ようこそ原作主人公抜きで頑張る教室へ   作:灰色の

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代替特別試験

 

 

星之宮知恵が警備員に連行され、龍園たちや白波たちが深夜まで尋問を受けたという噂は、瞬く間に船内を駆け巡った。学校側が出した結論は、丸一日をかけた事実関係の整理と、正式な審議は本土に戻ってから行うという異例の措置だった。 

 

翌朝、船内の喧騒から少し離れた落ち着いた雰囲気のレストラン。 

俺は運ばれてきたブレックファストを口に運びながら、手元の携帯に届いた学校からの無機質な通知画面を眺めていた。前代未聞の試験中止。その引き金を引いた張本人である俺の心境は、至って穏やかなものだった。

 

 

「雪波君、追加の注文……何かあるかな?」 

 

 

対面に座る佐倉が、おずおずとした手つきでメニュー表を差し出してくる。上目遣いでこちらを覗き込んでくる彼女の瞳には、隠しきれない心配の念がこれでもかと詰まっていた。

 

 

「うーん、どうしようかな……」 

 

 

サラダとパンだけでは少し物足りないかとメニューに目を落とした瞬間、小気味いい足音と共に、隣の席から滑り込んできた影があった。長谷部だ。

 

 

「私が注文してあげるよ〜。ゆっきー、昨日もの凄かったんでしょ? 龍園って人と、アルベルトって外国人の大男を相手にやり合ったんだって? しかも、完勝しちゃったんでしょ〜?」 

 

 

長谷部はいたずらっぽく微笑みながら、俺の手から自然な動作で携帯をすっと奪い取った。

 

 

「ほら、動画見せてよ。正当防衛を成立させるために、わざと最初に殴らせたんだよね? だったらなおさら、体内の傷を治すためにタンパク質を摂らないとダメ。ゆっきーの携帯借りるね、代わりにステーキ注文してあげるから」

 

 

おいこら、人の携帯を平然と強奪するんじゃない。あと、あんまり女の子が喜んで見るような動画じゃないだろ…… 

 

内心で突っ込みを入れたが、長谷部はすでに慣れた手つきで画面を操作していた。俺が葛城から送らせておいた、例の最下層での防犯用記録動画——高円寺が完璧なアングルで収めた、龍園たちがこちらを恐喝し、暴力を振るってきた証拠映像だ。 

 

長谷部が画面を傾けると、対面の佐倉も身を乗り出してそれを覗き込む。 

画面の中で繰り広げられる、龍園とアルベルトの容赦ない拳。そして、それをあえて受け流しながら、一瞬の隙を突いて圧倒的な身体能力で二人を文字通り叩きのめす俺の姿。

 

 

「うわあ……」 

 

 

佐倉は絶句し、息を呑んだ。まるで現実の光景とは思えないといった風に顔を青くさせ、それから弾かれたように動画から俺の顔へと視線を移す。

 

 

「ほ、本当に大丈夫なの……っ? 骨、折れたりしていない……?」

 

「平気だよ。あいつらの拳じゃ、俺の骨にひびを入れることすらできないさ」 

 

 

安心させるように軽口を叩くと、佐倉はまだ信じられないといった様子で、膝の上で両手をモジモジと動かした。

 

 

「う、腕……見せて……?」 

 

 

そこまで心配してくれるならと、俺は仕方のない笑みを浮かべて長袖のシャツの袖を捲り上げ、机の上に左腕を差し出した。 佐倉はアワアワと慌てながらも、恐る恐るその白い両手で俺の腕に触れる。

 

 

「あ、私も確認させてもらうねー」 

 

 

動画を見終えた長谷部も、椅子の距離をさらに詰めて俺の右側にぴったりと寄り添ってきた。彼女もまた、俺の片腕を両手で包み込むようにして確認を始める。

 

こいつら、本当に優しいな…… 

 

クラスメイトの純粋な好意と心配に、胸の奥が少し温かくなるのを感じた。 

 

 

——だが、おかしい。 

 

 

二人の手つきが、徐々に「怪我の確認」から逸脱し始めている気がする。

 

 

「凄い腕……。男の子の腕って、こんなに硬くて、がっしりしてるんだ……」 

 

 

佐倉がトロンとした目をしながら、俺の前腕から上腕二頭筋にかけて、指先でなぞるようにじっくりと触ってくる。その頬はいつの間にか林檎のように赤く染まっていた。

 

 

「ふふっ、ゆっきーの腕、マジでいい筋肉してる……」 

 

 

すぐ隣から、長谷部の吐息が耳元にかかる。 

長谷部はもはや怪我の心配など忘れた様子で、俺の二の腕を自分の胸元に抱きしめるようにして密着させていた。 

その瞬間、衣服越しであっても明確に伝わってくる、女の子特有の柔らかく瑞々しい感触が俺の腕を強烈に襲う。腕を引き抜こうにも、長谷部は完全にホールドして離す気がない。対面の佐倉も、その光景に対抗するかのように、俺の手の平をご自慢の豊かな胸元へと引き寄せようと、熱い視線を送ってきていた。 

 

朝の爽やかなレストランの一角で、急速に密度を増していく甘く危険な空気。 

背中に冷や汗が流れるのを感じていたその時、タイミングよくウェーターが「お待たせいたしました、追加のサーロインステーキです」と、湯気を立てる鉄板を運んできた。

 

 

「ほら、メニューが来たぞ。二人とも、大人しく席に戻って食べな」 

 

 

俺はここぞとばかりに腕に力を込め、長谷部の柔らかい拘束から腕をスッと引っ込めた。 

袖を戻しながら促すと、長谷部は「チェッ」と不満げに唇を尖らせ、佐倉は名残惜しそうに赤くなった顔を伏せるのだった。

 

長谷部が「ステーキ、冷めないうちに食べなよ」と言いながら、ナイフとフォークを俺の前に並べる。その横で、彼女はふと思いついたように対面の佐倉へと視線を向けた。

 

 

「そういえばさ、佐倉さん。昨日の騒ぎでちゃんと言えてなかったんだけど……私、佐倉さんと友達になれそうな気がするんだ。だから佐倉さんのこと『愛里』って呼んでいい? お返しに私のことも、波瑠加って呼んでよ」

 

「えっ……あ、うん……っ! よろしくね、波瑠加ちゃん……!」 

 

 

不意の提案に、佐倉は一瞬驚いたように肩を揺らしたが、すぐに胸元で両手をぎゅっと握りしめて、パッと顔を輝かせた。 

数日前、俺が長谷部に「佐倉と友達になってやってくれ」と頼んだことを、彼女はちゃんと覚えていてくれたらしい。人見知りで孤立しがちだった佐倉が、こうして少しずつクラスに馴染んでいく光景を、俺は微笑ましくチラ見しながら、運ばれてきたステーキを口に運んだ。 

 

——その時だった。 

レストラン内のあちこちから、一斉に電子音が鳴り響いた。 俺のポケットの中にある携帯も、これまで聞いたことのない不気味なトーンで激しく振動を始める。 

 

画面を開くと、そこには学校側から発信された、前代未聞の緊急通知が画面一杯に表示されていた。

 

 

 

 

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【重要】緊急特別試験の実施について……これより、一部の生徒を除いて特別試験を開始する。 

 

船内施設活用型・緊急能力計測試験(ルール)

 

【背景・趣旨】

 

 

本試験は、学校側の諸事情(試験運営上の不祥事)により中止となった特別試験の補償措置として実施される、個人評価およびクラス対抗試験である。生徒各自の多様な能力(知力・身体能力・表現力・技術等)を公平に計測・評価し、その成果に応じた個人報酬(プライベートポイント)の付与およびクラス評価を行う。

 

  エントリーおよび参加規定

 

実施期間:本日より3日間(各計測ブース開放時間:毎日 9:00 〜 18:00)

 

参加形態およびエントリー数(同クラス男女ペア・任意参加)

 

・本試験は「同一クラスの男子1名・女子1名による2人1組(男女ペア)」での参加とする。

 

・他クラスの生徒とのペア結成、および同性同士のペア結成は一切認められない(不正・トラブル防止および協調性評価措置)。

 

・出場の可否およびペアの編成は各クラスの自由とする(全員の出場義務はなく、特定のペアのみが出場することも可能)。

 

・各ペアは期間中、指定された15種目のうち「最大5種目」までエントリー可能(同一種目への重複参加は不可)。

 

・追記:尚、一部の生徒は、不正および暴力・脅迫行為のペナルティにより、謹慎処分として本試験への不参加を確定とする。

 

 

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「え……何、これ……?」 

 

画面をスクロールしていた佐倉が、不安そうな声を漏らす。長谷部もフォークを止めて画面を凝視していた。  

 

星之宮先生の不正による試験中止を、学校側は「無かったこと」にはできなかったらしい。だが、ただ本土に戻るまでの時間を無駄にするわけにもいかないため、この豪華客船の設備を丸ごと使った「代替試験」を急遽仕込んできたわけだ。

 

 

(男女のペア戦、か……) 

 

 

しかも特定のペアが5種目も戦うことができるルール。実力のある奴が、相性のいい異性を引っ張ってブースを荒らし回れば、それだけで莫大なポイントを稼ぎ出せる。 

 

そして何より、末尾の一文が目を引いた。今回の事件で俺をハメようとした龍園たちや、不正に加担した白波は完全に「不参加」。つまり、Cクラス(元Dクラス)にとって、これ以上ないボーナスステージが幕を開けたことを意味していた。

 

 

「ねえ、ゆっきー……これって……」 

 

 

長谷部が、ゴクリと息を呑んで俺の顔を見る。その瞳には、不安と、そしてそれ以上の「期待」が混じっていた。

 

 

「ちょっと待って、ゆっきー……これ、報酬の桁がおかしくない?」 

 

 

長谷部が携帯の画面を指差しながら、驚愕の声を上げた。対面に座る佐倉も、画面に表示された数字を何度も瞬きしながら見つめている。 画面には、今回の緊急試験における報酬とクラスポイントの変動が克明に記されていた。

 

 

 

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  報酬(プライベートポイント)および配分3日間の最終集計時点で、全15種目の各競技において上位3ペアに入賞したペアへ以下のプライベートポイント(PP)を付与する。獲得したポイントは、ペアの2名へ均等(50%ずつ)に分割支給される。

 

種目別順位ペア獲得ポイント1人あたりの受取額

 

1位500,000 ポイント1人あたり 250,000 ポイント

 

2位300,000 ポイント1人あたり 150,000 ポイント

 

3位100,000 ポイント1人あたり 50,000 ポイント

 

 

※1つのペアが5種目すべてで1位を獲得した場合、ペア合計で2,500,000 PP(1人あたり1,250,000 PP)の獲得が可能。

 

 

  クラスポイント(CP)の評価基準本試験終了時、「各クラスの全ペアが獲得したプライベートポイントの総支給額(クラス全体の総合計PP)」を集計し、クラス順位を決定する。その最終順位に応じて以下のクラスポイント(CP)が加算・減算される。

 

クラス最終順位クラスポイント(CP)変動

 

1位(PP総額 首位)+150 クラスポイント

 

2位(PP総額 2位)+50 クラスポイント

 

3位(PP総額 3位)-50 クラスポイント

 

4位(PP総額 最下位)-150 クラスポイント

 

 

 

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「5種目全部で1位を取ったら、1人で125万ポイント……!? 嘘、そんなの大金じゃん……!」 

 

 

長谷部が興奮気味に声を弾ませる。無理もない。これだけのポイントがあれば、普段の学校生活で贅沢するにしても十分すぎる大金だ。 

 

だが、俺の目はその下にある「競技形式」のリストに釘付けになっていた。

 

 

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  計測ブースおよび競技形式(全15種目)

 

すべての種目は「男女ペアで挑む完全協力型ルール」にて運用される。

 

 

【知性・頭脳系】

 

① 図書室・学習室(記憶力): 専門書の短時間暗記 ➔ 2人のテスト合計点

 

② PCルーム(タイピング): 高速タイピング ➔ 2人の合計入力文字数

 

③ 暗算ブース(フラッシュ暗算): どちらか片方が正解すればクリアの連勝数勝負

 

④ 地理・雑学エリア(国旗当て): 全世界の国旗クイズ ➔ 2人の合計正答数

 

⑤ 理科実験室(定量実験): 提示された薬品の定量実験 ➔ ペア共同作業による精度とタイム

 

⑥ 言語ラボ(リスニング): 多言語聴解テスト ➔ 2人のテスト合計点

 

⑦ ボードゲーム室(オセロ): 他ペアとの2対2対局(男女で交互に1手ずつ指す)

 

 

【身体能力・スポーツ系】

 

⑧ トレーニングジム(フィジカル): 筋力・耐久計測 ➔ 2人の合計数値

 

⑨ プールエリア(競泳): タイムアタック ➔ 2人の総合リレー(合計)タイム

 

⑩ スポーツデッキ(バッティング): 高速球の打ち込み ➔ どちらか片方でも最後まで撃ち切れればOK

 

⑪ バスケットボールコート: 他ペアとの2対2(2on2)ハーフコート対戦

 

⑫ プレイルーム(卓球): 他ペアとのダブルス対戦(男女交互打球)

 

 

【表現力・技術・娯楽系】

 

⑬ 多目的ルーム(カラオケ): 精密採点 ➔ 2人の合計得点

 

⑭ ゲームコーナー(UFOキャッチャー): 獲得景品の難易度 ➔ 2人の合計獲得ポイント

 

⑮ ビリヤードルーム: 他ペアとの対戦 ➔ ペアで1ショットずつ交互に打つ交代制

 

 

⚠ 注意事項および厳罰規定出展・編成の戦略性:

 

・エントリーするペア数や人数の絞り込み、どの種目に誰を出すかといったリソース配分はすべて各クラスの戦略に委ねられる。

 

・不正・妨害行為の厳罰化: 機器の損壊、他者への物理的・心理的妨害、不当なスコア操作、他クラスとの不正なポイント裏取引が発覚した場合、該当ペアは即時失格とし、全獲得権利を剥奪する。

 

 

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(……なるほどな。裏取引の禁止。つまり他クラスと『ここは譲るから、あっちをくれ』みたいなポイントの売買はできないってことか) 

 

 

星之宮先生の件があった直後だ、学校側も不正への警戒レベルを最大に引き上げている。だが、小細工が一切通用しない真っ向勝負のルールだからこそ、今の俺たちにとっては好都合でしかなかった。 

 

 

俺はそっと深呼吸をして、端末から意識を切り替えた。 

フォークを置き、すぐにメッセージアプリを起動してクラスメイトたちへ次々と連絡を入れ始める。 

 

 

今回の緊急試験——冷静に分析すれば、決して俺たちのクラスに不利ではない。むしろ、平均値は低くても特定の分野に恐ろしい爆発力を秘めた一芸特化型の人間が多い現Cクラスにとっては、圧倒的に有利とすら言える試験だった。 

 

そして何より、これはチャンスだ。 

入学以来、Sシステムの隠蔽を暴いた時からずっと、俺の指示に関係なく泥臭い努力を重ね、クラスのまとめ役として奔走してくれた櫛田。そして、昨夜の星之宮先生のマークをはじめ、鋭い観察眼で俺の裏工作を完璧にサポートしてくれた松下。 

今まで影で日向で頑張ってくれた彼女たちに、莫大なプライベートポイントという最高の形で恩返しをするための、これ以上ない舞台が整ったのだ。 

 

 

特に、櫛田には——。 

ストレスの塊のような男子たちの講師役を引き受けさせ、精神的な負担をかけ続けてしまった。彼女が本当に求めている「クラス内での絶対的な承認と信頼」、そしてそれを維持するための「実利」を、この試験でこれでもかと握らせてやる。

 

 

「ゆっきー、もう連絡回したの? 早いねー」 

 

 

長谷部が感心したように俺の手元を覗き込んでくる。対面では、佐倉が「私、雪波君の隣、歩いてもお邪魔虫にならないかな……」と、すでに自分もペアを組む気満々の熱い視線を送ってきていた。

 

 

「ああ、平田と櫛田、それから松下たちにはすぐに動いてもらう。……さあ、飯を片付けたら作戦会議だ。一之瀬たちの度肝を抜いて、一気にBクラスの座を奪い取るぞ」 

 

 

俺がそう告げると、長谷部と佐倉は同時に満面の笑みを浮かべ、力強く頷いた。

 

 

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