ようこそ原作主人公抜きで頑張る教室へ 作:灰色の
審議の当日がやってきた。
俺は審議が始まる直前、あらかじめ作成しておいた『学内情報提供用掲示板』のサーバーに裏からアクセスし、撮影しておいた2つの動画ファイルを匿名でアップロードした。この確実なトラップを仕掛けた状態で、俺は静かに審議の場へと臨んだ。
緊迫した空気が満ちる特別会議室。
主審を務めるのは、現生徒会長である堀北学。Dクラス側からは、被告人の須藤健、弁護人として俺と平田洋介、復讐の機会を窺う担任の茶柱佐枝先生が出席している。
対するCクラス側は、顔をこれみよがしに包帯や絆創膏で固めた石崎、小宮、近藤の3人と、担任の坂上先生だ。彼らは弁護人を立てず、圧倒的な被害者を演じる用意をして不敵に席についていた。
隣に座る須藤は、悔しさと緊張で拳を白くなるほど強く握りしめていた。相手の顔を見るなり、今にも怒りが爆発しそうな様子だ。俺は事前に彼へ伝えておいた言葉を、目線だけで思い出させる。
『須藤、審議中に相手がどんな嘘を吐こうが、挑発してこようが、お前は何も気にするな。一言も喋らず、ただドシッと構えてろ。──勝ちはもう、最初から確定してるんだからな』
俺のその事前の言葉を反芻したのだろう。須藤は深く息を吐くと、驚くほどの自制心を発揮してスッと前を見据え、完全に沈黙を保った。今の須藤には、俺への絶対的な信頼があった。
審議の開始が宣言され、生徒会書記の橘茜が、用意された資料を冷徹に読み上げ始める。
「それでは、Cクラス側の主張を説明します。6月下旬の放課後、石崎くん、小宮くん、近藤くんの3人は、須藤くんに人気のない特別棟へと呼び出されました。そこで須藤くんから執拗ないちゃもんをつけられた上に、一方的な暴力を振るわれ、結果として全治2週間の怪我を負わされた、とのことです」
石崎たちは包帯の奥から、わざとらしく痛そうな表情を作って見せた。須藤の拳がピクリと跳ねるが、彼は俺との約束を守り、奥歯を噛み締めて黙って耐えている。
橘先輩は淡々と資料をめくり、続けてもう一方の主張を読み上げた。
「対するDクラス側の主張はこれと真っ向から対立しています。放課後、特別棟に呼び出されたのは須藤くんであり、呼び出したのはCクラスの小宮くんと近藤くんです。その場には石崎くんも待ち伏せており、3人から『バスケ部のレギュラーの座を降りろ』と言われたとのこと。須藤くんがそれを断ってその場を離れようとしたところ、3人がかりで殴りかかられ、須藤くんは身を守るためにそれを力任せに払い除けて逃げたに過ぎない、というのが須藤くん側の主張です」
双方の意見は完全に真っ向から食い違っている。
Cクラスの坂上先生が、メガネの奥の目を光らせ、勝ち誇ったように口を開いた。
「おやおや、手酷い言い逃れですねぇ。我がクラスの生徒はこれほどボロボロに傷ついているのですよ? Dクラス側がそう主張されるのであれば、当然、それを立証できる『明確な証拠』があるのでしょうね?」
石崎たちは「証拠なんかあるわけねえだろ」と言わんばかりに、包帯の奥でニヤニヤとあざ笑っていた。
(さあ、最高のタイミングだ)
俺は静かに挙手をした。
整いすぎた銀髪のイケメンが動いたことで、生徒会長の堀北学の鋭い視線が俺に突き刺さる。
「Dクラスの凍影です。双方の意見をすり合わせるために、先ほど学内の情報提供掲示板に匿名で投稿された『2つの動画』を、この場で再生させてください」
俺は手元の端末を操作し、会議室の大型モニターに1つ目の動画を投影した。
画面に映し出されたのは、薄暗い特別棟の廊下。須藤が小宮と近藤に呼び出され、さらに奥から石崎が現れて橘先輩が読み上げた通りの不当な脅迫をする瞬間。そして、須藤がそれを拒絶して背を向けた瞬間、小宮と近藤がニヤつきながら須藤の腹部に容赦ない殴打と蹴りを叩き込んだ映像が、鮮明な画角で暴かれた。
「な、なんだよこれ……っ!?」
石崎がガタッと椅子を鳴らし、目を見開いて青ざめた。Cクラス側からすれば、自分たちの身内、それこそ身内の裏切り者がすぐ至近距離から狙い撃ちして撮影したとしか思えない映像だった。
主審の堀北学が、氷のように冷徹な視線を石崎たちに向け、低い声で問い詰める。
「Cクラス。説明を求めよう。君たちは『須藤に呼び出されて一方的に殴られた』と言ったな? だがこの映像を見る限り、先に呼び出し、脅迫と共に先制攻撃を仕掛けているのは君たち3人の方だが」
「あ、いや……それは……っ!」
石崎は完全に言葉を詰まらせ、額から滝のような冷や汗を流した。
しかし、坂上先生が慌てて割って入る。
「お、落ち着きなさい石崎くん! 確かに、口論の末に我がクラスの生徒が先に手を出してしまったことは認めましょう! ですが、その後に橘書記が読み上げた通りの凄惨な『逆襲』を受けたからこそ、彼らはこれほど大怪我を負っているのです! これは過剰防衛です!」
苦し紛れの主張のすり替え。石崎たちも「そうです、払い除けられた後、めちゃくちゃに殴られたんです!」と必死に便乗した。
俺はフッと冷酷に唇の端を吊り上げ、もう一度静かに挙手をした。
「では、続けて2つ目の動画を再生します」
モニターの映像が切り替わる。
画面には、特別棟から出てくる石崎、小宮、近藤の姿。チートなカメラズームが彼らの顔面を捉える。そこには──包帯も傷も、青痣すらも一切ない、完全に『無傷』の綺麗な顔が映し出されていた。
『──なあ、誰かに見られたのヤバくねえか? 俺達が先に仕掛けたのバレちゃうぜ』
『と、取り敢えず龍園さんに報告だ』
音声も完璧に拾っている。さらに動画は早送りされ、彼らがケヤキモール外の店に入っていく様子を映し出す。そしてその1時間後──店から出てきた彼らの顔は、今まさにこの会議室にいるのと同じ、ボロボロに腫れ上がった顔に変貌していた。
「なっ……嘘、だろ……」
石崎の口から、絶望の呟きが漏れた。
俺は椅子からゆっくりと立ち上がり、冷徹な声で会議室に言い放った。
「これが、Cクラスが主張する『須藤くんに殴られた怪我』の真実です。彼らは須藤を力任せに払い除けて無傷で脱出した後、自分たちのクラスメイトらしき人物の指示の元、どこか別の場所でその怪我を作り上げ、学校側へ虚偽の告訴を行いました。この痛々しい怪我が、一体誰のよって、どんな目的で痛めつけられて作られたものなのか……その真相は分かりませんが。少なくとも──」
俺はここで言葉を区切り、凛とした佇まいでCクラスの面々を見下ろした。
「──ここにいる須藤健が施した怪我ではないことだけは、この2つの動画が何よりも雄弁に証明しています」
完全なるチェックメイト。
Cクラス側は、担任の坂上先生も含めて、誰一人として声を出すことすらできず、ただただ唖然と恐怖に震えていた。
その様子を横目で見た須藤は、声こそ出さなかったものの、ニヤリと不敵な笑みを浮かべて俺に感謝の視線を送っていた。
すべてを裏から完璧にハメ殺した、俺の完全勝利だった。
生徒会長である堀北学の口から、冷徹かつ絶対的な裁定が会議室に下された。
「──審議の判定を言い渡す。提出された客観的証拠に基づき、Cクラス側の石崎、小宮、近藤の三名による虚偽の申告、および他クラスの生徒に対する不当な暴力を認定する。ペナルティとして、Cクラスのクラスポイントから一挙に150ポイントを減点。さらに該当生徒三名は、今期プライベートポイントの全額没収、および夏休み終了までの期間を停学処分とする。対するDクラスの須藤健は、正当防衛が認められ無罪とする」
「……っ!」
石崎たちは絶望に顔を歪めて崩れ落ち、坂上先生は言葉を失ってうなだれた。完璧な勝利の瞬間だった。
翌朝、Dクラスの教室に現れた茶柱先生の顔は、かつてないほどに晴れやかだった。彼女は教壇に立つと、全員を見渡して告げた。
「お前たちに報告がある。須藤の告訴は完全に退けられ、無罪が確定した。さらに、虚偽の告訴を行ったCクラスへは重いペナルティが下った。これにより、現在のクラスポイントは──」
茶柱先生は黒板に、力強い筆跡で最新の数字を書き連ねていく。
Aクラス:1004 cp
Bクラス:779 cp
Dクラス(旧Cクラス):450 cp
Cクラス(旧Dクラス):565 cp
「Cクラスのポイントが450に急落した。結果として、我がクラスは入学からわずか数ヶ月でCクラスへと昇格した。よくやったな」
その瞬間、教室内は割れんばかりの歓声と拍手に包まれた。「マジかよ!」「俺たちもうDクラス(欠陥品)じゃないんだ!」と、誰もが興奮に身体を震わせている。
そんな熱狂の中、須藤が自ら教壇の上へと歩み出た。彼は緊張に少し肩を硬くさせながらも、深々とクラス全員に向けて頭を下げた。
「みんな……っ、今回は、俺の不徳のせいでクラスのみんなを巻き込んじまって、本当に悪かった! 信じてくれて、ありがとな!」
かつての乱暴者だった須藤が、自分の非を認めて堂々と謝罪している。クラスメイトたちも「気にするなよ、須藤!」「次から気をつけろよ!」と、温かい声を投げかけていた。平田や軽井沢たちの団結が、ここで一つの結び目を迎えたのだ。
ホームルームが終わった直後、平田が俺の席へとそっと近づき、声を潜めて問いかけてきた。
「ねえ、凍影くん。本当に良かったよ。……でも、一つだけ気になるんだ。あの掲示板に、あのタイミングで、あれほどCクラスの自作自演を的確に狙い撃ちした動画を投稿してくれたのは、一体誰なんだろう……?」
平田の鋭い着眼点に、俺はポーカーフェイスを崩さぬまま、あらかじめ用意していたカモフラージュの言葉を返した。
「……一之瀬のいるBクラスじゃないか? Cクラスからは執拗に嫌がらせを受けていたらしいからな。その報復の意味も含めて、裏で徹底的にCクラスの動向をマークして撮影してたんだろう。タイミングを計ってたんじゃないか?」
「なるほど……。一之瀬さんたちのクラスなら、あの情報力も頷けるね。確かに、Cクラスに一番怒っていたのは彼らだし……」
平田は納得したように「成る程……」と呟き、それ以上の追及をやめて席へと戻っていった。
何はともあれ、これでDクラス(現Cクラス)の底上げと昇格は完了した。龍園翔が絶対的な恐怖で支配していたCクラスの基盤を揺るがし、その支配力を大きく削ぎ落とすことにも成功した。1年生の7月の時点でこれ以上のない大戦果だ。
背もたれに身体を預け、銀髪を指で弄りながら、俺はまだ教室の片隅に残されている「未解決の火種」へと視線を巡らせた。
そこには、眼鏡を指先でいじりながら、こちらの様子をチラチラとおそるおそる伺っている佐倉愛里の姿があった。周囲の歓喜の輪に入り込めず、一人で不安げに俯いている。
(ストーカーの影は、もうすぐそこまで迫っているはずだ……)
彼女が本当の危機に直面し、心の底から俺の力を必要とするその時まで、すべての準備は整えてある。窓際の一番後ろの席から、俺は、静かに闘志を燃やした。
(──次は、君を救って魅せるからな。もう少しだけ、待っててくれ、佐倉)