ようこそ原作主人公抜きで頑張る教室へ   作:灰色の

37 / 43
崩壊

 

 

船の最下層から這い上がる階段の段差が、今は呪わしいほどに高く感じられる。

 

 

「はぁ、はぁ、……っ、く、……!」

 

 

私、星之宮知恵は、ヒールの高い靴を引っかけそうになりながら、全速力で上層へと駆け上がっていた。

二十代の若さを自負しているつもりだったが、心臓は早鐘のように打ち鳴らされ、太ももは乳酸で焼け付くように重い。乱れた前髪が額に張り付き、普段の余裕に満ちた笑みを浮かべる力など、どこにも残っていなかった。

 

不味い。不味い、不味い、不味すぎる――!

 

脳裏を焦燥が埋め尽くす。完璧な計画だったはずだった。あの規格外のCクラスの頭脳、凍影雪波を確実に圧殺するための、最善の手を打ったつもりだった。

龍園君という『暴力』の権化を引き込み、200万プライベートポイントという巨額の餌を与え、Aクラスの神室さんと山村さんを人質に葛城君を脅し、凍影を最下層の暗がりに誘い込んで徹底的に叩き潰す。

そして、あの忌々しい非常階段での『録音』が残っているであろうスマートフォンを、力ずくで奪い取り、叩き割って消去させる。

 

それだけを狙ったはずだったのに、結果は最悪の、それ以上の壊滅だったの。

 

…なんなのよ、あの化け物は……っ!

 

目の前で繰り広げられた悪夢が、網膜に焼き付いて離れない。

最初にわざと龍園君とアルベルト君に殴られ、正統防衛の成立を確信した瞬間、凍影の目が冷酷な魔物のそれに変わった。そして、いつの間にか彼の手駒となっていたあの高円寺六助が、冷笑を浮かべながらスマートフォンのカメラを向けていたの。

そこからの蹂躙は、思い出すだけで背筋が凍る。

大柄なアルベルト君が、あの龍園君が、文字通り紙切れのように地面に叩きつけられ、全滅させられた。

教師である自分の目の前で起きた、圧倒的なまでの暴力の逆転。あのまま残っていれば、自分がどうなっていたか分からない。だから、恐怖のあまり龍園君たちを見捨てて、一人で逃げ出してきた。

 

っ……最悪……! 例の写真や動画を消させるどころか、完全に新しい弱みを握られたじゃない……!

 

もしも、非常階段で私がクラスの白波千尋ちゃんに『優待者の法則』と『各クラスの優待者の正体』を教えていた不正行為が学園に露見すれば、自分の首は確実に飛ぶ。教師免職などという生易しいものではない。契約違反による追放だ。

 

それだけは、断じて許されなかった。

 

私がクビになって……佐枝ちゃんのクラスがAクラスになるなんて……そんなの、絶対に、死んでも認めないんだから……っ!!

 

歯噛みする。口内が悔しさと憎悪で血の味がした。

あの日、あの時、佐枝ちゃんのせいで私の夢を奪われてしまったあの過去から、時計の針は止まったままだ。私は教師としてこの学園に残り、佐枝ちゃんの邪魔をし続けなければならない。彼女が夢を叶えて幸福になる姿など、私の存在理由が全否定されるに等しい。

それなのに、この状況。このままでは凍影の出方一つで、私の教師生命は明日にでも終わってしまう。

 

待って、待ってよ知恵ちゃん。落ち着きなさい……焦る必要なんてないわ。

 

階段の踊り場で立ち止まり、激しく上下する胸を押さえながら、強引に思考を組み替える。

深く呼吸を繰り返し、乱れた衣服と髪を指先で整える。まだ勝機はある。だって、相手はたかが学生。こちらは学園のシステムに守られた、圧倒的に優位な立場にある『教師』なのだ。

 

そうよ……最下層で起きたことは、AクラスとCクラス、そしてDクラスによる『生徒同士の集団暴行事件』として学園に報告すればいいわ。私が仲裁に入ったって言えばいいのよ

 

不敵な笑みが、じわりと顔に戻ってくる。集団暴行事件が公になれば、どれほど正統防衛を主張したところで、Cクラス全体に特大のペナルティが下る。凍影が率いるあのクラスは、せっかく這い上がってきたCクラスの座から転落し、クラスポイントは致命的なダメージを受けるだろう。

それをチラつかせて、「動画を消さなければクラスを道連れにする」と脅せばいい。

 

ただ、凍影という男は恐ろしく冷徹だ。自分一人のペナルティを恐れないかもしれない。なら、外側から崩すまで。

 

あの凍影のワンマン体制に、内心で反発している子がクラス内にいるはず。そいつをコントロールして、凍影に『お前のせいでクラスが落ちる、動画を消せ』って迫らせればいいんだわ……

 

クラスの和を乱す、愚かで、扱いやすくて、自分の欲に忠実な操り人形。

私の脳内にある生徒データベースが、高速で検索を開始する。Cクラス(旧Dクラス)の中で、最も知性が低く、かつ欲望に塗れた生徒――。

 

――あっ、灯台下暗しじゃない。丁度いい駒が二匹もいるわ

 

私はぽんと手を叩き、歓喜の声を漏らした。

確か、名前は池寛治くんと、山内春樹くん。

あの二人は4月の入学当初から、女子の胸や顔ばかりを追いかけ、クラスの有能な女子たちからは完全に虫ケラのように扱われている底辺だ。そして何より、凍影がクラスの絶対的リーダーとして君臨し、女子たちの視線を独占している現状に、強い嫉妬と不満を抱いているはず。

 

あの二人なら……私の『色仕掛け』で、一発でイチコロね

 

自分の豊かな胸元を少しだけ押し上げ、リップを指先で塗り直す。

自分は男を惑わす術を知り尽くした、若くて魅力的な美人教師だ。あんなガキ同然の男子生徒など、少し甘い声を出し、身体を密着させて「二人だけの秘密の相談」を持ちかければ、犬のように尻尾を振って凍影を裏切るだろう。

 

ふふ、待ってなさいよ、凍影くん。教師の恐ろしさを教えてあげる

 

歪んだ確信を胸に、彼らが潜む客室エリアへと足を進めた。部屋番号がどこだったかは、正確には覚えていない。

 

まあいいわ。一つずつ、しらみつぶしに探っていけばいいだけなんだから――

 

足取りは、先ほどまでの恐怖から一転し、獲物を見つけた肉食獣のように軽やかになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「――でね? 先生、本当に困っちゃって。凍影くんにプライベートなところを盗撮されちゃったみたいなの。消してってお願いしたのに、全然聞いてくれなくて……」

 

 

客室の狭い空間で、私はわざとらしく目元を潤ませ、胸元を大きくはだけながら池寛治くんと山内春樹くんの二人に縋り付いた。

狙い通り、二人の鼻の下はこれ以上ないほどに伸びきっている。私の計算は完璧だった。

 

 

「凍影の奴、先生を盗撮してたのかよ!?」

 

「いくらなんでもアウトだよな、それは!」

 

 

案の定、池くんと山内くんは、日頃の凍影くんへの嫉妬も相まって、猛烈な勢いで食いついてきた。クラスの絶対的リーダーとして君臨し、女子の視線を独占する凍影くんの『スキャンダル』は、彼らにとって格好の攻撃材料なのだ。

 

 

「そうなの。しかもね、先生、さっき船の最下層で凍影くんとDクラスの龍園くんたちが激しい喧嘩をしてるのを見ちゃって……。本来なら退学か停学処分は免れない大事件なんだけど、もし凍影くんがその盗撮動画を消してくれるなら、先生も今回は特例で見逃してあげなくもないの。先生の尊厳を潰す行為だから、絶対に消させて欲しいの。二人からクラスのみんなにも、凍影くんに動画を消すよう迫ってくれないかしら?」

 

「任せてくださいよ星之宮先生! 俺たちがガツンと言ってやりますから!」

 

「そうそう! クラス全員で責め立てれば、あの凍影だって動画を消すしかねえって!」

 

 

鼻息を荒くした二人は、すぐさま私の手先となって動き出した。部屋を出て、男子の階層の共有スペースで、ちょうど通りかかったCクラスの女子たちを捕まえて大声を張り上げ始める。

やってきたのは、櫛田桔梗、軽井沢恵、それに……松下千秋、森寧々。

多分Cクラスでも発言力の強い、中心グループの女子たちだ。

 

 

「ちょっとみんな聞いてくれよ! 凍影の奴、信じられないことしてんだって!」

 

「星之宮先生を盗撮して、しかも隠蔽するために下層で龍園たちと暴力沙汰を起こしたらしいんだ!」

 

 

池くんと山内くんがまくし立てるが、女子たちの反応は冷ややかそのものだった。

 

 

「……は? 何言ってるの、あんたたち。勘違いじゃないの?」

 

 

軽井沢恵ちゃんが心底不快そうに一蹴する。

これは私が介入する必要があるわね。私はすっと女子たちの前に姿を現し、大人の、そして被害者としての表情を作って語りかけた。

 

 

「みんな、急にそんなこと言われても信じられないわよね。でもね、本当のことなのよ〜」

 

 

しかし、私の予想に反して、女子たちは顔を見合わせると、冷淡な口調でこう言い放った。

 

 

「あり得ないです」

 

「そうですよ。凍影くんがそんなことするわけありません」

 

 

その言葉に、私は内心でイラつきを覚えた。本当のことなのは、この私自身なのだ。

何より、櫛田桔梗ちゃんと……もう一人、松下千秋ちゃんの二人が、信じられないほど冷徹な目で私を真っ直ぐに睨みつけてきている。全く私の言葉を信じていない、それどころか、私の『底』を見透かそうとするかのような不気味な視線。

 

 

(なんなのよ、このガキども……! だったら、これを見ても同じことが言えるかしら!?)

 

 

私は奥の手を出すことにした。最下層の修羅場で、凍影くんが動き出す直前、自分の保身用の証拠として密かにスマートフォンで録画していた映像。そこには、凍影くんが巨体のアルベルトくんを軽々と投げ飛ばし、龍園くんたちを文字通り蹂躙している、あの恐ろしい一幕が映し出されていた。

 

 

「これを見て。凍影くんが、Dクラスの子たちをこんな風にボコボコにしているの。先生、怖くて止められなかったわ……」

 

 

液晶画面に映る鮮明な暴力の証拠。それを見た女子たちは、一瞬だけ表情を強張らせ、困惑の表情を浮かべた。

 

 

「嘘……これ、本当に凍影くん……?」

 

 

森寧々ちゃんが、怯えたように声を漏らす。彼女の瞳には、私への信頼と、凍影くんへの恐怖の色が浮かんでいた。

 

よし……! 順調、順調!

 

私は心の内で、歪んだ歓喜の勝鬨をあげた。

一人は完全に私の言うことを信じてくれた。池くんと山内くんも完全に私の味方だ。この疑惑と恐怖の種火をクラス全体に燃え広がらせれば、凍影くんは確実に言い逃れのできない状況へと追い詰められる。

 

いくらあの男が規格外の化け物でも、クラス全員から「お前のせいで退学になる」「動画を消せ」と一斉に責め立てられれば、さすがの凍影くんも折れるしかないはずだ。

 

動画さえ消させてしまえば、非常階段での私の不正は完全に闇に葬られる。

私は、勝った。そう確信して、私は自慢の笑みを深く浮かべていた。

 

ピピッ、ピピッ、ピピッ――。

 

静寂を切り裂くように、その場にいた全員のスマートフォンが一斉に鳴り響いた。

重苦しい電子音の合唱に、女子たちも、鼻の下を伸ばしていた池くんや山内くんも、「え……? 何?」と怪訝な顔で自分の端末の画面に目を落とす。

 

私も無意識にポケットから端末を取り出し、画面をタップした。

掲示板アプリの通知欄に表示されていたのは、送り主不明の匿名アカウントから投稿された、一本の音声付き動画ファイル。

 

嫌な予感が、冷たい指先のように背筋を這い上がってくる。

生唾を飲み込みながら再生ボタンを押した瞬間、スピーカーから流れてきたのは――紛れもなく、私自身の声だった。

 

 

『――優待者の法則を教えてあげる。十二支の順番があるでしょ? 鼠(子)グループは、クラスに関係なく出席番号順で一番最初の生徒が優待者なの。牛(丑)グループは、同じく出席番号順で2番目の生徒。つまり、十二支の順番と各グループの出席番号の順位がそのまま連動しているの』

 

 

血の気が、一瞬で引いていくのが分かった。心臓がドクンと大きく跳ね上がり、視界がぐにゃりと歪む。

 

 

『先生……それは……』

 

 

画面の向こうで、怯えたように、そして罪悪感に押し潰されそうに震えている白波千尋ちゃんの声。それに対して、録音の中の私は、優しく、けれど逃げ道を塞ぐような狡猾な声でこう追い打ちをかけていた。

 

 

『これは一之瀬さんのため、Bクラスのためだよ?』

 

 

ブツッ、とそこで動画は途切れた。

時間にして数十秒。だが、それは星之宮知恵という教師の息の根を止めるには、あまりにも十分すぎる『不正の証拠』だった。

 

 

「……え」

 

 

あまりの衝撃に、声が掠れて出ない。

頭の中が真っ白になり、全身から嫌な汗が滝のように噴き出してくる。なんで。どうして。

 

私の困惑を置き去りにして、周囲の空気が急速に凍りついていくのが分かった。

 

 

「……先生、これ、どういうことですか」

 

 

さっきまで困惑していたはずの森寧々ちゃんが、軽蔑の入り混じった目で私を凝視している。

 

 

「これって、明らかなルール違反、っていうか不正行為じゃないですか……!」

 

 

軽井沢恵ちゃんが嫌悪感を隠そうともせずに吐き捨てる。

櫛田桔梗ちゃんと松下千秋ちゃんにいたっては、もはや驚きすら見せていない。ただ、憐れな犯罪者を見るかのような、冷酷な冷ややかさを湛えた瞳で私を見下ろしていた。

 

 

「ち、違うの! これは、何かの悪質な悪戯で……っ!」

 

 

必死に言い訳を口にしようとしたが、私の言葉を遮るように、あちこちの客室の扉が勢いよく開け放たれた。

 

 

「おいおいおい! 見たかよ今の動画! 星之宮の奴、白波に優待者情報教えてるぞ!!」

 

「ルール違反だろ! 完全にアウトじゃねえか!」

 

「Bクラスは全員失格だろこんなの!」

 

 

廊下に飛び出してきた男子たちが、口々に怒号を上げ、スマートフォンを掲げて騒ぎ立てている。

騒音は、この階層だけにとどまらない。上の階からも、下の階からも、船全体が蜂の巣を突いたような騒ぎに包まれていくのが、地響きのように伝わってくる。

 

嘘。嘘よ。なんで、なんでみんなの携帯に送信されてるの……!?

まさか、一部の生徒だけじゃない。

 

一年生……全員の携帯に、拡散されてるの……っ!?

 

ガタガタと両膝が震え、その場にへたり込みそうになる。

これだけの人数に一斉に拡散された以上、もう学園側が揉み消すことなど不可能なのは火を見るより明らかだった。

 

遅かった…、試験が始まるまでは何もしないと思ってた。優待者を当ててから動画でBクラスを脅して来ると思っていた。私の不正は、完全に公のものとなったのだ。

 

龍園くんたちを使って凍影雪波を脅そうとしたこと。

色仕掛けで池くんたちを抱き込もうとしたこと。

その全てが、無意味どころか、最初から大きな手のひらの上で踊らされていたピエロの悪あがきに過ぎなかったのだと、ようやく理解した。

 

教師のクビどころではない。私は、一之瀬さんたちの未来ごと、自分の手でBクラスを奈落へ突き落としたのだ。

 

 

「あ、あ、ああ……っ……!」

 

 

狂ったようにパニックを起こす私を、Cクラスの女子たちは、まるで道端のゴミでも見るかのような冷たい視線で一瞥すると、そのまま背を向けて歩き去っていった。

 

 

 

 

 

外の廊下から、悲鳴にも似た喧騒と怒号が響いてくる。

星之宮知恵の不正を告発する動画が、今頃一年生全員のスマートフォンに届き、船内は文字通りの大パニックに陥っているはずだ。

 

その喧騒を、俺は茶柱先生の客室の中で静かに聞いていた。

部屋の中にいるのは、俺、高円寺六助、そして最下層の修羅場から一緒に上がってきたAクラスの葛城康平、神室真澄、山村美紀の5人だ。

 

 

「……優待者試験は、中止だな」

 

 

腕を組み、重苦しい溜息とともに言葉を漏らしたのは茶柱先生だった。その視線は、完全に機能停止したであろう試験のシステムと、俺の顔を交互に往復している。

 

 

「クラスの皆にどう説明すれば良いか…、本当は試験が終わって、うちのクラスが優待者を綺麗に当ててクラスポイント(cp)を稼ぎきってから、あの動画を拡散させるつもりだったのですが」

 

 

俺が肩をすくめると、隣で優雅に自らの前髪をいじっていた高円寺が、フッと不敵な笑みを漏らした。

 

 

「ノンノン、凍影ボーイ。私の言った通り、もっと早く手を打つべきだったのさ。あの哀れな星之宮の女は、自分の破滅を察してなりふり構わぬ暴挙に出ようとしていた。美しいシナリオとは、腐った果実が落ちる前に自ら刈り取るものだよ」

 

「……ああ、お前の言う通りだったよ、高円寺」

 

 

俺は内心で苦笑する。

予想外の事態――星之宮が龍園を動かして暴力による強硬手段に出てきた以上、これ以上出方を待つのはリスクが高すぎた。だから俺は、最下層での一件の後、すぐに茶柱先生の元へ向かった。そして、先生に一時的に預けていた非常階段の不正録音データを、『一年生全員の携帯に一斉送信する権利』として、学園側からプライベートポイントで強引に買い取ったのだ。

 

正直、試験が中止になれば手に入るはずだった大量のcpは手に入らない。それは惜しいが、星之宮にこれ以上余計な手を打たれてカバーしきれなくなるよりは、早めに首を撥ねた方が確実だ。

 

それにしても――と、俺は横の怪物に視線を向ける。

 

 

(高円寺の奴、なぜ俺に力を貸した?)

 

 

最下層での龍園たちとの乱闘時、奴は頼んでもいないのにカメラを回し、正統防衛の完璧な証拠を撮ってくれた。俺という存在に少しテコ入れをすれば、このクラスがAクラスに上がれると踏んで投資したのか。それとも、単に醜い不正を働く星之宮という存在が嫌いで、それを排除しようとする俺の動きを読んだ上で、気まぐれに踊ってみせただけなのか。

相変わらず、こいつの底だけは前世の知識をもってしても読み切れない。

 

そんな俺たちのやり取りを黙って見ていた葛城が、一歩前に進み出た。

 

 

「高円寺。……お前が持っている、龍園たちが凍影を襲撃した『格闘の動画』、我がAクラスで買い取らせてもらいたい」

 

 

葛城の目は真剣そのものだった。神室達を人質に取られ、龍園に不当な契約を迫られたのだ。Aクラスの自衛のためにも、龍園の息の根を完全に止めるためにも、現物が欲しいのだろう。

 

 

「おや、葛城ボーイ。私から動画を買い取りたいと? いいよ、ただし私の審美眼に適うだけの『対価』を支払えるならね」

 

「……現時点で、俺たちが持っている全てのプライベートポイントを支払おう。それでどうだ」

 

 

葛城の言葉に、神室と山村が顔を見合わせた。

全財産を投げ打つ提案だ。普通なら躊躇するところだが、神室はすぐに小さく頷き、山村も静かにポケットの端末に手をかけた。あの最下層で龍園に受けた屈辱を思えば、あいつを完全に排除できるならポイントなど安い、という意思統一だろう。

 

だが、高円寺はフハハハと高く笑い、鏡を取り出して自分の顔を映した。

 

 

「素晴らしい覚悟だ。だがノンノン、私は美しいレディーからポイントを奪う趣味はなくてね。神室ガール、山村ガール、君たちのポイントは必要ないさ」

 

「……は?」

 

 

神室が呆気に取られたような声を出す。高円寺は葛城だけを指差した。

 

 

「葛城ボーイ。君だけのポイントで手を打とう。まあ、Aクラスの実力者が持つポイントだ、私の退屈を紛らわせるには十分な額だよ」

 

「……承知した。感謝する」

 

 

葛城が端末を操作し、高円寺にポイントが譲渡される。現時点での葛城の全ポイントだ、相当な大金が動いたはずだが、高円寺はそれを当然のように受け取ると、衣服を翻した。

 

 

「では、私はマイルームへ戻らせてもらうよ。これからの船内は、醜い言い訳と怒号で溢れかえるだろうからね。フハハハハ!」

 

 

嵐のように高円寺が去っていった後、葛城は手に入れた動画データを携え、Aクラス担任の真嶋先生の元へと向かった。

 

真嶋先生は、葛城から手渡された端末の映像を厳しい表情で見つめていた。そこには、龍園とアルベルトが先制攻撃を仕掛け、それを俺が圧倒的な体術で制圧する様子が克明に映っている。

 

 

「……成る程。これは言い逃れのしようがないな。凍影、お前の行動は正統防衛だ。非は完全に、先に暴力を振るい、他生徒を脅迫したDクラス側にある」

 

 

画面から目を離した真嶋先生が、はっきりとそう告げた。

 

 

「助かったぜ、葛城。お前が真嶋先生を動かしてくれたおかげで、俺の懸念は一つ消えた」

 

 

俺が声をかけると、葛城は硬い表情を崩さないまま、だが確かに信頼の籠もった目で俺を見返してきた。

 

 

「気にするな、凍影。元はと言えば、我がクラスの派閥争いによって少数で動く羽目になった神室たちが人質に取られたことが原因だ。お前は命懸けで彼女たちを救い、龍園の理不尽な要求を跳ね除けてくれた。……恩を返すのは当然のことだ」

 

「フッ、そう言ってもらえると助かるよ」

 

 

俺は静かに笑う。これで星之宮の教師生命は終わり、龍園の『暴力による支配』も公的なペナルティによって完全に瓦解する。

 

試験のポイントこそ失ったが――決して悪くない結果のはずだ。

 






残念なお知らせ…優待者試験中止…

まあ…仕方無いかな?
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。