部屋の中に吹く風が、桜花の制服をはためかせる。
青火草が、樹の床に咲いていた。
制服の布を握る、桜花。
左手の甲には、切り傷のかさぶたができている。
「むむ。服、ちょっとほつれてる」
桜花の左手を見ていた紅葉は、制服に目を移した。
「…3C魔法じゃ、全部はなおらないみたいだね」
「これ
尻すぼみに
布から手を離して、ツインテールを両手で持ち上げた。
「くーちゃん、今日はどうかな」
「えっとね。…少し低いけど、今日は両方同じくらい、だよ!」
「ありがとう。だいぶ、コツがつかめてきたかも」
桜花は髪に指を滑らせて、ツインテールの毛先を見比べる。
「大体いいね! 今日も、行こっか!」
「うん!」
星樹の道を踏み出す桜花に、紅葉が隣を歩く。
△▼△▼△▼△▼△
風の音が鳴る、樹の通路。
桜花のツインテールや制服の裾が、揺れ続ける。
「昨日の二人での魔法、すごかったね」
「うん。合体してた!」
「合体魔法、だ!…火のうずまき、とかどうかな?」
おとがいに指を当てて、上着の中の紅葉に視線を落とす桜花。
紅葉が見上げる。
「それ、そのままなんじゃ…」
「えへへ。伝わりやすいでしょー」
「たしかに!」
笑い合い、吹き乱れる風の道を、ゆっくりと進む桜花たち。
黄色いウサワタが、風に流され足元を転がる。
「――黄色のウサワタだ! 色で味が変わるの、すごいよね」
「ちょっと酸っぱくて甘かった!…また食べる?」
「うーん。…いまはお腹いっぱいだから、あとでね!」
いくつかの分かり道を通り、狭い道も抜けていく。
いつの間にか道幅は広くなって、そして、大きな部屋に出た。
「わぁ」
「広いね」
半球状に広がる空間の、樹の壁にはいくつもの穴が空いている。
緑の鳥が、風に乗って飛んでいた。
「くーちゃん。気をつけて」
「うん」
胸元の紅葉を、桜花がそっと撫でる。
桜花たちの頭上で旋回する鳥。
「キャーン」
鳥は一度、高い声で鳴いた。
ポーチから取り出した魔性図鑑を開く桜花。
「むむ。
「お、おねえちゃん。あれ…」
図鑑に目を落としていた桜花が、反射的に上空を見ると風産み鷲の、群れ。
いくつもの穴から、風産み鷲が飛び出してきていた。
桜花の瞳が、大きく開く。
「くーちゃん、走るよ!」
「うん!」
駆けだした桜花たちに、急降下する一羽のワシが飛びかかる。
かぎ爪が桜花たちに剥く。
「ひゃぁっ!」
「きゃっ」
桜花が、胸の紅葉を抱きしめ横に跳んだ。
そのまま走り続け、肩越しに後ろを覗き見る。
ワシは鳴き声と共に、翼の両端に魔法陣を展開させていた。
「これ…まずいかも」
「おねえちゃん、どうしたの!?」
緑色の魔法陣が、輝く。
部屋に吹く風向きが、変わった。
「風の魔法だ…くーちゃん、しがみついて!」
桜花に応え、紅葉はその前足で桜花にしがみついた。
風が、吹く。
横殴りの突風が、桜花の身体を吹き飛ばした。
口を閉じて身を丸め、突風に身をゆだねる桜花。
「――っ!」
丸くなったまま、地面を転がる。
瞬時に起き上がる。
制服は土まみれだ。
何羽ものワシが、桜花にかぎ爪を向けて飛びかかってくる。
地面を蹴って、避ける桜花。
再び、ワシが鳴いている。展開される緑色の魔法陣。
「くーちゃん、ふぁいやの準備をお願い」
「う、うん!――クォンクオォン」
紅葉の詠唱を聞きながら、桜花は駆けだした。
背後から迫るワシを見て、横に跳ねる。胸元には、展開される紅い魔法陣。
緑色の魔法陣が、輝く。
「口を閉じて!」
桜花はしゃがみ込み、身体を丸めた。
歯を噛んだ桜花と紅葉が、横殴りの風に吹き飛ばされる。
琥珀色の瞳は、開いたまま。
地に着き、地面を転がる桜花に向かってくるワシたち。
「くーちゃん、あの鳥! 鳴くのが、早かった!」
『ふぁいや!』
桜花の指先に従い、紅い魔法陣から、火の玉が飛び出した。
火の玉は迫るワシの間を縫い、狙った一羽へ向かった。
桜花は跳んで、迫るワシを避ける。
「ギャンッ」
そのまま、走り始める桜花。
火の玉がワシの翼をかすめるのを、視界に収める。
他のワシが、荒ぶる雄たけびを上げるが、緑色の魔法陣は、発動していなかった。
「キャーン!」
火の玉がかすめたワシが大きく鳴くと、落ち着きを取り戻して、緑色の魔法陣が展開される。
走り続けた桜花たちは、一つの巣穴の手前。
ワシがかぎ爪を剥いて迫るが、寸前で躱し、巣穴へ飛び込んだ。
巣穴の中には、動物の骨が散らばっている。
巣穴の外では、激しくなったワシの群れの鳴き声。
息切れしながら桜花は、紅葉を撫でて、巣の外に目を向ける。
「ふぅ…。さて…どうしよっか」
桜花たちの隠れる巣穴の外で、飛び続ける風産み鷲の群れ。
何羽かが、近くで旋回している。
巣穴の中から、桜花の声が響いた。
「くーちゃん、いくよ! 全力で、『火のうずまき』!」
声と共に、巣穴の前に風が渦巻き、そして、桜色の炎が乗る。
周囲に、熱が広がる。
炎の竜巻が、巻き上がった。
炎の渦に一羽かが飲み込まれ、距離を取るワシの群れ。
高い鳴き声が上がる。
竜巻の勢いが弱くなってくると、再び、近づいてくるワシの群れ。
渦の右端から声が響く。
「くーちゃん、いくよ! 全力で、『火のうずまき』」
「キャーン」
桜花の声を聞いたワシたちは、再度、収まりつつある渦から離れる。
しかし、炎の竜巻は発生しなかった。
桜花たちは、足音を小さく、渦の左端から逃げ出していた。
渦の反対側からは、桜花の声が響く。
「くーちゃん、いくよ! 全力で、『火のうずまき』」
炎の竜巻が、収まった。
声の発生源から距離を取りつつも、囲んでいたワシたちが目にしたものは、コダマソウ。
その吹き口には、小さな桜色の魔法陣が光る。
一瞬の間、硬直する鷲たち。
駆ける桜花に気づいたワシが、鳴き声を挙げた。
コダマソウを囲んでいたワシたちは、桜花の姿を見つけ、追い始める。
桜花の肩越しに、紅い魔法陣が輝いた。
『ふぁいや』
ワシの群れが飛んでくる火の玉を避ける間に、桜花たちは部屋の奥に近づく。
かぎ爪を剥きだした一羽が飛来するも、前に跳ねて転がり、通路にたどり着いた。
桜花は紅葉を抱えたまま起き上がり、通路へ駆けていった。
「ギャーン」
背後では、風産み鷲の鳴き声が聞こえる。
桜花は足を緩めることなく、走り続けた。
「ここまで来たら、大丈夫。…かな」
「…たぶん。怖かったぁ…」
通路の端から続く、小さな空間で、足を投げ出す桜花。膝の上には、紅葉が座る。
汗だくで、息はまだ整っていない。
傍らに咲く
「――うん。今日は、ここまで!……ゆっくり休もう」
「そだね。へとへとだよぅ」
そよ風が、桜花たちを撫でていた。
△▼△▼△▼△▼△
星樹の通路に二人分の影。
桜花が、桜色のツインテールを揺らす。
「おねえちゃん、今日はきれいに髪を結べたね。かわいい!」
「えへへ、ありがとう。くーちゃんも、かわいいよ」
にっこりと、笑顔を向け合う桜花と紅葉。
紅葉が呟いた。
「でも、風、弱くなってきたね」
「うん。だいぶ、進んだからかな――あれ。ちょうちょだ」
「ほんとだ。…きれい」
目の前で、ひらりひらりと飛ぶ青白い蝶。
青白い
桜花はいそいそと、ポーチから魔性図鑑を取り出した。
図鑑を開くと桜色に光り、パラパラとページがめくれる。
止まったページを読む桜花。
「なんて書いてあるの?」
「えっとね。
桜花に言われた通り、即座に息を止めた紅葉。
魔性図鑑を地面に落として、桜花が桜色の魔法陣を描く。
『クリーン』
桜花たちの周りに、魔法光の球が広がった。
鱗粉が、球の外に押し出される。
「んに。くーちゃん、もう大丈夫だよ」
「ぷはっ。…どうしたの?」
「うん。青と白のりん粉は吸うと眠くなって、理想の夢を見れるみたい。…それで、夢から抜け出せないと、骨になるんだって」
桜花の説明を聞いた紅葉の、総身の毛が逆立つ。
「それ、すごくこわい」
「…うん。気をつけて、このまま進もう」
ひらひらと飛ぶ蝶を視界に収めながら、クリーンの魔法の中で慎重に進む桜花たち。
進むにつれて、蝶を見ることが多くなる。
そして、青白く光る部屋にたどり着いた。
「わぁ…綺麗。――危ないのに…すごく綺麗」
「す…ごい」
部屋には、何百と飛ぶ無数の蝶がいた。
青白い光から、同じ色の鱗粉が散る。
「クリーンの中から出ないようにね、くーちゃん」
「うん。気をつける」
部屋へ足を踏み入れて、恐る恐る進む桜花たち。
ふと、地面には抜け殻となった
「くーちゃん、少し待って」
「…? うん」
繭の前で、魔法陣を描く桜花。
『クリア』
桜花の声と共にいくつもの泡が、繭を包んだ。
「魔性図鑑に書いてたんだけど、繭は最高の絹になるんだって。いくつかもらっていこう」
「最高の絹…。すべすべなのかな」
「そうかも? 楽しみだね」
ポーチの中に魅惑蝶の繭をしまいながら、青白い部屋の奥を目指す桜花と紅葉。
静かに飛ぶ魅惑蝶が見えなくなるまで、クリーンを維持したまま歩き続けた。
△▼△▼△▼△▼△
「くーちゃん、今日はどうかな」
「今日もばっちりだよ!」
「えへへ。ありがとう」
持ち上げていた、桜色のツインテールを見比べる桜花。
立ち上がって、胸元を小さく握り、スニーカーのつま先で樹の床を二度叩く。
「よし、いこっか」
「うん!」
樹の道に、桜花と紅葉の足音が小さく響く。
「ねえ、くーちゃん」
「おねえちゃん、なぁに?」
歩きながらも紅葉が振り向いて、尻尾を揺らす。
「ネムが中層って言ってたけど、どこまでが中層なんだろ」
「んー。どうなのかな。…中層の境目って、目印があったらいいんだけど」
「んに。そだね――」
隣の紅葉の尻尾をぼんやりと眺めながら、桜花は口を開いて、また閉じる。
正面の、何もない樹の通路に目を向けた。
「さっきから、空気が…ううん。マナが、澄んでる? ここってもう、超えたところなんじゃ」
「え…。じゃあ、上層に来たってこと?」
「ふむむ。分かんない、ね。でも、気をつけよう」
壁に手をかけて、少し急な段差を登る桜花たち。
登りきると、開けた空間が見えた。
「わ。…部屋だ。何があるかな」
紅葉は歩幅分、桜花の傍に寄る。
そのまま進んで、樹の壁の部屋に出た。
部屋の中心には、桜花と同じくらいの背丈の少女がいた。
オレンジのロングヘアーをした、騎士服を着た少女だ。
青い瞳が、桜花たちを見据える。
「…ひと?」
桜花と紅葉が同時にこぼした呟きに反応もなく、勝ち気な瞳を逸らさない少女。
ニヤリと、笑って口を開いた。
「アンタたち、何の用? ここ、星樹の上層なんだけど」
「えっと、この上に登ってみたくて」
桜花が一歩、紅葉の前に出て答える。
足音もなく、少女も桜花に向かって一歩近づいた。
「ふーん。アタシは、エルナ騎士団第三席。クリスよ」
「クリスって、言うんだね。私――」
「エルナ騎士団のこと、知らなそう? ふーん。異端者かな」
桜花の言葉を待たず、次の言葉を発した少女、クリス。桜花を一瞥する。
「えっと、私は」と続けた桜花を待つことなく、クリスが呟いた。
「旅人、のようね」
次の瞬間、クリスの姿が目の前から消えた。
桜花の背筋に、寒気が走る。
反射的に、腰からカゼハバネを抜いた。
風を斬る、鋭い音。
オレンジの髪が
「――ぐっ」
「おねえちゃん!」
横から現れたクリスの斬撃で、桜花が跳ね飛ばされた。紅葉の悲鳴が上がる。
桜花の身体が、地面を跳ねる。
「受けるんだ」
地面を転がりながらも体勢を整え、膝立ちになった桜花の片手には、緑色の刀身のカゼハバネ。
紅葉の側には、騎士剣を握るクリスが立つ。
「くーちゃん、こっちに来て!」
「うん!」
桜花に向かって走る紅葉。
桜花は、カゼハバネの背を身体に当てクリスに向かって駆けだす。
クリスは、桜花を見ている。
「やっ!」
カゼハバネを振り、滑らすような斬撃。
高い音と共に、弾かれた。
「っ!」
騎士剣の振り下ろしを、咄嗟に受けた桜花は再び吹き飛ばされる。
「おねえちゃん!」
転がる桜花に、紅葉が駆け寄る。
クリスの青い瞳が静かに、倒れた桜花を見ていた。
足を震わせながらも、桜花は立ちあがった。
琥珀色の瞳が、クリスを見つめ返す。
「…あなた、体にマナを流してるんだね。…こう、かな?」
一度、小さく息を吐いた桜花の身体に、桜色が光った。
桜色のマナが、桜花の全身を巡る。
わずかに、クリスの目が見開かれた。
「くーちゃん、ふぁいやの準備をお願い」
「うん!」
紅葉の鳴き声による詠唱を背後に、桜花が地面を蹴った。
カゼハバネを握り、桜花は風を起こしクリスに迫る。
桜色のツインテールが、舞う。
「アンタ、人と闘ったことないでしょ」
カゼハバネを振った桜花の前から、クリスの姿が消えていた。
「…え」
左を振り向くと、クリスの姿。
クリスの手のひらに
「おねえちゃ…」
『
桜花の脇に直撃する、いくつもの魔法の弾。
声を上げることもなく、桜花は撃たれ飛ばされた。
手から離れたカゼハバネが転がり、桜花の身体が力なく地面を跳ねる。
カゼハバネが、地面に落ちた。
「…おねえちゃん?」
桜花は、起き上がらない。