ようこそ原作主人公抜きで頑張る教室へ 作:灰色の
平田、軽井沢と周囲の生徒から少し離れた大樹の陰に移動し、俺と櫛田は2人が持ち帰った偵察の結果に耳を傾けた。
「凍影くん、まずはBクラスのことなんだけど……」
平田が周囲を少しだけ気にしながら、声を潜めて話し始めた。
「彼らの拠点は、海に比較的近い位置にあったよ。近くにメロン畑や、僕たちが採ったような木の実が豊富な森のスポットを占有していた。食料は海で魚を釣って調達している様子だったし、それなりに良いスポットを見つけたみたい。ただね、偵察中に一之瀬さんにばっちり気づかれちゃって、向こうから声をかけられたんだ」
「その時にさ、一之瀬さん、『神崎くんから聞いたけど、Cクラスは川のスポットを占有したんだって?』って言ってたよ、私達のスポットバレてるみたい」
「ああ、朝、神崎が川のスポットに来たからな」
平田が説明を続ける。
「Bクラスは水には相当困っているみたいだった、ポイントをかなり消費して飲料水を購入していた感じだったよ。飲料水としては足りてるんだけど、一之瀬さん、川の水があればみんなでウォーターシャワーとして使えるから本当に羨ましいって、すっごく寂しそうに言ってたんだ」
「シャワーかぁ……」
櫛田が顎に手を当てて、いつもの心配そうな優等生の顔で呟く。
「一之瀬さん、いつもクラスのみんなのことを一番に考えてるもんね。でも、ポイントを使ってお水を買うなんて、やっぱりBクラスでもサバイバルは大変なんだね」
「そうだな」
俺は小さく頷きながら、一之瀬らしいクラスメイト想いの苦悩だなと納得していた。
「それとね、Bクラスを観察していて、ちょっと気になったことがあったんだ」
平田がさらに声を低くして続ける。
「クラス全体はすごく仲良くまとまっているんだけど、一人だけ、なんだかみんなとよそよそしい感じの生徒がいたんだ」
「眼鏡をかけた、おかっぱの男子生徒なんだけど……それで気になって一之瀬さんに聞いておいたんだ」
軽井沢が少し得意げに髪をいじりながら言った。
「その人、現Dクラスの生徒なんだって。名前はえっと金田っていうらしいんだけど、一之瀬さんが言うにはね、自分のクラスでリタイアしようとするクラスメイトを必死に止めようとしたらしいよ」
「そしたらクラスメイトの龍園君にに暴力を振るわれちゃって……ボロボロにされて、怖くて自分のクラスにも船にも戻れないって怯えていたところを一之瀬さんが保護してあげたみたいなんだ」
「ええっ!? そんなの酷すぎるよ……!」
櫛田が両手で口を覆い、心底怯えたような声を上げる。だが、俺の後ろに隠れた彼女の瞳が一瞬だけ冷たく据わったのを俺は見逃さなかった。
「なるほどな……」
俺は内心で不敵に笑った。一之瀬の底抜けた善意は、こうして簡単に他クラスの「悪意」を招き入れてしまう。
「それで、本命の現Dクラス――龍園たちの様子はどうだったんだ?」
俺が核心を促すと、平田と軽井沢は顔を見合わせ、なんとも言えない表情に変わった。
「それがさ……私、驚きなんだけど」
軽井沢が呆れたようにため息を吐く。直ぐに平田が代わりに説明に入る。
「プライベートビーチの拠点に行ってみたら、龍園君がたった1人で優雅に日光浴を楽しんでいたんだ。他のクラスメイトの姿なんて影も形もなかった。僕たちが近づいたら、龍園君がこう言ったんだ。『他の奴らは全員リタイアした。後は俺だけだが、今日でもう船にあがるぜ。ポイントなんて使い果たしてな』……ってね」
「リタイアしたんだ…」
「でもさ、おかしなところがあったんだ」
櫛田がDクラスの現実に呆れる中、平田が真剣な目で俺を見つめる。
「龍園くん、そう言って笑っていたけれど、彼のその手、そこそこ赤く腫れていたんだ。誰かを強く殴ったみたいにね」
「……殴った手、か」
俺は脳内で原作の知識と現在の状況をすり合わせ、合致した真実に納得していた。
この世界の龍園のクラスは、一学期の暴力事件のペナルティに加えて石崎たちの停学処分が重なり、最初から「210ポイント」という絶望的な数字からスタートしている。そんな状態でAクラスの葛城たちに200ポイント相当の物資を裏で送りつければ、残りはたったの10ポイント。
原作と違って、他クラスを欺くために自分たちがビーチで贅沢に豪遊するほどのポイントなど、最初から残っていなかったのだ。だから全員を即座にリタイアさせ、自分で殴った伊吹や金田をそれぞれのクラスへスパイとして送り込んだわけだ。
そんな俺の思考に合わせるように、平田が確信を込めた表情で俺の目を見つめてきた。
「凍影くん、君の言う通りだ。伊吹さんはやっぱり、現Dクラスが送り込んできたスパイだと思うんだ。僕たちのクラスとBクラスに、それぞれ怪我をした現Dクラスの生徒が都合よく1人ずつ転がり込んでくるなんて、客観的に見ても絶対におかしいよ」
「うん、私もそう思う」
櫛田がいつもの天使の笑顔で、裏の顔の冷徹な目を隠して静かに頷く。
「都合が良すぎるよね。絶対に裏で繋がってるに決まってるよ」
「私達と違って一之瀬さんは完全に騙されてるみたいだけどね」
軽井沢が一之瀬を馬鹿にするように腕を組んで言った。
「あ、あとね、最後に山側のエリアでAクラスのスポットがありそうな巨大な洞窟を見つけたんだけど……」
「あそこの洞窟、とにかく見張りが多すぎて中には入れなかったんだ」
平田が悔しそうに言葉を繋ぐ。
「僕たちが近づいた瞬間にものすごい剣幕で追い返されちゃって、中の様子までは見えなかったよ。……でも、不思議なんだ。あの洞窟の周りのスポットを調べた限り、食料になりそうなものは殆ど無かった。Aクラスの面々は、一体何を食べてこのサバイバルを生き延びているんだろうか」
平田の純粋な疑問に対し、俺は全てのパズルが完全に噛み合う音を聞いていた。口元に浮かびそうになる不敵な笑みを抑え、俺は冷徹に真実を告げた。
「俺の推測だが彼らは、現Dクラスが購入した食料を食べている可能性は高い」
「え……? Dクラスの食料を?」
平田が驚きで目を丸くする。
「恐らく、現Dクラスは、今回の試験で最初からAクラスと裏で秘密契約を交わしているんだ。推定だけど、Dクラスは今後得られるプライベートポイントを見返りとしてAクラスから貰う約束をして、自分たちの試験ポイントで購入した大量の物資をAクラスに売りつけたんだ。だから、Aクラスはその裏取引の証拠である物資を他クラスに絶対に見られたくない。だからこそ、洞窟の周りに大量の見張りを置いて、中を見せないように厳重に警戒しているのさ」
「っ……! なるほど……!」
平田がハッとしたように息を呑む。
「だから龍園くんはポイントを使い果たしたと言って、Aクラスは洞窟とその周辺に引き籠もっていても平気なんだね……! 全てが繋がったよ!」
「なるほどね〜、そういうことだったんだ」
櫛田が感心したように目を細め、俺の圧倒的な推察力に惚れ惚れとした視線を送ってくる。まだ確定じゃないけどな。
そんな俺たちの議論を、軽井沢は一言も発さずにじっと見つめている。
「…2人とも、本当にこれ以上ない最高の偵察成果だよ。ありがとう、助かった」
俺は平田と軽井沢の目を見つめ、感謝を込めて告げた。
「おかげで、この試験で俺たちが有利に進めるための勝ち筋が見えて来た。2人とも疲れただろう、少し休んでくれ」
「うん、凍影くんの役に立てたなら良かったよ。行こう、軽井沢さん」
「え、あ、うん……そうだね」
軽井沢は俺から視線を外すと、少し動揺したように髪をいじりながら平田の後を追って歩き出した。AクラスとDクラスの裏同盟、そして2つのクラスに送り込まれたスパイの対策を俺はどうしようか考えていた。
平田と軽井沢からすべての偵察結果を聞き終えた後、櫛田を皆のところに戻した俺の脳裏には一つの冷徹な推測が浮かび上がっていた。
(龍園のあの赤く腫れ上がった拳……。単に伊吹を『しつけた』だけのものじゃないな)
この世界線の現Dクラスは、一学期に俺が仕掛けたカウンターによって最下位に転落し、スタートポイントも210という絶望的な状況だ。もしかしたら伊吹をはじめとした何人かのDクラスの生徒は、リーダーとして全く成果が出せないどころかクラスを地獄へ叩き落とした龍園に対して、ついに不満を爆発させて抵抗したのかもしれない。そして、それを文字通り力でねじ伏せるために、龍園があの暴力を振るって抵抗するクラスメイト全員を強引に押さえつけた――。
その結果が、あの腫れた拳であり、ボロボロになって逃げ出してきた伊吹の傷の真実なのだろう。
そんな風に俺が一人で思考を巡らせながら、ひとまずベースキャンプに戻ろうと足を動かした、その時だった。
「ねえ、ちょっと良い?」
不意に声をかけられた。振り返ると、平田と別れて先にベースキャンプの方へ戻っていたはずの軽井沢が、なぜか引き返してきて俺の前に立っていた。
「どうした、軽井沢。ベースキャンプのインフラか、それとも女子同士の揉め事の件で何か困ってることでもあるのか?」
俺が至極真っ当な疑問を投げかけると、軽井沢は視線を左右に泳がせ、周囲に他のクラスメイトがいないことを確認してから、俺のジャージの袖を遠慮がちに引っ張った。
「うううん、そう言うわけじゃないんだけど……ちょっとこっち来てよ」
有無を言わせない力加減で、軽井沢は俺をさらに誰もいない、鬱蒼とした木々の影へと連れて行った。二人きりの空間になり、彼女のどこか緊張した様子を見て、俺は小さく息を吐く。
「試験中の立ち回りのことか? それなら、俺に答えられる限りはアドバイスするが……」
「ううん、違うの。試験の作戦とか、そういうのじゃなくて……」
軽井沢は胸の前で自分の手をぎゅっと握りしめ、意を決したように俺の目を真っ直ぐに見つめてきた。
「ねえ、ちょっと秘密の話なんだけどさ……」
「秘密の話、ね。そういう相談なら、俺じゃなくて彼氏の平田に頼めば良いんじゃないか? あいつなら親身になって聞いてくれるだろ」
俺が平田の名前を出してやんわりと距離を置こうとすると、軽井沢は一瞬だけ複雑そうな表情を浮かべ、それからボソッと、だけど確信を込めた声で呟いた。
「……平田君より、凍影くんの方が、頼りになる気がするから……」
「ん?」
その言葉を聞いた瞬間、俺の脳内に一気に警戒アラートが鳴り響いた。
(んん? これ、ちょっとヤバくねえか……?)
原作知識を持つ俺には、彼女のこの行動の意味が痛いほどよく分かった。平田という絶対的な守護者がいながら、今の彼女は俺を「品定め」し、このクラスで一番の強者が誰であるかを見抜いている。今度は平田を乗り換えて、俺に新しく『寄生』するつもりなんじゃないだろうか。
そんな俺の内心の焦りを露知らず、軽井沢はついに覚悟を決めたように唇を開いた。
「あのね、私……本当は――」
「よ、凍影。お前、俺たちが寝ている間も随分頑張って動き回ってるみたいだな!」
ガサリと草木を掻き分ける豪快な音と共に、太い声が俺達2人の間に割って入った。
声のする方へパッと視線を向けると、そこにはハンモックでの爆睡からすっきりと目を覚ました須藤が立っていた。
「須藤か。……疲れは取れたか?」
俺が聞くと、須藤は白い歯を見せて不敵に笑い、自分の逞しい腕をポンと叩いた。
「おう! 凍影のおかげで完全復活だぜ! 今回の試験も、夜中だろうが何だろうがお前についてってスポットをガンガン回ってやるからな。最高の楽園、作ろうぜ!」
須藤はそう熱く語ると、自分が調理担当の女子たちから貰ってきたのだろう、香ばしく焼けたばかりの大きな焼き魚を二匹、俺と軽井沢に一匹ずつ手渡してくれた。
「ほら、お前らもちゃんと食っとけよ! じゃあな、俺はあっちの作業に戻るわ!」
嵐のように現れて、爽やかに去っていく須藤。彼の背中を見送った後、俺は手元に残された温かい焼き魚を見つめ、それから再び正面の軽井沢に向き直った。
「で、軽井沢。さっきの秘密の話って、なんだ?」
「あ……えっと、ううん! なんでもない!」
軽井沢は慌てて両手を振って拒絶すると、焼き魚を胸に抱えるようにして顔を真っ赤にした。完全に言うタイミングを逃してしまい、バツの悪そうな、激しく後悔しているような顔を隠そうともしていない。
「じゃ、じゃあ私、これみんなのところで食べるから!」
それだけ捨て台詞のように叫ぶと、軽井沢は逃げるようにベースキャンプの方へと走っていった。
その後ろ姿を見送りながら、俺はふうと静かに息を吐き、須藤から貰った焼き魚を一口かじった。
(危なかったな……。これ以上、軽井沢に妙な依存をされるのは面倒だ。俺にはこれからやる事が山ほどあるんだからな)
龍園の拳の傷、Dクラスの反乱、そして軽井沢の品定め。やるべき事と抱える事が多すぎる。俺は思考の海に浸かりながら焼き魚を食べながらキャンプに戻った。