ようこそ原作主人公抜きで頑張る教室へ 作:灰色の
予想通りの事態が起きた。高円寺六助の、体調不良を理由としたリタイア。
学校側からペナルティとして『マイナス30ポイント』が非情に通告されると、ベースキャンプは一時、騒然となった。
「ふざけんなよあいつ! 始まったばかりなのに自分だけ船に戻るなんて勝手すぎるだろ!」
池が顔を真っ赤にして叫び、結構な人数の男子や女子が高円寺に対して怒りを爆発させていた。
だが、一学期の間、俺の主導で数々の修羅場を乗り越え、精神的に成熟しつつあるクラスメイトたちの反応はそれだけでは終わらなかった。
「まあ、分かってた事だな。あいつが素直にサバイバルなんてやるわけない」
三宅が呆れたように肩をすくめると、松下も、
「高円寺くんだもん、仕方ないよ。むしろ初日に消えてくれて、これ以上のトラブルを起こされないだけマシかも」
と大人びた口調で後に続く。
「あれはこの先、人生のどこかで苦労する。社会に出たらあんな我儘は通用しないんだからな」
幸村がメガネの奥の目を厳しく細めて切り捨てると、最後に平田がみんなを包み込むような優しい声で場を宥めた。
「そうだね。でも、いつか彼にも本当の意味で、僕たちの仲間になってくれる日が来るといいよな。今は不満もあると思うけど、残った僕たちでポイントをカバーしていこう」
平田の言葉に、クラスの面々も「そうだな……」「凍影が次のスポット見つけてくれてるしな」となんとか怒りを収め、宥められていった。
一方、俺はテントの端で顔色の悪い堀北の元へと歩み寄っていた。原作通り、彼女は島に到着する前から体調を崩している。
「堀北、体調が悪そうだな。明日から横になって、治るまでよく休んでな」
「……私は、まだ動けるわ。これくらいで足を引っ張るわけには――」
強がろうとする彼女の言葉を、俺は制した。
「今回の試験は俺たちに任せろ。お前がここで無理をして重症化する方が、クラスにとっては痛手なんだよ。大人しく寝ていろ」
「……分かったわ。……悔しいけれど、今回は言葉に甘えさせてもらうわ」
俺の合理的かつ冷徹な正論に、堀北は小さく息を吐いてテントの奥へと引っ込んでいった。
――そして、夜。
昼間のサバイバルの緊張と、慣れない環境に疲れ切ったクラスメイトたちが、次々と深い眠りへと落ちていく頃。
俺、須藤、三宅の3人は、周囲の目を盗んで静かに動き出した。夜の闇に紛れて、島内に点在するスポットの更新占有に向かうためだ。
「悪いな2人とも。明日から占有する場所をさらに増やす。移動距離も伸びるから、お前たちには結構な負担がかかるぞ」
「気にするなよ凍影。動くのは慣れてるからよ!」
「おう。お前が道を分かってるなら、俺たちはただついて行くだけだ」
漆黒の闇に包まれた無人島の森。夜目が利く俺のチート級の視力がなければ、間違いなく一歩目で迷っていたに違いない。俺の誘導の元、須藤と三宅は文句ひとつ言わずに暗闇の藪を掻き分け、無事にターゲットのスポットの占有を完了させた。
深夜、すべての行程を終えてベースキャンプへと戻ってきた頃には、2人の肩は疲労で激しく落ちていた。
「戻ったな。……よし、2人とも、明日以降はスポット占有の移動時間以外の作業には一切参加しなくていい。日中はベースキャンプのハンモックで、ずっと休んでて良いぜ。これは命令だ」
俺がそう告げると、須藤と三宅は「マジか……助かるぜ」「ありがとな、凍影。お言葉に甘えて爆睡させてもらうわ」と当然のように深く頷いた。
テントから離れた木陰で、即座にそれぞれのハンモックに潜り込み、一瞬で眠りにつく2人。
(こいつらもこの試験からずっと俺の足回りとして動いてくれてる。この試験が終わったら、よく労ってやらないとな……)
そんなことを思いながら、俺は自分の割り当てられているハンモックへと戻ってきた。
だが、暗がりのハンモックに近づいた瞬間、俺は思考を一瞬だけ停止させた。
網の中に、小さく丸まって静かに眠っている人影があった。……櫛田桔梗だ。
(え、なんで……?)
戸惑いつつも、俺が静かにハンモックの端に腰掛け、中に乗り込むと、その僅かな振動で櫛田がゆっくりと目を開けた。
「……あ、戻って来たんだ。おかえり、凍影くん」
いつもの天使の笑顔ではなく、俺の前だけで見せる、どこか無防備で眠たげな表情の櫛田がそこにいた。
「櫛田。どうしてここにいるんだ? テントの寝心地が嫌だったか? 下にシートは敷き詰めておいたはずだが」
「ううん、違うよ。テントはとっても快適だよ?」
櫛田はハンモックの中で小さく身体を起こすと、俺の顔を真っ直ぐに見つめ、声を潜めて理由を語り始めた。
「だって……クラスに伊吹さんみたいなスパイがいるでしょ? だから、凍影くんのハンモックを私が隠れて見張ってあげようと思って。……もし凍影くんのいない間に、あいつに荷物を漁られたり、何かいたずらされたら困るよね? だから、ここでずっと見張ってたの」
「……」
昼間の星之宮先生の件といい、今の言葉といい。彼女の行動のすべてが、俺という存在を守るため、そして俺の領域を誰にも侵させないための強烈な防衛本能から来ている。
俺は愛おしさと、その徹底した健気さに胸を打たれ、彼女の柔らかな頭を小さく、優しく撫でてやった。
「ふふ、子供扱いしないでよ」
櫛田はくすぐったそうに目を細めながらも、嬉しそうに俺の隣に座り直した。
「今日もありがとな、櫛田。男子の分のハンモックをポイントで購入できたのは、お前が真っ先に賛成して女子の意見をまとめてくれたおかげだ。あれがなかったら、篠原たちに猛反対されて購入できていなかったかもしれない」
「ふふん、そうだよ? もっと私に感謝してね。私、こんなバカばっかりのクラスで、凍影くんのためにすっごく頑張ってるんだから」
誇らしげに胸を張る櫛田。
「ああ、違いないな。櫛田がこのクラスにいてくれて本当に良かった。お前がいなかったら、今頃このクラスがどうなってたか、俺にも分からないよ」
俺の本心からの言葉だった。
思えば一学期の間、俺は櫛田にかなりの場面で精神的にも組織的にも支えられてきた。周囲の害虫どものストレスを受け止め、彼女を飼い慣らしてきたつもりだったが、気づけば彼女の存在は俺の計画に不可欠なものになっていた。
彼女への恩返しとして俺にできることは、勿論、このクラスを最終的に上のクラスへ勝たせること。それこそが、今の俺にできそうな最大の報いだった。
「ねえ、凍影くん……肩揉んで。またガチガチにこっちゃった」
櫛田が甘えるように、すっと俺に背中を向けた。
「分かった。……だけど、声は出すなよ。みんなを起こしちまうからな」
「ん……分かってるってば……」
俺はチート級の器用さと身体能力を持つ両手を彼女の華奢な肩へと置き、じっくりと絶妙な力加減でほぐし始めた。衣服越しに伝わる彼女の体温を感じながら、指先に力を込めていく。
「……んぅ……っ、そこ……本当に気持ちいい……」
櫛田は漏れそうになる吐息を必死に手で押さえながら、蕩けるような声を漏らした。
「ねえ、凍影くん。こんな最低なクラスを勝たせるためには、私と凍影くんの2人が頑張らないといけないよね……?」
背中越しに、彼女の張り詰めた、だけど俺を完全に相棒と認めている声が聞こえる。
「そうだな。本当に、俺たちにかかってるんだな」
「うん……。明日も私達、絶対に頑張らないといけないよね……」
責任感とストレスで、どこか自分を追い込んでいるような櫛田。そんな彼女の細い肩を愛おしく思いながら、俺は少し強めの指圧と共に、あえて突き放すような、だけど最大の優しさを込めた言葉を紡いだ。
「明日は、休める時はよく休んでくれ。――これは俺からの命令だ。クラスの勝敗なんて抜きにしても……櫛田、お前が潰れるのは、俺が一番辛いからな」
「……っ」
その瞬間、櫛田の身体がビクリと跳ねた。彼女はゆっくりと首だけを振り返らせ、月光に照らされた瞳を潤ませながら、俺の顔をじっと見つめてきた。
「……本当に? 私のことが一番大事?」
「そうに決まってるだろ。誰を敵に回しても、俺はお前を大事にするよ」
「……ふふ、合格。じゃあ、お言葉に甘えて、明日は少し手抜きさせてもらおうかな」
心底から救われたような、心からの満面の笑顔。それは学校の誰も見たことがない、凍影雪波のためだけに開示された彼女の本物の表情だった。
それから数十分かけて、俺は彼女の身体のコリと心のストレスを完全に解きほぐしていった。
「じゃあ……おやすみ、凍影くん。また明日ね」
ハンモックから降り、足取りも軽く女子テントへと戻っていく櫛田。俺はその背中に向けて、静かに片手を上げて応えた。
明日からは他クラスの偵察や龍園の妨害、さらに過酷なサバイバルが本格化して大変になるだろう。
だけど、俺の隣で戦ってくれるこの最愛の『相棒』のためにも、できるだけ彼女を楽にさせて、この無人島を完璧に蹂躙してやろうと、俺は夜空の月を見上げながら静かに闘志を燃やしていた。
特別試験の2日目の朝。
全クラス共通の義務である午前中の点呼を無事に終えた俺は、前夜の約束通り、須藤と三宅を連れて再び動き出した。
ただし、今回は俺たち3人だけではない。ベースキャンプに待機していた池や山内といったクラスの男子たちを引き連れて、昨日占有を完了したばかりの『川のスポット』へと案内した。
「うおおおっ! マジでめちゃくちゃ綺麗な川じゃん!」
「すげえ! こんな水源が近くにあったのかよ!」
鬱蒼とした森を抜けた先に広がる、滾々と流れる清涼な大川を目にした男子たちは、一斉に歓声を上げて感動していた。このサバイバル環境において、これほど豊かな真水が手に入るアドバンテージがいかに凄まじいか、バカな彼らでも本能的に理解できたのだろう。
「よし、お前たち。昨日小屋から回収してきたこの釣り具を渡す。今日からここが俺たちの食料調達の拠点だ。全員分の魚釣りを頼み込むぞ」
「おう、任せとけって! 釣りならサバイバルっぽくて面白そうだしな!」
池が鼻息を荒くして竿を受け取り、山内たちと競い合うようにして川べりへと陣取る。男子たちが嬉々として釣りを始め、水面に釣り糸がいくつも垂らされたその時だった。
(――誰か近づいてくるな)
持ち前のチート級の五感、その鋭い聴覚が、川のせせらぎに混ざる不自然な足音を捉えた。俺がそちらへと視線を向けると、生い茂る木々の隙間から、一人の男子生徒が静かに姿を現した。
Bクラスの副リーダー格であり、一之瀬の右腕である男――神崎隆二だった。
神崎は川べりに集まる俺たち現Cクラスの姿、そしてその中心にいる俺に気づくと、警戒を崩さないまま真っ直ぐにこちらへと近づいてきた。
「……Cクラスは、この川のスポットを占有したのか。実に良いスポットだな。これほど豊かな水源が確保できているのは、正直羨ましいくらいだ」
神崎は周囲の男子たちの盛り上がりと、岩場に設置された占有装置を交互に見つめ、率直な感嘆を口にした。
「そうか? まぁ、運良く最初に見つけられただけだよ」
俺は「そうか?」と曖昧な態度で微笑み、あえて本質を誤魔化した。
神崎は驚いているが、彼らが知っているのはこの『川のスポット』だけだ。俺たちがベースキャンプに据えている『井戸のスポット』、さらに『スイカ畑のスポット』までも初日にすべて隠密裏に占有していることなど、おくびにも出さないでおく。情報は隠せば隠すほど、最後の「リーダー当て」で無敵の盾になる。
「他クラスのリーダー格がわざわざこんな奥地まで。――偵察か?」
俺が単刀直入に問いかけると、神崎は視線を俺に戻し、小さく首を振った。
「いや、本当は他のクラスの動向を調べるつもりだったんだがな。……俺は旧Cクラス、つまり龍園のクラスを探しているんだ。あいつらのベースキャンプの場所について、何か知らないか?」
「いや、残念ながらまだ俺たちも彼らの行方は掴めていないんだ。初日にこっちの環境を整えるだけで手一杯だったからな」
俺が淡々と応じると、神崎は「そうか……」と短く呟き、視線を落とした。一学期に俺にハメられ、さらに石崎たち主力3名が夏休み明けまで長期停学処分になったことで最下位に転落した現Dクラス(龍園クラス)。神崎たちBクラスにしてみれば、追い詰められた龍園がどんな狂暴なゲリラ戦を仕掛けてくるか、警戒せざるを得ないのだろう。
神崎は一度、周囲の池たちの様子を確認してから、俺との距離をさらに一歩詰めてきた。そして、他の男子たちには聞こえないような低い声で、静かにこう告げた。
「一之瀬から聞いた。……一学期の中間試験の際、過去問を俺たちに提供してくれたそうだな。クラスを代表して、君に感謝している」
「気にするなよ、神崎。俺にとって一之瀬は、クラスは違っても大切な『友達』であることには変わりないからな。Bクラスを助けることに異論はなかったさ」
俺が穏やかな笑みを浮かべて返すと、神崎は僅かに目を見張り、それからフッと硬い表情を緩めて不敵に笑った。
「ふっ、そうか。お前の心遣いに感謝する……俺はもう戻る。ルール上、場所を教えるわけにはいかないが、もし縁があれば俺たちのスポットに来ても構わない。歓迎しよう」
「ああ、気が向いたらな。情報ありがとう、神崎」
それだけ言い残すと、神崎は元来た森の奥へと足早に去っていった。一之瀬を盲信する神崎に対しても、「一之瀬の良き友人」というポジションを示すことで、完璧な信頼の足がかりを築くことに成功した。
神崎の気配が完全に遠ざかったのを確認してから、俺は背後に控えていた須藤と三宅に向き直った。夜間占有の疲れも見せず、2人はすでに戦闘態勢の目で俺の指示を待っている。
「よし、須藤、三宅。神崎も去ったことだし、予定通り3人で『スポット巡り』を再開するぞ。今日も裏でガンガンポイントを稼ぎ出すからな、ついて来い」
「おう! 待ってたぜ、凍影」
「頼むぜ、相棒。今日でさらに差をつけてやろう」
川べりで楽しそうに魚釣りをしている池たちをその場に残し、俺たち3人は再び、誰の目にも触れていない無人島の深部へと、静かに、そして確実な足取りで進軍を開始した。