ようこそ原作主人公抜きで頑張る教室へ   作:灰色の

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2回目の試験

 

 

豪華客船の、冷房が心地よく効いた客室。俺はベッドに身を横たえて束の間の休息を取っていた。

 

静寂を破ったのは、唐突に室内に響き渡った電子音だった。

俺の携帯、そして同室の三宅の携帯が、ほぼ同時にキーンという耳を刺すような高音をあげる。

 

 

「――なんだ? トラブルか?」

 

 

ベッドから跳ね起き、怪訝そうに眉をひそめる三宅。

その疑問に答えるように、部屋のスピーカーから、どこか冷徹で事務的な船内アナウンスが流れ始めた。

 

 

『生徒の皆さんにご連絡いたします。先ほど全ての生徒宛に学校から連絡事項を記載したメールを送信いたしました。各自携帯を確認し、その指示に従ってください。また、メールが届いていない場合はお手数ですが近くの教員にまで申し出てください。非常に重要な内容となっておりますので確認漏れのないようお願い致します。繰り返します――』

 

「おいおい、嘘だろ……。無人島が終わったばかりだぞ。また試験なのかよ」

 

 

三宅がうんざりした声を吐き出しながら携帯の画面を開く。

俺も手元の端末のロックを解除し、届いたばかりのメールに目を走らせた。

 

 

『間もなく特別試験を開始致します。各自指定された部屋に、指定された時間に集合してください。10分以上の遅刻をした者にはペナルティを科す場合があります。本日20時40分までに2階206号室に集合してください。所要時間は20分ほどですので、お手洗いなどを済ませた上、携帯をマナーモードか電源をオフにしてお越しください』

 

 

ただの連絡通知ではない。この学校が仕掛ける、二度目の「特別試験」の幕開けを告げる宣告。

原作知識が確かならおそらくこの指定時間は、生徒個人によって、あるいはグループによって細かくズラされているはずだ。

 

 

「三宅」

 

 

俺は即座にベッドから立ち上がり、制服の身なりを整えながら同室の友人に声をかけた。

 

 

「これから指定の部屋に向かう時、メモ帳か、できるだけ大きめのメモ用紙を持っていけ。筆記用具も忘れるなよ」

 

「え? あ、ああ、分かった。凍影がそう言うなら間違いないな」

 

 

無人島試験でインフラを構築し、クラスを勝ち組に導いた俺の言葉だ。三宅は一切の疑いを持たず、素直に鞄からノートを引き抜いた。

 

その間にも、俺の携帯はぶるぶると激しく震え続けている。

画面を見ると、クラスメイトたちからの着信やメッセージの通知が、次から次へと滝のように画面を埋め尽くしていく。

4月のSシステム看破、須藤の暴力事件解決、そして無人島での活躍。現在のCクラスにおいて、何かあればまず「平田洋介」か「櫛田桔梗」、そして「凍影雪波」に指示を仰ぐというのが、生徒たちの間で完全にマニュアル化していた。

 

俺は通知を素早く処理しながら、的確な指示を返していく。メッセージの嵐の中から、ある程度「状況を冷静に観察できる人選」をこちらで瞬時に見繕い、彼らに対しても『必ず大きめのメモ帳を持って説明会に臨め』と一斉に指示を飛ばした。

 

同時に、クラスの頭脳と調整役にもすぐさまコンタクトを取る。

 

 

『平田、学校から特別試験のメールが来た。男子は任せろ、女子は平田に頼みたい。各自の集合時間と部屋番号を把握して、全員に遅刻のないよう徹底させてくれ』

 

 

平田からは『分かった。凍影くんがそう言ってくれると助かる、すぐに動くよ』と、全幅の信頼がこもった返信。

 

櫛田にも似たようなメールを送る。

 

間もなく櫛田からは『了解、雪波くん。女の子たちのケアは任せて。また後で裏で情報共有しようね』と、相方としての頼もしいメッセージが即座に返ってきた。

 

龍園クラスが機能不全に陥り、星之宮先生のバックアップがされるであろう一之瀬クラスが背後に焦りを感じているこの船上で、俺たちの戦いが、今まさに始まろうとしていた。

 

 

松下や三宅、堀北、そして王美雨(みーちゃん)といった、学力上位のクラスメイトたちから次々と入ってくる連絡を処理していく。それぞれのメールに記載されたメンバーリストとグループ名を頭の中でマッピングしていると、時刻はとうとう20時30分前になった。

 

 

「よし、行くか」

 

 

俺が部屋のドアを開けて通路に出ると、そこにはすでに平田洋介の姿があった。平田は俺の顔を見るなり、ホッとしたように表情を和らげる。

 

 

「待ってたよ、凍影くん。君も同じ時間で同じ部屋だって聞いたからさ。よかったら一緒に行こう」

 

「ああ、そうだな。行こうか」

 

 

俺と平田は並んで歩き、指定された2階の206号室へと向かう。豪華客船の広い通路には、同じように携帯を片手に困惑した表情で行き交う多くの生徒たちで溢れ返っていた。

そんな喧騒をすり抜けながら目的の部屋へ近づくと、ドアから少し離れた壁際で、どっしりと腕を組んで佇む一人の男が視界に入った。

 

 

「平田に凍影か……。やはりお前たちも、20時40分の組だったようだな」

 

 

厳格な雰囲気を纏ったその声の主は、Aクラスの葛城康平だった。

 

 

「ああ、そうだ。葛城、お前もか?」

 

「その通りだ」

 

 

葛城は低く重厚な声で頷き、鋭い視線を俺たちに向ける。

 

 

「どうやらこの時間帯には、各クラスから優秀な生徒、あるいは中心人物が割り当てられているようだな。学校側の意図は測りかねるが、一筋縄ではいかない試験になることは間違いなさそうだ」

 

 

彼の少し後ろには、Aクラスと思われる生徒が3人、一歩引いた位置で控えていた。彼らも同じ20時40分組なのだろう。葛城の言葉通り、ここは相応の『格』を持つ者が集められている。

 

そう確信した矢先、通路の奥から気だるげな足音が近づいてきた。

現れたのは、龍園翔。

取り巻きの姿はなく、たった一人だった。だが、不敵な笑みを浮かべるその異様な存在感は健在だ。

 

ふと周囲を見渡すと、離れた位置から龍園を激しく睨みつけている数人の生徒たちがいた。服装からしてDクラス(旧Cクラス)の生徒たちだ。連続する敗北、そして毎月2万プライベートポイントを俺たちに上納するという生き地獄を強いられている彼らにとって、龍園はすでに『信頼に値しない独裁者』でしかない。彼らが、Dクラスにおけるこの時間帯のメンバーなのだろう。

 

 

「くくくっ……。葛城、それに凍影。無人島試験では実によくやってくれたなぁ」

 

 

龍園はポケットに手を突っ込んだまま、獲物を値踏みするような蛇の目を俺たちに向けた。

 

 

「お前ら二人には、きっちり耳を揃えて返さなきゃならねえ『借り』がある。今回の試験で、必ずまとめて叩き潰してやるよ」

 

 

その挑発を、葛城は真っ向から冷徹に切り捨てた。

 

 

「吠えるな、龍園。……この組には学力や評価の高い生徒が集められていると推測していたが、お前や、お前を睨みつけている生徒たちの様子を見る限り、どうやら俺の見立ては間違っていたかもしれないな」

 

「学力だぁ? くだらねえな、相変わらずおめでたい頭をしてやがる。そんな紙の上の点数に、一体何の価値があるってんだよ」

 

 

龍園の笑みが、獲物を引き裂くような獰猛なものへと変わる。

通路の冷たい空気の中で、葛城と龍園の視線が激しく火花を散らし、一触即発の緊張感が張り詰めていった。

 

 

「あ、雪波君っ」

 

 

緊張感の漂う通路の空気を割るように、聞き馴染みのある弾んだ声が響いた。パタパタと小走りで駆け寄ってきたのは、櫛田だった。

 

 

「や、桔梗。お前もこの時間だったんだな。また大変な試験が始まりそうだけど、一緒に頑張ろう」

 

「うん、そうだね。……にしても、ちょっと凄いメンバーが集まってるみたいだね……」

 

 

俺の隣に並んだ櫛田は、周囲の様子――険悪に睨み合う葛城と龍園、そしてその後ろに控える面々を盗み見て、表情を少し曇らせた。猫を被った表の彼女にとっても、このアクの強いメンツとの対面はそれなりに緊張を強いるもののようだった。

 

 

「やっほー、桔梗ちゃん。みんなもう集まってたんだね」

 

 

通路の奥からさらに足音が近づき、現れたのはBクラスの一之瀬と神崎。そしてもう一人、彼女たちの後ろから女子生徒がついてきていた。ボーイッシュなショートカットに、女子としてはかなり高めの身長。制服の上からでもはっきりと分かるグラマーな体型を誇るその少女は、確かBクラスの安藤紗代だったはずだ。

 

 

「凍影君と平田君だね。やっぱり、君たちもこのグループだったんだ」

 

 

一之瀬はいつもの太陽のような笑みを浮かべ、俺たちに歩み寄ってくる。

 

 

「うん。一之瀬さんたちもそうみたいだね。お互い、悔いのないように頑張ろう」

 

 

平田が穏やかに応じると、一之瀬は「うん! 平田君、よろしくね」と、まずはクラスの表のリーダーである彼に手を差し伸べ、二人は親しげに握手を交わした。

 

その様子を見守っていると、一之瀬は続けてこちら側へと一歩踏み出し、再び綺麗な手を差し出してくる。俺の斜め前にいた櫛田が、すっと自然な動作で一歩前に出た。

 

 

「今回の試験もよろしくね」

 

 

まるで一之瀬の視線を遮るように割り込んだ櫛田が、そのまま一之瀬の手を握りしめる。一見すると仲の良い女子同士の微笑ましい挨拶だが、俺の『相方』である彼女なりの、他クラスの女王に対する牽制のようにも見えた。

 

しかし、一之瀬は小さく微笑むと、今度は櫛田の肩越しに真っ直ぐ俺へと視線を巡らせた。

 

 

「凍影君も、よろしくね。無人島では色々とお世話になっちゃったから、またこうして同じ時間帯になれて嬉しいな」

 

 

隠し立てのない、純粋な好意と信頼の混ざった瞳。

だが、向けられた右手を前に、俺の表情はわずかに硬くなった。

 

 

「ああ……よろしく、一之瀬」

 

 

差し出された細い手を握り返しながら、俺の脳裏には別の人物の顔が浮かんでいた。

Bクラスの担任――星之宮知恵。

茶柱先生のクラスの切り札である俺を敵視し、一之瀬を利用してでも俺たちのクラスを叩き潰すと宣言した、あの油断ならない女教師の存在だ。いくら一之瀬本人が善意の塊だろうと、あの担任が裏で糸を引いている可能性がある以上、今のBクラスを額面通りに信用することは絶対にできない。

 

ふと、一之瀬の傍らに立つ神崎に目をやる。

俺たちのクラスが背後に肉薄していることへの焦りは内内に秘めているはずだが、今の彼の表情に過度な緊張や動揺は見られない。至って冷静だ。

 

星之宮先生は……今はまだ、学校側に不当な介入や不正の働きかけはしていない、ということだろうか……

 

学校側のルールをあらかじめ知っているかのような星之宮の影を警戒しつつ、俺は迫りくる20時40分の解禁時間を、静かに待ち受けていた。

 

定刻を迎え、206号室の重厚なドアが開かれた。俺は平田、櫛田と目配せを交わし、緊張感の漂う室内へと足を踏み入れる。

 

教壇に立つ真嶋先生から、事務的かつ厳格な口調で試験の全体概要が説明されていく。そして、説明が佳境に入ったところで、この試験の趨勢を決定づける最重要の資料が手渡された。

 

 

「君たちが配属されるグループは『辰』だ。ここにメンバーのリストがある。これは退出時にすべて回収するため、必要性を感じるのであればこの場で覚えておくように」

 

 

配られたのはハガキサイズの白い紙。そこにはグループ名の下に、合計14名の名前が整然と並んでいた。

 

 

Aクラス:葛城康平、西川亮子、的場信二、矢野小春

Bクラス:安藤紗代、一之瀬帆波、神崎隆二

Cクラス:櫛田桔梗、凍影雪波、平田洋介

Dクラス:小田拓海、鈴木英俊、園田正志、龍園翔

 

 

分かっていたことだが……あまりにも面子が重すぎる。

 

リストを凝視しながら、俺は脳内で原作知識をフル回転させていた。原作通りなら、この「辰グループ」にはある明確な『優待者の法則』が適用されるはずだ。だが、綾小路が不在でクラスの並びが変則的になっている今、その法則を当てはめると、本来なら櫛田がなるはずだった優待者の枠は、一之瀬というイレギュラーが存在する影響で神崎隆二へとズレる計算になる。優待者に選ばれるメンバーの配置すら、原作とは異なる独自のルートへと変貌を遂げていた。

 

俺がリストの文字を完全に頭へ叩き込んだタイミングで、教官の冷徹な声が室内を締めくくる。

 

 

「君たちは明日から、毎日午後1時と午後8時に、個別に指示された部屋へと向かえ。当日は部屋の前にそれぞれグループ名が書かれたプレートが掛けられている。最初の集合時、室内で必ず自己紹介を行うように。室内に入ってから、試験時間内の退室は基本的に認められない。トイレ等はあらかじめ済ませておくように。――説明は以上だ。解散」

 

 

張り詰めていた空気が一気に弛緩し、解放された俺達が部屋を出ていく。

同時に、同じ時間帯に別室で説明を受けていた他クラスの『辰』グループのメンバーたちも、次々と廊下へ吐き出されていった。お互いの顔を確認し合い、通路のあちこちで視線が交錯する。

 

 

「どうしようか、凍影くん……。これは、想像以上に大変な試験になりそうだね」

 

「うん、そうだね……。他クラスのリーダー格がこれだけ集まっちゃうなんて」

 

 

不安げに眉をひそめる平田と、どこか神妙な面持ちで同意する櫛田。通路にはまだ龍園や葛城、一之瀬たちの目が光っている。ここで立ち話をして手の内を晒すわけにはいかない。

 

 

「二人とも、とりあえず俺の部屋に来てくれ。話はそこからだ」

 

 

俺が短くそう告げると、二人は深く頷いた。俺たちは踵を返し、今後の作戦会議を開くべく、周囲の視線を振り切って俺の客室へと向かった。

 

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