ようこそ原作主人公抜きで頑張る教室へ   作:灰色の

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試験再開

 

 

「ザマア見やがれ! 汚い手ばかり使うからだ!!」

 

「プライベートポイントをぶんどってやったぜ!!」

 

 

龍園たちDクラスの面々が島を去っていった直後、ベースキャンプは文字通りお祭り騒ぎに包まれていた。須藤や池たちが拳を突き上げて叫べば、女子たちの間からも歓声が上がる。

 

 

「ふふっ、すっきりしたかも」

 

「邪魔者がいなくなった!!」

 

「これで現Dクラスとの差を広げたぜ!!」

 

「嫌な奴だったしね」

 

 

誰もが興奮気味に口々に言葉を交わす中、俺の元におずおずと佐倉が近づいてきた。周囲の喧騒を気にするように、小さな身体をさらに縮こまらせ、上目遣いで俺を見つめてくる。

 

 

「あの……私、上手くやれた…かな……?」

 

 

伊吹に揺さぶりをかけ、下着泥棒のボロを出させるための舞台装置。その大役を務めあげた佐倉は、不安そうに両手を胸の前で握りしめていた。俺は彼女の目線に合わせて、優しく微笑みかける。

 

 

「ああ、これ以上ないくらい上手い誘導だった。誇っていいぞ、佐倉」

 

「よ、よかったあ……。私、凍影くんの役にたてたんだ……っ」

 

 

俺の言葉を聞いた瞬間、佐倉は本当に安心したように、豊かな胸をなだめるように何度も撫で下ろした。その健気な姿に、心の底から感謝の手応えを感じる。

 

そんな俺たちの様子をじっと見つめていた茶柱先生が、一歩前に進み出て俺に視線を向けた。

 

 

「……もう良いか?」

 

「はい。先生がいてくれたおかげで、上手く纏まりました」

 

「そうか。引き続き試験を再開しろ。くれぐれも、足元をすくわれないようにな」

 

 

茶柱先生はそれだけ言い残すと、どこか呆れたような、しかし微かに満足そうな表情を浮かべてその場を去っていった。

 

入れ替わるように、クラスの輪にいた櫛田が、そっと俺の方へと近づいてきた。俺が静かに頷いてみせると、櫛田もまた、完璧な、そしてどこか深い信頼の籠もった笑顔を浮かべる。

彼女が夜通し伊吹を見張り、カバンに下着を戻すというファインプレーをしてくれたおかげで、現Cクラスは男女の破滅的な分裂を防ぐことができたのだ。まさに影の立役者だった。 

 

 

「ねえ、凍影くん、大丈夫? さっきの奴に『潰す』って言われてたけど……」

 

 

不意に、長谷部が心配そうな表情で歩み寄ってきた。龍園が去り際に放ったあの凶悪な捨て台詞が、やはり気にかかっているらしい。原作の知識を持つ俺からすれば、龍園の執念深さは織り込み済みだ。俺はあえて、淡々とした口調で彼女に告げた。

 

 

「俺が狙われる分には平気だ。問題は、俺の周りにいる人が狙われないかが心配だ。だから、これからは俺と距離をとってくれても構わない。その方が安全かも知れない」

 

 

彼女たちを巻き込まないための、俺なりの現実的な配慮だった。だが、長谷部はきょとんとした後、いたずらっぽく小首を傾げて笑った。

 

 

「ふふっ、何それ。そんなの安心出来ないよ。私、凍影くんに護って貰いたいな」

 

 

冗談めかした、しかしどこか本気を含んだような長谷部の言葉。

──その瞬間、すぐ隣にいた櫛田の視線が、スッとガラスのように冷たく、厳しくなったのを俺のセンサーが捉えた。長谷部への明確な牽制と、独占欲。表の笑顔の下にある彼女の歪んだ本性が、一瞬だけ顔を覗かせた。

 

お祭り騒ぎの空気は良いが、これ以上の滞在はただの時間ロスだ。俺は意識を切り替え、平田に声をかける。

 

 

「平田、指示を頼む。俺は須藤と三宅とスポット占有に向かうから」

 

「あ、そうだったね。こうしちゃいられない。みんな、気をつけて」

 

「行ってらっしゃい、凍影くん」

 

 

櫛田が何事もなかったかのように、聖母のような満面の笑顔で手を振る。

「き、気をつけてね……」と、佐倉も優しく、名残惜しそうに声をかけてくれた。

俺は背中でそれを受け止め、片手を軽く上げて応えながら、須藤と三宅を連れて森の奥へと走り出した。

 

数時間後、島内を駆け巡った俺たちは、いくつかのスポットを確認して回っていた。

 

 

「川と小屋、それからスイカ畑のスポットは大丈夫だったな」

 

「ああ、ここは俺たちの名義がしっかり生きてる」

 

 

だが、すべての場所が思い通りにいくわけではなかった。一番の痛手は、高台のスポットだった。

 

 

「クソっ、龍園達のせいで、稼げなかったぜ……!」

 

 

須藤が悔しげに拳を震わせる。高台のスポットは、すでにAクラスの葛城たちに奪われていた。俺たちが伊吹や龍園との対応で数時間をロスした隙を、あの堅実な男が見逃すはずもなかった。他にも4箇所のスポットがAクラスの手へと渡ってしまっている。

 

 

「気にするな、須藤。最悪の事態を防いで、これだけのプライベートポイントとスポットを維持できたんだ。十分すぎる戦果だ」

 

 

三宅が須藤の肩を叩いて宥める。時間は巻き戻せない。だが、このロスも織り込み済みだ。俺は手際よく動くと、自分たちの領地であるスイカ畑から、実ったスイカを幾つも手際よく回収し、自分の大きなカバンへと詰め込んでいった。

 

 

「さあ、戻るぞ。ベースキャンプに戻ったら、クラスの皆でこれを食べよう」

 

「おう、スイカか! テンション上がるじゃねえか!」

 

 

奪われたスポットへの悔しさを吹き飛ばすように、須藤が笑う。

龍園という最大の爆弾を処理し、莫大な利権をもぎ取った5日目。俺たちは確かな戦果と、少しばかりの甘い手土産を携えて、待つ者たちの元へと帰路についた。

 

 

無人島試験、5日目の夜。

ベースキャンプが静まり返った頃、俺は平田と櫛田の二人を少し離れた場所に呼び出した。拠点である井戸のスポットから十分に距離を取り、周囲に誰もいないことを確認してから本題を切り出す。

 

 

「急に呼び出して悪かったな。明日の動きについて、二人に相談しておきたいことがあるんだ」

 

 

平田は少し不思議そうに、櫛田はいつも通りの人当たりの良い笑顔を浮かべて俺の言葉を待っている。

 

 

「実は昨日の夜……俺、Aクラスのカードリーダーを突き止めたんだ」

 

「えっ……!?」

 

 

平田が驚きに目を見張り、櫛田も一瞬だけ目を見開いた。

 

 

「だから、このままいけば俺たちはこの無人島試験で確実に1位を取れる。他クラスの動向を考えても、トップ通過は間違いない状況だ」

 

「それは……凄いよ、凍影くん! 1位を取れれば、クラスポイントも一気に跳ね上がるね!」

 

「うん、凄いいい話だと思うな、 流石は凍影くんだね」

 

 

 

素直に喜びを口にする二人。しかし、俺のシミュレーションはその先を見据えている。俺は声を一段と落とし、真剣な眼差しで二人を見つめた。

 

 

「──だが、今回の試験で派手に大勝すると、上位クラスから徹底的に警戒される。だから、今回はあえて1位を狙うのはやめた方が良いと思ってるんだ」

 

「……え?」

 

「……? どういうこと、凍影くん?」

 

 

二人は文字通り『?』といった表情を浮かべた。トップを目指すのがこの学校のルールである以上、あえて勝利を譲るような俺の提案は、彼らにとって「ちょっと言ってる意味が分からない」という状態なのだろう。俺は丁寧に理由を紐解いていく。

 

 

「俺たちは今、現Dクラス──つまり龍園たちのクラスとの戦いで手一杯だ。あのクラスは一度引いたとはいえ、今後も執拗に俺たちを揺さぶってくるだろう。そんな状況で、さらにAクラスやBクラスといった上位陣まで一斉に牙を剥いてきたら、とてもじゃないが今のクラスメイトたちを護りきれない」

 

「……あ」

 

 

平田がハッとしたように息を呑み、静かに視線を落とした。

 

 

「……確かに、そうかもね。今回目立ちすぎれば、次の特別試験からは僕たちが集中砲火を浴びる標的になる」

 

「でも、具体的にどうするの?」

 

 

 

首を傾げる櫛田に向けて、俺はポケットから『あるもの』を取り出して見せた。それは、今朝、龍園との取引で文字通り強奪した、現Dクラスのカードリーダー情報が記されたものだ。

 

 

「これを使う。このカードの情報を他クラスに見せて、恩を売ろうと思うんだ。そして今回の試験で仮にうちが上位に食い込んだとしても、彼らから敵対されないような関係値を事前に作っておく」

 

「……成る程、同盟ってわけでもないけど、お互いに矛を収める停戦状態に持ち込むんだね」

 

 

平田が俺の意図を正確に汲み取る。さすがに察しが良い。俺は深く頷き、さらに言葉を続けた。

 

 

「うちのクラスは確かに、例年の最下位クラスに配属されたメンバーよりは、ポテンシャルの高い優秀な人達が多いと思う。だけど、その分問題も結構ある。それに、お世辞にも成績が振るわない人達も多い。今だって、俺たちでそいつらの短所を無理してカバーして、やっとこの状態を維持できているのが現実だ」

 

「あ、私、それ分かるかも……」

 

 

櫛田が切なげに眉をひそめ、同意するように呟いた。

 

 

「池くんや山内くん、それに井の頭さんみたいに、危なっかしい子はたくさんいるもんね。もし上位クラスから本気で攻撃されて、そういう弱い子が狙われたら……本当に大変なことになっちゃう」

 

「そういうことだ。この穴だらけのクラスが上に行くには、まだ時期尚早なんだよ。個人のスペックはともかくとして、今の俺たちのクラスが総合力でAクラスやBクラスに勝てるとは思わない」

 

 

冷徹とも言える俺の現状分析。クラスの崩壊を何より恐れる平田にとって、この言葉は重く、そして深く突き刺さったようだった。平田は少しの沈黙の後、確認するように俺に問いかけてきた。

 

 

「……ちなみに、凍影くん。龍園くんのクラスには勝てると思ってるのかい?」

 

「ああ。龍園次第だが、あのクラスになら勝てる」

 

 

確信に満ちた俺の返答に、櫛田も「ふふっ」と満足そうに笑顔で頷いた。すでに龍園を島から叩き落とした実績がある以上、俺の言葉には絶対的な説得力があった。

 

 

「そうか……」と平田が小さく笑う。

 

「暫く上位クラスとは戦わずに、龍園のクラスとだけ戦う事にしよう。その方が安全だ」

 

 

俺の方針を聞き、平田は深く納得したように頷いた。しかし、すぐに一つの疑問に突き当たったようで、眉をひそめて尋ねてくる。

 

 

「それもそうだね。だけど……葛城くん達が、そんな提案を素直に受け入れるかな?」

 

「葛城は今、クラス内での坂柳との派閥争いに手一杯だ。無人島というイレギュラーな環境も含めて、心理的にはかなり追い詰められているはず。故に、今は体裁を保てる同盟相手が喉から手が出るほど欲しいところだろう。あいつとの交渉は俺に任せてくれ」

 

 

俺が不敵に言い切ると、平田は何かを察したように目を見開いた。

 

 

「もしかして……Aクラスの葛城くん達を、今回の試験で勝たせるつもりかい?」

 

「そうだ。因みになんだが、葛城と坂柳のどちらがうちのクラスにとって危険かなんだが──坂柳の方が圧倒的に危険だ」

 

「……危険、というと?」

 

 

俺は原作知識から弾き出した未来の予測を、静かに平田に告げる。

 

 

「葛城は良くも悪くもルールを重んじる堅実な男だ。戦うとしても、退学まで追い込むような非道な真似はしてこない。だけど坂柳は違う。あいつは龍園以上に、邪魔者を徹底的に退学に追い込む戦法で仕掛けてくるらしい。だから、Aクラスは葛城がリーダーのままいてくれた方が、俺たちにとってはるかに安全なんだよ」

 

「それは……怖いね……」

 

 

平田はゴクリと息を呑み、ゾッとしたように身震いしながら呟いた。龍園の狂気を見たばかりの平田にとって、「それ以上の化け物が退学を仕掛けてくる」という俺の言葉は、恐ろしいほどのリアリティを持って響いたのだろう。

 

 

「そういうわけだ。だから明日は、俺たちの安全を確保しつつ、Aクラスの一部とBクラスをそれぞれ味方に引き入れてくる」

 

「うん……分かったよ、凍影くん。みんなの安全のためにも、その作戦で行こう」

 

 

平田がどこか安心したように、穏やかな笑みを浮かべた。

こうして、2大巨頭の承認を得た。

 

暗闇に包まれた無人島の夜、俺たちのクラスが次なるステージへ進むための、密かな外交戦略が決まった。

 

 

「それじゃあ、僕は先に戻ってみんなの様子を見ておくよ。二人とも、遅くなりすぎないようにね」

 

 

平田はそう言って、俺たちの作戦に心からの信頼を寄せながら、一足先にベースキャンプの方へと歩いていった。

彼の背中が完全に闇に溶け込み、周囲に正真正銘、俺と櫛田の二人だけになる。

 

すると、それまで聖母のような微笑みを浮かべていた櫛田の表情が、フッと消えた。

彼女は小さくため息を吐くと、髪をかき上げながら、吐き捨てるような低い声で本音を漏らした。

 

 

「本当、うちのクラスってどうしようもないよね。平田くんは良い人だけど甘いし、池くんや山内くんは足引っ張るだけ。私と凍影くんがいないと、なぁんにも出来ないんだもん」

 

 

表の『みんなのアイドル・櫛田桔梗』なら絶対に口にしない、クラスメイトたちへの痛烈な見下しと嫌悪。だが、すでに過去の秘密(原作知識によるものだが)を言い当てられ、自分を受け入れられている俺の前だからこそ、彼女はこうして何の躊躇もなく裏の顔を晒している。

 

俺はそんな彼女の冷めた横顔を見つめながら、淡々と同意の言葉を返した。

 

 

「ああ、櫛田の言う通りだ。だからこそ、このまま急いであいつらをAクラスに押し上げたとしても、間違いなく俺と櫛田にかかる負担が倍増するだけだ。他クラスからの攻撃を俺たち二人で全部防ぎながら、内側の介護までさせられる。そこまでして勝つ気は俺にはないよ」

 

「……」

 

「それぞれが自分たちの抱える問題を解決するか、あるいはもっとマシに成長してからじゃないと、やってられないからな」

 

 

俺の言葉は、単なる愚痴ではなく、この学校を生き抜くための極めて合理的な計算だった。だが、櫛田にとってはそれ以上の意味を持ったようだ。

『私と凍影くん』という、クラスを裏から支配する優秀な二人の連帯。自分と同じ目線で、同じだけの負担を感じ、それを理解してくれている存在。

 

櫛田は一瞬だけ驚いたように目を見開いた後、心の底から嬉しそうな、どこか艶然とした笑顔を浮かべて俺に擦り寄ってきた。

 

 

「ふふっ、そうだよねっ! 私たちがこれ以上頑張ってあいつらのために犠牲になる必要なんて、どこにもないよね」

 

 

弾んだ声。彼女の瞳には、俺に対する深い依存と、二人だけの秘密を共有していることへの歪んだ優越感がギラギラと宿っていた。

 

 

「ああ。利用できるものは利用するが、背負い込む必要はない。戻ろう、櫛田」

 

「うんっ、凍影くん!」

 

 

さっきまでの冷徹な空気はどこへやら、櫛田は再び可憐な少女の笑顔を作り、俺の斜め後ろを満足そうに付いてくる。

クラスを護るという大義名分の裏で、俺と櫛田の『共犯関係』は、この無人島の闇の中でより一層深く、強固なものへと変わっていた。

 

 

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