ようこそ原作主人公抜きで頑張る教室へ 作:灰色の
レストランでの朝食を終えた俺は、長谷部と佐倉を連れて客室エリアへと戻った。
現Cクラスの部屋が並ぶ通路に差し掛かると、そこにはすでにクラスメイトたちが一堂に会し、異様な熱気を帯びた声を響かせていた。学校からの緊急通知を受け、誰もが居ても立ってもいられなくなったのだろう。
「おい、見たかよ今の通知。報酬のポイント、マジで凄えな……!」
「まあ、中止になった優待者試験の最大報酬に比べたら少ねえけど、それでも破格だよな」
「競技リスト見た? モン◯ンとかのゲームなら俺も自信あるんだけど、UFOキャッチャーとか言われてもなぁ……」
「結局さ、勉強系もスポーツ系も、地力があるAクラスが圧倒的に有利じゃねえのか?」
通路のあちこちから、期待と不安が入り混じった様々な声が聞こえてくる。
人混みの奥から、一際目立つ長い前髪を弄りながら、高円寺六助が俺の姿に気づいてひらひらと片手を上げた。俺も小さく手を上げ返す。昨日、最下層で完璧なカメラワークを披露してくれた男だ。その余裕に満ちた態度を見る限り、どうやらこの緊急試験には彼なりの退屈しのぎとして参加してくれる意思があるらしい。高円寺が動くというだけで、クラスにとっては百万馬力の味方を得たようなものだった。
俺が群衆の前に進み出ると、ざわついていた通路の空気が一瞬で引き締まり、全員の視線が一斉に俺へと集中した。須藤も三宅も、平田も松下も、誰もが俺の第一声を待っている。
だが、俺はすぐには口を開かなかった。十分に人が集まっているのを見計らい、最後に少し遅れて通路の角から姿を現した堀北鈴音の姿を確認する。それから、廊下の左右を見渡し、近くに他クラスのスパイや盗み聞きしている生徒がいないかを徹底的にチェックした。
よし、安全だ。
「全員いるか?」
俺が尋ねると、集団の先頭にいた平田洋介が、安心したような笑みを浮かべて頷いた。
「うん、凍影くん。連絡をもらってからすぐに声をかけたから、これで全員揃っているよ」
池や山内は、昨夜のデマ拡散の一件で女子や須藤たちから露骨に距離を置かれ、気まずそうに集団の端で小さくなっている。櫛田はいつも通りの完璧な聖母の笑顔を崩さず、松下は俺の意図を察するように鋭い視線を送ってきていた。
全員の視線を正面から受け止めながら、俺はあえて、いつもの泥臭いトーンではなく、確固たる自信を込めて言い放った。
「よし。突発的に始まった今回の緊急特別試験だが……俺たちのクラスは、最初から全力で勝ちに行く。目指すのは当然、総合『1位』だ」
その瞬間、通路に短い沈黙が訪れ、直後に驚きと動揺の声が爆発した。
「えっ、1位……!?」
「そりゃ、なりたいけどさ……本当にそんなの、俺たちになれるもんなのか?」
「上位クラス、特に葛城や坂柳のAクラス相手だと、流石にスペック的にキツイんじゃ……」
弱気な声が上がるのも無理はない。これまでのSシステムによるポイントの差、学力や身体能力の平均値を見れば、Dクラスから上がってきたばかりの俺たちが、あの怪物揃いのAクラスを総合獲得ポイントで上回るなど、常識的に考えれば不可能に思えるからだ。この試験のルールの「穴」と、俺たちのクラスが持つ「真の強み」を理解している者は、この場にはまだ数人しかいなかった。
困惑と不安に揺れるクラスメイトたちを見渡しながら、俺は再度口を開いた。
「お前ら、何か勘違いしてないか? もう一度、配られたルールをよく思い出してみろ。今回の試験で報酬、つまりクラスポイントやプライベートポイントを得られるのは、それぞれの種目で『上位3ペア』に入賞した奴らだけだ。……この意味が分かるか?」
俺の問いかけに、須藤や池たちは互いに顔を見合わせ、首を傾げた。ルール自体の意味は分かっていても、それがどうして自分たちの勝機に繋がるのかが結びついていないのだ。
そんな中、腕を組んで壁に寄りかかっていた堀北鈴音が、鋭い眼光をこちらに向けて口を開いた。
「なるほど……。つまり、今回問われているのはクラス全員の総合的なアベレージではなく、特定の得意分野での純粋なトップ争い。だから、全員が無理に参加して無駄に消耗する必要はどこにも無い、ということね」
堀北の言葉に追随するように、今度は松下がふっと笑みを浮かべて一歩前に出る。彼女の聡明な瞳は、すでに俺の意図を完全に捉えていた。
「そういうことだよね。言い換えれば、それぞれが自分の最も得意な種目にだけ、ピンポイントで挑戦すれば良いってこと。このクラスは確かに全体の総合力や学力平均は低いかもしれないけど、それは個人の突出した才能まで否定するものじゃないでしょ?」
「その通りだ」
俺は二人の言葉に深く頷き、クラス全員が見えるように両手を広げた。
「総合力勝負、全員の平均点勝負なら、それこそAクラスやBクラスには逆立ちしても勝てない。だが、今回評価されるのは『上位に食い込んだペアの獲得得点』だ。足を引っ張る奴を無理に出場させる義務なんてどこにも無い。それに、幸いなことにこのクラスには、特定の分野にだけ尖った能力を持ってる人間がゴロゴロいる。……例えば、須藤。お前が良い例だろ」
名前を呼ばれた須藤が、驚いたように自分の胸を指差した。
「俺、か?」
「そうだ。純粋な運動能力やフィジカルに関して言えば、お前は間違いなくこの学年で最高クラスだ。バスケでも何でも、トップを獲れるだけの実力がある。つまり、この試験は『全員がそこそこ出来るクラス』よりも、お前のように『特定の何かがズバ抜けている人間』が多い俺たちのクラスにこそ、圧倒的に向いている戦いなんだ。得意種目だけで真っ向勝負を仕掛ければ、Aクラス相手だろうが十分以上に勝ち目はある」
俺の言葉が、通路に集まった連中の心に明確な火をつけた。
須藤はニカッと白い歯を見せて拳を握りしめ、頼もしすぎる笑みを浮かべた。
「なるほどな!よく分かったぜ凍影!よし、そういうことなら俺が出てやる。運動系なら何が来ようがドンと来いだ。お前らの分まで、俺がポイントを毟り取ってきてやるよ!」
須藤の熱い宣言に引っ張られるように、他のクラスメイトたちの表情からも徐々に悲観の色が消え、ざわざわと活気が戻り始めた。
「確かに……言われてみれば、凄い人はマジで凄いもんね、このクラス……」
「須藤だけじゃなくて、勉強なら幸村とかもいるしな」
「あれ? これ、もしかしてマジでワンチャンある気がしてきたぞ……!」
クラスの空気が、完全に『敗戦処理の代替試験』から『上位クラスを引きずり下ろす狩り』へと切り替わった瞬間だった。
さて、ここからが本番だ。
具体的にどう組み合わせを作るかだが、実はさっき、ルールの盲点を突けないかダメ元で茶柱先生に確認を入れていた。しかし、返ってきた答えは「一人の生徒が複数の異性とペアを組むのは認められない。ペアの変更・再編成は不可」というものだった。流石にそこまで甘くはなかったらしく、一度組んだ男女ペアは3日間の試験終了まで完全に固定される縛りだ。
であれば、限られたリソースで最高の打線を組むしかない。
俺は今回の試験には出場させないつもりの生徒たち(池や山内など、俺に関するデマ騒動でやらかしたらしい連中も含めて)に対し、他クラスのスパイが接触してこないか、あるいはブース周辺で不審な動きがないかを見張る「警戒・護衛班」としての役割を言い渡した。
その上で、各競技の最前線に投入する「上位スペック」の生徒たちを通路の前に見繕って呼び出す。
オールラウンダーの高円寺、堀北、平田、櫛田は当然の選出だ。
運動系を制するための須藤、三宅、小野寺、前園。
知力・頭脳系で確実に1位をもぎ取るための幸村、松下、王美雨。
さらに、原作で学年末試験の数学の精鋭として投入されていた隠れた実力者、東咲菜、石倉賀代子、西村竜子。
PCタイピングで文字通り無双できるであろう「博士」こと外村。
そして、ゲームコーナーのUFOキャッチャーやビリヤードなどの娯楽系に、過去の「遊びの経験」がある男子の数人やカラオケに自信のある女子を残した。
この精鋭たちの誰と誰をどう組ませるか、脳内でパズルのように最適解を組み立てようとした——まさにその時だった。
「ノンノン、凍影ボーイ。私が出場すると言うことは、すなわち、私がパートナーを決めるということなのだよ」
ふっと長い前髪をかき上げながら、高円寺六助が悠然と手を挙げた。通路の真ん中を、まるでランウェイでも歩くかのように堂々と進み出てくる。
高円寺は、集団の中で完全に困惑していた一人の女子の前にピタリと立つと、一切の躊躇なく、その細い身体を軽々と抱え上げた。
「え、ええっ!?」
突然お姫様抱っこをされた王美雨(みーちゃん)が、あまりの衝撃に目を丸くして大声を上げる。
「お、降ろしてください……っ! 高円寺くん!?」
「何も心配はいらないよ、プリティーなガール。私は君に花を持たせたいだけなのだからね。私を信じたまえ」
「ちょ、ちょっと、ええ〜っ……!?」
顔を真っ赤にしてパニックに陥る王美雨を腕に抱いたまま、高円寺は不敵な笑みを俺に向けた。
「凍影ボーイ、私とこのガールがどの種目に出るかは、これ(紙切れ)に書いておいたよ。ま、精々健闘を祈ることだね。フハハハハ!」
高円寺は、俺に自分のエントリー希望を書いた紙切れをポンと置くと、王美雨を抱えたまま、嵐のように通路を去って行ってしまった。残されたクラスメイトたちは、呆然とその後ろ姿を見送るしかない。
「あ、あいつ、王美雨を連れてっちまったけど大丈夫なのか……?」
須藤が呆れたように呟くが、俺は苦笑交じりに首を振った。
「あいつのスペックは保証付きだ。王美雨の頭脳と合わされば、どの種目に行っても勝手に上位に食い込んでくるさ。放っておいていい。それよりも——」
俺は表情を引き締め、全員に聞こえるように本題を切り出した。
「今回の緊急試験の報酬について、一つ提案がある。今回の試験でポイントを得るには、出場者に全力で頑張って貰う必要がある。残りのメンバーには護衛やスパイの警戒に回ってもらうが、ただそれだけで、全員が全く平等なポイントを得るというのは、何かが違う気がするんだ。戦うリスクを背負う奴が、それに見合う見返りを得るべきだろ」
通路の連中が、じっと俺の言葉に耳を傾ける。
「だから、実際に出場して入賞したペアは、そこで得たプライベートポイントの『半分』を自分の手持ちに加える。そして、残りの『半分』をクラス全員の共有財産として均等に分配しないか? これなら、最前線で戦う奴らのモチベーションにもなるし、クラス全体もしっかり潤う」
「……悪くないわね」
真っ先に賛同の声を上げたのは、堀北だった。彼女は腕を組み、納得したように頷く。
「実際に能力を計測されて泥を被る側の取り分が多いのは、当然の権利よ。それに、クラス全員でポイントを共有する仕組みがあれば、護衛班の連中もサボらずに全力でサポートする動機になるわ」
「私も、雪波くんのその提案が一番良いと思うな」
今度は櫛田が、いつもの誰もが安心するような優しい笑顔で一歩前に出た。
「みんなで協力して勝ち取る1位だもんね。出る人も、裏で支える人も、これならお互いに気持ちよく全力を尽くせると思う!」
櫛田がそう言って周囲を味方につけるように見渡すと、最初は「えっ、半分?」と少し驚いていた池たち護衛班の男子たちも、「それなら俺たちも分け前が貰えるってことか!」「凍影、ありがてえ!」と、一気に納得の声を上げ始めた。
クラスのルールと利害関係の調整は終わった。
残るは、俺自身のペアを含めた「現Cクラス最強の布陣」を完成させるだけだ。