ようこそ原作主人公抜きで頑張る教室へ   作:灰色の

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追い込み

 

 

5日目の朝、静寂に包まれていたキャンプ地に、張り詰めた悲鳴のような怒号が響き渡った。

 

 

「男子、起きろ!!」

 

 

篠原の鋭い声に、テントの中で眠っていた男子たちが次々と、気だるげに身を起こす。

テントの幕を上げて外へ出ると、そこには血相を変えた女子たちが立ち尽くしていた。

 

中心にいる平田が、困惑を隠せない様子で眉をひそめる。

 

 

「どうしたんだい、篠原さん」

 

 

「どうしたんだいじゃないわよ! 今朝、私達の下着が無くなったの。これってどういう事か分かる?」

 

「えっ……下着?」

 

 

平田の顔から一気に血の気が引いていく。

その背後では、軽井沢が櫛田に肩を抱かれ、慰められていた。原作では一人で恐怖に震え、涙を流していた軽井沢だったが、今回は複数人の下着が同時に盗まれたことで「被害者は自分だけではない」という一種の連帯感があるのだろう。ショックを受けつつも、どこか凛とした表情を保っている。

 

その背後では、さらに被害に遭った女子たちが固まっていた。いつもはクールな長谷部や、内気な佐倉までもが、この世の終わりかのような嫌悪感MAXの視線を男子たちに向けている。その冷徹な眼差しに、男子たちは一斉に顔を見合わせ、身に覚えのない恐怖に縮み上がった。

 

そんな最悪の空気の中、テントの奥から一人の少女がゆっくりと姿を現した。そのまま口を開く。

 

 

「私を含めて、計6人の下着が盗まれたの。……櫛田さんのが盗まれてないだけ、まだマシね」

 

 

そう言って冷ややかに告げたのは、堀北鈴音だった。

初日から体調を崩し、この4日間、俺の指示によって強制的に休まされていた彼女だった。まだ万全ではないものの、ある程度動けるまでに回復したのだろう。

 

櫛田の下着が盗まれなかったのは、当然だ。彼女は最初からこの状況を予期して身構えていた。自分のバッグを常に肌身離さず、自分の側に置いて管理していたから…

 

 

「本当気持ち悪い! 下着泥棒がいるような人達と同じ場所でキャンプ生活を続けるなんて、絶対に不可能なんだけど!」

 

 

篠原が再び声を荒らげる。

 

 

「平田君が犯人じゃないのは分かってる。でも、白黒はっきりさせるために、取り敢えず今すぐ男子の荷物検査をさせて!」

 

 

クラスの分裂を防ごうと、平田が「待ってくれ、まずは話し合いを……」と言いかけるが、俺はそれを手で制して一歩前へ出た。これ以上押し問答を続けても、女子の不信感が募るだけだ。

 

 

「……仕方ないな。分かった、検査を受けよう」

 

 

俺はそう言って、自分のハンモックの傍に置いてあった私物のカバンを無造作に掴み、篠原たちの前に差し出した。

 

 

「まずは俺のから調べてくれ。何もやましいことはない」

 

「凍影……!」

 

 

男子たちが息を呑む。だが、クラスの精神的支柱である俺が率先してカバンを開けたことで、男子たちも諦めたように腹を括った。

 

篠原が鋭い目で俺のバッグを漁るが、当然、そこから女子の下着など出てくるはずもない。

 

 

「……次、あんたたちのカバンも見せなさいよ!」

 

 

それを皮切りに、男子たちのカバンが次々と調べ上げられていく。しかし、どれだけ徹底的に荷物をひっくり返しても、6人分の下着はどこからも一切見つからなかった。

 

男子全員の潔白が証明され、現Cクラスの男子たちの間に安堵と、濡れ衣を着せられたことへの憤りが広がる。

 

そんな中、眼鏡をクイと押し上げた幸村が、鋭い目を女子たちに向けて言い放った。

 

 

「男子は疑いを受け入れて、全員が身の潔白を証明したんだ。……なら、次は女子の番じゃないか?」

 

「そうだね。もしかしたら間違えて他の子のバッグに入れちゃったのかもしれないから、まずは私から調べてみて」

 

 

そう言って最初に名乗り出たのは櫛田だった。

自ら進んでバッグを差し出すことで、女子側に残る反発や抵抗感を綺麗に払拭してみせる。被害者である篠原たちが手際よく調べたが、当然、櫛田のバッグから下着は見つからなかった。

 

チラリと伊吹へ視線をやると、彼女が内心で激しく困惑しているのが、その僅かな身体の強張りと視線の彷徨いからうっすらと伝わってきた。なぜ男子のバッグに下着が入っていないのか――その計算違いに、彼女の優秀な頭脳が追いついていないのだ。

 

重苦しい空気の中、今度は女子たちの荷物検査が始まった。当然、現Cクラスの女子たちのカバンからは何も見つからない。

 

検査が進む中、軽井沢が、何やら気付いた様子でハッと息を呑み、伊吹の方を鋭く睨みつけた。そのまま彼女に近づく。

 

 

「そういえば……伊吹さん。荷物検査を受けてないの、もう伊吹さんだけだけど。……まさか、あんたが盗んだんじゃないでしょうね?」

 

「はあ? 私がそんなもの盗むわけないでしょ……!」

 

 

伊吹は不快感を露わにし、いつもの尖った口調で言い返した。しかし、今の軽井沢は一歩も引かない。

 

 

「なら、見せても問題ないよね」

 

 

軽井沢は迷いのない足取りで詰め寄ると、制止する間もなく伊吹のバックのチャックを勢いよく開けた。そして、押し込まれていた荷物の隙間から、躊躇なく1枚の下着を引っ張り出した。

 

それは、軽井沢自身のものだった。

男子たちにはそれが誰の下着なのかまでは分からなかったが、軽井沢は一切の言葉を発することなく、どこか冷徹な無表情のまま、それを自分の手元へと回収した。

 

その毅然とした、かつ確信に満ちた軽井沢の行動が引き金となった。

 

 

「――っ! ちょっと、それ私のじゃない!」

 

 

篠原が悲鳴に似た声を上げて伊吹に群がる。それを皮切りに、下着を盗まれた佐藤、長谷部、佐倉、そして堀北までもが次々と伊吹の周囲を取り囲んだ。

 

 

「どいて」

 

「触らないでよ……!」

 

 

女子たちは嫌悪感を隠そうともせず、伊吹の鞄に容赦なく手を突っ込んでいく。バッグの奥底から、丸められていた自分たちの下着が次々と引っ張り出されていった。

 

 

「本当に最低……」

 

「信じてたのに、何のためにそんなことしたの?」

 

 

クラス全員の冷たい目が、伊吹一人に突き刺さる。

言葉を失った男子たち、そして軽蔑と困惑に満ちた女子たちの視線。キャンプ地は、息が詰まるほどの沈黙に支配された。

 

全員から見下げられる中心で、伊吹の顔から完全に血の気が引いていく。

 

 

「ち、違う……私じゃない……!!」

 

 

必死に声を絞り出すが、あまりに圧倒的な物証の前に、その言葉はあまりにも虚しく響いた。

 

 

「じゃあ、誰が盗んだって言うのよ」

 

 

冷徹に響いた誰かの問いかけに、伊吹は唇を戦慄かせた。

 

 

「そ、それは……っ……」

 

 

夜中に自分が男子の荷物に仕込んだはずのものが、なぜ自分のバッグに戻っているのか。裏をかかれた恐怖と焦燥で、今の伊吹には正常な思考など一ミリも回っていなかった。

 

 

「ち、違う! 私はやってない! 誰かが私のバッグに仕込んだんだ!」

 

 

伊吹は必死に声を荒らげ、鋭い視線を周囲に飛ばして応戦しようとした。しかし、あまりにも決定的な証拠を前に、現Cクラスの男女から浴びせられる厳しい口調が止まることはなかった。

 

 

「ふざけないでよ! 仕込んだって、誰がそんなことするわけ!?」

 

「っていうか、あんたうちのクラスに何しに来たわけ!?」

 

 

 

篠原を筆頭とした女子たちのヒステリックな怒号が、容赦なく伊吹に突き刺さる。それに続くように、濡れ衣を着せられかけた男子たちからも、堰を切ったように怒りが噴出した。

 

 

「ふざけんなよ! こんなことして、俺たちを混乱させるのが目的だったんじゃねえだろうな!」

 

「そうだぞ! お前のせいで、俺たちまで変態扱いされて疑われたじゃねえか!!」

 

 

知性も身体能力も高く、普段なら他人の言葉など鼻で笑い飛ばす伊吹だったが、四方八方から容赦なく叩きつけられる数々の罵倒と拒絶の嵐に、肉体的な強さなど何の盾にもならなかった。たった一人でクラス全員の敵意を真っ向から受けるその衝撃に、伊吹の身体がわずかに震える。

 

だが、そんな激しい非難の言葉を受け止める中、伊吹の視線はある一角で止まった。

 

そこにいたのは、激高して自分を怒鳴りつける篠原たちではなかった。

――無人島にやってきて、怪我をしていた自分を心配し、貴重な食料を笑顔で分けてくれた、佐倉愛里、王美雨、井の頭たちの姿だった。

 

彼女たちは、他の生徒のように伊吹を罵倒してはいなかった。ただ、信じていた人に裏切られたショックに、今にも泣き出しそうな顔で立ち尽くしている。

 

 

(どうして……? 伊吹さん、本当にそんなことしちゃったの……?)

 

 

責め立てる怒号よりも重く、深く、彼女たちの「どうして」という静かな困惑の視線が、伊吹の胸の奥を容赦なく抉っていく。

 

これまでどんな過酷な環境にも、龍園の理不尽な命令にも、歯を食いしばって耐えてきた伊吹だった。しかし、自分に向けられたその純粋な善意の崩壊と、自業自得とはいえ生じてしまった罪悪感の重さに、彼女は生まれて初めて、息が詰まるほどの圧倒的な孤立感に叩き落とされていた。

 

 

「気持ち悪い」

 

「本当、何考えてるの……?」

 

 

容赦のない拒絶の言葉が、雨あられと伊吹に降り注ぐ。クラス全員に包囲され、完全に逃げ場を失った伊吹の周囲に張り詰めた空気が漂う中、ついにその均衡を破るように足音が近づいてきた。

 

朝の点呼の時間になり、監視員である茶柱先生がキャンプ地に姿を現したのだ。

異様な熱気を孕んだ光景を目にした茶柱は、片眉をピクリと上げ、冷徹な視線を周囲に走らせた。

 

 

「……これは、一体どういう状況だ?」

 

 

一歩前へ出た俺は、櫛田が夜中に下着を伊吹のバッグへ戻したという事実を伏せた上で、事の顛末を淡々と、かつ理路整然と説明し始めた。

 

 

「朝起きた際、複数の女子のバッグから下着が紛失していることが発覚しました。クラスの分裂を防ぐため、先ほど男女全員で荷物検査を行ったところ、伊吹のバッグからそのすべてが発見された……という状況です」

 

 

俺の説明を聞き終えた茶柱は、ふむ、と短く顎を引いた。

 

 

「なるほどな。どうやらここで決めなければいけない重大な事柄があるようだ」

 

 

茶柱は一度言葉を区切ると、手元の端末を操作して事務的に告げた。

 

 

「だが、まずはルールだ。全員、点呼を行う。並べ」

 

 

凍りついた空気のまま、形式的な点呼が素早く行われる。その間も、伊吹は周囲からの冷ややかな視線に晒され続け、その肩は小さく強張ったままだった。

 

点呼が終了すると、茶柱はゆっくりと歩を進め、伊吹の真ん前で足を止めた。その切れ長の瞳が、冷徹に伊吹を見下ろす。

 

 

「さて、伊吹。お前は先ほどから『自分はやっていない』と主張しているようだが……現実を見ろ。ここにいる被害者の女子全員が学校側に正式な訴えを起こした場合、どうなると思う?」

 

 

伊吹は唇を噛み締め、茶柱を睨み返す。だが、茶柱の追撃は容赦がなかった。

 

 

「特別試験のルールに則り、他クラスの私物を強奪・隠匿したという問題で、お前の所属するクラスに重大なペナルティが課される。……それだけではない。学校側は事実関係を明確にするため、発見された下着の『指紋検査』を開始することになるが、それでもいいんだな?」

 

「指紋検査……っ!?」

 

 

その言葉が突き刺さった瞬間、伊吹の瞳に明らかな動揺と焦燥が走った。

だが、茶柱の容赦ない追撃はそれだけでは終わらない。さらに一歩伊吹へと足を踏み出し、冷徹な声を重ねる。

 

 

「何も下着そのものだけを調べるわけではない。被害に遭った女子たちの鞄、そしてお前が確実に触れたであろう『チャックのつまみ』や金属パーツだ。布地とは違い、そういった場所の指紋は極めて鮮明に残る。……お前が本当に触れていないというのなら、当然指紋など一つも出ないはずだな? 訴えがあれば、学校側として即座に緊急対応をとらせてもらうが、いいんだな?」

 

「あ……」

 

 

茶柱のあまりにも具体的で、逃げ道のない尋問に、伊吹の喉から掠れた呼吸が漏れた。

 

実際問題、衣類からの指紋検出は難しくとも、バッグのチャックやプラスチック部分であれば、素手の指紋は状況証拠として十分に検出可能だ。そして何より、伊吹自身には「昨夜、確実に彼女たちの鞄のチャックを素手で開けた」という絶対的な自覚があった。

 

 

(残ってる……。あいつらのバッグを漁ったんだから、私の指紋が、残ってないわけがない……!)

 

 

裏をかかれた混乱と、クラス全員からの冷ややかな視線。そこへさらに突きつけられた「科学的な確定証拠」という最悪の未来予想図。

 

逃げ場を完全にコンクリートで塞がれたような圧倒的な絶望感に、能力が高いはずの伊吹は、ただただ顔を真っ白に染めて戦慄くことしかできなかった。

 

伊吹のその分かりやすすぎる動揺の表情を見て、現Cクラスの生徒たちの目は完全に冷え切った。もはや「疑い」ではない。全員が確信を持って、伊吹を『下着泥棒の犯人』として見つめていた。

 

張り詰めた空気の中、俺の袖口を、弱々しく引く手がひとつあった。

 

振り返ると、そこには佐倉愛里が立っていた。彼女もまた、今朝下着を盗まれた被害者の1人だ。自分の大切なプライベートなものを汚されたショックは、人一倍内気な彼女にとって、計り知れない恐怖だったはずだ。

 

しかし、佐倉の大きな瞳に浮かんでいたのは、怒りだけではなかった。

 

 

「ねえ、凍影君……。私、下着を盗んだことは、すごくショックだし、許せない、けど……。でも……伊吹さん、これからどうなっちゃうのかな……」

 

 

不安そうに眉をひそめ、伊吹の様子を遠巻きに心配する佐倉。

 

彼女の言葉には、自分を襲った事件への恐怖や怒りと同時に、この4日間、怪我人として自分たちの拠点で一緒に過ごし、少しだけ心の距離を縮めた(と佐倉が信じていた)伊吹への、捨てきれない情が滲んでいた。もし本当に学校側の緊急対応や指紋検査になれば、退学を含めた重い処分が下るかもしれない――そう直感して、怯えているのだ。

 

そして何より、佐倉にとって俺という存在は、かつてストーカーの魔の手から自分を完璧に救い出してくれた絶対的な恩人であり、いま最も心を寄せている男だった。

 

 

(凍影君なら、きっとどうにかしてくれる)

 

 

そんな無言の、だが絶対的な信頼を宿した潤んだ瞳が、まっすぐに俺に向けられていた。

 

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