ようこそ原作主人公抜きで頑張る教室へ 作:灰色の
7月1日、運命のクラスポイント発表の日がやってきた。
今回の須藤の暴力事件により、学校側から「全クラスへのプライベートポイントの振り込みを一時的に凍結する」という異例の措置が下され、教室内には不穏な空気が漂っていた。そんな中、茶柱先生が黒板に張り出した最新のクラスポイントは、俺たちの生存戦略が確実に実を結んでいることを証明していた。
Aクラス:1004 cp
Bクラス:779 cp
Cクラス:600 cp
Dクラス:565 cp
(Dクラスが565ポイント……。トップのAクラスともつかず離れずの距離をしっかりとキープできているな)
前月の中間テストでの満点続出が大きく響き、クラスポイントは順調に上昇していた。今回は俺が特別に何かを注意したわけではなかったが、一度「Sシステム」の恐怖と快感を知ったDクラスの面々は、特に大きなやらかしをすることもなく、高い緊張感を維持して6月を乗り切ってくれたようだ。
茶柱先生は出席簿を叩き、冷淡な声で告げた。
「──須藤。放課後、生徒指導室に来い。Cクラスとの件だ」
その言葉に、教室内が一気にざわめき立つ。不安に駆られた須藤が真っ先に窓際の一番後ろ──俺の席へと視線を向けてきた。俺は表情を変えず、彼にだけ分かるように小さく、頼もしく頷いてみせた。俺のその合図を見た須藤は、ふうと深く息を吐き、堂々と胸を張って席を立った。
そして翌日のホームルーム。
茶柱先生の口から、Cクラスの石崎、小宮、近藤の三人が、学校側へ「須藤から一方的な暴力を受けた」と正式に告訴状を提出したことが発表された。
「おい、冗談じゃねえぞ! 俺、マジであいつらを殴ってねえんだって!! 先に殴ってきたのはあっちだ!」
須藤が机を叩いて必死に身の潔白を主張する。その訴えに対し、クラスメイトたちは何とも言えない複雑な視線を彼に送った。
だが、その視線は原作のような「冷徹な疑い」ではなかった。入学以来、俺の影響を受けて必死に居眠りを控え、勉強に取り組み、暴力をコントロールしてきた須藤の姿を、クラスの全員が間近で見てきたからだ。
「……僕は、須藤くんを信じよう」
重苦しい沈黙を破り、平田洋介が真っ直ぐな瞳で声を上げた。
「今の須藤くんが、理由もなく他人に暴力を振るうなんて絶対にあり得ない。僕たち全員で、彼を救う方法を考えよう」
「平田君に賛成。私もあいつの素行は気に入らないけど、嘘をついてるようには見えないし。Cクラスの自作自演の可能性だってあるじゃない」
平田の言葉を皮切りに、軽井沢恵がギャルグループを率いるように同調する。
「うん! 私も須藤くんを信じるよ! みんなで協力して、何か目撃者がいないか探してみよう?」
櫛田桔梗もいつもの聖女のような笑顔で賛成し、クラスの雰囲気は一気に「須藤を救出する方向」へと一致団結していった。
(いい流れだ。須藤への日頃の教育が、ここで最高のリターンとして返ってきたな)
クラスが目撃者探しに躍起になる中、俺はクラス全員に向けて提案した。
「…目撃者を探すために、俺が裏で臨時の『学内情報提供用・匿名デジタル掲示板』を作成する。もし何か小さなことでも知っている他クラスの生徒がいたら、そこに匿名で書き込めるように誘導してみる。何か手がかりが掴めるかもしれない」
「さすが凍影くん、ネットの知識もあるんだね! よろしく頼むよ」
平田が感心したように頷く。
もちろん、これはただの「ポーズ」だ。他クラスや学校側に「Dクラスは必死に目撃者を探している」と思わせ、龍園を油断させるための偽装工作に過ぎない。俺の手元には、すでにCクラスの自作自演を完璧に証明する二つの絶対的な動画が眠っている。
審議が行われるのは1週間後。龍園が勝利を確信し、学校や生徒会を巻き込んで大舞台を整え、完全に調子に乗ったその瞬間に──あの動画を学内ネットワークへ匿名で一斉に投下してやればいい。
放課後、クラスメイトたちの前で「目撃者探しの情報収集掲示板」を作成を終え、俺は一人で寮までの並木道をのんびりと歩いていた。
初夏の夕暮れ時の生温かい風が、俺の銀髪をそっと揺らす。Dクラスの連中を欺き、龍園へのトラップを仕掛ける布石は完璧だ。そんな思考を巡らせていると、背後からタッタッタッと、どこかおぼつかない駆け足で誰かが近づいてくる気配がした。
振り返ると、そこには息を切らせた佐倉愛里が立っていた。
「あ、あの……凍、凍影くん……っ」
「ん? 佐倉か、どうした?」
佐倉は胸元に両手を添え、低めの身長を少し縮こまらせながら、必死に呼吸を整えていた。眼鏡の奥の大きな瞳が、周囲に誰もいないことをおずおずと確認してから、上目遣いで俺を見つめてくる。
「凍影くん……その、あの時の、ことなんだけど……。須藤くんの、動画……」
彼女が何を心配しているのか、チートな脳細胞は瞬時に察知した。あの日、特別棟で自分が目撃した凄惨な現場。そして俺がカメラを向けていた事実。心優しい彼女は、須藤の退学の危機を前に、自分がどう動くべきか激しく葛藤していたのだろう。
俺は彼女の不安を完全に拭い去るように、あえて優しく、頼もしい笑みを浮かべて言葉を遮った。
「ああ、動画なら完璧に撮ったよ。石崎たちが先に仕掛けてきた瞬間も、その後の自作自演のプロセスも全部な。だから本当は、何の心配もいらないんだ。佐倉は怖かっただろうし、何もしなくても絶対に大丈夫だからな」
「……っ、良かったぁ……!」
俺の絶対的な言葉を聞いた瞬間、佐倉は緊張の糸が切れたように、ペタンと胸をなでおろして本当に安心した表情を浮かべた。その顔には、あの日お姫様抱っこで救出された時の恥ずかしさも少し混ざっているようで、頬がほんのりと桃色に染まっている。
「用事はそれだけか?」
俺が尋ねると、佐倉は「うん……」と小さく頷き、再び視線を自分の靴へと落としてしまった。
だが、彼女の指先が制服のスカートの裾をぎゅっと握り締め、何か重い悩みを抱えているように躊躇している様子が伝わってきた。
(……ストーカーの件か)
原作の記憶が頭をよぎる。彼女はネットアイドル『しずく』として活動しており、今まさに悪質なストーカーに狙われて精神的に追い詰められているはずだ。だが、好感度初期値ゼロからスタートしたこの世界線。あの日助けたとはいえ、まだ決定的な守護者としては認識されていないのだろう。
「……何か、他にも困りごとでもあるのか? 須藤の件以外で」
気遣うように取り合えず聞いてみる。すると、佐倉はビクッと肩を揺らし、下を向いたまま消え入りそうな声で首を横に振った。
「ううん……なんでも、無い……です……」
やはり、まだストーカーの存在を打ち明けてはくれないようだ。
「そうか。……ならいいけど、もし何かあったら、いつでも俺に言ってくれ。どんな些細なことでも、俺はいつでもお前の力になるからさ」
完璧すぎるルックスの銀髪のイケメンから、真っ直ぐに「力になる」と告げられた佐倉は、「あっ……」と小さく声を漏らし、何かを言いかけようとして顔を上げた。
「なんだ? 聞くよ」
俺は立ち止まり、彼女の言葉を無言で優しく待った。
佐倉は口を金魚のようにパクパクと動かし、胸中にある恐怖と、俺への依存心の狭間で激しく葛藤しているようだった。助けてほしい、ストーカーが怖い、でも恥ずかしい──そんな感情が、彼女の潤んだ瞳から痛いほど伝わってくる。
しかし、結局のところ、内気な彼女の勇気はそこまで続かなかった。
「な、なんでもないです……! ごめんなさい……っ」
結局、佐倉は自分から殻に閉じこもるように言葉を飲み込んでしまった。
「そうか……。じゃあ、一緒に帰ろう」
俺が優しく呟くと、佐倉は小さく「うん……」とだけ答え、俺の斜め後ろを歩き始めた。そのまま二人で、夕日に照らされた道を並んで寮へと戻っていく。
(まあ、仕方ないか……。まだそこまでの深い信頼関係は出来てない。彼女からすれば、ようやく初めてまともに話したクラスメイト程度なんだからな)
焦る必要は全くない。俺には圧倒的な資金力、チートスペック、そして未来の知識がある。ストーカーが限界まで彼女を追い詰め、彼女が本当に世界の中心で俺の救いを求めたその瞬間に、完璧な形でヒーローとして降臨してやればいいだけだ。
隣を歩く佐倉の、どこか落ち着かない歩調を感じながら、俺はどうしたものかとこの問題を冷酷に見計らうのだった。
須藤の暴力事件について学内が揺れる中、Bクラスの一之瀬帆波から「何か手伝えることはない?」と直々に協力の申し出があった。
だが、俺の手元にはすでにCクラスの自作自演を証明する完璧な動画がある。俺は「気持ちは嬉しいけど、もうやることはやってあるんだ。目撃者のあてもあるみたいだし、今回は俺たちDクラスで何とかするよ」と伝えて断った。一之瀬は「そっか……力になりたかったんだけど、残念だな」と少し寂しそうな顔をしていた。
それから数日後のことだ。
ケヤキモールのカフェで、俺は一之瀬から深刻な面持ちで、例の「白波千尋からの告白」について相談を受けることになった。
「ねえ、凍影くん……。実はクラスの女の子から告白されちゃって。すごく良い子だから傷つけたくないの。だから、その……凍影くんに、私の彼氏のフリをしてもらえないかなって……」
困り果てたように上目遣いで懇願してくる一之瀬。原作の綾小路に向けられたものと同じ突飛な提案だったが、俺は脳細胞で即座にその悪手を切り捨て、冷徹に言い放った。
「断れ。お前のクラスメイトなんだろ? だったら正面からしっかり断るべきだ」
「えっ……でも、嘘でも彼氏がいるってことにすれば、誰も傷つかずに諦めてくれるかなって……」
「その場しのぎの嘘をついたら、お前はその人の前で、この先ずっと嘘をつき続けなきゃいけなくなる。そんなのすぐにボロが出るし、バレた時の方がよっぽど相手を深く傷つけるぞ」
それでも一之瀬は「う、うーん……。でも、千尋ちゃんショックを受けちゃうよね……」と躊躇し、煮え切らない態度を見せる。他人のために自分を犠牲にしようとする、彼女の悪癖(優しすぎる欠陥)が発動していた。
俺は彼女の正面に一歩踏み込み、銀髪の容姿から圧倒的な説得力を放ちながら、あえて突き放すように告げた。
「一之瀬、もし一度断ったくらいで逆恨みしてクラスの和を乱すような奴なら、その時は絶交しろ。それくらい強気でいいんだ。お前はBクラスの絶対的なリーダーだろ? 『私に釣り合うレベルの人間になってからもう一度来い』って、それくらい堂々と構えてろ」
「そんなぁ……。千尋ちゃんは、私の大事な友達なの……」
一之瀬は悲しそうに眉をひそめ、友達を切り捨てるような真似はできないと訴えかけてくる。
「──友達なんだろ?」
俺はトーンを一段落とし、彼女の目を真っ直ぐに見据えた。
「だったら尚更、しっかり振ってこい。大事な友達の本音の告白には、お前も本音で応えるのが誠意だろ。嘘の彼氏で誤魔化すなんて、相手を友達として見下してるのと同じだ」
「あ……」
一之瀬の瞳がハッとしたように大きく揺れる。
「……まぁ、どうしても一人で抱えきれなくなって駄目そうなら、後でいくらでも話は聞いてやるからさ。行ってこい」
ぶっきらぼうだが、確かな包容力を混ぜて背中を押すと、一之瀬はしばらく俺の顔を凝視した後、意を決したように小さく、しかし力強く頷いた。
「……うん。凍影くんがそこまで言うなら、私、ちゃんと本音で話してくる!」
彼女は指定の待ち合わせ場所へと移動し始めた。
俺は少し離れた物陰から、その様子を静かに見守る。
数分後。一之瀬が話しかけた場所から、一人の短い髪の女の子──白波千尋が、ボロ泣きしながら勢いよく走り飛び出してくるのが見えた。告白は完全に玉砕したのだろう。だが、それは彼女たちが真摯に向き合った証拠でもあった。
白波が去った後、少し肩を落とした一之瀬が、ゆっくりとこちらへ歩いて戻ってきた。その表情は切なげだったが、どこかすがすがしい色も混ざっていた。
「……凍影くん。私、千尋ちゃんと、これからも上手くやっていけるかな?」
不安そうに問いかけてくる一之瀬。他人の未来を案じる彼女に対し、俺は原作の綾小路の言葉をなぞるように、冷徹だが確かな現実を返した。
「──それは、これからの二人次第だろ」
「……そうだよね。うん、私、諦めずに千尋ちゃんと向き合ってみる!」
「頑張れよ」
俺はそれだけ言い残すと、彼女に背を向けてその場をクールに去った。
須藤の暴力事件の審議はいよいよ数日後。