ようこそ原作主人公抜きで頑張る教室へ   作:灰色の

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暴力事件

 

 

5月の平穏な日々が過ぎ、季節は梅雨の終わりの6月下旬。

 

俺は放課後の人気のない特別棟の廊下に身を潜めていた。目的はただ一つ──原作でもDクラスを大きく揺るがした、Cクラスによる『須藤の暴力事件』の現場を、動画として完璧に撮影するためだ。

 

俺の『凍影塾』による指導やバスケを通じて、今の須藤は以前よりも格段に精神的に成長している。理不尽な挑発にもワンチャン耐えられるかもしれないという期待はあった。だが、相手はあの龍園率いるCクラスだ。念には念を入れ、最悪の事態に備えて自ら動くことにした。

 

特別棟での張り込みを開始して、4日目のことだった。

ついにその時が訪れる。須藤がCクラスの石崎たちに呼び出され、不穏な空気のなかで特別棟へと入っていくのが見えた。

 

俺はカメラの起動を確認し、現場から少し離れた死角へと移動する。──その時だった。近くの物陰に、見覚えのある人影を見つけた。

眼鏡を外し、普段の怯えた様子とは打って変わった大人びた表情で、スマートフォンに向けて自撮りをしている少女──佐倉愛里だ。

 

 

(……やっぱり、佐倉もこの場所にいたか)

 

 

その時、廊下の奥から「おい須藤、テメェ調子に乗ってんじゃねえぞ!」と、Cクラスの連中の荒々しい怒号が響き渡った。その暴言を耳にした瞬間、佐倉は小さな肩をビクッと震わせ、恐怖に顔を青ざめさせてガタガタと怯え始めた。

 

俺は音もなく彼女の背後に忍び寄り、その華奢な肩にそっと手を置いて引き寄せた。

 

 

「凍影……くん……っ!?」

 

 

驚いて声を上げそうになった佐倉の唇を、俺は人差し指を立てて制する。

 

 

「佐倉、静かに。危ないから、俺の後ろに隠れてろ」

 

 

完璧な銀髪のイケメンである俺から至近距離で囁かれ、佐倉は恐怖と恥ずかしさでパニックになりかけながらも、コクコクと必死に頷いて俺の背中に隠れた。

 

俺は再び視線を廊下の奥へと戻し、スマートフォンのレンズを向ける。

そこでは、石崎、小宮、近藤の3人が、須藤を壁際に追い詰めて口汚く罵っていた。

 

 

「お前みたいなDクラスの欠陥品が、バスケ部のレギュラーとか生意気なんだよ! さっさと部活やめろや!」

 

「そうだそうだ! お前がいると目障りなんだよ!」

 

「……てめぇら……っ!」

 

 

須藤は拳を強く握り締め、怒りで全身を震わせていた。以前の須藤なら、最初の一言で殴りかかっていただろう。だが、今の彼は俺との約束を思い出すように、必死に奥歯を噛み締めて怒りを極限まで抑え込もうとしていた。

 

須藤が手を出さないと見るや、焦ったCクラスの3人は、信じられない暴挙に出た。

 

 

「チッ、スカしてんじゃねえよ!」

 

 

石崎の合図と共に、小宮と近藤が須藤の腹部に向けて、容赦なく先制の殴打と蹴りを叩き込んだのだ。ドンッ! という鈍い衝撃音が静かな特別棟に響く。

 

 

(よし……! しっかり捉えたぞ)

 

 

俺はスマートフォンの画面越しに、Cクラス側が明確に「先に攻撃を仕掛けた」瞬間を、1秒のブレもなく鮮明に動画へと記録した。これで須藤の正当防衛、あるいはCクラスの自作自演を証明する絶対的な証拠(カード)が手に入った。

 

しかし、その凄惨な暴行の光景を間近で見てしまった佐倉が、恐怖のあまり「ひっ……!」と小さな悲鳴を漏らし、後ろに下がろうとしてガタガタと足音を立ててしまった。

 

静まり返った廊下に、その音が不自然に響く。

 

 

「──あ? おい、今そこ、誰かいたぞ!?」

 

 

石崎が鋭い声を上げ、こちらの間仕切りの方へと視線を向けた。

 

 

(マズい、見つかる──!)

 

 

石崎たちがこちらを覗き込んでくるまで、あと数秒。ここで佐倉が目撃されれば、彼女まで龍園たちのターゲットにされかねない。しかし、恐怖で完全に身体がすくんでしまった佐倉は、一歩も動けずに固まっていた。

 

状況は一刻を争う。俺は覚悟を決め、目の前の少女に低く素早い声で告げた。

 

 

「佐倉、ごめんね」

 

「え……っ?」

 

 

佐倉が目を丸くした瞬間、俺はチートスペックの強靭な腕力で、彼女の細い身体を軽々と、お姫様抱まがいの形で力強く抱き抱えた。

そのまま、鍛え上げられた爆発的な身体能力を解放し、足音を完全に殺しながら、疾風のごとき速さで特別棟の非常階段へと滑り込んだ。

 

「誰だ! 待ちやがれ!」という石崎の怒鳴り声が遠ざかっていく。俺は佐倉を抱えたまま、追っ手を完全に撒いて特別棟の裏口から一気に外へと脱出した。

 

夏の夕暮れ時の、生温かい風が俺たちの頬を撫でる。

安全な校舎の裏手までたどり着き、俺はそっと佐倉の身体を地面に下ろした。

 

 

「すまなかった、佐倉。突然抱き抱えたりして……。でも、あの瞬間はあれしか思いつかなかったんだ。怖かったよな」

 

 

俺は銀髪の頭を少し下げ、彼女に対して真摯に謝罪した。下ろされた佐倉は、地面についた足元がおぼつかないほどに震えていた。だが、その原因は恐怖だけではなかった。完璧すぎるルックスの俺に密着され、全力で抱きしめられて運ばれたという圧倒的な恥ずかしさから、彼女の顔は耳の裏まで真っ赤に染まり、頭から湯気が出そうなほどに上気していた。

 

 

「だ、大、大丈夫……です……っ! 凍影くん、あの、助けてくれて……ありが、とうございました……っ!」

 

 

佐倉は眼鏡のない大きな瞳を激しく泳がせ、胸元を両手で押さえながら、消え入りそうな声でそれだけを告げると、逃げ出すようにパタパタと走り去っていった。その背中を見送りながら、俺はポケットの中のスマートフォンに触れた。

 

 

(後で須藤のケアが必要だな。Cクラスの暴挙の証拠、そして佐倉愛里との決定的な接触……。全てのピースが揃ったな)

 

 

事件の全貌を記録した最強の証拠(動画)を手に、凍影雪波は、これからの龍園との頭脳戦を見据えて、夜の帳が下りる学園の片隅で動画を見返すのだった

 

 

 

佐倉を安全な場所へ避難させ、須藤が悔しさに顔を歪めながら特別棟から出ていくのを見届けた後、俺は再び薄暗い建物の影へと身を潜めていた。

 

狙いは、中から出てくる石崎たちの動向だ。

しばらくすると、周囲をキョロキョロと警戒しながら、特別棟の重い扉を押し開けて三人が姿を現した。その会話は、静まり返った夕暮れの敷地内に筒抜けだった。

 

 

「なあ……さっきの足音、誰かに見られたのヤバくねえか? もし俺たちが先に仕掛けたのバレたら、俺たちの減点どころじゃ済まねえぞ!」

 

 

小宮が青い顔をして、自分の腕をさすりながら怯えた声を上げる。

 

 

「と、とにかく龍園さんに報告だ。余計なこと喋るんじゃねえ」

 

 

近藤も動揺を隠せない様子で、せかせかと歩調を速める。

 

 

「俺たちが須藤にいちゃもんつけてるのを見られたんじゃねえかって言動を、もし学校側にチクられたら……!」

 

「うるせえ! 黙って龍園さんに報告するぞ!!」

 

 

石崎が焦燥感を爆発させ、不安気な小宮と近藤を強引に怒鳴りつけて抑え込んでいた。

 

彼らの顔をチートな観察眼とカメラでつぶさに観察する。パッと見、顔や目立つ部分には傷も殴られた痕跡も一切ない。

原作の知識と彼らの慌てぶりから察するに、須藤は俺との約束を守るために極限まで耐え、しつこく組み付いてくる石崎たちを力任せに払い除けて、そのまま特別棟から逃げ出したのだろう。須藤が殴り返したとしても、せいぜい腹に一発入れたかその程度だ。

 

 

(自作自演の準備のために、これから龍園の元へ行くわけか……)

 

 

俺は音もなく彼らの後を追った。石崎たちはケヤキモールの敷地外にある、人気のないカラオケ店へと入っていく。俺は店の手前の死角に陣取り、じっとその時を待った。

 

──約1時間後。

カラオケ店の扉が開き、出てきた三人の姿を見た瞬間、俺は内心で冷酷に口元を歪めた。

 

 

「う、うう……クソッ、龍園さん、容赦ねえな……」

 

「顔は……顔だけは殴るなって言ったのに、アルベルトの奴、手加減しやがらねえ……っ」

 

 

出てきた石崎たちの顔面は、入る前とは完全に別人のようにボロボロに腫れ上がり、痛々しい青痣や出血が点在していた。

間違いなく、龍園の指示でアルベルトあたりに容赦なく殴らせ、「須藤に凄惨な暴力を振るわれた被害者」を作り上げたのだ。俺は物陰からスマートフォンのカメラを向け、その『入る前と出た後の劇的な変化』を完璧な画角で動画に収めた。これで彼らの自作自演のプロセスすら立証できる。

 

 

(完璧だ。お前たちの小細工は最初から全部詰んでるんだよ)

 

 

証拠を確保した俺は、闇に紛れてその場を迅速に脱出した。

 

その日の夜。男子寮の俺の部屋のチャイムが激しく連打された。

ドアを開けると、そこには肩を激しく上下させ、今にも爆発しそうな表情をした須藤健が立っていた。俺が中に招き入れると、彼はベッドにドカッと座り込み、悔しそうに頭を抱えた。

 

 

「凍影……! クソッ、俺は、俺はマジで我慢したんだ……っ!」

 

「落ち着け、須藤。何があったか話してくれ」

 

 

俺が冷たい水を手渡すと、須藤はそれを一気に飲み干し、ポツリポツリと状況を吐き出し始めた。

 

 

「放課後、特別棟に呼び出されてさ……。石崎の野郎ども3人に囲まれて、いきなり『バスケ部辞めろ』って暴力を振るわれたんだ。お前との約束があったから、殴られても絶対に手は出さねえって決めてた。だけど、しつこく組み付いてきやがるから、引き剥がそうとして少しだけ……少しだけ力任せに払い除けたんだ。そしたらよ、あいつら、わざとらしく後ろに吹っ飛んで転びやがって……! そのまま俺は走って逃げたんだ。なのに……っ!」

 

 

須藤が制服のシャツを捲り上げると、そこには痛々しい打撲の痕跡と、腹部に大きめの痣が出来ていた。小宮や近藤、石崎に殴られたのは明らかだった。

 

 

「顔も少し腫れてるな。痛むか?」

 

 

俺は冷蔵庫から保冷剤を取り出し、彼の頬に当ててやった。

 

 

「こんなの、痛みのうちに入らねえよ! ……でも、もしあいつらが学校に嘘の報告をしたら、俺……停学になっちまうのか…、バスケがもう、できなくなるのか……」

 

 

大柄な身体を縮こまらせ、本気で不安そうに怯える須藤。

 

俺は彼の頑丈な肩にポンと手を置き、力強く、そしてどこまでも優しい声で語りかけた。

 

 

「安心しろ、須藤。お前は悪くない。3人に囲まれて先に暴力を振るわれたんだ、お前がやったことは完全な『正当防衛』だ。それ以上に、以前のお前なら一瞬で殴り返していたところを、よくここまで我慢した。俺はお前を誇りに思うよ」

 

「凍影……」

 

 

俺の全肯定の言葉に、須藤の瞳にじわりと涙が浮かぶ。

 

 

「これからCクラスがどんな汚い手を仕掛けてこようと、何があっても俺がなんとかしてやる。お前は何も心配せずに、明日からも堂々とバスケの練習に行ってこい。俺を信じろ」

 

「……ああ! ああ、信じる! ありがとな、凍影……っ!」

 

 

俺の絶対的な言葉と、完璧すぎる銀髪の容姿から放たれる圧倒的な安心感に、須藤は完全に落ち着きを取り戻した。彼の中での俺への忠誠心と信頼は、これで硬いものになったはずだ。

 

須藤を部屋から帰した後、俺は手元にある二つの動画ファイルを見つめた。

1つは、Cクラスが先に須藤を殴った特別棟の動画。

もう1つは、無傷の石崎たちがカラオケ店に入り、ボロボロになって出てきた自作自演の証拠動画。

 

 

(さあ、龍園翔。お前がどんな風に仕掛けて来ても勝てる、楽しみにさせてもらうぜ)

 

 

この絶対的な証拠。俺は、暗い自室の中で、冷酷極まりない勝利の笑みを浮かべるのだった。

 

 

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