ようこそ原作主人公抜きで頑張る教室へ   作:灰色の

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最終日

 

 

8月7日。長かった無人島での過酷な生活が、遂に終わりを迎える。

 

 

『ただいま特別試験結果の集計をしております。発表まで暫くお待ちください。既に試験時間は終了しているため、各自飲み物やトイレを希望する場合は休憩所をご利用ください』

 

 

スピーカーからそんなアナウンスが流れ、緊張の糸が切れた現Cクラスの面々も、例外なく指定された休憩所へと集まっていた。

砂浜に設営された大きな仮設テントの下には、簡易的なテーブルやパイプ椅子がいくつも用意されており、過酷なサバイバルを生き抜いた身体を休めるには十分な場所だった。

 

俺が空いている椅子に深く腰を下ろすと、少し離れた隣のテーブルからは女子たちの賑やかな話し声が聞こえてくる。そこでは櫛田と佐倉、そして松下と軽井沢がひとつのテーブルを囲んで楽しげに話をしていた。無人島でのサバイバルや下着泥棒の危機を乗り越え、信頼を固めた彼女たちの表情は、どこか晴れやかだ。

 

 

「色々あったな。炎天下の中、俺のルート構築に合わせて何度もスポット巡りに付き合ってくれて助かったよ」

 

 

俺が隣の椅子に座る三宅に声をかけると、三宅はふっと息を吐き出し、穏やかな笑みを浮かべた。

 

 

「気にすんな。あちこち歩き回されて体力は持っていかれたけどな。……まあ、終わってみれば悪くない試験だったよ」

 

 

視線を少しずらすと、須藤が平田と肩を並べて親しげに話し込んでいるのが見えた。入学当初の荒々しさが消え、この特別試験を通じて二人は随分と仲良くなった様子だ。クラスの男の代表格の2人が強固に結びついたのは、今後のクラス運営にとっても小さくない収穫だった。

 

そんな風に俺と三宅が椅子に座って一息ついているところへ、長谷部が歩み寄ってきた。

 

 

「二人とも、お疲れ様。はい、みやっち」

 

 

長谷部はそう言って、両手に持ってきた紙コップのうち、ひとつを三宅に手渡した。冷たい麦茶を受け取った三宅が「サンキュ」と口にするのを見届けると、長谷部はもうひとつのコップを俺の目の前へと差し出してきた。

 

 

「はい、凍影くんの分。冷たいうちにどうぞ」

 

「ああ、ありがたい」

 

 

俺がコップを受け取ると、指先から伝わる心地よい冷たさに、サバイバルで火照っていた身体がホッとするのを感じた。長谷部は俺の隣にすっと腰掛け、俺たちの様子を覗き込むようにして、軽く話しかけてきた。

 

 

「どう? 結構大変だったでしょ、この一週間。凍影くん、ずっとあちこち走り回ってて、全然休んでる風に見えなかったからさ。倒れちゃわないかちょっと心配だったんだよね」

 

「そうか? まあ、体力にはそれなりに自信があるからな」

 

 

俺が麦茶を喉に流し込みながらそう返すと、長谷部はいたずらっぽい視線を俺の方へと向けてきた。

 

 

「ねえ……みやっちから聞いたよ? 実は今回の無人島試験、表向きはみやっちがカードリーダーになってたけど、本当のリーダーは凍影くんだったんだって?」

 

「……まあな。三宅には泥を被ってもらう形になっちまったけど、実務は俺が引き受けてた」

 

 

俺が素直に認めると、長谷部は「ふーん」と納得したように小さく顎を引いた。

 

 

「そういう事か〜。なんか、どうりでみやっちが素直にリーダーなんて大役を受け入れたかと思ったよ。凍影くんって、表には出さないけど結構いろんなこと考えてるんだね。……ねえ、これから凍影くんのこと、ゆっきーって呼んで良い?」

 

「おい長谷部、それだと俺が全部凍影に役割を押し付けられて、名前だけの偽カードリーダーを嫌々やったみたいじゃないか」

 

 

三宅が心外そうに眉をひそめて突っ込むと、長谷部は「冗談だよ」と楽しそうに声を上げて笑った。

 

 

「冗談だってば。みやっちも炎天下の中、ゆっきーのサポートよく頑張ったと思うよ」

 

 

三宅の健闘を素直に称えて微笑むと、長谷部は再び俺の方を真っ直ぐに見つめてきた。心なしか、その距離が少しだけ近い。

 

 

「ねえ、ゆっきー。これ終わって船に戻ったらさ、私と連絡先交換してくれない?」

 

「連絡先? 別に良いけど……ていうか、ゆっきー……って……」

 

 

あまりにも自然に呼ばれた聞き慣れない響きに、俺が戸惑いを口にすると、長谷部は満足げに目を細めた。

 

 

「雪波だから、ゆっきー。ほら、響きも可愛いし、親しみやすくて良いと思わない?」

 

「……まあ、そうだな」

 

 

俺は少し圧倒されながらも、小さく頷いた。長谷部のような一歩引いたポジションにいる生徒と仲良くなれるのは、俺にとっても純粋に嬉しいことだ。だが……そのあだ名は男としてはちょっと気恥ずかしいというか、なんというか。まあ、本人が気に入っているなら良いか、と思っていると──。

 

 

「ねえねえ、二人とも何話してるの〜?」

 

 

後ろから、鈴の鳴るような明るい声と共に、櫛田がひょっこりと顔を出してきた。その目は営業用の完璧な笑顔だったが、俺のセンサーは、彼女が長谷部と俺の距離感を一瞬で値踏みしたのを察知していた。

 

 

「あっ、きょーちゃん。あのね、私これから凍影くんのことは雪波だから『ゆっきー』って呼ぶ事にしたんだ」

 

 

長谷部が屈託のない様子で、自分が付けた櫛田のあだ名を呼びながら報告する。すると櫛田は一瞬だけ瞳の奥の光を冷たく尖らせたが、次の瞬間にはいつもの愛くるしい笑顔で手を叩いた。

 

 

「あははっ、面白〜い! ゆっきー、かぁ。じゃあ私はこれから、凍影くんの事を『雪波』って名前で呼ぼうかなっ。……ねえ、ところで長谷部さんは、三宅くんのことは明人くんって呼ばないの?」

 

 

櫛田は小悪魔的な笑みを浮かべながら、長谷部に視線を向けた。長谷部が俺を下の名前由来のあだ名で呼ぶなら、三宅のことも下の名前で呼ばないとおかしい、という彼女なりの鋭い牽制と揺さぶりだ。裏の独占欲が見え隠れする櫛田らしい切り返しだったが、長谷部は全く動じる様子もなかった。

 

 

「ん? みやっちはみやっちだよ。もう馴染んじゃってるしね」

 

「あ、ああ…、そうか…俺を急に下の名前で呼ぶのは、さすがに調子が狂うだろうしな…」

 

 

長谷部が自然体で返し、三宅もちょっとがっかりした様子で同調する。その様子を見て、櫛田は「ふーん、そっか〜」と、それ以上の追及はせず、楽しげに微笑みながら俺の隣のポジションをキープするように自然に佇んだ。

 

 

チラリとAクラスが陣取る仮設テントの方に視線を向けると、そこでは葛城が多くの生徒たちに囲まれていた。

心なしか、普段の葛城派の人数よりも、幾らか輪が大きく見える。

前夜に俺が授けた「みんなを護るための嘘」

──龍園の企みをあらかじめ見越し、Cクラスを誘導して撃退したという偽りの武勇伝を、彼は早くもクラス内で共有したのだろう。これまで坂柳派閥の勢いに押されていた葛城だったが、その驚異的な先見性と実利の獲得により、中立層や一部の坂柳派の生徒までが彼を再評価し、その周囲に集まりつつあるようだった。

 

そうこうしていると、奥のテントからこちらに向かって歩いてくる二人の人影があった。

Bクラスのリーダーである一之瀬と、その右腕である神崎だ。

 

 

「やっほー、凍影くん!」

 

 

一之瀬がいつも通りの屈託のない笑顔で手を振る。その後ろを歩く神崎は、まだどこか複雑そうな表情を崩していない。

 

 

「よっ、一之瀬。お疲れ様。……何か用か?」

 

「にゃはは、ちょっとね。ねえ、良かったら一緒に試験結果を聞こうと思うんだけど、良いかな?」

 

「ああ、構わない」

 

 

俺が頷くと、一之瀬は嬉しそうに俺たちのテーブルの空いているスペースへと滑り込んできた。

その直後、キィン──と、高音のハウリングを伴って拡声器のスイッチが入る音が、ざわめく砂浜に鋭く走った。

 

テントの正面に置かれた演台の前に、Aクラスの担任である真嶋先生が姿を見せる。その厳格な佇まいに、生徒たちの視線が一斉に集中した。

 

 

「そのままリラックスしてて構わない。既に試験時間は終了している。今は夏休みの一部のようなものだ。つかの間ではあるが、発表を待つ間は自由にしていて構わない」

 

 

真嶋先生は淡々とそう告げたが、そう言われて緊張を解く生徒などいるはずもなかった。テントを包んでいた雑談の声は、瞬時に消え失せる。静寂のなか、波の音だけが不気味に響いていた。

 

 

「ではこれより、端的にではあるが、特別試験の結果を発表したいと思う」

 

 

真嶋先生が手元の書類に視線を落とす。

 

 

「なお、結果に関する質問は一切受付けていない。自分達で結果を受け止め、分析して、次の試験へと活かしてもらいたい」

 

 

その冷徹な宣告を聞いて、生徒たちの緊張感は文字通りマックスに達した。誰もが固唾を呑み、己のクラスの運命が決まる瞬間を待っている。

ふと、この場に一切の姿がない現Dクラス(旧Cクラス)──龍園たちのことを思った。全員リタイアでとっくに島を出て行ったあの狂犬たちは、今頃客船の上で、この結果をどのような顔で聞いているのだろうか。

 

 

「……いよいよだね」

 

 

一之瀬が、祈るように両手を胸の前で握りしめ、小さく呟いた。俺もまた、無言のまま真嶋先生の次の言葉を待つ。

 

 

「ではこれより、特別試験の最終順位を発表する。──最下位は、Dクラス。0ポイント」

 

 

これは、この場にいる全員が最初から分かっていた結果だ。下着泥棒の騒動を経て、4日目の夜にクラス全員がリタイアしたのだから、ポイントが残っているはずもない。誰も驚きはしなかった。

 

問題は、ここからだ。真嶋先生は淡々と声を響かせる。

 

 

「続いて、3位はBクラス。266ポイント。──2位は、Cクラス。401ポイントだ」

 

「なっ……!?」

 

 

その瞬間、Bクラスの生徒たちから激しいどよめきが沸き起こった。

神崎が驚愕に目を見張り、一之瀬も信じられないといった様子で息を呑む。確かに、俺が昨日提示した龍園クラスのカードリーダー情報は完全に合致していた。それによって1位になれるとまでは思っていなくとも、まさか、最下位の落ちこぼれだったはずの俺たちCクラス(旧Dクラス)と、ここまで圧倒的なポイント差をつけられているとは夢にも思わなかったのだろう。彼女達が守勢に回りすぎた結果だった。

 

一方、俺たちのCクラスの面々も、自分たちの数字に驚きを隠せずにいた。

 

 

「おおっ……!」

 

「え、嘘だろ!? 俺たち、こんなに稼いでたのか!?」

 

 

須藤や池たちが驚愕の声を上げる。表向き三宅にリーダーを任せつつ、俺が裏で死守した『井戸』や『川』を含めた前半4日間では13箇所、残りの日は計8箇所のスポット維持ポイント。それが完全に実を結んだ形だった。

 

そして、真嶋先生が一枚の書類をめくる。

 

 

「そして、Aクラスは……」

 

 

一瞬。ほんの一瞬だが、発表を行う真嶋先生の動きが硬直した。自身のクラスが叩き出した『数値』に、さすがのベテラン教師も目を見張ったのだろう。しかし、直ぐにプロの仕事として言葉が再開される。

 

 

「──415ポイントで、1位となった。以上で試験結果の発表を終わらせる」

 

 

その声が響き渡った瞬間、Aクラスのテントが爆発したような歓声に包まれた。

 

 

「うおおおっ! 葛城さん、やりましたよ!!」

 

「凄えぞ葛城! 流石だ!!」

 

「本当に勝ったんだ……! Aクラスの勝利だ!!」

 

 

歓喜に沸く葛城派の面々は、興奮のままに葛城の巨体を抱え上げ、砂浜の上で盛大に胴上げを始めた。龍園から無償で物資を奪い取り、実質的なノーペナルティで試験を完全支配した『偽りの英雄』。その圧倒的な戦果を前に、普段は冷徹にクラスを牛耳っていたはずの坂柳派閥と思われる生徒たちも、今はただ苦々しい表情でそれを見ているしかなかった。葛城の完全な政治的勝利だった。

 

その盛り上がりを他所に、俺たちのCクラスのいるテントには、わずか「14ポイント差」でトップを逃したことへの、惜しかったという悔しい雰囲気が静かに流れていた。あと一歩で、あの絶対王者のAクラスを引きずり下ろすことができたのだ。誰もが言葉を失う中、平田が優しく、しかし毅然とした声でクラスの皆に語りかけた。

 

 

「……みんな、顔を上げよう。今回、2位になれたのは凍影くんが殆ど一人で、僕たちの見えないところで頑張ってくれたからだからね。この結果は本当に凄いことだよ。だから……次は、彼だけに頼るんじゃなくて、みんなで力を合わせて1位を目指して頑張ろう」

 

 

平田が穏やかにクラスの雰囲気を一つに纏め直していく。周囲の面々も「そっか、相手はAクラスだもんな」「2位でも大金星だよ」と、どこか納得したように「まあ仕方ないね」といった空気を受け入れ始めていた。

 

そんな中、眼鏡の奥の目を伏せ、自分の無力さに唇を噛み締めていた幸村が、ポツリと悔しげに呟いた。

 

 

「……高円寺が試験初日に勝手にリタイアして、マイナス30ポイントを食らわしていなければ、計算上は俺たちが1位だった。…そして俺は凍影にばかり負担を強いて何も出来なかった……」

 

 

幸村のその言葉は、高円寺への純粋な怒りというよりも、頭脳派を自負しながらも俺の足元にも及ばず、クラスに貢献できなかった自分への強い悔恨だった。

だが俺からすれば、目立ちすぎない2位という安全圏に着地し、他クラスに特大の恩を売るという目的を果たせた以上、高円寺の自由すぎるリタイアすらも、結果的には自分の計画を完璧に補強する最高のピースだった。

 

それを見届けていた神崎が、静かに俺の方を振り返った。その表情には、完敗を認めた男の潔さがあった。

 

 

「……凍影。お前を疑って悪かった」

 

 

神崎は低く、しかしはっきりと俺に一言を告げた。

 

 

「今回は、俺たちの負けだ。──色々な意味でな」

 

 

スポット維持の差、そして情報を受け取っていながら、それを活かしてもなおCクラスの後塵を拝し、さらにその上を行くAクラスの戦略。神崎は、葛城の底知れなさに恐怖すら抱いているようだった。

 

俺はそんな彼に向かって、不敵に口元を緩めて見せた。

 

 

「まあ、そう言うものだ。お前たちの立場なら、あの状況で疑うのは当然だったさ。こちらの言い方も少し強引だったしな。──俺も悪かったよ、神崎」

 

 

そう言って俺が右手を差し出すと、神崎は一瞬目を見張ったが、すぐにフッと自嘲気味に笑ってその手を強く握り返してきた。男同士の、確かな信頼が芽生えた握手だった。

 

一之瀬がそれを見て、本当に良かったと心からホッとしたような、安心しきった表情を浮かべた。そして、すぐに悔しそうに頬を膨らませて俺を見る。

 

 

「凄いね、葛城くんも、それから凍影くんも。……あんなに大きな、龍園くんのクラスのカードリーダー情報を貰ったのに、この結果じゃさすがに悔しいなぁ」

 

 

一之瀬はそう言うと、いつもの前向きで眩しいひまわりのような笑みを弾けさせた。

 

 

「でも、次は絶対に負けないからね! 次の特別試験では、うちのBクラスが勝つから!」

 

 

ライバルとしての宣戦布告。だが、その瞳には俺たちへの純粋な好意と信頼が満ちていた。

Aクラスを葛城の支配下に置き、Bクラスの信頼を勝ち取り、かつ自分たちは目立ちすぎない2位という安全圏に着地する。

描いた通りの完璧な結末を迎え、無人島特別試験は幕を閉じた。

 

 






Aクラス 300−60(坂柳不在+戸塚リタイア)+50(Dクラスのリーダー当てる)+125(スポット占有)=415

Bクラス 300−120(物資購入)+50(Dクラスのリーダー当てる)+36(スポット占有)=266

Cクラス 300−30(高円寺リタイア)−100(物資購入)+50(Dクラスのリーダー当てる)+181(スポット占有)=401

Dクラス 300−300(全員リタイアにより)=0




クラスポイント


Aクラス(葛城クラス) 1004+415=1419cp

Bクラス(一之瀬クラス) 779+266=1045cp

Cクラス(平田クラス) 565+401=966cp

Dクラス(龍園クラス) 450+0=450cp


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