ようこそ原作主人公抜きで頑張る教室へ 作:灰色の
学校から支給された2つの巨大なテントを、俺、平田、須藤、三宅の4人で手際よく展開し、砂地に設置していく。
その際、俺は前世の原作知識という名の記憶を頼りに、ある『工夫』を凝らした。無制限に配られる簡易トイレ用のシートを、テントを立ち上げる前の地面にびっしりと敷き詰めていく。
「なあ凍影、何でテントの床下にそんなもん敷き詰めてんだ?」
須藤が額の汗を拭いながら不思議そうに聞いてくる。
「地面からの湿気と熱を遮断するためだ。それに、このシートはある程度厚みがあるから、砂利や木の根の凹凸を殺すクッションにもなる。夜寝る時、直に砂地や地面の上に寝ると身体がバキバキになるからな。タダでもらえる消耗品は、使えるだけ使い倒すのが鉄則だろ」
「へえ……寝心地の確保まで考えてんのか。本当、お前は頭が回るよ」
三宅が感心したように深く呟く。原作知識なんだけどな。因みに一之瀬クラスのやり方だった。
さらに、照りつける太陽で熱せられた拠点周辺の地面に、井戸から汲み上げた冷たい水をみんなで打ち水した。それだけで、周囲の温度がすっと下がり、涼しい風が通り抜けるようになる。
拠点としての形が整い始めた頃、案の定、女子たちから切実な要望が上がった。
「ねえ平田くん、やっぱり簡易トイレじゃ絶対に一週間も持たないよ……。ポイントを消費してでも、ちゃんとした仮設トイレを購入してほしいな」
篠原がすがるような目で平田に訴えかける。
「ふざけんなよ! せっかく貯めたポイントをそんな一瞬で無駄にできるか!」
「そうだぞ。無人島なんだから、少しは我慢を覚えるべきだ」
池や幸村が即座に猛反対し、拠点に再び険悪な空気が流れ始める。
平田が板挟みになって困惑する中、俺は小さく笑ってその場を制した。
「まあ待て、池、幸村。……トイレのポイント消費分くらい、俺たちスポット占有班が裏でいくらでも稼ぎ出してやるよ」
「え……?」
幸村がメガネの奥の目を丸くする。
「女子に一人でも衛生面で体調を崩してリタイアされたら、連鎖的に他の女子も耐えられなくなってリタイアし始めるぞ。そうなれば一人につきマイナス30ポイントだ。それなら、最初に少しのポイントを投資して快適な環境を作ってあげた方が、結果としての減点を防げる。……初めての特別試験だ。勝つことよりも、まずは全員で一週間を乗り切る方法を考えようぜ。譲ってあげれば、いつか女子たちが俺たち男子を助けてくれるかもしれないだろ?」
俺の合理的かつ、どこか器の大きい説得に、池は「凍影がそう言うなら……」と口をへの字に曲げて引き下がった。平田も「僕も凍影くんの意見に賛成だよ。ありがとう、助かる」と安拓の笑みを浮かべる。
しかし、理論派の幸村だけはまだ納得がいかない様子で眉をひそめていた。
「納得がいかないな。いくらスポットを占有すると言っても、そう簡単に次の場所が見つかる保証が――」
「幸村、俺、実はさっきの船の上から、いくつかのスポットがある場所に目星をつけてるんだ。……信じられないなら、これから一緒に確かめに来るか?」
「……何? 本当なのか?」
俺の自信に満ちた言葉に、幸村は驚きを隠せないようだった。
さらに俺は、次の問題に着手する。
この井戸の周りのスペースは狭く、学校支給の2つのテントを展開しただけで敷地がいっぱいになっていた。当然、そのテントは女子たちが独占することになる。
「テントに入れない男子の分の睡眠スペースを確保したい。ポイントを消費して、木に引っ掛けるタイプのハンモックを人数分購入したいんだが、いいか?」
俺が女子たちの方を向いて提案すると、主要なメンバーたちが次々に口を開いた。
「私は凍影くんの判断なら全然いいよ! 女子のわがままを聞いてもらったお礼に、それくらい当然賛成!」
櫛田が満面の笑みで真っ先に手を挙げる。彼女の賛成によって大人しい女子達も頷き始めた。
「私も……凍影くんの言う通りにしてほしい、な」
佐倉が俺の顔を見つめながら小さく頷く。
「ま、女子だけテントで快適に過ごして男子は地べたってのも寝覚めが悪いしね。私は賛成」
長谷部が肩をすくめると、松下も「うん、必要経費だと思うな。凍影くんの言う通りにしよう」と大人びた笑みで同意した。
さらに、少し離れた場所で静観していた堀北までもが、「状況を考えれば妥当な判断ね。認めざるを得ないわ」と小さく息を吐いて了承した。女子の主要層を完全に掌握しているため、承認は一瞬だった。
ハンモックの手配を終えると、俺は全員を井戸の前に集めた。
「もう一つ、井戸水を利用してウォーターシャワーを設置する。簡易トイレ用のテントをシャワーブースとして使えば、プライバシーを守りながら体を洗える。この暑さだ、汗を流せないストレスは全員の体力を奪うからな」
原作Bクラスの真似だがこの天才的なアイデアには、男子も女子も一斉に歓声を上げた。仮設トイレが別で購入される以上、簡易トイレ用のテントは完全に余る。それをシャワー室に改造するという発想は、クラス全体のモチベーションを爆発させるのに十分だった。
ウォーターシャワーの設置が完了し、ベースキャンプが劇的に快適な空間へと変貌を遂げたその直後。俺の『スポット捜索班』の結成を巡って、さらに面白い展開が巻き起こった。
「それじゃあ、予定通り行くぞ。スポット捜索班として俺、三宅、須藤。それから――幸村、お前も来い。この目で確かめた方が早いだろ?」
俺がそう告げると、まだ疑り深い目をしていた幸村が「分かった、そこまで言うならついて行ってやる」とメガネを押し上げた。
よし、これで4人。森の奥へ向かおうと俺が踵を返したその時、背後から軽快な足音が2つ、俺たちの進路を塞ぐように近づいてきた。
「ねえ凍影くん。さっき船のデッキで、すっごく真剣な顔して双眼鏡で島を見てたでしょ? 何かあるのか、私すっごく気になるなぁ。連れて行ってよ」
松下が悪戯っぽく微笑みながら、俺の顔を覗き込んできた。
「あ、それなら私も行くー。みやっちが行くならついて行っちゃおうかな」
長谷部が三宅の肩をぽんと叩きながら、気楽な調子で後に続く。
「おいおい、お前らなぁ、遊びに行くじゃねえんだぞ?」
須藤が呆れたように声をあげるが、女子2人は引く気配がない。松下の鋭い探究心と、長谷部の三宅への信頼。断る理由もないし、人数が多い方がカモフラージュもしやすい。
「……分かった。足元が悪いから、怪我だけはするなよ」
俺の許可が下りると、松下と長谷部は「やった」「さすが凍影くん、話がわかる〜」と嬉しそうに並んだ。
こうして、俺、三宅、須藤、幸村、松下、長谷部の6人という賑やかな即席『スポット捜索班』が編成され、俺たちは再び鬱蒼とした森の奥へと足を踏み入れた。
まずは、先ほど目印として見つけておいた折れた大木へと戻る。そこから、さらに深い原生林の藪へと進路を取った。生い茂るシダ植物を掻き分け、湿気を含んだ土を踏みしめながら、俺は内心、激しい高鳴りを感じていた。
(……一之瀬たちのBクラスに、先を越されて奪われていないだろうな……?)
原作知識があるとはいえ、この世界線ではすでに俺たちの動きによって他クラスの動きも変化している。もし一之瀬クラスが先にこの最強の川スポットを占有していたら、今後の食料計画が狂う。俺は焦る気持ちを抑え、自然と早足になって森を切り拓いていった。
そして、生い茂る茂みを一気にガサリと掻き分けた瞬間――。
視界がパッと開け、目の前に滾々と流れる清涼な大川と、その傍らに佇む鈍い銀色の『スポット管理装置』が姿を現した。
(……良かった、まだ誰の手にも落ちていない!)
手つかずの装置を確認し、俺は胸の奥で大きな安堵の息を吐いた。
「わあ……! 凄い、本当に川があったんだ……!」
長谷部が目を輝かせ、川べりまで走っていって歓声をあげる。
「本当、綺麗そうな水だね。凍影くん、あの距離から双眼鏡だけでここまで見抜いてたの? ちょっと信じられないな……」
松下が透き通った川面と俺の顔を交互に見つめ、心底から感動したように、そしてどこか畏怖を孕んだ眼差しで呟いた。幸村にいたっては「あ、あり得ん……本当にあったのか……」と、ガタガタとメガネを震わせて絶句している。
「驚くのは後だ。誰が本物のリーダーか、他クラスの偵察に見破られないようにカモフラージュするぞ。全員で装置を丸く囲んで、一斉にカードをタッチするフリをするんだ」
俺の指示に、三宅と須藤が「応!」と素早く動き、松下たちも「なるほどね」とすぐに意図を察して装置を囲む。外側からは誰の手が端末に触れたか完全に死角になるフォーメーションを組み、一瞬の電子音と共に川のスポットの占有を隠密裏に完了させた。
さらに俺の快進撃は止まらない。
「次はこっちだ。まだ近くにある」
川のせせらぎを背に、陽当たりの良い開けた斜面へと6人で進む。そこに広がっていたのは、驚くほど丸々と実った野生のスイカがいくつも転がっている『スイカ畑のスポット』だった。
「きゃあ! スイカじゃん! 嘘、無人島でスイカ食べられるの!?」
長谷部が今日一番の黄色い悲鳴をあげる。ここでも先ほどと同様に6人で囲み、誰がリーダーか分からないようにして瞬時に占有を成功させた。幸村はもう腰が抜けそうな顔で俺を見つめている。
「そして――この奥に行くと、管理小屋があるはずだ」
俺が躊躇なく木々の隙間を指差して進むと、草むらに埋もれるようにして建っている木造の古い小屋が文字通り姿を現した。
「本当に小屋まである……。凍影くん、あなた本当に何者なの?」
松下が呆然と呟く中、須藤が勢いよく引き戸を開けた。ひんやりとした空気の中に、埃を被った大量のロッドやリール、仕掛けといった『釣り具』が綺麗に保管されているのが目に入る。
中の釣り具を見た瞬間、後ろの5人が一斉に歓喜の声をあげた。
「うわ、良いものあるじゃん! これがあればさっきの川でいくらでも魚が釣れるよ!」
長谷部が釣り竿を手に取って笑う。
「本当、よく見てたんだね、凍影くん。双眼鏡一つでここまでクラスを完璧に救っちゃうなんてさ。……ついてきて大正解だったな」
松下が心底嬉しそうに、そして俺の有能さを完全に認め、熱い視線を送ってくる。三宅も「食料問題まで一瞬で完全解決かよ。最高だな」と不敵に笑い、幸村は「俺の負けだ、凍影。お前の眼力には恐れ入った……」と完全に脱帽していた。
大量の釣り具を抱え、俺たちは大戦果と共に井戸のあるベースキャンプへと戻ってきた。
「みんな、ただいま。川とスイカ畑のスポットを新しく占有してきた。明日からは、あの川で新鮮な魚を釣って、冷えたスイカと一緒に全員分の食料にする。食生活の心配はもう要らないぞ」
俺が手に入れた釣り具を掲げてクラスの面々に提案すると、拠点の雰囲気が一気に爆発した。
「マジかよ! 魚もスイカも食えるのか! 凍影、お前マジで神かよ、一生ついて行くわ!」
池や山内が飛び跳ねて喜び、須藤や三宅と激しいハイタッチを交わしている。
「すごい……本当に一瞬でこんなに環境を整えちゃうなんて……」
テントの前にいた女子たちも、俺が圧倒的なスピードと有能さで無人島を『攻略』していく様を目の当たりにし、もはやサバイバルへの恐怖など殆ど感じさせない、心底から安心しきった、そして俺への信頼を寄せた顔へと変わっていた。