ようこそ原作主人公抜きで頑張る教室へ   作:灰色の

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上陸

 

 

前世の記憶――『よう実』の原作知識を持っている俺にとって、この豪華客船での贅沢な時間が長くは続かないことなど、最初から分かっていた。学校側がこんな「ただの楽園」を高校生に無償で提供し続けるはずがない。

 

よく晴れた船のデッキ。俺は現Cクラスの面々と共に、白いパラソルの下に並べられたデッキチェアに腰掛けていた。周りの平田や須藤、女子たちは何が始まるかも知らず、ただ優雅なクルージングの余韻を楽しんでいる。

 

そんな穏やかな空気を切り裂くように、船内のスピーカーから機械的なアナウンスが響き渡った。

 

 

『生徒の皆様にお知らせします。お時間がありましたら、是非メインデッキにお集まりください。間もなく、前方に島が見えて参ります。しばらくの間、皆様にとって非常に意義のある景色をご覧いただけるでしょう』

 

 

「意義のある景色……?」

 

 

平田が不思議そうに呟く。周囲の生徒たちが「何だろう」とざわざわしながら手すりの方へと歩き出す中、俺は静かに立ち上がった。そして、あらかじめ船内のショップで購入しておいた私物の双眼鏡を取り出す。

 

手すりまで移動し、目を凝らすと、青い水平線の向こうに鬱蒼とした緑に覆われた巨大な孤島が姿を現した。櫛田が身を乗り出した。

 

 

「わあ、本当に島が見えてきた! 結構大きいね!」

 

「へえ、いいもの持ってんじゃん、凍影くん」

 

 

隣に並んだ松下が、俺が構えた双眼鏡を見て興味深そうに声をかけてきた。

 

 

「ちょっと気になってな。せっかくのクルージングだし、今のうちにあの島を観察しておこうと思って用意したんだ」

 

「ふふっ、本当に楽しんでるみたいだね」

 

 

松下はクスリと笑いながらも、俺の横顔をじっと観察している。

俺は彼女の視線を気に留めることなく、持ち前の高い身体能力――カンストした視力と、高性能なレンズ越しに島の全景を網羅しにかかった。

 

船は島の周囲を、地形を誇示するかのような異常な速度で航行していく。周囲の生徒たちが「プライベートビーチかな!?」などとはしゃぐ中、俺の脳内は完全に戦術モードへと切り替わっていた。

 

レンズの向こうで、島を構成する様々な要素が次々と捉えられていく。

鬱蒼とした森林、険しい岩肌、洞窟、豊かな水を蓄えていそうな川。そして、不自然に整備されたいくつかの畑、遠くに見える灯台――。

 

 

(……川があのルートを流れているということは……)

 

 

記憶のピースと、今目の前にあるリアルな地形を頭の中で瞬時にマッピングしていく。

原作で一之瀬率いるBクラスが占有し、最も快適な拠点を築いた『井戸のスポット』はおそらくあのあたりだ。そして、龍園が潜むであろう場所や、Aクラスが籠もるであろう洞窟の位置もおおよその目星がついてくる。

 

俺が1言も発さず、ただ冷徹に、真剣な眼差しで各スポットの座標を割り出していく姿を、隣の松下や、いつの間にか後ろに立っていた櫛田は黙って見つめていた。

 

十分に島の情報を網羅し、脳内マップへの書き込みを終えたところで、俺は双眼鏡を目元から外した。

 

 

「……よし。櫛田、これ使うか?」

 

「えっ? あ、うん! ありがとう、凍影くん」

 

 

不意に声をかけられた櫛田は少し驚いたように肩を揺らしたが、すぐにいつもの笑みを浮かべて双眼鏡を受け取った。彼女がレンズを覗き込み、「わあ、本当に色々見えるね!」と周囲に合わせて声を上げている最中、再びスピーカーから無機質な声が流れる。

 

 

『これより、当学校が所有する孤島に上陸いたします。生徒達は30分後、全員ジャージに着替え、所定の鞄と荷物をしっかりと確認した後、携帯を忘れず持ちデッキに集合してください。それ以外の荷物は全て部屋に置いてくるようお願いします。また暫くお手洗いにいけない可能性がありますので、きちんと済ませておいてください』

 

 

「下船? まだ旅の途中だよね?」

 

「この島に降りるの? 水着とか持っていった方がいいのかな」

 

 

軽井沢たちが首を傾げる。デッキが少し慌ただしくなる中、クラスの男たちが部屋へ戻ろうとする列が見えた。

 

その雑踏の中で、俺はすれ違いざまに須藤の肩を強く叩いた。

 

 

「おい、須藤」

 

「あ? なんだよ凍影。とりあえず荷物まとめて下に降りるみたいだな!」

 

 

急ぐ須藤の腕を掴み、俺は周囲に聞こえない低い声で短く告げる。

 

 

「部屋に戻ったら、今のうちにトイレに行っておけ」

 

「……は? トイレ?」

 

「いいから行っておけ。上陸したら、しばらくまともな便所なんて使えなくなる可能性がある」

 

「あ、ああ……分かったよ。お前が言うならそうしとくわ」

 

 

一学期の間、俺の指示に従うことで数々の恩恵を受けてきた須藤は、疑問を抱きつつも素直に頷いてトイレへと走っていった。これで無駄なトラブルを1つ未然に防げる。

 

ただのイベントだと思って浮き足立つクラスメイトたちを背中で感じながら、俺は不敵な笑みを噛み殺し、地獄の無人島へと足を踏み出す準備を始めた。

 

 

 

 

 

学校指定の赤いジャージに着替えてタラップを降り、白い砂浜へと足を踏み出す。

 

下船した生徒たちを待っていたのは、各クラスの担任教師による携帯電話の全回収だった。文明の利器を一方的に没収され、周囲から不満の声が漏れ始める中、俺は自分の端末を茶柱先生に手渡した。

 

 

「茶柱先生。厳重に保管、お願いします」

 

 

周囲に聞こえないよう、小さく一言だけ声をかける。大量のポイントが入った携帯が茶柱先生に渡る。俺がいなくなった瞬間のクラス崩壊を恐れている茶柱先生は、俺の言葉の「重み」を察したように深く頷いた。

 

 

「ああ、分かっている。預かろう」

 

 

携帯を預け、砂浜に指定されたクラスごとの列へと向かう。

前方の列には、すでに友達の須藤と三宅、そして松下が並んでいた。俺がその少し後ろに位置を取ると、右隣にはごく自然に櫛田が並び、反対側の左隣には、おずおずとした様子で佐倉がポジションを陣取った。

 

周囲を見渡せば、まだどこか南国のバカンス気分を引きずっている生徒が大多数だ。

だが、原作知識を持っている俺だからこそ、この後に待ち受けるサバイバルの過酷さがリアルに想像できてしまう。

 

 

(……さて、本当に緊張してきたな)

 

 

ある程度だが、クラスが有利になる為に一学期に盤面は整えた。それでも、自分が仕掛けたこの巨大な情報戦の網の中で、各クラスの強敵たちに完璧に勝ち切れるだろうか。ほんの少しだけ、生身の人間としての焦燥が背中を掠める。

 

 

「……凍影くん。なんだか、緊張……してる……?」

 

 

ふいに、左側から消え入りそうな声がした。見上げると、佐倉が心配そうにこちらの顔を覗き込んでいる。どうやら、俺の僅かな表情の硬さを見咎められたらしい。

 

 

「さあな。これだけ仰々しい準備をされれば、誰だって多少は身構えるだろ」

 

 

俺は「さあ?」と言葉を濁して誤魔化そうとしたが、佐倉は小さく首を振った。

 

 

「ううん。……落ち着いた方が、いいよ……?」

 

 

そう言って、佐倉は俺の左手を自分の小さな両手で、そっと優しく包み込むように握った。ほんのりと温かい体温が、手のひらを通じて伝わってくる。内気で、いつも人の後ろに隠れていたはずの佐倉が、俺のためにこんな風に勇気を出して気遣いを示してくれるなんて。一学期のストーカー事件から紡いできた絆の確かさに、俺の胸の奥の強張りが少しだけ解けていくのが分かった。

 

 

「……ありがとうな、佐倉」

 

 

俺が小さく微笑むと、佐倉は耳まで真っ赤にして、だけど嬉しそうに手を離した。そのやり取りを、右隣の櫛田がいつも通りの完璧な笑顔のまま、油断のない瞳で見つめていた。

 

そうして全員が砂浜への整列を終えた頃、目の前の光景が急速に変貌していった。

 

さっきまで船から物資を運んでいた教師陣が、手際よく巨大な本部テントを設置していく。青い海と白い砂浜という楽園の背景に、突如として現れた「軍隊の駐屯地」のような無機質なテント。それを見た生徒たちの間に、ピリッとした冷たい緊張感が走り、だらけていた雰囲気が一気に塗り替えられていく。

 

中央に立ったAクラス担任の真嶋先生が、無骨なメガホンを口元に当てた。

 

 

「全員静粛に。――では、これより本年度最初の『特別試験』を行う」

 

 

真嶋先生の低く響く声が、波の音を掻き消した。

ついに、地獄の無人島サバイバル試験の幕が上がる。俺は背筋を伸ばし、最下位に落ちて殺気立つ龍園や、他クラスの動向を射抜くように見据えた。

 

 

『特別試験』という真嶋先生の冷徹な宣言が砂浜に響き渡った瞬間、それまでのリゾート気分は跡形もなく吹き飛んだ。

 

静まり返ったのも束の間、砂浜のあちこちから堰を切ったようにブーイングが巻き起こる。

 

 

「嘘だろ!? バカンスじゃなかったのかよ!」

 

「マジ最悪なんだけど! 意味わかんない!」

 

 

大半の生徒がこの理不尽な状況に対して文句を並べ立てていたが、中でも不満の声が大きかったのは、上位クラスへの足がかりを掴み損ねている現Dクラスと、俺たち現Cクラスの連中だった。池や山内などは、すでに顔を真っ青にして学校側への文句を喚き散らしている。

 

だが、真嶋先生の手によってマイク越しに説明される試験の基本ルールは、彼らの不満をさらに絶望へと変えるのに十分なものだった。

 

――今回のサバイバル試験におけるベースとして、各クラスにはまず「300クラスポイント」が支給される。

だが、その付与条件には冷酷な一文が添えられていた。それは『全員が揃っているクラス限定』であり、欠員がいる場合はその限りではない、というものだ。

 

その瞬間、学年全体の勢力図に早くも大きな亀裂が入る。

 

まず、Aクラス。実質的な統率者である坂柳有栖が身体的な理由で今回の試験を事前欠席しているため、早くもマイナス30ポイントのペナルティ。彼女たちのスタートは270ポイントとなる。

 

そして、最も悲惨なのは現Dクラス(旧Cクラス)だ。一学期の須藤暴力事件で虚偽の申告をした石崎、小宮、近藤の3名が夏休み終わりの長期停学処分を喰らっている。一人につきマイナス30ポイント、合計でなんとマイナス90ポイント。龍園率いるDクラスは、試験開始前の砂浜に立った時点で、わずか210ポイントからの地獄のスタートを余儀なくされていた。

 

現状、完全に五体満足で健全な状態を保っているのは、一之瀬のBクラスと、俺たち現Cクラスだけだった。

数字の上では、Bクラスと俺たちが完全に有利。……しかし、俺は自クラスの列の少し離れた場所に立つ、一人の男に視線を向けた。

 

高円寺六助。

長い髪をかき上げ、自分の肉体美に陶酔しているあの男が、大人しくサバイバルに付き合うはずがない。原作の知識を持つ俺からすれば、高円寺が早々に「体調不良」とでも称してリタイアを宣言し、船へと引き返すのは確定ルートだ。リタイアのペナルティはマイナス30ポイント。

 

つまり、俺たち現Cクラスも実質的にはAクラスと同じ「270ポイントスタート」として計算しなければならない。

 

結果として、一人も欠員が出ず、かつ足並みを乱す爆弾も抱えていないBクラスが、開始直後にして頭一つ抜けた圧倒的有利に立っていた。

 

 

(……原作以上に他クラスの状況がガタガタな分、一之瀬たちの有利が際立っているな)

 

 

俺はジャケットのポケットの中で静かに拳を握り、ドクドクと高鳴る胸の鼓動を抑えながら、真嶋先生の口から次々と語られる詳細な説明に耳を傾けていた。

 

 

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