ようこそ原作主人公抜きで頑張る教室へ   作:灰色の

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スポット

 

 

特別試験の説明が一段落すると、張り詰めた空気の中、4つのクラスはそれぞれお互いを警戒するように距離を取り、砂浜の別々の場所に集められた。

 

ここからは、実質的な支給品の配布と準備の時間だ。

 

まず、学校側から全員に、心拍数や位置情報を管理するための特殊な腕時計が配布される。これを装着することが、この島での生存を証明する絶対条件だ。

 

そして、それ以外に各クラスへ無償で支給されたベースとなる物資は、驚くほど少なかった。

クラス全体で共有するテントが2つ。

夜の闇を照らすための懐中電灯が2つ。

全員分の歯ブラシ。

マッチがわずか一箱。

 

これだけで一週間を生き延びろという、学校側からの挑戦状だ。ただし、健康管理上の最低限の配慮として、日焼け止めに関しては無制限での使用が許可されている。さらに、女子のプライバシーと健康を守るための措置として、生理用品に関しても無制限に支給が認められていた。

 

 

「これだけで、あの森の中で一週間も暮らすの……?」

 

 

左隣で、佐倉が不安そうに小さな肩をすくめる。右隣の櫛田も、表情こそいつもの心配そうな優等生を演じているが、その目の奥には「ふざけんな」というドス黒い苛立ちが渦巻いているのが分かった。

 

誰もが目の前の貧弱な物資を前にして途方に暮れている。

だが、俺の脳内にはすでに、事前に入手した上級生たちの過去データと、さっき双眼鏡で焼き付けた島の立体マップが完璧にリンクして展開されていた。

 

 

「――続いて、ベースキャンプにおける簡易トイレの設置と利用規約について説明する」

 

 

茶柱先生の口から、誰もが最も恐れていた『衛生面』に関するルールが淡々と告げられた。学校側が用意した簡易トイレ。そのあまりにも貧弱でプライバシーの欠片もなさそうな代物に、女子たちの間から一斉に悲鳴に似た嫌悪の声が上がる。

 

 

「嘘……あれを使うってこと? 冗談じゃないわよ、絶対に無理!」

 

「女子の気持ち全然分かってない! 最悪!」

 

 

篠原たち女子軍団が顔を青くして騒ぎ立てると、池や山内といった男子たちも、そんな女子の態度にイラつきを隠そうともせずに応戦し始めた。

 

 

「あ? 文句言うなよ! こんな無人島なんだからそれで我慢しろよな!」

 

「そうだ、嫌なら使わなきゃいいだろ!」

 

 

まだ試験開始のアナウンスすら終わっていないというのに、早くも砂浜で醜い口論が始まりそうになる。だが、俺はすっと腕を伸ばし、彼らの前に立ちはだかるようにして遮った。

 

 

「落ち着け、お前たち。……まだだ。説明を全部聞き終わってからにしよう」

 

 

俺が低く、しかし有無を言わせない確固たる声で制すると、池や篠原たちは「う、嘘だろ凍影……」「でも……」と怯みながらも、一学期に培われた信頼からか、それ以上口を開くのをやめて大人しくなった。

 

そんな俺の冷静な立ち回りを見届けるように、茶柱先生がふっと視線を和らげた。

――だが、その直後。茶柱先生の背後から、ひょっこりと場違いなほど軽快な足取りで近づいてくる人影があった。

 

 

「お疲れ様〜、佐枝ちゃん。相変わらずお堅い説明だねぇ」

 

 

緩くウェーブのかかった髪を揺らし、だらしなくジャージを着崩した女性――Bクラス担任の星之宮知恵先生だ。

茶柱先生は一瞬で眉間に深いシワを刻み、露骨に不快そうな声を隠そうともせずに言い放った。

 

 

「……星之宮。何の用だ、お前は自分のBクラスの列に戻れ」

 

「え〜、いいじゃない。ちょっと佐枝ちゃんの様子を見に来ただけだし〜」

 

 

星之宮先生は機嫌の悪そうな茶柱先生の抗議を柳に風と受け流すと、その狐のような鋭い瞳をすっと俺へと向けてきた。ニヤニヤとした、すべてを見透かすようなうさんくさい笑顔だ。

 

 

「それより、君が凍影くんじゃない。ふふん、やっぱり間近で見るとカッコいいね〜。佐枝ちゃんが最近、すっごくお気に入りで付きっきりになってるって噂の男の子」

 

「……何の話ですか、星之宮先生」

 

 

俺が冷淡に返すと、星之宮先生はさらに顔を近づけ、周囲の生徒たちにも聞こえるような声でとんでもない提案を口にした。

 

 

「ねえねえ凍影くん、いっそのこと、うちのBクラスに転籍して来ちゃわない? 一之瀬さんが君が来たら絶対に喜ぶと思うのよね〜。何より、うちのクラスは楽しいよ? 佐枝ちゃんの暗〜いクラスにいるより、絶対に幸せになれると思うんだなぁ」

 

 

公然の引き抜き行為に周囲が一瞬でざわつき、須藤や三宅が険しい表情になる。

俺自身、こんな場所での不毛なやり取りは完全な時間のロスだ、早く帰って欲しいと内心で舌打ちをしかけた――その時だった。

 

 

「――お言葉ですが、星之宮先生」

 

 

凛とした声と共に、俺の前にすっと割り込むようにして立ったのは、いつもの天使の笑顔を浮かべた櫛田だった。

櫛田は星之宮先生の視線を正面から受け止め、その完璧な笑顔のまま、しかし明確な拒絶を口にする。

 

 

「凍影くんは、私達Cクラスの大事な仲間です。例え他クラスの先生からの冗談であっても、彼をどこのクラスにも渡す気はありませんから」

 

 

一見するとクラスメイトを想う健気な優等生。だが、俺は櫛田の背中に隠れた彼女の手が、怒りでわずかに震えているのが分かった。

 

 

(……一体、何が彼女をあんなに変えたのだろうか……)

 

 

俺の部屋で毒を吐き出し、ストレスを緩和させている自覚はあった。だが、原作の彼女なら、こんな衆人環視の場で特定の男子のためにリスクを背負って前に出るような真似は絶対にしないはずだ。何が彼女の心をここまで動かしているのか、俺にはその真意が正確には分からず、内心で小さく目を見張っていた。

 

 

「あ……う、うん。私も……凍影くんが、他のところに行くのは、絶対に嫌、です……!」

 

 

さらに、反対側からは佐倉が意を決したように声を絞り出し、俺のジャージの腕をぎゅっと力強く掴んできた。顔を真っ赤にしながらも、絶対に離さないという強い意志がその小さな手に籠もっている。

 

二人の女子から同時に向けられた強烈な執着を前に、星之宮先生は両手を上げて肩をすくめた。

 

 

「おっと、つれないね〜。女の子たちにそんな怖い顔で睨まれちゃったら、先生退散するしかないかぁ。……いつでもおいでね、凍影くん」

 

 

星之宮先生はひらひらと手を振りながらBクラスの列へと戻っていった。

嵐が去ったような静けさの中、俺はすぐに頭を切り替え、表情の硬い茶柱先生へと向き直った。

 

 

「茶柱先生。星之宮先生の冷やかしも終わったようですし、説明の催促を。時間が惜しいです」

 

「……あ、ああ、そうだな」

 

 

俺の冷徹な一言で我に返った茶柱先生は、コホッと一つ咳払いをすると、今回の特別試験における最も重要なルール――『島内に点在するスポットの占有』についての説明を再開し、数分ほどで全ての解説を終えた。

 

 

「――以上で説明を終わる。これより、各自自由に行動を開始して構わない」

 

 

解散の合図が響いた瞬間、抑え込まれていたクラスの不満が再び爆発し、幸村や池達対篠原達による簡易トイレを巡る喧嘩がまた始まりそうになる。

 

だが、この世界線のCクラスには、彼らを統率する絶対的な楔が存在している。

 

 

「――全員、そこまでだ。こっちだ、ついて来い」

 

 

俺の静かな、だけど芯の通った声が、言い争う彼らの言葉をピシャリと遮った。

驚いて一斉にこちらを振り返るクラスメイトを促し、俺は躊躇いなく森へと一歩を踏み出す。

 

事前に入手した双眼鏡で完璧に焼き付けた脳内マップ。

一之瀬たちのBクラスが動き出すよりも早く、俺は完璧な先手を打つために、現Cクラスを引き連れて無人島の深部へと進軍を開始した。

 

 

俺を先頭にして、鬱蒼とした緑が広がるケモノ道を迷いなく進んでいく。

 

背後からは「本当にこっちで合ってんのかよ?」という池の不安げな声や、草木を掻き分ける女子たちの不満が聞こえていたが、俺の足が鈍ることはなかった。脳内に完璧にマッピングされた座標をトレースし、しばらく歩いたその時――行く手を遮るように倒れている、目印の『折れた大木』を発見した。

 

 

「――ここから南西にルートを変えるぞ。はぐれないようについて来い」

 

 

俺は躊躇なく深い藪の中へと足を踏み入れ、木々の隙間を縫うようにして進んだ。そしてついに、視界がわずかに開けたお目当てのスポットへ辿り着く。

 

そこには、石造りの古びた『井戸』がひっそりと佇んでいた。

 

 

「うおっ! 嘘だろ、マジで井戸なんかあんじゃねえか!」

 

 

須藤が驚愕の声を上げ、真っ先に駆け寄って中を覗き込む。

 

 

「すごいよ凍影くん……! これなら濾過すれば飲水には絶対に困らないねっ」

 

 

平田が心底から安堵したように何度も深く頷いた。簡易トイレの件で険悪になりかけていた篠原たち女子軍団も、「これなら最悪、顔くらいは洗えるよね」と、目の前にもたらされた圧倒的な優位性に表情を輝かせている。

 

クラス全体が歓喜に沸く中、ふと視線を感じて振り向くと、そこには美しい金髪をなびかせた高円寺が立っていた。あいつはいつものナルシストな笑みを浮かべたまま、俺に向けて、無言で完璧な形のグッドサインを送ってきた。

原作の知識を持つ俺からすれば、あいつがこの後リタイアするのは目に見えている。だが、そんな勝手気ままな男でさえ、俺が一切の迷いなくこの最高クラスの拠点を一発で引き当てた手腕には、一定の評価を下したということだろう。

 

 

「全員、ちょっと集まってくれ。……喜ぶのはこれくらいにして、これから一週間戦うための最も重要な決め事をする」

 

 

俺の言葉に、だらけかけていた全員の視線がピシッと一箇所に集まる。

 

 

「これより、このスポットを正式に占有する。そのために、学校側から配られたカードを通す『キーパーソン(隠しリーダー)』を一人決める必要がある」

 

「リーダーか……やっぱり、クラスを引っ張ってくれた凍影か、平田のどちらかがやるのが無難だよな?」

 

 

池が至極真っ当な意見を口にする。周囲の生徒たちも「それが一番安心だよね」と同調する空気になった。

 

だが、俺の狙いは最初から決まっている。

 

 

「いや、俺や平田がやるのは悪手だ。俺たちは良くも悪くも表に出すぎている。龍園や他クラスのリーダーなら、真っ先に俺たちの名前を疑って、試験の最後にリーダーを当てる50ポイントを狙ってくるはずだ」

 

「あ……確かに、それはそうかも……」

 

 

一之瀬や龍園の恐ろしさを一学期で知っている櫛田が、納得したように呟いた。

 

 

「だからこそ、リーダーは『表立って目立たないが、スポットをがんがん占有できるだけの身体能力を持つ人間』がやるのが望ましい。体力の削られる無人島で、リーダーが体調不良でリタイアしたらその時点で大減点だからな」

 

 

俺はそこまで説明すると、じっと一人の男の目を真っ直ぐに見据えた。

 

 

「というわけで、カードリーダーは三宅。お前に頼みたい。……頼めるか?」

 

「え、俺……!?」

 

 

突然名前を挙げられた三宅は、驚きで目を見開いた。完全に想定外だったのだろう、あからさまに困惑の表情を浮かべて固まっている。

 

俺はそんな三宅の隣へと静かに歩み寄り、クラスメイトたちから死角になるよう体を寄せた。そして、彼の耳元にだけ届くような極小の低い声で、一言だけ言葉を囁く。

 

 

(クラスメイトの前では頷いて欲しい。……本物のカードリーダーは、俺がやる……)

 

「っ……!」

 

 

その瞬間、三宅の目が見開かれた。

 

 

(なるほどな。俺を『表のダミー』にして、凍影自身が影に潜むためのフェイクか……!)

 

 

一瞬にして凍影の意図を完全に理解した三宅は、クラスメイトたちに悟らせないよう、すぐにいつも通りの引き締まった表情に戻ってみせた。

 

そんな俺たちの密やかなやり取りを、すぐ近くからじっと観察していた人物がいた。長谷部波瑠加だ。

直感が鋭く、一学期の間も俺を「品定め」するように見ていた彼女は、俺たちの僅かな動きに何かを察したように、面白そうに目を細めて小さく声を漏らした。

 

 

「ふ〜ん……」

 

 

それ以上は何も言わず、ただ俺の動向を楽しむような視線を向けてくる。さすがに一筋縄ではいかない女子だ。

 

俺の耳打ちに完全に納得した三宅は、腕を組んでクラスの面々に向き直った。

 

 

「……分かったよ、凍影。お前がそこまで考えて俺を選んでくれたんだ。その大役、俺が引き受けるぜ」

 

「助かる。三宅、お前なら完璧にやり遂げてくれると信じてるよ」

 

 

俺が彼の肩を叩くと、クラスからは「三宅なら安心そうだな」「頼んだぞ!」と好意的な声が上がった。完璧な情報迷彩の完成だ。

 

方針が決まれば行動は早い。俺は三宅、そしてフェイクのための須藤、櫛田、小野寺の4人を連れ、計5人で砂浜に設置された本部テントの茶柱先生のもとへと即座に引き返した。

 

テントに到着し、俺たちが拠点の発見とリーダーの登録を申し出ると、茶柱先生は一瞬だけ驚いたように目を見張ったが、すぐにいつも通りの厳格な表情で専用の端末を操作し始めた。

 

三宅が緊張した面持ちで学校から配られたカードをリーダー端末へとタッチする。

 

ピッ、と電子音が響き、手続きが完了した。このCクラスの命運を握る『隠しリーダー』の名前が、確かに刻まれていた――。

 

 

「これで手続きは完了だ。カードを紛失しないように気をつけろよ」

 

「ありがとうございます、茶柱先生」

 

 

新しく作成されたリーダー用のカードをしっかりと受け取り、俺たち5人は再び森の奥にある拠点へと戻っていった。

 

須藤が「よっしゃ、これで水は確保できたな!」と嬉しそうに話し、櫛田や小野寺も少しだけホッとした表情を浮かべている。誰もが三宅をリーダーだと信じて疑っていない。だが、真実を知るのは、俺と、耳打ちされた三宅だけだ。

 

俺はポケットの中のカードの感触を確かめながら、不敵な笑みを噛み殺してクラスメイトたちの待つ井戸へと歩みを進めた。

 

 

 

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