ようこそ原作主人公抜きで頑張る教室へ 作:灰色の
無人島試験、6日目。
昨夜の計画通り、俺と櫛田は一之瀬帆波が率いるBクラスのキャンプ地を訪れていた。
「あ、桔梗ちゃん! それに凍影くんも! どうしたの、わざわざうちのベースキャンプまで来てくれるなんて」
俺たちの姿を認めると、一之瀬はトレードマークのひまわりのような笑顔を咲かせて駆け寄ってきた。一之瀬と櫛田はすでに友人関係を築いている。彼女が同行してくれたおかげで警戒されることもなく、本題への会話のハードルは驚くほど簡単にクリアできた。
「実はね、一之瀬さん。昨日私たちのクラスでちょっとした事件があって……」
櫛田が困り顔を作りながら、伊吹の件、そして龍園たちのクラスが全員リタイアして島を出て行った経緯をかいつまんで説明した。
「そっか……。金田くんが急にリタイアしたって聞いてみんなで心配してたんだけど、そんな事があったんだね」
一之瀬は胸の痛むような事件の真相に、痛ましそうに眉をひそめて納得した。
話が共有できたところで、俺は一之瀬の隣で終始鋭い視線をこちらに投げかけていた男──神崎隆二にもはっきりと分かるように、ポケットから一枚の紙切れを取り出した。そこには、龍園から奪い取った旧Cクラスのキーカード(カードリーダー情報)がはっきりと記されている。
「これは……龍園たちのクラスのリーダー情報か?」
神崎が即座にその価値を見抜き、一歩前に進み出てきた。俺は淡々と頷く。
「ああ、お裾分けだ。最終日にリーダー当てのペナルティを気にせず、確実にポイントを稼ぐと良い」
あまりにも無防備、かつ破格すぎる情報の提供。神崎は信じられないといった様子で俺の手元と俺の顔を交互に見つめ、それから低く、詰問するような声を絞り出した。
「……意味が分からないな。有り難く受け取らせては貰うが、本当に良いのか? 凍影。俺たちのリーダーを当てられない限り、お前たちがこの無人島試験で1位を取るチャンスをわざわざ自らドブに捨てることになる。何故、敵であるはずの俺たちを勝たせるような真似をする」
合理的で冷徹な神崎からすれば、この取引は罠か、あるいはただの自殺行為にしか見えないのだろう。
「本当に見せて貰って良かったの……?」と、一之瀬も嬉しさより先に、俺たちへの申し訳なさそうな戸惑いを瞳に浮かべている。
俺はあらかじめ用意していた建前を口にする。
「平田の提案なんだ。俺たちのクラスは、これ以降も特別試験を通じてBクラスとは良好な関係、つまり仲良くしたいと思ってる。これはその対価、と言った所だ」
俺の言葉に、一之瀬は「そっか、平田くんが……」と、胸を打たれたように瞳を揺らした。だが、隣に立つ男のガードは未だに崩れない。
腕を組んだまま、俺の腹の底を探るようにじっと睨みつけてくる。
「……信じられるか。あの平田という男なら、確かにそういう綺麗事を並べるかもしれない。だが凍影、お前はどうなんだ? お前ほどの男が、そんな甘い理想論だけで、無人島を圧倒的優位に進められる特大のボーナスをやすやすと他人に譲るはずがない」
神崎の指摘は、ある意味で極めて正しい。彼は一之瀬とは違い、現実的な損得と冷徹なリスク計算で動く男だ。裏に隠された俺の思惑──上位クラスから集中砲火を浴びるリスクを避け、Bクラスを盾にする戦略──を、何としてでも暴こうと鋭い言葉を投げかけてくる。
「神崎くん、そんな言い方……っ」
「一之瀬、お前は少し黙っていてくれ。これはクラスの死活問題だ」
一之瀬が宥めようとするのを片手で制し、神崎は俺への包囲網を狭めるように一歩、足を進めた。
「情報をもらえるのは有り難いが、あまりにも美味すぎる話には必ず裏がある。実はそのリーダー情報が偽物で、俺たちにペナルティのマイナス50ポイントを踏ませる罠なんじゃないのか? あるいは、これを受け取った後で、俺たちにそれ以上の無理難題を突きつける布石か……。お前の本当の狙いを吐いてもらおう」
腕を組んだまま、完全に警戒のポーズをとる神崎。彼の頑なな態度のせいで、場には重苦しい沈黙が流れ、一之瀬もハラハラとした様子で俺たちの顔を見比べている。
これ以上の押し問答は時間の無駄だ。
これ以上、下手に下手にと出ていれば、この男はどこまでも勘ぐり続けて交渉が決裂しかねない。ここからは『対等な交渉者』としての強気な姿勢を見せる局面だ。
俺はあえて、ふっと笑みを消し、冷徹な声のトーンを神崎にぶつけた。
「……随分と怪しむんだな、神崎。俺はこれ以降も仲良くしたい、いわば同盟を前提とした関係を結ぶつもりでここに来た。それなのに、これだけのリーダー情報を持ってきたのを受け取らないと言うことは……もしや、お前たちは俺たちのクラスを舐めてるのか?」
「何……?」
「龍園クラスのリーダー情報という特大のボーナスがなくとも、自分たちは俺たちのクラスに余裕で勝てる。俺たちの存在なんて最初から眼中にはない、そう言いたいわけか?」
あえて挑発的に、そしてこちらのプライドを傷つけられたという風を装った揺さぶり。
これには、神崎の隣にいた一之瀬が「えっ!? ち、違うよ!」と目に見えて焦り始めた。Bクラスの理念として、他クラスを蔑むような真似は絶対に避けたいはずであり、何より良好な関係を望んでくれた平田たちの好意を無下にすることは一之瀬の正義が許さない。
「そんなこと絶対に思ってないよ! 凍影くんたちの気持ち、凄く嬉しいし……! そっか〜、じゃあ遠慮なく、ありがたくポイント取っちゃうよ!」
一之瀬はこれ以上の誤解を防ぐため、そして俺たちの『誠意』を受け入れるために、神崎を制するように両手を合わせて元気よく微笑んだ。これで話は決まった。一之瀬が受け入れると言った以上、神崎に拒否権はない。
神崎はまだどこか腑に落ちないといった様子で俺を睨んでいたが、ボスの決断と、差し出された実利の大きさに免じて、それ以上の追及を諦めたように深くため息を吐いた。
「……分かった。一之瀬がそう言うなら、この情報は有効に使わせてもらうぞ」
こうして、交渉は滞りなく成立した。
一之瀬の善意と、神崎の合理性の両方に楔を打ち込み、俺と櫛田は彼らのキャンプ地を後にした。
一之瀬たちとの交渉を終えた俺と櫛田が最後に向かったのは、Aクラスが拠点にしている洞窟のスポットだった。
「現Cクラスの凍影と……櫛田か。何の用だ」
洞窟の奥から姿を現したのは、精悍な顔つきをした大柄な男──葛城康平だった。その鋭い眼光からは、他クラスへの強い警戒心が隠しきれておらず、周囲にはピリピリとした緊張感が漂っている。
「葛城、俺からお前に個人的な話がある。ちょっと顔を貸してくれ」
「個人的な話だと?ここで話せない事なのか?」
「ああ。誰もいない、静かな場所で話そう」
葛城は一瞬、俺の隣に立つ櫛田に視線を向け、それから小さく頷いた。
俺は葛城を連れて、洞窟から少し離れた鬱蒼とした森の中へと入っていく。今回は基本的に俺がほとんど話すことになるため、櫛田には一歩下がった位置で静かに見守ってもらう形をとった。彼女には見張りを任せる。
木々に囲まれ、完全に周囲の目が遮断された場所で足を止めると、葛城が腕を組んで俺を促してきた。
「さて、話を聞こうか。わざわざ俺を呼び出した理由を」
警戒を解かずに対話をする姿勢に内心俺は彼らしいと思いながらも口を開いた。
「葛城、多分お前はまだ知らないだろうから先に話しておく。昨日の朝、お前が裏で契約を結んでいた旧Cクラスは、龍園も含めて全員がリタイアして島を出て行った」
「何っ……!?」
葛城の顔に、明らかな動揺が走った。
俺は淡々と、龍園たちのクラスが下着泥棒という卑劣な手段を使い、俺たちのクラスを内部崩壊させようとして自滅した経緯を説明した。話を聞き終えた葛城は、苦虫を噛み潰したような非常に苦い表情を浮かべた。根が真面目で規律を重んじる彼からすれば、龍園たちがここまで酷い、倫理を欠いたやり方をするとは夢にも思っていなかったのだろう。
動揺する葛城に向けて、俺はさらに言葉を重ねる。
「そういうわけだ、葛城。お前が龍園と具体的にどんな契約を交わしたのかは、細かくは知らない。だが俺の推測では──恐らく龍園クラスの200ポイント分の物資とリーダー情報を引き換えに、Aクラスが龍園に対して巨額のプライベートポイントを卒業まで引き渡す、そんな契約を締結したんだろう?」
「くっ……そこまで見抜いているのか」
葛城の額に、うっすらと汗がにじむ。
「だが、龍園たちが全員リタイアして、リーダー情報を正式にお前たちに与えていない以上、その契約は履行されない。結果的にお前たちは、龍園にプライベートポイントを渡さずに済んだわけだ。まあ、ラッキーだったと思うと良い」
「……気づいていたのか。そう言う話か。だが、わざわざそれを俺に告げに来ただけではあるまい。お前の本題は何だ?」
防衛本能を刺激された葛城が、俺を強く睨みつけてくる。俺はその視線を真っ向から受け止め、あえて静かに、かつ決定的な一撃を放った。
「──Aクラスのカードリーダーは、戸塚弥彦だろ」
その瞬間、葛城の顔が一瞬にして強張った。それを、俺の目は絶対に見逃さなかった。息を詰める葛城に対し、俺は手のひらを向けて宥めるように言う。
「そう身構えるな。別にお前たちのクラスのリーダーを当てる気はない。ペナルティを課すつもりはないと、ここで誓っても良い」
「ならば……お前の真の目的は何だ。手の内を明かし、リーダーを知りながら、何故それを利用しない」
困惑を極める葛城の目の前に、俺は一之瀬にも見せた『龍園のキーカード情報』が記された紙を差し出した。
「これが龍園のクラスのカードリーダー情報だ。これをお前に見せてやる」
「何……!?」
「簡単なことだ。今回は手を組もうぜってことさ。それに葛城、お前次第では、今後も俺がお前を助けてやる」
あまりにも破格の提案に、葛城は完全に黙りこくってしまった。何を疑うべきか、思考が追いついていない様子だ。俺はさらに、内に秘めた『大義』を語るように熱を込めて話し続けた。
「俺個人としての意見なんだが……こんな卑劣な方法をとる龍園や、あるいは、他者を不幸にする可能性がある坂柳有栖のような人間が、クラスのリーダーを仕切るのは見過ごせないんだ」
葛城の眉が、坂柳の名前が出た瞬間にピクリと跳ねた。彼は黙って俺の言葉を聴き続けている。
「彼らのような人間がリーダーになれば、俺たちのクラスだけでなく、この学校全体から多くの退学者が出る恐れがある。俺は、ただクラス間闘争で勝つことよりも、クラスメイト全員で欠けることなくこの学校を卒業したいと思ってるんだよ」
「……坂柳の事を、随分と知っているみたいだな」
葛城が、値踏みするような視線で俺を見つめる。
「まあ、薄々とだがな。……それと、これは耳寄りな情報だ。因みに俺は、4日目の夜、お前のクラスの橋本が、龍園にお前たちのカードリーダーが戸塚であることを密告している現場を見たぞ」
「何っ……!!」
葛城の目が、今日一番の驚きで見開かれた。身体がワナワナと震え、信じられないといった様子で絶句している。
「真実だ。だが、これだって今からリーダーをリタイアさせて交代させれば十分に防げる。俺たちは絶対に当てないが、他のクラスへの対策としてどうするかは、葛城、お前の好きにすると良い。……それでだ。俺は、こんな風に人を陥れるやり方をする坂柳やその仲間に、この学校の支配者になってほしくない。どんな戦いであれ、人間として最低限の倫理観を持つべき人間が上に立つべきだ。……そうは思わないか?」
「……そう、だな。お前から聞いた話が本当なら、龍園や坂柳のやり方は……人を不幸にするものだ。断じて看過できるものではない……」
葛城は深く目を閉じ、葛藤するように思案した。彼の持つ強い正義感と、坂柳への危機感が完全に合致した瞬間だった。俺は、その背中を決定的に押しにいく。
「だから葛城。お前には今後も、Aクラスのリーダーを続けて欲しいんだ。退学者を出さない方針を持ち、人を真っ直ぐ引っ張っていく素質のあるお前こそが、Aクラスの真のリーダーに相応しいと、俺は本気で思っている」
俺の真っ直ぐな言葉を受け、葛城は自分の大きな掌を見つめ、どこか自信なさげに呟いた。
「……俺に、そこまでの大役が出来るか分からないぞ。坂柳の求心力は、俺が思っている以上に強大だ」
俺は不敵に笑い、彼の肩を叩いた。
「大丈夫だ。今回の無人島試験は、俺の言う通りにしろ。必ずお前を勝たせてやる」
俺達の器の大きさに圧倒されたのだろうか、葛城はただ、小さく息を呑んで頷くことしかできなかった。
櫛田が周囲の気配を完全に遮断するよう鋭い視線で辺りを見張り続ける中、葛城は俺の意図を測りかねるように低い声を出した。
「……お前の大義は分かった。だが、それほどのリスクと情報を俺に与えて、お前は俺に何を要求するつもりだ」
見返りの大きさに警戒を強める葛城。俺はフッと口元を緩め、彼にとって最も現実的で、かつ抗えない『利益』を提示した。
「要求じゃない、提案だ。今回、葛城は龍園と契約を結んだ。その結果、俺たちCクラスと龍園たちの間で揉め事が起きて、龍園たちは勝手に自滅して契約不履行になった。お前たちAクラスは対価を一切支払わずに済み、結果として龍園たちから無償で物資だけを受け取るという、完全な『棚ぼた』で得する形になったわけだ。……そのことなんだがな」
俺は言葉を区切り、真剣な眼差しで俺を凝視する葛城に一歩近づいた。
「龍園たちが俺たちのクラスで卑劣なやらかしをした件──これをさ、葛城。お前は最初から『契約の時点でこうなることを見越していた』ってことにするんだよ」
「……何?」
「お前は龍園と契約を交わした後、裏で俺たちCクラスに上手く助言を与えた。その結果、俺たちをチェスの駒のように動かして、龍園たちを島から追い出すことに成功した……。そういう『体』でAクラスの連中に説明して、葛城、お前自身の株を劇的に上げて欲しいんだ」
「なっ……!?」
葛城は驚愕のあまり大きく目を見開いた。そのあまりにも謀略に満ちた、しかし完璧な絵描きの提案に、彼の堅物な思考が激しく揺さぶられているのが分かる。
「そんなやり方があるのか……しかし、そんな嘘を……! 凍影、お前たちはそれで本当に良いのか……!?」
「ああ、構わないさ。そうすればAクラスの奴らは、葛城康平という男の計略のおかげで、龍園のクラスの物資を使って何一つ不自由なく無人島試験を突破した上に、本来支払うはずだった莫大なプライベートポイントを払わずに済んだと思い込む。これほど完璧なリーダーの姿はないだろ? 坂柳の下についてお前を軽視している奴らだって、全員がお前を見直さざるを得なくなる」
あまりの規格外の提案に、葛城は完全に絶句した。呼吸を忘れたように俺を見つめ、拳を強く握りしめている。
「……俺に、クラスメイトへ嘘をつけと言うのか。そのような不誠実な真似、俺の矜持が許さん」
「必要経費だ。俺たちをどれだけ悪者に、あるいは都合の良い手駒として使ってくれても一向に構わない。それにだ、葛城──」
俺は声を一段と低くし、彼の心臓を掴むように冷徹な、しかし絶対的な正論を突きつけた。
「結果として、誰も理不尽に退学させられない、安全な学園が出来上がるためなら……これくらいの泥を被って嘘を吐かないと、そんな理想郷は絶対に創り上げられないぞ」
「くっ……」
「葛城。お前にとって、クラスの『みんなが幸せになるための嘘』と、お前個人が大事にしたい『
「それは……」
葛城の顔が、苦渋と葛藤で激しく歪んだ。
彼は本来、曲がったことを嫌う実直な男だ。しかし同時に、仲間を想う責任感は誰よりも強い。俺が突きつけたのは、「お前の安っぽいプライドのせいで、坂柳にクラスを明け渡して多くの退学者を出すのか?」という、究極の選択だった。
長い沈黙が、重苦しく三人の間に流れる。
隣で様子を窺っていた櫛田が、表の顔のまま、どこか冷ややかな、それでいて楽しむような笑みを微かに浮かべた。
やがて、葛城はゆっくりと天を仰ぎ、深く、深く、肺にあるすべての空気を吐き出すようなため息を漏らした。その肩の力が、諦念とともにストンと落ちる。
「……分かった。お前の言う通りだ。個人の意地のために、クラスを、この学校を誤った方向へ導くわけにはいかない」
葛城は覚悟を決めたように、鋭く、それでいて吹っ切れた目を俺に向けた。
「凍影、お前の提案に乗ろう。俺は……みんなを護るための嘘を吐く。そして、何としてでもAクラスのリーダーの座を死守してみせる」
「その意気だ。じゃあ、無人島特別試験の最終盤──俺の言う通りに動いてもらうぞ」
俺は満足げに微笑み、彼と固い握手を交わした。
坂柳有栖という強大な怪物に対抗するための『偽りの英雄』が、今、俺の手によって作り出された瞬間だった。