ようこそ原作主人公抜きで頑張る教室へ   作:灰色の

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後始末

 

 

現Cクラスの皆が伊吹を睨む中、俺は目の前に来た佐倉の肩にそっと手を置き、彼女の目を見据えて静かに告げた。

 

 

「彼女がここまでのリスクを冒して動いたのなら、そうせざるを得ない理由が必ずあるはずだ。佐倉、お前がその理由を聞いてやってくれ」

 

「え……わ、私が……?」

 

「ああ。被害者であり、ある程度交流したお前の言葉だからこそ、彼女の心に届く。……今から言う通りに言葉をかけてみてくれ」

 

 

俺は伊吹の心理的な防壁を崩すための言葉を、佐倉の耳元で囁いて授けた。佐倉は緊張に身体を硬くしながらも、俺の目をじっと見つめ返し、意を決したように小さく、だが力強く頷いた。

 

俺は一歩前へ出ると、伊吹を糾弾し続けているクラスメイトたちへ向けて手を挙げた。

 

 

「全員、一旦静かにしてくれ」

 

 

その一言で、騒然としていたキャンプ地に一瞬で静寂が戻る。全員の視線が集まる中、佐倉は深く息を吸い込み、一歩、また一歩と、包囲網の中心で立ち尽くす伊吹へと近づいていった。

 

 

「あ、あの……伊吹さん、少し、いいかな……っ?」

 

 

佐倉の消え入りそうな、けれど真っ直ぐな声が響く。伊吹は頑なに俯いたまま、ピクリと肩を震わせた。

 

 

「私、下着を盗まれたのは……すごく怖かったし、今でも許せないです。許せない、けど……。私、何も理由がないのに、伊吹さんがこんな酷いことをするなんて、どうしても思えないんです。だから……本当の理由を、教えてください」

 

 

静まり返ったクラスの全員が、息を呑んで2人の対峙を見守る。しかし、伊吹は固く唇を噛み締めたまま、何も答えない。罪悪感とプライド、そして元のクラスへの恐怖が、彼女の口を完全に塞いでいた。

 

沈黙に耐えかねたように、佐倉が不安げな視線を俺へと向けてくる。俺はただ、静かに目で「続けろ」と、彼女の背中を促した。俺の存在に絶対的な支えを感じたのか佐倉は、もう一度伊吹に向き直り、授けられた言葉を必死に紡ぎ始めた。

 

 

「こ、このままだと……伊吹さん、本当に退学になっちゃうと思います……! だから、せめて理由を聞かせてください。初日に、傷だらけでここに来た理由から……全部、教えてくださいっ! でないと、私も……このまま指紋検査に出すしかなくなりますっ。私だけじゃありません、下着を盗られた、全員です……!」

 

 

佐倉の必死の訴えに、伊吹の指先がかすかに震え出す。

 

 

「伊吹さん、自分の将来がどうなってもいいんですか……!? このまま黙っているくらいなら、本当のことを言ってくださいっ。でないと、伊吹さんが……ただの、最低な悪者になって終わっちゃいます……!」

 

 

感情を爆発させるように、佐倉は一気に言葉を重ねた。その瞳からは、今にも涙がこぼれ落ちそうだった。

 

 

「言ってくださいっ! 今のDクラス(元Cクラス)のリーダーに、何をされたんですか……!? 何を言われたんですか……!? せめてそれを教えてくれないと、私達だって、もう伊吹さんを許せなくなります……っ!」

 

「……っ」

 

 

その魂の叫びのような問いかけに、伊吹はついに弾かれたように顔を上げた。その瞳には、隠しきれない動揺と、痛々しいほどの葛藤が渦巻いている。

 

その絶妙なタイミングを、俺は見逃さなかった。冷徹かつ、すべてを見透かしたような声を伊吹へと突き刺す。

 

 

「言えよ、伊吹。お前たちのクラスのリーダー――龍園翔に、何をされた」

 

「……ッ!」

 

 

龍園の名を口にした瞬間、伊吹の身体が大きく跳ね上がった。

 

 

「黙っているならそれでもいい。ルール通り、俺たちは学校にお前を訴えるだけだ。だが、もし抗えない理由があるなら、ここで吐き出してみろ。内容次第だが……俺たちの対応も、それ次第で変わるかもしれないぞ」

 

 

俺の揺さぶりに呼応するように、腕を組んで静観していた茶柱先生もまた、重々しい声をかけた。

 

 

「伊吹、言わないのか。凍影の言う通り、学校が正式に動けばお前の退学は免れないぞ」

 

「い、伊吹さん……理由があるなら、言った方が良いよ……!」

 

 

後ろから王美雨が心配そうに声を上げ、井の頭も深く頷く。

 

現Cクラスメイト全員の、逃げ場のない、けれどどこか真実を求める視線が伊吹の全身に突き刺さる。

長い、痛烈な沈黙が流れた。

 

やがて、完全に退路を断たれ、佐倉たちの純粋な善意に心を折られた伊吹は、観念したように、ポツリポツリと、掠れた声で話し始めた。

 

 

「……初日に……龍園のやり方に反対した……」

 

 

一度口を開けば、堰を切ったように言葉が漏れ出す。

 

 

「だけど……あいつは、暴力の力で私を従わせた。この怪我も、全部あいつにやられたやつだ……。その上で、Cクラスの拠点に入り込んで、カードリーダーの正体を当ててこいって命じられた……!」

 

 

伊吹は悔しさに顔を歪め、ボロボロと涙をこぼしながら叫んだ。

 

 

「もし失敗したら、クラスで生きていけないような……生ぬるいじゃ済まない罰を与えるって、あいつに脅迫されて……っ! だから、下着を盗んでCクラスを混乱させて、みんながバタバタしてる隙に、誰がキーカードを持ってるか突き止めようとしたんだよ……!」

 

 

すべてをぶちまけ、激しい呼吸を繰り返す伊吹。

無人島試験の裏で蠢いていた、龍園の陰湿で冷酷な支配の全貌が、現Cクラスの全員の前に白日の下に晒された瞬間だった。

 

 

「つまり、伊吹。お前は同じクラスの生徒から、一方的に暴力を振るわれた。……そういうことだな?」

 

 

腕を組んだ茶柱先生が、どこまでも冷徹な声で事実を確認する。伊吹はその威圧感に気圧されながらも、小さく、だが拒否できない重みを持ってコクりと頷いた。

 

 

「特別試験における暴力行為は、一発で退学処分にもなり得る重大な規則違反だ。伊吹、お前が被害届を出せば、龍園をこの試験から……いや、この学園から退場させることもできるが、やらないのか?」

 

 

茶柱先生の厳しい問いかけに、伊吹は再び黙りこくってしまった。龍園の恐怖が骨の髄まで染み付いているのか、あるいはそこまでの覚悟がまだ決まらないのか、彼女はただ唇を血が出るほど強く噛み締めることしかできない。

 

クラスの誰もがその沈黙にじれる中、腕を組んだ軽井沢が、冷ややかな視線を伊吹に向けたまま口を開いた。

 

 

「ねえ、事情は分かったけどさ……結局、その伊吹さんをどうするわけ? 流石にこのまま何事もなかったみたいにここに置いておくなんて、私は絶対に嫌なんだけど」

 

 

軽井沢の至極真っ当な主張に、女子たちが同調するように頷く。

そんなクラスの空気を一瞬で掌握するように、俺は伊吹の正面へと歩み寄り、その瞳を真っ直ぐに見据えた。

 

 

「伊吹。今すぐ、龍園をここに呼べるか?」

 

「っ……!」

 

 

伊吹が弾かれたように顔を上げた。その瞳には驚愕と、わずかな怯えが混ざり合っている。

 

 

「お前の立場を守るためにも、俺は龍園と直接交渉しようと思っている。……もちろん、これだけのことをされて、ただで済ますつもりはない。俺のクラスメイトたちが黙っていないからな」

 

「それは……」

 

「――できるよな?」

 

 

俺はあえて言葉を遮り、声音に静かな圧を込めた。

所詮は中身は凡人以下の俺が放つプレッシャーだったが、精神的に弱りきっていた伊吹は、抗う気力すら湧かない様子でふらふらと立ち上がった。

 

彼女はふらつく足取りで、拠点の端にある目印の木の根元へと向かった。そして、地面を少し掘り返し、隠されていたトランシーバーを取り出した。

 

伊吹が震える指先でチャンネルを合わせ、龍園へと回線が繋がったのを見計らって、俺は彼女の手から端末を取り上げ、そのまま隣に立つ茶柱先生へと手渡した。先生を巻き込むことで、龍園に逃げ道を与えないためだ。

 

茶柱先生は端末を受け取ると、いつもの冷徹なビジネスライクの声でスピーカーに向かって告げた。

 

 

「龍園翔だな。――今すぐ、現Cクラスの井戸のスポットに来い」

 

 

トランシーバーの向こう側で、一瞬、ノイズに混じって息を呑む気配がした。

 

 

「お前のクラスの伊吹澪が、我がクラスに対して重大なルール違反を犯した。本来なら即座に学校側のペナルティ案件だが、現Cクラスの生徒がお前と『交渉』したいと言っている。……意味は分かるな?」

 

 

通信の向こうで龍園が何を言ったかは、こちらには聞こえない。だが、いくら傍若無人な龍園といえど、監視員である茶柱先生直々の呼び出し、かつ「伊吹の不祥事」という最大の弱みを握られた現実に、冷や汗を流しているのは間違いなかった。

 

それから、驚くほどの短時間で龍園は姿を現した。

トレードマークの歪んだ薄笑いを浮かべてはいるが、その目は笑っていない。

 

 

「ククッ……随分と手荒い歓迎じゃねえか、茶柱先生。うちの可愛い迷子が世話になったみたいだな?」

 

 

虚勢を張る龍園を、茶柱先生は一瞥もしないまま、事務的に事実を突きつけた。

 

 

「無駄な軽口は叩かないことだ、龍園。お前のクラスの伊吹澪が、現Cクラスの女子生徒複数名に対する窃盗、および不法侵入を行おうとした。そして――」

 

 

茶柱先生は一歩、龍園へと近づく。

 

 

「彼女自身が、お前からの『暴力による脅迫と指示』があったことを、ここにいる全員の前で自白した。……現Cクラスのリーダー特定のために下着を盗み、混乱を引き起こそうとした、とな」

 

 

その言葉を聞いた瞬間、龍園の蛇のような瞳が、鋭く伊吹へと向けられた。伊吹は恐怖に肩を震わせながらも弱々しく睨み返していた。すべてを現Cクラスの前に晒され、龍園が井戸のスポットへと引きずり出されたことで、特別試験の主導権は完全に俺たちの手に移っていた。

 

 

俺は一歩前へ出ると、トレードマークの歪んだ薄笑いを浮かべる龍園の正面に立った。冷徹極まりない視線をその蛇のような瞳へとぶつける。

 

 

「龍園。俺はお前のクラスがこの先どうなろうと知ったこっちゃない。そこにいる伊吹を含めて、お前たちのことなど正直どうでもいいんだ。俺にとって大事なのは、俺のクラスメイトたちだけだ」

 

「ククッ……くだらねえ話だ。身内ごっこかよ。で、何が言いてえんだ?」

 

 

のらりくりとした態度を崩さない龍園に対し、俺は淡々と言葉を重ねた。

 

 

「先ほど、茶柱先生に伊吹や、お前のクラスに与えられるであろうペナルティの規約を確認させてもらった。学校側による指紋検査で、6人分の下着を盗んだという判定が下れば、伊吹は一発で退学処分だ。そして、それだけじゃない」

 

 

俺はあえて言葉を区切り、龍園の目を冷たく見据えた。

 

 

「被害者である俺たちのクラスが正式に訴えを起こし、指紋検査が始まれば、学校側は徹底的な調査を行う。……当然、『誰の指示で伊吹が動いたか』までな。伊吹の証言と合わせて、お前が初日に加えた暴力行為が事実だと認定されれば、龍園――お前自身が『一発退学』、あるいは長期の停学処分になる」

 

 

龍園の蛇のような瞳が、一瞬だけ鋭く細まった。

 

俺の言葉を引き継ぐように、傍らで腕を組んでいた茶柱先生が、重々しく、しかし冷酷な補足を加える。

 

 

「凍影の言う通りだ。理由の如何を問わず、事態がここまで大きくなれば学校側も看過しない。伊吹一人の退学でDクラスが失う300クラスポイントだけでは済まないだろうな。暴力による脅迫と指示が事実であれば、首謀者である龍園、お前はこの学園にいられなくなるぞ」

 

「クククッ……やるならやれよ、先生。俺には関係ねえ話だ。そいつが勝手に暴走してやったことだろ?」

 

 

龍園はなおも鼻で笑い、あっさりと伊吹を切り捨てる素振りを見せた。自分が指示した明確な物証などない、と言いたげな態度だ。自分が退学になるなど、これっぽっちも信じていないのだろう。

 

だが、俺はその欺瞞を許さない。

 

 

「関係ないだと? 自分の手を汚さずに他人のクラスを引っ掻き回しておいて、よくもそんな白々しい態度が取れるな。伊吹はお前からの暴力と、明確な指示があったからこそ、この行動をとったと自白したんだぞ。お前一人をタダで済ませる気は毛頭ない」

 

「身に覚えがねえな。とんだ被害者面だ。証拠もなしに俺を巻き込むんじゃねえよ。俺は全くの無実だ」

 

 

どこまでもトカゲの尻尾切りで逃げ切ろうとする龍園。しかし、その身勝手な態度に、ついに限界を迎えた伊吹が激昂した。

 

 

「ふ、ふざけないでよ……!! 全部あんたが命令したことじゃない……!! 私が何のために、ここまでやりたくもないことをやったと思ってるわけ!?」

 

 

悔しさと怒りに声を震わせる伊吹。現Cクラスにとっては、自業自得であり理不尽な叫びではあったが、彼女の悲痛な怒号に、辺りは一瞬、静まり返った。

 

俺はそんな伊吹を冷徹な目で見つめた。伊吹は俺の視線に含まれた絶対的な威圧感に射抜かれ、龍園への怒りで身体を震わせながらも、それ以上は悔しそうに口を閉ざした。

 

 

「どうやら、伊吹はお前の味方をするつもりはないようだな、龍園。……すべてはお前次第だ。俺はこれだけクラス全員に疑いをかけ、不快な思いをさせたお前たちを絶対に許さない。下着を盗まれた女子たちだけじゃない、泥棒扱いされた男子も含め、クラス全員が精神的な被害を受けた。だから――俺はお前とお前のクラスに対して、これだけの条件を提示する」

 

 

俺はあらかじめ、頭の中で算段を立てて作成しておいた2枚の契約書をポケットから取り出し、龍園の目の前に差し出して読み上げた。

 

 

「『20xx年8月度時点のDクラスとCクラスは以下の契約を締結する。8月以降、Dクラスの生徒全員は、毎月各自のプライベートポイントから20,000ポイント(クラス全体で毎月計80万ポイント)を、卒業までCクラス…代表して俺、凍影雪波の個人口座に譲渡・振り込み続けるものとする。そして、本契約締結後、Dクラスは全員速やかに島からリタイアすること。Bクラスの拠点に潜り込ませている金田も含めてだ。さらに、現時点におけるDクラスのカードリーダーの情報をCクラスに提示すること。当然、Dクラス内での今後のリーダー交代などは一切認めない。』――この条件をすべて一言一句違わず呑むのなら、俺たちは伊吹を学校側に訴えることはしない、更に言うならAクラスへ各クラスのカードリーダーの情報を連絡するも禁止する」

 

「ああん? 気付いてやがったか、だが、ふざけた契約書だな。誰がそんな負け犬の条件を受けるかよ」

 

 

龍園は顔を歪め、吐き捨てるように拒絶した。だが、その傲慢な態度が、限界を迎えていた我がクラスの怒りに火をつけた。

 

 

「ふざけるな! 俺たちに散々迷惑をかけておいて、なんだその態度は!!」

 

「毎月それくらいの慰謝料を払うのは当然だろ!!」

 

「許せない……私達、やっぱり伊吹さんを訴えます! 龍園も同罪にして引きずり落としてやる!」

 

「茶柱先生、早く緊急対応をお願いします! 鞄のチャックに指紋が残っているうちに!!」

 

 

一気に龍園達を糾弾するクラスメイト。堀北もまた、氷のように冷たい視線を龍園に向け、静かに言い放った。

 

 

「本当に、反吐が出るほど身勝手なクラスね。あなたたちのような害悪は、ここで退学者を出してポイントごと潰れてもらうのが、この学校のためにもちょうど良いんじゃないかしら」

 

 

怒号と罵声がキャンプ地に渦巻き、Cクラスの空気は一気に沸騰する。

 

俺は追い打ちをかけるように、龍園へ再度、冷徹な念押しをした。

 

 

「話は決まりだな。俺たちはこれから、学校側に指紋検査をしてもらいに行く。鞄のチャックから、下着の一枚一枚に至るまで、徹底的に調べ上げる。そして、お前の暴力の証拠も含めて確定させた上で、お前たちを合法的に叩き潰す。特に龍園、お前はこの学校にいて良い存在じゃない。ここで終わりだ」

 

「交渉は決裂のようだな。では、被害者の鞄と下着をこちらで一旦回収する」

 

 

茶柱先生が、俺の意図を完璧に区分して事務的に手を伸ばした。

 

――実際には、指紋検査なんてさせられない。伊吹のバックから下着を回収する際、櫛田が触ってしまっているからな。検査をすれば、櫛田の指紋まで検出されて俺たちの裏工作がバレるリスクがある。だから、これはあくまで龍園をハメるためのハッタリだ……

 

そんな俺の内心の計算など、知る由もない伊吹は、完全に逃げ場を失った絶望から、縋るように龍園を見つめた。

 

 

「龍園……私、もう……嫌だ。もうこんな学校にいられない……。あんたの身代わりにされて、こんな奴らに惨めに見下げられるくらいなら、指紋検査でも退学でも何でも良いから、全部学校にぶちまけてやる……!」

 

 

プライドを完全にへし折られた伊吹の、悲痛な、そして龍園への当てつけのような独白。

それを見た龍園は、チッと大きく舌を打った。ここで伊吹が完全に折れて学校にすべてをぶちまければ、クラスポイントの致命傷だけでなく、自身の暴力行為による一発退学の可能性すら現実味を帯びてくる。

 

龍園は、狂犬のような目をギラつかせながらも、忌々しげに声を絞り出した。

 

 

「……待て、凍影」

 

 

龍園は契約書を睨みつけ、奪い取るようにペンを走らせると、2枚の契約書に自身のサインを刻み込んだ。

 

 

「契約を、結んでやる。不本意だがな……。だが、覚えとけよ凍影。てめえはいつか、俺が絶対にブチ殺して潰してやる」

 

「……その言葉、そっくりそのまま返してやるよ」

 

 

俺が冷たく応じると、龍園はポケットから1枚のプラスチックカードを取り出した。

 

 

「ほらよ」

 

 

乱暴に手渡されたそれを受け取る。紛れもない、Dクラスのキーカードだ。所有者の欄には『龍園翔』の名が刻まれている。Dクラスの真のリーダーは、やはり龍園本人だった。

 

 

「凍影、良いのか?」

 

「ええ…、これで我慢します」

 

 

俺はその様子を見届けながら、背後にいる櫛田の方をチラリと一瞬だけ盗み見た。

彼女はいつも通りの天使のような笑顔を張り付かせてはいたが、その胸元で、安堵の吐息をそっと漏らしているのを俺は見逃さなかった。指紋検査という最大の地雷を、龍園の自滅によって完全に回避できたのだから、ホッとするのも当然だ。

 

俺が確認するようにカードを掲げると、茶柱先生は一瞬だけ、他の生徒には見えない角度で、俺に対して『よくやった』と称賛するような、微かな、しかし確かな満足げな笑みを浮かべてみせたのだった。

 

そして何より――俺の真の狙いは、さらにその先の領域にあった。

 

龍園率いるDクラスは、葛城率いるAクラスと裏で秘密の契約を結んでいる。

原作の知識を持つ俺には、その内容がすべて筒抜けだった。

 

葛城から毎月クラス全員分のプライベートポイント(1人あたり2万ポイント、クラス全体で毎月計80万ポイント)を卒業まで巻き上げるという、あの悪魔的な契約だ。龍園がそれだけの莫大な対価を葛城から毟り取るためには、ただ無人島で節約して浮かせた「200クラスポイント分の物資」を譲渡するだけでは足りない。

 

葛城を完全に納得させるための、もう一つの決定的なカード――「他クラスのリーダー情報」の共有が絶対に必要不可欠だったはずだ。

 

しかし、今回その計画は完全に瓦解した。

伊吹はCクラスのキーカードを撮影するどころか、下着泥棒の容疑で現行犯逮捕され、デジカメも没収。何一つ成果を上げられないまま、俺の仕掛けた罠によって龍園もろとも島から強制退場させられることになった。恐らく金田もまだリーダー情報を得ているかは分からないが問答無用で強制退場だった。

 

つまり、龍園は葛城に対して、約束していたリーダー情報を何一つ共有できていない。

 

即ち――。龍園は、葛城との間で結んだ『契約の義務』を果たすことができなくなったのだ。

 

これによって、AクラスとDクラスの間の信頼関係は内側から完全に崩壊する。

 

俺がここで龍園の手足を縛り、島から叩き出したという一石は、俺たちCクラスに莫大な利益をもたらすと同時に、Dクラスという大勢力を、無人島試験の最終結果が出る前に「崩壊」のルートへと引きずり込む、最悪の遅効性猛毒だったのだ。

 

手元にある龍園のキーカードを見つめながら、俺は脳内で、すでに崩壊を始めた学園の勢力図を思い描き、静かに口元を歪めた。

 

 

 

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