とみんなが驚く声を頭上に、僕の体は重力に引かれて落下する。
落ちる。加速する。落ちる。
「っく!」
空中でなんとか体を回して……! 地面についたらこう、転がりながら受け身とって衝撃を……なんて、上手いこと行くか!?
でもやらなきゃ大怪我、下手したら死だ。教室に残っててもそれは変わらなかったろうから、一番可能性があるのはこれ!
さあ、もう地面はすぐそこ……! 喉からせり上がる恐怖はなんとか今だけ忘れて!
そう、無謀な挑戦で大きな危地へと追いやられていた僕に向かって。
蒼穹を飛翔する、一筋の光が――――
「――――レヴィ、さま……!!」
見えたのは…………真っ白な翼で飛翔する桃色の髪の少女。
危うく地面へ叩きつけられる寸前の僕は――――超高速で迫る少女の腕の中に、気づけばすっぽりと収まって。
ザザザ、と。激しい擦過音を立てながら地面に降り立つ。
石畳に着地の跡を残しながらもようやっと停止すると、そっと地面に下ろされて。
そうして向かい合って、僕はぽつりと呟いた。
「……天使、さま」
視線の先には、複雑な感情が浮かぶ少女の青い瞳。
読み取れるのはいつも通りの僅かな忌避感と嫌悪感、そして…………――どこか縋るような色?
なんで? いったい僕に何を期待して……。
思わず困惑するけど、それも仕方ないと思う。だってこの人、神学校に住まう天使さまは……。
――――この学校で唯一僕のことだけを嫌ってる、自称博愛の使徒なんだから。