ようこそ原作主人公抜きで頑張る教室へ   作:灰色の

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試験が終わって

 

 

──運命の中間テストが、ついに幕を閉じた。

 

結果から言えば、俺たちのDクラスは完全勝利を収めた。

テスト本番の3日前、俺が3年生から買い叩いて複製した「過去問」をクラス全員の端末へ一斉に配った効果は絶大だった。あれだけ不真面目だった山内や池も含め、試験中に寝落ちした者はただの一人もいなかった。それどころか、日頃の『凍影塾』の徹底した学力矯正が実を結び、赤点組を含めた全員が、余裕で60点以上の高得点を叩き出したのだ。

 

上位陣に至っては、俺を筆頭に満点が続出するという、歴代のDクラスではあり得ない大金星だった。

テスト終了直後には、Bクラスの一之瀬帆波からも弾んだトーンのメールが届いた。

 

 

『凍影くん、本当にありがとう! おかげで私も、クラスのみんなも全教科満点続出だったよ! 今度絶対にお礼させてね!』

 

という報告に、俺はフッと口元を緩めた。これでBクラスへの貸しも盤石だ。

 

テストが明けた日の放課後。俺は今回の勉強会で一緒に講師役を務めてくれた平田洋介、櫛田桔梗、そして王美雨(みーちゃん)の3人を誘い、ケヤキモール内にあるそれなりに格式の高い高級レストランへと足を運んでいた。

 

テーブルの上に次々と運ばれてくる豪奢な料理を前に、俺はグラスを傾けながら3人に真摯な視線を向けた。

 

 

「みんな、今回は本当に助かったよ。もし俺と平田の男二人だけで勉強会を仕切っていたら、クラスの空気はここまで良くならなかったし、こんな最高の引き上げは絶対に不可能だった。二人が講師を引き受けてくれたおかげだ。ありがとう」

 

 

俺が櫛田とみーちゃんに真っ直ぐに感謝を告げると、隣に座る平田も、いつもの爽やかな笑みを浮かべて深く同意するように頷いた。

 

 

「うん、僕からも二人には本当に感謝しているよ。男子たちのモチベーションを保ち続けられたのは、間違いなく櫛田さんと王さんのおかげだ。本当にありがとう」

 

「ひ、平田くんにそんな風に言ってもらえるなんて……! 私、私なんて全然っ、少しでもクラスの役に立てたなら嬉しい、です……!」

 

 

意中の相手である平田から直接、極上の笑顔でお礼を言われたみーちゃんは、瞬時に顔をリンゴのように真っ赤に染めてモジモジとし始めた。分かりやすすぎる初々しい反応に、俺と平田は思わず苦笑を交わす。

 

一方、その隣に座る櫛田は、まるで天使のような完璧な笑みを浮かべてパタパタと手を振った。

 

 

「もう、二人とも大袈裟だよ〜! 私はみんな全員と仲良くなりたいって思ってたから、そのきっかけを作ってくれた凍影くんに感謝してるくらいなんだよ? 全然そんな大したことしてないってば」

 

 

一分の隙もない、可憐で献身的な美少女の振る舞い。だが、俺はその笑顔の裏にある彼女の「本質(裏の顔)」を知っている。内心ではDクラスの男子といった有象無象に勉強を教えることに、どれほどのストレスを溜め込んでいたことか。

 

俺は彼女のその隠されたストレスを少しでも融解させ、表の味方としての繋がりを補強すべく、あえてもう一歩踏み込んで言葉を重ねた。

 

 

「いや、特にあの男子たちの相手をしてくれたのは本当に助かった。うちのクラスの奴みたいな手合いを笑顔でいなして勉強を教えるなんて、普通の女の子にできることじゃないよ。櫛田のおかげでクラスが救われたのは事実だ。ほら、今日は俺の奢りだから、遠慮せずにもっと好きなものを注文していいぜ」

 

 

俺が甘やかすように言うと、櫛田は一瞬だけ、探るように俺の銀髪の容姿を見つめた。だが、すぐにいつもの人懐っこい笑顔に戻り、嬉しそうにメニューを開く。

 

 

「本当? じゃあ……凍影くんのお言葉に甘えて、あと一つだけデザート頼んじゃおうかなっ。すみません、このストロベリーパフェを一つ追加でお願いします!」

 

 

嬉しそうにパフェを注文する櫛田を見ながら、俺は脳内で冷徹に損得勘定を弾いていた。

平田は持ち前の正義感から、すでに俺の強力な理解者となっている。みーちゃんも平田経由、あるいはこのルーズリーフの恩義でコントロールは容易だ。問題はやはり、正面でパフェを美味しそうに頬張っている櫛田桔梗という爆弾だ。

 

 

(この3人は、Dクラスを裏から統率する上で絶対に手放せない重要な駒であり、味方につけておきたい存在だ。……だが、櫛田のあの裏の顔を、一体どのタイミングで、どう処理すべきか……)

 

 

ハッキングで彼女の過去の秘密(弱み)をいつでも暴露できるカードは握っている。だが、力尽くで脅迫するよりも、彼女が「凍影雪波の味方でいることが最も得だ」と判断するような関係性を築くのが一番美しい。

 

 

 

 

レストランを出ると、外の空気はすっかり夜の冷涼さを帯びていた。ケヤキモールのきらびやかな照明が、俺の銀髪を淡く浮かび上がらせる。

 

 

「また凍影くんのポイントを使わせちゃったね。今回は本当にありがとう。近いうちに必ず、何らかの形でお返しをさせてほしいな」

 

 

平田が申し訳なさそうに頭を下げると、その隣でみーちゃんと櫛田も神妙に頷いた。俺は「気にするな」と手を振り、そこで一旦彼らと別れて、一人で寮への帰路につこうとした。

 

だが、数歩歩いたところで、後ろからパタパタと軽い足音が近づいてきた。不意に、トントンと俺の背中を軽く叩く感触。

 

 

「凍影くん、ちょっとだけいいかな?」

 

 

振り返ると、小首をかしげた櫛田がいた。平田とみーちゃんは先に歩いていってしまい、周囲には俺と彼女の二人だけ。俺が「ん? どうした?」と問いかけると、彼女は歩幅を合わせて並んで歩きながら、いつもの屈託のない笑顔で唐突な質問を投げかけてきた。

 

 

「ねえ、凍影くんって、堀北さんと仲良いの?」

 

(……おっと、そこへ踏み込んできたか)

 

 

脳のチートスペックが一瞬で彼女の意図を察知する。櫛田にとって、過去を知られている可能性のある堀北鈴音は最大の警戒対象。そこに接近している俺の動向が、気になって仕方がなかったのだろう。俺はポーカーフェイスを維持したまま、静かに返した。

 

 

「いや、全然だよ。席が隣ってだけで、まだただの『隣人』ってところかな」

 

「本当に〜? でも、テスト前に二人で帰ってなかったっけ?」

 

 

櫛田の目が、笑顔の奥で一瞬だけ品定めするように細くなる。完全にマークされていたわけだ。

 

 

「ああ、あの時か。あの日は堀北が明らかに元気がなかったからな。流石に同じクラスの奴がボロボロなのを、そのまま放置できなかっただけだよ」

 

「そっか〜。……ちなみに、二人で何のお話をしたの?」

 

 

弾むようなトーンだが、その核心を突く問いの鋭さは、彼女の必死さを物語っていた。

 

 

「元気がなかった原因についてさ。まあ、プライベートなことだから内容は言えないけどな」

 

「う〜ん、ちょっと知りたいなって思ったり。ほら、堀北さんっていつも一人で孤立してるから、私、力になれることがあればなって心配で……」

 

 

どこまでも『みんなの味方の優しい櫛田ちゃん』を演じる彼女。だが、俺は一歩も退かない。

 

 

「……流石に、本人の許可なく他人に言うわけにはいかないよ」

 

「う〜ん、それでも駄目……かな?」

 

 

少し上目遣いで、男心をくすぐるようなおねだりのポーズを取る櫛田。並の男なら一発で陥落する破壊力だが、俺は首を横に振った。

 

 

「うん、駄目だ」

 

「そっか、そうだよね! 凍影くんは口が堅いんだね。格好いいと思うな」

 

 

あっさりと追求を諦め、いつも通りの笑顔を作る櫛田。だが、彼女の心臓の鼓動がわずかに速くなっているのを、俺の鋭敏な感覚は捉えていた。

 

ここで俺は、仕込んでおいた「本命の楔」を打ち込むべく、彼女を真っ直ぐに見据えて声を落とした。

 

 

「なぁ、櫛田……話は戻るんだけど。今回、講師役を本当に頑張ってくれただろ? ……ぶっちゃけさ、クラスの中に嫌いな人とか、ストレスになる人っていないか?」

 

「えっ? な、何言ってるの、凍影くん。そんな人、いるわけないよー!」

 

 

一瞬だけ櫛田の笑顔が凍りついた。だが、彼女はすぐに過剰なほどの身振りを交えて否定する。

 

 

「本当か? もし本当に無理な奴がいたら、次からはそいつの講師役は俺が全部引き受ける。うちのクラスの男子みたいな手合いの相手は、本来なら普通の女の子が笑顔でやり続けられるようなもんじゃないからな」

 

「大丈夫、大丈夫だよ! 私はみんなと友達になりたいだけだから……」

 

「そっか。でも、絶対に無理はしないでくれ」

 

 

俺は立ち止まり、彼女の華奢な肩を見つめながら、あえてトーンを落として甘く、そして決定的な言葉を重ねた。

 

 

「俺にとって、他でもない櫛田に潰れられるのが一番辛いんだ。……櫛田がクラスのために頑張るかどうかっていう損得抜きで、俺は、櫛田個人のことをなるべく大事にしていきたいと思ってる」

 

「え……っ?」

 

「辛い時はいつでも俺に言ってくれ。うちのクラスの男子たちなんてアレな奴ばかりだから、櫛田がいつか壊れてしまわないか、本気で心配なんだよ。はっきり言って、本来なら櫛田は、こんな最底辺のDクラスにいていいような女の子じゃない」

 

「えっ……えっと、凍影くん……?」

 

 

完璧なルックスを持つ銀髪の俺から、あまりにもストレートに「特別扱い」するような甘い言葉を投げかけられ、櫛田は完全に返答に困った様子で動揺していた。

 

だが、俺の揺さぶりはここからが本番だ。彼女の退路を断つように、俺は淡々とした口調で、ハッキングデータから逆算した『彼女の核心(トラウマ)』を、さも「天才の推論」としてぶつけた。

 

 

「……俺さ、櫛田がこのDクラスに配属された理由、何となく推測できるんだよね」

 

「……何、を言ってるの?」

 

 

櫛田の瞳から、完全に光が消えかける。

 

 

「中学の頃、うちのクラスみたいに問題を抱えた環境にいたんじゃないか? そこで君は、今と同じようにみんなの厄介事を一人で引き受けて、聖人みたいに振る舞い続けた。でも、人間の我慢には限界がある。引き受けすぎて、我慢できなくなって、限界を迎えて抵抗した。だけどその結果、今度は周囲から理不尽に恨まれるようになって……仕方がなく、何らかの方法で『反撃』したんじゃないか? そのせいでクラスが荒れて、結果として櫛田自身の評価も巻き添えを食う形で下がって、このDクラスへ落とされた……。ようは、櫛田自身は1ミリも悪くない。周りの環境のせいで追い詰められた被害者だと、俺は思ってる」

 

 

俺が言葉を終えると、櫛田は完全に沈黙した。ピタリと足を止め、その美しい顔から一切の表情が消え失せる。夜の街灯の下、彼女の影が不気味に長く伸びていた。

 

 

「……えっと、それ……堀北さんから、何か聞いたの?」

 

 

低く、地を這うような冷徹な声。いつもの可愛い「櫛田ちゃん」の仮面が、今にも剥がれ落ちそうな、彼女の裏の本性が顔を覗かせかけていた。だが、俺はフッと優しく微笑んで見せた。

 

 

「いや、全然。堀北からは何一つ聞いてないよ。これは全部、俺の勝手な推論だ」

 

 

俺は一歩近づき、怯えを完全に隠した真っ直ぐな瞳で、彼女を優しく見下ろした。

 

 

「でも、本質は似たようなものだろ? だからこそ、今のクラスでまた同じように限界まで頑張ろうとしている櫛田が、二の舞になって壊れてしまわないか心配なんだよ。……俺だけには、いつでも本音を言ってくれていいからさ」

 

 

そう言い残し、俺は彼女に優しい笑みをもう一度向けると、そのままゆっくりと歩き出した。

 

背後から、彼女の視線が突き刺さるのを感じる。それは好意などではなく、恐怖と、驚愕と、圧倒的な関心が混ざり合った、強烈な視線だった。

彼女の過去を『理解者』として全肯定しつつ、いつでも破滅させられるカードを握っていることを暗に匂わせる。

 

 

(これでよし……。櫛田桔梗、お前ももう、俺の手のひらから逃げられないぜ、だが…)

 

 

銀髪を夜風に揺らしながら、俺は闇の中で、誰にも見せない冷酷な表情を浮かべるのだった。

 

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