ようこそ原作主人公抜きで頑張る教室へ 作:灰色の
須藤との激しいバスケの汗をシャワーで流した後、俺はケヤキモールへ向かい、高スペックのノートパソコンを一台購入した。
目的は、圧倒的な軍資金(プライベートポイント)の調達だ。クラスのキーマンである平田や櫛田への先行投資、茶柱先生からの時間買い取りなどで、俺の初期ポイントは早くも目減りしている。これからの過酷な学園生活を裏から支配するためには、選択肢を広げるための金がいくらあっても足りない。
(神様から貰ったこの脳と肉体……どこまでやれるか、試させてもらうぞ)
自室のデスクにパソコンを広げ、通信環境を構築する。前世ではただの凡人だった俺にハッキングなどできるはずもなかったが、端末に指を置いた瞬間、脳内に見たこともない文字列や暗号プロトコルが数式の羅列のように浮かび上がってきた。チートスペックの頭脳は、電子の世界において最強の武器だった。
まずは学校が管理する高度なセキュリティネットワークの脆弱性を突き、バックドアを形成。痕跡を一切残さないステルス仕様のログ消去プログラムを並走させながら、サーバーの奥深くに眠る「データ」へとアクセスした。
狙うは、現時点でまだ誰も全貌を知るはずのない「4月に実施される2年生の特別試験」の情報だ。
厳重なプロテクトを数分で解き明かし、画面に表示されたテキストを脳内に叩き込んでいく。
【2年生 4月特別試験:対抗個別戦(仮称)】
ルール:学年全員が「学力」「身体能力」などのジャンルごとに、ランダムで他クラスの生徒と1対1のペア(対戦相手)を組まされる。
ポイント:テストや実技のスコアで相手に勝利すれば、相手のクラスポイントやプライベートポイントをダイレクトに「強奪」できる。逆に、負けた生徒のクラスはポイントが容赦なく引かれる。
本質(エグいポイント):クラスの連帯責任ではなく、「自分が負けたらクラスの足を引っ張る」という個人へのプレッシャーが凄まじい試験。現生徒副会長である南雲雅はこの試験を利用して、他クラスの優秀な奴を勝たせる代わりに「俺の配下に入れ」と交渉し、2年生の完全支配を一気に進める可能性が極めて高かった。
(なるほどな……南雲なら確実にこのルールを悪用して、学年全体の私物化を完成させる。なら、その傲慢を逆手に取ってやる)
俺は南雲の裏をかくためのシミュレーションを瞬時に数千通り実行した。南雲の携帯端末の通信ログを一時的にクラックし、彼が裏で繋がっている連絡先や、対戦相手のジャンル選定で操作しようとしているランダムマッチングのアルゴリズムを逆算。南雲が確実に「勝ち」を確信して罠を仕掛けるポイントを完全に先読みした。
そして、その裏を完璧に突く「必勝の作戦書」をデータとして構築する。
俺はこの作戦書を、南雲の独裁に密かに反旗を翻そうとしている2年Bクラスのリーダー、桐山育叶(きりやま いくと)のプライベート携帯へと直接送信した。もちろん、送信元は完全に偽装し、国家レベルの暗号化を施してある。
『現生徒副会長の独裁を止めたければ、この手順通りに動け。南雲の裏工作はすべて潰せる』
画面越しに桐山の端末のログを監視していると、彼がそのメッセージを開き、驚愕のあまりしばらく端末を凝視している様子が手に取るように分かった。彼が内容をすべて記憶したのを確認した瞬間、俺は桐山の端末内から送信データを遠隔で完全消去。学校のサーバーに残ったアクセスログも1ビットの狂いもなくクリーンアップし、証拠をこの世から抹消した。
数日後。2年生の特別試験の結果が、学内ネットワークの片隅に静かに反映された。
結果は、桐山たちのクラスの劇的な大勝利。
南雲が仕掛けた絶対的な包囲網を、桐山は俺の授けた作戦通りに完璧に破り、南雲の手駒たちから大量のポイントを強奪することに成功していた。
試験終了の余韻が残る放課後、俺は再びパソコンを開き、桐山の携帯へ最後のアクションを起こした。
『作戦の成果は出たはずだ。相応の報酬をビジネスアカウント(ダミー口座)へ振り込まれたし。拒否、あるいは滞納した場合は、次の試験から私が南雲雅の側に加担することになる』
脅迫に近いが、これは正当な対価の要求だ。こちらの実力と冷酷さを知った桐山に、拒否する選択肢など最初から存在しない。
数分後、俺のスマートフォンの通知音が小さく鳴り響いた。
画面を確認した俺は、思わず小さく口笛を吹いた。
【プライベートポイント入金完了:1,200,000 pt】
(120万ポイント……! さすがは2年生の上位クラス、持ってる額の桁が違うな)
まだ入学して4日目の1年生が手にしていい金額ではない。だが、これだけの膨大な軍資金があれば、Dクラスの連中を動かすための仕掛けも、他クラスの情報を買い叩くことも自由自在だ。
電子の闇に紛れ、南雲雅という怪物の鼻を明かしながら、俺は最強の力の一部を手に入れた。
パソコンを静かに閉じ、俺は夜の闇に紛れて冷酷に、しかし満足げに微笑んだ。
翌週、体育のカリキュラムとして水泳の授業が行われた。
ガラス張りの屋内プールに、初夏の瑞々しい日差しが反射してきらきらと輝いている。男子たちが次々とコースに飛び込む中、俺の番が回ってきた。そこまで目立つ気が無かった俺は、チートスペックの肉体の出力を抑え、ある程度上位陣の周囲のペースに合わせて泳いだつもりだった。
だが、結果は圧倒的な1位。
(……おいおい、これでもかなり手を抜いたんだけどな)
水面に顔を出すと、プールサイドの女子たちからパチパチと拍手が沸き起こった。ただ、予想通りというか、クラスの女子たちが熱烈に黄色い声を上げているのは、やはり普段からコミュニケーションの多い平田の方だった。容姿がどれだけ完璧でも、スタートの好感度がゼロの俺に対する拍手はどこか一歩引いたものだ。
そんな中、明確に俺に向かって手を振ってくれたのは、櫛田と、そして松下の二人だけだった。
櫛田は「凍影くんすごーい! 速いね!」といつもの眩しい笑顔を向け、松下はどこか探るような、関心に満ちた目で拍手を送ってくれている。
プールから上がり、上半身にまとわりつく水滴をタオルで拭いながら、須藤や三宅、平田たちと「凍影、お前マジで身体能力バケモノだな!」「いや、須藤のフォームも綺麗だったよ」などと会話を交わす。その間も、視線を感じてふとプールサイドの見学席へと目を向けた。
そこには、気だるげに体操座りをしている長谷部波瑠加の姿があった。
彼女は言葉を発することはなかったが、冷徹な瞳で、俺の引き締まった肉体と一連の行動を、何となくだが「品定め」するような目で見つめていた。原作の通り、理想の高いであろう彼女の観察眼は侮れない。
今朝の話だが、授業が始まる前に、教室の片隅で、原作通り池と山内が「女子の胸のサイズ当ての賭け事」を始めようとコソコソと動き出すのが見えた。
「おい、池、山内。くだらねえことやってんじゃねえよ」
近くにいた須藤が、俺と日頃からつるんでいる影響もあってか、不機嫌そうに奴らの肩をガシッと掴んで制止した。俺も「ポイントをこれ以上減らされたいのか?」と冷ややかに視線を送ると、二人は「ちぇっ、分かったよ……」とバツが悪そうに引き下がった。
最悪のセクハラトラブル自体は未然に防げた。だが、それでも長谷部や佐倉愛里、そして軽井沢恵といった主要な女子メンバーは、体調不良などを理由に最初から見学に回ってしまっていた。授業のボイコットや見学も、学校の減点システム(Sシステム)においては容赦なく査定に響く。
(賭け事は止められたが、見学者の分で、おそらく今月のポイントはごっそり削られたな……)
裏でのハッキングによる大金があるとはいえ、クラスポイントの減少はAクラス浮上へのダイレクトな足枷になる。やはりDクラスの意識改革は一筋縄ではいかない。
そして数日後、初めての小テストが実施された。
教室内には、俺がホームルームで仕掛けた警告のおかげで、いつも以上の緊張感が漂っていた。
カリカリとシャーペンの音が響く中、俺はフッと横目に視線を走らせる。そこには、問題用紙を前にして、頭を抱えながらも必死にシャーペンを動かしている須藤の姿があった。
原作なら最初から諦めて白紙で寝ていたはずの男が、俺の渡したルーズリーフの解説を思い出すように、必死に脳細胞を絞り込んでいる。
(いいぞ、須藤……。あの粘り方なら、最悪でも30点近くはもぎ取れるはずだ)
赤点ラインを回避するための第一歩としては十分な手応えだった。
翻って、俺自身の解答用紙。
この身体が持つチートスペックの頭脳にとって、高校1年生の小テストなど、もはや赤子の手をひねるようなものだった。数式も、歴史の年号も、英文法も、目を通した瞬間に完璧な解答が脳内に浮かび上がってくる。
俺は目立つと知ってながらも今後クラスの主導権を握るために敢えてすべての解答用紙を埋めていった。流石は神様がくれた特権だ。
着実に、だが確実に、この過酷なDクラスの運命を俺の手で書き換えつつある。
テスト終了のチャイムが鳴る中、銀髪のイケメン──俺、凍影雪波は、授業終了後に集まるクラスメイトたちの動向を見据えながら、静かに息を吐いた。