ようこそ原作主人公抜きで頑張る教室へ   作:灰色の

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私達のユッキー

 

 

——やっぱり、ユッキーの隣は特等席。

 

 

「10分15秒」 

 

 

理科実験室の計測ブースに、タイマーの無機質な電子音と、試験官の驚きを隠せない声が同時に響き渡った。 

画面には、ユッキーときょーちゃん(櫛田桔梗)のペアが叩き出した、前代未聞の圧倒的な最速記録が入力されていく。 

 

二人が挑んだのは『定量実験ブース』で行われていた、過冷却水の作成実験だった。 

過冷却水っていうのは、水が氷点下になっても凍らずに液体のままでいて、衝撃を与えた瞬間に一瞬で凍りつく不思議な水のことだ。 

理科の教科書なんかでもよく見るけど、これ、普通に手順通りにやってしまうと、どれだけ早くても最低で三十分、下手をすれば一時間近くかかるのが当たり前の実験だったはず。それをたったの十分ちょっとで成功させるなんて、普通ならあり得ない。 

 

だけど、実験室のガラス窓から覗いていた私は、その理由をすぐに理解した。 

冷却環境の作り方の段階から、ユッキーの手腕はあまりにも完璧で、一切の無駄がなかったのだ。 

 

後からユッキーが少しだけ種明かしをして教えてくれたんだけど、彼がやった工夫は徹底していた。 

まず、ボウルに氷を敷き詰め、そこに大量の食塩をドバドバと振りかけて混ぜる。氷と塩の比率をきっちり『3対1』にすること。これで一瞬にして、マイナス15度から20度という超強力な冷却環境(寒剤)が完成するらしい。 

そして急速冷却を行う容器には、鉄やプラスチックより圧倒的に熱伝導率が高い『小さめのアルミ缶』をチョイス。そこに、薬局なんかでよく売っている精製水を30mlから50ml程度だけ入れる。量が多いと芯まで冷えるのに時間がかかっちゃうからだ。 

これを、振動を一切与えないようにそっと塩氷の中に差し込み、きっちり九分間、時が止まったように静置する。 

時間が経ったら、極限の集中力でゆっくりと缶を引き抜き、氷をひとかけら落とすか、机にトントンと軽い衝撃を与える。そうすると、魔法みたいに一瞬でシャーベット状に凍りつくのだ。 

 

ユッキー曰く、十分でこの実験を成功させるためのコツはいくつもあるらしい。

 

 

「プラスチックやペットボトルは熱が伝わるのが遅くて十分じゃ冷えない。それに、容器の内側に目に見えない微細なキズがあると、それが刺激になって冷える途中で凍ってしまうから、ツルツルで綺麗な金属の容器か新品の試験管を使うのが鉄則だ」

 

「水も水道水やミネラルウォーターは絶対にダメ。不純物が凍結の核になって、マイナスになった瞬間に勝手に凍ってしまうからね」

 

「あと、よくありがちな『十秒おきに水温を見る』のも絶対にNG。温度計を抜き差ししたり、中の水を揺らしたりした瞬間にその場で失敗する。タイマーを信じて、時間まで一切触らないのが一番のコツだよ」 

 

 

そんな専門的な知識を、ユッキーは当たり前みたいにさらっと駆使して見せたのだ。 

理科や実験みたいな作業は、どちらかと言えば私の得意分野でもある。だから、ユッキーの解説を聞きながら、私の胸の奥には静かな、けれど確かな羨ましさがツンと湧き上がっていた。

 

……はぁ。正直、こういう実験系なら、私もユッキーのペアになりたかったな…… 

 

きょーちゃんのポジションが、ほんの少しだけ恨めしく思えてしまう。ユッキーの指示を受けて、二人で一つのアルミ缶を覗き込むなんて、想像しただけで楽しそうだ。 

だけど、不満を言っても始まらない。私にできるのは、いつか私の番が来るまで、全力でこのクラスのエースをサポートすることだけだ。 

 

実験室の自動ドアが開き、満足そうな表情のユッキーと、いつも通り可憐に微笑むきょーちゃんが通路に出てきた。

 

 

「ユッキー、きょーちゃん、お疲れ様! これ、冷たい飲み物。頑張ったご褒美ね」 

 

 

私はすぐに気持ちを切り替えて、あらかじめ買っておいた冷えた缶ジュースを二人に手渡した。

 

 

「助かる、長谷部、ちょうど喉が渇いてたんだ」

 

「わあ、波瑠加ちゃんありがと〜! 本当に助かっちゃった!」 

 

 

二人は顔を見合わせて笑い、嬉しそうにそれを受け取ってくれた。 

ユッキーの喉仏がゴクリと動くのを盗み見しながら、私は「いつかユッキーの隣が私にならないかな」と、次の試験に向けて胸の鼓動を密かに速めるのだった。

 

 

 

 

ユッキーときょーちゃんのペアは、その後、残された最後の一種目も見事に制覇したらしい。 

種目は『ビリヤード』。これまた他クラスの生徒たちが通路で呆然と噂しているのを聞いた。 

 

 

「あり得ねえだろ、あいつら何分…いや何十秒で全ポケットに沈めたんだよ……」

 

 

これで二人は、エントリー上限の5種目すべてを最速、あるいはトップの成績で完走したことになる。名実ともに今回の緊急試験の主役に躍り出た形だ。 

 

夕方、少し遅めの時間を狙ってレストランを覗くと、二人がテーブルを挟んで食事をしているのが見えた。 

向かい合って、何だかとても楽しそうに談笑している。きょーちゃんは顔を輝かせて笑っているし、ユッキーもいつになく柔らかい表情を浮かべていた。

 

……うん、今日のところは、あの中に割り込んでいくのは無粋かな

 

これだけ完璧な結果を出したんだ、二人だけの祝勝会みたいなものだろう。今日はもう絡めそうにないし、邪魔をせずに大人しく引き下がるべきだ。明日、また改めてユッキーに話しかけよう。 

そう思って踵を返そうとした瞬間、後ろからポンポンと軽く肩を叩かれた。

 

 

「あ、波瑠加ちゃん……」 

 

 

振り返ると、そこにいたのは愛里だった。少し気恥ずかしそうに、でもどこかやり切ったような穏やかな表情を浮かべている。

 

 

「愛里、試験終わったの?」 

 

「うん。……カラオケ、頑張ってきたよ。ペアになった男子の人が、すごく大人しい人だったから……なんとか緊張しないで歌えた、と思う」 

 

 

愛里がエントリーしたのは、自身の得意分野である『カラオケ』の一種目だけだ。人前に出るのが苦手な愛里だけど、物静かな男子と組めたおかげで、彼女なりに上手く実力を発揮できたみたいだった。最終的に上位入賞できるかどうかは全体の集計を待つしかないけれど、一歩踏み出せた愛里の姿を見て、私も自分のことのように嬉しくなる。

 

 

「そっか、お疲れ様! 頑張ったね、愛里」

 

「ありが、とう……。でも、それより……雪波君、すっごく大活躍だったみたいだね?」 

 

 

愛里の視線が、レストランの奥にいるユッキーへと向けられる。その瞳には、熱い憧れと、眩しいものを見るような好意がこれでもかと溢れていた。

 

 

「うん……。ほんと、きょーちゃんが羨ましいよ……」 

 

 

二人の楽しげな様子がどうしても視界に入ってしまい、私は胸の奥にある小さなジェラシーを隠しきれずに、思わず本音がぽつりと口から漏れてしまった。

 

 

「え……?」 

 

 

愛里が驚いたようにこちらを振り向く。 

あ、まずい。いつもの私らしくない、少しウェットなトーンになっちゃった。

 

 

「なんでもないよ」 

 

 

慌てて何でもない風を装って首を振る。 

すると、愛里はユッキーのいる方へと再び視線を戻し、自分の胸元で携帯をぎゅっと抱きしめながら、少し頬を赤らめて呟いた。

 

 

「あのね、波瑠加ちゃん……。さっきクラスのグループトークの予定表、見たんだけど……明日、雪波君、午前中からずっとフリーみたいなんだよね。……だから、その……明日、お礼も兼ねて、私から雪波君を誘ってみようかな、って……」 

 

 

恥ずかしそうに、でも今までにないくらい強い決意を秘めて、愛里は「自分の意志」でユッキーを誘うと言ってきた。いつの間にか、彼女の中でユッキーの存在はここまで大きくなっていたんだ。 

 

その健気な姿を見たら、友達として背中を押さないわけにはいかない。それに、愛里がユッキーを連れ出してくれたら、私もあそこに自然に合流する口実ができるかもしれないしね。

 

 

「それ、めちゃくちゃいいじゃん! 愛里、絶対誘おう! ユッキーだって、愛里から誘われたら絶対に喜んでついていくって!」 

 

 

私が全力で乗っかると、愛里は「うん……っ! 頑張るね!」と、パッと花が咲いたような笑顔を浮かべた。 

レストランの窓の向こう、楽しそうに笑うユッキーを見つめながら、私と愛里の『明日』に向けた作戦会議が、静かに幕を開けたのだった。

 

 

 

 

翌日の昼、私たちは作戦通りにユッキーを誘い出すことに成功していた。 

場所は、船内にある本格的な中華料理店。個室風に仕切られた円卓を囲んでいるのは、私と愛里、そしてユッキーだけじゃない。ユッキーと特に仲が良い須藤くんと、みやっち(三宅明人)の二人も一緒だった。 

みんな昨日までにエントリーした種目を全力で消化し終えたらしく、今日はお互いの労をねぎらいつつ、最終的な結果発表を待つだけという、なんとも気楽な状態だ。

 

 

「へえ、色んなメニューがあるんだねー……」 

 

 

私は手元のメニュー表を開きながら、ページをパラパラと捲っていく。 

実は、他の皆にはあまり大々的に言っていないんだけど、私はかなりの激辛マニア、辛いものが大好物だったりする。こういう本格中華の店に来たからには、やっぱりそっち系のメニューに目が向いてしまう。 

ページの隅に見つけた、赤黒いスープの海がこれでもかと主張している『特製・地獄激辛ラーメン』の文字。これ、絶対美味しいやつだ。お昼はこれに決まりかな、なんて心の中で呟いていた。

 

 

「長谷部、お前……そんな激辛のやつを食べられるのか?」

 

 

正面から、ふとのぞき込んできたユッキーが、メニューの写真を指差しながら少し驚いたように聞いてきた。

 

 

「うん、全然平気。むしろ大好物って感じかな。辛ければ辛いほどテンション上がっちゃうんだよねー」 

 

 

私がフフッと笑って返すと、ユッキーは私が広げたメニュー表の赤黒い写真をじっと見つめ、それから笑みを浮かべた。

 

 

「なら、俺も同じやつを頼んでみるか。正直興味がある」

 

「えっ、ユッキーも乗っかってくれるの!?」 

 

 

まさかの道連れ(?)の誕生に私が目を丸くしていると、対面に座っていた須藤くんが、顔を引きつらせながら盛大に突っ込んできた。

 

 

「おいおい凍影、マジかよ!? そんな見た目からしてヤバそうなやつ食って、午後から腹壊しても俺は知らねえぞ!」

 

「俺は流石に遠慮しておく…」 

 

 

みやっちも、私たちが涼しい顔で激辛ラーメンを注文しているのを見て、完全に引き気味に苦笑いしている。 

すると、隣にいた愛里が、ユッキーと同じものを共有したいと思ったのか、健気にも「わ、私も……それにしようかな……っ」なんて言い出した。だけど、愛里の味覚のキャパシティじゃ流石に一口で泣き出すのが目に見えている。可哀想だし、ここは友達として止めておいた。

 

 

「愛里、これは本当にシャレにならない辛さだからやめといた方がいいよー。後で私のが来たら、一口だけ味見させてあげるからね?」

 

「う、うん……。じゃあ、私は普通の中華そばにするね……」 

 

 

ほっと胸をなでおろす愛里の姿に癒やされていると、やがてテーブルに注文した料理が運ばれてきた。 

……うん、期待通りの禍々しさだ。真っ赤というよりはもはや黒みを帯びたスープから、鼻を刺すような唐辛子の刺激臭が立ち上っている。 

 

私は早速レンゲでスープをすくい、口に運んだ。うん、痺れるような辛さの奥に豚骨のコクがあって、めちゃくちゃ美味しい! 

 

でも、問題はユッキーの方だ。勢いで頼んじゃったみたいだけど、本当は無理して合わせてくれただけなんじゃないかな。流石に辛すぎて残しちゃったらどうしよう。そんな不安を胸に、私はおそるおそる隣のユッキーの様子を盗み見た。 

 

その間、愛里が約束通りに私のラーメンのスープをほんの少しだけレンゲですくい、「……あんむ」と口に入れた。

 

 

「ひゃうっ……!! か、からいぃ……っ! 舌が、痛いよぉ……っ」 

 

 

案の定、愛里は涙目で自分の舌をパタパタと手で仰ぎながら、大慌てでお水をゴクゴクと飲み干している。やっぱり止めておいて正解だった。 

愛里がそんな大惨事になっている横で、ユッキーは全く動じることなく、箸を進めて真っ赤な麺をズズッと豪快にすすり始めた。

 

だ、大丈夫かな……? 

 

私の心臓が少しだけドキドキと跳ね上がる。彼の口に合うか、正直に言ってかなり不安だったけれど、麺を飲み込んだユッキーは、何事もなかったかのように口元を拭って、ふっと満足そうに微笑んだ。

 

 

「なるほど、結構美味いな。初めてだけど…このピリピリくる刺激と、奥にあるスープの旨味が絶妙だな。これならいくらでもいける」 

 

 

その飾らない一言を聞いた瞬間、私の胸の奥に、すとんと大きな安堵感が広がった。

 

あ、良かった……! 

 

心の底からホッとしたのと同時に、私の中に、言葉にできないくらいの嬉しい感情が満ちていく。 

 

クラスの他の男子たちには絶対に理解してもらえない私のマイナーな趣味を、ユッキーは否定するどころか、こうして対等に共有してくれた。なんだか、世界に二人だけの『激辛仲間』を手に入れたような、特別な連帯感。 

普段はどこか一歩引いて見ていたユッキーの存在が、このラーメンの辛さを通じて、ぐっと近くに、身近に感じられた。なんだか、昨日まできょーちゃんが独占していたユッキーとの距離を、少しだけ縮められたような気がして、胸の奥がじんわりと熱くなる。

 

いつか……ユッキーや愛里、それにみやっちたちも入れた、気兼ねのない最高のグループを作れたらいいな 

 

そんな未来をぼんやりと思い描きながら、私はユッキーと視線を合わせて「でしょ? 美味しいよね!」と、今日一番の飾らない笑顔を彼に向けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

午後。須藤くんが「おい凍影! 身体がなまって仕方ねえ、バスケで一本勝負しろ!」とユッキーをハーフコートに誘い出していた。 

緊急特別試験のバスケットボール種目のリーグ試合はとっくに全日程を終了している時間帯なので、今のコートは完全なフリースペースだ。 

 

私と愛里はベンチに座ってその勝負を観戦していたんだけど——。 

目の前で繰り広げられる光景に、開いた口が塞がらなくなってしまった。

 

……いやいや、ユッキー強すぎでしょ

 

あのコート上で誰よりも凶暴で、この学年トップの運動能力を誇るはずの須藤くんから、ユッキーはほとんど点を取らせないのだ。それどころか、正確無比なディフェンスと異次元のスピードでコートを支配し、圧倒的な点差をつけてユッキーがストレートで勝利を収めてしまった。息一つ乱していない姿が、余計に彼の底知れなさを際立たせている。

 

 

「須藤、まだやるか?」

 

「ハァ、ハァ……! クソ、ふざけんな! 三宅、ちょっと付き合え! リベンジの作戦会議だ!」

 

 

須藤くんはそのままみやっちを巻き込んでコートの隅でボールを回し始めた。 

すると、ボールを小脇に抱えたユッキーが、ベンチにいる私と愛里に向かって「こっちに来いよ」と優しく手招きをした。

 

 

「え、私達も……?」

 

「うん。せっかくだから、シュートの打ち方でも教えてやるよ」 

 

 

運動なんて中学の授業以来ずっとサボってきた私に対しても、ユッキーの指導は本当に丁寧だった。 

けれど、いざボールを持ってゴールの前に立つと、想像以上にリングが遠くて高く見える。

 

 

「長谷部、まずはボールを胸の前で構えてみろ。手のひら全体じゃなくて、指の腹で支えるんだ」

 

「う、うん……こんな感じ?」 

 

 

ユッキーのアドバイス通りに構え、手首の力だけでエイヤッと投げてみる。 

けれど、ボールは無情にもリングの遥か手前で失速し、ボテッと床に落ちた。全く届かない。

 

 

「あれー……? 思ったより全然飛ばないんだけど」

 

「腕だけの力で投げようとするからだ。膝のバネを使って、下半身のパワーを指先に伝えるイメージでやってみろ」 

 

 

何度かフォームを修正しながら試してみるけれど、今度はバックボードの角に当たって激しくあさっての方向に跳ね返ってしまう。 

一方で、愛里もかなりの大苦戦を強いられていた。

 

 

「わ、私……やっぱり運動って苦手で……っ」 

 

 

オドオドしながら放った愛里のシュートは、力なくふらふらと上がり、リングのどこにも触れない完全な「エアーボール」になって床を転がっていく。あまりの恥ずかしさに、愛里は顔を真っ赤にして両手で顔を覆ってしまった。 

 

二人揃ってあまりにもシュートが入らず、だんだん申し訳なさと悔しさが込み上げてくる。 

だけど、ユッキーは呆れるどころか、ふっと柔らかく微笑んだ。

 

 

「気にするな。最初はみんなそんなもんだ。……愛里、ちょっと失礼するぞ」 

 

 

ユッキーは愛里の背後に回ると、彼女の少し下がっていた肘をそっと手で持ち上げ、正しい位置へと導いた。

 

 

「肘が開くと軌道がブレる。この角度を維持したまま、真っ直ぐリングを狙うんだ」

 

「ひゃ、ひゃいっ……!」 

 

 

ユッキーに背中から優しく支えられる形になり、愛里の顔はさらに林檎のように真っ赤に染まる。けれど、その状態で放たれた愛里のシュートは、今度は綺麗な放物線を描いてパサッと網を揺らした。

 

 

「できた……! 入りました、雪波君……っ!」

 

「いい軌道だった。長谷部、次はお前だ。ボールを投げる瞬間に、手首のスナップを利かせてみろ」

 

「手首のスナップね……よしっ」 

 

 

ユッキーの熱心なアドバイスと、愛里の成功に刺激され、私ももう一度集中する。 

膝を曲げ、沈み込んだ身体の勢いを連動させながら、放す瞬間に手首をクッと返す。 

 

手放されたボールが、今までで一番綺麗な弧を描いた。 

パサッ、と小気味いい音が響いて、ボールが吸い込まれるようにゴールへ吸い込まれていく。

 

 

「あ……入った!」 

 

 

ついにシュートを決めることが出来た。何度も失敗して試行錯誤した末の1本だからこそ、めちゃくちゃに嬉しい。一度感覚を掴んでしまえば、身体がその連動を覚えてくれたみたいで、何てことはなかった。愛里も「波瑠加ちゃん、すごいっ……!」と、自分のことのように嬉しそうに跳び跳ねていた。

 

 

「ユッキー、見てて!」 

 

 

ちょっと楽しくなってきた私は、ユッキーの目の前でぎこちなくドリブルをしながら、ゴール下にいる愛里にパスを送った。 

愛里がボールを受け取り、さっき習った通りのフォームでシュートを放つ。

 

 

「あ、惜しい……っ!」 

 

 

ボールはリングのフチに当たって惜しくも弾かれてしまったけれど、私たちの楽しそうな声を聞きつけて、隅で燻っていた須藤くんがギラギラした目で戻ってきた。

 

 

「おい凍影! その女子二人をそっちに入れて、3対2でチーム戦やろうぜ!」

 

「いいだろう。ゲーム形式だ」 

 

 

ユッキー、私、愛里の3人チーム対、須藤くん、みやっちの2人チーム。即席のミニゲームが幕を開けた。

 

開始早々、須藤くんが強烈なドリブルで突っ込んでくるが、ユッキーは流れるような動きでその手元から一瞬でボールを奪い取ってみせた。そのまま、立ち塞がろうとするみやっちを鮮やかなフェイントで鋭く躱すと、私に向かってふわりとした、受け取りやすい緩やかなパスを送ってくる。

 

 

「長谷部!」

 

「っとと……! わ、私!?」 

 

 

なんとか胸元でボールを受け止めたものの、目の前からは熊みたいな勢いで須藤くんが突進してくるのが見えた。

 

 

「ひゃあ、無理無理無理っ!」 

 

 

その迫力に思いきりビビりながら、私はユッキーのいる方向へ、お世辞にも綺麗とは言えない下手くそなフォームで必死にボールを投げ返した。 

ユッキーはその不格好なパスをジャンプ一番で完璧にレシーブ。そのまま空中からの着地と同時に前進し、須藤くんとみやっちの必死のディフェンスを、まるで踊るかのように華麗にいなしていく。 

 

二人の意識が完全にユッキーに引きつけられ、ゴール前が完全にガラ空きになったその瞬間。 

ユッキーはシュート体制に入ると見せかけて、ゴール近くに回り込んでいた私へと、ノールックで素早くボールを回した。

 

あ、私の目の前に……ボールが!

 

パスを受けた時、私の目の前には遮るものが何もなかった。 

ただ、バックボードのオレンジ色のリングだけが、はっきりと視界に飛び込んでくる。 

 

無我夢中で、さっきユッキーに教えてもらった通りのフォームでボールを押し出した。 

手放されたボールが、高々と舞い上がる。 

 

ザシュッ!! 

 

今日一番の綺麗な音が響き渡り、網が大きく跳ね上がった。

 

 

「入ったあぁぁ!!」 

 

 

私が思わず両手を挙げて叫ぶと、ユッキーがすぐに駆け寄ってきて、私の肩をぽんぽんと優しく撫でてくれた。

 

 

「ナイスシュートだ、長谷部。よくあそこで走れていたな」

 

「ふふ……ユッキーのパスが完璧だったからだよ」 

 

 

息を弾ませながら、私は心の底からの笑顔をユッキーに返した。 

昼間の激辛ラーメンの時もそうだった。ユッキーはいつだって、運動が得意ではない私や、人見知りの愛里を置いてけぼりにせず、こうして同じ目線に立って、同じ楽しさを共有してくれる。 

 

きょーちゃんみたいに、特別な知略やスペックで彼の『相方』を務めることは私にはできない。 

だけど、何度も失敗しながら一緒に汗を流して、最後はユッキーのおかげでシュートを決めて一緒に笑い合えるこの距離感は、間違いなく私と愛里だけの特別なものだ。

 

 

「よーし、もう一回だ! 次は絶対に止めてやるからな!」

 

 

悔しそうにボールを拾い上げる須藤くんの声をBGMにしながら、私はユッキーと愛里と視線を交わし、この最高の時間がずっと続けばいいのにと、胸の奥で静かに祈るのだった。

 

 

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