ようこそ原作主人公抜きで頑張る教室へ   作:灰色の

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試験の裏で

 

 

1年生が初めての定期試験である中間テストに血眼になっているその裏で、高度育成高等学校の最上級生──3年生の間でも、生き残りをかけた凄絶な特別試験が秘密裏に開幕していた。

 

俺は自室でノートパソコンを開き、極限まで出力を抑えたステルス仕様のハッキングプログラムを起動。学校側の防衛網の隙間を縫い、3年生の管理サーバーへと静かに侵入した。もちろん、アクセスログの偽装と自動消去プロトコルを幾重にも並走させ、証拠は一切残さない。

 

画面の闇に浮かび上がったのは、最上級生に課されたあまりにも残酷な試験の全貌だった。

 

 

【3年生 5月特別試験:『総合学力ランク・リシャッフル(再編)』】

 

 

1. 試験内容

全学年を対象とした、全科目一斉のペーパーテスト。ただし、純粋なテストの点数そのものではなく、「前回のテストからのクラス平均点の変動(向上率)」のみが評価対象となる。最も平均点を向上させたクラスが莫大なポイントを得て勝利し、最も低下したクラスには過酷なペナルティが下される。

 

2. ルール

各クラスの生徒は「高学力層(A評価)」から「低学力層(D評価)」まで厳格にランク分けされる。各クラスのリーダーは、自クラスの「低学力層」の生徒を一人指名し、他クラスの「高学力層」の生徒に勉強を教えるよう強制的に依頼(または交渉)することができる。指名された高学力者は拒否権を持たないが、その対価として依頼したクラスから「プライベートポイント」を自由に設定して請求・略奪できる。

 

3. エグいポイント(この試験の罠)

 

「頭脳の売買」による格差の固定:潤沢な資金を持つクラス(Aクラスなど)が、他クラスの優秀な頭脳を高いポイントで合法的に囲い込み、自分たちの平均点を爆上げする。結果、貧乏な下位クラスは優秀な生徒を借りることができず、平均点が低迷して即座に退学リスクへと直結する。

 

裏切りの誘発:高学力層の生徒に対し、他クラスが「今のクラスのテストでわざと手を抜き、こっちの平均点を上げるために協力してくれ」という買収工作が可能。学力テストでありながら、実態は「誰が最も忠誠心を持たずに高値で売れるか」を試す買収合戦へとすり替わる。

 

「足切り」の責任転嫁:平均点を下げる原因となった低学力層の生徒に対し、クラスメイトのヘイトが集中し、「お前のせいで退学者が出る」という直接的な責め苦を負わせるよう仕向けられる。クラス内部の人間関係が5月の時点で跡形もなく崩壊しかねない、悪魔的な内容だった。

 

 

(なるほど……。実力至上主義の究極系だな。3年Aクラスの堀北学の牙城を崩すために、学校側が用意した揺さぶりか)

 

 

だが、この圧倒的な「ルール」と「情報」の優位性は、チートな脳細胞を持つ俺にとっては格好の集金システムでしかなかった。

 

俺はすぐさま、3年Aクラス──すなわち完璧超人である堀北学が率いる絶対王者を打倒するための必勝のシミュレーションを開始した。各クラスの学力分布データと、現時点での裏のポイント移動のログをすべてクラックして逆算。どの生徒をどのタイミングで指名し、いくらのポイントで「頭脳を買い叩く」か、あるいは「他クラスのA評価に手を抜かせるか」の最適解を弾き出す。

 

構築した「堀北学に勝利する完全な作戦書」を携え、俺は次の行動に移った。

ターゲットは、3年Bクラスのリーダー格の生徒だ。2年生の時に桐山にしたのと同じように、彼の個人携帯をクラックし、秘匿性の極めて高いルートからその必勝法を直接送りつけた。

 

 

『堀北学の独走を終わらせたいなら、この手順通りに交渉を動かせ。Aクラスの包囲網は内側から崩壊する』

 

 

相手がメッセージを開き、そのあまりの具体性と完璧さに驚愕しているログを確認した瞬間、俺は対象の携帯から送信データを遠隔で完全消去。すべての痕跡を綺麗に消し去った。

 

数日後、3年生の特別試験の結果が、システムの奥底で静かに更新された。

 

結果は──3年Bクラスの劇的な大勝利。

絶対王者だった堀北学の3年Aクラスは、俺の授けた「裏切りと買収の包囲網」によって内部からスコアを崩され、初めて大きな敗北を喫したのだ。この勝利により、3年BクラスはAクラスの背中を捉えるほどにクラスポイントを一気に近づけたらしい。

 

試験終了の余韻が冷めやらぬ放課後、俺は仕上げの作業にかかった。3年Bクラスのリーダーの端末へ、最後のメッセージを送る。

 

 

『約束の成果は提供した。相応の報酬をいつものビジネスアカウント(ダミー口座)へ振り込まれたし。もし拒否、あるいは滞納した場合は、次の試験から私が3年Aクラス(堀北学)の側に就き、君たちを完全に叩き潰すことになる』

 

 

脅迫に近いが、これは圧倒的な価値に対する当然の対価だ。神を味方につけたかのような勝利をもたらした「謎のハッカー」を敵に回す恐怖。彼に拒否する選択肢など最初から存在しなかった。

 

数分後、俺のスマートフォンの通知音が小さく、しかし重々しく鳴り響いた。

画面に表示された数字を見て、俺は思わず唇の端を歪めて笑った。

 

 

【プライベートポイント入金完了:2,500,000 pt】

 

(250万ポイント……! さすがは卒業間近の3年上位クラス、文字通り桁が違う)

 

 

前回の桐山からの120万ポイントに加え、今回の250万ポイント。俺の手元にある総資産は、1年生の5月の時点で、この学校の全生徒の中でもトップクラスの巨万の富へと膨れ上がっていた。

 

この圧倒的な資金力と、誰にも牙城を崩せないチートスペックの頭脳。

これだけあれば、Dクラスのいかなる危機も、他クラスからのいかなる奇襲も、裏から完全にコントロールしてある程度圧殺できる。

 

電子の闇に潜む最強のフィクサーである俺は、静かにノートパソコンを閉じると、自室の窓から見える月夜に向かって、冷酷な確信に満ちた笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

1年生の中間テスト本番を直前に控えた、ある日の放課後。

 

教室内がテスト前の独特な緊張感に包まれる中、俺は右隣の席に座る堀北鈴音の異変に気づいていた。

いつもなら背筋を凛と伸ばし、周囲を寄せ付けないオーラを放っている彼女が、どこか小さく縮こまり、明らかに元気をなくしている。机に向かうその肩が、かすかに震えているようにも見えた。

 

 

「おい、堀北。どうした?」

 

 

声をかけながら、俺は彼女の華奢な肩にそっと手を置き、軽く揺すってみた。

その瞬間、ビクッと身体を強張らせた堀北が、弾かれたように俺の手を激しく振り払った。

 

 

「 気安く触らないで」

 

 

鋭い拒絶の言葉。だが、その声にはいつもの気高さがなく、どこか悲痛な響きが混ざっていた。手を払う際、彼女の美しい眉が痛みに耐えるように一瞬だけ歪むのを、俺のチートな観察眼は見逃さなかった。服の上からでは分からないが、身体のどこかを痛そうにかばっている。

 

 

(……間違いない。俺の知らないところで、あの兄にコンクリートに投げ飛ばされたな)

 

 

原作の記憶が脳裏をよぎる。生徒会長である兄、堀北学。彼への盲目的な憧れと、実の兄から拒絶される妹の絶望。今の彼女は、心も身体もボロボロの限界状態だった。

このままテストに臨ませれば、彼女本来の実力を発揮できず、下手するとDクラスの足を引っ張りかねない。

 

 

「ちょっと付き合え」

 

 

俺は半ば強引に彼女の腕を引き、放課後の校舎から連れ出した。向かったのは、男子寮の俺の自室だ。

部屋に入っても、堀北はひどくうなだれたまま、力なくパイプ椅子に腰掛けていた。普段なら「男子の部屋に連れ込むなんてどういうつもり?」と棘のある言葉を返してくるはずの彼女が、今は完全に心を閉ざして沈黙している。

 

俺はキッチンに立ち、手際よく紅茶を淹れた。普段の彼女ならストレートを好むだろう。だが、酷使された脳と傷ついた心には糖分が必要だ。俺はあえて、砂糖を多めに入れた甘い紅茶のカップを、彼女の前のテーブルにそっと置いた。

 

紅茶から立ち上る湯気を無言で見つめる堀北に対し、俺はベッドの端に腰掛け、静かに切り出した。

 

 

「3年生の会話を聞いたんだが──生徒会長のクラス……3年Aクラスが、こないだの特別試験で3年Bクラスに負けたらしいぜ」

 

 

その一言に、堀北の頭がガバッと跳ね上がった。信じられないというように、切れ長の瞳が大きく見開かれる。

 

 

「な……何を言っているのよ。あの人が、負けるはずなんて……」

 

「事実さ。あの人だって神様じゃない、完璧ではないんだよ」

 

 

堀北学が敗北した事実を、俺はさも噂話のように淡々と告げた。そして、真っ直ぐに彼女の瞳を見つめ返す。

 

 

「堀北、しっかりしろ。少しは、隣の席の俺を頼ったらどうだ? 折角同じクラスになったんだ、今の俺たちは一蓮托生の仲間も同然だろ。俺だって、君と同じDクラスの人間だ。……一体、何があった?」

 

 

俺の静かだが力強い言葉に、堀北の鉄の仮面が、ついに音を立てて崩れ落ちた。

彼女の瞳にじわりと涙が浮かび、震える唇から、ポツリポツリと、搾り出すような声が漏れる。

 

 

「兄さんに……『お前はやはり不良品だ』って……完璧に、見限られ、たの……」

 

 

途切れ途切れに語られる言葉。話の内容から察するに、やはり兄に認められたい一心で詰め寄った結果、冷酷に突き放され、あの冷たいコンクリートの地面に叩きつけられたようだった。身体の痛み以上に、心の傷が彼女を苛んでいた。

 

 

「大丈夫だ」

 

 

俺はベッドから立ち上がり、彼女の前に膝をつくと、冷え切った彼女の両手を、自身の大きな手で包み込むようにギュッと握りしめた。

本来の俺のスタンスなら、こんな風に深く他人に肩入れするのはリスクでしかない。だが、極限までプライドを叩き潰された今の彼女には、これくらい強引に踏み込んで温もりを伝えないと、言葉が心の奥底まで響かないのは分かっていた。

 

 

「俺たちのクラスは、例年のDクラスよりずっと強い。今回の中間試験は、俺が配った過去問を使って、いつも通り普通に受けるだけでいいからさ。……その代わり、次からは俺の力になってほしい。俺は、堀北鈴音は不良品なんかじゃないって、ちゃんと認めてるから」

 

 

銀髪の美貌をこれ以上ないほど優しく和らげ、俺は彼女の目を見つめて語りかけた。

「不良品じゃない」──その言葉は、兄に拒絶された彼女が、今最も求めていた魂の救いだったに違いない。

堀北は驚いたように手を握り返すこともできず、ただじっと俺の顔を見つめていた。やがて、小さく震える手でカップを持ち上げると、静かに紅茶を啜った。

 

 

「……甘いわね。甘すぎるわ」

 

 

文句を口にしながらも、彼女は紅茶を飲み進めていく。温かい液体の熱と糖分が浸透していくにつれ、絶望で停止していた彼女の思考力が、少しずつ、確実に本来の輝きを取り戻していくのが分かった。

 

 

「お礼は言わないわよ、凍影くん。……でも、次の試験、私は絶対に落とさない」

 

 

カップを置き、少しだけいつもの勝気な視線を戻した堀北を見て、俺は内心でフッと笑った。これで堀北鈴音の心の手綱も、俺が半分握ったようなものだ。

Dクラスの主要な駒たちが、完全に俺の描く盤面の上で揃い始めた。いよいよ、初めての大きな関門──中間テストの幕が上がろうとしていた。

 

 

 

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