ようこそ原作主人公抜きで頑張る教室へ   作:灰色の

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ストーカー事件

 

 

Cクラスへの昇格という熱狂劇から数日、学校は一気に日常の喧騒を取り戻していた。

 

だが、息を吐く間もなく、次なる難関──期末試験の足音が近づいてくる。

今回の試験は中間テストと違って過去問が通用しない初見の実力勝負。俺はチートな脳細胞を再びフル稼働させ、中間テスト時よりもさらに精密で分かりやすい「特製ルーズリーフ」を全科目分作成した。それを平田の勉強会と並行してクラスの面々に手渡すことで、間接的にクラスの大半の学力を裏から引き上げる形を取っていた。

 

そんなある日の放課後。

教室内が勉強会の準備でガヤガヤと騒がしくなる中、俺は教室の片隅で、一人だけ明らかに異様なオーラを放っている生徒に目を留めた。

 

佐倉愛里だ。

いつも以上に肩をすくめ、顔色は紙のように真っ白。おびえたように何度も何度も自分のスマートフォンの画面を確認しては、絶望に満ちた表情で唇を噛み締めている。その様子は、ただ勉強が不安だというレベルのシロモノではなかった。

 

 

(……限界が近いな。いよいよストーカーが実力行使に動き出したか)

 

 

佐倉は、クラスメイトたちが勉強会の資料を広げるのを避けるように、逃げるような手つきでカバンに荷物を詰め込むと、俯いたまま足早に教室を出ていこうとした。

 

俺は席を立ち、周囲の講師陣に声をかける。

 

 

「すまん、平田、櫛田。今日の勉強会なんだけど、ちょっと急用を思い出した。あとは頼んでいいか?」

 

「えっ? ああ、うん、分かったよ。凍影くんの分のルーズリーフはあるし、こっちは任せて」

 

 

平田が爽やかに頷く。俺は彼らに背を向け、教室の扉をすり抜けて、廊下を歩く佐倉の背中を追った。

 

人通りの少なくなった渡り廊下のあたりで、俺は少し歩調を早めて彼女の真横に並び、声をかけた。

 

 

「おい、佐倉」

 

「ひゃうっ……!?」

 

 

過剰なほどにビクッと身体を跳ね上がらせ、佐倉は恐怖に目を見開いて俺を振り返った。だが、その相手が銀髪の俺だと気づいた瞬間、彼女の瞳にほんの少しだけ安堵の色が走り、すぐにいつもの内気な赤みが頬を染めた。

 

 

「と、凍影、くん……。何かようですか……?」

 

「ああ、最近の佐倉の様子が気になってな。ずっと顔色が悪いぞ。今日の勉強会も、あからさまに逃げるようにして帰ろうとしてただろ」

 

 

俺が真っ直ぐに彼女の大きな瞳を見つめると、佐倉はおろおろと視線を激しく泳がせ、両手でカバンの紐をぎゅっと握りしめた。

 

 

「そ、そんなこと、ない、です……。ちょっと、体調が良くないだけで……」

 

「嘘だな」

 

 

俺はトーンを一段落とし、逃げ道を塞ぐように一歩近づいた。完璧すぎるルックスの俺に間近に迫られ、佐倉の呼吸が小さく詰まる。

 

 

「前にも言ったはずだ、何か困りごとがあるならいつでも力になるって。須藤の件はもう終わった。今のお前をそこまで追い詰めてる原因は、別のところにあるんだろ。……佐倉、俺を頼れ。一人で抱え込むには、お前のその手は小さすぎる」

 

 

俺の声音に混ざる圧倒的な包容力と確信。それが、ストーカーの恐怖に耐え続けていた彼女の細い心の糸を、優しく、しかし決定的に揺さぶった。

 

 

「凍影くん……私……」

 

 

佐倉の瞳に、じわりと涙が浮かび上がる。おぼつかない唇が何かを告白しようと小さく震え始めた。好感度ゼロからスタートしたこの世界線。だが、あの日の脱出と俺の日頃のクラスに対する気遣いによって、彼女の頑なな心の殻は、今まさに少しずつこじ開けられようとしていた。

 

 

廊下で話しづらそうに俯き、今にも泣き出しそうなほど身体を小さく震わせている佐倉。これ以上衆目に晒されるのは、内気な彼女にとって精神的な負担が大きすぎると判断した。

 

俺は彼女を怯えさせないよう、できるだけ優しく、静かな所作で距離を詰めた。

 

 

「場所を変えよう。ここじゃ落ち着かないだろ」

 

 

そう促し、俺は彼女を連れて男子寮の自分の部屋まで戻ってきた。

 

ガチャリと鍵を閉めて部屋に入ると、佐倉は異性の部屋に入れられたという事実に、目に見えて緊張し、ドアの近くでカバンを抱きしめたままガタガタと怯え始めてしまった。

そんな彼女を安心させるように、俺は特に言葉をかけるでもなく、淡々とした手際でキッチンに向かった。湯を沸かして温かい紅茶を淹れ、冷蔵庫から元々用意してあった冷えたショートケーキを取り出してローテーブルに並べる。

 

 

「立ち話もなんだ。そこに座って一口食べてみろ。甘いものは脳を落ち着かせる」

 

 

俺が対面のクッションを示して優しく誘うと、佐倉はようやく、おそるおそるテーブルへと近づき、壊れ物を扱うように静かに腰を下ろした。

完璧な美貌を持つ銀髪の俺が淹れた紅茶の温かさと、ケーキの甘さ。それが功を奏したのか、一口、二口と口に運ぶうちに、彼女の肩の余計な強張りが少しずつ解けていくのが分かった。

 

ケーキを食べ終え、温かい紅茶を静かに飲み終えた佐倉を見て、俺は静かに声をかけた。

 

 

「……少しは、落ち着いたか?」

 

 

俺の問いかけに、佐倉は眼鏡の奥の大きな瞳を小さく揺らしながら、コクンと素直に頷いた。

ようやく彼女の口から真実を聞き出せる──そう思った、その瞬間だった。

 

──ピロン。

 

静まり返った室内で、やけに高く不快な通知音が鳴り響いた。佐倉のスマートフォンだ。

その音を聞いた瞬間、佐倉はまるで電気ショックでも与えられたかのようにビクッと大きく身体を跳ね上げ、顔面を瞬時に蒼白に染めた。スマートフォンの画面を恐る恐る覗き込んだ彼女の瞳が、底知れない恐怖に激しく見開かれ、呼吸が急速に荒くなっていく。

 

 

「……佐倉」

 

「ひっ……、あ、う、うあ……っ」

 

 

ガタガタと音を立てて震え出し、スマートフォンを取り落としそうになっている彼女を見かねて、俺は静かに手を伸ばした。

 

 

「良かったら、それを見せてくれ」

 

 

俺が徹底的な包容力を含んだ声で言うと、佐倉は拒絶することすら忘れたように、ただただ恐怖に涙を滲ませ、震える手でスマートフォンを俺へと差し出してきた。

 

俺は彼女から端末を受け取り、その液晶画面へと視線を落とした。そこには、彼女を極限まで追い詰めている『悪意』の正体が、悍ましい文字列となって映し出されていた。

 

画面をスクロールする手が止まらないほど、そこには悍ましい文字列が狂気的に羅列されていた。

 

 

『今日のしずくちゃんも可愛いね。あの露出の高い衣装、僕のためだけにやってるんだよね?』

 

『いつも見てるよ。君の部屋の窓、遮光カーテンじゃないから、夜に影が透けて僕を誘ってるよね?』

 

『他の男と一言でも話したら、その口を切り裂いて僕だけのものにしてあげる』

 

 

「……完全に犯罪だな」

 

 

俺は低く呟いた。チートな頭脳が、メッセージの文体や送信頻度から相手の異常性を瞬時にプロファイリングしていく。

 

 

「佐倉、誰が犯人か心当たりはあるのか?」

 

 

俺が静かに問いかけると、佐倉は膝の上で拳を強く握りしめ、怯えながらも小さな声を絞り出した。

 

 

「あ、あの……ケヤキモールの、電機屋の、店員さん、だと、思います……。ネットの私のファンのアカウントと、名前が、同じで……」

 

「なるほどな……」

 

 

犯人は原作通り、家電量販店の店員。その時、俺の手の中にある佐倉のスマートフォンが再び激しく震えた。

 

 

「……新しいのが来たぞ」

 

 

画面に表示された最新のメッセージに目を通した瞬間、俺の脳裏に電撃のような衝撃が走った。

 

 

『どうしてあの男の部屋に入るの? 早く一人で出てきてよ。部屋の中で何されてるの? 汚されたの? 許さない、許さない許さない許さない! 僕は今、君のいる男子寮の階層の非常階段にいるよ。ドアを開けて一人で出てくれば許してあげる。早く出てこい、殺すぞ』

 

 

(──なっ、もうここまで踏み込もうとしてるのか……!!)

 

 

俺は内心で激しく驚愕した。学校の敷地内、しかも厳重に管理されているはずの学生寮の内部にまで、奴はすでに侵入して待ち伏せている。なぜこれほどまでに行動がエスカレートしているのか。理由はすぐに思い当たった。

 

 

(そうか……須藤の暴力事件の騒動からしばらく経っていたから、学内の警戒が薄れていると思って、ここまで付け上がっているんだな……!)

 

 

龍園たちの自作自演の審議に学校中が気を取られていた空白の期間、この男の歪んだ執着は誰にも邪魔されずに肥大化し続けていたのだ。もし今日、俺が放課後の教室で佐倉の異変に気づかず、一緒に帰っていなかったら──。

今頃彼女は一人で寮に戻る道中、あるいは部屋の目の前で、確実にこの狂人に襲われていた。そう思うと、背筋に冷たいものが走った。

 

 

「佐倉、このメッセージの他に、直接何かされたことはないか?」

 

「あ、その……手紙を、送られました。ポストに、大量に……。中には私の写真に赤いペンでびっしり文字が書かれてて……っ」

 

「分かった。俺がついているから、今から一緒にその手紙を取りに行こう。それが決定的な証拠になる」

 

 

俺が真っ直ぐに彼女の目を見つめて告げると、佐倉は涙を拭い、恐怖に震えながらも頷いた。

 

 

「は、はいっ……!!」

 

 

俺たちは部屋を出て、佐倉の部屋がある女子階層へと上がった。プライバシーに配慮して俺は廊下で待ち、部屋に入った佐倉は、パニックになりそうな手を必死に動かして大量の気味の悪い手紙をすべて鞄の中に詰め込んで戻ってきた。

 

その僅かな待ち時間を利用し、俺は自分の携帯電話を操作した。チートな手際で茶柱先生、そして警察へと同時に連絡を入れ、現在の状況と位置情報を共有して即座に動くよう手配を済ませる。

 

部屋から出てきた佐倉の元へ歩み寄り、俺は周囲に聞こえないような低い声で、彼女の耳元に小さく耳打ちした。

 

 

「奴は今、俺たちのことを見ている。作戦だ、俺の腕に掴まってくれ」

 

「え……っ」

 

 

佐倉は一瞬驚いて顔を真っ青にしたが、意を決したようにおそるおそる俺の逞しい腕に自分の細い腕を絡めてきた。

 

 

「できるだけ笑顔だ。奴を極限まで挑発して、表に引きずり出す」

 

「う、うん……っ、がんばる……」

 

 

俺は佐倉と共に仲良く腕を組みながら階段を降りた。傍から見れば付き合いたてのカップルがイケメンの部屋の帰りにイチャイチャしているようにしか見えない光景だ。そのまま寮の外へと連れ立ち、あらかじめ計算しておいた死角

──並木道の街灯が届かない、薄暗い物陰へとわざと二人で足を踏み入れた。

 

刹那、背後の茂みから、人間のものとは思えない獣のような咆哮が響き渡った。

 

 

「──あああああ!!! 離れろ! 離れろ離れろ離れろ!!! しずくちゃんに何をするんだあああ!!!」

 

 

飛び出してきたのは、血走った目をカッと剥き、手元にギラリと光るバタフライナイフを狂気的に振り回す小柄な男だった。激情に駆られたストーカーが、完全に理性を失った顔で突進してくる。

 

 

「いやあああぁぁぁっ!!! 凍影くんっ!!」

 

 

佐倉はその凄まじい狂気に直面し、終失ガタガタと激しく身体を震わせ、俺の背中に顔を埋めて完全に怯えきっていた。あまりの恐怖に涙が溢れ、俺の制服の布地を千切れんばかりの力で掴んでいる。

 

 

「死ねよクソガキがああ! しずくちゃんは僕の光なんだ! お前みたいな不純な男が触っていい存在じゃないんだよぉぉ! その顔、ズタズタに切り裂いてやるからなぁぁ!」

 

 

ストーカーは唾を飛ばしながら、悍ましい暴言を叫び、俺の顔面を狙ってナイフを突き出してきた。

 

だが、チートスペックを誇る俺の動体視線と反射神経の前では、その絶叫を伴う突撃などスローモーション同然だった。

俺は怯える佐倉を左手で優しく背後に完全に庇い、抱きかかえるようにしながら、半身を引いてナイフの軌道を紙一重でかわす。すれ違いざま、男のナイフを持つ右腕の手首を容赦なく掴み、そのまま強靭な肉体のバネを活かして、柔道の背負い投げの要領でアスファルトの地面へと激しく叩きつけた。

 

ドンッ!!! と鈍い衝撃音が響き、男の手からナイフが転がり落ちる。

俺はすぐさま男の背中に膝を乗せ、両腕を後ろ手に極めて完全に地面へと組み伏せた。

 

 

「ぐあああっ!? 放せっ、放せよクソガキがぁぁ! しずくちゃん、今助けてあげるからね! その男は悪魔だ! 君を騙してるんだ! 騙されるな、僕の元へおいで、一緒に死のう、しずくちゃんんん!!!」

 

 

地面に顔を押し付けられながらも、ストーカーは身悶えし、常軌を逸した心中心中と絶叫をマシンガンのように吐き散らしていた。だが、ビクともしない圧倒的な筋力で押さえつけられているため、指一本動かすことすらできない。俺は冷徹なポーカーフェイスのまま、ゴミを見るような冷ややかな視線で奴を見下ろしていた。

 

すると程なくして、静まり返った敷地内に激しい足音が響き、茶柱先生が数名の学校警備員を引き連れて物陰へと突撃してきた。

 

 

「そこまでだ、動くな!」

 

 

警備員たちが手際よく男を取り押さえ、ガッチリと手錠をかける。

 

茶柱先生は俺の携帯の位置情報から場所を特定し、追ってきたのだ。彼女はいつもの冷徹な表情のなかに、苦々しい色を濃く滲ませていた。そして、未だに俺の背中でガタガタと震えている佐倉の前に歩み寄ると、歯噛みしながらも大人の女性として、あるいは教師として、真っ直ぐに頭を下げて謝罪した。

 

 

「……佐倉。すまなかった。お前がこれほどの恐怖と不具合を抱えていたというのに、担任として、教師として事前に見抜けず、危険な目に遭わせてしまった。私の力不足だ」

 

 

その真摯な態度に、佐倉は俺の腕にすがりついたまま、「せ、先生……私、大丈夫、です……。凍影くんが、守ってくれたから……」と涙を拭った。

 

さらに数分後には、サイレンを鳴らした警察車両が数台駆けつけ、現場は一気に物々しい空気に包まれた。

俺は佐倉の代わりにカバンから大量の脅迫手紙を取り出し、スマートフォンのトーク画面に残された、あのえげつないメッセージの履歴を警察官に見せた。現行犯で刃物を所持して襲いかかってきた事実も含め、ストーカーの有罪はもはや100%確定だった。

 

その後、俺と佐倉と茶柱先生の三人は警察署へと移動して臨時の事情聴取を受けることになった。

隣でガタガタと震え、尋問に対してまともに声が出ない佐倉の様子を見て、俺は「俺が代わりに説明します」と警察官に告げた。

原作の知識を一切出さず、今日起きた事実だけを理路整然と、非の打ち所がない完璧な論理で組み立てて警察官に説明していく。俺の淀みのない証言により、事情聴取は極めてスムーズに進行し、佐倉が無理に喋らされる負担は最小限に抑えられた。

 

すべての手続きが終わり、警察署のロビーに出ると、夜のひんやりとした空気が俺たちを迎えた。

 

佐倉は完全に毒気が抜けたように、深く、本当に安心した様子で長いため息を吐いた。

彼女を恐怖のどん底に陥れていたストーカーは、これで完全に社会的に抹殺された。もう二度と、彼女の前に現れることはない。

 

間一髪だったが、彼女の運命は最悪の結末から救い出されたのだ。ロビーの明かりの下、佐倉は俺の横顔を、これまでとは全く違う目で見つめていた。

 

 

 

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